【戦場に響く聖歌】唯一の愛、博き愛

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月02日〜11月07日

リプレイ公開日:2009年11月10日

●オープニング

 人々の想いが深く強く繋がっていけば、何者にも変えられない力となるでしょう。
 剣の様に盾の様に、目に見える形で敵を討ったり誰かを守る事は出来ませんけれども‥‥。
 温かな想いは世界を救う優しき力であり、無限の可能性を秘めているのです────。

 橋の上でぼんやりとキャメロットの町並みを眺めながら、フレイはエフネの言葉を思い出す。
 彼女の命を受け遥々この町へとやってきたが、フレイはあまりの人の多さと町の大きさに圧倒されていた。
(「南方遺跡群の村々にいる人達は、皆が救いを求めるような顔をしていたけれど‥‥この町には色んな表情をした人達がいるのね」)
 幸せそうな家族がいれば、我が子を金切り声で怒鳴りつける母親もいる。
 元気良く走り回る友達同士の子供達がいれば、仲間外れにされて独り輪に入れない子供もいる。
 寄り添い合い愛を語らう恋人達がいれば、裏切りの果てに別れを迎えた男女もいる。
 身寄りのない人々を受け入れる聖職者がいれば、金で買ったと思しき召使を酷使している貴族もいる。
(「正邪両面を併せ持っているだなんて、人間って不思議ね。でも、彼らに賭けてみたいエフネの気持ちがわかる気がするわ」)
 産まれたばかりの赤ん坊を抱き上げる腰の曲がった老婆にフレイは目を留める。
 無垢な笑顔と慈しみに満ちた笑顔に温かくなった胸を軽く押さえ、フレイは冒険者ギルドへと向かった。
「こんにちは。戦闘がない依頼でも構わないのかしら?」
「はい、勿論です。どう言った内容のご依頼でしょうか?」
 受付嬢の優しい笑顔にホッと胸を撫で下ろし、フレイは優美に微笑んだ。
「依頼内容は4つのテーマに合わせて歌詞を作ってもらう事よ。センスが良ければ言う事なしだけど、1番大切なのはどれだけ想いが込められているかよ」
「想い、ですか?」
「ええ。邪眼のバロールに対抗出来る程の強い想いを、その歌詞に込めて欲しいの」 
 フレイの口から出た名に受付嬢は息を飲む。
 バロールの力は強大で倒すのは容易ではなく、苦戦を強いられるのは必死であろう。
 しかし怒りの後に復活し負の力に支配されたバロールに、人々の温かくも優しい想い‥‥愛の力は必ずや効果を発揮するだろうとフレイは続ける。
「バロールとの決戦の時に出来上がった歌を歌えば、その力を押さえ込んで勝利を手繰り寄せられる筈よ」
 受付嬢はフレイの言葉に真摯な眼差しで頷くと、ペンを走らせ始める。
 やがて張り出された2枚の依頼書にはこう記されていた。

 
 あなたの想いの力を歌詞に込めて下さい。 
 
 清い水と隣人愛を。
 激しい炎と男女愛を。
 温かい土と家族愛を。
 心地良い風と友人愛を。 
 
 聖なる輝きは、光の如き眩き強さは、あなたの胸の中に眠っています────。

●今回の参加者

 ec1621 ルザリア・レイバーン(33歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec6720 愛編 荒串明日(37歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●七色の想い
 想いを籠めた歌詞を作って欲しい────フレイの依頼を受けた冒険者達は、彼女が泊まる宿を訪れていた。
「依頼内容とは異なる質問で申し訳ないのだが、リラン殿はお元気だろうか? 最近は寒くなってきた故、彼女のお身体が心配でな‥‥」
 遠慮がちなルザリア・レイバーン(ec1621)の問いに、フレイは少しだけ寂しそうな顔で頷いた。
「ええ、体調面では問題ないわ」
「無粋な質問ですまなかった。ありがとう」
 礼儀正しく深々と頭を下げながら、ルザリアは『体調面では』と言うフレイの言葉が気がかりだった。
 それは暗に精神面ではやはり疲弊していると教えてくれたのだろう。
(「私達の作る歌詞が少しでもリラン殿‥‥いや、エフネ殿のお心の救いとなればいいが」)
 南方遺跡群での戦いに参加した冒険者達にはリランの正体が告げられていた。それを知る者の1人としてルザリアは決意を新たにする。
「想いを、歌詞に‥‥初めての経験ですが精一杯努めさせて頂きます」
 華奢な両手を胸の前でそっと重ね、アイリス・リード(ec3876)は優しい笑みで応える。
 クレリックを志した頃から彼女の胸の中には隣人愛が溢れていたが、もう片方の男女愛は生涯抱く事のない感情だと思っていた。
 しかしいつの頃か‥‥甘さを帯びる切なさと共に、その心にある男性が住みつき始めたのだ。それは決して打ち明けられぬ恋心だった。
「心の中に悩みや口に出来ない気持ちがあるのだとしたら‥‥それを言葉にするだけで楽になるし、改めて自分の本当の気持ちに気づくかもしれないわよ?」
 アイリスの耳元でそっと囁くフレイ。
 心の内を詠まれてしまったのかと焦り、アイリスは微かに赤い頬でこくんと頷いた。
「こう言っては偽善に聞こえるかもしれないが‥‥」
 それまで3人の様子を黙って見つめていた愛編荒串明日(ec6720)は、静かに口を開く。
「誰かを救いたかった。それが人であれ、魔と呼ばれる神であれ。自分がこれまで踏みつけ、奪った人生の分だけ何かを救いたかった」
 瞳を瞑り思い浮かべるのは、今まで自分が歩んできた道。
 彼の人生がどの様なものだったかをその言葉から感じ取ったフレイは、じっと次の言葉を待った。
「‥‥所詮は自己満足に過ぎないがね」 
「悔いる気持ちがあれば変われるわ。自分で考えて動けば新たな道が拓ける筈よ」
 自嘲的に笑う荒串明日に頭を振り、フレイは柔らかく微笑む。
「あなた達の心を歌詞に映せば、その言の葉は不思議な力を帯びるわ。でも、他の誰でもない、あなた達が想いを籠めて生み出した歌詞でなければ意味がないの」
 羊皮紙とペンを3人に渡しながら、自分は歌が好きで今まで多くの歌詞に親しんできたとフレイは告げる。
「何処かで聞いた事のある歌詞には、それを生み出した人の想いがもう籠められてしまってる‥‥だからもしそう言う歌詞があった場合、そこは使えないわ。ゴメンなさいね」
 申し訳なさそうに微笑むフレイに頷き、3人は早速歌詞作りを開始するのだった。

●想い秘める乙女達 
 思い出の場所でそよぐ風がアイリスの髪を揺らす。
「わたくし達‥‥随分と変わりましたね。ずっと傍に居てくれて有難う、ローラス」
 真っ白な鬣を優しく撫でると、愛馬のローラスはうっとり目を細めアイリスに頬摺りをする。
「1人故郷を出た日‥‥こんな風に誰かを想う日が来るとは、露ほども思わなかったのに。自分で自分に驚くばかりです」
 2年前の出会いから、ずっと彼を傍で見守ってきた。姉の様な気持ちがいつしか女性の思慕に変わったのは、いつの日の事だったか。
 心のままに好きだと告げられないのは────否、告げないのは自分がハーフエルフであるからだと思っていた。
 しかしそれだけが理由ではないと気づいたのだ。
 自分の幸せは彼が幸せになること。彼が笑っていてくれれば、その傍らに在るのは自分でなくとも構わない、と。
(「わたくしは心を、感情を自ら凍りつかせていた。ですがそれを溶かしてくれたのは、他でもないあの人‥‥」)
 女性としての愛情だけではなく。
 彼を、彼の大切なものを壊そうとする存在への激しい憎悪。そして赦しの本当の意味。
 身を以って体験した全てを、今でも鮮明に思い出す事が出来る。
 そしてそこには多くの出会いがあった。
(「様々な方に出会い、わたくしは今の自分になった‥‥」)
 空っぽの心に訪れた想いは暖かなものばかりではなかった。
 けれども不思議とひとつ知る度に『大切』が増えたのだ。
 アイリスは皆を想うが故の哀しみ、憤り、そして憎しみを‥‥人は、想いによって人となるのだと知った。
(「想いが誰かの救いとなるなら、心の限りそれを綴ろう。『わたくし』を創ってくれた、数多の人へ感謝を込めて‥‥」)
 脳裏に甦るのは愛しい友達。
 そして自らに『憎悪』と『赦し』の気持ちを抱かせた咎人の青年を思い出す。
(「きっと彼はこの空の下、何処かで厳しい生を‥‥贖罪の道を歩んでいるのでしょう」)
 彼の魂にいつか安寧の時が訪れん事を、アイリスは両手を組み祈る。
 その顔は慈愛に満ちた聖母の様だった。
「想いを言葉にする事‥‥言葉に託す事‥‥難しいですが、心のままに綴ってみましょう」
 ゆったりとしたローラスとの散策を終えた後、草の上に腰を下ろしてアイリスはペンを走らせる。
 数奇な運命によって結ばれた、2人の青年を想いながら。

「困った‥‥どうしたものか」
 その頃、ルザリアはキャメロット郊外にて頭を抱えていた。
 いざ歌詞を書き始めてみると、ある人物の顔が浮かび上がってしまって離れないのだ。
 炎の様な夕焼け空の様な鮮やかな赤と対照的な深い青色。
 自信に満ち溢れた意地悪な笑顔、思わず抱きしめたくなるほど弱々しい憂い顔、そして年相応のあどけない笑顔。
「どれもが彼らしくて、叶うならばずっと傍で見守り見つめていたいと願ってしまう‥‥」
 自然と零れ落ちた自らの本心にルザリアは1人頬を赤く染めた。
 ただ傍にいるだけでいい。他には何も望まない。
 そう思っているのに、この気持ちを伝えたがっている自分がいる。
(「私の様な堅物がこの様な想いを抱いていたと知ったら、彼は驚くだろうか? いや、もしかしたら気づかれてるかもしれないな」)
 その時の彼を想像してみる。
 きっと不敵な顔で「やっと白状したか」と微笑むのだろうと思うと、心の奥がじんわりと温かくなった。
(「貴殿の心が悲しみで乾いているのなら、この想いで潤す事ができるだろうか。背に寂しげな影を負わせずに済むだろうか‥‥」)
 ルザリアは遠ざかって行く様に見えたあの日の背中を思い出す。
 風に揺れる彼の赤毛は若き炎。
 出会った時は孤高であったそれは、いつしか皆を照らすものへと成長していた。
 しかし孤独と宿命と言う名の風に消えてしまいそうになる、不安定で儚い炎でもあった。
(「あの事が‥‥バロールが復活してから、悲壮な決意を感じてならない。私の思い過ごしならいいのだが‥‥」)
 過ぎる予感にルザリアは頭を振る。
 共にその全てを背負いたいと口に出せずにいる自分がもどかしかった。
 彼を苛める不安や悲しみがなくなればいいと願いながら、ルザリアはペンを取る。
 今まで目にした様々な笑顔を想うと、何故かその胸は切なさに締めつけられた。

●炎の様に捧ぐ愛、水の様に包む愛
 依頼最終日。
 それぞれの『炎と男女愛』『水と隣人愛』をテーマにした歌詞が完成した。 
「‥‥とっても素晴らしいわ。ありがとう」
 フレイは嬉しそうに微笑み、緊張する一同の目の前で歌詞を書き出していく。
 そして歌詞が完成すると、透き通る歌声を響かせ始めた。


 揺らめく赤をじっと見つめて
 凍えた指を近くかざして 伝わる熱に貴方を想う

 暖かく包む炎 分け隔てなく照らす優しい炎
 それはとても居心地が良くて 安心できるけど とても不安定

 守る為に寄り添って 焼き尽くされても構わない
 怖いのは貴方の温もりを失うこと

 それだけで 私の世界は終わりを告げる

 愛さなければ知らずいられた
 憎み 嘆き 身を焦がすこと

 愛さなければ解らなかった
 見つめ 祈り 赦すこと

 綺麗なだけの想いは偽りの宝石
 虚ろな輝きよりも 生身の想いを貴方に捧ぐ

 孤独を一緒に共有したい
 肩の荷物を一緒に持ちたい

 貴方の笑顔を何度でも見たい
 不安や悲しみで曇らせたくない

 貴方の命の炎は 私を生へと繋ぎ止める甘き鎖
 断ち切られるくらいなら この命など要らない

 愛しさという名で呼ぶ熱を
 今宵も抱いて夢路を辿る


 全ての隣人よ 咎人に深き恵みを
 天に御座す母よ 迷い子に聖寵を

 優しさの糸で繋がる私達は 見える事無くとも友と同じ
 彷徨う想いあるのならば 心のままの告白を

 隣に居るだけの 背中を眺めるだけの私
 澄んだ清らかな飲み水の様に 
 その心に染み込んでいきたいと願っているのに

 何時か決意が固まった時 言葉にしてもいいですか?
 それまでは黙って傍に居させて下さい

 清らかなるその想いが彼の人を包み込み
 いつか祝福の元に成就するよう 私達は祈りましょう

 濁り汚れ果てた水が
 海へ注ぎ空へ昇り やがて慈雨となるような
 清水となって湧くような

 優しき水の巡りを 再生のすべを
 貴方が迷うのならば
 その輪廻の中に 救いを見出せるのならば

 消えぬ罪を背負いながら 誰かの隣人たらんと喘ぐ者に
 己が過ちを嘆きながら 贖罪の道を歩む者に

 渇き苦しむ隣人に 救いの雨を降らせ給え


 歌い終わったフレイが「まるで恋文みたいね?」と微笑むと、アイリスは真っ赤な顔で固まり、ルザリアは物凄い勢いで自らの棲家へと逃げていってしまった。
 2人の様子に微笑みながら、フレイは再び歌詞に目を通す。
 紡がれた言葉のひとつひとつに────。