●リプレイ本文
●花嫁まであと少し
マール・コンバラリア(ec4461)が企画した合同結婚式に向けて、会場となるレオンの屋敷は賑やかな忙しさに包まれていた。
「シチューは煮込めば煮込むだけ美味しくなる‥‥♪」
料理作りに励んでいるのはメイド服姿のレン・オリミヤ(ec4115)だ。
レオンが用意した食材はどれも素晴らしく、特にシチューに使っている鶏肉は噛む必要がないくらい柔らかく味も絶品である。
「ミシェル、味見してみて」
「はぁ〜‥‥」
ミシェル・コクトー(ec4318)の口元へとスプーンを差し出すレンだが、肝心のミシェルは溜息ばかりで心ここに在らずだ。
「もしかしてわたしと同じ? 結婚式に参列者参加だから残念‥‥?」
「‥‥ちょっと違いますわね。簡単に言ってしまうと殿方達に対してのヤキモチですわ」
首を傾げるレンからスプーンを受け取り、ミシェルは優雅にシチューを口に含む。そしてにっこりと笑いながら「とても美味しいですわ」とレンの頭を撫でた。
「マールさんにヒルケさん、そしてシエラさんに初めて会ったのは、もう2年前の1月でしたっけ。あのお料理教室で仲良くなって、夏も冬も春も一緒に過ごして‥‥結婚なんてまだ先の事だと思ってたけど、それが『明日』なんですもの。時が経つのはなんて早いのかしら」
「‥‥うん。いつの間にか『大人』になった気がする」
「レンさんならこの新婦の父親の様な気持が分かるでしょう? 新郎が憎らしい気さえしますもの」
そう言いスン、とミシェルは鼻を鳴らす。
思い出を振り返っていたら感極まってしまったらしい。
「いい子いい子‥‥」
レンはよしよしとミシェルの頭を撫でる。
「こうなったら主役達よりも楽しんでしまいましょう! 心からの笑顔と祝福が、何よりのプレゼントだと思いますもの」
「結婚式にちゃんと参加するのは初めて‥‥だから楽しみ♪」
2人は再び微笑み合い、料理を再開する。
ちなみに魔の料理人ミシェルは味付けには一切関わらず、明日は盛り付けのみを担当する予定だ。
「ルイスさん、とびきり美味しいお料理作ろうね♪」
「ええ、私の料理人生命に懸けて珠玉の料理を作りますよ」
そこに恋人に成り立てラブラブでアツアツ真っ盛りのミリア・タッフタート(ec4163)とルイスが台所に姿を現す。
その仲の良さと言ったら、独り身のミシェルとレンの目に毒な程だ。
「ルイスさん、いつの間に料理人を自称する様になりましたの?」
「こ、これは言葉の文と言いますか‥‥」
「ルイスさんはミリアにとって世界一の料理人さんだよ〜♪」
「ミリアさんにそう仰って頂けると、何だかそんな気がしてきました‥‥えへへ」
嬉しそうに頬を染めながら頭を掻くルイスに、ミリアはぎゅうっと抱きつく。
「ルイスさんは台所で頑張ってね! ミリアはお肉取りいってきまーす♪」
「気をつけて下さいね?」
いそいそと狩りに出かけるミリアを弛み切った笑顔で見送るルイス。
そのすぐ後にミシェルに扱き使われたのは言わずもがな、である。
「四葉のクローバーないかなぁ? 狩りをしながらさーがそっと♪」
恋人の不運を知らず、ミリアは鼻歌を歌いながら花嫁達に贈る四つ葉のクローバーはないかと野原に視線を彷徨わせるのだった。
「新年早々に仲良し3人組の結婚式か。めでたさも3倍やな♪」
自分達の式と同じ様に新郎新婦達に祝福の花びらの雨を降らせてあげたいと願うジルベール・ダリエ(ec5609)は、妻のラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)と一緒に純白の花を摘んでいた。
レオンの屋敷から少し離れた場所で見つけた2種類の花は香りが良く花嫁に相応しい清楚な白い花だったが、これだけだと色味が少し寂しい。
「あっちにピンク色の花が見えるな。あれも加えようか‥‥ってラヴィ、どうしたん?」
「ジルベールさまもやっぱり大きなお胸がお好きですか?」
「ふへっ?」
突拍子の無い質問に、思わずジルは間抜けな声を漏らす。
どうしてこんな質問をするのかと思考を巡らせ、先程までラヴィが手伝っていた花嫁達の衣装作りが原因だろうとの結論に行きつく。
「あんな、ラヴィ。俺はラヴィのが何でもいっとう好きやねん。それに胸は俺が揉めばすぐに大きくな‥‥あたっ!」
「ジルベールさまのえっち! 最低ですわっ!!」
真っ赤な顔でぽかぽかとジルの胸板を叩くラヴィ。
その仕草を愛しいと思いながら、ジルはラヴィを身動きが取れないくらい強く抱き締めた。
「仕様ないやろ。ものすごーく愛してんねんから」
「ジルベールさま‥‥」
ラヴィは頬を薔薇色に染め、夫の口付けを受け入れる。
そんな2人を茂みから恨めしそうに見つめるルームが一匹。ジルの相棒(?)るーちゃんだ。
『ううっ‥‥僕も可愛い女の子とちゅうしたいよう。でも殆どが恋人持ちだし、フリーの2人は鞭を持ってお仕置きしてくるし‥‥カモン、ノーマルで可愛い子っ!』
さすがは女の子大好きルームのるーちゃん。結果はさておき、ジルの監視の目を掻い潜りしっかりと女子のお尻を追い回したようである。
「‥‥るーちゃん、窓拭きはもう終わったんか?」
『あひいぃっ! ま、まだですっ!』
「だったら今から一緒に帰って掃除しよか? その白くてふわふわの毛ぇはよぉ埃を絡め取ってくれそうや」
『ルームは純白のふわふわが命っ! やめ‥‥あぁっ!』
「ふふっ、お2人は仲良しさんですわね♪」
ずるずるとジルに引きずられて行くるーちゃんの隣で、新妻ラヴィは夫の黒さには気づかずにっこりと微笑んだ。
「何だよ、ラヴィみたいに人の胸をじーっと見つめて‥‥」
シエラはヒルケイプ・リーツ(ec1007)の羨ましげな視線に眉根を寄せる。
明日花嫁となる3人の乙女はシルフィによる最終フィッティングの真っ最中だった。
「‥‥持つ者は持たざる者の気持ちなんてわからないんですよね」
「また胸の話か。キルシェはお前の貧乳‥‥いや、微乳か? ま、どっちでも変わんないよな。とにかく、それで良いって言ってんだろ?」
「ひ、酷過ぎますっ! マールさんも傲慢たる巨乳シエラさんに何とか言ってやって下さいよ〜」
涙目で助けを求めるヒルケの隣で、シエラはじーっとマールを凝視している。
「な、何?」
「シフールの基準ってのが良くわからないけど、マールってスタイルいいよな。いつもごてごてした厚ぼったい服ばっか着てたから気付かなかったけどさ」
「人の服に対して随分な言い草ねっ! それに私は別にっ‥‥」
「確かに出る所がちゃんと出てて、均整がとれてますよね」
「ヒトのボディーバランスに換算すると、マールさんはスタイル抜群ですよ♪」
真っ赤な顔でおろおろするマールに、乙女3人は遠慮なく視線を這わせる。
「私、脱いだらすごいんです、ってやつの典型だな」
「マールさんも『そちら側』の人なんですね‥‥しくしく」
「ほらほらヒルケさん、泣かないで下さい。いざとなったら胸に詰め物が出来ますし‥‥」
「いいえ、私は在りのままの胸で勝負しますっ!」
ヒルケの良くわからない花嫁の誓いに、3人から笑い声が漏れる。
一方その頃、花婿となるレオン、キルシェ、アゼルは薔薇の花を買いに市場へと訪れていた。
ジルから教えてもらった12本のバラを愛しの花嫁達に贈る為である。
「やってみたかったんだよな、これ♪」
「私もだ。古くから伝わるものだからな」
「知らなかったのは俺だけか? ヒルケに申し訳が立たないな‥‥」
キルシェは溜息をつき、目の前に並ぶ色取り取りの薔薇を見つめる。
昔、ある男性が結婚を申し込む為に女性の家を訪ねる途中、野に咲く薔薇を12本摘んだ。
その薔薇に『永遠・真実・栄光・感謝・努力・情熱・希望・尊敬・幸福・信頼・誠実・愛情』の意味を託し、生涯の変わらぬ愛の誓いと共に愛しい女性に捧げるのだ。
女性がその中からひとつを選び男性の胸に差したなら、それは結婚の承諾の証。
ちなみにこの風習がブーケやブートニアの始まりとも言われている。
「どの色にするか迷うが、やはりヒルケには白が1番似合うな‥‥」
「マールにぴったりなのは淡いピンク色だよな!」
「一生に一度の式だ。どうせなら思い切って深紅の薔薇はどうだ?」
レオンが手にする薔薇は情熱の色。普段は照れてしまうが、晴れの日ならば‥‥。
数分後、3人はほくほく顔で深紅の薔薇を抱え家路を急ぐのだった。
その日の夜。
女子陣と男性陣はそれぞれ同性トークを楽しんでいた。
「なあ、皆はどんな家庭を目指してるん? 子供は何人欲しいん?」
ジルはワインを片手に笑顔でメンズ達に尋ねる。
「俺は思い遣りを忘れない家庭を目指してるねん。子供は二人欲しいなー。‥‥ま、あの照れ屋さん相手に子作り出来るのはまだ先になりそうやけど」
「愛があれば我慢できる! って事で頑張って耐えろ。俺は笑顔の絶えない明るい家庭にしたいな。子供はマールにそっくりな女の子の双子が良い!」
「‥‥嫁に出す時に辛いぞ?」
「うっ、うるせー! キルシェはどうなんだよっ!?」
「ホッと落ち着く温かい家庭が良い。子供はヒルケが望むなら何人でも」
突拍子もなく大胆になるキルシェに驚きつつ、アゼルはレオンに視線を移す。
「私は、い、いつまでも新婚の様な家庭が理想だ。それに子供は出来るだけたくさん欲しい‥‥って、何を言わせるんだっ!」
「照れることあらへんやろ。ずーっとらぶらぶでいちゃいちゃしたいんは俺も同じや♪」
珍しく動揺しているレオンの肩をジルは笑顔でポンポンと叩く。
「そんでルイスさんは?」
「私ですか? まだプロポーズもしていないのに、気の早い話です‥‥」
「願望語るだけなら罰は当たらへんって」
「で、では失礼して‥‥私は冒険者としてあちこちを旅するミリアさんが帰って来た時、心から安らげる様な家庭にしたいです」
咳払いの後に語られたのは、ミリアへの愛を胸に描く家庭像だった。
「今は彼女が好き過ぎて、子供の事までは考えられません。そりゃあ欲しいですけれども、もしも授からなくても私の気持ちは変わりませんし‥‥」
「ルイスさん‥‥あんたはええ男や。男惚れしたわ!」
「わあっ! 私にその手の趣味は‥‥!」
破顔したジルに抱きつかれ本気で慌てるルイスに、男子陣から笑い声が巻き起こった。
一方こちらは女子サイド。
「さ、明日の為にいい加減寝ましょうよ。寝不足はお肌の大敵よ」
「ずるいぞマール! 自分の番が来たからって逃げるなよっ!」
「私も恥ずかしさに耐えて暴露したんですから、さあっ!」
「大丈夫。話し出せば止まらなくなるから‥‥」
「ミリアは何を聞かれても平気だもーん」
「もっとルイスさんと親密になったら、人に話せない様な秘密が出来ますよ♪ ねっ?」
「ラ、ラヴィはまだそこまではっ‥‥!」
きゃいきゃいと騒ぐ乙女達の輪から離れ、ミシェルはずずーんと落ち込んでいた。
(「まさか‥‥まさかフレッドが1番のダメンズだったなんてっ!」)
大好きな親友達を盗られる腹癒せにと、ミシェルが独断で旦那(彼氏)査定を行ったのはつい1時間前の事。
見事べスト・オブ・ダメンズに選ばれた男性に挙式後にちくりと嫌味を言ってやろうと思っていたのだが、各人のデートでの振る舞いを質問形式にして尋ねていった結果、ダントツでフレッドがダメダメだったのだ。
フレッドの行動は全てミシェルの想像なのだが、それが寸分違わず合っている自信があった。
(「女心を全くわかっていないし鈍感だし、仕事や馬の事にしか興味のない朴念仁をどうして私は好きになったのかしら‥‥」)
そう自分に問いかけてみるものの、答えは決まっていた。
(「明日が最高の一日になりますように‥‥」)
花嫁と花婿となる6人は、そう祈りながら眠りに着いた‥‥。
●あなたの笑顔は私の幸せ
そして祝福の朝が訪れる。
「私が来たからには百人力ですわよっ♪」
式に招待されたレミーは嬉々として着付けやメイクに取りかかって行く。
本日は主役のマールに代わりラヴィが補佐を務めていた。
「マールさま、ヒルケイプさま、シエラさま、この度はほんとーにおめでとうございますっ! 皆様にとって最良の日となれますよう精一杯努力させて頂きますわね♪」
先輩花嫁であるラヴィは自身の式当日のドキドキを思い出しながら、笑顔で3人を美しい花嫁へと変身させていく。
「お式の前にウェディングドレス姿の花嫁さんを見たらダメなんだよ! だから花婿さんはミリアが通せんぼしまーす!」
そして花嫁達の控室の前に両手を腰に当てて立ち塞がるのはミリアだ。
彼女が纏っているのは、いつもの口調にそぐわないほどセクシーで体にぴったりとフィットしたレザードレス。大きく開いた胸元は意外にも豊かめである。
「わーーーっ! アゼルさんは見ちゃいけませんっ! さっさと花婿控室に帰って下さいっ!!」
「な、何だよっ!? おわっ!」
『わんわんっ!』
『きゃんきゃんっ!』
慌ててミリアを背に庇うルイスに呼応するように、首にリボンを結んだ愛犬ケルとコルもアゼルを追い立てる。
仕方なく退散するアゼルを見送った後、ミリアに振り返ったルイスは真っ赤な顔で問いかける。
「ミリアさん、その格好は‥‥」
「もしかしてこのドレス、似合わない?」
「とっても似合ってます! 似合ってますけど、その‥‥」
「えへへ、良かった〜。ミリア、ドレスってこれしか持ってないんだ。ほら、足が見えるの〜♪」
そう言い一回転をする脚線美や胸の谷間につい視線を奪われたルイスは、たらりと垂れる鼻血を隠す様に慌てて鼻を押さえた。
「そ、そのドレス一枚じゃ風邪をひきますよ? 式の時はストールを羽織って下さいね。きっちりと胸元を隠して!」
「はーい♪ ルイスさんって心配症だね〜」
無邪気に微笑むミリアにつられて微笑みながらも、ルイスはその鈍感さに心の中で男泣きするのだった。
全ての準備を終え、手を繋いで緊張の面持ちで控室を後にする3人は、心の中で全く同じ事を考えていた。
大好きなあの人に綺麗だと言ってもらえますように、と‥‥。
2階の控室前に横一列となって並んだ花嫁達の美しさに、一同は感嘆の溜息を洩らす。
言葉もなく熱っぽい視線を送るのが精いっぱいの白いタキシード姿の花婿達は、妻となる愛しい女性の前に跪き12本の深紅の薔薇を捧げた。
受け取った薔薇のひとつをはにかんだ笑顔で花婿の胸に差す乙女達に、この身の誉れとばかりにグローブの上から恭しい口付けが落とされる。
年長者のレオンがシエラの手を取り、1階の客間へと続くヴァージンロードを歩き出す。
屋敷内に響くのは『I pray for you─あなた達を愛しています─』とのミシェルの願いを籠めた祝福の歌。
「触れるのが恐れ多いくらい、今日の貴女は綺麗だ」
「あ、ありがとう‥‥レオンもすごく‥‥素敵だ」
11本となった薔薇の花束はそのままブーケとなり、花嫁達の手にしっかりと握られている。
純白に金糸の刺繍の施されたカーペットを一歩一歩踏み締める度、紅潮していくシエラの頬。
彼女が纏うのはシンプルなマーメイドラインのウェディングドレス。
背中が綺麗に見えるデザインも程良く長いトレーンもショートベールと相性抜群。全てがラヴィのアイディアだ。
「‥‥参ったな。綺麗過ぎて誰の目にも触れさせたくなくなる」
「私もです。キルシェさんは私だけの王子様ですから‥‥」
ふわふわと夢見心地のヒルケは紅を引いた唇で柔らかく微笑み、キルシェと共に階段をゆっくりと降りて行く。
エンパイアラインのウェディングドレスを纏う彼女は可憐な女神そのもの。
ノースリーブのドレスを支える小振りの真珠達が首の後で儚く揺れ、ロングトレーンとロングベールが清楚さを際立たせる。
「マールはいつだって可愛いけど、今日はすっげー綺麗だ」
「誰よりもあなたに褒めてもらえる事が嬉しいわ。大好きよ、アゼル‥‥」
優しい笑顔に潤む瞳で微笑み返し、マールはそっと彼の腕に身を委ねる。
マールが纏うのは、薄いチュールを何段も重ねたティアードが愛らしいプリンセスラインのウェディングドレス。
パフスリーブと同じ様に曲線を描くショートベールの裾がふわりと舞い上がる。頭上で輝くのは3人お揃いのティアラだ。
「皆‥‥とっても綺麗‥‥」
3人の花嫁姿に見惚れながら、昨夜こっそりと楽しんだドレスの手触りをレンは思い出す。
皆で枕投げをして騒げなかった寂しさが吹き飛ぶくらい、親友達は美しかった。
「僭越ながら神父さま役を務めさせて頂きますわ」
ローズキャンドルの仄かな香りを感じながら、ラヴィは豪華な聖書を読み上げて行く。
(「ラヴィ、よう頑張っとるな。偉いで」)
ジルは2つの意味でこみ上げる涙を、誰にも気づかれない様にそっと拭う。
やがて式は誓いの言葉と指輪の交換へと進んでいく。
レオンとシエラは凛とした声で互いへの愛を誓い、震える手で互いの手に指輪を嵌め合った。
「新郎キルシェさま。あなたは妻となるヒルケイプさまに生涯の変わらぬ愛を誓いますか?」
「‥‥はい。誓います」
「新婦ヒルケイプさま。あなたは夫となるキルシェさまに生涯の変わらぬ愛を誓いますか?」
「は、はい、誓いますー!」
思わず裏返るヒルケの声に、隣でキルシェがぷっと吹き出す。
「ゴ、ゴメンなさいっ!」
「いや、気にしないでくれ。お陰で緊張が解けた」
キルシェも緊張していたのだと知ったヒルケの左手薬指に、可憐なる菫の花が嵌められる。
そしてヒルケもキルシェの指にシンプルなデザインの指輪を嵌めるのだった。
「新郎アゼルさま。あなたは妻となるマールさまに生涯の変わらぬ愛を誓いますか?」
「はい、誓います! 絶対に浮気はしないしマールを悲しませたりもしませんっ!」
「アゼル、もうちょっと大人しく‥‥」
慌てて諌めるマールだが、返って来た明るい笑顔にそれ以上は何も言えなくなってしまう。
「新婦マールさま。あなたは夫となるアゼルさまに生涯の変わらぬ愛を誓いますか?」
「はい、誓います。このやんちゃなわんこくんのご主人様は私以外には務まらないもの♪」
マールはウィンクの後に小悪魔スマイルを浮かべた。
2人らしい誓いの言葉に一同が微笑む中、マールの左手薬指に幸福の人魚の涙が嵌められる。
アゼルの指に嵌められるのは、小さな犬の足跡を内側に彫り込んだ指輪だ。
「さあ皆さま、誓いの口付けを‥‥」
ラヴィの合図を受け、3組のカップルは夫婦として初めて唇を重ねる。
それは幸せをもたらす甘く幸せな口付け。
否が応でも自分とフレッドの姿を重ねてしまったミシェルは、ちらりと隣に立つ彼を見上げる。
(「フレッドも私みたいに想像しているかしら? だとしたらその相手は誰ですの?」)
切ない想いを籠めて見つめていると、視線に気付いたフレッドは淡く優しい微笑を浮かべる。
その笑顔に気持ちを押さえられずにそっとフレッドの手を握ると、彼は一瞬だけ体を震わせたものの、その手を解く事はなかった。
「最後にラヴィから花婿さまへアドバイスがあります」
ぺこんとお辞儀をした後、ラヴィは花婿達の顔を見つめる。
「女の子は時々ちょっぴりワガママを言ってみたり気分屋さんだったりする事もあります。でもそれは全てお相手の方を心から信じているからですわ。そうしてちょっとだけ、お気持ちを試してしまいたくなる時もあるのです」
誰にでも笑顔で接する優しいジルを独り占めしたい。
自分だけをみてくれなきゃ嫌だ。
自身の結婚式の後に告げた本心と自分だけに見せるジルの甘い笑顔を思い出しながら、ラヴィは言葉を続ける。
「ルイスさま、キルシェさま、アゼルさま、そんな時は何も言わずに、ただ抱きしめて差し上げて下さいませね。そうして素直なお気持ちを伝えて下されば、それだけで女の子は幸せなのですわ♪」
ラヴィが語るのはこの世界で恋に生きる乙女全ての本心。
いじらしくも可愛らしい想いを知った花婿達は、湧き上がる愛しさのままにそれぞれの最愛の伴侶を抱き寄せた。
「お屋敷の中だけじゃ勿体ないよ! 青いお空の下で、幸せのお花の雨塗れになっちゃおう♪」
ミリアの元気のいい合図に微笑み、アリシアは花嫁達にお揃いの純白ケープを羽織らせる。
そして客間のドアから庭へと続く新たなカーペットの上を歩く3組の夫婦達に、祝福の言葉と共に白とピンク色の花びらが降り注ぐ。
「今日この場所で結ばれた3組のご夫婦が、永久の幸せと慈愛神さまの光に満たされますように♪」
『よーに♪』
ラヴィの口調を真似し、月のエレメンタラーフェアリーのダフネは上空から籠一杯の花びらを振り撒く。
冬の陽射しを浴びはらはらと舞い降りる花雨の中、夫婦達は2度目の口付けを交わした。
「「「せーのっ!」」」
3人の花嫁達が一斉に放ったブーケは、ミリア、何故か張り切っていたジル、そして同じく空気の読めないるーちゃんがゲットした。
後者2人は乙女達の冷たい視線に晒され、泣く泣くブーケをミシェルとレンに譲るのだった。
●あなたに出会えて良かった
再び屋敷の中に戻った瞬間に結婚パーティーの幕が明けた。
皆が協力して綺麗に飾り付けた一室に、腕によりをかけた料理が次々と運ばれてくる。
それから程なくしてジルが持参したもの初めとしたワインが次々と開けられ、一同は幸福の美酒に酔い始める。
「夫婦円満の秘訣は我慢せずに何でも言い合う事ですわ。でも言ってはいけない一線を越えてはいけませんよ?」
既に出来上がっているレミーは上機嫌で夫婦の何たるかを説いている。
「この度は素敵な式にお招き頂きありがとうございます。皆様がとっても幸せそうで、幸せのお裾分けをして頂いた気分ですわ♪」
「皆、結婚おめでとう。式に招いてくれた事に心から感謝している。末永く幸せにな」
花の様な笑顔を見せるアリシアの隣で、フレッドは爽やかに微笑む。
「それにしても花婿さん達は大丈夫かしら。随分とレミーさんに飲まされてるみたいだけど‥‥」
「レオンは酒に強いから問題ないぞ。心配なのはお前達の旦那だな」
「キルシェさんも平気ですよ。レオンさんと呑み比べして勝ったって言ってましたし‥‥」
「って1番心配なのはアゼルじゃない! あんなに真っ赤になって!」
慌ててアゼルに駆け寄ろうとするマールの目に、見兼ねて花婿達からレミーを引き離すジルの姿が映る。
「レミーさん、それくらいにしとき。俺がお相手するから‥‥な?」
「まあ、本当ですの? ではあちらでお待ちしてますわ〜♪」
ジルの誘いに瞳を輝かせ、レミーはあっさりとその場から退散する。
素直過ぎる彼女に苦笑いを洩らした後、ジルは花婿達にセットの木製スープボールを手渡す。
時を重ねるごとに色あいが深まり優しい風合いになるチェリーを使ったそれはジルのお手製。マール達の分はキチンとシフールサイズである。
「末永く愛し合って、数年後には今よりもっとお互い掛け替えのない存在になってる様な、そんな結婚生活を送って欲しいなっていう願いを込めとる。奥さんと同じ様にずっと大事にしてや?」
「ありがとう。夫婦生活の先輩としてこれからも頼りにさせてもらうよ」
「綺麗な器だな。これならヒルケの手料理がさらに美味しく食えそうだ。ありがとう‥‥」
「ジル〜、俺が女だったら絶対にお前に惚れてんぜ。マジでありがとなぁ〜」
3者3様の感謝の言葉を笑顔で受け取り、ジルは宣言通りレミーの相手をするべく席を立った。
笑顔と笑い声は絶える事なく続き、辺りが夕闇に包まれた頃──
「祝福の流れ星だよ☆ みーんな、幸せになぁーーーれ!」
ミリアの魔法の弓からダブルシューティングEXで放たれた矢が、夜空に黄金の軌跡を描く。
「るーちゃんさま、よろしくお願い致しますわ」
レミーにたんと呑まされてしまったジルに膝枕しながら、ラヴィはぺこんと頭を下げて合図を出す。
『全く、仕様がないご主人様だなぁ』
るーちゃんがファンタズムを唱えると、矢の輝きが見えなくなるのと同じタイミングで庭一面に無数のキャンドルの幻が出現する。
流れ星から地上の星へ‥‥幻想的な光景の中、ルイスが超特大ウェディングケーキを手に姿を現した。
「皆さん、ケーキ入刀とファーストバイトの時間ですよ」
「わー、大きなケーキだ〜!」
「ミリアさん、今日だけは我慢ですからね?」
「うん、切り分けてもらうまで『待て』だもんね!」
ミリアは幸せと言う名のスパイスが効いた極上の料理を食べ、ケーキを食べたい衝動を我慢する。
3組の夫婦は一斉にケーキ入刀をし、幸せそうに甘いケーキを食べさせ合う。
「ちょっと大き過ぎたかしら?」
マールはアゼルの口元に付いたクリームを指で拭い、ぺろっと舐め取る。
そして次の瞬間に周囲から巻き起こった歓声にハッと我に返り、その頬を真っ赤に染めた。
「幸せがいっぱい‥‥」
「レンさんみーっけ!」
皆の輪を離れぽーっと月を見上げていたレンの背に、ほろ酔いのミシェルが思いっきり抱きついてきた。
ぎゅっと自分に抱きつく腕が震えている事に気付き、レンはミシェルを黙って受け入れる。
「ずっと空回りしてばかりで、向き合うのを避けてましたの。自分の中の妬みとか引け目とか‥‥弱さとかに。それを克服する為、旅に出るつもりですけど‥‥でも!」
その頃フレッドは数分前のミシェルの真摯な瞳を思い出していた。
「変わっていくあなた達を見て、私も心を決めましたの。好きですわ、フレッド。愛してます‥‥」
暫しの沈黙の後。
何かを言いかけたフレッドの唇を人差し指で押さえ、ミシェルは形の良い唇で『Not Love But Affection』と呟く。
そこに籠められた想いは熱と共にフレッドの胸に突き刺さっていた。
(「この想いが愛なのかどうかは分からないけど‥‥でも貴方の望みは、きっと愛ではないのでしょうね」)
ミシェルは心の中で呟き、レンに抱きつく腕に力を籠めた。
やがて夜も更け、パーティーは6人を代表してヒルケの言葉で締めくくられる。
「あ、明けましておめでとうございます♪」
しかし思いもよらない第一声に、全員の頭上に浮かび上がるのは?マークだ。
「冒険者になってもうすぐ三年、色んな事があって、色んな人と出会って、大切な人が出来ました。その人と一緒になる事が出来て、お祝いしてくれる人達がいて、私、本当に幸せです!」
でもそれは一瞬の事。
涙ぐみ震える声で感謝の言葉を告げるヒルケに、皆の温かい眼差しが集う。
「そしてマールさんとアゼルさん、シエラさんとレオンさんも本当におめでとうございますー♪」
最後は幸せな泣き笑いであった。
誰ともなく抱き合う花嫁達に、親友である乙女達も泣きながら駆け寄る。
そして全員が口にしたのは言葉尻こそ違えど「何があってもずっと友達だから」と言う一言だった。
パーティーの後片付けをしながら、ミリアは忙しなく動き回るルイスをじーっと見つめる。
(「ミリアもいつか結婚するとしたら、ルイスさんがキスで倒れなくなってからかなぁ?」)
ルイスの照れた顔が見たくなったミリアは、彼に駆け寄り正面から抱きつく。
「うわっ! ミリアさん!?」
「えへへ、妖怪くっつき虫だよ♪」
早くルイスが慣れる様にたくさんキスしようと思うミリアは、目が合った恋人に悪戯っ子の顔で微笑む。
「さては何か企んでますね?」
「ふえ? えへへ、内緒〜♪」
そう良い元気良く走り去っていくミリアを見つめるルイスの胸中にある想いも同じだった。
彼が意を決してプロポーズをするのは、もう少しだけ先の未来のお話。
「私の家族はフランク王国のホーヘンシュタウフンに住んでいます。いつか結婚報告をしに行きましょうね♪」
「ああ、近い内に行こう。それにしても故郷が同じとは奇遇だな‥‥」
「わぁっ♪ 運命みたいで嬉しいですっ」
満面の笑顔を浮かべるヒルケの銀髪を優しく指で梳きながら、キルシェは優しく微笑む。
「今更かもしれませんが、キルシェさんの名字って何て言うんですか?」
「今日からはヒルケイプ・アーデンハイトだな。気に入ってくれたか?」
ヒルケは何度も新しい姓を復唱した後、笑顔で頷いた。
人生最高の夜を過ごしながら、マールはそっとアゼルに寄り添う。
「私、昨日より今日の方がアゼルのこと好きよ。きっとこれからもどんどん好きになると思うの。変わらず愛し続けますって言ったけど、嘘になっちゃわないかしら?」
「愛が深まってくなら問題ないだろ? そんな事を心配してるだなんてホント可愛いな」
アゼルはマールの耳元でそっと唇を寄せる。
「俺、絶対にマールを幸せにする」
「あら、私は幸せにしてもらうつもりは無いわよ? 二人で一緒に幸せになるの。そうでしょう?」
愛らしく微笑むマールを抱きしめ、アゼルはとんでもなく可愛いこのご主人様には一生敵わないと心の中で呟いた。
アゼルとキルシェは愛しい少女達に己の過去を話して聞かせる。
狂化したハーフエルフに家族の命を奪われ復讐を胸に生きていた自分達は、レオンと出会い救われたのだと。
その詳しい経緯を聞きながら、マールとヒルケは深く強く乙女達と自分を結ぶ友情を愛おしむのだった。
「初夜‥‥どうだった?」
翌朝、レンの質問を真っ赤な顔ではぐらかす3人を、興味津々のミリアとミシェルが追いかけ回す。
その手で揺れるのはマールの感謝の気持ちがいっぱい詰まった焼き菓子のラッキーチャームと、ミリアが探し出した四つ葉のクローバー。
「お前達と出会ってから、あたしは怒ったり照れたり大忙しだ。でもそんな自分が嫌いじゃない‥‥って言うか、ええと」
シエラは照れ臭そうに微笑み、乙女達にガバッと抱きついた。
「あたしは‥‥お前達が大好きだ!」
素直な言葉に全員は笑顔で頷く。
乙女達の友情と幸福よ、永遠なれ────!