【儚き双珠】幸せのデザイン

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月13日〜05月18日

リプレイ公開日:2009年05月21日

●オープニング

 
 窓から吹き込む春風に目を細めながら、シルフィは羊皮紙と睨めっこをしていた。
 テーブルの上には何枚もの羊皮紙が積まれており、それら全てには小物のデザイン画が描かれている。
「うーん、どれもこれも似た様な感じになっちゃうなぁ」
 煮詰まったシルフィは溜息と共に羽根ペンを置き、書き上げた作品達を眺める。
 それらの多くは花をモチーフにし、レースやリボンをあしらった可憐で繊細なデザインだった。
「ただいま、シルフィ。美味そうな焼き菓子を見つけたから買って来たぞ」
 そこに甘い匂いのする包みを抱えた姉シエラが、ほくほく顔で帰ってきた。
 ぽん、と無造作にテーブルの上に置かれた包みから漂ってくるいい香りに、シルフィのお腹がきゅるるると可愛い音を立てる。
「‥‥あ。そう言えばまだお昼ご飯を食べてなかったんだっけ」
「飯を食い忘れるくらい没頭してたのか? じゃあ休憩も取ってないだろう?」
 呆れた様に尋ねるシエラに、シルフィはこくんと頷く。
「仕方ない奴だな。今からあたしと一緒にこの焼き菓子を食うぞ。これは姉命令だからな?」
 シエラはシルフィの頭をぽんぽんと叩くと、席を立ってハーブティーを淹れ始める。
 慌ててテーブルの上に散らかったデザイン画を纏めたシルフィは、それらにもう1度視線を移し、ふうと溜息をついた。
「新しい小物のデザインが決まらないのか?」
「‥‥うん。ネタ切れみたいなんだ」
「無理ないだろ。初めて小物を売った日から、たくさんの新作を作ってきたんだからさ」
 依頼に赴き家を空ける事が多いシエラを、かつてのシルフィはジッと待つだけだった。
 しかし彼女の世界を広げようと、冒険者達が露店で何かを販売したらどうかと勧めてくれたのだ。
 去年の夏の日に湖の近くの村で行われた村祭りで、シルフィは生まれて初めて自分が手作りした小物を販売した。
 気に入ってもらえた嬉しさと買ってくれた人の笑顔が忘れられず、シルフィは今でも小物の販売を続けている。
「あんまり根を詰め過ぎるなよ? 小物販売の趣味とアイツのお陰で体が丈夫になったとは言え、無理は禁物だぞ? まあ、後者の影響が大きいみたいだけどな?」
「そう言うお姉ちゃんこそ、最近すっごく楽しそうだよ? やっとレオンさんとまともに話せるようになったみたいだし」
「なっ、なんでそこでレオンが出てくるんだよっ!?」
 からかったつもりが逆にからかわれてしまったシエラは、脳裏に浮かぶ初恋の男性の笑顔を振り払い、買って来た焼き菓子を口に放り込む。程よい口解けの後に、ほんのりと優しい甘さが口の中いっぱいに広がった。
「‥‥美味い。噂には聞いていたが、想像以上だな」
「そんなに美味しいの? じゃあ私もいただきます♪」
 一口で食べてしまったがさつなシエラとは違い、シルフィは焼き菓子を小さく千切って口へと運ぶ。そしてその顔は見る見るうちに綻んでいった。
「ホントだ。すっごく美味しい。例えて言うなら‥‥幸せの味、かな」
「ああ、確かにそうだな。2時間も並んで買った甲斐がある。ちょうどあたしで売り切れだったんだ」
 2個目の焼き菓子を堪能しながら、シエラは至福の表情を浮かべている。
 自分の後に並んでいた赤毛の少年騎士にやたら羨ましそうな‥‥と言うよりは恨めしそうな目で見られた事などすっかり忘れてしまうくらい、焼き菓子は絶品だった。
「この感じ、私にも表現できないかな?」
 シエラの表情と焼き菓子を交互に見つめ、シルフィはぽつりと呟く。
「身につけてくれた人が‥‥ううん、手に取ってくれた人が『幸せだなぁ』って感じてくれる様な、そんな小物を作ってみたいな」
「うん、シルフィらしくていいんじゃないか? もぐもぐ‥‥‥‥んぐっ!?」
「お、お姉ちゃん!? もうっ、欲張って詰め込むからだよ! ほら、これを飲んでっ!」
 目を白黒させるシエラの背中を叩きながら、シルフィは飲み頃になったハーブティーを手渡す。
 食いしん坊な姉としっかり者の妹の、いつもの光景────それを木の枝に座って眺めていたアゼルは嬉しそうに微笑む。
「これで会う口実が出来たな。帰ってレオンに報告だ」
 ぱたぱたと飛び去るその後姿はとても軽快であり、村の鶏が活きのいい虫と勘違いしたとかしないとか。

「と言うわけで、私は2人の為にギルドに依頼を出そうと思う」
「異存なーし!」
「むしろ賛成だな」
 にこにこと満面の笑みのアゼルとキルシェに、レオンはわざとらしく咳払いをする。
「言っておくが、動機に疚しさは全くない。これは純粋なる善意だ」
「りょーかい♪」
「‥‥俺は疚しい自分を認めるぞ?」
 キルシェの呟きは聞こえなかった事にし、レオンはいそいそと依頼書を纏め始める。
 当初の渋さはどこ吹く風だが、それはさておき‥‥
「冒険者の皆には、私達と一緒に『幸せ』をテーマに小物のアイディアを出してもらう」
「で、次の依頼で一緒に小物を作って、その次の依頼で一緒に販売に行く、っと。完璧な口実だな!」
「下心は恋愛に不可欠だ」
 3人は顔を見合わせると、にやっと微笑む。
 レオンは同志であるルイス宛てに事の次第を記した手紙を書き、依頼書と共にアゼルに手渡す。
「まさか俺に届けさせるつもりかよ!?」
「ああ、ついでに2人を虜にした焼き菓子の予約もしてきてくれ」
「‥‥しくじったら、お前の恥ずかしい秘密を『彼女』に暴露してやる」
「げっ! し、死んでも予約してくる! だからそれだけは勘弁してくれ!」
 2通の手紙を抱え、慌てて屋敷を後にするアゼルは貧乏くじを引きやすいタイプのようだ。
「この手は使えるな。キルシェ」
「ああ。これでアゼルは意のままだ」
 その後姿が見えなくなった後、レオンとキルシェは悪い顔で微笑み合った。

●今回の参加者

 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4461 マール・コンバラリア(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

●それぞれの『幸せ』
 春風が心地よい午後、レオン邸の居間ではデザイン会が行われていた。
「もうすぐ6月だし結婚式関係はどうかしら? 式で使う小物でも良いし、髪飾りやコサージュなんかの装飾品でも良いわよね」
 マール・コンバラリア(ec4461)の提案にアゼルは顔を輝かせる。
「さっすがマール! 可愛いだけじゃなくてセンスもいいんだな。惚れ直したぜ」
「っ! ふ、相応しい花言葉の花をイメージしたり、刺繍しても素敵だと思うの!」
 アゼルの熱烈好き好き攻撃にマールは頬を微かに染めながら、薔薇には『愛』という意味が込められているのだと説明する。
「それは素敵ですね。ではわたくしもそのテーマで描かせて頂きましょう。幸せのデザインですから‥‥羽根のモチーフは如何でしょう? 本物の羽根を使ってみるのでも、刺繍等してみるのでも」
 飛翔、躍動、開放‥‥ジーザス教徒であれば天使も喜ばれるであろう。
 羽の齎すイメージは、新しい道を共に歩もうとする2人への祝福に相応しいのでは? とアイリス・リード(ec3876)は言葉を続ける。
「まあ、さすがはアイリスさんね♪」
 ミシェル・コクトー(ec4318)に尊敬の眼差しで見つめられ、アイリスは恥ずかしそうに微笑んだ。
「その他の案として、冒険者が連れている珍しいペットをモチーフにしてはどうでしょうか?」
「うん、いいと思う。世の中にはペット好きが多いしな」
 ヒルケイプ・リーツ(ec1007)の案にキルシェは優しい瞳で微笑む。
「フェアリーや精霊、ペンギンにドラゴン。最近は種類も増えましたし、呼びかければ沢山集まらないでしょうか?」
「ペット大集合でデッサン会か‥‥ぜひ参加してみたいな。その時はこいつらも連れて行っていいか?」
「わぁ、可愛いっ! 勿論です♪」
 ひょいとキルシェが抱き上げた仔猫を受け取り、ヒルケは綻んだ顔で抱きしめ頬擦りをする。
「‥‥‥‥」
「あっ! 何するんですか?」
 無言で仔猫を取り上げ、床に下ろしたキルシェをヒルケは非難めいた目で見つめるが、彼は何も答えなかった。
 釈然としないものを感じつつ、ヒルケはもう1つのアイディアを提案する。
「それと幸せのデザインからは外れますが、こういう時世ですし祈紐を小物の飾りに使ってはどうでしょう?」
「祈り紐‥‥そうね、綺麗な色の石と飾り紐と組み合わせて、腕輪にしたらどうかしら?」
 冒険者達が祈りと想いを籠めて結び目を作っていく、祈り紐。
 それが冒険者達だけではなく、腕輪という形で世界中の人に広がったら────身につけた人達の想いが地獄で戦う者の力となるだろう。
「後は色とりどりの紐を編んで虹色の紐を作ったりとか。虹色は希望を表す色と聞いた事がありますの」
「‥‥ハートの形も、いいかも」
 そこに厨房で軽食を作っていたレン・オリミヤ(ec4115)が戻ってくる。
「レンさんったら気配り上手さんですこと♪」
 ミシェルはレンのほっぺをツンツンと突っつく。
 久しぶりの再開を喜ぶミシェルがローズホイップでレンをぴしぴしと叩き、手加減されながらもレンがそこはかとなく嬉しそうだったという事実は全く無い。断じて無い。
「スープもパンもすごく美味しいです。ありがとう、レンさん」
「シルフィ‥‥前より元気になったって、道のりはゆっくり」
 笑顔を見せるシルフィに頷き、レンは彼女を気遣う。
「頭を使うと腹が減るよな。助かったよ」
「‥‥レオンってひと、恋人?」
「ち、違っ! まだ恋人じゃないっ!」
「まだ? じゃあ、シエラもあせらずに‥‥ゆっくり歩く」
 慌てて顔を真っ赤にするシエラが可笑しくて、レンは表情を綻ばせる。
「うーん、結婚式関係だと妖精さんのデザインかしらね」
 ミシェルは傍らのオフィーリアとジルベールを眺めながら、羊皮紙にペンを走らす。
 その隣に腰を下ろし、レンもデザイン画を描き始めた。
「‥‥結婚とか恋とかが『しあわせ』なんだと思う。つがいの動物、犬とか鳥とか」
「いつかレンさん好みの意地悪な殿方が現れればいいですわね♪」
 ミシェルの発言にレンが真っ赤になり、頭をぶんぶんと振ったのは言うまでもない。

●乙女達に祝福を
 レオンの屋敷で迎える最終日。
 ヒルケとマールは眼前の光景に言葉を失っていた。
「お2人は今日の主役です。さあお席に着いて下さいませ」
 アイリスに促されるままに、2人はキルシェとアゼルの隣に腰を下ろす。
 すると全員からの『お誕生日おめでとう♪』と言う祝福の後、シルフィがバースデーケーキを運んできた。
「‥‥私達の為に準備して下さったのですか?」
「ああ。誕生日当日に祝ってやれなくてすまなかった」
「嘘‥‥すごく嬉しい」
「もっと早くに聞いとけばよかったのに、マジでゴメンな」
 深々と頭を下げて謝罪するキルシェとアゼルに、ヒルケとマールは嬉し涙の浮かぶ顔で頭を振る。
 庭に設置された白いテーブルと椅子には色取り取りの花が装飾され、淹れ立てのハーブティーのいい香りが立ち上っていた。 
 ミシェルからの『2人の誕生日は過ぎてしまったが、サプライズパーティーを開きたい』と言うシフール便が届いたのは、乙女達が屋敷に到着する前の事。
 それを見た瞬間に真っ白になり固まったアゼルとキルシェであったが、何とか立ち直りパーティーの準備にそれはそれは必死になって取り組んでいた。
「さあ、遠慮せずに召し上がれ♪」
『『召し上がれ〜♪』』
 思わぬ祝福に感激する乙女2人だが、ミシェルの妖精さん2人に差し出されたクッキーを目にした途端、その顔が引き攣る。
「‥‥これはミーちゃんが作ったの?」
「ええ。アイリスさんに教えて頂きましたの」
「では頂きますねっ!」
 ホッと胸を撫で下ろす2人がチラリとアイリスに視線を移すと、心成しかその顔は疲労の色が濃く見えた。
 優しい味のクッキーは、あのミシェルが作ったとは思えないほど美味しい。
 ミシェルと一緒に料理をした事のあるヒルケはその時の惨状を思い出し、心の中でアイリスの大健闘を讃えるのだった。

 笑顔と笑い声の絶えないパーティーは和やかに進み、主役の2人はとても幸せそうに微笑んでいた。
「このお菓子、すっごく美味しい♪」
 アゼルが必死で予約してきた焼き菓子を見つめるマールは、今まで見た事が無い位、無邪気に感じた。
 高鳴る胸と共に熱くなる頬をそのままに、アゼルはジッと彼女を見つめる。
「マール、ゴメ‥‥」
「謝るのは無しよ。ね?」
 謝罪しようとしたアゼルの唇を人差し指で押さえ、マールは可憐に微笑む。
「あのね、誕生日は年に一回あるの」
「‥‥うん」
「来年はアゼルが1番にお祝いしてくれるんでしょう?」
 そう言った後で恥ずかしくなり、マールはアゼルから視線をそらす。
 彼女の言葉を反芻した後、アゼルは泣き笑いの表情でマールを思いっきり抱きしめた。
「きゃっ!」
「オレ、マールを好きになって本当に良かった! 好きだ、大好きだっ!」
 ぎゅっと自分を抱きしめるアゼルの背に、マールの手がゆっくりと近づく。だがハッと我に返り、その手は彼に気づかれない様に下ろされた。
 一方、ヒルケは再び謝罪するキルシェを漸く宥めた所だった。
(「ミステリアスで近付きがたく思っていたのは勘違いで、私一人勝手に振り回されていただけだったのかも。でも‥‥そんな事はどうでもいい、かな」)
 例のお花見でキルシェの気持ちは分かった気がしていた。
 だがはっきりと口にしてもらえた訳ではなく、もしかしたら他にも同じ事をしている女性がいるのではないかとうじうじ悩んでいたのだった。
 勇気を出してアゼルに打ち明けた所、返ってきたのは『キルシェはモテるけど、ヒルケ一筋だから安心しな』と言う頼もしい言葉。
「‥‥ヒルケ。俺は律丸に似ているのか?」
「えっ?」
 突然ペットの名前を出され、ヒルケは驚いた顔でキルシェを見つめる。
「アゼルに聞いたんだ。律丸を叱った時や、お気に入りの玩具をくわえて寝床に持って行く時の顔がそっくりだと」
「そ、それは‥‥」
「‥‥俺もヒルケに叱られてみたい」
「へっ!?」
 返答に困っていたのも束の間、謎の発言にヒルケから間抜けな声が漏れる。
「い、いや、そう言う趣味ではなく‥‥構って欲しいと思って」
 慌てて取り繕う様子を微笑ましく思った時だった。 
「‥‥それとも、苛められてみたいか? 希望に副える自信はあるぞ」
 その言葉にヒルケは課せられた『ほっぺにちゅう』を実行した後の事を想像し、真っ赤な顔で力無く彼の肩にもたれかかるのだった。
「皆さん、大切な方といつか‥‥と、未来を思い描かれているのですね」
 自分には来ない『未来』だと思うとアイリスの胸は締め付けられたが、夢見る彼女達を見ているのはとても幸せであった。
「どうか、彼女達に限りなく愛の祝福が降り注ぎますよう‥‥」
「アイリスさんにも、ね?」
「皆、幸せ‥‥それが1番いい」
 そっと寄り添ってきたミシェルとレンに、アイリスはふわりと微笑んだ。 

●恋の答え
 屋敷を立つ時、乙女達はレオンから『女性に相応しい石だ』とローズクォーツをプレゼントされた。
「皆さんのデザイン、参考にさせて頂きますね♪」
 シルフィの言葉に微笑みながら、皆はアゼルの『デビルにしか見えない顔の天使』やレオンの『毒々しい花』を思い出す。
 意外にもキルシェはセンスが良く、彼らしい神秘的なデザインが多かった。
(「聞けて良かった‥‥」)
 アゼルの誕生日が7月31日だとわかり嬉しそうに微笑むマールの隣で、ヒルケもまた9月17日のキルシェの誕生日に思いを馳せていた。
 2人の手首に巻かれたレン手作りのレースのアクセサリーを目にし、ミシェルは意味有り気に微笑む。
「殿方が職人に作らせているプレゼントは、指輪かもしれませんわね」
 それが意味する事を理解し、2人は真っ赤な顔で見つめ合う。
 彼女達が自分の気持ちを向き合う時は、ゆっくりと近づきつつあった────。