【魔王来襲】王国の守護者達
 |
■ショートシナリオ担当：綾海ルナ 対応レベル：6〜10ｌｖ 難易度：難しい 成功報酬：5 G 40 C 参加人数：8人 サポート参加人数：2人 冒険期間：08月31日〜09月05日 リプレイ公開日：2009年09月09日 |
|
●オープニング
デビルも、運命でさえも、その心を折る事が出来なかった強き王、アーサー・ペンドラゴンのお膝元、王都キャメロットは穏やかな昼下がりを迎えていた。通りを駆け回る子供の明るい笑い声と、威勢の良い呼び込みの声。
食事も終わって、ほんの少し眠気に襲われかける、いつもと変わらない気怠い午後。
「？」
不意に陽の光が翳った事に気付いた子供が顔を上げて、言葉もなく尻餅をついた。
「あ‥‥あ‥‥」
子供が指さす先に何気なく視線を向けた人々の間を、突風が走り抜ける。それの正体が何であるのか気付いた時には、王のおわす王宮の上に、漆黒のドラゴンの姿があった。その背に立ち、王宮を見下ろしているのは、黒髪の青年だ。
そして、空を埋め尽くす異形。
人々は悲鳴をあげる事すら忘れて、その光景に圧倒された。
「打て！ 打てー！！」
王宮警護の弓兵が放つ矢は、羽ばたくドラゴンの翼が巻き起こす風に青年へと到達する前に力を失い、地に落ちていく。
「弓は駄目だ！ 術者！」
放たれる術を物ともせずに、ドラゴンは降下して来る。そして、青年はゆっくりと手を挙げた。
途端に空から稲光が降り、宮城を守っていた兵達が次々と昏倒していく。
「なんとも脆弱な生き物だな、人間というものは」
嘲りと怒りを含んだ声が、静かに響いた。
「お前達に思い知らせてやろう。真の主に楯突くという事がどれほど愚かな行いか‥‥」
再び空を走った稲光に、王宮の一角が崩れ落ちる。
にぃと笑って、青年は告げた。
「一時の勝利に酔いしれる愚か者達よ、覚えておくがいい。我が名はアスタロト。偉大なる地獄の支配者、ルシファー様に永遠の忠誠を誓いし者」
●死の音色
額から流れ落ちる汗を拭いながら、若い騎士は空を見上げた。
数刻前とは異なる、黒と青の対比。
空を埋め尽くしていた敵影はその数を大幅に減らしていたが、それでも今までに見た事のない数が空を飛び交っていた。
「きゃああぁぁっ！」
「助けてくれぇ！」
キャメロットの町に木霊するのは、混乱し逃げ惑う住人の悲鳴と足音。
『ギャギャギャ！ 死ね、死ねぇ！』
『どこだ？ 旨そうな肉はどこにある？』
忙しなく耳障りな羽音と醜悪な声を撒き散らし、下級デビル達は我が物顔で町を蹂躙する。
いつもは買い物客で溢れる市場に人影はなく、地に転がるのは色取り取りの野菜や果物の踏み付けられた無残な姿。
「聖なる母は決して私達をお見捨てにはなりません！」
「さあ、皆で命を賭してデビルと戦ってくれている猛き人々の為に祈りを捧げましょう！」
教会は救いを求める人で溢れ、満ちる恐怖を神父やシスターが祈りによって昇華しようと懸命に声を張り上げていた。
「お父さん、僕達はデビルに食べられちゃうの？」
「家の中でジッとしてれば大丈夫だ。きっと騎士様が退治してくれるさ」
戦う術のない者は自らの家の戸を固く閉め、家族と抱き合いながらこの悪夢が過ぎ去るのを待つ事しか出来なかった。
（「初陣がキャメロット防衛か‥‥名誉な事じゃないか」）
甲冑に身を包んだ自らの足が奏でるカタカタと言う弱気な音を振り払い、騎士は抜刀し住民街へと向かう。
逃げ遅れた者が居ないかと裏通りを駆けていた時だった。
「これは‥‥ホルンの音？」
怪我をした楽師がホルンを吹き助けを求めているのかもしれない。
そう思い音色を頼りに進んで行くと、袋小路に行き当たる。
そしてその瞬間、ホルンの音がパタリと止んだ。
『にゃー』
不気味な沈黙を破ったのは、猫の鳴き声。
振り向いた騎士の目に３匹の黒猫の姿が映り、そして────。
「実に腹立たしい。こんなにも手応えがないとはな‥‥」
不機嫌な声音の主は青白い馬に跨り、怒りに満ちた瞳で騎士を見つめていた。
（「誰だ、こいつは？ こんな奴見た事がない。それにこの禍々しい気配‥‥もしかして‥‥デビルか！？」）
相手の手にしている剣から滴る血の赤色が、信じられないほどの衝撃で目に飛び込んできた。それと同時に発せられる威圧感に、再び足が震え始める。
死の予感にぐちゃぐちゃになりそうな思考の中で響く、己の『逃げたい』と言う叫びを振り払い、騎士は人ならざる敵に斬りかかった。
「その様な剣で私を倒せると思ったのか、愚かで脆弱な人間よ！」
怒号の後に剣は弾かれ、宙を待ったそれと同時に騎士の体が地面へと沈む。
焼ける様に熱い腹部から染み出る何かと、口の中に広がる鉄の味の液体が同じだと悟った瞬間、視界がぼやけ始めた。
「話にならん。我が怒りの炎の全てをぶつけられる様な猛者はこの地にいないのか？」
デビルは苛立たしげにそう呟くと、虫の息の騎士を見下ろす。
「もし命あらば、私の名を伝え強き者に助けを乞うがいい」
デビルの名と黒猫達の鳴き声を聞きながら、騎士の意識は暗闇に飲まれていった‥‥。
数時間後。
懸命の治療で奇跡的に命を繋ぎ止めた騎士は、震える唇で禍々しき名を呟く。
「あいつを‥‥ビレトを倒してくれ‥‥」
時が過ぎるごとにキャメロットの街を包む狂乱は色濃くなり、失われる命と希望が増えていく。
アスタロトと名乗るデビルを追わずにキャメロットに残った騎士達が総力を尽くしても、向かってくる敵の数は多くその力は計り知れなかった。
今、冒険者達に王国の未来が委ねられようとしていた────。
●今回の参加者
ea3502 ユリゼ・ファルアート（30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国）eb3862 クリステル・シャルダン（21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国）
eb6702 アーシャ・イクティノス（24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国）
ec0261 虚 空牙（30歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国）
ec1621 ルザリア・レイバーン（33歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国）
ec1783 空木 怜（37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン）
ec3546 ラルフェン・シュスト（36歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国）
ec5609 ジルベール・ダリエ（34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国）
●サポート参加者
桜葉 紫苑（eb2282）／ リュシエンナ・シュスト（ec5115）●リプレイ本文
５度目の太陽の光は眩しく、空の色は脳に焼き付く様な鮮明な蒼。
王国を守る為に戦った冒険者達は、自分達に向かってくる波の如きその動きを酷く緩慢に感じていた。
思わず見開いた瞳に映った光景、それは────。
●想いを糧に
歯を抜き出しにして笑う醜悪な顔と忌々しき両翼を射抜いた後、ジルベール・ダリエ（ec5609）はすぐさま弓に３本の矢を番える。
「とうとうここまで攻めてきたんやな。俺は他国出身やけど‥‥この街には守りたいもんも、思い出も増え過ぎた」
ダブルシューティングＥＸにより１度に放たれた３本の矢は、飛び交うインプ達を空に縫い付けるかの様に貫いた。
「‥‥守りきったるわ。絶対に」
「同感だ。帰る処があればこそ踏み出せる更なる一歩、奮い立つ心があるからな」
痛みに悲鳴を上げるインプをソニックブームで打ち落とすラルフェン・シュスト（ec3546）は、背中合わせで戦うジルに淡い微笑で応える。
息の合った対空攻撃に逃げ出そうとするものも現れ始めるが、退路を断つ様なジルの攻撃と、ペガサスのシルヴァーナに跨り飛翔したラルフェンの追撃に数を減らしていった。
（「絶望に立つこの街に満ちる願いや祈りは希望を紡いで盾となり、艱難に耐える剣支え 未来へ命を繋ぐだろう」）
教会で祈りを捧げる人々の姿を思い出しながら、ラルフェンは剣を振るう。
「心配なんてしてませんよ。今の兄様なら大丈夫」
そう言い微笑んだ愛しい妹リュシエンナの言葉を胸に抱きながら。
「‥‥限界を超えていくわよ」
ムーンドラゴンのフロージュの上で、ユリゼ・ファルアート（ea3502）は荒い息を整え自分を鼓舞する。
そして下級デビルの群れに近づくと、蓄積された疲労を振り切りすれ違い様にアイスブリザード唱えた。
吹雪の只中の敵は氷の欠片を纏いながら地へと落ちていく。
「後は任せておけ！」
虚空牙（ec0261）はペガサスの天雷に急降下を命じ、地上が迫ってきた所で抜刀しその背から飛び降りる。
落下の勢いをつけた刃は敵の体を次々と両断していく。
『ギギッ！ １人とは馬鹿な奴だ！』
その様子を建物の影から見ていたデビル達は、四方から空牙に襲いかかってきた。
迫る黒いうねり。しかし────
「させるものですかっ！」
最後のＭＰを使いユリゼがボォルトフロムザブルー初級の巻物で起こした雷撃が、空と大地両方から敵を襲う。
彼女の声を聞き受身でその場から退避した空牙は、突然の事態を理解できず未だ動けない敵に引導を渡していった。
「これで暫くは役立たずね‥‥」
フロージュにぐったりと体を預けるユリゼは、家の中からこちらを見つめている少女と目が合う。
『大丈夫？』
ゆっくりとした口の動きと心配そうな瞳に、ユリゼは笑顔で親指を立てて見せた。
●慈しみの循環
町でデビルと戦っているのは冒険者達だけではない。
「誰か、誰か逃げ遅れている人、いませんか〜！？」
逃げ遅れた者が居ないか声を張り上げて探していたアーシャ・イクティノス（eb6702）は、住民を庇い苦戦している騎士と遭遇した。
騎士が背に庇うのは家族と思しき６人。１人で守りながら複数の敵と戦うにはあまりにも多い人数だ。
すぐに飛び込みたい気持ちを抑え、アーシャは仲間から借りた呼子笛を３回鳴らす。
「緊急事態か！」
それを聞きつけたルザリア・レイバーン（ec1621）は、金色の髪を揺らして音の聞こえた方へと急行する。
辿り着いた時には既にアーシャが騎士の隣に立ち、ソニックーブームで応戦していた。
「遅くなってすまない！ 加勢する！」
「ありがとうございます！ これで手加減は要りませんね！」
アーシャはルザリアに笑顔を向けると、敵の群れに飛び込んだ。
「戻る事はないと思っていた故郷だけど、人々が困っていたらやっぱり助けなくちゃって思うのです！」
叫びと共に炸裂するソードボンバーは敵を吹き飛ばし、宙に舞ったままルザリアと騎士の剣の露となって消えていく。
（「蝶の羽ばたきはないな‥‥」）
さり気なく石の中の蝶に視線を移し、ルザリアはホッと息を吐く。
疑いたくは無いが、この家族の中の誰かがデビルが化けている可能性もあったのだ。これならば安心して教会へと連れて行けるだろう。
涙を流しながら感謝の言葉を口にする一家を護衛しつつ、３人は教会へと向かう。
その道すがらで目にした騎士達は、誰もが民とこの国を守る為に己が身を省みず必死で戦っていた。
「ここにくればもう安全ですよ」
ホーリーフィールドの結界を通り抜けて教会内へと進む住民達を、クリステル・シャルダン（eb3862）は優しい笑顔で迎える。
これを潜って欲しいと言われた時に彼等は戸惑っていたが、自分は黒の宗徒だと通過を拒んでいた男が実はデビルだったとわかってからは、素直に応じていた。
「お腹が空いたらあちらのお食事をどうぞ。お水もありますわ」
クリスの優しさに人々の緊張は和らいでいき、働きづめの彼女を心配する者も居た。
「これでもう大丈夫だ」
空木怜（ec1783）が包帯を巻きながら気さくな笑顔でそう告げると、男性の顔から見る見る内に不安の色が消えていった。
（「市民を守る事は地獄での戦いではする必要がない心配だった。だけど‥‥こっちで戦うなら何より最優先しないといけない」）
その為には自分が倒れる訳には行かないのだ。
彼が今まで治療した者の数は数え切れないほど多かったが、傷の状態に応じて治療方法を変えていた為、自身の疲労も最低限に抑えられていた。
それでも気を抜けば襲ってくる気だるさを追い払おうと頭を振った時、額に何かが触れる。
「兄ちゃん、無理すんなよ。俺が手伝ってやるからさ」
それは先日、命を救った少年の小さな手。
彼は怜に憧れ、自分も将来は医師になると張り切って手伝いに勤しんでいた。
「ああ。頼りにしてるよ」
くしゃっと頭を撫でられ、少年は嬉しそうに微笑む。
日常とは程遠い脆い安息の中でも、温かく繋がっていく人の絆がそこにはあった。
●油断
下級デビルとの戦いと人々の救済、そして火災阻止や町で戦う騎士達の救援に明け暮れ、瞬く間に４日が過ぎた。
疲労は限界に達しつつあったが、それでも『いかなる時も疲労の陰を見せずに皆を励ましていこう』と言うラルフェンの言葉を一同は片時も忘れてはいなかった。
そして迎えた５日目。ビレトとの邂逅はホルンの音と共に訪れた。
「小賢しい真似をしたのはお前か？」
ビレトの鋭い視線を受け、ジルはスッと瞳を細め弓を構える。
「同じ事される気分はどうや？ あんたの真似はしとうなかったけど‥‥俺はムカついてんねん！」
ビレトがあの騎士にした様に、ジルは下級デビルにわざと止めを差さずに『生きて帰り着けたら、大将に助けを乞うて来い』とビレトの元へと返した。
静かに揺らめく怒りの炎のままに矢を放とうするが、その動きはぴたりと止まる。
「消えた？ ‥‥ぐうっ！？」
微かな馬蹄の音を聞き振り返ろうとした瞬間、ジルの背は見せざる刃に切り付けられた。
膝を付く彼にラルフェンとルザリアが駆け寄るが、何処から繰り出されるかわからない攻撃にやがては息を切らし、無数の傷口から血を滴り落とす。
「名高き剣の名手の名が聞いて呆れますね！ 出てきなさいっ！」
「我等デビルに気高さを求めるとは片腹痛いわ！」
挑発に乗った声と馬蹄の音を頼りにアーシャはビレトの攻撃を予測し、剣を頭上に構えその攻撃を受け止めた。
「防戦ばかりされては面白くない。姿を見せてやろう」
静かな声の後、ビレトは広場の中央に姿を現した。
「多勢に無勢だな。別に構わんが」
「悪いわね。一対一が出来る程こっちも余裕があるわけじゃないの。少しハンデを頂きたいわ！」
ユリゼのアイスブリザードに一瞬動きを止めたビレトを挟み撃ちしようと、怜と空牙が左右から飛び出してきた。
怜の鞭を剣で絡め取ったビレトだが、空牙の攻撃は避けきれずに横腹を切り裂かれる。
「‥‥面白い」
倒壊した建物の上に跳躍したビレトは印を結び、その体は黒い霞に包まれる。
「そんな‥‥」
ホーリーフィールドの中で負傷者を癒しながらクリスは驚愕する。
唱えられたのはエボリューション────ここからは一方的な戦いとなった。
●終焉を告げる音
熟練の冒険者達にとってビレトの攻撃を避けるのは難しい事ではなかったが、時折折り混ぜられる様々なコンバットオプションにブラックフレイムの魔法、そして先程のエボリューションを前に攻撃の手段を奪われ、疲労は蓄積していく。
しかし一同にはまだ奥の手があった。決して諦めぬ強い意志と共に。
「その武器はもう効かん。気でも触れたか」
正面から突撃してくるアーシャとルザリアを薙ぎ払おうとビレトは剣を構えた。
「最後のチャンスだ！ 決めろよ！」
注意がそちらに向いている事を確認し、怜は隠し持っていた武器を空牙向けて投げる。
「なにっ！？」
「姓は虚、名は空牙。朧拳最源流の使い手にして奥義継承者なり！」
懇親の力を込め、空牙は絶招・闇時雨をビレトに叩き込む。
その後を追う様にジルの矢が、２つ目の武器に持ち替えたラルフェンの攻撃が、ユリゼのライトニングサンダーボルトの巻物が重なる様にビレトを襲う。
「ぐあぁぁっ！！」
巻き起こる砂嵐の中、ビレトは断末魔の叫び声を上げながら消滅していった。
それを聞きつけたのか、上空の下級デビル達も次々と撤退を始める。
「守り、きれた‥‥」
クリスの呟きの後。
『わあああぁぁぁっ！！』
戦いを見守り一同の無事を祈っていた人々は、一斉に家から飛び出してきた。
そして歓喜の声を上げながら、王国の守護者達を讃え取り囲む。
ぷつんと糸が切れた様に、一同の目から涙が零れ落ちた。
こうして王国の平和は８人の冒険者によって守られた。
彼等の雄姿は、この町に住む人々の間で代々語り継がれていくだろう────。
