【お兄様と私】癒しの灯
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月18日〜11月24日
リプレイ公開日:2009年11月26日
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●オープニング
エレナとフォルティスがロイエル家を初めて訪れたのは、8月の夏の日。
数日間の滞在の後、2人はロイエル家の一員として新たな人生を歩む事となった。
「フ〜たん、いないいないばぁ♪」
「きゃっきゃっ♪」
レミーが両手を退けてとびきりの変顔を披露すると、フォルティスは嬉しそうに笑い声を上げた。
無垢な笑顔にレミーは顔を緩ませ、湯で卵の様につるつるなほっぺに頬擦りをする。
「フ〜たんは本当に可愛いでちゅねぇ。食べちゃいたいくらいですわ♪」
「ふふっ、お母様ったらすっかりフォルティスに夢中ですね。まるで本当のお婆様みた‥‥」
「そう呼ばれるにはまだまだ早いですわ! お姉様です!」
その様子を隣で見ていたアリシアの一言に過敏に反応し、声を荒げるレミー。
彼女の形相が余程怖かったのか、フォルティスがぐずり始める。
「ふあっ‥‥ううっ‥‥うあぁーーん!」
「まあ大変! 直に抱っこしてあやさないと‥‥」
「違いますわ。きっとお腹が空いたのですよ」
慌ててフォルティスを抱き上げたアリシアにそう言うと、レミーは母であるエレナを呼びにいく。
最近は離乳食も食べ始めたのだが、まだまだエレナの母乳の方がいいらしい。
「さすがはお母様ですわ。私達もこうして愛され育てられて‥‥きゃっ!」
レミーの後姿を見送っていたアリシアは、不意にフォルティスに胸を触られて小さな悲鳴を上げた。
しかし直に母乳を求めているのだろうと理解し、慈しみに満ちた瞳でフォルティスを見つめる。
腕の中の命は温かく、確かな重みがあった。ふわりと香る甘い香りは愛されている赤ん坊の証。
「アリシア様、ありがとうございます!」
そこに慌ててエレナが現れ、アリシアからそっとフォルティスを受け取る。
母から母乳を与えられるフォルティスの小さな横顔は安心しきっていて、やがてはそのまま眠ってしまった。
「赤ちゃんって、本当に可愛いですね‥‥」
「ええ。あなたもフレッドもああやって私のおっぱいですくすく大きくなりましたのよ」
レミーはアリシアをそっと抱き寄せながら、その頭を優しく撫でる。
「あなたの方が食いしん坊でしたけどね? 赤ちゃんの時はまんまるむちむちで抱っこが大変でしたわ。今はこんなに細いのに、ね?」
「お、お母様! それはお友達の皆様には内緒ですよ?」
思わぬ自らの過去を教えられ、アリシアは真っ赤な顔でレミーに抱きつく。
伝わる熱と鼓動に暫し瞳を閉じ、命は育まれ守られ伝えられていくものだと改めて思った。
(「この世にある命を私は1つでも多く守りたい‥‥お医者様になると言う夢、必ず成就させますわ」)
アリシアがそう決意した数日後、アーサー王宛に1つの手紙が届く。
そして王宮騎士である兄フレッドはキャメロットの町を守る為、戦支度に忙しい日々を送り始めるのだった。
日が発つにつれ、様々な情報が王宮へと齎された。
フレッドだけではなく他の騎士達も駆け足で準備を進めている様で、市場で見かけるその表情は緊張の色を帯びている。
「サブナクって言うデビルが敵勢を率いて、ここキャメロットに向けて進軍してるらしいな」
「ああ。その途中にあった村が被害に遭ったって聞いたぜ」
聞こえてきた話し声にアリシアは野菜に伸ばしかけた手を止める。
「酷いな。では村は全滅か?」
「いや、村を襲ったのは下級デビル共だけらしい。死者の報告は出ていないが、怪我人が大勢出たって話だ」
日持ちする食糧を大量に買い込んだ騎士達は、話を続けながら店を去っていく。
アリシアは偶然耳にしたその話に、ある決意を固めるのだった。
「お兄様。お話があるのですが、少しだけよろしいですか?」
その日の夜、帰宅したフレッドにアリシアは遠慮がちに声をかける。
「ああ、構わない。どうしたんだ?」
「デビルの被害に遭い、大勢の怪我人が出たと言う村に治療に赴こうと思っています」
「‥‥そうか」
優しいフレッドの微笑は、アリシアの言葉を聞いた途端にすっと陰を帯びる。
「1人でではないよな?」
「はい。ご一緒して下さる方をギルドで募集致しますわ」
「なら安心した。だが念の為にデビル勢と遭遇する可能性が低いルートを進んでいった方がいい」
安心した様に息を吐き、フレッドは自室から地図を持ってくる。
そこに安全なルートを記し丁寧に説明してくれる兄に、アリシアは少しだけ戸惑っていた。
「反対なさらないのですか?」
「心配じゃないと言ったら嘘になる。だがアリシアが自分で決めた事だ、反対する理由はない。兄として応援させてもらおう」
アリシアの頭を優しく撫でながら、フレッドは優しい顔で微笑む。
「1日でも早く治療を開始したいなら、家の馬車を使えばいい。本当は俺も付いて行けたらいいのだが‥‥」
「ありがとうございます。お兄様にはお兄様のやるべき事がございますもの。そのお気持ちだけで充分心強いですわ」
フレッドに認められている気がして、アリシアは嬉しかった。
書いてもらったルートを頭の中に叩き込み、治療に必要なものを羊皮紙に書き込み終えたアリシアは、顔を上げフレッドの顔を見つめた。
「お兄様のご武運をお祈りしています。どうかご無事で‥‥」
「‥‥ありがとう。少し気が早い気がするけどな? アリシアも気をつけるんだぞ」
珍しくからかう様な表情を浮かべ、フレッドはアリシアの華奢な手をそっと握り締める。
「デビルとの戦いが終わったら、俺もその村に駆けつける。アリシアの頑張る姿が見たいからな」
「はい。お待ちしておりますわ。精一杯頑張ります」
花の様に微笑みながら、アリシアはフレッドの大きく温かな手にもう片方の手を重ねる。
剣と包帯。
戦う事と癒す事。
その腕が手にするものは違っていたが、誰かを守り救いたいと言う想いは同じ。
(「1度目は浅はかな自分を思い知らされ、2度目は皆様に支えられ続けながら失った命に鎮魂歌を捧げた‥‥今度は胸を張って皆様の癒しとなれます様に‥‥いえ、なる為に尽力致しましょう」)
重ねてきた経験は決して多くはないけれど。
必ず全員の命を救ってみせると、アリシアは声なき誓いを立るのだった。
●リプレイ本文
●優しき祝福
依頼当日、馬車の傍でそわそわと冒険者達を待っていたアリシアは、後から何者かに勢いよく抱きつかれた。
「きゃっ!?」
「アリシア、お誕生日おめでとう!」
聞き覚えのある声に振り向くと、チョコ・フォンス(ea5866)と目が合う。
「アリシアのお手伝いするから、何でも言ってね? はい、あたしからのプレゼント!」
「まあ、ありがとうございます‥‥!」
いつもの様に元気120%の笑顔を見せるチョコから手渡されたのは大聖水。
「ロイエル家は家族がたくさん増えたから、また全員揃った肖像画描かなきゃね♪」
「チョコおねーちゃんばっかりずるいの〜! ティーもティーも〜!!」
チョコがウィンクをしたのと、ラティアナ・グレイヴァード(ec4311)がアリシアに抱きついたのはほぼ同時だった。
「アリシアおねーちゃんお誕生日おめでとうなの〜♪ これ、あげるなの〜」
「とっても綺麗な耳飾りですね。ありがとうございます、ラティおね‥‥」
「えへへ、青勾玉の耳飾りなの〜♪ あとね、アリシアおねーちゃんは『家族』だから、ティーの事はティーって呼んで欲しいの〜」
正式にロイエル家の養子となり、生まれた順から長女となったラティはにぱっと微笑む。それでもアリシアを姉と呼ぶのは変わらない様だ。
「皆さん、お元気そうで何よりです。ますます賑やかなお家になりましょう」
嬉しそうな微笑と共に感嘆の息を吐き、アイリス・リード(ec3876)はそっと赤き愛の石をアリシアに手渡す。
「お誕生日おめでとうございます、アリシアさん。目指す道を真摯に見据える貴女は、美しく輝かしく‥‥とても、魅力的です」
「あ、ありがとうございます。ですが私には勿体ないお言葉ですわ」
「いいえ。その石は癒しを求める方にお貸しになって下さいね」
褒められ照れるアリシアの頭を、アイリスは優しく撫でる。
「ミリート久しぶり‥‥。元気だったみたい?」
「サクラちゃん、久しぶ‥‥わっ!?」
「‥‥ぁ。私ったら嬉しくてつい‥‥」
親友ミリート・アーティア(ea6226)との久しぶりの再会が嬉しく、思わず抱きついてしまったサクラ・キドウ(ea6159)は真っ赤な顔で彼女から離れた。
「とりあえず誘ってくれてありがとうっ‥‥。一緒に手伝います」
「ふふっ、一緒に頑張ろっ♪ 長い間逢えてなかったけど、随分と綺麗になったね。恋人さんのお陰かな?」
「あ、あのっ‥‥」
「2人とも元気そうで安心したわ」
「チョコ! 会いたかったよ〜」
俯き照れるサクラをチョコと一緒に抱きしめながら、ミリートは久方ぶりの帰郷に想いを馳せる。
(「改めてイギリスに帰ってきたんだ。空気が重いけど、それでも嬉しいことに変わりはないかな。でも‥‥あの子が無事だといいんだけど」)
久しく会っていない別の親友の身を案じた後、ミリートはアリシアに近づく。
「アリシアちゃん、お誕生日おめでとう♪ あなたの金色の髪にとても映えると思うんだ」
「ありがとうございます‥‥! あの、これは頂いてしまってよろしいのですか?」
「勿論♪ 受け取ってくれないと泣いちゃうよ?」
「お誕生日‥‥おめでとうございます」
「サクラさんもありがとうございます♪」
思いがけないプレゼントとお祝いの言葉に驚きつつも、アリシアは花の様な笑顔を見せる。
「アリシア姉さま、お誕生日おめでとうございますっ♪」
「ラ、ラヴィ!?」
「‥‥二人分ですわっ」
ぎゅうっとアリシアに抱きついたラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)は、彼女を解放し聖なるロザリオをその首にかける。
「アリシア姉さまの一年が穏やかな光に包まれますように‥‥」
「ありがとうございます。皆様にお祝いして頂けて、今年も良い1年となりそうですわ」
「アリシアさん、お誕生日おめでとうございます」
ショコラ・フォンス(ea4267)は穏やかに微笑み、アップルジャムをアリシアの掌に乗せる。
「ありがとうございます♪ とっても美味しそうなジャムですわ。これはショコラさんの手作りですか?」
「ええ。皆さんで仲良く食べて下さいね? さて、祝福のキスもお贈りしましょうか‥‥」
「えぇっ!?」
「ダ、ダメですわっ!」
「ふふっ、冗談ですよ?」
にっこりと微笑むショコラに、頬を染めたアリシアとラヴィはへなへなとその場に座り込む。
アリシアの誕生日祝いの後、一同はデビルの被害に遭った村へと出発するのだった。
●心に温もりを
デビルに出会う事なく辿りつけたものの、村は重苦しい雰囲気に満ちていた。
「小さい子まで怪我してて可哀相なの〜」
馬車の中でもアリシアからずっと離れなかったラティは、大好きな姉の腕にギュッと抱きつく。
「アリシアさんが新たな道に進もうとすることのお手伝いができて嬉しいです。さあ、頑張りましょう」
御者を務めていたショコラは2人の頭を優しく撫でる。
「はい、私に出来る事を精いっぱいさせて頂きたいと思います。まずは村長さんにお話をしてきますね」
「じゃああたしはその間、怪我人の重症度と人数を確認しておくわ」
チョコは羊皮紙とペンを取り出し、ざっと村を見渡す。
「家の外にいる人の怪我は酷くなさそうね。問題は動けずにいる重症者が何人いるか、か」
アリシア達が戻ってくるまでの間、村人達は怪訝そうな顔で一同を見つめていた。
しかしその視線は敵意や疑念ではなく何処か縋る様に弱々しい。
「お待たせしました。村での活動は私達の好きな様に行っていいそうです」
戻って来たアリシアの言葉に一同は頷くと、気を引き締めてそれぞれのやるべき事を開始する。
「傷口が化膿しかかってますわ‥‥アイリスさん、ピュリファイをお願いできますか?」
「はい。お任せ下さい」
「ううっ、痛てぇよぉ‥‥俺は体が腐って死んじまうのか?」
「そんな事は絶対にさせません。わたくし達を信じて下さいませ」
アイリスは優しい笑みで男性の手にそっと触れ、ピュリファイで傷口を浄化していく。
「セーラ様、目の前の者の傷を癒し給え。いたいのいたいの、とんでいけ〜、なの〜」
ラティがリカバーを唱えると、女性が背中に負った火傷が見る見るうちに治っていく。
「嘘みたいに背中の焼けつきと痛みがなくなったよ。ありがとね、小さなお嬢ちゃん」
「えへへ〜、喜んでもらえて嬉しいの〜。ティー、頑張るね♪ ‥‥きゃうっ!」
お礼を言われ嬉しそうに次の患者の元へと向かうラティだが、包帯を抱えたまま転んでしまう。
「だ、大丈夫かい?」
「えへへ、ころんじゃったの〜」
ラティは照れくさそうに微笑む。
その後も小さな体で一生懸命動き回る様は微笑ましく、本人の気付かない内に人々の心を癒していくのだった。
「村の入り口は村の顔だし、綺麗にしておかないとね」
チョコは無残に焼け焦げた看板を片づけ、新しい物を作り始める。
「姉ちゃん、看板を作ってくれてるのか?」
「うん。前はどんなのだったか教えてくれる?」
「地味でつまんない看板だったぜ。どうせなら絵が描いてある方がいいな」
「絵はあたしの得意分野なの。描いて欲しいものがあったらリクエストしてね」
「本当か? じゃあ、じゃあ‥‥」
少年は瞳を輝かせ、チョコの隣に腰を下ろした。
「木の実とキノコのスープですわ。たくさん作りましたから、おかわりして下さいませ♪」
「冒険者お手製の保存食とソールの創作料理はいかがですか? お腹がいっぱいになるくらいたくさん食べて下さいね」
大きな鍋で作られた2種の温かい料理に、村人から笑顔が零れる。
「こんなに美味い物を食ったのは初めてだ。お嬢ちゃんはいいお嫁さんになるよ」
「ありがとうございます。実はラヴィはもうお嫁さんなのですわ」
「そりゃあ旦那は幸せモンだなぁ」
男性の言葉に新妻ラヴィは幸せそうに微笑む。
「保存食って工夫次第でこんなに美味しくなるのね」
「ポイントは良く煮込む事と味付けですよ」
「へぇ。あんた、独身ならあたしの旦那になっておくれよ」
「そ、それは‥‥」
「冗談だよ。半分はね?」
ウィンクをする美女の豊かな胸から、ショコラは慌てて視線を逸らした。
そして夜も更けて来た頃、村は甘く優しい香りに包まれていた。
「温かくて美味しいサクラの蜂蜜入りホットミルクはいかが? 美味しいよ♪」
「おねーちゃん、サクラの蜂蜜ってなぁに?」
「これはね、とびっきり美味しい極上の蜂蜜なの。欲しい人はこの指とーまれ!」
「わぁ、ちょうだいちょうだい!」
「僕もー」
「あたしも欲しいー」
あっと言う間に子供達はミリートを囲んでしまう。
「私の代わりにありがとね」
「いいえ。この子は私に任せて、ゆっくりとお休みになって下さい‥‥」
「あなたは表情があまり変わらないけど、心根が温かくて優しい人なのね。人見知りのこの子があっと言う間に寝付いちゃったんだもの」
「そ、そんな‥‥あの、私は話下手ですが、もしも眠れないのならお話くらいなら聞けますから‥‥」
「‥‥実はまたデビルが襲って来ないかって不安で仕方ないの」
サクラの腕の中で眠る我が子の頬に触れ、女性は静かに己が心情を語り出す。
こうしてプラウリメーのロウソクの炎が揺れる村の夜は、静かに優しく更けて行った。
●愛ある限り消えぬ灯
皆の懸命な治療が実を結び、命を落とす者はいなかった。
充実感と共に安堵するアリシアだが、その表情は直ぐに引き締められる。
「体の傷は癒せても、心の傷を完全に癒す事は難しいでしょう。ですが少しでもそのお手伝いが出来たら‥‥」
最後に立ち直るのは本人の意思だが、時の流れはゆっくりと傷ついた心を癒してくれるだろう。
そして人の優しさに触れたのなら、再び前を向ける日はほんの少しだけ早くなるのかもしれない。
祈るような風歌 日差しとともに
雪野の天井 ふわりと踊る
雲、覆う 空の遠景
寒さに ただ、じっと
ぽかりと 暖かさ 待ち望み
日向道 今は離れても
それでも 時期に届くの 優しい春の日々
ミリートの優しくも美しい歌声と歌詞は、村人の心に優しく沁み渡って行く。
その隣で舞うサクラは、風に舞う花びらの如く可憐で美しかった。
「相変わらず歌が上手い‥‥。私の踊りはお目汚しじゃなかった?」
「勿論♪ すっごく素敵だったよ」
「良かった。何処にいても、どれだけ経ってミリートは友達ですよ‥‥」
「それは私だって同じだよ。今夜も一緒に寝ようね?」
盛大な拍手の後、歌姫と舞姫は優しい瞳で微笑み合う。
「聖なる母の愛とわたくし達の隣人を救わんとする愛は似ています」
「そんな高尚な愛、あたしらに持てるのかね?」
「ええ。誰もが抱いているものですよ。誰かの為に何かをしたい、困っている人を救いたい‥‥ほんの少しでもその様な気持ちになれば、それが隣人愛なのです」
「なるほどねぇ。あんた達が行動で教えてくれた隣人愛とやらを、あたしらも見習わないとだね」
女性の言葉に微笑み、他を労わる事は傷ついた己の心を救う事でもあるとアイリスは続ける。
「この子達は大人しいいい子だね」
「うん、ミントとパンジーはティーの大事なお友達なの〜」
「あんたに愛されてるんだねぇ。このふわふわの毛並みと熱に触れてるだけで、寂しさが和らいでいく気がするよ」
「おばーちゃん、ティーといっぱいお話するの〜。そしたら寂しくないの〜」
独り身の老婆に寄り添い、ラティは幼い顔で微笑んだ。
「こうして仔狐さんはお母さん狐といつまでも幸せに暮らしましたとさ‥‥めでたしめでたしです♪」
「ふあぁ‥‥お姉ちゃん、面白いお話をありがと」
「このお話はラヴィが小さい頃、お兄様にお話して頂いたものですよの」
「お兄ちゃんと仲がいいんだね‥‥僕、なんだか眠くなってきちゃった。このお洋服のお陰かなぁ」
少年はラヴィが毛布で作った防寒具にくるまり、やがて幸せそうな顔で眠りに落ちる。
(「手って不思議よね。手を当てたり、握ったり、繋いだりして、人の心を落ち着かせる事もできるんだもの」)
父親に頭を撫でられ、幸せそうに微笑む少年を見つめながら。
チョコは自分の手を握ったまま眠ってしまった少女に、幼い日の自分を重ねていた。
(「ショコラ兄様の手は、あたしにとっていつも温かい魔法の手だな‥‥」)
遠くに見える兄の背は優しくも逞しく感じ、チョコは淡い微笑を浮かべる。
「よしよし、今日もブラッシングをしますからね」
連日の寝不足で霞む目を擦り、ショコラは馬車を引く馬の背を撫でた。
「ずっと手入れをしてくれてたのか‥‥ありがとう」
「‥‥フレッドさん? よくぞご無事で。お怪我はありませんか?」
「ああ。サブナクとその配下のデビルは無事に掃討されたからな。戦ってくれた皆のお陰だ」
ここまで必死で馬を飛ばして来たのだろう。フレッドは荒い息で微笑むとユリシスから降り立った。
「フレッドおにーちゃん、お疲れ様なの〜♪」
「ティー、元気にしてたか?」
駆け寄り抱きついて来た新たな妹を、フレッドは優しく抱き止める。
「アリシアはどうしている? 無理をしていないだろうか?」
「彼女のお顔を見れば、フレッドさんも村ではどうだったかわかるでしょう?」
くすりと微笑むショコラの視線の先に、村人に囲まれたアリシアの笑顔があった。
(「よくぞご無事で‥‥」)
フレッドの到着を知ったアイリスは、ユリシスに水を飲ませているその姿を遠くから見つめる。
「声をかけて来てあげなよ。きっと待ってるよ?」
チョコはアイリスに抱きついた後、そっとその背を押す。頑張っての想いを籠めて。
「ご無事、で‥‥いらっしゃいますね?」
「ああ。アイリスこそ疲れてはいないか?」
向けられる笑顔と言葉、そして何よりもその無事が嬉しい。
空回りする程に案じ、無事を確かめて安堵しをずっと繰り返していた。
「あなたの幸せが、己の最たる望み‥‥そこに、一遍の嘘もありません。それなのに苦しくて、どうして良いのか判らなくなってしまったのです」
彼の成長を目にする度に、降り積もって来たものが‥‥隠し通そうと思っていた、抱いてはならない想いが溢れ出す。
「だから、一度だけ。一番に頼れと言うその言葉に、甘えさせて下さい」
聖職者ではなく女性の顔で、アイリスはフレッドを見つめた。
「何時からであったか‥‥覚えておりません。あなたをお慕いしております。1人の、殿方として」
「アイ、リス‥‥」
思いがけない告白に、瞳から伝わる熱に。
フレッドは掠れた声で大切な女性の名を呼ぶ事しかできなかった。
持参した物を一同が寄付すると、村人達は感謝の言葉と共に笑顔の贈り物を返してくれた。
チョコが描いた看板を馬車の中から眺めながら、一同は帰路に着く。
夕暮れの中で煌めく村の灯は皆の心に優しく灯り続ける。いつまでも、いつまでも────。