【色の無い世界】黒紅遊戯に踊れ
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 50 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月12日〜04月17日
リプレイ公開日:2009年04月22日
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●オープニング
闇夜を駆け抜ける子供達の足音が遠ざかっていく。
代わりに強くなるのは、庇護欲を揺さぶる泣き声と涙。
震える少女の小さな体を抱きしめ、神父は扉の外の闇を見つめた。
(「また助けられなかった‥‥彼等に聖なる母の声は届かないというのか‥‥」)
底の見えない淀んだ暗い瞳に幾重にも重なった澱の正体は、絶望という一言では言い表せない。
どんなに優しく諭そうと、彼等は聞く耳を持たなかった。
愛情と温もりを伝えようと伸ばした手は、激しい拒絶と共に振り払われた。
(「私は接し方を間違っていたのだろうか? 平等な優しさではなく、自分にのみ向けられる愛情を望んでいるのだとしたら‥‥」)
シャウラという少女は、まるで壊れ物に触れるかの様な神父の態度に一瞬だけ酷く悲しそうな表情を見せた。
しかし次の瞬間には憎しみに滾る瞳で叫んだのだ。
『決して傷つかない所から救おうとする偽善者なんて大嫌い! あたしの近くに来る気なんてないくせに、中身のない奇麗事ばかり言わないで』と。
抽象めいた曖昧な表現に隠された真意は何かと神父が思案しようとした時、腕の中の少女が不安げな顔でローブの裾を握ってきた。
「神父さま‥‥あたちを見て?」
「おぉ、すまないね、アニー。あんな事があって怖かっただろう? もう大丈夫だ」
我に返った神父が少女の腫れた頬を優しく撫でている頃、テューバとマアの背を追いながらシャウラは小さく呟く。
「‥‥あたしだけを見て。他には何もいらないって、あたしだけ居ればいいって言ってよ。パパ‥‥」
面影の中の父親の顔はぼやけていて、はっきりと思い出せない。
愛されていたのか憎まれていたのか、それさえも。
ただ1つだけ確かなのは、大好きだった父はもうこの世にいないという事。
「今はニハル様があたしの全て。大好きな人の為なら、何だって出来る。何も怖くない‥‥」
けれどもどうしていなくなったのかは思い出せない。‥‥思い出してはいけない気がした。
数日後、預けられた教会から逃走した3人はニハルの元へと帰還を果たした。
任務の失敗は制裁を意味する。
先に戻り罰を受けたエインは全身包帯だらけであった。
「テューバ、シャウラ、覚悟は出来ているな?」
「はい。ご期待に沿えず申し訳ありませんでした、ニハル様」
「どんな罰でも受けます。ですからどうか、見捨てないで下さい!」
冷たい瞳で自分達を見下ろすニハルに2人は縋る様な瞳で懇願する。
「見捨てはしない。お前達は私の可愛い子供であり優秀な戦士でもあるからな」
恐ろしい制裁が待っているのはエインを見れば明らかであった。
それでも2人は見捨てられないと知り、安堵の笑顔を漏らす。
「ニハル様、俺は‥‥」
「マア、お前は『交換』だ」
「‥‥交換?」
首を傾げるマアにニハルは冷酷な笑みを浮かべる。
「実力がない上に臆病なお前には愛想が尽きた。お前は必要ない」
はっきりとは明言されなかったが、マアは己の死を直感した。
ガタガタと震えながら蒼白な顔を上げると、そこには一遍の感情も感じられない無機質なニハルの顔があった。
「今をもってお前から『マア』の名を剥奪する。己の無力さをインフェルノで悔やむがいい」
「お待ち下さい、ニハル様っ! 俺はまだやれます! どうかお慈悲を‥‥」
席を立ち奥の部屋に消えたニハルに追い縋ろうとするマアの体を、テューバとシャウラが取り押さえる。
「嫌だ、死にたくないっ! 助けてくれよおぉぉっ!!」
泣き喚くマアを別室に連れて行く2人の手は、自分もいつかは同じ未来を辿るかもしれないと言う恐怖に震えていた。
誰かが『交換』になると知る度に、ニハルに対する敬愛と恐怖を植え付けられた心は束の間の正気を取り戻す。
「‥‥動けるようになったら、いつもの『かくれんぼ』だ。ニハル様のご命令で彼等も誘うからね」
3人の背に投げかけるエインの声は弾んでいた。
エインだけはいかなる時も変わらない。それは彼が最も『優秀』な所以である。
「森を燃やしたら『追いかけっこ』にもなるね。訓練にもなるし役立たずは消せるし、本当に楽しい遊びだ。今から楽しみだなぁ」
光の無い目を細め、残酷な想像にうっとりとした笑みを浮かべる。待ちきれないとでも言った様に。
彼はニハルによって作られた狂気の象徴であった。
耳を塞ぎたくなる様な断末魔の叫びを、甘美な音楽だと感じるのだから。
程なくしてミルファの元に、ニハルの戦士達による『かくれんぼ』という名の狂気に満ちた遊戯の招待状が届く。
任務で遠方に赴いている彼女の代わりにレグルスが赴く事となった。
「これは真なるニハルの戦士か否かを問う、試練の儀式である。立ち会える事を光栄に思え‥‥馬鹿な事をっ!」
ミルファから事情を聞いていたレグルスは、羊皮紙をぐしゃりと握り締めて精悍な顔を苦悩に歪める。
試練の名の下に浚われて来た子供達が死と隣り合わせの選別を受ける。それを『かくれんぼ』と言うのだろう。
「子供達の腕には蛇の刺繍があった。以前にシェダルとミラを誘拐した人物と関係があるのだろうか‥‥」
呟きながらそれが取り越し苦労だとレグルスは思わずにはいられなかった。
しかし蛇は音を立てぬ位にゆっくりと、舌先をちらつかせながら近づきつつあるのだった。
●リプレイ本文
●聖と邪
ニハルの戦士達による『かくれんぼ』が行われる森への道が1本になった時から、一同は無数の視線を感じていた。
茂みや岩陰等に監視役としてニハルの戦士達が配置されているのは明らかであったが、襲って来る気配はない。
「彼等は統制されていますね。どの様な教えを強要されてきたのでしょうか‥‥」
人数こそ少なく、また幼い子供達の集まりではあると聞いていたが、まるで軍隊の様だとシエラ・クライン(ea0071)は思う。
「恐怖や苦痛は何より強く心に焼き付くからのう。愛や神の教えで救おうと言うのなら、まず元凶の排除が絶対じゃな」
「ええ。私達は『ニハル様を殺した邪悪の徒』だと恨まれる事になるでしょうけど」
水琴亭花音(ea8311)とフィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)の会話を聞いていたマロース・フィリオネル(ec3138)は、ゆっくりと頭を振る。
「邪悪とは自分の都合で他者を踏みにじり弄ぶ事‥‥ニハルこそ邪悪な者です」
純粋な子供の心を蹂躙し、壊した後で自分の都合のいい様に作り変える────この依頼に参加した誰もがニハルに対し強い怒りを感じていた。
「しかし、かくれんぼで訓練か。どこも考える事は一緒だな」
「懐かしいわね。私は見つける側だったけど」
「ああ、自分はフィオナ姉にずっと負けっぱなしだった」
フィオナとアンドリュー・カールセン(ea5936)は、過去に特殊な環境に身を置いていた腐れ縁の間柄であった。
「私達も焼かれる危険を冒し救う姿勢を見せないと、子供達は『大人達は安全な所から綺麗事を並べる偽善者』という姿勢を崩さないでしょう。相応の危険は覚悟の上です」
「自分の事を本当に想ってくれているか、子供は敏感に察知するからな。真心が伝わればニハルの戦士達も救えるかもしれない」
マロースとレグルスが子供達について話している内に、森が見えてきた。
「それ以上は近づかないでくれるかな? 開始と同時に僕が君達に捕まっちゃうからね」
森の入り口から20mほど離れた場所で、一同は松明を手に1人の少女を拘束しているエインと睨みあ合う。
「僕達の『かくれんぼ』にようこそ。さあ、楽しい時間の始まりだよ」
エインは残酷な笑みを浮かべ、少女を突き飛ばす。一目散で森の方へと逃げていく小さな背中が遠ざかり、やがて見えなくなった。
「試練の炎を点せ!」
エインの号令で森の3箇所から火の手が上がり、狂気に満ちた遊戯の幕が上がる。
駆け出す一同をあざ笑うかの様に、エインは茂みの中へと消えていった。
「逃げ切れずにあいつ等に捕まる様なら、それは生まれながらに穢れた存在である証だ。正しい魂の持ち主でないのなら、ここで死んでしまえばいいよ」
森の中から聞こえる子供達の悲鳴を聞き、エインは愉しそうに喉を鳴らした。
●交わらぬ未来(みち)
「火を消し止めれば子供達が焼死する危険は無くなります。私に任せて下さい!」
森の入り口からその奥へと燃え広がる悪意の炎は、シエラはプットアウトで一斉に姿を消した。
その後も空へと立ち上る煙を目印に消火に当たる彼女に、レグルスが護衛を兼ねて付き従う。
『エインは北、シャウラは東、テューバは西に向けて移動してるわ!』
森の上空を飛び、優良視力を生かしてニハルの戦士3人の現在位置と進行方向を確認したフィオナは、その情報を順次テレパシーで伝えていく。
シエラもまた、ブレスセンサーで得た情報をフィオナを通じて皆に知らせていた。
「遠くに見えるのは橋か? そこに子供が隠れているかもしれない」
花音とアンドリューは小川を辿り、小さな橋へと向かう。
(「‥‥やはりな」)
忍帷子を身に纏い、忍び歩きで気配と足音を消したアンドリューは橋の上に立つ。
橋の真下に近い水面に広がる波紋を目にし、自身の予想が当たっていたと確信した。
「自分は冒険者だ。絶対に守ってやるから、安心して出ておいで」
橋の下を覗き込んで声をかけると、怯えきった目をした2人の少女が抱き合いながら震えていた。
「春とはいえ、濡れたままでは寒かろう。さあ‥‥」
花音は小川に下り、両手を広げてゆっくりと少女達に近づく。
「お姉ちゃん達はあの怖い人の仲間じゃないの?」
「私達はその怖い人と戦っておるのじゃよ」
「本当に助けてくれるの?」
「ああ。生きてこの森から脱出しよう」
優しい言葉と眼差しを信じ、子供達は泣きながら花音に抱きついた。
花音の愛犬ダイの嗅覚を頼りに、少女達の手を引きながら捜索を続ける。
テューバにいつ襲われても対応出来る様に、2人は神経を張り巡らせていた。
「あなた達を助けに来ました。怖がらなくて大丈夫ですよ?」
朽ちた小屋で発見した2人をホーリーフィールドの結界内に避難させた後、マロースとフィオナは小さな洞窟を訪れていた。
2人に教えてもらった情報によると、ここには3人の子供が隠れているらしい。
「綺麗なお姉さんを待たせちゃダメよ? ‥‥っ!」
警戒心を解く為に軽口を叩くフィオナを、洞窟から飛んできたナイフが掠める。
「嘘っ! 私達を殺しに来たんでしょ!」
「それともあの場所へ連れ戻しに来たの?」
「どっちもゴメンだ! こいつ等は俺が守る!」
叫び声と共に飛び出してきた少年を、マロースはその攻撃ごと受け止める。
腕を切り裂かれる痛みに顔を顰めつつも、小さな体を思い切り抱きしめた。この想いが偽善ではないと伝える為に。
「大丈夫。もう大丈夫ですから‥‥」
そっと体を離し、優しい瞳のままで少年にメンタルリカバーをかけると、見る見る内にその顔から恐怖の色が消えていく。
「え‥‥妖精さん?」
「そうよ。私は正義の妖精さんなの。とっても強いんだから♪」
少年を案じて洞窟の入り口から顔を覗かせていた少女達の前で、フィオナはくるっと一回転してみせる。
そして2人の笑顔と怪我がない事に安堵し、3人の確保をテレパシーで仲間達に伝えるのだった。
「このお姉ちゃんとお兄ちゃんはいい人だよ!」
「一緒にいれば絶対に助かる! だからこっちに来いって!」
大きな老木の根と地面の間にある隙間に隠れていた子供達は、ナイフを構えてじりじりと後ずさる少年を必死で説得していた。
「嫌だ! こっちに来るなっ!」
森の火の手を全て消し終えたシエラは疲労困憊だったが、怯える少年に細い手を差し伸べる。
「信じて下さい、私達は‥‥」
「大人の言う事など、誰が信じられるか」
声と共にテューバから放たれた投げナイフを、レグルスは素早く剣で打ち落とす。
「ひぃっ!」
「ゴメンなさい! 後で必ず助けますから!」
シエラはプラントコントロールを唱え、逃げ出した少年を蔦で拘束する。
「かくれんぼも火遊びも、私の得意分野なんです。おいたはこの辺にして、一緒に帰りましょうね?」
口調は穏やかであったが、その瞳はテューバを射抜きそうなほど鋭い。
「うるさいっ! 黙って浄化されろ!」
逆上し斬りかかって来るテューバだが、威力を抑えたシエラのグラビティーキャノンに転倒させられる。
起き上がりさらなる攻撃を仕掛けてくる前にと駆け寄ったレグルスは、投げつけられた砂が目に入り思わず顔を背けた。
その一瞬の隙を突きテューバは逃亡する。
「深追いは禁物ですよ。子供達の保護が最優先ですから」
謝罪しようとするレグルスを笑顔で制し、シエラは蔦に絡まれた子供の下へと歩き出した。
●拒絶の裏側に
花音とアンドリューが池の近くの茂みから3人を救出し、子供達の保護は無事に終わった。
「この中に入れば何も怖くはありませんからね」
ホーリーフィールドの中で身を寄せる子供達に、マロースは優しく語りかける。
結界の外ではレグルスとシエラが警戒に当たり、フィオナは再び森の上空を飛び回ってニハルの戦士達の居場所を探っていた。
可能ならば3人も保護し救いたいと願うアンドリューに花音も同行し、その行方を追い森の中を駆け回る。
「見〜つけたっ♪」
「っ!!」
突如木の上から飛び降りてきたシャウラの攻撃を、花音は寸での所でかわす。
間髪入れずにアンドリューは足元に攻撃を食らわせるが、シャウラは受身を取り、何事もなかったかの様に立ち上がった。
「あたし、ずっとあんた達を探してたのよね。やっと会えて嬉しいわ」
「自分達もお前を探していた。さあ、こんな狂った所から帰ろう」
「狂った所? おかしいのはあんた達でしょ? 見ず知らずの子供の為にこんなゲームに参加するなんて、どうかしてるわ」
シャウラは手を差し伸べるアンドリューを小馬鹿にした様に見つめている。
「知り合いかどうかなど関係ない! 救える命ならば何としても守りたいと思うのが私達冒険者じゃ! お主達の事も!」
「あたし達を救いたい? 本気でそう思ってるなら、武装を解いて。その瞬間にあたしに殺されるかもしれないけどねぇ?」
花音の真心をシャウラは突っぱねる。
しかし武器を地面に置く2人の姿に目を見開き、困惑の表情を浮かべた。
「これでお前の心に届くか? こちらの世界に戻ってきてくれ」
唖然とするシャウラをアンドリューはそっと抱きしめた。伝わる温もりが懐かしい思い出と重なる。
「パパ‥‥」
小さくそう呟き震える体。
しかしニハルに心酔する心は触れ合う事を拒絶し、シャウラの腕はアンドリューを突き飛ばしていた。
「あんたなんて大っ嫌い! 2度とあたしの前に現れないで!」
涙に濡れる顔でそう叫ぶと、シャウラは近くの茂みに飛び込む。
「‥‥忌々しい奴等だ。許せないね」
エインは後を追おうとしない2人を木の陰から一瞥し、まるで幽霊の如くその場から姿を消した。
ニハルの戦士達は逃亡し、見張りをしていた子供達もいつの間にかいなくなっていた。
13人の子供達は一同がペットを預けた村に一時的に保護された後、フレリアの孤児院へと引き取られる。
「アジトの場所がわかればと思ったが、残念じゃ」
落胆する花音は、全員が無事で何よりだと思い直す。
子供達は目隠しをされ馬車で運ばれたのでアジトの場所を知らなかった。
森までは目隠しは勿論、一列に並ばされロープで前後の者と繋がれて夜道を歩いて来たらしい。
「多分聞いちゃいけないと思うけど、シェダルってなぜ義勇軍に入ったの?」
「すまないが本人に聞いてくれないか。貴女にならあいつも話すだろう」
シェダルの過去にニハルが関わっていると疑うフィオナに、レグルスは曖昧な笑みで答える。
彼の全てから目を逸らさない覚悟があるのなら‥‥黒い瞳はそう訴えていた────。