【ある冒険者の記録】英雄と呼ばれなくとも
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月15日〜05月20日
リプレイ公開日:2009年05月23日
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●オープニング
デビルとの戦いはイギリス王国を揺るがし、騎士や冒険者は戦いに明け暮れていた。
しかし、それと同時に変わらぬ日常も確かに存在している。
アンドリュー・カールセン(ea5936)が訪れているこの村は正にそうであり、穏やかでのんびりとした空気が流れていた。
「お兄さん、この焼き菓子はどうだい?」
「‥‥いい香りだな。もらおう」
恰幅のいい女性から買った焼き菓子を頬張ると、控えめで素朴な甘さが口の中に広がる。
味は申し分ないが、少々口触りが固く、何より口の中の水分が一気に持っていかれてしまった。
「今日は暑いねぇ。こんな日は冷えたエールが美味いってもんだ」
「菓子にエールか。未知の組み合わせだが、試してみる価値はありそうだな」
陽気な男性からエールを受け取り、代金を払った後にアンドリューはエールを流し込む。
すると菓子の甘味は消え去り、エール独特の苦味と焼け付く様な刺激が喉を襲う。爽快感と共に欲しくなるのは‥‥
「余計な味付けは一切なし! この村自慢の厚切り炙りハムだよ。今なら焼き立てでエールとの相性は抜群さ」
「この村の店は結託しているのか? こうも人間の食欲を的確に突いてくるとはな」
ここで買ったら負けだと思い店の前を通り過ぎようとしたアンドリューの鼻腔を、炙られたハムのいい香りが刺激する。
ちらりと横目で視線を移すと、脂身がじゅうじゅうと音を立て『とっても美味しいよ♪』とアンドリューを誘惑しているように見えた。
「‥‥頂こう」
「毎度あり〜! お兄さんはいい男だから、特別におまけしとくよ」
外見を褒められた事よりも『おまけ』という言葉に緩みそうになる口元を慌てて引き締め、アンドリューは無表情を装う。
店の横に置いてある樽に腰を下ろし、熱々の炙りハムを齧ってみた。
「美味いな。確かにエールと合いそうだ」
しつこさと紙一重の脂身の主張と、硬くなる一歩手前まで火の通った肉の部分のバランスは絶妙であった。
溢れ出しそうな程の肉汁をエールで流し込むと、これもまた格別である。
「‥‥騙された気がするが、たまには悪くないだろう」
「人聞きが悪いねぇ。これも生き抜く為の知恵さ」
エールのカップを戻すと、店の主人は肩を竦めて微笑んだ。
「見た所、困窮している様には見えないのだが‥‥」
「村全体としてはね。でも俺達は親友の為に金が必要なんだ」
「親友の為? 自分で良ければ話を聞こう」
アンドリューがそう口を開いた時だった。
いかにも悪人と言った派手な風情の男と、それに付き従うごろつき2人が店の前を通り過ぎる。
ややあって、1人の女性が男達を追いかけてきた。
「どうかお願いします! それだけは‥‥結婚指輪だけは返して下さい!」
派手な男に縋りつく女性は、顔色は悪いが清楚な美人だ。
男は下品な顔で笑った後、女性を見下ろし口を開いた。
「残念だが、他に金目になりそうな物がないからなぁ」
「借りたお金は絶対に返すと約束します! ですからどうか、その指輪だけは‥‥」
「ふん、信用できんな。お前が花街に身売りをして借金を返すまで、これはわしが預かっておく」
「待って下さい! 待って‥‥ああっ!」
追い縋る女性をごろつきが蹴飛ばした瞬間、アンドリューは懐に隠してある武器に手をかけた────が、その手をすっと元に戻す。ここで問題を起こしても何にもならないと思ったからだ。
「大丈夫か?」
「‥‥はい、ありがとうございます。お見苦しい所をお見せして申し訳ありません、旅の方」
駆け寄り抱き起こしたアンドリューに微笑むと、女性は小さな香り袋を差し出してきた。
「私が作った物です。よろしければ愛しい女性にでもプレゼントして下さいませね」
立ち上がり深々と礼をした後、女性はよろよろとした足取りで歩き出す。
その背中が小さくなった時、彼女に1人の幼い少女が駆け寄った。恐らくは娘だろう。
「彼女はミレーナさんだ。俺達の親友の奥さんでな‥‥」
店の主人が語る昔話とミレーナという女性の今に、アンドリューは黙って耳を傾ける。
そして村人達が彼女の為に、屋台で得た金を貯めている事を知るのだった。
数日後、キャメロットに戻ったアンドリューはその足で冒険者ギルドを訪れていた。
「悪徳金貸しから奪われた結婚指輪を取り戻したい。同行者を募ってもらえるだろうか」
「えっ? アンドリューさん、いつの間にあの彼女と結婚したんですか!?」
「‥‥自分のではない。ミレーナという女性のだ」
おめでたい誤解をする受付嬢に咳払いをすると、アンドリューは詳しい事情を説明し始める。
ミレーナは悪徳金貸しに借金をしているが、それは亡き夫が金貸しに騙されて負ったものだった。
自分の愛人になれば借金は帳消しにしてやるという金貸しを突っぱねた為、借金の金額は当初の何倍にも膨れ上がっていた。どうやら、ただの村人である彼女が一生かかっても返せない膨大な額らしい。
「許せないエロ親父ですね。ちゃちゃっと成敗しちゃって下さい!」
「自分としてもあの手の輩は好かん。そこで特技を活かして指輪を取り戻したいと考えたのだが‥‥さすがに拙いと思い直し、こうして依頼を出しに来たわけだ」
アンドリューの特技とは、誰にもばれないように品物を頂戴する事である。
それを大っぴらにするには問題ありなので、他の解決策を考え中なのだ。
「力押しや話し合いで解決したいと思うのだが、如何せん自分1人では手が足りない」
「ふむふむ。お金がなくて依頼を出せないミレーナさんの代わりに、アンドリューさんが依頼主になった、と。彼女さんがこの事を知ったら惚れ直しちゃいますねっ♪」
「‥‥自分は英雄に祭り上げられるより、こういう依頼の方が性に合う」
にっこりと微笑む受付嬢に報酬の品を預けながら、アンドリューはぽつりと呟く。
依頼書を確認してギルドを去り、ふと見上げた空に思い浮ぶのは、赤い髪の愛しい恋人の笑顔。
(「ミレーナの夫は危険な依頼を受けて命を落とした冒険者、か。生業の事を考えると、自分の方がその可能性は高い‥‥やはり足を洗った方がいいのだろうか」)
自分が死ねばきっと彼女は悲しむだろう。
ミレーナに恋人の姿を重ねてしまい、アンドリューは決断の時が近いかもしれないと思うのだった。
●リプレイ本文
●紙一重の正義
ミレーナの住む村へと向かいながら、アンドリュー・カールセン(ea5936)は真っ青な空に浮かぶ雲を見つめた。
(「‥‥どうやら、自分はこの仕事から離れられんらしい」)
作戦としてアンドリューの特技を活かす事となったのだが、迷いや恋人のチョコ・フォンス(ea5866)には『そういう一面』を見せたくはないという躊躇もある。しかしそれと同時に心が弾んでいるのも事実だった。
(「アンドリュー、嬉しそうだな‥‥」)
恋人の背中を見つめていたチョコは、ふと兄のショコラ・フォンス(ea4267)の心配そうな瞳に気づく。
「チョコ、大丈夫? この依頼を受けるか受けないか、随分と迷っていたみたいだったけど‥‥」
「うん、あたしは平気よ。アンドリューの足手まといにはなりたくないけど、彼が自分で決めて出した依頼の力になりたいの」
どういう思いで依頼したのか、言ってくれないとわからないけど‥‥という言葉を、チョコは飲み込んだ。
元気のない妹の心情を察し、ショコラは何も言わずにその優しく撫でる。
そうこうしている内に村へと辿り着いた。
「‥‥町で待っている」
何かを言いかけたアンドリューは口を噤み、短い言葉と共に踵を返す。
寂しそうな顔で去り行く背中を見つめている彼女に目で『大丈夫』と告げ、ショコラはアンドリューを追った。
「結婚指輪、ですか‥‥大事なものは、決して手放してはいけないです」
「わかっている。悪いが手放すつもりなどない。一生な」
感情の読み取れない横顔が告げる本心に、ショコラは安心した様に微笑む。
2人のやり取りを知らないチョコは、ミレーナとの邂逅を果たしていた。
「いい香り‥‥この香り袋、1つ頂けないかしら?」
「ありがとうございます。気に入って頂けて嬉しいわ」
「結婚式の時に身につける香り袋をずっと探していたの。後は指輪だけね」
チョコの『指輪』という言葉を聞いた瞬間、ミレーナは悲しそうな顔で自らの左薬指を右の手で撫でた。
その仕草を見逃さず、チョコは警戒されない様に指輪に関する話を聞き出すのだった。
チョコと別れ悪徳金貸しの住む町へと辿り着いた2人は、先に町を訪れていた磯城弥魁厳(eb5249)との顔合わせを終え、情報収集を開始する。
情報を集め魁厳から金貸しの屋敷の外観図を受け取った後、屋敷周辺に身を潜めて人の流れを見張る彼を残し、町の外で待機しているリ・ル(ea3888)の元へと向かう。
金貸しに接触し屋敷に忍び込む役を引き受けたリルは、顔がわれては拙いので敢て情報収集には参加しなかったのだ。
「お疲れさん。どうよ、例の金貸しの評判は?」
「最悪ですね。それに被害者の数は思っていたよりも多いです」
リルの問いにショコラは溜息をついた後、金貸しの行いと被害者達について話し始める。
被害者達はミレーナの亡き夫の様に騙された者、困窮した生活で止むを得ず借りた者、賭け事をする金欲しさに借りた者‥‥と様々であったが、誰もが法外な利子をつけられていた。
「屋敷の位置はここだ」
町の地図に描かれた大きな建物を指差した後、アンドリューは屋敷の外観図をリルに手渡す。
「自分の屋敷に近い場所から始めて、効率良く被害者の家を回っているようです」
金貸しは必ず2人の護衛を連れて歩いていると付け加えたショコラの目に、近づいてくるチョコの姿が映った。
「皆、お待たせ! はい、これがミレーナさんの結婚指輪のデッサンよ」
アンドリューと目が合い微笑んだ後、チョコはリルに羊皮紙を手渡す。
ミレーナに家族3人の肖像画を描いてプレゼントすると、彼女はとても喜んでくれた。そして代わりに香り袋の代金は要らないと言ってくれたのだった。
チョコに集めた情報と手順を説明した後、ミレーナの結婚指輪奪還と悪徳金貸し成敗の幕が上がった。
リルは水面に映る自分の姿を満足そうに見つめていた。
「いいねぇ、正義の味方ばかりじゃ肩が凝っちまう」
わざと髪をボサボサにし、素肌の上にだらしなく鎧を着込んだ様は見るからに柄の悪そうな大男だ。
『奴らがそちらへ向かっていますぞ』
テレパシーリングを用いた魁厳の情報を受け路地から姿を現すと、リルはすれ違い様にわざとごろつきの肩にぶつかり、相手を睨み付ける。
「痛てぇなぁ。前見て歩けよ」
「なんだてめえは? 痛い目見な‥‥ぐっ!」
睨み返してきたごろつきは、まるで丸太を打ち込まれた様な衝撃を鳩尾に感じ、そのまま気を失う。
「調子に乗んなよ、傭兵風情がっ!」
もう1人のごろつきの大降りな攻撃をかわしながら、リルはにやりと微笑む。
向かってくる拳を受け止め、空いた方の手で思いっきりごろつきの顎を下から殴りつける────勝負ありだ。
「なぁ、こんな弱っちい奴らより俺を雇ってくれよ。まずは試用期間って事で、安くても構わないぜ?」
「い、いいだろう。屋敷まで着いて来い」
圧倒的な強さに呆然としていた金貸しは、平然を装ってリルを見上げる。
「それはありがたい。お礼にいい事を教えてやるよ。貪欲な性悪貴族が地方の金持ちに因縁をつけて投獄、財産を没収しているって話だ」
「何だって!?」
「まずは密偵が家捜しして、証拠品になりそうな物を持ち去る。それを材料にある事ない事でっち上げるというやり口らしい。次はこの地方に目を付けているようだから、財産持って逃げるのも手だぞ」
金貸しに嘘の情報を耳打ちしながら、その表情にリルは確かな手応えを感じるのだった。
同じ頃、チョコは被害者達に会い同じ噂を広めていた。
「悪徳金貸しだけを狙う謎の盗賊団が他の町で現れてるみたいよ。それに領主さんとかが、そんなに困ってるなら密偵とか送ったりするんじゃない?」
この噂は後日金貸しの耳に入り、実力を買われたリルが警備を任される事となった。
●見つけたもの
深夜、火打石を3回打ち合わせるリルの合図を聞いた4人は、裏口から金貸しの屋敷へと潜入する。
正門の見張り以外のごろつきは金貸しと共に酒を飲み騒いでいた。
「こっちだ」
館の構造を一同に説明した後、リルはアンドリューを金貸しの私室へと案内する。
2人の姿が見えなくなった事を確認し、ショコラは廊下に転がっている悪趣味な壷をディストロイで破壊した。
「何だ、今の物音は!?」
「ぐああっ!」
慌てて飛び出してきたごろつきの真横をチョコのライトニングサンダーボルトが掠め、後方にいた別のごろつきを襲う。
外にいる見張りを気絶させてきた魁厳は、素早く部屋の中に進入し微塵隠れで数人を爆発に巻き込んだ。
「うーん、近所迷惑よね」
「後で町の皆さんに謝らねばなりませんな」
チョコと魁厳が暢気な会話を交わせる程、戦力の差は歴然であった。
「証文はこれで全部か。燃やすのに少し時間がかかるな」
私室に忍び込んだアンドリューは、暖炉に火を起こしてその中に証文の束を投げ込む。
リルとチョコが流した噂を信じた金貸しは引っ越すつもりだったのだろう。証文や借金の形に奪った品はご丁寧にも纏められていた。
「ミレーナの結婚指輪は‥‥あった。これで間違いないな」
小さな木箱の中からリルが目的の品を発見した時、優良聴覚を持つアンドリューは私室へと駆けてくる足音を耳にする。
「‥‥奴だ」
「ちっ、悪運の強いオヤジだぜ。俺が部屋の外に連れ出すから、物陰にでも隠れててくれ」
「了解した」
アンドリューが姿を隠した瞬間、金貸しが私室へと飛び込んできた。リルは心底悔しそうな顔で金貸しを見つめる。
「奴らは予想以上に手練の様だな。持てる物持って別の町で再起を図った方が賢いんじゃないかな。あんたにはまだ金儲けの知恵が残っているだろ?」
「そ、それもそうだな。ミレーナも連れてどこか遠くの町へでも‥‥」
ミレーナを誘拐する手筈を考え始めた金貸しの前に、物音一つ立てずにアンドリューが姿を現す。
「どうやらその性根を徹底的に叩き直す必要があるみたいだな」
そして氷の様に冷たい瞳でこう言い放った。
「他人を矯正する術は心得ている。どの様にも‥‥な」
翌朝、まるで別人の様に生まれ変わった金貸しの姿に、町の人々は驚愕する。
それからの彼は私財を投げ打ち、教会に寄付したり慈善活動を行ったり、その一生を人の為に捧げ生きていたと言う。
ちなみに借金の形に奪った品々は、金貸しの了承を得て一同が被害者達に返して回ったのだった。
アンドリューは炙りハムの店の主人にミレーナの借金が帳消しになった事を告げ、彼女の結婚指輪を託し村を後にした。
「皆には感謝している。ありがとう」
帰路の途中、アンドリューは依頼に参加してくれた5人に感謝の気持ちを伝え、1番の働きを見せてくれたリルに報酬の品が手渡した。
チョコに自分の生業を連想させる様な場面を見せずに済み、相変わらず無表情ながらもアンドリューは胸を撫で下ろす。
「アンドリューが元気で生きていてくれさえすれば、あたしは何もいらない」
「チョコ‥‥」
「そ、それだけ言いたかったの!」
自分の気持ちを伝えるや否や、チョコは真っ赤な顔でその場を後にする。
「チョコを頼みましたよ、アンドリュー」
「‥‥あ、ああ」
恋人の言動に唖然としていたアンドリューは、さらにショコラに名前を呼び捨てにされ、珍しく戸惑った表情を見せた。
「あなたは今後大事な義弟になる方です。頼りにしてますよ、アンドリューさん‥‥あ」
しかしすぐいつもの呼び方に戻る未来の義兄に、アンドリューは微かに、本当に微かに微笑んだ。
報告をしにギルドに立ち寄った一同を待っていたのは、笑顔の受付嬢とミレーナからの香り袋だった。
(「自分の道を曲げず、なおかつチョコを悲しませる事のない道‥‥それは自分が強くなる事だ」)
隣を歩くチョコを見つめながら、アンドリューは己が信ずる道を貫き通す決心を固める。
答えを見つけたその顔は晴れやかであった────。