【黙示録】ゲヘナの丘攻防〜絶えぬ希望〜

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:03月22日〜03月27日

リプレイ公開日:2009年03月31日

●オープニング

 モレクは倒れ、ゲヘナの丘で行われつつあった儀式も中断となった。
 しかし地獄での戦局は、尚も好転したとは言い難い。
 ゲヘナの丘に新たなるデビル────エキドナが現れたからだ。
 盛り返すデビル勢の勢いに比例し、死者や負傷者の数は増えつつあった。

 ゲヘナの丘後方に位置する救護所には、運ばれてくる負傷者が後を絶たない。
「こっちにもリカバーを頼む!」
「薬だ、早く薬をくれ!」
「くそっ! 包帯の洗浄が間に合わない!」
 無数の呻き声の中に飛ぶ悲痛な叫び。
 1人を治療している間に1つの命が費え、遺体を運び出す間もなく新たな負傷者が運ばれてくる。
「これを‥‥母に渡してくれ。誕生日プレゼントが形見になってしまって、すま‥‥ない‥‥」
 差し出された小さな箱を兵士の手ごと両の手で握り締めながら、クレリックの女性は肩を震わせて涙を零す。
 安らかな顔で人生を終えた兵士の名前を彼女は知らない。
 土埃と乾いた血で塗れた手で涙を拭いながら、兵士には帰りを待っている母がおり、このプレゼントを自分に託す事で戦いの最中にあっても穏やかな気持ちで旅立てたのだと己に言い聞かせる。そうでもしないと挫けてしまいそうだった。
「聖なる母よ、彼と遺されたお母様に慈悲をお与え下さい‥‥」
 首からかけた十字架に触れ、祈りを捧げようとしたその時。
「上だっ!」
 怒鳴り声に身を震わせながら視線を上げると、そこには自分目掛けて急降下してくるインプの姿があった。
 避け切れず、血の滴る長い爪が女性の肩を引き裂く。
「っ!!」
 傷口を押さえて振り向くと、インプは空中に浮かびながらにやりと笑った。
 残忍で醜悪なその顔に女性の中で抑えていた怒りが沸々と煮え滾る。
「よくも皆を‥‥皆をっ!」 
 清楚な女性は顔を歪め、憎悪の気持ちをぶつける様にホーリーを放つ。それを見ていた救護所の仲間も弓を構えた。
『ギャアアァァァァッ!』
 ホーリーを食らった後に後方から飛んできた矢に体を射抜かれ、インプは耳障りな悲鳴を上げる。
「消えて無くなれぇぇぇぇぇ!!」
 女性が絶叫しながら再びホーリーを唱えると、本体の力を使う間もなくインプは絶命した。
「大丈夫か!?」
 仲間の男性が駆け寄る前に、クレリックの女性は呆然とした顔で膝を着く。
 そして怒りのままにホーリーを放った己の両手を見つめ、ガタガタと震え出した。
「どうした、痛むのか?」
「先程の私はデビルと同じでした。どす黒い感情に支配され、命を奪う事を心から欲していたのです。なんて事でしょう‥‥」
 湧き上がった殺意を抑える事が出来なかった。聖なる母に仕えるクレリックでありながら。
 後悔と自己嫌悪に襲われ、耐え切れなくなった女性は嗚咽を漏らし始める。
「こんな状況じゃまともでいられなくて当然だ。自分を責める必要は無い‥‥」
 男性は女性の細い肩を抱き寄せると、眉を顰めて赤黒い空を見上げた。
 この救護所にもデビルが現れる様になってきている。
 救護所を守る様に戦っている部隊が押され始め、打ち漏らした敵がここを襲いに来ているのだ。
(「防衛部隊が全滅したらここは終わりだ。この人数じゃ負傷者を守り切れない」)
 傷を負い無抵抗の者達に嬉々として襲い掛かるデビルと繰り広げられる惨状を想像し、男性は頭を振った。
 応援を呼ぶにもどこの部隊も手一杯であり、救護所も複数存在する。現状、余計な兵力をこちらに裂く余裕は無いだろう。
(「聞き入れられるかはわからんが、あちらに新たな防衛部隊を要請してみよう。望みを捨ててなるものか!」)
 負傷した者達の命を救う為にも諦めるわけにはいかない。微かな希望にだって縋ってみせる。
 男性の瞳は絶望の只中にありながら、決して光を失っていなかった。

 受付嬢はフレッドから手渡された依頼書に目を通した後、心配そうな面持ちで彼の端整な顔を見つめた。
「ご家族はこの事をご存知なんですか?」
「まだだ。帰宅したら話そうと思っている」
 詰め所にゲヘナの丘後方の救護所への防衛部隊要請が届いたのは、つい数時間前の事だった。
 緊急を要するのは明らかであったが、地獄での戦いの他に各地でデビル討伐を行っている今、即戦力となる部隊を迅速に手配するのは容易ではない。
 準備が整うのを待っていては救護所の防衛隊が全滅するかもしれないと思ったフレッドは、急ぎ依頼書を書いてギルドに訪れたのだった。
「‥‥そうですか。きっと心配なさるでしょうね」 
 受付嬢の言葉にフレッドは曖昧な笑みを見せる。
「地獄に赴くのは初めてだからな。遅過ぎる参戦だが、己に出来る事を全うしたい」
 フレッドの依頼は、新たな防衛隊が到着するまでゲヘナの丘後方の救護所を死守する、というものだった。
「傷を癒す術を持っている者には、救護所で負傷者の手当てにも当たって欲しい。そう付け加えておいてくれないか」
「わかりました。どうかご無理はなさらないで下さい」
 地獄での戦いの凄惨さはギルドにも届いていた。受付嬢は平和の為に失われた命を想い、そっと祈りを捧げる。
「仲間と共に必ず戻ってくると誓おう。皆の命、失くさせはしない」
 迷いの無い瞳で約束しながら、フレッドは消え入りそうな命の炎達を守り抜くと決心していた。
 指の隙間から零れ落ちる砂の如く儚い命達も、冒険者と一緒ならば救う事が出来る。
 揺るぎない信頼はフレッドに勇気と自信を与えていた。

●今回の参加者

 eb3902 八代 紫(36歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb7019 マリアーナ・ヴァレンタイン(40歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb9250 伊達 久作(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5115 リュシエンナ・シュスト(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec6286 ノワ・デーヴァ(25歳・♀・バード・シフール・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ホアキン・ゴンザレス(ea3745)/ 若宮 天鐘(eb2156)/ 火射 半十郎(eb3241)/ アルフィエ・グレイシェル(ec0964)/ ラルフェン・シュスト(ec3546

●リプレイ本文

●希望の星
 リュシエンナ・シュスト(ec5115)の提案で掲げられたロイエル家の旗が、インフェルノの風にはためく。
 その旗の下に現れた8人が救世主に見えたと、ある兵士は戦いの後にそう語った────。
「俺らが来たからにはもう安心ってもんよ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
「ここは俺らに任しとき!」
 伊達久作(eb9250)とジルベール・ダリエ(ec5609)は不安そうな兵士達を鼓舞した後、ウォールシールドと木材を救護所の入り口に壁代わりとして固定していた。
「こういう仕事は久しぶりだが、まだまだ腕は鈍っちゃいねえぜ?」
「さっさと防衛部隊の救援に行かなきゃいけないんだから、キリキリ働きなさいよ?」
 盾が倒れないようにと細心の注意を払って作業に当たる久作に、男性顔負けの勇ましさでそれを手伝うマリアーナ・ヴァレンタイン(eb7019)の檄が飛ぶ。
「お姉さん、ほんまに力持ちやなぁ‥‥」
 魔除の風鐸を入口付近に吊るしながら、ジルはマリアーナに聞こえない様に呟いた。
「弓矢の手入れと物資整理、終わりました!」
「ありがとう。雑用まで任せてしまってすまないな」
 救護所内を動き回り次々と兵士に指示を出していたフレッドの下に、リュシエンナが息を切らして駆け寄ってきた。
 報告を終えた彼女は怪我人の治療に追われる八代紫(eb3902)を手伝い始める。
「少し休んだらどうじゃ? 先程からずっと働き詰めじゃろう?」
「大丈夫です! 何だかじっとしていられなくて‥‥」
 救護所の中は忙しなく、怪我人以外で休んでいる者はいなかった。
「来るのが遅くなってしまい申し訳ありません。でももう大丈夫です。どれだけ怪我をなさっても必ず治しますから、大切な方の元へ帰りましょうね。絶対に」 
 ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)は、怪我人の治療と炊き出しの両方を笑顔でこなしていた。
「‥‥自身の『憎悪』を疎む気持ちは、わたくしも痛い程わかります」
 救護所の衛生状態に気を配り水や食事にピュリファイを唱えたり、包帯等の布類をこまめに洗浄したり取り替えていたアイリス・リード(ec3876)は、思いつめた顔のクレリックの女性に声をかける。
「しかし、愛も憎も何かを大切に思うが故‥‥同じ場所から生まれる、人として当然の気持ちなのでしょう。憎いと思う己も、受け入れ‥‥その上で、聖なる母の僕としていかに在るべきか、共に考えては下さいませんか?」
 瞳から涙を零し体を震わせる女性をそっと抱きしめ、アイリスは言葉を続ける。
「わたくしがそう思えるようになったのは、大切な方々のお陰です。貴女にもそんな方が、いらっしゃるのではないでしょうか?」
 出会った頃よりも凛々しく逞しく成長したフレッドを、慈しみと思慕の同居する瞳で見つめながら。

●天上の華
 救護所防衛の最前線部隊は今にも瓦解しようとしていた。
 倒しても倒しても一向に減らないデビル達に、体力だけではなく精神も削られ続けていたのだから。
「ここはあたし達に任せて、あんた達は後ろで治療を受けなさい!」
 まるでデビルの如き禍々しい武具を纏った妖艶な美女の登場に、兵士達は目を見張る。
 金色の髪を靡かせ大斧を構える姿の美しさだけではなく、彼女自身から発せられる強い生のオーラに魅せられずにいられようか。
「妾達が来たからには心配無用じゃ! 共にデビル共を蹴散らしてくれようぞ!」
 凛とした声を響かせ鬼の面頬を放る女性が浮かべるのは、ぞくりとする様な妖美な微笑。
 漆黒の衣を身に纏い真紅の槍を手に佇む姿は死の女神を連想させ、操る言霊は蟲惑的な音色を孕む。
「でも、回復したらすぐ戻って来るのよ? 大丈夫。このあたしが一緒に戦うんだから‥‥ね?」
「皆の衆、地上で待っている人達の為にも必ず生きて帰るのじゃ! 力を振り絞れぃっ」
 マリアーナと紫────戦場に咲く美しき華達が黒い台地を駆け、赤黒い空に舞う。
 斧は空と共にデビルを裂き、槍は大地ごとデビルを突き刺す。
 勇と美を兼ねた2人の戦いぶりに触発され、奮戦し始める兵士達の掛け声が轟いた。
「さあ。みんな気合い入れなさいよ? 気合いの足りない奴は後で直々にお仕置きするから覚悟なさい? そのかわり、一番頑張ったコにはオトナなご褒美あげるわ」
 一撃必殺の攻撃を繰り出しながら、マリアーナは艶やかな声で兵士達を鼓舞する。
 それを聞き期待に満ちた目で自分を見つめる兵士達にレジストデビルやリカバーをかけながら、紫はその気など無いくせに曖昧に微笑んだ。

●吼える雄
 出来るなら、誰よりも傍で守りたい。
 他の誰でもない、この手で。
「マリアーナに呼ばれて来たわけだが、嫌々って訳じゃねえ。何せ俺も地獄ってもんに興味はあるからなあ。デビル共との戦い、楽しみだぜ」
「頼もしいなぁ。よろしゅう頼むで」
 にやりと笑う久作に人懐っこい笑顔で答えながら、ジルは救護所のラヴィを想う。
 若宮天鐘の『可愛い彼女を泣かせるな、無事に戻って来い』という発破が脳裏に甦った。
 瞳に涙を浮かべて自分を見送るラヴィの顔が頭から離れない。掠める様に奪った唇の熱と共に。
「こりゃひでぇな‥‥」
 2人が駆けつけたのは、デビルの猛攻に押され分断してしまった防衛部隊の後方。打ち漏らしの敵とは言え、数の優劣は圧倒的であった。
 己の迷いを振り払い、ジルは流麗な動作で矢を放つ。
「助太刀に来たで!」
 崖上から弧を描き牽制する攻撃を仕掛けた後、ジルは愛馬ネイトで崖下へと駆けながら次々と敵の急所を射抜いていく。  
「真打ちは遅れてやってくる‥‥ってな。安心しな、あんたらが下がってる間、俺らがここを死守してみせるからよ!」
 橙紅の槍を振り回し群がる敵を薙ぎ払いながら、跳躍した久作は勢いよく大地を踏みしめる。
「諦めたらアカン! もうすぐ増援がくる、それまでの辛抱や! 皆で家に‥‥大事な人のとこに帰るで。絶対に!」
 聖なる釘の結界に収容された重傷者は、ジルの励ましにホッとした様に頷いた。
「来やがれ、デビル共っ! こっから先は1歩も通さねぇぜ!」
 闘争本能を全開にした久作が振るう槍の軌跡は地獄の業火の如き苛烈さだ。
 熱く滾る血潮のままの咆哮に、兵士のそれが重なる。
「手加減せぇへんで! 全滅の覚悟はできとるやろなぁっ!?」
 普段の彼からは想像できないような雄々しい声で吼え、ジルはインフェルノで戦う皆の明日を渇望する。
 忌々しき巨体のデビルを射抜くその矢に、もう迷いは無かった。

●命を繋ぐ光
 例え誰かの手から命が砂の様に零れ落ちたとしても。
 それを受け取る手があれば、救う事が出来る。
 救いの手と優しい想いを重ねていけば、きっと────。
「ラヴィに出来る事、ちょっとしかないです。でも‥‥どんな状況でもラヴィは笑顔でいようと思います。生きてるってちょっとでも思って欲しいから‥‥」
 ろくな休みも取らずに可憐な笑顔で怪我人を治療するラヴィは、戦場に舞い降りた天使そのものであった。
「さあ、お食事が出来ましたわ。たーくさん準備致しますので、たーくさん食べて元気になって下さいな♪」
 素朴で温かい味が体中に染み渡り、ある兵士は故郷の母を想って涙を流した。
(「地獄へ降りるのは幾度目でしょう。その度、終りの無い戦の道を進んでゆく様な心持ちが致します。でも、わたくしのこの手が命を‥‥未来を守れるのならば」)
 何度だってここに訪れてみせる。
 瀕死や重傷の者を治療し命を救いあげるアイリスを、死の淵から舞い戻った者達は口々に『聖母』と讃えた。

 戦いの前、リュシエンナは瞳を閉じて深呼吸をする。
「大切な人の無事を願い待つ気持ち、とても分かるの。兄様の様に剣は持てないし私の力はささやかだけど‥‥」
 ゆっくりと碧の瞳を開け、見送りに来てくれた兄ラルフェンの『守る為には自ら生き抜かねばならない。希望繋ぎ、皆の無事の帰還を心より祈る』という言葉を思い出す。
「‥‥希望を繋げる為に私にできる事、精一杯頑張るわ」
「その意気だ。共に戦える事を嬉しく思うぞ」
 決意を固めたリュシエンナの隣で、フレッドは瞳を細めて微笑む。
 目立たぬ様にと濃紺の騎士服を纏う彼は、マリアーナから譲り受けた武具と相まって勇壮であった。
(「どうかご無事で‥‥いいえ。必ず、必ず全員揃って、一緒に帰還いたしましょう」)
 声をかけるのを躊躇われる程に張り詰めた緊張感を漂わせる背中に、アイリスはそっと祈りを捧げる。
(「ジルベールさま、ラヴィは信じて待っていますわ‥‥」)
 救護所の護衛にと預けられたペガサスのネージュを撫でながら、ラヴィはインフェルノの空を見つめた。
「‥‥来ました! 敵です!」
「絶対に救護所の中に入れるな! ここで殲滅するぞ!」
 2人の叫び声に救護所前を守る兵士達は声を上げ、それぞれの武器を構える。
 重篤患者の中心に聖なる釘を穿ち、アイリスはいざという時はコアギュレイトで後方支援できる様に待機する。
 デビルを弱体化させるレミエラを発動させ、その杖を救護所の入り口に設置したラヴィは、すぐさま聖女の祈りで強化したホーリーフィールドを展開する。
「笑顔は温かな光‥‥皆を信頼するからきっと、怖くはない!」
 主の声に応える様に、ラードルフが吠えた。
 射程を生かしたリュシエンナの先制攻撃に射撃部隊が続く。
 多くのデビルが救護所に近づく事無く打ち落とされていき、生き残った者もフレッド指揮の下に掃討される。
 追い込む様に緩急をつけた射撃攻撃に敵は錯乱し、逃げる者と向かって来る者が空中でぶつかり合う。
「うわあっ!」
「くっ!」
 しかし優勢かと思われたその時、死角から死に物狂いの攻撃を受けた兵士の1人が深手を負って地面に伏した。
 咄嗟に身を投げ出すフレッドに血を滴らせた爪が迫る。
「「フレッドさんっ!」」
 アイリスとリュシエンナの声が重なり、コアギュレイトと放たれた矢が敵の急所を射抜いたのは同時だった。
 ボスであるアクババを失い、散り散りに救護所から飛び立っていくデビル達。
 訪れた勝利にアイリスとラヴィは歓喜し、身を挺し守ってくれた2人に駆け寄った。

●愛しき灯
 新たな防衛部隊到着の文を括りつけたアンゼリカが、流れ星の如く赤黒い空に羽ばたく。
 知らせを受けた4人は負傷した兵士を伴って救護所へと戻って来た。
「ジルベールさまっ!」
 帰還した恋人にラヴィは駆け寄り、思い切り抱きつく。
「信じてましたわ‥‥でも心配でしたの‥‥ラヴィ、ラヴィは、とっても‥‥」 
「ラヴィを置いて死んだりせぇへん。俺の居場所はここやからな」
 柔らかく甘い香りの髪に顔を埋めながら、ジルは何よりも大切な淡雪を抱きしめる手に力を込めた。
「熱々ですこと。妬けちゃうわねぇ」
「仕方ねぇなぁ。遠慮せずに俺の胸に飛び込んできな」
「調子に乗るんじゃないわよ、ダテキューのくせに! どうせなら坊やの方が‥‥あら、残念」
 両手を広げる久作を冷ややかな目で一瞥したマリアーナは、ふうと息を吐く。
「もうご無理はなさらないと約束して下さったではありませんか‥‥」
「すなまい。気づいたら体が動いていたんだ。な、泣かないでくれ」
 あの瞬間、心臓が止まるかと思った‥‥アイリスは人目を憚る事を忘れ、フレッドの逞しい旨に抱きつく。
 そして戸惑いながらも包み込んでくれた腕に与えられる安息に、今だけはと身を委ねた。
「うわぁ、らぶらぶですねぇ」
「ほんに見せつけよって。これでは恋人が欲しくなってしまうではないか。のう?」
「ええぇっ!? わ、私は別にっ」
「‥‥可愛い女子じゃ」
 素直なリュシエンナをからかいながら、紫はいつしか怪我人達にも笑顔が溢れている事に気づく。
 消え入りそうだった命と希望の灯は、優しき戦士達の手によって守られたのだった────。