【お兄様と私】新たな季節の始まりを
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■ショートシナリオ
担当:綾海ルナ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月10日〜01月13日
リプレイ公開日:2010年01月20日
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●オープニング
甘い匂いの焼き菓子が詰まった籠を抱え、キャメロットの一貴族アマレット家長男のエイリークは見慣れた屋敷の門を駆け足で潜る。
冬に咲く花で彩られたロイエル家の庭園は美しく、少年に数週間前のほろ苦い出来事を思い出させた。
「前を向かなくちゃな、僕も‥‥」
ぽつりと呟いてある部屋の窓を見上げると、青いドレスに身を包んだハニーブロンドの髪の少女と目が合う。
彼女の名はアリシア・ロイエル。
ロイエル家の長女であり、エイリークの初恋の相手‥‥だった。
目が合うなり花の様に微笑み、遠くからでも分かる程に白く華奢な手を自分に向けて振るアリシアは、踵を返して窓から姿を消した。
きっと自分を迎えに来てくれるのだろうと思うと、切なさと共に心の奥が仄かに温かくなる。
(「この想いをすぐに消し去る事は無理だけど、いつかきっと1番の男友達としてアリシアさんを支えられるようになろう」)
数週間前、エイリークは意を決してこの庭園でアリシアに2度目の告白をした。
彼女がある男性を想っていて、この恋が実らない事は初めから分かっていた。そして想いを告げる事で彼女を困惑させてしまう事も。
けれども吐き出さずに恋心を終わらせる事は出来なかった。自分勝手だとわかっていても、想いを伝えて彼女自身の言葉で終わりにしてもらわなければ、前に進めない気がしたのだ。
「エイリークさん、いらっしゃいませ。外は冷えますから、中に入って下さいな」
それでも変わらぬ彼女の笑顔は救いであり、恋心の後ろ髪を引く。だがエイリークは友達として接していける事が嬉しかった。
(「心から貴女の幸せを祝福出来る様に強くなりますから‥‥だから、いつも笑っていて下さい」)
揺れる自らの心を隠す様にエイリークは微笑む。
ふわりと鼻を掠めるシトロンジャムの香りは甘酸っぱく、初恋の終わりの匂いがした。
エイリークを客間に案内した後、アリシアは紅茶の準備をしに台所へと姿を消した。
ソファに腰を下ろしたエイリークは、ロイエル家の優しくも落ち着く香りを胸一杯に吸い込む。アリシアが紅茶を手に戻って来た時に、自然に笑えるようにと。
「ん‥‥エイリーク、来てたのか?」
そこに休暇中のフレッドが、物憂げな顔で溜息と共に姿を現した。
「こんにちは、フレッドさん! って、どうしたんですか、その目の下の隈は!?」
「ちょっと考え事をしていてな。あまり眠ってないんだ」
エイリークの向かい側のソファに体を鎮め、フレッドは重い息を吐く。
「考え事って言うか、悩み事で眠れないって顔ですよ。お仕事でトラブルですか?」
「いや、仕事は頗る順調だ。こうして休暇が取れるくらいだしな」
「じゃあユリシスの具合が悪いとか?」
「それも問題ない。昨日遠乗りに出かけたらとても喜んでいた」
「だったら残るはひとつですね。ずばり恋の悩みでしょう? って言うか、もうお2人にお返事はしたんですか?」
エイリークの鋭い指摘に、フレッドの顔が見る見る赤く染まっていく。
ぱくぱくと口を動かした後、言葉が出てこない様子のフレッドは赤い顔で頭を振った。
「それで眠れないだなんてフレッドさんらしいですね。そんな優しい所に惹かれたんでしょうけど‥‥」
「お、俺には過ぎたる事だ。未だに信じられん」
「でもいつまでも待たせるのは男らしくないし相手に失礼ですよ。どちらも素敵な女性ですし、悩むのはわかりますけれどね」
恋に関しては先輩だと言わんばかりに、エイリークはフレッドの肩をぽふんと叩く。
「2人の想いを知ってから、共に過ごして来た時間を振り返っていたんだ。彼女達には何度救われたかわからない。特にセラとの再会後は‥‥」
そこまで言いかけて、フレッドは何かを思い立ったかの様に洋服の内ポケットを弄り出す。やがて出て来たのは一通の手紙だった。
「セラから近況報告の手紙が来た。あの教会で身寄りのない子供達と穏やかな日々を送っているらしいぞ」
「本当ですか!? 見せて下さいっ!」
エイリークはフレッドから受け取った手紙に目を通し始める。見覚えのある文字に目頭が熱くなり、セラの笑顔が脳裏に浮かんだ。
「アリシア宛にも来たんだが読ませてもらえなくてな。何て書いてあるのか物凄く気になるのだが‥‥」
「ぐすっ‥‥きっとラブレターですよ。セラさんは今でもアリシアさんの事を好きなんでしょうし」
「────今、何て言った?」
「ですから、セラさんはアリシアさんの事がずっと好きなんですって。僕と同じ様に‥‥あ」
フレッドの鈍感さに呆れ感情的になったエイリークは、自らの恋心まで告白してしまった。
恐ろしい形相のフレッドと目が合った瞬間、エイリークはずっと忘れていたある恐ろしい事実を思い出す。
フレッドはアリシアを溺愛している事と、彼女に近づく男性を片っ端から牽制していた過去を。
「フ、フレッド‥‥さん?」
「セラもお前もアリシアを狙っていたのか。俺が気付かないのを良い事に虎視眈々と! いやらしく魔手を拱いて!」
「いやらしくだなんて狙ってませんって!」
「良くも今まで謀ってくれたな。だが白状した潔さに免じて一思いに屠ってやるから安心しろ。何か言い残す事はないか?」
「ま、待って下さいっ! 僕もセラさんもきっぱり振られましたから! 他に好きな人がいるって!」
すっかり人の変わったフレッドはデビルよりも恐ろしく、背に背負ったオーラは暗黒の禍々しさだ。
本気で生命の危機を感じ取ったエイリークは、涙目で頭を振りながら余計な一言を洩らしてしまう。
その刹那、フレッドは血の気の引いた顔で目を見開き、一瞬で血色の悪くなった唇を戦慄かせる。
「アリシアに‥‥好きな男、だと‥‥っ!?」
「や、やばっ! 今の聞き間違いって事で勘弁して下さ‥‥ぐえぇっ!」
「それはどこのどいつだ!? どこの破廉恥な馬の骨だ!?」
「お、男のプライドにがげで言えまぜんんっ! 恋仇を売る様な真似ば出来な‥‥うぐぼああぁぁっ!!」
「アリシアの貞操の危機なんだぞっ!? こうなったら擽り続けて吐かせてやるっ!」
「あふっ‥‥あひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
すっかり見境のなくなったフレッドに擽られ続ける事十数分。
笑い過ぎて意識を失う間際、エイリークは一言「アリシアさんが一緒にいて、一番嬉しそうだった相手は誰ですか?」とヒントを洩らす。
それを聞き考え込むフレッドの脳裏に、ある男性が思い浮かぶ。
「そうか、あいつか‥‥ふふっ‥‥ふはははははっ!」
恐らく人生で初であろう高笑いを上げるフレッドの目は、全く笑っていなかった。
一方、自らの恋心が兄フレッドの知る事となり、その相手に様々な危機が迫っていると知らないアリシアは、立ち昇る紅茶の良い香りに瞳を細める。
もう少しだけ続く休暇をフレッドが楽しめる様にと出した依頼が、冒険者達の目に留まる様にと祈りながら。
「‥‥ずっとお兄様の笑い声が聞こえるけど、エイリークさんのお話がそんなに面白いのでしょうか? 私も早く聞かせて頂きませんと♪」
2度も想いを受け取れなかった後ろめたさは、こうしてエイリークが変わらずに遊びに来てくれる事で少しずつ和らいでいた。
言葉では伝えられない感謝を胸に客間に戻ったアリシアは、そこで目にした光景に我が目を疑うのだった‥‥。
●リプレイ本文
●それぞれの休日
ラティアナ・グレイヴァード(ec4311)は、ロイエル家を訪れた冒険者達にドレスの裾を摘んで可愛らしくお辞儀をする。
「あ・はっぴぃ・にゅ〜・いやぁ〜♪ ロイエル家にようこそなの〜」
そしてにぱっと可愛らしい笑顔を見せる彼女を、レミーは我慢できずにぎゅっと抱きしめた。
「ティーってば何て愛らしいんでしょうっ!」
「そんなに強く抱きしめたらティーが窒息してしまいますわ!」
アリシアとレミーに挟まれとても嬉しそうなラティを見つめていたリース・フォード(ec4979)は、次の瞬間にぶるっと体を震わせる。
「リースさん、どうしたの?」
「背中に悪寒が‥‥デビルかなぁ?」
マール・コンバラリア(ec4461)に答えている最中、リースは暗黒の形相のフレッドと目が合い、ピシッと固まる。
「ついにバレちゃったみたいね? でも、私はアリシアさんの味方だからどっちの応援もしないわよ?」
「うん、わかってるよ。それに俺だって後に引くつもりはないから」
態と不安を煽って発破をかけようとしたマールは、頼もしい答えに満足そうに微笑んだ。
皆で昼食を取った後、各自は思い思いの時間を過ごす。
「良かった、です。本当に‥‥」
セラの手紙を読み終えたアイリス・リード(ec3876)は安堵の息を吐く。
(「わたくしに、わたくしの在り処を教えてくれた、大切な人‥‥どうかセラさんの魂が安らかであります様に」)
セラの犯した罪は重く、幸せになとど安易に言えはしないとわかっている。
けれども彼の為に祈らずには居られなかった。
「フレッドさん? あ、あの、お砂糖はそれくらいで‥‥」
「‥‥くく‥‥くくくくくっ」
アイリスの声が聞こえないのか、フレッドはレミーに花霞を渡しているリースを見つめ邪悪な笑い声を洩らしていた。
砂糖を入れ過ぎて溢れ出す紅茶が彼の悪意(?)に見えて、アイリスはがたがたと震え出す。
(「リ、リィが危ない! でもどうすれば‥‥」)
親友を救いたい気持ちはあれど、愛しい人の気持ちも痛い程わかるアイリスであった。
その頃、ラルフェン・シュスト(ec3546)は町の片隅に白い花を手向け祈りを捧げていた。
(「どうか‥‥聖なる母の御許で安らかに」)
祈りの短剣に触れながら、思い起こすのはアスタロト襲来の悲劇。
こうして新年を無事に迎えられたものがいる一方で、失われた命があるのも揺るぎない事実なのだ。
「至高の愛の書を買いに行きますわよっ♪」
「気合いを入れて並ぶんだからっ」
ラルフェンが鎮魂の想いを胸に抱いている頃、ミシェル・コクトー(ec4318)とシェリーキャンのユノは、長蛇の列を目指し乙女道を駆け抜けて行く。
「乙女道にいらっしゃる方は、活き活きとした方ばかりですのね‥‥」
きょろきょろと辺りを見渡すアリシアの手を、隣を歩くチョコ・フォンス(ea5866)はぐいっと引っ張る。
「アリシア、ふらふらしちゃダメよ。さっきみたいに乙女的アイテムを売りつけら‥‥」
「そこのお嬢さん達! 新刊はいかがですかー?」
笑顔で怪しげな書物を勧める女性に引き攣り笑いを浮かべるチョコ。
その後方にはとぼとぼと歩くジルベール・ダリエ(ec5609)の姿があった。
「俺が奢るから、どーんと好きなもん頼んでや♪ とは言ったものの、容赦なさ過ぎや‥‥とほほ」
ジルは執事喫茶の料金に大量の乙女道的書物の代金を払わされたらしい。
「二重の意味で痛い出費やけど、おもろいもんも買えたし気にせんどこ♪」
そう自分に言い聞かせるジルが買ったのは、自分と義理の兄でもある親友との愛を描いた書物。
面白半分にそれを見せた彼がどんな顛末を迎えるか、それはまた別のお話‥‥である。
「エイリークは腹黒そうだし、絶対に年下攻めよ!」
「あら、フレッドの誘い受けもいけますわよ?」
本人達が聞いたら青褪めそうな会話をしつつ、列に並ぶミシェルとユノ。
しかし‥‥
「ゴメンなさい、完売ですっ!」
遠くから聞こえる無情な宣告に、がっくりと肩を落とす。
そして泣きっ面に蜂と言わんばかりに、ミシェルは熱を出し寝込んでしまうのだった。
●恋の微熱
「クッキー生地はサクサクしてると美味しいのよね♪」
翌日、チョコは兄からもらったレシピを手に、初のエッグタルト作りに励んでいた。
クッキーを細かく砕きながら鼻歌を歌ってしまうのは、セラが元気でいると知ったから。
「本当はミシェルにも手伝ってもらいたかったんだけどな。風邪をひいちゃったなら仕方ないわよね」
「まあ、美味しそうなクッキーですこと♪」
そこへレミーが通りかかり、勝手にクッキーを摘み食いし始める。
「お料理が上手になりましたわねぇ。とっても美味しいですわ♪ ところでお子さ‥‥」
「レミーさん、ありがと♪ でも子供はまだまだまだまだ先だからね?」
にっこりと笑顔で牽制しながらも、レミーやエリックの様な夫婦になりたいと願うチョコであった。
「もう熱は下がったな‥‥」
ベッドに横たわるミシェルのおでこに触れながら、フレッドはホッとした様に呟く。
「フレッド‥‥ゴメンなさい」
「謝る必要はない。明日のパーティーまでゆっくりと休んでくれ」
「はい‥‥絶対に元気に‥‥なります、わ‥‥」
ミシェルはフレッドの小指をキュッと掴んだまま、ゆっくりと眠りに落ちていく。
安心しきったその寝顔を優しい瞳で見つめるフレッドは、ラルフェンの言葉を思い出していた。
(「どうすれば俺自身が幸せになれるか、どんな未来へ歩みたいか‥‥か」)
片方を望めばもう片方の想いを裏切ってしまう様で申し訳なく、どちらの想いにも応えなければと思うから難しいのだろうとラルフェンは言った。
最高の幸せを叶えた時、喜びを分かち合い傍で笑いかけて欲しいのは誰なのか?
そう尋ねられた時、ふと先に浮かんだ笑顔‥‥それがフレッドの答えであった。
「フレッドさん、ちょっといい?」
ミシェルが眠る部屋から出て来たフレッドに、マールは不機嫌な顔で声をかける。
「構わないが、どうしたんだ? そんなに怖い顔をして‥‥」
「あら、わからないかしら? 私ね、はっきりしないフレッドさんに怒ってるの」
にっこりと微笑むマールは先程よりも迫力満点である。
「真剣に考えているのは判っているから見守るつもりではいるけど、私の大事な親友2人をいつまで待たせるつもり?」
「‥‥そうだな。2人には本当に申し訳ないと思っている」
「それに自分の恋愛も判らない人が、人の恋に口出ししちゃ駄目よ。だって説得力が無いもの。先に自分の方を何とかしたら?」
「自分の事については漸く答えが出た。後はどの様に返事をするかだ。それにあの2人が好き合っているのならば、俺にはどうする事も出来ないともわかっている」
真剣な表情でそう口にするフレッドだが、次の瞬間に飛び出さんばかりに目を見開く。
間抜けな顔に若干引き気味のマールがその視線の先を追うと、そこにはアリシアの手を引いて屋敷を後にするリースの姿があった。
「だが‥‥そう簡単には認められんっ!」
フレッドは階段を駆け下り、物凄い勢いで庭園へと駆け出した。
甘い花の香りの中、語られるのは過去と想い。
「俺はずっと奴隷で身売りをさせられてた。それに身体中に消えない傷がたくさんあるんだ。それでも‥‥あの日の言葉をもう一度言ってくれる?」
アリシアはリースから目を逸らさず、震えていた。
浮かんでは消える言葉。
震える心と唇。
一陣の風にブルーフェザーハットが舞った刹那、リースはアリシアに抱きしめられていた。
それは縋られている様な気がする切ない抱擁。
受け入れられるのと同時に強く求められている気がした。
「アリシア‥‥好きだよ。ずっと、たくさん待たせて、ごめん」
この気持ちがアリシアの『好き』と同じなのかはリースにはわからない。
だが彼女に抱く気持ちは特別だった。
「例え同情でも構わない。傍にいて俺に笑いかけてくれるのなら、アリシアを守ってあげたいし、守って欲しい」
「私があなたに抱く感情は、生涯愛情しかありませんわ‥‥愛しています、リィ‥‥」
待ち望んだ言葉と愛しい幸福を確認するかの様に、リースは胸の中のアリシアを強く抱きしめた。
「兄にとって妹って言うんは特別な存在なんやな‥‥」
言葉もなくその場を立ち去っていくフレッドを、ジルは遠くから見守っていた。
いつかはお互いの代わりに愛しい人を見つけ、それぞれ別の人生を歩いていくのだと思いながら。
●優しい決意
依頼最終日。
マールが用意した鏡餅、天の破魔矢、西洋門松がロイエル家に飾られ、一同は着物姿で新年を祝うパーティーを楽しんでいた。
「ティーね、ずっとディーと2人だけだったから家族が一杯居るの、嬉しくて楽しいの♪」
ラティはフレッドにぎゅっと抱きつき、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる。
「アリシアお姉ちゃん、リースお兄ちゃんと一緒にいるととっても嬉しそう♪ リースお兄ちゃんのこと大好きなんだね☆」
「‥‥ああ。そうだな」
「リースお兄ちゃんはいつ家族になってくれるのかな? 早く家族になって欲しいな♪」
「‥‥‥‥」
「フレッドお兄ちゃん‥‥?」
不安そうに見上げるラティの頭を優しく撫で、曖昧な笑顔を浮かべる事しかフレッドには出来なかった。
反対する理由など何もない。
だが、堪らなく寂しいのだ。
「このエッグタルト、美味しいですわ♪」
「ありがと、ミシェル。元気になったんだし、いっぱい食べてね!」
すっかり元気になったミシェルの頭を撫でるチョコは、リースが覚悟を決めた表情でフレッドを見つめている事に気づく。
「リース、逝ってらっしゃい♪」
「‥‥それって応援してくれてるの?」
「冗談よ、冗談! きっと大丈夫よ」
「チョコの言う通りですわ。ダメンズ検定ワースト1位と2位同士、わかり合えない筈がありませんもの!」
生温かい目の2人に苦笑するリースの肩を、ジルがぽんと叩く。
「リィ、安心し。骨は俺が欠片も残さず拾ったるからな!」
「お前にだけは死んでも拾われたくない」
ぷいっとそっぽを向くリースだが、その口元は微笑んでいた。
「エイリーク、一緒に来てもらえるかな?」
ポケットの中のエメラルドにそっと触れた後、リースはエイリークを伴い庭園で佇むフレッドの元へと向かう。
彼から手渡されたサファイヤを握り締め、アリシアはその背を見送った。
(「愛する妹なればこそ信じて見守るのも兄の務めだ‥‥と割り切れれば苦労はせんのだがな」)
フレッドの心情が痛いほど良くわかるラルフェンは、溜息をつきつつ出された甘味を口に運ぶ。
「んもう! お菓子ばかり食べてないで近況報告もして下さいなっ!」
「ああ、すまない。だが‥‥2人の事が心配じゃないのか?」
「子供の恋に親が口を出しては拙いでしょう? それにあの子達は幸せになれるって信じてますもの」
「母は強し、だな。俺はレミーの親としての深き愛や博き愛に教わる事は多く、励まされたんだ。ありがとう」
「私はあなたのその笑顔にメロメロですわ〜♪」
レミーに抱きつかれたラルフェンがちらりと視線を移すと、エリックは「仕様がない奴だなぁ」と大きなお腹を揺らしながら笑っていた。
「俺よりもアリシアをずっと幸せに出来る男がいると思う。だけど俺にはアリシアが必要なんだ」
リースは跪き、アリシアへの想いをフレッドに打ち明けた。
「彼女の優しさに、朗らかさに何度も救われて来た。生きていてもいいと思える様になった。そんな風に育ったのはフレッドの愛があったからだ。だから‥‥好きにしてくれ」
覚悟を決めるリースを、フレッドは険しい顔でただ見つめていた。
重苦しい沈黙の中、張り詰めた空気を破る様にフレッドはゆっくりとリースに近づく。
「ぼ、暴力反対ですっ!!」
「そうやフレッドさん! リィはちょっとツンデレで意地悪で怒ったら鬼の様に怖いけど、本気でアリシアさんを想ってるねん!」
エイリークとリースが心配で駆けつけて来たジルをフレッドは押しやる。
そしてリースの腕を掴み立ち上がらせた。
「リース、俺の目を見ろ」
「あ、あかん! リィを殺るなら、まず義弟のお‥‥」
「もっと自分に自信を持て。それが出来なければアリシアはやらん」
思いがけない言葉にジルとエイリークは目を見開く。
しかしリースはフレッドの目をまっすぐに見つめ、穏やな顔で頷いた。
「末長くよろしくな。だが、万が一アリシアを悲しませたら‥‥ただじゃおかないぞ?」
そう言いフレッドはにやりと微笑む。背に暗黒のオーラを背負いながら。
「うわっ。リースさんをいびる気満々ですよ」
「リィも腹黒やから渡り合えるやろ」
こそこそと囁き合う2人は、義兄弟の戦いの幕開けを見た気がした。
「未来のお医者さんに贈り物よ。恋愛成就のお祝いも兼ねて、ね♪」
「まあ、ありがとうございます!」
マールから赤い愛の石を贈られたアリシアは、傍らのリースに微笑みかけていた。
その様子を遠くから眺めているフレッドにアイリスはハーブティーを差し出す。
「‥‥ありがとう」
そう言い浮かべる笑顔をやはり寂しげで‥‥けれども少しだけ嬉しそうでもあった。
今ならば伝えられるかもしれない。
「フレッドさん、想いを告げた事で混乱させてしまい、申し訳ございませんでした」
「俺こそ‥‥返事を待たせてしまってすまない」
フッと表情を曇らせるフレッドに頭を振り、アイリスは逞しいその手にそっと触れる。
「ですが後悔はしておりません。あなたに出会えた事が幸運でした。想えた事が幸福でした。告げたのは、わたくしの最初で最後の我侭です」
揺れる碧色の瞳に、温もりに、抱え切れない想いがあの日の様に零れ出す。
「どうかご自身のお心の向うまま、選んだままの道をお進み下さいませ。その道の障りにだけは絶対になりたくありません」
アイリスはそう告げ、そっと席を立つ。
1人残されたフレッドは、椅子にもたれかかって天を仰いだ。
「エイリークさんって、恋が破れても友人として支える事を選べる強くて優しい人ね。良い恋をして成長したあなたに、幸福が訪れます様に☆」
マールに突然褒められ戸惑うエイリークの頭を、チョコはくしゃくしゃっと撫でる。
「いつの間にかいい男になっちゃって♪」
「や、止めて下さいよ〜」
エイリークの視界の隅に、ふと幸せそうなアリシアの横顔が映る。
これでいいんだと言い聞かせながらも痛む心は誤魔化せず、堪らなくなって目の前のチョコに抱きついた。
「少しだけ‥‥このままでいさせて下さい」
ぎゅうっとしがみ付く少年を抱きしめ返し、チョコは微笑む。
「うん。いいよ。気が済むまで‥‥ね」
優しい言葉を聞いた瞬間、頬を濡らすのは失恋の涙。
泣いている事に気づかないふりをしながら、チョコはふわふわ猫っ毛にそっと頬を寄せた────。