●リプレイ本文
●平和鍋‥‥?
立ち込める不穏な空気を感じ取ったリュシエンナ・シュストは、食材の詰まった籠をぎゅっと抱きしめた。
「チラッと『ロイエル家鍋』と兄様のいる『モル鍋』を見て来たけど‥‥明らかに危険そうだったわ」
2つのテントから半端ない闇鍋度を感じたリュシエンナは、自分が参加する鍋も例外ではないかもしれないと身を震わす。
「でも私は運命に抗うわ! 健全で絶品なリュリュ特製平和鍋を作る‥‥これぞ使命っ!」
きりっと表情を引き締め、決意も新たにリュシエンナは1番闇鍋度の低そうな『平和鍋』テントへと戻っていく。
「お帰りなさい。もう出汁は取っておきましたよ」
「ありがとうございます! ショコラさんが居てくれて良かった‥‥」
笑顔で鍋をかき混ぜているのは、料理人神聖騎士ことショコラ・フォンスだ。
「この激辛保存食とミルクで『ホットでまろやかピリ辛ミルク鍋』なんていかがですか?」
「いいねぇ。オレ、辛いの大好き。それとお前みたいに初心そうな女も」
ショコラの代わりに応えるのは、赤毛の優男シェダルだ。
ぐいっと腰を引き寄せられ、リュシエンナは真っ赤な顔で固まってしまう。
「‥‥女性に対して軽薄な所は相変わらずみたいですね」
ショコラは笑顔のままで、リュシエンナの腰に回したシェダルの手に熱々のお玉を押しつける。
「あっちぃ! 何すんだよっ!?」
「火遊びばかりしてると火傷しますよ? って言う忠告です」
穏やかな笑顔で凄まれ、シェダルは仕方無しにリュシエンナから離れる。
「お鍋だけだと寂しいですし、私は豚さんの丸焼きでも作って来ますねっ!」
リュシエンナは赤い顔のまま、調達してきた子豚を抱えテントの外へと飛び出していく。
「うおっ!? 危ねっ!」
その際に放り出した包丁が、シェダルの足元数センチ右に深々と突き刺さった。
「あははっ! シェダルってばだっさーい♪」
「うるせーな。お前こそ初っ端から酔ってんじゃねぇか」
「チョコ!? 空腹にお酒はすぐに酔いが回るって言っただろう?」
「ショコラ兄様ゴメンなさーい。だって美味しそうなお酒だったんだもん♪ ね、ミルファ?」
チョコ・フォンスは、へらっと笑いながら隣に座る少女に視線を移す。
「‥‥初めてだけど、お酒って美味しいのね‥‥ひっく」
「顔が真っ赤だぞ。少し横になった方がいい」
ミルファも彼女を心配そうに見つめるレグルスも、シェダルと同じ組織に属している。
「アルフさんとレネさんはいつ頃到着なさるか聞いてますか?」
「もうすぐ着く筈だ。シスター・フロリアとエディも来るみたいだぞ」
「ショコラ兄様、お腹空いたー。早く早くー♪」
ふらふらとした足取りのチョコは、甘えた表情でショコラに抱きつく。
「仕様がないな。すぐに作るから、いい子で待っているんだよ」
結婚しても無邪気な妹を抱きしめ返すショコラが浮かべるのは、何処となく嬉しそうな苦笑いであった。
「あの場に兄様が居なくて良かった。居たらあの人は斬り殺されてたわ」
未だ赤い顔で豚を丸焼きしているリュシエンナの脳裏に、笑顔で剣を抜く兄ラルフェン・シュストの姿が浮かび上がる。
「まだ焼き始めて時間が経ってないし、ちょっとだけなら‥‥」
仲の良いフォンス兄妹を見て無性に兄に会いたくなったリュシエンナは、こんがりと焼き上がった豚をそのままに、フルーツジャムを抱え駆け出した。
「お待たせしました。さあ、召し上がって下さい」
「こんな具だくさんの食事は久しぶりだぜ。なぁ、レネ!」
「‥‥そうね。でもフロリアが作ってくれるご飯だって美味しいわよ」
大興奮のエディとは対照的に無表情なレネ。
しかし再会を果たした実の兄アルフに頭を撫でられると、微かに嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ねぇねぇ、2人はいつ結婚するの?」
「そ、それは‥‥そのっ」
「春に指輪が出来るから、それからだな」
チョコの問いにフロリアは真っ赤な顔で俯き、アルフは照れ臭そうに微笑んだ。
「そっかぁ、良かったねぇ♪ 後はエリスだけかぁ」
「私の方は暫く『戦い』が続きそうです。ですが負けるつもりはありません」
コールチェスター領主の娘エリスは柔らかに微笑む。
その後方に控える彼女の護衛騎士ミュラーはやはり仏頂面であったが、変わらず元気そうである。
「よーし、あたしも鍋を作ってあげる! とりあえず何でも放り込めばいいのよね♪」
チョコは手当たり次第に食材をポイポイっと放り込む。
「ちょっとチョコさん! 今、変な野草を入れなかった?」
「この出汁を参考にしたいと思っていたが‥‥あっと言う間に紫色になってしまったな」
チョコが働いた事のある飲食店の店主フランツとその娘リザは、呆然と泡立ち始めた鍋を見つめている。
「よ、世の中は平和になったって言うのにっ‥‥やはりブランクがあるとは言え、此の身に染み付いた変態を呼ぶ香りは、カオスをも引き付けてしまうのかっ!?」
がっくりと肩を落とすのは変態依頼で名を馳せた森里霧子。
味を変えようとショコラに頼んでチーズフォンデュにしてもらった鍋は、食べる前に闇鍋へと変えられてしまった。
「愛! 裸武! ゆ‥‥あらーん、美味しそうな子豚ちゃんだコト☆」
すると外から聞き覚えのある不快な声が聞こえてくる。
食材は鮮度が命とばかりに仕掛けた罠に誘き寄せられた、キャメロット名物・変態だ。
「あぁんっ! エクスタシィの予感がすると思ったら、あんな所にエロスカリバーがあるじゃないっ☆」
「‥‥ちょっと行ってくる」
霧子はざわめくテントを後にし、変態の背後から斬りかかる。
「貴様なんぞ食えんわっ! 変態・即・斬っ!!」
「あーーーーっ☆」
嬉しそうな断末魔を上げ、変態は子豚の丸焼きと共に空高く飛んでいった。
「見た目と味は必ずしも比例しませんからねぇ。一口食べてみましょうか」
「では私も‥‥」
匂い立つ様な死闘の終わりに安堵し、フランツの店の従業員マリーとショコラはチョコ作成の闇鍋具材を口に運ぶ。
「‥‥‥‥」
そして2人は無言でにこっと微笑み合い、器を置いた。
「どんなにも不味くても笑顔を絶やさない‥‥これぞ正しく『平和鍋』ねっ♪」
その現況を作ったチョコは、突き刺さる非難の視線に全く気付いていなかった。
この後、皆の口の中が紫色になり、具合が悪くなる者が続出したのは言うまでもない‥‥。
●モル鍋の怪
時は少し遡る。
モルの快気祝いの名の元集まった『モル鍋』の住人達は、持ち寄った食材を次々に鍋へと放り込んでいた。
「闇鍋、楽しみです♪ 以前に食べた時も楽しかったですから」
「モルモルも色々ありましたし、体にいい物を食べさせないといけませんね。きっと愉快な鍋になりますよ」
笑顔のシルヴィア・クロスロードの隣で、フィーナ・ウィンスレットは愛用の錬金術師のおなべをかき混ぜ黒い笑みを漏らす。
「それにしても人参が多い鍋ですね‥‥って、アレはもしかして!?」
「ええ。進化の人参ですよ。もしかしたら誰かが進化するかもしれませんし」
涼しげな顔でさらりと怖い事を口にするフィーナ。
それを聞いてしまった雪切刀也はぶるっと身ぶるいをする。
「あああ、嫌な予感が‥‥鍋からひょろ長い人参の足が出てるしっ!」
「大丈夫です、あれは至って普通の薬用人参ですから。同じ地に生えるもの同士、出汁に使ったスクリーマーとも相性抜群の筈ですよ」
よくよく鍋を覗いてみれば、ド派手なキノコがぷかりと浮かんでいる。
「わ、私が先に荒布の杓子で海藻出汁を取っておきましたのにっ!」
「では海と山の粋なコラボレーションですね。1度で2度美味しいじゃないですか」
「これはまたオイシソウナ色だな、おい‥‥」
「見た目はアレですが、味は悪くないですよ? キノコですし」
確かこれは食える代物だと思い返し、刀也とシルヴィアは引き攣った顔で見つめ合う。
「カ、カオスな鍋になりそうですが、心を強く持ちましょうね!」
「ま、まあ、頑張ってみますか。うん、多分大丈夫‥‥だよね? 盛る鍋ぢゃないよねっ?」
「失礼な人達ですね。錬金術師たるもの、闇鍋と銘打たれたならば全力を出さねばなりません。安心して心行くまで食して下さい」
追儺豆を鬼にぶつけるかの如く鍋に放り込みながら、フィーナはキヨラカな笑顔を見せる。
‥‥誰だ、彼女に鍋作りを任せたのは。
「モル‥‥無事で本当に良かった。心配したぞ」
「会えて良かったです、モルさん〜♪」
最凶の闇鍋誕生を知らないラルフェンとカメリア・リードは、モルを兄貴分・姉貴分として構い倒していた。
「撫で繰り回すな、抱き着くなっ! 甘味が食えないじゃないか!」
「仕方ない奴だな。俺が食わせてやるよ。ほら‥‥」
グラディ・アトールはモルの手からふわふわのパンを受け取り、それを口元に差し出す。
何の抵抗も無しにそれにパクつき、モルは至福の表情で顔を緩ませた。
「‥‥美味い。もっと食わせろ」
「はわわっ。お2人からイケナイオーラが出てるです!?」
「モルにも恋人が出来たみたいだし、そんな事は‥‥ああぁぁーーっ!!??」
ラルフェンは彼らしからぬ大声で叫び、グラディがモルに食べさせているパンを凝視する。
「それは俺が楽しみに取っておいたシュクレ堂のパンじゃないか!」
「パリで有名な店のか? 焼き菓子もだがパンも美味いな‥‥もぐもぐ」
「人の甘味を盗み食いするとはいい度胸だな‥‥モル、ちょっとそこへ座れ」
ラルフェンは撫でていたモルの頭を掴み、強引にその場に正座させる。
そして延々と「人の甘味を奪うとはけしからん」と説教を続けるのだった。
その間、鍋作りに没頭するフィーナ以外の全員は、面白そうに生温かくモルを見守っていたとかいないとか。
「さぁ皆さん。つべこべ言わずにご賞味下さいませ」
フィーナは一同の顔を見渡し、キヨラカに微笑む。
「出汁はスクリーマーで味付けは高級葛粉と妖精の粉で刺激的に。ついでに隠し味にハーブエールをどぼどぼ入れました」
‥‥こうして地獄の宴が幕を開けた。
「お餅に色んな食材が纏わりついてるです‥‥あ、これは普通の人参千切りとトナカイさんのお肉ですね。美味しいです〜♪」
「カメリアが食べてるのは俺が用意した食材だな。では俺も‥‥同じ人参でもまるごとなのが取れたぞ」
「ラルフェンさん、それは薬用人参ですからご安心を。って誰ですか、なないろスイカを入れたのは」
「あ、私です。一緒に入れた愛情と言う名のスパイスも味わって下さいね、フィーナさん♪ これは変わった味のお肉‥‥でしょうか?」
「シルヴィアさん、それはダイナソアですよ。色んな意味で当たりってコトで。ん‥‥この食感は何だ?」
「そう言う刀也こそ当たりじゃないのか? 俺は試しにキノコを食ってみたが‥‥魔の出汁が染み込んでて不味かった‥‥うっぷ」
「グラディの言う通りだな。放り込んだ焼き菓子が激マズ出汁で台無しだ。こんなの食えたもんじゃ‥‥」
「モルモル、何か言いましたか?」
絶対零度の笑顔を浮かべるフィーナに、モルはふるふると頭を振る。
「あらぁ、相変わらずモルさんとフィーナさんは仲良しですね♪ 素敵です〜」
ほわんと笑顔を浮かべるカメリアだが、2杯目を口にした瞬間に涙目でモルに抱きついた。
「モルさ〜ん、何か変な小魚を食べちゃったですよ〜」
「そんな事でいちいち抱きつくな! 全く、仕方のない奴だな‥‥」
えぐえぐと咽び泣くカメリアはモルに少し乱暴に撫でられ、泣き笑いで彼を強く抱きしめる。
「もう、あんまりくっつくのは駄目かなって、思うですけどね‥‥もうちょっとだけ、こうさせて下さいです。そしたら、きちんと弟離れ、するですから」
モルが『此処に居る』事を確かめながら、カメリアはキャメロットから旅立つつもりだと告げる。
「そうか‥‥五月蠅いのが居なくなって寂しくなるな」
「でも、お式は呼んで下さいですよ? 教会に入れなくても、お祝いしたいのですもの♪」
耳を押さえながら、カメリアは微笑む。
モルが『此処にいる事』を確かめる様に、体を寄せながら。
「ほら、口直しにこれでも食え」
グラディは持参した甘味をモルに手渡す。
「もう体は大丈夫か?」
「ああ。頗る元気だ。食欲旺盛で困っている位な」
「そうか‥‥モル、バロールとの戦いの日々で俺に希望を託してくれた事、一度ちゃんと礼を言いたいと思っていたんだ。ありがとう」
「別に礼を言われる事じゃない。僕こそ聖剣の使い手となってくれて感謝している‥‥ありがとなっ」
ぷいっと視線を逸らすモルの頬は少しだけ赤い。
「初めて会った時から‥‥俺はお前が持つ魅力に惹かれていた。この先も傍にいてお前の成長を見届ける事が出来るのなら、それ以上に幸せな事は無い」
「‥‥ふんっ。好きにしろ」
「これからも友としてお前を支えて行くと誓うよ」
グラディは相変わらず素直じゃないモルの頭を撫で、器の中の鍋食材を口に運ぶ。
「うぐっ‥‥こ、これは‥‥!」
「おい、大丈夫かっ!?」
青ざめた顔でグラディは気を失い、そのままモルの膝の上で意識を失ってしまった。
その口元からコロンと転がり落ちたのは‥‥妖精の粉まみれのお餅だった。
「やれやれ、闇鍋なのか病み鍋なのか、わからんなぁ」
そっとグラディに毛布をかけ、刀也はモルの隣に腰を下ろす。
「色々とあったが、こうしてまた阿蒙に会えて嬉しい。豪州の国交樹立も果たせたし、このまま良い話が続くといいんだが‥‥」
「お前達が居れば安泰だろう。心配ばかりしてると禿げるぞ」
「‥‥だな。そうそう。剣の事だが、打ち直しの目途がついたよ。機会があれば、出来たものを見せられるかもしれない」
「それは楽しみだな。絶対に見せに来い。来なかったら承知しないぞ」
「ああ、必ず。それと、恋人さんを大事に‥‥ぐ、ぐうぅっ!?」
モルに微笑む刀也だが、突如首元を押さえて苦しみ始める。
「お前も餅が喉に詰まったのか!?」
「闇鍋にはアク代官とゆー、アク取りをすりゅ方がいりゅのですよにぇ♪ ありぇ、とーやしゃん?」
「これは‥‥刀也さんの進化が始まりましたね」
鍋の出汁となったワインでほろ酔いのシルヴィアを愛でながら、フィーナは嬉々とした表情で刀也を見つめる。
刀也が食した謎の食感の正体は進化の人参だった!
「うぐ‥‥うが、がが‥‥ううぅ‥‥きゃはっ☆」
‥‥はいっ?
「闇鍋サイコー♪ 残したら刀也がお仕置きしちゃうからっ☆」
「‥‥な、何が起こったんだ‥‥」
モルは突然の刀也の豹変ぶりに呆気にとられ、持っていた器を落っことした‥‥グラディの頭目がけて。
「熱ーっ!? 何するんだモル‥‥うわあぁぁぁっ!?」
「火傷しちゃったら大変っ! 刀也が舐めて治してあげるっ♪」
「や、やめてくれええぇぇぇ!!」
「グラディ‥‥お前の犠牲は忘れないぞ」
モルは素早く親友から離れ、ラルフェンの隣に避難した。
「お前、よくそんなに食えるな」
「パリの迷茶より酷いが、毒は入っていないし食えない事もない。大丈夫だ‥‥多分」
ワインでほろ酔い加減が幸いし、ラルフェンは味覚がおかしくなっている様だ。自分の分を完食した彼は、ジッとモルを見つめる。
「モル、お前を大切に思う人の心を置いてけぼりにする様な捨て身の無茶はもうするなよ。信頼はもっと別の形で表せる筈だろう?」
「‥‥わかっている。この恩は生きて返していくつもりだ」
素直なモルを見つめるラルフェンの眼差しは、兄様であり父の様でもあった。
「ったくお節介な奴だな。それに口煩い」
「おや、そんな奴を甘味の戦友と呼んだのはお前だぞ? 俺はそれに応えるさ」
「ふふっ、兄様ってばモル君が可愛くて仕方ないんですね♪ 仲良くフルーツジャムフォンデュはいかがですか?」
そこに甘い匂いの立ち昇る小鍋を持ったリュシエンナが現れる。
「これは美味そうだな。ありがとう、リュリュ」
「兄様、変な物は食べてないですよね?」
視線を逸らしたラルフェンに頬を膨らませながら、
(「兄、友達、恋人、父親、大人で子供、冷たく熱く‥‥そんな風に今は色んな表情を見せてくれる。それはきっと…皆との絆の息吹ね 」)
リュシエンナは幸せそうに微笑む。
「グラディくうぅ〜〜ん☆」
「来るな寄るな存在するなあぁぁっ!!」
変な方向に進化した刀也が暴走する、カオスなテントの中で‥‥。
●ラヴ&カオス鍋
レミーの謎の技術を駆使し、2つのテントを強引にくっつつけた『ロイエル家鍋』と『双珠鍋』は、どちらの鍋もぐつぐつと怪しげに煮え滾っていた。
「世界中の珍味が詰まった珠玉の鍋をご堪能あれですわ♪ おーっほっほっほっ」
熱燗を徳利ごと飲みながら、レミーは上機嫌に高笑いを上げる。
「メンタルリカバーを習得しておくのでした‥‥」
がっくりと項垂れカオスの予感に慄くアイリス・リードの隣で、リース・フォードはおたまを手に取った。
「ふ‥‥ダテにアンダーグラウンドで生きてたわけじゃない。レミー大王め、この勝負受けて立とうッ!!」
「俺だって負けんぞ! 先陣はもらったっ!」
リースに対抗意識を燃やすフレッドも、同時におたまで鍋具材を掬い出す。
「甘いよフレッド! 風のウィザードの俺に疾さで勝てると思ったら大間ちが‥‥辛ーっ!」
「疾風怒濤の食べっぷりをとくと見ろ、リー‥‥苦いぃっ!」
2人の手からほぼ同時に器が舞う。並んでもがき出す様は仲良し義兄弟そのものである。
「「ふ、2人とも大丈夫ですかっ!?」」
慌てて駆け寄るアイリスとアリシア。
しかしその視界の隅にひらりと帯が見えた瞬間、顔を見合わせてある人物へと視線を移す。
「何だか熱いですわ‥‥」
着物姿のミシェル・コクトーは慣れないお酒で体が火照ってしまったらしく、あろう事か脱ぎ出しているではないか。
いいぞ、もっとや‥‥
「「だめーーーっ!!」」」
‥‥ちっ。
アイリスとアリシアは頬を染め、全力でそれを阻止する。
「止めないで下さいなっ。弾けて壊れて脱ぐって決めたんですからぁ」
「その心意気、見事ですわっ! では私も自慢のバディを皆様に披露致し‥‥」
「「いけませんっ!!」」
先程から見事に声をハモらせ、2人は便乗脱衣をしようとするレミーも制止する。
息ぴったりなその様子に感心し、エルシー・ケイはいい塩梅の鍋を覗きこんだ。
「これが闇鍋でございますか? あらまあ、素敵ですね♪」
どこが!? と未だ悶え苦しむリースとフレッドは心の中でツッコミを入れる。
「持参したチョウザメは高級魚と言いますし、さぞ美味しいお鍋になりましょう‥‥あら? この見た事もないキノコは何でしょうね?」
臆する事なく食材を摘まんでいくエルシー。
『くええっ!』
それを見兼ね怪しげな食材を片っ端から毒見していくディアトリマ。見事な主従プレーである。
「このお魚は淡白で上品なお味ですわね。それに身がとっても柔らかいですわ‥‥はふはふ」
既に2人の犠牲者が出ている鍋をもりもりと食べる兵レミーに、エルシーは笑顔でお酌をする。
「レミー様にお名前を頂いてから、この子と絆が深まったようです。ありがとうございました」
「まぁ♪ それは何よりですわ」
「フィデリテ・ヤキトーリー‥‥どちらも素敵なので両方つけてしまいました♪」
告げられた名前に、レミーは盛大に熱燗を噴き出す。
その直射を受けたヤキト‥‥フィデリテは一瞬だけ怯み、エルシーの器から危険食材を食べ損ねてしまった。
「あら、このお肉は食べてもいいのですね? では頂きます‥‥はうっ!?」
『く、くええーっ!?』
「ああ、セーラ様が‥‥」
エルシーはセーラの幻を見たのか、幸せそうに微笑む。
そしてフィデリテの上にぱたりと倒れるのだった。
「鍋料理は初めてやな。ジャパンの食べ物は大概美味いから楽しみやね‥‥と思っとった。さっきまでは」
ジルベール・ダリエは青い顔で唸るリースとフレッドをちら見し、数十分前の自分の行いを猛反省するのだった。
激辛保存食、魔の肉、隠し味に林檎ジャムを投入し、
「大丈夫大丈夫。美味いものと美味いもの足したら、もっと美味くなるに決まってるやん♪」
と根拠のない事を笑顔で言い放った自分を。
(「とりあえずあの2人に食わせて被害を最小限度に留めようって思っとったのに、もう潰れてたら意味無いやん!」)
‥‥何と姑息な!
「ジルベールさま、そろそろラヴィ達も頂きませんか?」
ラヴィサフィア・フォルミナムは夫ジルをじーっと見つめる。
この惨状を見ても尚挑もうとするのには訳があった。
「ラヴィが何を取っても代わりにジルベールさまが食べて下さだなんて、頼もしい旦那さまですわ♪」
「お、おう! 俺に任しとき! はは、はははは‥‥」
鬼角ヘアバンド+セクシーレザードレスの可愛い小鬼さんのお願いを断れる訳もなく‥‥。
「見て下さいな、ジルベールさま! 何気なくお鍋を掬ったら、ピリカの茶柱が立ってましたわ。これで運が上昇ですね♪」
「これはイケる‥‥俺はあの2人の様にはならんっ!」
「ではお先にどうぞ♪ ふうふう‥‥あーん♪」
「あーん♪」
ジルは顔を弛ませ、ラヴィが差し出した鍋具材を頬張る。
「美味しいですか?」
「うん、ラヴィが食べさせてくれたから美味‥‥はぶうっ!?」
「ジルベールさまっ!?」
因果応報とは正にこの事。
しかもジルが喉に詰まらせかけてるのは、ラヴィ持参の桜蕎麦が絡みついたレーションリングだった。
食べられないものは入れてはイケマセンよ?
「ど、どうしましょう‥‥しっかりして下さいませっ!」
おろおろと涙目のラヴィの手を、ジルはそっと握る。
「チューしてくれたら‥‥治る思うねん」
イケメン台無しのたこチュー顔でラヴィに迫るジル。
断り切れずにラヴィが覚悟を決めたその瞬間‥‥
「万年発情期め、これでも食ってろ!」
「うぐぼあぁっ!?」
いつの間にか回復したリースが、黒い笑顔でジルの口に真っ赤な団子を突っ込んだ。
カランと地に落ちる器の中で、茶柱が儚く倒れる。
「リィ兄さま、酷いですわっ!」
「ふんっ。俺は知ーらないっ」
ジルを膝枕し介抱するラヴィに非難され、面白くないリースはアリシアの隣で鍋を再びパクつき始める。
「このお野菜は何でこんなに毛深いのでしょう‥‥」
「大丈夫だよ、アリシア。俺が守ってあげるからね」
しかしアリシアに良い所を見せようと、途端に張り切り出し毛深い謎野菜を代わりに食べてあげる優しさを発揮。
「ありがとうございます、リィ‥‥まぁ、今度は緑色のお肉が‥‥」
「それも俺が食べてあげるよ‥‥うっぷ」
その後も延々とアリシアが掬った危険度高の具材を食していくリース。
しかしものには限界がある。
胃腸への累積ダメージが重症になりかけたリースは、フレッドの皿にイボイボの触手を突っ込んだ。
「な、何をするんだっ!」
「フレッドが食べなかったらアリシアが食べる羽目になるんだよ? 兄ならば妹を守るのが筋ってものだろう? 兄ならばッ!!」
カッと目を見開きゴリ押しをするリースに府に落ちないものを感じながらも、フレッドはそれを渋々口にする。
「ぐはあっ! ‥‥リース、謀ったな!」
「アリシアー、何だが気持ち悪くなって来ちゃったから膝枕してー♪」
フレッドを無視し、リースはアリシアにごろにゃんと甘え始める。
「なっ、何て破廉恥なっ! こうなったらあの謎甲殻類を食わせてやる‥‥!」
嫉妬に燃えるフレッドは邪悪な顔で鍋に近づく。
(「リィが危ないっ!」)
それに逸早く気づいたアイリスは、フレッドの手をががしっと掴んだ。
「フレッドさん、アリシアさんに嫌われてもいいのですか? それに‥‥わたくしは、こんな酷い事をする方は嫌いですっ」
アイリスの涙目非難攻撃!
フレッドの精神に瀕死級のダメージ!!
ふらふらと倒れ込むフレッドに、更に酔いの回ったミシェルがぎゅっと抱き着く。
「フレッド〜、このまま時を止めて下さらない?」
「えっ?」
「笑って、泣いて、愛しい人がいて‥‥今が一番幸せなのかもしれないわ」
ミシェルは潤んだ瞳で微笑む。
「そ、そんな事はない。もっと幸せになれるさ」
「そう言うと思った。でもね、違うの。貴方がいるから幸せ、貴方が幸せだから私も‥‥」
ミシェルはそこまで口にすると、フレッドの膝の上にかくりと倒れ込む。
アイリスは戸惑うフレッドに優しく微笑み、眠りに落ちたミシェルにそっと毛布をかけるのだった。
「フレッドさん、何かすっごい久しぶりな気がする。元気にしてた? ってお取り込み中だった?」
ユリゼ・ファルアートはフレッドの肩に置こうとした手を慌てて引っ込める。
「いや、大丈夫だ。ユリゼも鍋を楽しんでるか?」
「うーん、それなりに‥‥かな? 珍し過ぎて良さが分からなかったけど」
意地でも「不味い」とは言わないユリゼである。
「お口直しに香草茶を淹れるわね」
「すまないな。助かる」
「どういたしまして♪ それと、自分の気持ちに素直にね?」
私じゃ説得力がないけど、と言う言葉を飲み込み、ユリゼは爽やかな笑みを浮かべる。
(「モル君も元気そうで良かった。後は‥‥相方の呪いを解く為に頑張るだけね」)
その為にははっちゃけて元気をもらおう。
そう思うユリゼが投入したホーリーガーリックは、お隣の『双珠鍋』にて威力を発揮していた。
「辛ーーっ! くっさーーーーっ!!」
ヴィタリー・チャイカの相棒・ルームのミカヤは、大混乱でテントから飛び出していく。
(「シンディを口説こうとした天罰だ‥‥ふふっ」)
ミカヤの口にまるごとニンニクを突っ込んだヴィタリーは、シンディに気づかれない様に悪い顔で微笑む。
(「それにしてもミカヤの奴、好きとか肉食系とか煩いんだよな。俺はシンディがエフネの後を継いで頑張ってるそうだから、息抜きにどうかと思って誘っただけなんだ」)
何となく寂しそうな顔をしていたから気になっただけだと言い聞かせるヴィタリー30歳の冬。
「また会えて嬉しいわ、ヴィタリーさん‥‥」
「お、俺もだよ」
どうやら一足早く春が訪れた様だ。
「そうだシンディ、鍋ばっかじゃなくてキエフ名物ピロシキを食べないか?」
「わぁ、ありがとうっ! 釣って来てくれたチョウザメも美味しかったし、食べ過ぎて太っちゃうかも」
そう言い無邪気に微笑むシンディに、ヴィタリーは頬を赤く染める。
「シ、シンディ。春になったらキエフに遊びに来ないか?」
「えっ? それって‥‥」
「デートとかそう言うんじゃなくてだな‥‥ぐぶっ!?」
照れ隠しに鍋を摘まんだヴィタリーの口の中で、ジャリッと巻き貝の貝殻が砕ける。
「大丈夫? お茶を飲んでっ!」
「あ、ああ‥‥すまない」
ヴィタリーの背中を摩っていたシンディは、その頬にちゅっとキスを落とす。
「!!??」
「さっきのお誘い‥‥デートだったら喜んで」
ウインクをするシンディに、ヴィタリーは超高速で頷いた。
「ふふっ、カップルさん誕生ですね。それに皆で食べる鍋は美味しいです」
クリステル・シャルダンは2人を微笑ましく見つめながら、笑顔でチーズが絡まった林檎を食している。余程不味くなければOKらしい。
「それにしても、どうしてこの様な鍋になったのでしょう? おかしいわ‥‥」
出汁も調味料も普通の物を使い、具は健全な野菜と鶏肉団子とお餅。
外れの具も梅干しにしたのにと、クリスは首を傾げる。
「明らかに原因はアイツだろうな」
彼女の呟きを聞いたシエラは、不機嫌な顔でヒルケイプ・リーツを見つめる。
釣果と称し彼女が鍋に投入したのは、ぼろぼろの傘、貝殻、巻貝の貝殻、魚の骨、大きな貝殻とどれも食べられないものだった。
「お陰であたしの旦那は傘に沁み込んだ得体のしれない液体を飲み込んじまったんだ。全く‥‥」
「まぁ、それは大変ですわ。胃に効く薬草を用意しましたから、使って下さいませ」
クリスは薬草を取り出し、シエラに手渡す。
「ううっ‥‥薬用人参は不味いです」
魔の鍋創造者のヒルケは、泣きながら人参を飲み込む。
「そうか? 体に良さそうだが‥‥むっ。これは魚の骨だな」
「ゴメンなさいっ! それは私が‥‥」
「ヒルケが入れたなら食わないとな。歯応えがあって美味いぞ。こっちの貝殻も食えなくはない」
「キルシェさん‥‥ワイルドで素敵ですっ♪」
ぽわーんと目をハートにするヒルケに褒められ、キルシェは珍しく頬を染めてもくもくと鍋を食べ進める。
「スクリーマーって初めて食ったけど、案外イケんのな」
「‥‥そうね」
マール・コンバラリアは夫アゼルの隣で、唐辛子がくっついたお餅を水ごと飲み込んだ。
「無理すんなよ。気持ち悪くなったら大変だろ」
「でも一度手を付けた物はちゃんと食べないと。それに意外と美味しい物もあったわよ」
「マールって育ちがいいんだな。さっきもシルフィの事気遣ってたし、さすがは俺の嫁さんだぜ‥‥うえっ!?」
ほくほく笑顔のアゼルは、激苦野草を口に顔を顰める。
「はい、お水。口直しにクッキーもあるわよ? 帰ったら美味しいご飯作ってあげるから、とりあえずこれで我慢してね」
「それってマールの手作りか? うわぁ、すげー美味そう!」
「た、多分闇鍋よりは美味しいと思うんだけど‥‥」
「マールが作った物なら何でも美味いって! いただきまーす♪」
嬉しそうにクッキーを頬張るアゼルに微笑み、マールは彼のほっぺについたクッキーのカスをそっと口に運んだ。
そして鍋が奇跡的に空になった頃、
「皆さん、よろしかったらデザートをどうぞ」
クリスの運んで来た林檎シャーベットに歓声が上がる。
「やはり最終的にはどこも闇鍋になりますのねぇ」
テントを巡回し終えたレミーは、にんまりと微笑む。
そして夜も更けた頃、彼女による闇鍋夜の部が強制開始され、各テントは再びカオスに陥ったそうな────。