【色の無い世界】漆黒の獣

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月22日〜01月27日

リプレイ公開日:2008年01月29日

●オープニング

 あの日を境に、世界から色が消えた。
 この痛みをわかる者などいないだろう。
 空虚な心を満たすものは、何も無い。

 燃えるような夕日に照らされた男は肩で荒く息をしていた。心臓の音が五月蝿い位に頭の中で鳴り響いている。
 手にした剣から滴り落ちるのは汗ではない。ぬらりと光る赤黒い血である。
「私は、また‥‥」
 男は剣を手放すと、がっくりとその場に膝をつく。彼の目の前にはならず者5人の亡骸が横たわっていた。全員がかなり逞しい体躯をしているが、その表情から死の間際に相当の恐怖を感じたのが読み取れる。
「ひぃっ、化け物っ!」
 男の背後で震えていた女性は乱れた衣服を直す間もなく、その場から逃げ去ってしまった。
「何だよ、礼くらい言ってもバチは当たらねぇのになぁ」
 呆然と女性を見送っていた男は、背後から聞こえた声にゆっくりと振り返った。
「いつからそこにいたんだ、シェダル」
 問いかけられた赤毛の優男────シェダルはへらっと軽薄な笑いを浮かべる。
「最後の一人を殺る時から。しっかし相変わらずあんたは女が絡むとキレるね」
 シェダルの言葉に男は押し黙り、先ほどの戦いを思い出していた。
 嫌がる女性に襲いかかっているならず者達を見た時、男の中で理性が弾け飛んだ。そして気づいたら全員を殺めていた。途中の記憶はほとんど無い。
「ま、依頼達成したから問題ねぇけど。帰ろうぜ、レグルス」
 シェダルに促され、レグルスと呼ばれた男はよろよろと立ち上がる。褐色の肌に浮かぶ汗はすっかり冷え切っていた。

 レグルスとシェダルは存在すら知られていない小さな義勇軍の一員だった。そこに集まる者は本名と過去を捨て、力ない人々の為に剣を振るう。モンスターより人間相手に戦う機会が多い事を除けば、冒険者達と何ら変わりはない。
「おい、次の依頼は冒険者との共闘らしいぜ」
 汗と血を綺麗に流し終え、アジトに戻って来たレグルスにシェダルが詰め寄る。
「人数が足りないからか。こっちは誰が行くんだ?」
「オレとお前だけだよ。少数精鋭ってヤツ?」
 二人は義勇軍の中でもかなりの腕前の持ち主だった。彼らが関わった依頼は今まで失敗した事が無い。
「なあ、冒険者は女性限定で募集しねえ?」
 明らかに浮き足立っているシェダルをレグルスは渋い顔で見つめる。彼の女好きに今まで何度迷惑を被ってきたかわからない。誰彼構わず手をつけ、本気にさせてあっさりと捨てるのだから性質が悪い。
「冒険者は村娘みたいに非力じゃない。あんたがキレる心配もないって」
 レグルスは女性が危険に晒されているのを目にすると、理性が焼き切れる程の憤怒の念にとらわれてしまうのだ。そしてまるで獣のように相手の息の根を止めるまで攻撃を止めない。いや、止められないのである。
 狂気じみた戦い方をする彼は普段の温厚さからは考えられない豹変ぶりも相まって、仲間達からも恐れられていた。そしてつけられた仇名は『漆黒の獣』である。我を忘れている時のレグルスの瞳は夜の闇より暗く、凄まじいまでの殺気を放つ。
「‥‥いざとなったらオレが止めてやるよ」
 シェダルは孤独なレグルスの唯一の理解者であり、絶対の信頼を置くパートナーでもあった。

 ほどなくして、冒険者ギルドにレグルスからの依頼が張り出された。
 依頼内容はキャメロットから1日半ほど離れた小さな村を我が物顔で蹂躙している盗賊達の討伐である。
 数は全部で10人。しかしそこら辺のならず者と違い、腕は立つようだ。村人は皆彼らの要求に従っているので、幸いまだ犠牲者は出ていないらしい。
 自分達を討伐しに来たと知れば、盗賊達は村人を人質に取るだろう。いかに気づかれずに潜伏できるかが鍵である。

●今回の参加者

 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5171 桐沢 相馬(41歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0161 コバルト・ランスフォールド(34歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2288 ソフィア・ハートランド(34歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

円 周(eb0132)/ ベアータ・レジーネス(eb1422)/ レン・コンスタンツェ(eb2928

●リプレイ本文

●顔合わせ
 集合場所の酒場で依頼人を待つ冒険者達の前に黒髪の精悍な青年が姿を現した。
「レグルスだ。協力、感謝する」
 依頼人レグルスは短く挨拶をすると、握手を求めるように大きな手を差し出してきた。
「ショコラ・フォンスです。よろしくお願いします」
 真っ直ぐにレグルスを見つめ、ショコラ・フォンス(ea4267)は握手を応じる。するとレグルスの後から細身の男が顔を出してきた。
「オレはシェダル。美女3人と一緒だなんて楽しくなりそうだぜ」
 シェダルは赤毛を掻き上げながらソフィア・ハートランド(eb2288)にウィンクをする。
「残念だが私は円卓の騎士の妻を目指している。まぁ、私を守ってくれるなら考えなくもないぞ」 
 少しだけ望みを持たせるようなソフィアの言葉にシェダルは「喜んで」と言い、彼女の手にキスを落とした。
「あんな奴だが腕は確かだ」
 レグルスは困ったような顔で相方をフォローすると、羊皮紙に書かれた地図を広げた。
 地図はこれから向かう村の見取り図だった。村は四方を森に囲まれていて、入り口は一つしかないようだ。獣除けの為に周りを背の高い木の柵で囲んでいるので入り口以外から侵入したり逃げるのは不可能に近い。
「これは櫓か?」
 コバルト・ランスフォールド(eb0161)は村の中央に小さな建物が書かれている事に気づく。
「入口だけでなくここにも見張りがいる可能性は高いですね」
 神妙な面持ちのマロース・フィリオネル(ec3138)にレグルスは無言で頷いた。その様子を見つめながら、桐沢相馬(ea5171)は円やレンの話を思い出していた。
 レグルスが『漆黒の獣』と呼ばれ恐れられているようにはどうしても見えなかった。しかし人は大抵何かを抱え込んでいるものだ。機会があれば相談に乗りたいと思う相馬だった。
 村の北に位置する1番大きい建物は村長の家のようだ。そこを根城にしている可能性が高いと全員が思っていたが、まだ断言は出来ない。
 推測を確かな情報にする為にベアータがダウジングペンデュラムで「盗賊の頭」と「見張り」について調べるが、占いに通じていない彼ではくわしい事はわからなかった。
(「義勇軍、ねぇ」)
 フィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)は昔に思いを馳せながら、感傷的な表情を見せるのだった。

●作戦会議
 目的地の村は鬱蒼と茂る森の中にあり、盗賊達が隠れ家にするには最適の場所だった。
「見張りは常時入り口に二人、櫓に一人いるわ。交代時間と順番はきちんと決まってるみたいよ」
 フィオナは説明をしながら地図に見張りの位置と人数を書き込んでいく。
「彼らの根城は村長宅で間違いないようです。余程警戒しているのか、ここから滅多に出てきません」
 食料や酒は村人に運ばせている事と、村人は心身共に衰弱しているようだとショコラは付け加えた。一同は2日間の偵察結果を元に、作戦を練り始める。
「被害を出さない為にも変装して潜入するのが1番だな」
 相馬の言葉に全員が頷く。満場一致で潜入は旅商人を装って行う事となった。
 そして討伐時はレグルスを中心とした陽動班とシェダルを中心とした安全確保班に分かれ、連携して盗賊達を討伐する。村人に危害が及ばない様、速やかに討伐を終わらせなければならない。

「なんだ、マロースはあーゆうのが好みなわけ?」
 不服そうなシェダルにマロースはそういう意味で知りたいのではないと説明する。
「彼の『暴走』を止めたいんです」
 兆候やサインがあれば、それを目にした瞬間にメンタルリカバーをかければ止められるのではないかとマロースは思っていた。が、シェダルは見た事のない険しい表情で頭を振る。
「気持ちは嬉しいけど、魔法でどうにか出来るほど簡単なモンじゃないよ」
 口調は穏やかだったが、そこにははっきりとした拒絶が感じられた。安っぽい同情ならほっといてくれと言わんばかりに。

●潜入
「売り物は酒だけか?」
 無精髭を生やした頭らしき男はソフィアとマロースを舐めるように見つめている。
「勿論ご所望ならご用意できますよ」
 シェダルは色欲に負けていとも簡単に警戒心を解いたこの男を内心で馬鹿にしながらも、にこやかな顔で答える。
 マロースによる完璧な変装が功を奏し、一向は難なく村へと潜入する事が出来た。村の酒も食料も尽きかけていたらしく、警戒される所か歓迎すらされているようだ。
「それはありがてぇ。ここの酒も女も飽きてきたからな」
 下卑た笑いを浮かべる男に対して湧き上がる怒りを抑えつつ、ソフィアは自分の1番近くにいる村人の方へわざと積んであった食料を転がした。親切にそれを拾ってくれた村人に近づくと、小声で囁く。
「安心しろ、あたし達は味方だ。今夜奴らを討伐する。絶対に家の外に出ないように皆に伝えておいてくれ」
 その言葉に村人は盗賊達に気づかれないように目で頷いた。
 マロースが用意した発泡酒は飲み飽きたと言う頭に、シフール通訳に扮したフィオナが明日にでも上等のワインを届けると約束する。
「女も忘れずにな。なんならそこの細っこい兄ちゃんも買ってやってもいいぞ」
 男娼扱いされたショコラは俯きながら、唇をきつく噛み締める。温厚な彼でさえ吐き気を覚えるほど、盗賊達は下品で汚らわしかった。

●討伐
 日が落ち、辺りは夜の闇に包まれた。いよいよ盗賊達との戦いが始まる。
 陽動班のレグルス、コバルト、相馬、マロースは交替の見張りが現れたのを確認すると、一気に茂みの中から飛び出した。
「ついに来やがったか!」
 取り乱す様子もなく武器を構えている盗賊達に前衛のレグルスと相馬はジリジリと近づく。そして二人が武器を振り上げたと思った刹那────。
「ぐあっ!!」
 コバルトのビカムワースが一瞬早く標的の体力を奪う。為す術もなくがっくりと膝をつく男の体をレグルスの剣が無慈悲な程のスピードで切り裂いた。コバルトの魔法で次々と盗賊達の体力を奪い、着実に止めを刺していく。
「櫓の見張りを逃がすな!」
 相馬が叫ぶのとほぼ同時に、マロースは櫓から降りようとしている見張りの動きをコアギュレイトで封じる。すぐさま安全確保班のシェダル、ショコラ、ソフィア、フィオナの4人は見張り達の屍を飛び越え村へ突入していった。
 櫓の上で動きを封じられた男は恐怖に顔を歪めながら、1番に辿り付いたソフィアの魔槍の餌食となった。息一つ乱さない彼女にシェダルはひゅうと小さく口笛を吹く。
「惚れ直したぜ」
「感心してないで働け、優男め」
 この状況で軽口を叩き合える二人を頼もしく思いながら、ショコラは村人の姿がないか注意深く辺りを見回した。目に見える範囲にある家屋はひとつとして明かりがついていない。扉も固く閉ざされているようだ。
「皆いい子にしてくれてるわね。あっちも終わったみたいよ」
 遠くの家屋の確認を終え戻って来たフィオナは笑顔でレグルス達の無事を報告する。残る敵は村長宅にいる5人のみである。レグルス達を合流した後、彼らを外に誘き出さなければならない。

●暴走
 シェダルがプットアウトの魔法を唱えると、灯りである炎を失った数人の男達が慌てて村長宅から飛び出してきた。あえて消さずにおいた焚き木を中心に一同は盗賊達を取り囲む。
「ここは任せたぜ」
 シェダルの言葉にレグルスは頷くと、目の前の盗賊に斬りかかっていった。そしてシェダルもショコラとソフィアを伴って村長宅へと走り出す。
 薄暗い視界の中で目を凝らしていると、フィオナがこちらに向かって飛んできた。その後に頭の姿を確認したソフィアが攻撃を仕掛けるが、紙一重の所でかわされてしまった。ショコラの攻撃も斧で受け止められてしまう。
 戸惑う二人に頭はにやりと笑うと、お返しとばかりに斧を振りかざしてきた。力強い攻撃に防戦を強いられ、互いに決定打を与えられずにスタミナだけを消費していく。
 しかし己だけを守ればいい者と他者も守らなければならない者の疲労の差は大きく、ついに二人はその場に膝をついてしまった。勝機とばかりに頭が襲いかかる。

 ガキイィィン!!

 金属が激しくぶつかり合う音が響いた。間一髪、駆けつけたレグルスが攻撃を受け止めたのである。
「大丈夫ですか?」
 マロースは軽症を負った二人にリカバーを唱える。しかし彼女がレグルスから注意を逸らした一瞬の隙にそれは起こった。
 暴行を受けたと思われる女性が覚束ない足取りで村長宅から姿を現したのである。その姿を目にした瞬間、レグルスの中で思い出したくない記憶と怒りがごちゃ混ぜになり、爆発した。
「────ッ!!」
 獣の咆哮の様な叫びに怯んだ頭の力が僅かに緩み、体勢が崩れた。それを見逃さずにレグルスは素早く頭の腹を斬り付ける。しかしそれは決定打にならず、今度はレグルスの肩に斧が突き刺さった。鮮血が滴り落ちる。
 しかしレグルスは何事もなかったかのように頭の脚を斬り付けた。怒りで痛覚が鈍っているのか攻撃の手を緩めない。
 それは凄惨な光景だった。既に事切れた頭にレグルスは何度も何度も剣を振り下ろす。
「もう止めて下さい!」
 マロースはレグルスに必死でしがみ付いた。悲痛な叫びにレグルスの動きがぴたりと止まる。
「あなたは‥‥何て顔で戦っているんですか」
 マロースの声が震える。血塗れの顔は怒りでも殺気でもなく、哀しみに満ちていた。

「ねぇねぇ、漆黒の獣っていうらしいけど下の方もそうなの?」
 村からの帰り道。フィオナは先程から真面目なレグルスをからかっていた。
「大した事ないって。オレのがスゴイよ〜?」
「‥‥はいはい」
 横から口を挟んできたシェダルをフィオナは冷たくあしらう。
 その隣でショコラはレグルスが過去に恋人を失ったのではないかと思っていたのだが、結局尋ねる事が出来なかった。
 戦いを終え穏やかに微笑むその顔を曇らせたくなかったから。