【初夏の園遊会】シロツメ草の想い
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月05日〜07月08日
リプレイ公開日:2009年07月14日
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●オープニング
朝から酷い雷雨だった、6歳の誕生日。
思い出したくもない恐ろしい事が起きて、少年は屋敷を飛び出した。
激しい雨に打たれ、大嫌いな雷の中を無我夢中で走った。
離れまいと固く繋がれた、温かい手を唯一の頼りに────。
モードレッドは品のいいデザインの招待状に目を通した後、それをぐしゃりと握り潰した。
瞬間、微かな花の香りが立ち込める。招待状の差出人────グィネヴィア王妃の香りが。
「モル坊ちゃま、王妃様からの招待状ですよ。その様な扱い方をなさっては‥‥」
モードレッドの侍従にして母の様な存在でもあるクレアは、眼前にある不機嫌な顔を悲しそうに見つめる。
「下らん内容だから握り潰しただけだ。園遊会なんぞ誰が行くものか」
「園遊会、ですか?」
「リヴァイアサンを退治し平和をもたらした者への慰労だそうだ。自分が取り仕切るからと王妃自らあいつに頼み込んで‥‥」
「モル坊ちゃま。お父上に対してその様な呼び方はいけませんよ」
クレアに窘められたモードレッドは、片眉だけ上げて不敵な笑みを浮かべる。
「偉大なる英雄アーサー王。これでいいか?」
「坊ちゃま‥‥」
「父上などと呼ぶものか。絶対に」
頑なで幼い矜持にクレアの胸は痛む。
血の繋がった親子でありながら、それを公には出来ぬ理由。それはモードレッドの幼少時代に多大な影響を及ぼし、その心に色濃い陰を落としていた。
「アーサー王様と顔を合わせたくないから、出席なさらないのですか?」
「それ以外に断る理由はない」
招待状には『極上の蜂蜜を手に入れたから、それを振舞いたい』と書き添えられていた。
甘味好きのモルはその甘い誘いに激しく心を動かされたが、それでもアーサー王と会いたくないという気持ちの方が遥かに大きい。
「ですがモル坊ちゃまはリヴァイアサン討伐に参加なさいました。王宮騎士として、円卓の騎士候補として不参加と言うわけにはいかないのではありませんか?」
「向こうが来なければ喜んで参加してやる。だが王としてそれはできんだろう。だから僕が行かないまでだ」
モードレッドの意志は固い。その裏に秘められた想いに気づきつつも、それを口に出せずにクレアは黙り込む事しかできなかった。
「それに断る理由は既に考えてある」
「‥‥どの様な理由ですか?」
「園遊会の日程に合わせて僕の屋敷で茶会を開く。そちらの日程の方が先に決まっていたとし、招待客も恩のある者達ばかりだと言い張ればいい」
モードレッドはそう言うと、ソファから立ち上がって外出の準備をし始める。
「これからギルドに赴き、先に手を打ってくる」
「もしかして、お茶会に招待するのは冒険者の方々ですか?」
「ああ。きっとこの前の様に愉快な茶会になるぞ」
子供の様な素直な笑顔を浮かべ、モードレッドはドアの方へと歩き出す。
「モル坊ちゃま!」
クレアは咄嗟にその背中に声をかけていた。
「‥‥何だ?」
「買い物のついでに私がギルドに参ります。坊ちゃまはゆっくりとお昼寝でもなさってて下さい」
「いいのか?」
モードレッドの言葉にクレアは笑顔で頷く。ある想いを胸に抱えながら‥‥。
それから程なくして、冒険者ギルドにクレアの姿があった。
「園遊会にご出席なさるよう、モル坊ちゃまを説得して頂きたいのです。私が口煩く言えば、きっとご機嫌を損ねてしまうでしょうから」
「依頼の趣旨は了解です。では表向きはお茶会と言う事でいいですか?」
「はい。ですが初日にモル坊ちゃまのお誕生会を開きたいと思っております。気づかれない様にお手伝いをして頂けたら幸いです」
既に過ぎてしまったが、モードレッドの誕生日は6月17日だったとクレアは付け加える。
「内緒のお誕生会でご機嫌が良くなったモルモ‥‥モードレッド様なら、説得しやすいかもしれませんね」
「ええ。素直になれないだけで、本心では園遊会に参加したいと思ってらっしゃる筈ですから」
そっと背中を押してもらう事を、モードレッドは無意識の内に待っているのかもしれない。
それにアーサー王に会いたくない理由は単に憎いだけでなく、顔を合わせた瞬間に自分の心が揺れるのが怖いからだろう‥‥ずっと彼の成長を見守ってきたクレアは、心の中でそう確信していた。
「園遊会は3日間開かれるそうです。2日目からでもモル坊ちゃまに出席して頂けたらと‥‥」
「モードレッド様が園遊会に参加している間、冒険者達は何をしていればいいのでしょうか?」
「私と一緒に、園遊会から帰ってきたモル坊ちゃまのお話し相手になって下さればと思っております。希望なさる方は屋敷に泊まって頂いても構いません」
王妃が用意した極上の蜂蜜甘味の感想、そしてアーサー王との触れ合い‥‥モードレッドはどちらも話したくて仕方がないだろうから。
「わかりました。ではその様に付け加えておきますね」
「よろしくお願いします。実はもうひとつ依頼をお願いしたいのですが‥‥」
依頼書を纏め上げた受付嬢を見つめ、クレアは我が子を案ずる母の様な顔で口を開いた────。
自室のベッドに横たわりながら、モードレッドはぼんやりと庭に咲くシロツメ草を眺めていた。
(「道ならぬ恋に堕ちた騎士、か。全てを失う危険を冒してまで、相手を求める気持ちが僕にはわからない‥‥わかりたくもない」)
王宮の使用人達の間で囁かれている噂────誉れ高き湖の騎士ラーンス・ロットがキャメロット近郊に姿を現していると言う話を思い出しながら、モードレッドは苛立たしげに舌打ちをする。
(「僕は誰も好きにならない。恋情に身を焦がすなど御免だ」)
その胸中にある拒絶は戒めの様であり、恐れの現われでもあった。
(「僕には母の様に愛してくれるクレアがいる。それだけで十分だ‥‥」)
やがて瞳を閉じて眠りの淵を漂い始めるモードレッドを、シロツメ草達は風に儚く揺れながら見つめていた────。
●リプレイ本文
●幸福のプレリュード
シロツメ草の揺れる庭に木刀のぶつかり合う音が響く。
「中々やるじゃないか、阿蒙」
雪切刀也(ea6228)が口にするのは、彼がつけたモルのあだ名である。
「もう十分だろう。さっさと茶会を始めるぞ」
「せっかちだな。じゃれ合いは嫌いか?」
「甘味を食ったらまた付き合ってやる」
モルは額の汗を拭うと、刀也に背を向けて屋敷へと歩き出す。
「ま、まだ女性達の着替えは終わってませんよ!」
慌ててその背を追うのはリディエール・アンティロープ(eb5977)だ。
「別に覗きに行くわけじゃない。そこを通せ」
「それは出来ません。あなたは女性に関するハプニングが多い方だと聞いてますので」
困り顔のリディの隣にすっと姿を現したアルテス・リアレイ(ea5898)の笑顔は穏やかだが、何故か迫力がある。
現在、屋敷の中ではモルの誕生会準備が極秘で行われており、男性達はモルの足止めを任されているのだ。
「着替え姿を見た所でどうと言う事はない。眼福には違いないが」
「そんな邪な笑顔をする方を近づけるわけには‥‥」
「‥‥お前達、僕に何か隠しているな?」
モルの言葉に、リディは引き攣りそうになる顔の筋肉を必死で押し止める。やはり難敵。勘は相当鋭い様だ。
「招待された俺達が何を隠すと言うんだ?」
「僕は誤魔化されないぞ。いくら何でも着替えに時間がかかり過ぎている。さては‥‥」
モルは3人の顔を見渡し、ちっと舌打ちをした。
「僕に内緒で特別な甘味を食べているな。女だからって何でも許されると思ったら大間違いだ」
‥‥やはり行き着く先は甘味なのか。呆れ、驚き、苦笑の表情を浮かべる3人を残し、モルは早足で屋敷へと入って行った。
「後は涼やかな門番さんがどうにかしてくれるでしょう。さ、そろそろ僕達も準備をしましょうか」
アルテスの言葉に2人は頷き、微笑み合った。
誕生会が行われる部屋の前で、ユリゼ・ファルアート(ea3502)は明らかに不機嫌な顔のモルと対峙していた。
「お色直しを覗くとは‥‥如何なものですかな? 甘味の王子様?」
「嘘をつけ。女だけで甘味を食ってるんだろう。僕も混ぜろ」
まるで威張りん坊の子供みたいだと思い、ユリゼはくすっと笑い声を漏らす。
「だったらレディの前に出ても恥ずかしくない格好にしてから出直しなさい。上半身裸だなんて‥‥」
「な、何て格好をしてるんだ、モードレッド殿っ! 服を着ろっ!!」
失礼よ、と言うユリゼの言葉にルザリア・レイバーン(ec1621)の悲鳴の様な叫びが重なる。
「嫌だ。まだ汗が引いていない」
「また子供の様な我侭を言って‥‥」
「そんなに言うならお前が着替えさせろ」
「ば、馬鹿者っ!」
真っ赤な顔のルザリアから湯気が噴き出した瞬間、ユリゼの背にあるドアが3回ノックされた。準備が完了した合図だ。
「ほらほら、早く着替えてこないと、ホントに甘味がなくなっちゃうわよ?」
ユリゼは懐から取り出したハンカチーフでモルの額の汗を拭ってやると、にっこりと微笑んだ。
●笑顔の意味
それから程なくして、花に彩られた部屋にて内緒の誕生会はお茶会としてスタートした。
一同の持参や手作りの甘味がテーブルに並べられる度に、モルの表情は目に見えてご機嫌になっていく。
「すごいな‥‥美味そうだし綺麗だ」
水のウィザードであるステラ・デュナミス(eb2099)とユリゼがウォーターコントロールで色の着いたジュースを噴水の様にして見せたり、それぞれのカップに踊る様に注いだりするのを、モルは瞳を輝かせて見つめていた。
「ふふっ。お気に召して頂けた所で種明かしね」
ステラがウインクで合図を送ると、カメリア・リード(ec2307)は背後からモルにぎゅっと抱きついた。
「ちょっと遅くなっちゃいましたけど、お誕生日おめでとうございます♪」
「‥‥どう言う事だ?」
「今日はお祝い‥‥モードレッドさんが主役なの」
唖然とするモルの服の袖を引っ張るラルフィリア・ラドリィ(eb5357)は、にぱっとあどけない笑顔を浮かべる。
「僭越ながら、私が皆様にお願いしてモル坊ちゃまのお誕生会を開かせて頂きました」
「おめでとう♪ モードレッド殿」
そこにルザリアとクレアが特大バースデーケーキを2人がかりで運んできた。
「今日だけはどんな我侭でも聞くわよ。だから目いっぱい楽しんでね?」
ステラはカメリアに抱きしめられたままのモルに近寄り、その頭を優しく撫でる。
「し、仕方ないから楽しんでやる! 僕が満足する様に持て成せ。いいなっ!」
次々に贈られる『おめでとう』の言葉にモルの顔が綻んでいく。
本人は不敵に微笑んでいるつもりのその顔は、微かに潤んだ瞳のせいで意地悪さは皆無だった。
モルの素直な可愛らしさのピークは、誕生日プレゼントを受け取った時であった。
感謝の言葉と共に1つ1つのプレゼントを嬉しそうに見つめるその様子に、一同は姉や兄の様な気持ちになる。見た目はモルより幼いラルまでも、だ。
(「モルさんったらすっかりご機嫌ですねぇ。そろそろ仕掛けちゃいましょう♪」)
カメリアはモル邸に集ったもうひとつの目的‥‥園遊会に参加する様に説得する為、隣に座るモルの顔をジッと見つめた。
「園遊会では見た事もない様なお菓子がたくさん振舞われるでしょうねぇ。行かないのはどうしてです?」
「行きたくないからだ。他に理由は無い」
「おーきゅう‥‥御用達、秘伝のレシピのおかし‥‥でるかも? なのに食べないんだ〜」
途端に不機嫌になるモルに、ラルは甘味をダシに揺さぶりをかける。
「王妃様の極上蜂蜜‥‥ほっぺ落ちるほど、おいしーだろうな〜」
「そんなに食いたいならお前が行け」
「僕、行けない‥‥だから感想を聞きたかったのに‥‥」
しょぼんとするラルに、モルはにやりと微笑んだ。
「園遊会に参加する者に土産として頼んである。誕生会の礼に分けてやってもいいぞ」
「‥‥お父様に会うのが怖いなら怖いって言えばいいのに。意地張っちゃって、可愛い」
いつの間にかモルの背後に立っていたステラは、振り返りかけた体をそっと抱きしめ、宥める様に頭を撫でる。
「ガキ扱いするな! 僕を説得しようたって無駄だぞ!」
「あなたの好きにすればいいじゃない。無理なんてすること無いわよ」
拍子抜け、とばかりにモルの体から力が抜ける。それは背中を押される事を期待していた証でもあった。
「これは俺の個人的意見だが‥‥」
それまで黙っていた刀也は、穏やかな顔で口を開く。
「戦友達が来るのだろう? なら、顔を出してやるといい。皆、きっと待ってるよ」
「そうよ。ちょっとした陰りは 皆が迎えてくれる事で吹き飛んでしまうと思うけど?」
ユリゼも柔らかな口調でモルが一歩を踏み出す勇気を与えようとするのだが‥‥
「親しい者で園遊会に参加するのは円卓関係者だけだ。奴らとはいつでも会える」
人付き合いの苦手なモルの交友関係は、一同が想像するよりも狭かった。それを口にした事で再びモルの不機嫌ゲージが上がり始める。
「モードレッドさん、ずっともやもやしてるみたいですね。普段より少しだけ素直になるのがすっきりする秘訣です」
「素直だと? 何に対してだ」
「決まってるでしょう? 園遊会で振舞われる甘味を食べたいという気持ちに対してですよ」
アルテスの言葉にぴくりと反応したモルに、リディは香草茶のおかわりを勧めながらにっこりと微笑む。全てを『甘味』のせいにして。
「美味しい日本茶と極上の甘味を味わうついでに、先の戦いで貴公と共に闘った者達へ労いの言葉をかけるのはいかがかな?」
ルザリアは手作りのケーキを差し出しながら、園遊会にモルお気に入りの茶の淹れ手が参加する事を告げる。
「おーさまに会う関係なしに、おいしいの食べる‥‥理由、それでじゅうぶん」
ケーキを頬張るラルのまんまる顔に、モルはプッと吹き出す。
「甘味王を名乗るものとして、甘味溢れる園遊会に参加しない訳にはいかない、か。お前達に免じて、仕方ないから参加してやる」
そう言い浮かべるのはいつもの不敵な笑みだったが、その顔はとても嬉しそうに見えた。
●幻想の中の‥‥
3日間の依頼期間中、一同はモルの屋敷に滞在する事となった。
「頑張れ男の子、格好いいの」
一同が見守る中、ラルはモルを屈ませ、その頭を撫でて園遊会へと送り出してあげた。
モルが園遊会から帰ってくるまでの間、一同はクレアと談笑しながらゆったりとした時間を過ごす。
「幸運のシンボルの四葉のクローバー、モルさんに贈りたいですね」
「うん。1つでいいの。ありますように‥‥」
ユリゼとリディは日が暮れるまで、庭に咲くシロツメ草の中から四葉のクローバーを探していた。
「ご苦労様♪ 楽しかったか?」
やがて夜になり帰宅したモルをルザリアは笑顔で迎える。どこか新婚さんちっくである。
「ああ。どの菓子も美味かった」
「お父上とはお言葉を交わされましたか?」
「挨拶はしたぞ」
クレアの問いに素っ気無く答えながら、モルはルザリアお手製のシチューを口に運んだ。
「支えてくれる人が何人いても、それに頼るのも悪い事ではないですよ」
「そうかもしれんな‥‥」
夕食後、アルテスとモルは星空を見上げ、暫し語り合うのだった。
翌日、モルは園遊会開始よりかなり早い時間から出かけていき、帰って来たのは夜も更けた頃であった。
「はい、どうぞ♪ 大切にしてね」
「モルさんに沢山の幸福が降り注ぎますように」
ユリゼとリディはやっとの思いで探し当てた四葉のクローバーを、笑顔と共にモルに差し出す。
「‥‥僕だけが貰う訳にはいかないだろう。探すのは大変だったんだからな。感謝しろ」
モルは照れ臭そうに四葉のクローバーを受け取った後、一同に同じ物を手渡した。2人の姿を庭で見かけたモルは、こっそりと全員分を郊外で探していたのだ。
「シロツメ草と一緒に押し花にして、ずっと大切にするわ。ありがとうっ!」
ステラは泥の着いたモルの頬に頬擦りし、その体をぎゅむっと抱きしめた。
「モルさん、今日も楽しかったですか?」
カメリアがそう尋ねると、モルは微かに頷いた。
「伝えたい事があって、その相手が居る。それはきっと、幸運です。幸運に背を向けるのは勿体無いですね」
少しだけ表情を翳らせた後、カメリアはいつもの笑顔でモルの頬をむにっと摘む。
「と言うか、おねーさん的には、ちょっとズルイ〜とか思ってしまうのですよ♪」
モルはカメリアの話に黙って耳を傾けていた。
彼女だけではなく、皆の言葉はモルの頑なで乾いた心にゆっくりと浸透していく。まるで命を救う水の様に。
「明日は素直になれるよーに、僕からお呪い‥‥」
ラルはファンタズムのスクロールを使い、モルに花吹雪の幻想を贈るのだった。
「あはは、お節介なのは自覚してるよ。ただ、気に入った相手はどうにも力になりたくなるんでね」
深夜、刀也は黒く輝く指輪を見つめ、大切な存在との会話を楽しんでいた。
「ん。今は楽しもう、黒曜石。君に見せたいものは、まだまだ無数にあるんだから」
優しい声音で語りかけながら、刀也は先程の光景を思い出す。シロツメ草の花吹雪の幻想に包まれ、幸せそうに微笑んでいたモルの姿を。
かの花言葉を知る者の胸に、モルの心の叫びが‥‥僕を想ってと言う願いが響く。
彼らは知っているだろうか。
もう一つの花言葉を────。