【お兄様と私】愛しいあなたへ‥‥

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 84 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月28日

リプレイ公開日:2010年01月28日

●オープニング

 ロイエル家令嬢アリシア・ロイエルが初めて冒険者ギルドに依頼を出したのは、2年前の冬に限りなく近いある秋の日の事だった。
 その依頼とは敬愛する兄フレッドが女性嫌いか否かの調査。
 結果としてフレッドは女性が嫌いな訳ではなく、どう接していいかわからずにいるのだとわかった。
「初めて冒険者の皆様とお会いした日が懐かしいですわ。今思えば、あの日をきっかけに私の人生は変わった気が致します」
 仄かに甘い香りのミルクティーがティーカップの中でゆらゆらと揺れるのを見つめ、冒険者の皆との出会いを思い出していたアリシアは、向かい側に座るフレッドに瞳を細めて微笑む。
 友人や家庭教師だとフレッドに嘘をついた事は心苦しかったが、彼らと過ごした5日間はアリシアにとって新たな発見と驚きの連続、そして何よりも笑いが絶えない楽しい日々であった。
「お医者様になりたいと言う自分の夢に向けて1歩を踏み出せたのも、綺麗事だけでは誰も救えないとわかったのも、全て冒険者の皆様と出会えたお陰ですわ」
 この出会いがなければ、自分は世間を知らないままに大人になり、医者になると言う夢も諦めてしまったかもしれない。 
 そして親の決めた相手と結婚し子供を生み、何不自由のない生活を送り老いていっただろう。
 それはある意味幸せでありふれた『令嬢の一生』だ。
 しかしアリシアは知ってしまった。
 人の本当の痛みと悲しみを。綺麗事だけでは済まない世の中の過酷な現実を。
「それは俺も同じだ。今まで何度彼らに救われたかわからない。命だけではなく、心もな」
 アップルジュースの入ったカップをテーブルの上に置き、フレッドは節くれ立った両手を組みながらアリシアに微笑み返す。
 冒険者の皆と共に駆け抜けた戦いの日々を思い出すだけで、胸の奥が熱くなった。
 誰かを守る為に己が身を顧みない自分を叱ってくれた事、背中は任せろと励ましてくれた事、そしてボロボロになりながらも分かち合った勝利の喜びと皆の無事への安堵。
 それらの全てがフレッドにとってかけがえのない思い出であった。
「セラを赦すと皆様が仰って下さった時の事は忘れられませんね」
「‥‥ああ。まるで俺達と同じ様にセラを友だと思ってくれていたな」
 自分達への復讐を果たそうと突然姿を現した幼馴染のセラは、数え切れない程の罪を犯して来た咎人であった。
 それを贖う為に残された道は極刑でしかないと思っていたフレッドの目の前で、冒険者達は『犯罪者としてのセラ』だけを殺して見せた。
 そして『その命の続く限り、罪を償って生きろ』と背中を押してくれたのだ。
「強くも柔軟で温かいお心を持った皆様とお友達になれて、私はとっても幸せですわ。この感謝の気持ちを皆様にお返しする事は出来ないでしょうか?」
「思いつくのはパーティーの類だが、今まで幾度となく開いているからな‥‥」
「いっそあいつらの好きな様に過ごさせたらどうだ?」
 どうすれば冒険者の皆が喜んでくれるだろうかと悩む兄妹に、それまで黙々とアップルパイを食べていたモードレッドが口を挟む。
「パーティーを楽しみたいって言うのならお前達が持て成せばいいし、セラって奴に会いに行きたいのならば会いに行かせればいい」
「‥‥なるほどな。それは思いつかなかった」
「今までは私達のお願いや催しに参加して頂くばかりでしたけれども、今回は皆様のなさりたい事に私達がお供致しますのね。素敵ですわ♪」
「よし、これで解決だな。と言う訳でおかわりをよこせ」
 ふてぶてしいモードレッドが差し出すお皿の上に新たなアップルパイを乗せ、フレッドは爽やかな笑みを浮かべる。
「すっかり俺の作ったアップルパイの虜の様だな、モードレッド卿」
「勘違いするな。仕方ないから食ってやってるだけだ」
「ふふっ、モードレッド様は意地っ張りさんなんですから♪ そう言えば、お2人がこうしてお友達になれたのも冒険者の方のアドバイスあっての事ですわね」
 ミルクティーのおかわりをカップに注ぐアリシアに、モードレッドは「ふんっ」鼻を鳴らす。
「こいつがしつこいから友達になってやったんだ。それに初めは不味かったアップルパイも少しはマシになってきたしな」
「随分と言ってくれるじゃないか。だがこの捻くれた所を皆は放っておけないのだろうな」
「ふんっ。冒険者って言うのは物好きでお節介の集まりだ。だがあいつらがいなければ僕もクレアもこうして生きてはいなかった‥‥」
 モードレッドは穏やかな笑みを湛え、冒険者達を‥‥大切な友達を想う。
 彼もロイエル兄妹と同じ様に、幾度となく冒険者達に救われてきたのだった。
「だから感謝している。一生を懸けても返し切れない程、な。さすがの僕もあいつらには何一つ勝てる気がしない」
「‥‥そうか。いつか俺の前でもその様に素直になってくれな、モードレッド卿」
 嬉しそうなフレッドの言葉を聞いたモードレッドは、頬を微かに染めてぷいっとそっぽを向く。
「だ、だったらその日が来るように精進するんだな! それに卿など付ける必要はない」
「モードレッド様‥‥」
 事情があったとは言えデビルの手下となったモードレッドには、然るべき処罰が下されていた。
 それを知るアリシアは悲しげに表情を曇らせ、フレッドに視線を移す。
「わかった。ではこれからはモードレッ‥‥いや、モルと呼ばせてもらうな」
「ふんっ。気安い奴だな」
 モードレッドは再び鼻を鳴らし、アップルパイを頬張る。
 しかしその顔が嬉しそうに綻んでいる事に、フレッドとアリシアは気付いていた。

 翌日、ロイエル兄妹はちょっと変わった依頼をギルドに提出し、家路に着く。
「受付嬢さんもびっくりなさってましたね」
「ああ。依頼らしくない依頼だからな」
 幼い頃の様に仲良く手を繋ぎながら、2人は嬉しそうに微笑み合う。
「お兄様、お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」
「ん? 何だ、改まって」
「お兄様にはお付き合いをしている女性はいらっしゃるのですか?」
「きゅ、急に何を言い出すんだ? いないと知っているだろう?」
 面を喰らい戸惑う兄に笑顔で体を寄せ、アリシアは更に質問を重ねる。
「では、気になる女性は?」
「‥‥なっ! あのな、アリシア‥‥」
「答えて下さい、お兄様」
「‥‥い、いる」
「では、恋愛にご興味は?」
「み、皆の恋模様を見ている内に出て来た‥‥」
「ご結婚については‥‥?」
「まだまだ先の事だ。だが‥‥最近は良く意識する様になった」
 2年前のあの日と同じ質問をするアリシアは、フレッドの答えが変わった事が嬉しかった。
 ほんの少しだけ寂しい‥‥そう思う自分もいたけれども。
「この依頼期間中にお答えが出せるといいですね。いいえ、出さなければ駄目ですよ?」
 そう言いアリシアが見上げたフレッドの顔は赤く戸惑っていたが、それは徐々に照れ臭そうな笑顔へと変わっていく。
 2人が冒険者への感謝の気持ちを胸に出したのは、皆のやりたい事に付き合わせて欲しい、と言う依頼だ。
 愛しい人達の笑顔を思い浮かべながら、ロイエル兄妹は自宅の門を潜るのだった。

●今回の参加者

 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4310 ラディアス・グレイヴァード(28歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4311 ラティアナ・グレイヴァード(14歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4461 マール・コンバラリア(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●再会は雪に彩られて
 旅路の途中に振り出した雪は、セラの住む教会に辿り着く頃には辺りを銀世界に変えていた。
 歓声を上げながら走って来る子供達の中で、セラはこちらに向かって片手を上げている。
「セラに会いたがるような奇特な人間は自分だけだと思ったのだがな。よくよく考えれば冒険者は奇特な人間の集まりか」
 皆の笑顔を見渡し微かに表情を緩めるアンドリュー・カールセン(ea5936)。
「セラに会いたいに決まってるじゃない。だって友達だもの!」
 その背を叩くチョコ・フォンス(ea5866)の太陽の様な笑顔が、雪景色の中で美しく輝く。
 駆け出す者、万感の想いをこめてゆっくりと進む者‥‥着実に一同とセラの距離は縮まっていき、彼等は邂逅を果たした。
「‥‥久しぶりだな。元気だったか?」
 そう尋ねるセラの瞳は出会った頃のぎらつく刺々しさが消え、穏やかな光を放っていた。
「セラさぁん‥‥会いたかったで‥‥ふにゃっ!?」
「ちょっと、薄情なんじゃない? エイリークには手紙無し? あたし達、友達よね?」
 思わず抱きつこうとしたエイリークの首根っこを掴み、チョコはセラの前にずいっと押し出す。
「‥‥悪りぃ。コイツの住所を忘れちまってさ」
「呆れた! まぁ、あたしは住所伝えてなかったけどさ‥‥」
 チョコは大袈裟に息を吐きながらも、セラがエイリークを忘れていなかったのだと知り、胸を撫で下ろす。
「お久しぶりです、セラ。お元気そうで安心致しましたわ」
「ああ。こいつらに合わせてすっかり真っ当な生活になっちまったからな」
 見つめ合うアリシアとセラの間に、リース・フォード(ec4979)はにっこりと笑いながら身を挟む。
「やー久しぶり。そしてアリシアに半径3m以内近づくな」 
 しかし笑顔も束の間、がるるっと牙(?)を剥き出し、威嚇し始める。
「セラ嫌い。アリシアを傷つけた。それに‥‥アリシアだって好きだったんでしょ? 結婚したいって思ってたんでしょ?」
「あんた、変わったな‥‥なんつーか、幼児退行してねぇか?」
 アリシアに抱き着いてむーっと膨れるリースを目にし、絶句するセラ。
 しかし照れ笑いを浮かべるアリシアが幸せそうだと知り、フッと表情を緩めるのだった。
「初めましてセラさん。そこの甘えん坊王子の義理の弟ジルベール・ダリエ(ec5609)や。よろしゅうな」
「私はアリシアさんの大親友マール・コンバラリア(ec4461)よ。よろしくね♪」
 ジル、マールと握手を交わしたセラにアンドリューはゆっくりと近づく。
「初めまして、だな。名前は‥‥何と言うんだったか?」
 セラと言う名の盗賊は死んだ事になっている。
 アンドリューの意図を汲み取り、セラは差し出された手を力強く握り返した。
「‥‥初めまして。セラだ」
 2人は見つめ合い、唇の端を上げて微笑む。
 声なき言葉で再会を喜びながら。
「初めまして。僕はラディアス‥‥養子としてフレッドとアリシアの義理の兄になった者だよ。ラディって呼んでね。色々話を聞かせてくれると嬉しいな」
「セラお兄ちゃん初めまして♪ ティーはね、ラティアナなの。ラティって呼んで欲しいなの☆」
「あんた達はあいつらの家族になったんだよな‥‥ずっと傍で支えてやってくれよ」
 セラの言葉にラディアス・グレイヴァード(ec4310)は握手をし、ラティアナ・グレイヴァード(ec4311)は抱き着いて応えるのだった。
「すっかり丸くなってしまいましたのね。ですが今のお顔の方が私は好きですわ」
「お心も晴れやかになられたのですね‥‥本当に良かったです」
 ミシェル・コクトー(ec4318)とアイリス・リード(ec3876)の間で、フレッドは言葉もなくただセラの顔見つめていた。
 再開が嬉しく心が震え‥‥言葉が出て来ないのだ。
「ったく、あんたも何か言えよ」
「‥‥すまない」
 セラとフレッドはどちらともなく再会の抱擁をする。
「やるじゃねーか、色男」
 体が離れる間際のセラの囁きに、フレッドは微かに頬を染めた。
「ねーねーお話はもう終わった?」
「早く遊ぼうよー」
 それまでジッとしていた孤児院の子供達は、一斉にセラに纏わりつき始める。
「よーし、あいつらに思いっきり遊んでもらいな」
 セラの許しを得た子供達は大歓声と共に駆け出し、あっと言う間に一同を取り囲む。
 こうして白い世界での優しい時間が幕を開けた────。

●白銀の戯れ
 頬や鼻の頭を真っ赤にさせ、笑いながら雪と戯れる子供達。
 舞い上がる雪が陽の光を浴びて煌めく度、それを目にした者の心に優しくも温かい灯が灯る。 
「セラだるまが追いかけて来るわよ。捕まりたくない子は逃げてー」
「やーっ」
「セラだるまこわーい」 
 マールがサイコキネシスで転がすセラだるま(頭部のみ)はゴロゴロと転がり出し、子供達は喜びながら逃げ惑う。
「ジルって器用だな。ホントにセラにそっくりだよ」
 ラティと一緒に雪兎を作るラディは、釣り上がった目のセラだるまを見つめくすっと微笑む。
「でーきた! ティーの雪兎さん、可愛い?」
「どれどれ‥‥ええと‥‥うん、良く出来てるよ」
 ラディは歪な形の雪兎を見つめた後、にっこりと笑って妹の頭を優しく撫でる。
「えへへー♪ ねぇねぇ、今度はティーにそっくりな雪だるまさんを作って欲しいのー」
「うん、いいよ。ちょっと待っててね」
 手の中で丸めた雪玉をごろごろと転がし出すラディ。
 おねだりして作ってもらった雪の動物達に囲まれ、ラティは嬉しそうに頷いた。

 風を切り、雪に覆われた坂を滑って行くそりが2つ‥‥。
「このスピード、最高ですわー♪」
 金髪を靡かせ滑走するミシェルの前方で、ジルとリースの2人乗りのそりは高速で蛇行していた。
「落ちる転ぶ突っ込むー! だから俺は嫌だって言ったのに〜〜!!」
「安心しぃ、リィ! 俺の超絶操縦テクを信じてや!」
 がしぃっとしがみ付いている義兄を安心させようと、ジルはぐっと親指を立てて見せる。
 それはつまり、一瞬ではあるが片手を離したと言う事で‥‥
「おわっ!?」
「手を離す奴があるか! うわあぁぁぁっ!!」
「あかん! 堪忍やぁぁぁっ!!」
 絶叫と共にソリから放り出された2人は宙に舞い‥‥鳥になった!
 ぼふん、と同時着地をする仲良し義兄弟を更なる不幸が襲う。
「避けて! リィ、ジルお兄ちゃん!!」
「ま、待ってみーちゃ‥‥」
「いきなりのお兄ちゃん呼びは反そ‥‥」
 言い終わる前に2人はミシェルのそりの直撃を受け、ゴロゴロと坂を転がっていった‥‥。

 両手に雪玉を持ち、エイリークはセラの背後にそっと近づく。
「セラさん、討ち取った‥‥ぶはっ!」
「背中から襲う卑怯な奴には負けねーよ。これでも喰らえっ!」
 しかし姑息な戦法はあっさりと見破られ、エイリークの顔面にセラの正義の(?)雪玉が炸裂する。
「敵はエイリークだけじゃないわよ? それっ♪」
 両手で放り投げた特大雪玉がセラの頭に命中した瞬間、チョコは「よしっ!」とガッツポーズをする。
 すると彼女の大事なエレメンタラーフェアリーのルミナとレオも、その仕草を真似ながらくるくると空を舞う。
「痛ってぇ‥‥相変わらずのじゃじゃ馬だな。とても人妻には思えねぇ」
「ひ、人妻って‥‥! そ、そりゃ結婚したけどさ、アンドリューと‥‥わっ!?」
 真っ赤な顔で口籠るチョコに、お返しとばかりにセラは雪を引っ掛ける。
「惚気てて隙だらけなんだよ」
「やったわねっ!?」
 すぐさま反撃に転じようとするチョコ。
 しかし‥‥
「くあっ!?」
「セ、セラっ!?」
 次の瞬間、セラは悲鳴を上げてしゃがみ込んでしまった。
 その後方に立っているのは‥‥アンドリューだ。
「‥‥チョコに手出しする奴は許さん」
「だからって背中に雪玉を押し込む奴がいるかよ‥‥」
 服の中の雪玉を落としながら、セラはガタガタと震えアンドリューを恨めしげに見つめた。
「ティー、危ないっ!」
 3人から離れた場所で子供達と雪合戦をしているラディは、ラティに迫る雪玉を背に受け、ストーンウォールのスクロールを開く。
 そして出来上がった石の壁は、可愛い妹を雪玉の脅威から守る盾となったのだが‥‥
「こんなずるっこしたって面白くないのー!」
「ティー!?」
 ラティは頬をぷくっと膨らませ、子供達の方へと駆けて行く。
 兄の心、妹知らず‥‥である。
「これで良しっと♪」
 服の下に仕舞った大事な指輪にそっと触れ、防寒具フル装備のあったかシフールことマールは、勢い良くかまくらから飛び出した。
 かまくらに毛皮の敷物敷き、着替えも準備万端。あとは童心に返って遊ぶのみだ。
「フレッドさん、おさぼりはダメよ?」
「っ!? マール!?」
 木の下で皆の遊ぶ様子を眺めていたフレッドを発見し、マールは枝を揺らし彼目掛けて雪を落とす。
「折角だもの、一緒に遊びましょ」
「‥‥そうだな。しかし大丈夫なのか? 雪玉が命中したら怪我しそうだが‥‥」
「だからあなたの所に来たのよ。しっかり守ってね、王宮騎士さん?」
 マールはウインクをし、ちょこんとフレッドの肩の上に腰を下ろした。
「さあリィ、気ぃ取り直して雪遊びしよか」
「‥‥さっきので懲りた。やっぱり俺はかまくらで大人しくしてる」
「そんなこと言わへんで遊ぼ? なっ?」
「寒い〜やだ〜」
「頑固なお子様やなぁ‥‥」
 でんとして動かないリースにジルが業を煮やしていた時、アリシアが姿を現す。
「お2人は雪合戦をなさりませんの? 私も参加しようと思っていたのですが‥‥」
「俺は遊びたいんやけど、リィが‥‥」
「アリシアが行くなら行くっ♪」
 リースはアリシアの手を引き、笑顔で雪合戦の輪に加わっていく。
 独り取り残されたジルは遣る瀬無い気持ちを胸に雪を手に取り、それをぎゅっぎゅっと押し固めた。
(「ここは共同戦線やな‥‥なぁ、フレッドさん?」)
 アリシアと雪をかけ合ってきゃっきゃと遊ぶリースの背後に音も無く忍び寄るジルは、別方向から近づきつつあるフレッドにアイコンタクトを送る。
(「よし、左右から迎撃するぞ。リィに天誅を‥‥!」)
 ぎらりと瞳を輝かせ、2人はリースへと雪玉を投げつけた。
「ふにゃぁ!」
「リィ!?」 
 すっかり油断をしていたリースは、猫の様な悲鳴を上げ顔面から雪の中にダイブする。
「俺の真心を踏み躙った罰や!」
「アリシアを独占するのは許さんっ!」
 腕を組み悪い顔で見下ろすフレッドとジル。ここに『リース包囲網』が結成されたのだが‥‥。
「やられたらやりかえす‥‥それが俺の人生のモットーだ!!」
 リースは振り向きざま、高速詠唱ウインドスラッシュを2人の間へと放つ。
 風の刃にはらりと舞う金と茶色の髪。
「魔法を使うとは卑怯だぞっ!」
「そーやそーや! ルール違反やん!」
「今のは宣戦布告だよ。ここからは雪玉のみの真剣勝負‥‥それっ!」
 非難する2人の顔に雪玉をぶつけるリースは、まるで子供の様にはしゃいでいる。
「どちらも悪いのですから、怒れませんわ‥‥」
 アリシアは無邪気に戯れる3人を見つめ、嬉しそうに呟いた。
(「何て温かく、愛おしい時間なのでしょう‥‥」)
 雪の中に溢れる笑顔と笑い声、そして降り注ぐ陽射しにアイリスは瞳を細める。
 子供達、友と追っていた視線は、セラと楽しそうに雪をぶつけ合うフレッドに辿り着く。
「アイリスさん♪」
「‥‥はい? きゃあっ!?」
「一人だけぬくぬくするだなんてズルイですわよ? 私と一緒にフレッド退治に行きません?」
 微かな雪をアイリスの首筋にくっつけたミシェルは、微笑みながらその手を引いた。
「私達を待たせた罰を身を持って味合わせて差し上げましょう?」
「わ、わたくしは‥‥」
 戸惑いつつもミシェルに引っ張られていくアイリス。
「私‥‥アイリスさんが大好きですわ」
 ミシェルは急に立ち止まり、くるりと振り向いた。
 伝えられた言葉と優しい眼差しに、アイリスは笑顔で頷く。
「わたくしも‥‥わたくしもミシェルさんが大好きです」
 同じ男性を想うライバル同士という言葉は、2人に当て嵌まらない。
 彼女達は互いを尊敬し、深く惹かれ合う親友同士でもあるのだから‥‥。
「さ、行きますわよ」
「はいっ」
 遠くから笑顔で手を拱くフレッドに向って、乙女達は駆け出した。

●芽吹きを待つ想い
 月の静かで穏やかな光が、雪に覆われた大地を優しく照らす。
 かまくらの中でほっこりとしながら、一同は仲間達との一時を思い思いに楽しんでいた。
「フォルティス君もすっかり大きくなったわね」
 よちよちとかまくらの中を歩き回るその姿は愛らしく、どれだけ眺めていても飽きないとチョコは思う。
 我が子を見つめるエレナの瞳は温かく、その隣に座るフランシスもまた同じ瞳でフォルティスを見つめていた。
「ねぇ、エレナさん‥‥いつか旦那さんと同じくらい大好きな人ができて、その人がフォルティス君の父親になりたいと言ってくれるなら、旦那さんはきっと許してくれると思うの」
 チョコは慌てて戸惑いの表情を浮かべるエレナから視線を逸らす。
「あ、いや、深い意味はなく、エレナさん、まだ若いし‥‥ね? フランシス」
 急に話を振られたフランシスは困った様に優しく微笑み、微かに頷いた。
「私もそう思う。だがこればかりはエレナとフォルティス次第だろう」
 エレナに視線を移せばひた隠して来た想いが伝わってしまう気がして、フランシスは言葉を紡ぎながらフォルティスを見つめていた。
「‥‥この子の為にも父親は必要だと思うのですが、再婚を考える気にはなれません。それに、今でもまだ、あの人が帰って来るような気がしているんです」
 可笑しいですよね、と呟き、エレナはフォルティスを抱きしめる。
 その横顔を見つめながら、フランシスはアイリスの言葉を思い出していた。

 以前の嘘‥‥と言いますか、己に言い聞かせる為の強がりをお許し下さい。
 あなたに背中を押して頂いたお陰で、わたくしは想いを告げる事が出来ました‥‥いえ、想いが溢れて、告げずには居られなかったのです。
 自分で自分に驚いておりますが、わたくしは後悔はしておりません。 
 あなたの優しいお気持ちへの感謝を胸に、その幸せを心からお祈りしております。
 どうか、貴方ご自身とそのお心を、尊重して差し上げて下さいませ。

 アイリスの晴れ晴れとした笑顔が眩しかった。
 いつか自分も彼女の様に笑える日が来るのだろうかと思いながら、フランシスはフォルティスの頭を撫でる。 
 今はまだその時ではない。
 でもいつか────そう思いながら。

●少女の安息・青年の決意
 レミーにぎゅっと抱き着き、ラティは健やかな寝息を立てている。
 無意識に失恋をしたエイリークやセラを追いかけ回し、疲れてしまったのだろう。
 その頬にそっと触れた後、ラディはエリック、レミー、フレッドの顔を見渡し‥‥
「‥‥僕、騎士になりたいんです」
 と、切り出した。
「なりたかった3分の2の理由は‥‥僕が居なくなった後のティーへの回りの対応に関する心配はもう解決したに近いけど、やっぱりなりたい気持ちに代わりはなくて‥‥皆を、守りたいから‥‥」
 ずっと胸に抱いていた夢。
 ティーを、そして皆を守れる力がラディは欲しかった。
「反対‥‥しますか?」
 心配そうに尋ねるラディをエリックは笑顔で抱きしめる。
「我が子の夢を反対する訳がないだろう。ディーの好きな様にしなさい」
「立派な弓騎士に慣れるよう、俺にも手伝わせてくれな」
「帰ったら早速騎士見習いのお洋服を仕立てませんとね♪」
 フレッドもレミーも優しい笑顔でラディを見つめ、その決意を喜んでいた。
 大事でかけがえのない家族が踏み出す一歩を。
「ありがとう‥‥ございますっ」
 丸いお腹に押されてちょっぴり苦しかったけれども。
 ラディは嬉し涙の溢れる顔で、エリックに抱きついた。

●光の花
 小さなかまくらの中で、アリシアはリースから手渡された風精の指輪を信じられない思いで見つめていた。
 胸によぎるプロポーズの予感。しかし‥‥
「嵌めるも嵌めないも任せるよ。ただ俺がアリシアを守る。その証、みたいなもの‥‥かな」
 リースは少しだけ寂しげに微笑む。
「例えアリシアが遠い未来に誰かと幸せになったとしても、変わらずに守るから。‥‥想っているから」
 それはエルフであるリースの誠意。
 けれどもその優しさが悲しかった。
「これが私の答えですわ‥‥」
 臆病でズルくて‥‥でも愛しい人。
 心の中でそう呟き、アリシアは指輪を左手の薬指に嵌める。
 抱く愛情は生涯自分の方が多いのだろうと、そう思いながら。
「セラだけじゃなくてフレッドが触るのも嫌‥‥って言っても?」
「‥‥はい。私をあなたの鳥籠の中に閉じ込めて下さいませ」
 きっとそこに鍵はかかっていないのだろう。
 けれども逃げ出すつもりはないと、アリシアは想いをこめた瞳で伝える。
「ありがとう‥‥アリシア‥‥」
 細い体と花の様な笑顔の中に秘めた強さ‥‥それに惹かれつつも触れるのが怖かった。
 けれど今は違う。
 柔らかな温もりを抱きしめながら、リースは思い描く未来を口にする。
「俺ね、薬草師になろうと思ってるんだ。それでね‥‥いつかアリシアと小さな治療院を作りたい」 
「まぁ‥‥素敵ですわね」
「アリシアが診察して俺が薬草を作るんだ。貧しい人からはお金を取らずにさ。そんな事してたら儲からないってジルベール辺りに怒られそうだけど」
 そっと体を離し、リースはくすっと微笑む。
「でも、そう言う優しい場所をアリシアと一緒に作れたらって思うんだ。それが俺の夢‥‥誰にも内緒だよ?」
 それが実現したら苦労させてしまうから断ってもいい、と告げるリースにアリシアは頭を振る。
「必ず実現させましょう。あなたと共に未来を歩めるのなら、怖い事など何もありませんわ」
 アリシアを再び抱き寄せ、リースは2人の未来に想いを馳せる。
 胸の中に咲く優しい光の花を、自分の全てを懸けて守っていこうと誓いながら‥‥。

●セラの祈り
 酔い醒ましに散歩をしてくると出て行ったジルを見送り、セラは神酒「七徳保寿」をくいっと煽る。
「1杯飲むと千年の長寿が得られる神の酒‥‥か。俺はゴメンだね。よぼよぼの爺になってまで生きたくねぇ」
「今の若さのままで千年生きられるかもしれませんよ? って事で僕も一口‥‥」
「お前にはまだ早い。こっちで我慢しておけ」
 エイリークの手からお猪口を奪い、アンドリューはジュースを手渡す。
 膨れるエイリークの頭をくしゃっと撫でるセラは、以前よりも丸く柔らかくなっていた。
 それを証拠に子供達は彼に寄り添い寝息を立てている。
「セラ、今度一緒に仕事をしないか?」
 それは新しい人生を歩む彼に対しての、微かな羨望から来るジョーク。
 しかしアンドリューはセラが歩む道を否定するつもりも、自分が歩む道を後悔するつもりもなかった。
「すっかり勘の鈍っちまった俺をあんたがフォローしてくれるなら考えても良いぜ」
「それは無理だな。自分は出来る奴としか組みたくない」
 似た者同士の2人は不敵に微笑み合い、杯を交わす。
 セラはアイリスから手渡されたロザリオと聖書、そして聖水を見つめぽつりと呟く。
「悔いる者、償う者‥‥明日を見つめ懸命に生きる者を母は愛して下さる、か‥‥」
 彼女から届いた手紙には「いつでも力になる」と書かれていた。
 その優しさが嬉しく、セラは何度も何度も手紙を読み返していたのだが‥‥それを本人に告げる事は無い。
(「俺を愛してくれなくても構わねぇ。その分、馬鹿みたいに優しいダチ達を幸せにしてくれ」)  
 心の中でセーラに祈りを捧げ、セラは皆の幸福を願うのだった。

●君は可憐な花、我が生涯の‥‥
 川に流れるキャンドルの炎を、フレッドにそっともたれかかりながらミシェルは無言で見つめていた。
「私は今まで皆にいっぱい助けてもらいましたわ。フレッド、もちろん貴方にも‥‥」
 ゆらゆらと揺れる炎は幻想的で、儚くも美しい。
「揺れて、流れて、あの灯りはどこにたどり着くのかしら‥‥」
 そう呟いた刹那、ミシェルの瞳から涙が零れ落ちる。
 旅立ちを決意したのは自分なのに、皆との別れの時を迎えるのが寂しくて仕方がなかった。
「ミシェル? 泣いているのか‥‥?」
 戸惑った声で尋ねるフレッドにミシェルはぎゅっと抱きついた。
「愛してるわ、皆を。愛してたわ、心から。皆、幸せで‥‥幸せにならないと、許さないんだから。貴方も‥‥貴方もよっ」
 逞しい胸、清潔感のある香り、淡く手触りの良い金色の髪‥‥その全てを自分の中に刻みつける様に、ミシェルはフレッドにしがみ付く。
 もしかしたら、こうやって触れられるのは最後かもしれないから。
「ふふ‥‥時間よ止まれ。永遠に忘れなければ、時を止めたのと同じね」
 きっと彼は間もなく答えを口にする。
 待ち遠しくも怖い。聞きたいけれども聞きたくなかった。
「ミシェル‥‥君は凛としていて我が儘で‥‥強く可愛らしい女性だと思っていた」
 フレッドはミシェルの体をそっと引き剥がし、優しい瞳で口を開く。
「本当の君は努力家でとても繊細な女性だった。俺を叱咤し励ます優しさの裏に隠された脆さに気付いた時、君を愛しいと思ったんだ」
 いつでもまっすぐに自分を見つめ、揺れながらも懸命に導いてくれたミシェルは、フレッドにとって大切な存在になっていた。
「だがそれは女性としてではなく、かけがえのない友としてだ。想いに応えられずにすまない‥‥」
 ‥‥そんな顔で謝らないで。
 恋の終わりを静かに噛み締め、ミシェルはフレッドの唇にそっと指で触れる。
「‥‥ね、お別れのキスして下さらない?」
 きっと泣いた方が彼の痛みは和らぐ。
 ミシェルは溢れる涙をそのままに、そっと瞳を閉じた。
「別離ではなく再会の誓いだ。こんな俺を想ってくれてありがとう、ミシェル‥‥」
 そっと額に降りるキスも贈られた言葉も優しさに満ちていた。
「さあ、もう行って下さいな。貴方の愛しい人の元に‥‥」
 フレッドは微かに頷き、踵を返し歩き出す。
 その背中が、足音が遠ざかっていく度に、ミシェルは追い縋りたい自分と必死で戦っていた。
 そして崩れ落ち「行かないで‥‥」と震える声で呟いた時、フレッドの姿はそこにはなかった。
「みーちゃん、良く頑張ったわね。思いっきり泣いていいのよ」
「マールさんっ‥‥」
 話し声が聞こえない距離からミシェルを見守っていたマールは、大好きな親友を抱きしめる。
 広く温かい胸の中で、ミシェルは声が嗄れるまで泣き続けた。
「お帰りミシェルさん。小腹が空かへん?」
 真っ赤に泣き腫らした目の訳を尋ねず、ジルはミシェルに可愛らしい焼き菓子を差し出す。
 そっと口に含んだそれは甘く優しくて‥‥ミシェルは涙を滲ませジルに微笑む。
「とっても美味しいですわ、ジルお兄ちゃん」
「そーかそーか。いっぱいあるからもっと食べてな。なんならお酒もあるで」
 ジルはミシェルの頭をぽんぽんと優しく叩いた後、綺麗な色のワインを取り出した。

●貴女は優しき光、捧ぐは我が胸の奥の‥‥
 誰も居ない教会で祈りを捧げていたアイリスは、軋む扉の音に振り返る。
「フレッドさん‥‥」
 アイリスは立ち上がり、自分に向かって歩いてくるフレッドの顔に目を凝らす。
 その表情がはっきりとわかった時には、彼は自分のすぐ目の前。
 月明かりに照らされ揺れる碧の瞳に魅入られ、息をする事さえ忘れてしまいそうだ。
「アイリス、貴女は俺を照らし見守ってくれる光だ」
 フレッドは跪き、そっとアイリスの手を取る。
「だが眩しくて目が眩む様な光ではない。温かくて心地良くて、誰かの為にその身を削る優しくも儚い光だ。だから俺は‥‥貴女を守りたい。この命を懸けて」
 仄かに、控えめに‥‥いつも自分を見守ってくれたアイリス。
 姉の様に慕うその気持ちは時を経て、違うものへと変化していった。
「今まではあなたに守られるばかりだった。これからは俺に守らせてはくれないか。この胸にある最初で最後の恋情を貴女に捧げたいんだ」
 自分を見上げ真摯な瞳で愛を告げるフレッドに、アイリスの胸は張り裂けそうなほど高鳴る。
 これは夢なのだろうかと過る疑問を、重なり震える手と漸く通じ合った心が否定する。
 淡い夢ではなく甘い現実なのだと。
「重荷を背負わせる事になります。ですが、貴方の抱えるものも共に抱えられたらと思います‥‥」
 ハーフエルフだと言う事、同じ様にフレッドを想うミシェルの事‥‥待ち受ける苦難と彼女の悲しみの上に成就した想いに心は揺れる。
 しかし多くの言い訳を作り逃げて来た自分を、フレッドは選んでくれた。
 自分の心と向き合い、彼を信じ、今度こそ覚悟を決めるのだ。
 愛する人と幸福になる覚悟を。
「わたくしは‥‥貴方の傍で‥‥共に、生きてゆきたい‥‥」
 思い出達と今まで見て来たフレッドの様々な表情がアイリスの胸を駆け廻る。
 胸に迫る愛しさのままに、アイリスはフレッドに抱きついた。
 もう離れない、離さない‥‥初めての情熱に心と体を震わせながら。
「フレッド・ロイエル‥‥貴方を愛しています‥‥」
 喜びの涙を流すアイリスをフレッドは抱きしめる。
 労わる様に優しく、溶け合ってしまいそうなほど強く。
「アイリス、俺が愛するのは生涯貴女だけだ‥‥」
 初めて会った時からアイリスに安らぎを感じていた自分。
 今思えば、その時に想いの種はこの心に撒かれていたのかもしれないとフレッドは思う。
 扉の隙間から差し込む月明かりに照らされた2人の影は、いつまでもいつまでも重なり寄り添い合っていた。

●答えは追憶の中に
 リースやジルと騒ぎ失恋の痛みを癒したミシェルは、アリシアと同じ毛布に包まり眠りに落ちた。
 その頬にそっとキスを落とした後、マールはエレナの元へと向かう。
「エレナさん‥‥ちょっとだけ私の話を聞いてくれる?」
「はい。この子もちょうど寝付きましたから‥‥」
 そっとフォルティスに毛布をかけ、エレナはマールに向き直る。 
「余計なお節介かもしれないけど、言わせてね。一番大切な人への想いを胸にしまったまま、二番目に大切な人を作るのは裏切りでは無いのよ。それで良いという相手がいれば、ね」
 エレナは何も答えず、ただマールの顔を見つめていた。
「愛する人の幸福を望まない人がいるかしら? 私は‥‥もし私が死んだら、旦那さんに忘れられても構わないわ」
 語りかけながら、マールは最愛の夫の笑顔を思い出す。
「いつか愛する人ができても、あの人が幸せな方が嬉しいわ。だって十分過ぎる程の幸せをもらっているもの‥‥時々、思い出してくれると良いな、とは思うけど」
 それは夫を深く愛しているが故に口に出来る言葉だった。
 エレナはマールを眩しそうに見つめた後、ぽつりと呟く。
「あの人は‥‥ジェラールは幸せだったのでしょうか? 私はあの人をちゃんと愛せていたのでしょうか‥‥」
「当たり前じゃない。フレッドさんから聞いてるでしょ? いつも幸せそうだったって」
 マールがエレナの手にそっと触れた瞬間、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
 それは亡き夫を偲ぶ涙。
 けれども同時にその死を受け入れ、必死に前を向こうとする涙でもあった。

●不変への憧れ
 また会いに来るからと約束し、一同はセラや子供達と別れ帰路に着く。
「大好きな人に大好きって言えるのはとても素敵な事よね」
 チョコはうんうんと頷き、ミシェルと一緒に作ったエッグタルトを頬張る。
「どう、アンドリュー? 美味しい?」
「ああ。漸くチョコの手作り菓子が食えたな‥‥」
 嬉しそうにエッグタルトをパクつく横顔を眺めている内に、チョコの脳裏にある思い出が甦る。
(「私も昔、アンドリューが他の女性といい雰囲気だったから諦めようとしたけど、気持ちには嘘をつけなかったのよね‥‥」)
 当時の事を思い出し、チョコは無意識にアンドリューのほっぺを引っ張るのだった。
「ねぇアリシア、お医者様になったら一緒に旅をしません?」
「素敵ですわ‥‥! ぜひっ」
「もれなく俺も付いてくるよ、みーちゃん」
「アリシアお姉ちゃんが行くならティーも行くー♪」
「ティー、遊びに行くんじゃないんだぞ?」
 わいわいと騒ぐ仲間達を眺めながら、ジルはミシェルの旅立ちをほんの少しの寂しさと共に祝福する。
(「皆いつまでもこのままじゃ居られへんのはわかってるけど‥‥ずっとこの旅が続けばいいのに、なんてな」)
 ラヴィと名付けた猫を撫でながら、ジルはキャメロットで待つ妻の笑顔を思い浮かべた。

●愛しいあなたへ‥‥
 ロイエル家の居間に飾られた、ジルお手製の積み木達。
 そこには1人1人のメッセージが刻まれている。

 
 楽しい思い出、辛い思い出も、忘れない、あたしの宝物、みんな大好き  〜チョコ〜

 影は光に寄り添い、常に光とともにある。
 ロイエル家との友情はかの如く永遠である(裏側に暗号付き)      〜アンドリュー〜

 大切な家族と仲間へ、ずっと変わらぬ親愛を‥‥  〜ラディアス〜
 
 みんなみんな、大〜好きなの!          〜ラティアナ〜

 愛しい時を過ごして参りました。ただただ‥‥感謝を      〜アイリス〜

 愛しい貴方達へ
 私はいつだって味方で、いつだって幸せを祈ってるわ      〜ミシェル〜
 
 ずーっとお友達だからね。何かあったらすぐに連絡すること!   〜マール〜

 皆の夢が叶いますように‥‥               〜リース〜

 明日も明後日も続くこの世界で、皆が幸せであるように   〜ジルベール〜


 その一つ一つを磨き終えたレミーは、自らを呼ぶ声に振り返る。
「お帰りなさい、私の愛しい子供達‥‥♪」
 繋がれた絆は優しい日々を織り成し、明日を紡いでいく。
 季節が何度移り変わっても、幾つ歳を重ねても変わらず、ずっと────。