【お兄様と私】博愛には程遠くても‥‥

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月24日〜04月29日

リプレイ公開日:2009年05月02日

●オープニング

 ランタンの灯を手にしながら、アリシアは門の前で兄フレッドの帰りを待っていた。
 今日は仕事を早めに切り上げて帰ってくると言っていたのに、中々帰ってこないので心配で外に出てきてしまったのだ。
「折角のお料理が冷めてしまいますわ。お兄様ったら、何処で寄り道をなさっているのかしら」
 そわそわと視線を通りにの方へ向けた時だった。
 大きな籠を大事そうに抱え、ゆっくりとこちらに歩いてくるフレッドの姿が目に入る。
「お兄様、お帰りなさいませ!」
「ただいま、アリシア。遅くなってすまないな。これを買っていたら時間がかかってしまったんだ」
 ランタンを持ったまま笑顔で駆け寄るアリシアの目の前に、フレッドはそっと籠を差し出す。
 ゴミが入らないようにとかけられた布越しに、ほんのりと甘い香りが漂ってきた。アリシアは瞳を輝かせてフレッドを見つめる。
「もしかしてスイーツを買って来て下さったのですか?」
「ああ。前からアリシアが食べてみたいと言っていた店のスイーツだ」
「本当ですの!? お兄様、ありがとうございます!」
 フレッドの手土産が人気スイーツ店の物と知り、アリシアは顔を綻ばせる。
 恐らくは仕事帰りに買いに行き、長蛇の列に並んでいたから遅くなってしまったのだろう。
「喜んでもらえて何よりだ。夕食の後に一緒に食べよう」
「はい♪ そう言えば、お店の一押しはアップルパイらしいのですけれど‥‥買えましたか?」
「運良く最後の1つだったんだ。店の看板メニューとは期待が高まるな」
 まだ肌寒さの残る春の夜道を、兄妹は肩を寄せて歩く。
 他愛のない話をしている内に屋敷へと着き、少しだけ冷めてしまったアリシアの手料理を2人で食べ始める。
「父上と母上は仕事か?」
「ええ、お母様はこちらで思う存分楽しまれて、意気揚々とお発ちになられましたわ」
 レミーが楽しんだものを思い出し、2人は苦笑する。きっと帰ってきたら新たな悪企みをするのだろう。 
「お兄様、明日からまた地獄へ行かれるのですか?」
「ああ、救援に呼ばれている。今回も防衛戦になりそうだ」
 攻めるよりも守る方が性に合っていると笑うフレッドに、アリシアは可憐な顔を曇らせる。
 どんな場所であれ戦いは戦い、本質は変わらない。
 しかし舞台が地獄であると聞くだけで、嫌な胸騒ぎがするのだ。
「お兄様を信じております。ですがどうぞご無理はなさらないで下さいましね?」
「その約束については破ってしまう事が多いのだが‥‥この前ももっと自分を労われと注意されたばかりだし、案じてくれる皆を悲しませないように努力しよう」
 身を挺し犠牲になるのではなく敵に一太刀を浴びせるのだと、先の戦いを経て、フレッドはそう心に誓っていた。

 食事を終え、お楽しみのデザートタイムである。
 アップルジュースとミルクティーを運んできたアリシアは、テーブルに並べられたスイーツの美しさに目を見張った。
「とっても美味しそうですわ‥‥」
 旬のフルーツが乗ったケーキと色とりどりのゼリー、そしてアップルパイ1ホール。
「さあ、遠慮せずに好きな物から食べてくれ」
 顔を綻ばせながらフレッドはアップルパイを切り分けている。
「頂きます‥‥見た目だけではなく、味も素晴らしいですわ」
「うん、美味い。これなら3ホールくらい食べられそうだ」
 口にしたスイーツはどれも絶品で、2人は夢中で食べ進めていく。
「お兄様、ギルドで気になる依頼書を見つけましたの。デビルに襲われた村への救援要請ですわ。その村に行こうと思っています」
 ミルクティーを一口飲んで気持ちを落ち着かせた後、アリシアはフレッドの目を真っ直ぐに見つめて己の決意を口にする。
 フレッドは暫しの無言の後、小さく息を吐いた。
「村やその周辺にデビルは残っていないのか?」
「はい、掃討されたそうですわ。万が一に備えて騎士の方も常駐して下さってるみたいです。物資や食料は足りているそうですが、治療の手が急募だと書かれていました」 
 村の名前を聞いたフレッドは記憶の糸を手繰り寄せる。
 確かその村での討伐記録を数日前に目にした筈だ。戦いに巻き込まれる心配はない。だが────
「またメルドンの時の様な目に遭うかもしれないぞ。それでも構わないのか?」
 自分にも何か出来ないかとアリシアが踏み出した1歩は、メルドンへの慰問だった。
 しかしそこで彼女を待っていたのは、厳しい現実と善意が届かぬ悔しさ、そして心無い中傷。
 今なら何故自分がその様な目にあったのか、理解出来ている。
「あの時の私は自分の姿が被災された皆様の目にどう映るのか考えもせず、救いたいという想いは必ず届く筈だと甘えていました。もう同じ過ちは繰り返しませんわ」
 突如襲ってきた災いに疲弊し、明日をも知れぬ命の彼等にとって、貴族の令嬢の格好をしたアリシアは羨望の的だった。
 安息と裕福さの象徴の彼女が恨めしく、その善意を『偽善』をしか受け取れなかったのだろう。
「今回は目立たぬ格好で赴きます。それに同じ事があったとしても、私は構いません。命を、誰かを救いたいのであって、感謝の気持ちが欲しいわけではありませんもの」
 凛とした瞳で言い切るアリシアをフレッドは温かな眼差しで見つめていたが、心の何処かで寂しくもあった。
 医師になりたいという夢を叶える為、そして自分に出来る事に真摯に向き合おうとしている彼女が、遠くに行ってしまう様な気がして。
「もう守られるだけじゃないんだな‥‥アリシアが行きたいというのなら俺は止めない。だが、くれぐれも無理は禁物だぞ?」
「はい、お互いに約束致しましょう」
 反対されなかった事に安堵しながら、これも冒険者達のお陰だとアリシアは思う。
 フレッドや自分の考えを変え、新たな世界へ踏み出す勇気をくれた彼らに心からの感謝の気持ちを抱きながら‥‥。

●今回の参加者

 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec5023 ヴィタリー・チャイカ(36歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)
 ec6130 エミル・アッジィーク(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ec6133 レベッカ・クルージオ(31歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ec6360 マリア・ドレイク(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文


 暮れ行く空、沈む太陽。
 目に痛いほど鮮やかな橙色は、命の炎。
 揺曳する鈴の音に合わせ、透き通る歌声が優しきレクイエムを織り成す。
 美しき旋律に心は震え、零れ落ちた涙が大地へと染みゆく。

 もう2度と会えないけれど、私達は前を向いて生きていくから。
 母なる大地の腕の中で、どうか安らかなる眠りを。
 苦しみも哀しみも無い優しい世界で、私達を待っていて欲しい。

 あなたと出会えた事、そして共に過ごせた奇跡に心からの感謝を捧げよう。
 愛してくれて、ありがとう────。

 
●心の彩り
 ふわり、と微笑んだその顔はとても綺麗で、アリシアの胸は微かに高鳴る。
「初めまして。クリステル・シャルダン(eb3862)と申します」
「ア、アリシアと申します。初めまして‥‥」
 差し出された手は白く小さくて、少しでも力を入れたら壊れてしまいそうだった。
 だがこの手で彼女は多くの命と心を救ってきたのだと、アリシアは直感する。
「終りの見えぬ戦いの最中‥‥アリシアさんのお心は、苦しむ人々の希望となりましょう。今すぐには届かなくとも、きっと‥‥心の奥の暖かな記憶となって」
 アイリス・リード(ec3876)は、優しい笑顔と共にアリシアの肩に触れる。
 彼女から与えられる言葉はその心の清らかさと強さを表していて、まるで聖母の御言葉のよう。
 アイリスがフレッドに与えた影響は大きいと、アリシアは改めて実感するのだった。
「俺達の手は小さい。救援に赴いても、救えるのは世の中の一握りの人だけだ。でも、何もせず無駄だと諦めるより、たった一人でも救える方がいいに決まっている」
 先のお花見で知り合ったばかりのヴィタリー・チャイカ(ec5023)は、穏やかな瞳で励ましてくれた。
 現実を知っても尚、1人でも多くの者を救いたいという心根は、騎士にも負けまい強靭さだ。
「さあ、そろそろ参りましょうか。村に着くまでは私が貴女のナイトを務めさせて頂きますわ。可憐で心優しいアリシア姫?」
 アリシアの緊張を解こうと、ミシェル・コクトー(ec4318)は大袈裟な物言いの後に跪き、手の甲にキスを落とす。
 彼女もまた、フレッドに大きな影響を与えた女性である。
 繊細な心を持ちつつも、それを他人に見せずに凛と立つ彼女の強さがアリシアには眩しかった。
「その格好もよく似合ってるよ。男の子みたいでとっても可愛い」
 くすりと微笑んで頭を撫でてくれるのは、想い人のリース・フォード(ec4979)だ。
 出会った時から傍に居て自分を案じてくれる彼を、アリシアはいつの間にか好きになっていた。
 誰にでも優しい所に、時々チクリと胸が痛むけれども。
「皆様とご一緒できて私はとても幸せですわ。どうぞよろしくお願い致します」
 異なる色の優しさと強さを持つ5人の顔を見渡しながら、アリシアはぺこりとお辞儀をする。
 そして再び上げられたその顔は、彼らと共に居られる喜びに綻んでいた

●哀しみ触れて
 少しでも早く村人達を救いたいと願う一同は、移動手段を工夫して予定よりも早く村へ辿り着く事が出来た。
 村の被害は想像していたよりは酷くなかったが、それは目に見える被害であり、人々が心に受けた傷は計り知れない。
 誰もが村人達の心のケアが重要だと思い、世間話や雑談をしながら治療に当たっていた。
「沁みたら遠慮せずに仰って下さいね?」
 アイリスはピュリファイで布や包帯を清めた後、清潔な水で怪我人の患部を丁寧に消毒する。
 1人1人に時間をかけてゆっくり丁寧に接していると、命の鼓動がより身近に感じられる気がした。
「アリシアさん、少しよろしいですか?」
 治療が一息ついた頃、アイリスはアリシアに声をかける。自分が贈ったブリジットの癒しの布を見つめ、どこか不安そうな横顔に。
 そして建物の外に彼女を誘い、細い体をそっと抱きしめた。
「届かない善意や、謂れのない悪意に出会ったのなら‥‥悲しんでも良いのですよ。それは、相手の気持ちを受け止める事でもございましょう」
「‥‥はい。怒りや憎しみをぶつける事でこの村の方々の辛さが和らぐのならば、私は平気ですわ。寧ろ、早く悲しい顔をしない様な強さが欲しいです」
 この村に来てからまだ傷つく様な事は経験していないが、いつそれが襲ってくるのかはわからない。
 アイリスに身を委ねるアリシアの声は震えていた。
「いいえ、それは違いますよ。『平気』になってしまう事が、必ずしも良いとは限りませんもの」
 抱きしめる手に力を込めながら、アイリスは優しく言い聞かせる。 
 アリシアならば自分の伝えたい事をわかってくれる────そう信じているから。
「辛い状況ですのに、皆様で助け合っていらっしゃるだなんてご立派ですわ」
 ざっと負傷者を見渡し重篤者が居ない事に安堵するクリスは、重症で動けない男性を優しい言葉と共に治療していく。
 傷を負っているのに労わり合う人々に惜しみない賛辞を贈りながら。
「時間が出来ましたら、皆様に聖書を‥‥いえ、冒険譚の方がお好みでしょうか?」
「ああ、そっちの方がいいな。どんな話を聞かせてくれるんだ?」
「妖精の卵を取り戻したお話と、薔薇の迷宮を探索したお話がありますわ。今日はどちらになさいますか?」
 たおやかな微笑みは村人に広がっていき、誰もがクリスの語る冒険譚に耳を傾けるのだった。
「で、そのドラゴンはあの山より大きくて、ぎょろりとした目玉で俺達を睨みながら、のっしのっしと近づいてきたんだ」
 遠くに見える山を指差した後、両手を挙げて子供達を追いかけ回すリースは、少しだけ元気のない子を発見する。
 小さなその体をひょいと抱き上げ、クッキーを1つ、口の中に放り込んであげた。
「夜が怖いなら一緒に眠ってあげるよ?」
「本当に?」
「うん。もう大丈夫。怖い事は終わったんだ」
「デビルは来ない? 絶対に?」
「もう二度と怖い目には遭わせないよ。約束する」
 伝わる温もりに安堵したのか、子供もにこっと笑い返してくれた。
 小さな指と指切りをするリースは自分では気づかないけれど、とても穏やかで優しい顔をしていた。
「ここは俺達に任せてゆっくり休んでくれ。疲れが取れて復帰したら、戦力として当てにさせてもらうよ」
 診療所の医師はヴィタリーの心遣いにホッとした様に微笑むと、覚束ない足取りで奥にある寝室へと姿を消した。
 腕捲りをして張り切る彼を手伝いながら、ミシェルは心細そうな老婆の手をきゅっと握る。
「お婆さん、たくさん不安な想いをなさって、とっても心細かったでしょう? 今まで我慢をしていたのならば、今ここで泣いて下さって構いませんのよ」
 優しく美しい瞳を見つめながら、老婆は皺だらけの顔を歪め始める。
「私の胸でよければお貸ししますわ。さあ、お孫さんだと思って甘えて下さいな」
 ミシェルは骨ばった背中を優しく摩りながら、それ以上は何も言わずに老婆の悲しみを受け止めていた。
 治療用品を運んできたアリシアは、2人の姿に瞳を細める。
「アリシア、君は医師を志しているんだよな。すまないがこの人を頼めないか? 知識がある人に診てもらえれば、患者も安心するだろう」 
「はい、お任せ下さいませ」
「俺は怪我の治療は出来ても、医学の知識はないから助かるよ。わからない事があったらこれを参考にしてくれ」
 花の様な笑顔で微笑むアリシアに、ヴィタリーはディアン・ケヒトの書を渡す。それは古い医学が知りされた巻物だった。
「あの、休憩時間にもお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。読み終えたら俺にも教えてくれ」
 ヴィタリーの優しい笑顔に頷くと、アリシアは患者に声をかけながら診察を開始するのだった。

●村を照らす灯火達
 夜の闇に包まれる村に、薪と蝋燭の炎が灯っていた。
 遊び疲れた子供達は眠りに落ち、それを見守る大人の瞳は皆、穏やかだった。
「蜂蜜を入れたホットミルクですわ。よろしかったらどうぞ」
 1人1人の負傷者の様子を見に行き、おやすみなさいの挨拶をしていたクリスは、不安そうな女性にカップを差し出す。
 押し付けではなく、控えめな言葉と共に渡されたそれを一口飲んでみると、優しい甘さと共に体も心もじんわりと温かくなっていく気がした。
「眠れないのでしたら、私とお話をして下さいませんか?」 
「それは嬉しいけど‥‥あなたも休んでないわよね?」
「これでも冒険者ですもの、平気ですわ」
 ホットミルクにも負けない位の安心する様な笑顔でクリスは微笑む。その笑顔は女性の話が終わるまで、絶やされる事がなかった。
「これ、何て言うの?」
「桜餅だ。葉っぱごと食えるぞ」
「本当だ、おいしい!」
 ヴィタリーにもたれかかりながら、少年は夢中で桜餅を頬張っている。
 小さな頭を撫でながら、ヴィタリーは治療して回った一軒一軒を思い出していた。
(「老夫婦だけの家では雑用まで頼まれたし、親が怪我をした家では子供を宥めるのが大変だったな。でも、役に立てた喜びの方が大きいって思う俺は、やっぱり苦労人体質か)」
 そんな自分も嫌ではないと思いながら、ヴィタリーは満天の星空を眺めた。
「ただいま‥‥って、アリシアは寝ちゃったのか」
 ブレスセンサーで怪我人の捜索を終えたリースは、ミシェルの隣で寝息を立てているアリシアのあどけない寝顔に微笑む。
 移動中、彼女は弱音を吐かなかったが、それは決して強がりではなかった。
 その成長を頼もしくも寂しく思い、リースはアリシアの頭をそっと撫でる。
「人が人らしく生きられるのって、ほんの少しの優しさ‥‥それはキスだったり言葉だったりするのでしょうけど、そういう灯火みたいな優しさがあるからじゃないかしら」
 プレゼントしたハーブの束を抱きしめて眠るアリシアを見つめながら、ミシェルはぽつりと呟く。
「特にアリシアを見てるとそう思いますわ。人の心に優しさという灯火を点しますもの‥‥って、本人には秘密ですからね?」
 アリシアのほっぺをつんつんと突っ突きながら、ミシェルは微笑む。親友を思う、年相応の1人の少女の笑顔で。
「うん、ミーちゃんの言う通りだね。俺もアリシアのそんな優しさを守りたいって思うよ」
 汗や泥だらけになりながらも、懸命に笑顔を絶やさずに動き回るアリシアに惹きつけられた一瞬をリースは思い出す。
 この想いが何なのかはまだよくわからないけれど、これからもアリシアの傍に居たい、そう思った。
「だから、という訳でもないのだけど、それで私もご一緒しましたの。私でも役に立てたら、新しい道も見つかるかな、と思って‥‥」
「悩めるミーちゃん、俺でよければ話を聞くよ?」
 最近元気がないミシェルをずっと気にしていたリースは、心の整理を付ける位は役に立てると思い、彼女の頭をぽんぽんと叩く。
 やがて語られる彼女の悩みは、2人だけの秘密となった。
 魘されている人の手を握り子守唄を歌うクリスの隣で、アイリスは子供達を寝かしつけていた。
(「地獄への道行き‥‥無事のお帰りを心より願っています」)
 祈り祈っても、不安は尽きないけれど。
 小さな羽根に触れながら、アイリスは地獄に赴いているフレッドを想った。

●愛しきあなたへ
 翌日、村の聖職者により小さな慰霊式が執り行われていた。
 白のクレリックであるアイリスとクリスは、儚く逝った者達と残された者達の為に墓前で祈りを捧げ、宗派の違うヴィタリーは摘んできた花を墓前に手向ける。この慰霊式が魂と、残された人々の慰めになる事を願いながら。
 やがてリースを中心に鎮魂歌が歌われ始めると、家族を亡くした者達は一斉にすすり泣き始めた。堪えていた悲しみが涙という形になり、昇華されていく。
(「白き優しき母の御許で、魂が平安の眠りを得られますよう‥‥」)
 皆に立ち直り顔を上げて欲しいと心から願う一方で。
 それを己が身に置き換えててみると、何と身勝手な願いなのだろうとアイリスは思う。
 もしも大切な存在を本当に失ったとしたら、自分は立ち直れないだろう。それは身が竦む程の恐怖だった。
「よく頑張った、もう泣いていいんだ‥‥」
 母親を亡くした少年を抱きしめながら、ヴィタリーも歌を口ずさむ。
 ミシェルが鳴らす鈴の音が、彷徨える魂達への道標の様に響き渡る。

 涙は尽きないけれども、愛をくれた人達を送り出そう。
 この世の全ての人を愛する事は出来なくても、身近なあなたを愛せた私達は、こんなにも満ち足りているのだから。
 愛する気持ちを教えてくれて、ありがとう────。