【黙示録】廻る業、永久の贄
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:13 G 14 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月22日〜05月02日
リプレイ公開日:2009年04月30日
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●オープニング
貧しさは人の心を歪める。
その只中にあっても尚、他者への優しさを抱き続けるのは容易ではない。
不安や苛立ちは鋭い刃となり、振り下ろされる。
自分より弱い者に、自分より劣っていると思う者に、無慈悲に。
そうする事で自らを貶めている等とは、微塵も気づかないまま────。
南方遺跡群の森の奥深く。
息を殺す様に存在する1つの集落があった。
満月の光に照らされた無残な子供の亡骸を目にし、母親らしき女性は悲鳴を上げて泣き崩れる。
「‥‥もう我慢の限界だっ!」
ぎりりと噛み締めた唇から滲み出た血は、青年の顎を伝う。
激しい怒りのままに木の幹に叩き付けた拳は浅黒く、目を見張る程に逞しい体躯には怪しげな紋様の刺青が掘られていた。
彼等はフォモール。南方遺跡群に幾つかの集落を作り、ひっそりと生きてきたデミヒューマンである。
「こんな幼子まで手にかけるとは、人間共の卑劣さはデビルにも劣るまい! 俺が皆殺しにしてやる!」
「待て、アスファ! まだその時じゃない、早まるな!」
篝火の炎を宿したかの様な瞳で遠くを‥‥子供を殺した人間達が住む村を睨みつける青年アスファを、友人が慌てて押し止める。
「あの方が目覚められる前に事を起こしては拙い! 今は耐えるんだ!」
「そう言いながらどれ程の時が経った? どれくらい集落の者が殺された? 人間共に、意味もなくっ!」
激昂するアスファを村の者は黙って見つめていた。
家族を殺された者達は唇を噛み締め、あるいは悔し涙を流す。
いつからなのかを思い出せないくらい前から、この集落の者は人間達の贄であった。
ある時は不作による飢えで生じた不安と不満を抑える為。
ある時はモンスターを誘き寄せ倒す為。
そして今は、デビルが頻繁に出没する様になり、恐慌に陥りそうな村人の精神を安定させる為。
この集落の者は連れ攫われ、公開処刑の様に大勢の前で嬲り殺される────そんな常軌を逸した人間の蛮行が途切れる事無く続いている。
人身御供、スケープゴート‥‥人間の勝手な理由で明日を、命を奪われ続けてきた。
「俺も数年前に妹をモンスターの餌にと殺された。だがすぐにあの村に乗り込みたい気持ちを堪えたんだ‥‥来るべき時の為に」
友人は眉根を歪め、アスファを見つめる。
その体が震えているのは、泣き出しそうなのを堪えているからではない。今にも爆発しそうな怒りを必死に押さえ込んでいるからだ。
全てはこの地に眠る偉大なる神の為だと私怨を殺し、ずっと耐えてきた友人の苦悶を思いアスファは頭を垂れる。
両親が殺された時はまだ自分は幼く、怒りよりも悲しみの気持ちが大きかった。
青年となってから可愛い妹を奪われた友人の憤りは如何ばかりか。
「‥‥ここで報復をすれば今まで耐えて来た皆の想いを踏みにじる事になるな。すまなかった」
頭を垂れたままで謝罪の言葉を口にするアスファの肩を、友人は慰める様に数回叩く。
その光景を茂みの中から見つめる瞳があった。
「ガキを攫いに来てみれば‥‥屑のくせに俺達の村を襲おうとしてやがったな!」
「今月だけで5人も殺したからな。奴等、本気で攻めて来るかもしれん」
「そうなったら村は全滅だ! 冒険者ギルドに依頼を出してあの集落を滅ぼしてもらおう!」
暗闇の中で血走り淀んだ瞳をぎらつかせ、村人達は保護を願う。
自分達の行いのおぞましさと罪深さを顧みる事無く、助けられるのは当たり前だと言わんばかりの傲慢さで‥‥。
村から出された依頼書を目にしたモードレッドは、それを壁から剥ぎ取って受付嬢へと突きつける。
「この依頼は僕が受ける。同行者を募れ」
その声音は静かであったが、有無を言わせぬ迫力があった。
受付嬢は上擦った声で返事をすると、急いでモードレッドの依頼書を纏め始める。
(「記載された外見から、村を襲おうとしているのはあのフォモールで間違いないだろう。奴等には聞きだしたい事が山程ある」)
カウンターに肘を着き足を組みながら、モードレッドは先の南方遺跡群での戦いを思い出していた。
敵の思惑に嵌められた悔しさは、心の奥でまだ燻っている。
(「それにあの一角獣の姿をしたデビルとも再び見えるかもしれん。あいつは僕の素性を知っていて、接触してきた‥‥デビルの思惑等に巻き込まれる男ではないと証明してやる」)
モードレッドは陰のある美しい顔に苛立ちの色を浮かべ、ちっと舌打ちをする。
行儀の悪い座り方と合わせ、ケイに見られたらお説教は間違い無い程の素行の悪さだ。
「デビルが関与している可能性がある。参加するからには注意を怠るなと付け加えておけ」
依頼書を確認したモードレッドは相変わらず不遜であった。
しかしぶつかった瞳の真摯さと怖いくらいに伝わってくる決意に、受付嬢は頷く事しか出来なかった。
そして颯爽と立ち去る背中に、凛々しさと同時に何故か危うさを感じるのだった。
●リプレイ本文
●卑しきもの
依頼書からは見えてこない真実がある。
狩野幽路が行商人から仕入れた村の噂を聞いていたアルヴィス・スヴィバル(ea2804)は、村人の様子に瞳を細めた。
「ふうん‥‥かなりの『訳あり』みたいだね」
村人達の多くはきょろきょろと忙しなく瞳を動かし、疑心暗鬼の表情を浮かべている。
そして村の広場の周りで作業を行っていた者達は、冒険者達の姿を目にすると慌ててその手を早めた。
「ふん。僕達の手で真実を暴いてやろうじゃないか」
自分と目が合いそそくさと丸太を運んでいく男達を見つめながら、モルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「皆様の中に病人や怪我人がいらっしゃれば、私が無償で治療致します」
雀尾嵐淡(ec0843)は穏やかに微笑みながら、村人達に語りかけていた。
「これは深い爪痕ですね」
「獣を捕まえた時に引っ掻かれたんだ」
男性の腕に残る爪痕は5本。そして歪に抉れている。
鋭い爪を持つ獣ではこの様な傷痕は残せない────人間か、それに準ずる体の構造を持つ者でなければ。
「相手は大分、抵抗したでしょう?」
探りを入れる嵐淡の言葉に男性は体を強張らせる。
「獣も生きるのに必死ですからね」
「そ、そうだな。無抵抗で食料にされる程、あいつ等も馬鹿じゃない」
用意された言葉の逃げ道に男性は逃げ込み、ホッとした笑みを浮かべた。
アルヴィスと共に村長から話を聞いていたグラディ・アトール(ea0640)は、寄りそうになる眉根を必死で止める。
(「集落から1番近いのはこの村で、彼等は怪しげな『化け物』だから、か。それを言うなら『デミヒューマン』だろうが」)
何故この村が襲われると思ったのか。
その経緯を聞いていたのだが、返答はあまりに幼稚で話にならない。それ以上に差別的な発言が2人は気に食わなかった。
「今までに被害や彼らとのイザコザはあったのかな?」
「そうならない為にあんたらに依頼を出したんだろうが! 無駄話をしている暇があったら、さっさと退治してくれ!」
村長は血走った目でアルヴィスを睨みつけると、自室に姿を消してしまった。
「何だよあの態度。マジで腹が立つな」
「でもさ、これ以上僕達と話していたら下手な事を口走りそうだから逃げた、って考えられない?」
「確かにそうだな。この問題は単純な善悪で判断していい事じゃない。それだけは間違えないようにしないとな‥‥」
不敵に笑う友を頼もしく思いながら、グラディは見誤ってはいけないと己に言い聞かせた。
「お年寄りも若い人も、フォモールさん達の事はよく思ってへんみたいやね」
「口々に『化け物』呼ばわりか。よく知ろうともせずに、気に入らないな」
藤村凪(eb3310)が淹れたお茶を啜りながら、モルは不機嫌そうに呟く。
敢えて「客観的には彼等をどう思うか?」と村人達に尋ねていた凪だが、返ってくるのは私情的な意見ばかり。
「あの子に聞いてみよかー♪」
子供だからこそ感じ取れる何かがあるかもしれないと、凪は1人の少年に近づいた。
しかし‥‥
「あいつ等に生きてる価値なんて無いんだ。だから早く皆殺しにしてきてよ」
期待は予想外の方向へと裏切られ、暗い瞳に凪の笑顔が凍りつく。
「図体がでかいくせに意気地なしなんだよ。大人達は喜んでるけど、僕はもう飽きちゃった」
「ど、どういう事なん?」
「広場の丸太にあいつ等を括りつけてね、石や武器を使って皆で『化け物退治』をするんだ」
少年は愉しそうに村の『秘密』を話し始める。
込み上げる吐き気に耐えながら、凪は懸命に笑顔を貼り付けた。
深夜、屋根裏に身を潜めた磯城弥魁厳(eb5249)は、村長と男達の密談に耳を澄ませていた。
「お人好しの冒険者を騙すだなんてちょろいもんだな」
「丸太も捨てたし穴も埋めた。血の跡も隠したし、これで証拠は無くなったな」
「残るのは森の中に捨てた死体だけだな。念の為、明日にでも見に行ってみるか」
嘘、証拠隠滅、死体遺棄────湧き上がる怒りを抑えながら、魁厳は野営場所で待つ仲間の元へと戻った。
「村と集落の間でこんな物を見つけた‥‥これであの村が腐り切った下衆野郎の集まりだって断言できるな」
持ち寄った情報を報告する声はどれも静かであったが、キット・ファゼータ(ea2307)とレイア・アローネ(eb8106)が持ち帰った証拠を目にした瞬間、堪えていた一同の憤りはそれぞれの形で溢れ出す。
布の中から現れたのは、無数の骨と人間が着るにしては大き過ぎる千切れた衣服。
「村人達はまだ被害に遭ってないと言っていた。この死体は‥‥」
「ああ、フォモールで間違いない。恐らくは木に縛り付けられたまま、獣に食われたのだろう」
グラディの言葉を繋ぐレイアは、血が滲みそうな位に唇を噛み締める。
「真実が明らかになったな。お前達は‥‥いや、聞くまでもあるまい」
全員が同じ想いだと知り、モルは不敵な笑みを浮かべる。
「解決の為に赤毛君の威光を借りたいと思うのだが、構わないか?」
「責任が僕だけに及ぶ事ならば聞いてやってもいい」
モル終始険しい表情ではキットの案を聞いていたが、最後には承諾するのだった。
「良かったら食べないか?」
「気が利くじゃないか。仕方ないから貰ってやる」
グラディの差し出した吉備団子をモルは嬉しそうに頬張り始める。
(「噂通りの立派なお方だ。しかし、もう少し丸くなるといいんだけどな」)
モルと昔の自分が似ている気がして、グラディは彼の力になりたいと思うのだった。
●冒険者達の答え
モルとレイアは領主に会いに行き、残りの者はアルヴィスを交渉役とし村を訪れていた。
(「怖くなって僕らに尻拭いを、か‥‥気に入らないし、嫌がらせ決定だ。落とし所は相互不可侵と言った所かな」)
アルヴィスはにっこりと微笑みながら、集めた証言と証拠を反論の余地を与えずに突きつけていく。
それでも村長達は見苦しく支離滅裂な言い逃れを繰り返していた。
「あんなぁ、嘘はあかんよー?」
「ひっ!」
ギスギスした空気にならない様にと凪は常に笑顔を保っていたが、それが逆に怖かったらしく、男は青い顔で息を飲んだ。
「わ、わしらをどうするつもりだ?」
「フォモール達は以前から不穏な動きを見せている。いずれ国が事に当たるだろう」
「この件は僕達に任せて、今後一切は彼等に手を出さないって約束してくれるかな?」
うろたえる村長の問いにキットとアルヴィスは名言はしない。
しかし願望から『約束を守れば罪は問わない』と勝手に解釈した村長達は、安心した様にお互いの顔を見合わせた。
「ああ、約束する!」
「そうそう、食糧が足りなかったり防備に費用が必要なら、王宮騎士のモードレッド君が援助してくれるそうだよ」
「それはありがたい!」
嬉々とする村長達を残し、一同はその場を後にする。
「‥‥火種は明らかにお前らだろ。全く世話無いぜ」
キットは誰にも聞こえない声で悪態をついた。
「動きはあったかい?」
「いいえ、未だありません」
「怪しげな影も見当たりませぬ」
村の入り口でデビルの接近を警戒していた嵐淡と魁厳は、アルヴィスの問いに頭を振る。
「ちっ。何を企んでやがる」
上空を旋回しているカムシンにも変わった様子は無い。
キットは苛立たしげに舌打ちをすると、深い森の奥を睨みつけた。
「今回の事で人間こそがデビルにも勝る卑劣なのだと思い知らされた。相手を悪として自らを正当化する‥‥その結果があれだ」
「あいつ等が特殊なだけだろう。あんな人種ばかりなら、命を賭して守っている騎士共が浮かばれん」
「それもそうだな。だが、私達も知らずに誰かを踏みつけているのかもしれない」
モルと共に領主の元に向かいながら、レイアは自分の過去を思い出す。救えなかった悔しさを。
「昔、似た様な事件に関わった事があってな。迫害される蛮族を私は守りきれなかった。今度こそは‥‥いや、それすら関係ない。彼らは彼らだ。人も彼らも死なせたくない」
「‥‥馬鹿正直な想いだが、嫌いじゃない」
弱さを指摘されると思っていたレイアは、思いがけない言葉に俯いていた顔を上げる。
「何かを守ると決めたのならば、同時にそれ以外のものを棄てる覚悟をしなければならない。棄てられ踏みつけられたものの痛みや憎しみを背負うのは、戦う術を持つ者の業だ」
レイアに語りかけながらも、それは己に言い聞かせている様でもあった。
「過ちを悔やむ余裕があるのなら、それも前に進む為の力に変えろ。それにしおらしいだなんてらしくないぞ?」
「‥‥言ってくれるな」
悪態をつくモルにレイアは苦笑しつつも、力強く頷いた。
フォモールの集落に訪れた一同は、肌に突き刺さる様な視線に晒されていた。
歓迎はされないと覚悟はしていたが、予想以上の険悪な雰囲気である。
自分達は村から討伐の依頼を受けた冒険者だと明かすと、集落の男達は武器を構えてにじり寄ってきた。
「でも真実が明らかになってね。君達は被害者なんだってわかったんだ。‥‥同じ人間として謝るよ。本当にすまなかった」
そう言い深く頭を下げるアルヴィスに一同も倣う。
予想外の行動に集落はざわめき、程なくして男達は構えていた武器を地面へと置いた。
「だがお前達に謝られてもあの村の罪は消えん」
「許してくれとは思ってないさ。俺達が謝りたいからそうしただけだ」
頑なな態度を崩さないアスファに、グラディは見兼ねて口を挟んだ。
「もうこの集落に手を出すなと村人達に釘を刺しておいたから、安心していいよ」
「その代わり報復は踏み止まってくれ。それと、人に危害を加えたり問題を起こしたら、討伐の対象になると忠告しておく」
「随分と勝手な言い分だな」
「それは承知の上だよ」
「お前達がどんな神を信じようが構わないが、これ以上デビルと手を組むのなら黙っていないぜ?」
薄氷の上を渡る様なアルヴィスとキット、アスファの応酬に緊張が走る。
「デビルを信じるな! 奴等は関わった者に害しか及ぼさない!」
それを破ったのは領主の元から戻ってきたレイアの叫びだった。
「許せとは言わない! 恨んでくれていい! だが頼む、私の言う事を信じてくれ!」
息を切らしアスファに駆け寄ったレイアは、頭を垂れて懇願する。
モルはその隣に並ぶと、ふんと鼻を鳴らした。
「人間の全てがあの村の奴等と同じだと思うな。わかったなら、僕達の誠意に応えろ」
偉そうな口調で言い放った後、モルは躊躇なく頭を下げた。一同も再びそれに倣う。
「‥‥報復はしないと約束する。だがあの方の為に戦うのは別だ。デビルと手を組む事もな」
暫しの沈黙の後、アスファは素っ気無く答えると踵を返した。
「神様を無理矢理起す、と言うのは不敬だったりしないのかな?」
立ち去ろうとしていたアスファはゆっくりと振り返る。
「答える必要は無い。次に会ったら敵同士だと覚悟しておけ」
アルヴィスの真摯な瞳と、決意を秘めたアスファの瞳が火花を散らす。
「仲間が次々と殺されても黙っているなんて、君達は何の為に存在しているんだい?」
「我等は常にあの方と共に在る。それだけだ」
短くも誇らしさに満ちた返答と共に、逞しい背中は遠ざかって行く。
「全ての人が争わず、憎しみ合う事無く生きていける。それが、俺の理想なのだけどな‥‥」
理想と現実の狭間にグラディは苦悩する。
守るべきものの為に刃を交える未来はそう遠くないと思いながら。
●明かされる名
果たして自分達の取った行動は正しかったのか。
他の選択肢はなかったのか。
被害を出さずに村と集落の未来を切り開いた一同だったが、正解の無い問いに心は焦れつく。
「後は領主殿の采配にかかっておりますな。それを見届けられないのが残念でございますが‥‥」
「僕にはあまり期待して無い様に見えるけど?」
魁厳の呟きに答えるその声は、一同が警戒していたデビルのものだった。
「隠れてないで出て来いよ。相手をしてやる」
石の中の蝶の羽ばたきを目にし、キットはデビルを挑発する。
「悪いけど今は戦っている暇は無いんだ。お詫びに僕の名前を教えてあげるよ。ルーグって言うんだ。覚えておいてね?」
デビルはくすくすと微笑むと、その気配を消した。
何か情報は得られないかと再び村に立ち寄ったアルヴィスは、少女の耳打ちに目を見開く。
「フォモールが主と崇める神の名は────バロール‥‥」
「ずーっと昔から遺跡に眠ってる怖い神様なんだって!」
内緒話を打ち明け嬉しそうな少女の頭を撫でながら、アルヴィスは遺跡群の方角へと視線を彷徨わせる。
刹那、巨大な影が見えた気がした────。