【儚き双珠】雪に舞う‥‥

■ショートシナリオ&プロモート


担当:綾海ルナ

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 25 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:01月09日〜01月15日

リプレイ公開日:2008年01月16日

●オープニング

 自分達以外は全て敵なのだと思って生きてきた。
 馴れ合いは油断を生み、油断は破滅を招くのだから。
 全ての準備が整うまで、絶対に正体を知られてはならないのだ。

 ハーフエルフの冒険者シエラは眼下にある小さな村を見下ろしながら、ぎりりと唇を噛み締めた。
 雪の積もった村に灯る家々の明かりは暖かく、無邪気に駆け回る子供の笑い声とそれを諌める母親の声はささやかな幸せを奏でる素朴な音楽のようだ。
 当たり前のようにここで生活をしている人々の姿を目にする度に、己が胸の内に浮かび上がる感情には微笑ましさの欠片もない。
 あるのは二つの暗い感情‥‥明らかに自分達は異質であるという疎外感と、いつハーフエルフであることがばれるのかという恐怖だけである。
 しかしそう思うのはこの村や住人に愛着を持ち始めている証でもあり、無意識の内に他者に頼ろうとしている自分をシエラは許せなかった。
(「誰も守ってなどくれるものか。‥‥心を許したら負けなんだ」)
 彼らは真実を知った途端に差し伸べた手を容易く引っ込めるだろう。それ所かその手で自分達を傷つけようとするに違いない。
 その時に容赦なく襲いかかる死にも等しい心の痛みと絶望を、妹であるシルフィには絶対に味わわせてはならないのだ。だからいつも口煩いほどに言っている。あまり親しくなるな、と。
 しかしシルフィはそれを拒絶し、すっかり村人達に馴染んでいた。今も子供と戯れ、楽しそうに雪遊びをしている。その笑顔が深い哀しみに染まるのがシエラは何よりも怖いのだ。
(「早くキエフに越さなければ。その為には金が要る‥‥」)
 シエラは利き腕の拳を強く握り締める。
「‥‥うっ!」
 ズキン、と稲妻のような痛みが全身を駆け巡った。まだ先日の依頼で負った傷は完治していないのだ。それでも迷っている暇などない。
 シエラは一日でも早く、何に怯える事もない安息の日々を手に入れたいと思っていた。それがシルフィの幸せでもあると信じて疑わずに。

「冒険者の皆さんとまた会いたいな‥‥」
 固いベットで寝返りを打ちながら、シルフィは一人呟いた。シエラは依頼からまだ帰ってこないので、今夜も一人で朝を迎えなければならない。
 冬の夜は長く、朝日が待ち遠しかった。明るくなれば体を動かしているうちに寂しさを紛らわす事が出来る。話し相手のいない夜は時間が経つのが遅く、孤独に耐えるのは辛かった。
 自分の正体を知っても変わらない態度でいてくれた冒険者達。そして同族の二人の温もり‥‥それを思い出すかのように、シルフィはそっと自らの体を抱きしめた。
「私も体が丈夫なら、お姉ちゃんや皆と一緒に色んな所へ行けるのになぁ」
 冷え切った体の中で目頭だけが燃えるように熱い。悲しい煌きは幾度となくシルフィの頬を伝い、流れていった。

「どうしたんだよ、その怪我‥‥」
 受付の男性は腕に包帯を巻いたまま現れたシエラを驚いたような顔で見つめていた。
「ちょっと油断してこの様だ。大した事はない」 
 それが強がりなのは明らかだった。しかし心配する受付をよそに、シエラはとんでもない事を口にする。
「今出ている依頼の中で一番報酬が高いのを見せてくれないか?」
 もちろん無茶はするなと宥めようとする受付だったが、シエラは人の忠告を聞くような少女ではなかった。目に留まったバグベア討伐の依頼を受けるつもりのようだ。
 確かにいつものシエラなら造作もなくこなせただろう。しかし今は利き手に怪我を負っている。集団の数が正確にわからない以上、返り討ちに遭う危険性だって十分に考えられるのだ。
「お前に何かあったらシルフィはどうなる? どうしてもこの依頼を受けたいなら仲間を集めてからにしろ」
 いつになく強い口調の受付に、シエラは渋々仲間を募る事に同意した。
「負傷中の奴と一緒に依頼を受ける物好きなんていないと思うけどな」
 皮肉めいた言葉は近づこうとする者を遠ざける。それは不器用な少女の精一杯の強がりだった。
 

●今回の参加者

 eb7017 キュアン・ウィンデル(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4006 ジョヴァンニ・カルダーラ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4163 ミリア・タッフタート(24歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4310 ラディアス・グレイヴァード(28歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4372 カガン・ナック(40歳・♂・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

アルディス・エルレイル(ea2913)/ イェール・キャスター(eb0815)/ ソムグル・レイツェーン(eb1035)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302)/ 尾上 彬(eb8664)/ 水之江 政清(eb9679)/ ラティアナ・グレイヴァード(ec4311

●リプレイ本文

●先行き不安?
「随分と物好きが集まったな」
 自分の為に多くの冒険者が集ってくれた事に内心感謝しているシエラは、素直になれず悪態をついた。
「全くだ。ま、わしもその一人だがな」
「皆、君を助けたいんだよ」
 カガン・ナック(ec4372)とジョヴァンニ・カルダーラ(ec4006)の言葉にシエラはふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。照れ隠しである。
「ありがとう、ティー」
 その横でラディことラディアス・グレイヴァード(ec4310)は妹のラティアナからリカバリーポーションを受け取っていた。
「怪我しないでね? 皆さん、ディーをよろしくお願いします!」
「頑張れ、夢の第一歩!」
 友人であるアルディスは竪琴を奏でながらラディに発破をかける。
「善は急げと申しますわ」
「あなたは馬の方がいいだろう。しかしその腕で手綱を繰るのは無理だ。私かミシェルの馬に乗ってくれ」
 急行すべきだと提案するのはミシェル・コクトー(ec4318)とキュアン・ウィンデル(eb7017)。
「はいはーい! キューちゃんはシエラさんと二人羽織で二人乗りしたいんだと思いまーす!」
 ミリア・タッフタート(ec4163)の暴露に全員の視線がキュアンへと集まる。
「‥‥この変態め」
 氷の様な目でキュアンを一瞥するシエラ。
「キュアンさんのえっちー」
「こっち来ないで‥‥」
 ヒルケイプ・リーツ(ec1007)はからかうような顔をしているが、隣のレン・オリミヤ(ec4115)は怯えきっている。
「残念でしたわね、ぬくぬくさん」
 ミシェルは哀れむような口調なものの、その口元は明らかに嘲り笑っていた。
「そ、想像はしたが実行する気はないぞ。第一シルフィに誤解されたらこま‥‥あぁ、置いて行かないでくれっ!」
 一人取り残されたキュアンは必死で一同の後を追うのだった。
 
●足りない言葉
 日が暮れる頃、村で集めた情報と偵察結果を元に作戦会議が行われた。
 バグベアの数は最低でも8匹だと推測される。目撃場所の丘陵から1時間ほど離れた場所に住処の洞窟があるのをヒルケとレンが突き止めた。
 丘陵は見晴らしが良く戦いやすいが、待ち伏せには不向きなのでそこに落とし穴を掘る事となった。逃走を防ぐ為である。
 落とし穴作りを終え、野営場所へと戻って来た男性陣にシエラが声をかける。
「この雪なら朝には落とし穴も足跡も消えているだろう。こっちの準備も終わったぞ」
 そう言い、シエラは逃走防止用に作った小麦粉袋を指差す。これをバグベアの頭からかけ、視界を塞ぐのだ。
「準備万端ですね。後は‥‥」
 ヒルケは隣にいるシエラにリカバリーポーションを差し出した。
「シエラさん、これを飲んで下さい」 
「あたしなら大丈夫だ」 
「飲んで下さい」
「嫌だ」
「‥‥わかりました」
 頑なに拒むシエラの手をヒルケは強引に取ると、あっという間に包帯で利き腕をぐるぐる巻きにしてしまった。
「飲んでくれますよねぇ?」
 笑顔で問いかけているものの怒っているのは明らかだ。このままでは剣が握れないので、シエラは渋々薬を受け取る。
「ラディお手製のスープが出来たみたいだよ!」
 少しだけ険悪な空気を破ったのはジョヴァンニことジオの明るい声と美味しそうなスープの香りだった。
 食事の準備をしている皆の眼を盗み、シエラは受け取った薬を小さな小瓶へと移し変えた。そして空になった方をヒルケに見せる。
「飲んだぞ。これでいいだろう」
 自分が使ったせいでいざという時に薬が足りずに誰かが命を落としてしまうのがシエラは怖いのだ。しかし意地っ張りな彼女はその想いを口にしようとはしなかった。

 万が一に備え、夜間は二人一組で見張りをする事になった。
「レン、私のテントを使うといい」
 キュアンは優しげな笑顔でレンに近づく。が、初日の誤解もあり、スススと距離を取るレン。
「ありがと‥‥今回は女の子と一緒する。それと、ぬくぬくは一人でやって」
「!!」
 後手に隠していた防寒具を見破られ、驚愕の表情を浮かべるキュアン。レンが彼との見張りを断ったのは言うまでもない。

●伝わる想い
 翌朝、白銀の丘陵でシエラ達は8匹のバグベアと対峙していた。キュアンの静止を振り払い、シエラは前衛に踊り出た。聖者の槍を構えていたジオは慌てて隣に並ぶ。
(「怖い‥‥」)
 後衛のミリアとラディを守るレンは体中を震わせていたが、彼女より深刻なのは両親をバグベアに殺された過去を持つラディだった。
「こいつらが父さんと母さんを‥‥絶対にやっつけてやる」
 しかし言葉とは裏腹、どんな状況でも落ち着きを失わないラディの心臓ははちきれんばかりに高鳴っていた。それと同時に体の震えが止まらない。
「来るぞ! 弓の援護を頼む!」
 シエラの声にハッと我に返るラディ。夢中で弓を放つが、震える指先で的確な攻撃などできる筈がない。
「ダメだ‥‥今度は僕が殺される‥‥」
 ついにラディは頭を抱えて蹲ってしまった。魂に刻まれた凄惨な光景がフラッシュバックしているのだろう。
 その様子を目にしたシエラは、何としても前衛で食い止めようと攻撃のスピードを上げる。斬り付ける度に右腕に鋭い痛みが走るが、躊躇ってなどいられなかった。
「あの人数じゃ無理です。助けに行きましょう!」
 カガンとミシェルと共に伏兵として潜んでいるヒルケが悲痛な声をあげる。しかし二人は首を横に振った。
「数が多いなら尚の事、ここから動くわけにはいかん。討ち損じが出る可能性が高いからな」
「でもっ!」
 飛び出ようとしたヒルケをカガンが制する。
「8匹で全部とは限らない。援軍が来た時、迎え撃つのはわしらだ」
 シエラ達が戦っている数以上が現れるかもしれない。しかし何匹だろうと、この3人で立ち向かわなくてはならないのだ。皆を守る為に。
「私達なら大丈夫ですわ」
 気丈さを装うミシェルの顔色は蒼白である。ヒルケは唇を噛み締め、住処の方角から近づいてくる影を睨みつけた。

「はぁ、はぁ、全部仕留めたか?」
 キュアンは横たわるバグベアの数を確認すると、その場に腰を下ろした。背中から流れ出る血が白い雪の上に赤い染みを作っていく。
「何であたしを庇った!?」
 シエラはキュアンに駆け寄ると、物凄い形相で彼を睨みつけた‥‥筈なのに、その顔は今にも泣き出しそうだった。
「今日の私はあなたの盾。盾として当然の事をしたまでだ」
 キュアンはポーションを飲みながらシエラに微笑む。この程度の傷ならすぐに回復するだろう。
「あたしの為に死ぬなんて‥‥」
 許さないからな、とシエラが言いかけた時、1匹のバグベアが落とし穴から這い上がり襲いかかってきた。二人の前にジオが立ち塞がり槍を突き出すが、止めを刺せない。満身創痍のジオに敵の拳が襲いいかかる。
「うわああああぁぁぁ!!」
 その光景が両親と重なったラディは、無我夢中で弓を放った。もうこれ以上誰も失いたくないという強い想いが彼を奮い立たせたのだ。
「グゴオオォォ!!」
 槍と矢が突き刺さったバグベアが断末魔をあげる。
「やった、僕が守った‥‥」
 それはラディが過去を乗り越えた瞬間だった。
 
「この業物の錆になりたい奴はかかってこい!」
 一方伏兵隊は6匹のバグベア相手に苦戦を強いられていた。力のない女性二人が決定打を与えられる筈もなく、カガン一人が奮戦していた。
「ぐっ!」
 一度に4匹を相手にしているカガンの脇腹をバグベアの棍棒が容赦なく叩きつける。負傷したミシェルを庇ったヒルケまでも傷を負っていた。
「カガンさん、逃げて下さい!」
 そう請われても逃げるわけにはいかない。覚悟を決めたその時、後方から矢の雨が降り注いだ。
「大丈夫か!?」
 霞む視界で声の方を見やると、仲間達の姿があった。瞬く間に手負いのバグベアを討ち取っていくシエラの長い髪と返り血が雪に舞う。その光景は幻想的で美しくすらあった。
「もう、遅いですわ」
 ミシェルは悪態をつきながらも、瞳の端に涙を浮かべる。全員の無事が嬉しかった。

●溶け始めた心
「うわぁ、おいしそう♪」
 鍋いっぱいの鮭スープにミリアは瞳をキラキラと輝かせる。無事に掃討を終えた一同はシルフィの元を訪れていた。
「全部で14匹か。中々てこずったな」
「シエラさんが素直に薬を飲んでたらもっと楽に勝てたかもしれませんねぇ」
 包帯を巻きながら、ヒルケがチクリと嫌味を言う。
「シルフィ、よかったらこれをもらってくれないかい?」
 巻き割りを終えたジオが作戦用に用意した小麦粉袋を抱えて戻って来た。作ったはいいが全く使わずに終わったのだ。
「じゃあ皆でクッキーを作りませんか?」
「いいですわね。教えて下さいな」
 シルフィの提案にミシェルはやる気満々である。
「ミーちゃん、頑張ってね!」
「‥‥私の事はミシェルさんとお呼びなさい」
 ミシェルはミリアに文句を言いつつもどこか嬉しそうだった。

 食事を終えた後、やっとシルフィと二人っきりになれたキュアンはふわふわ帽子を被りながらモジモジとしていた。
「この帽子、とても暖かくて気に入っているよ。ありがとう」
「すごくお似合いですよ。可愛いです」
 その褒め言葉は男として喜ぶべきなのかと考えていると、目の前に毛糸の靴下が差し出された。
「皆には内緒ですよ。キュアンさんだけ特別です」
 そう言い花も恥らうような笑顔を浮かべるシルフィを、キュアンは思わず抱きしめてしまう。数分後には土下座して謝る彼の姿があった。

「‥‥お前らになら頼るのも悪くないかもな」
 自分を友人であり仲間でもあると言ったキュアンの言葉が嬉しかった。シエラの呟きを耳にしたミリアは顔を緩ませると勢い良く彼女に抱きつく。
「こ、こら、離れろ!」
「えへへ〜。シエラさん、大好き!」
 無邪気な笑顔にシエラはそれ以上の抵抗を止めた。するとレンも抱きついてきて、身動きが取れなくなってしまった。
 別れ際にミリアがシルフィに熨斗付お年玉を渡したのは二人だけの秘密である。