【お兄様と私】恋する少年

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月14日〜01月20日

リプレイ公開日:2008年01月22日

●オープニング

 友人の演奏が始まった瞬間、何故だが女性達が自分の所に押しかけ、口々に踊ってくれとせがみ出した。初めて見る顔だから物珍しいのだろうか。
 アリシアも同じ目に遭っていないだろうかと視線を彷徨わせれば、案の定たくさんの男性に囲まれ、困った顔をしていた。すぐにでも駆け寄って助けてやりたいが、今夜はそうもいかない。アリシアに恥をかかせないように務めなくてはならないのだ。
 万が一の時は友人が助けてくれる手筈になっている。彼を信じ、全員を失礼のないようにエスコートする決意を固めた。
 アリシアの様子を窺いながら女性をリードするのは難しかった。正確には不機嫌な顔をしないように女性をリードするのが難しかった、だが。何度男共を引き剥がしてやろうと思ったことか。
 女性達全員のお相手をした後、やっとアリシアと踊る時間が出来た。深いボルドー色のドレスに身を包んだ気品溢れる姿に、我が妹ながら見惚れてしまう。兄である自分がこうなのだから、他の男達にはどれ程魅力的に映ったのだろう。‥‥明日からよからぬ虫が付かないように見張らなければ。
 アリシアとのダンスの一時は、まるで夢のような時間だった。練習の甲斐あって、彼女を完璧にリードできたと思う。そう自信を持てるのはアリシアが「やっぱりお兄様のリードが1番ですわ」と言ってくれたからだ。
 兄としての面目は間違いなく守れただろう。そして今まで以上にアリシアは自分を愛‥‥。

 (‥‥以下、延々と続くのでフレッドの回想はここで強制終了)

 容姿だけは申し分ないフレッドに一目で心を奪われてしまったご令嬢達は多く、あれから毎日のように方々からお茶会の誘いが絶えなかった。レミーのお友達の愛娘からの誘いを無碍に断るわけにも行かず、フレッドは何とか時間を作ってはキチンと顔を出していた。
 しかし彼女達が自分に好意を抱いているからではなく、何となく暇だからお茶のお相手に指名しているのだと思っている辺り、朴念仁なフレッドらしい。
 一方アリシアはパーティーで知り合った男性から送られてくる恋文の返事に追われていた。あの夜は緊張していて、踊った相手の顔をよく覚えていない。なのでせっかく手紙をくれても顔と名前が全く一致しないのである。
 だが女性として男性から寄せられる恋慕の気持ちは素直に嬉しいものだ。断るにしてもなるべく早く返事を出すのが礼儀だと思い、一人一人に丁寧に返事を書いていく。
 アリシアから届いた手紙を読んだ男性の多くが、兄のフレッドが彼女を溺愛していて近づこうものなら忽ちに成敗される、という噂を耳にしたせいもありあっさりと諦めてしまった。しかし中には諦めない者もいた。

「は、はじめまして! エイリーク・アマレットと申しますっ!」
 キャメロットの街で愛馬ユリシスの新しい手綱を吟味しているフレッドに、恋する少年エイリークは緊張しながらも元気に声をかけた。突然挨拶をされた事に戸惑いつつも、フレッドはエイリークに向き直る。
「はじめまして‥‥という事は初対面だよな?」
「はいっ! お会いできて光栄です、フレッドさん!」
 初対面の筈なのに自分の名前を知っている少年の顔をフレッドはまじまじと見つめる。
 色素の薄い茶色のふわふわ猫っ毛に、小柄で細い体。小奇麗な身なりをしているので間違いなく貴族の子息だろう。
 青色の瞳をキラキラと輝かせて自分を見つめているエイリークの様子に、フレッドは彼が自分に近づいてきた理由を瞬時に理解する。
「どうして俺の事を知っているんだ?」
「はい、フレッドさんは僕達の間では有名ですから。とっても妹君をでき‥‥」
 そこまで言いかけて、エイリークは慌てて自らの口を抑える。勢いに任せて真実を口にしてしまう所だった。
(「まずはフレッドさんと仲良くなってアリシアさんに近づく作戦なのに『とっても妹君を溺愛している危険な男。且つ最凶のお邪魔虫』だなんて言ったら、瞬殺されてしまうじゃないか」)
 エイリークは訝しそうな目で自分を見つめているフレッドににっこりと微笑むと、言葉を続けた。
「とっても妹君を大切になさっている、騎士の中の騎士。そして男の中の男です!」
 かなり無理があったが、とりあえずフレッドを褒めちぎって持ち上げてみる。言った後でさすがに無理やり過ぎたかと思ったエイリークがフレッドの様子を窺うと、彼は腕組みをし目を瞑って何か考え事をしているようだった。
 もしかしたら嘘だという事もアリシアと仲良くなりたいという魂胆も見抜かれてしまったかもしれない‥‥冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
「ふむ。君の言いたい事はわかった。つまり俺と親交を深め、行く行くは‥‥」
 ゆっくりと目を開き、フレッドは強い視線でエイリークを見つめながら口を開いた。緊張のあまり、ごきゅっとエイリークの喉が鳴る。いざという時は全力疾走で逃げなければ。
「君も騎士になりたいのだろう。だから俺の元で修行したいと、そういう事だな?」
「へっ?」
 予想外の言葉に、エイリークから間抜けな声が漏れる。言っている意味がよく理解できずにフレッドを見上げると、にこにこと誇らしげな顔をしていた。
「安心しろ。やる気があるなら時間がかかっても最後まで付き合うからな」
「え、えっと‥‥」
「早速明日から始めるぞ。別荘で合宿だ」
 それは全くの勘違いだと言いたいエイリークを無視し、フレッドは一人で話を進めていく。そして明日の朝7時にロイエル家に来るように言い残すと、意気揚揚と帰っていってしまった。一人取り残されたエイリークは呆然と立ち尽くす。
「何か面倒な事になったけど、結果オーライ‥‥かな。フレッドさんと親しくなれそうだし」
 エイリークはそう自分に言い聞かせる。修行だなんて言っても、いきなり初めから厳しくはしないだろう。それにフレッド一人の指導じゃたかが知れている。

 しかしそれは甘い考えだったと彼は思い知る事となる。何故なら大勢の方が楽しいと思ったフレッドが、冒険者ギルドに修行仲間を募集したからだ。
 湖畔にある別荘は季節によって様々な自然を目に出来る絶好の保養地だろう。しかし季節は冬。そして目的は優雅さの欠片もない修行だった。
 果たしてエイリークは無事にキャメロットに帰ってこられるのだろうか‥‥。

●今回の参加者

 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb2288 ソフィア・ハートランド(34歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5267 シャルル・ファン(31歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb7019 マリアーナ・ヴァレンタイン(40歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 ec3680 ディラン・バーン(32歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec4114 ファビオン・シルフィールド(26歳・♂・ファイター・人間・エジプト)

●サポート参加者

チョコ・フォンス(ea5866)/ サスケ・ヒノモリ(eb8646

●リプレイ本文

●移動中も訓練です
「ショコラ兄様、いってらっしゃ〜い!」
 笑顔で手を振る妹チョコに、ショコラ・フォンス(ea4267)は嬉しそうな顔で手を振り返した。チョコの隣でアリシアも控えめながら旅立つ一同を見送っている。
(「出発前にアリシアさんの顔が見られるなんて!」)
 一方エイリークは頬を染めながら喜びを噛み締めていた。
「フレッドは色んな意味で忙しいな」
 と今回もソフィア・ハートランド(eb2288)は呆れ顔である。キャメロットの街を出て暫く歩いた頃、戦闘馬を連れてきたディラン・バーン(ec3680)が別荘に向かいながら騎乗練習をしたらどうかと提案する。
「ゆっくり行きましょうね」
「は、はいっ!」
 乗馬の心得が全くないエイリークは、歩き出す前から指導役のショコラにがっしりとしがみ付いていた。 

●恐怖の男料理
 騎乗訓練をしながらの移動だったものの、移動手段の工夫で夕方には別荘に着く事が出来た。
「私もお手伝いしましょうか?」
 料理が得意な陰守森写歩朗(eb7208)の申し出にフレッドは「明日から頼む」と言い、意気揚揚と厨房へ向かっていく。
 2時間後、皆が談笑する客間までいい香りが漂ってきた。
 待ちきれなくなったリデト・ユリースト(ea5913)が厨房に忍び込み、鼻歌を歌いながら鍋をかき混ぜているフレッドの背後から鍋の中を除いてみると‥‥。
(「ぎょっ!?」)
 いきなりお魚さんと目が合ってしまった。しかも一匹ではない。たくさんのお魚さん達が鍋の中にプカプカと浮かびながら、恨めしそうな目でリデトを見つめている。
(「こんなの食べたくないのである〜〜!!」)
 一目散に厨房から逃げていくリデト。あれだけのインパクト料理を見せられたら無理もない。
 そして案の定、料理が運ばれてきた瞬間に客間の空気が凍りついた。
「‥‥なに、コレ?」
 醜いものが嫌いなマリアーナ・ヴァレンタイン(eb7019)はフレッドを睨みつける。
「何って、魚の香草スープだ」
 黄金色のスープに色鮮やかな野菜と一緒に浮かぶのは、これでもかとばかりに自己主張している魚丸々一匹である。
「い、いい香りですね」
 と必死でフォローするシャルル・ファン(eb5267)の声は明らかに震えていた。
「お腹ペコペコだからこの際食べられるんだったら何でもいいや」
 とエイリークはとても失礼な事を言いながら、恐怖の魚スープを口に運んだ。
「‥‥おいしい」
 エイリークはそう言うと、あっという間にスープを平らげてしまった。彼に習い、恐る恐るスープを口にする一同。そして誰もが意外という顔を見せた後、綺麗に完食したのだった。

 それは夕食後の事‥‥。
「フレッドさん!?」
 エイリークは突然顔をだらしなく緩めだしたフレッドの異変に驚いていた。
「イリュージョンで幻を見ているだけですよ」
 シャルルはサスケ・ヒノモリの手元にある巻物を指差す。
「どんなアリシアの幻を見てるんだか」
 ソフィアの言葉にエイリークはピクッと体を震わせた。
「お兄様大好き〜、とかじゃなぁい?」
 何かを察したマリアーナが大袈裟な事を口にする。
「それは僕が言って欲しい台詞なのにっ!!」
 真っ赤な顔で叫ぶエイリークに、全員が彼のアリシアへの想いを気づく。一人幸せな妄想の中のフレッドを除いては。

●修行1日目
 まずは基礎体力作りから。湖の周りを10周する。
 普段運動をしないエイリークは1周もしない内に息が切れ始めた。
「無理しなくていいぞ。今日中に10周出来ればいいからな」
 仲間の忠告を受け入れ、フレッドは彼なりに易しくしているつもりだった。しかしこの一周は何キロあるのだろうか。
 ふらふらになりながらも完走したエイリークはあまり夕食を食べなかった。あまりの疲労ぶりを心配したショコラは就寝前のエイリークにマッサージを施す。
「偉い人の言葉に『疲れたら休んでもいい、でも諦めるな』というものがあります。少しずつ頑張っていきましょうね」
 しかし疲れ果てて眠ってしまったエイリークから返事は返ってこなかった。願わくば肉体だけでなく精神も成長して欲しいと思うショコラだった。

●修行2日目
 全身筋肉痛のエイリークを待っていたのは残酷にも筋力訓練。
 腕立て伏せと腹筋と背筋をまずは10回ずつこなす。達成したら数をどんどん増やしていくのだ。
「息を止めるより、息を吐きながらゆっくりとやる方が効果的ですよ」
 森写歩朗は休憩の合間にエイリークに優しくアドバイスをする。落ち込ませないように言葉を選びながら。
「よし、一緒に湖を1周して帰ろう」
 笑顔のフレッドにエイリークは力なく頷いた。しかし精も根も尽き果てた彼がフレッドに追いつける筈がない。
(「もう嫌だ‥‥」)
 未熟な心は2日目で早くも折れようとしていたが、エイリークはそんな素振りを見せなかった。
 ‥‥次の日に誰にも見つからずに逃げ出す為に。

●エイリーク逃亡
 修行三日目。中々起きてこないエイリークを心配したフレッドが、ドアの外から声をかける。
「今日は午後からにしよう。昼までゆっくりと休んでくれ」
 エイリークは毛布に包まったまま返事をしなかった。正確には返せなかったのである。
(「いっそ軟弱者だって罵倒してくれれば楽なのに。期待に応えられない自分が情けなくて悔しいよ‥‥」)
 エイリークはフレッドの足音が遠ざかった事を確認すると、一目散に窓から外へ飛び降りる。そして無我夢中で走り出した。

 一方アリシアは迎えに来てくれたディランと散歩しながら別荘に向かっていた。と言っても二人とも韋駄天の草履を掃いているので実際はかなりの速度なのだが。
 暫くは他愛もない話をしていたのだが、急にアリシアは突拍子もない質問をディランへと投げかけた。
「恋ってどういう物ですか?」
 突然の事にディランは答えられなかったが、アリシアは返事がない事を気にしていないようだ。
「私にはまだよくわからなくって‥‥だからエイリークさんのお気持ちに戸惑っています」
 出発の朝にソフィアが言っていた。これはフレッド以外の男性を知るよい機会なのだと。でもレミーにアマレット家と婚姻関係になっても問題はないのかと尋ねている彼女の言葉を、他人事のように聞く事しか出来なかった。
「お手紙とは言え一度お断りしてますもの。どう接すればいいのかわからないですわ」
 複雑な表情を浮かべるアリシアをディランはまだ恋を知らない蕾のようだと思った。いつか誰かを愛した時、彼女はどのように咲き誇るのだろうか。

「見つかりましたよ。帰り道の途中で物思いに耽っているようです」
 大慌てでエイリークを探していた一同は森写歩朗の言葉にホッと胸を撫で下ろした。急いで迎えに行こうとするフレッドを今は見守るべきだと森写歩朗が制す。 
「帰ってくる頃にはお腹も空いているでしょうね」
 と言い、ショコラは昼食を作る為に別荘へと戻っていった。

 帰り道の途中にいれば、別荘に向かうアリシアとディランに鉢合わせするのは当然だった。
 ディランは勿論、アリシアもここにエイリークが一人でいる理由を理解していた。情けなさと居た堪れなさに耐えられなくなり二人に背を向けたエイリークに、アリシアが声をかける。
「ありがとうございます。迎えに来て下さったのですね」
 思いがけない感謝の言葉に振り返ったエイリークが目にしたのは、温かく優しいアリシアの笑顔だった。
「きっとおいしいお昼ご飯が待ってますわ。早く帰って一緒に食べましょう」
 アリシアの目に自分に対する軽蔑の色がない事を知ったエイリークは、彼女の気遣いに感激してしまい、涙で顔をぐしゃぐしゃにするのだった。

●少年の想い
 帰って来たエイリークは全員に頭を下げ、今まで以上に熱心に修行に取り組んだ。
 3日目の午後は木の棒で黙々と素振りの練習をし、最終日は実践形式で戦い方を学んだ。
「よく頑張ったな! 修行はここまでだ」
 額の汗を拭いながら、フレッドはエイリークのふわふわ猫っ毛をくしゃくしゃっと撫でる。口を尖らせながら髪を直すエイリークは、いつの間にかアリシアの兄ではなく一人の男としてフレッドに気に入られたいと思っている自分に気づいた。
「さぁ、お昼にしましょう」
 森写歩朗は笑顔で二人を労い、こんがりといい色に焼けた肉を差し出す。夢中でエイリークはそれに齧り付いた。
「こっちのクッキーもおいしいのである」
 甘い物が大好きなリデトは、森写歩朗にせがんでクッキーを作ってもらったらしい。
「女の子は術からず甘味が好きなもの‥‥お菓子を作れるようになればアリシア嬢に喜ばれるのであるよ」
「本当かっ?」「本当ですか?」
 リデトのアドバイスに思いっきり食いつくフレッドとエイリーク。
「ん?」
(「ま、まずいっ!」)
 冷や汗たらたらのエイリークを強引にソフィアが連れ去った。
「お嬢様ってのは心身の強さには勿論、母性を刺激するちょっとした弱さにも惚れるものだ。お前には2つの強さが圧倒的に足りない事が分かるな? それを鍛えるんだ」
「はい、ありがとうございます!」
 騎士である彼女の言葉にエイリークは大きく頷いた。
「よしよし。所で、知り合いに円卓の騎士の関係者はいないか?」
 自らの夢を叶える為に奮戦するソフィア。しかしエイリークが首を横にするのを確認すると、大きな溜息をついた。
「今回の事がフレッドさんの妹離れのきっかけになればよいのですが」
「無理じゃない? 頭の中は相変わらずだもの」
 マリアーナはつまらなそうな顔でシャルルにリードシンキングの結果を告げる。
 ショコラと騎士談義に花を咲かせているフレッドを見つめた後、エイリークはディランに向き直った。
「僕、負けませんから」
 戸惑うディランから離れ、森写歩朗が連れてきたペットと遊びながらエイリークは心の中で誓いを立てる。
 いつかアリシアに見合うだけの男になれたら、改めて気持ちを伝えよう、と。