【祝宴】甘味王子から愛をこめて

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月20日〜01月25日

リプレイ公開日:2010年01月28日

●オープニング

 それは出陣前、王自ら騎士達に授けられた言葉であった。
「先の戦いも含め、おまえ達、そして冒険者達には世話をかける。無事に王妃と鞘を取り戻したらその労苦にしかと報いよう」
「では‥‥」
 先頭で膝を折るパーシ・ヴァルは顔を上げる。
「無事に戻ること叶いましたら、その時、ぜひ冒険者達にも苦労を労い感謝を伝える場を頂けませんでしょうか」
 王はその眼差しに優しく微笑み、必ず。と頷いた。
「ケイ。後の事は任せた。我らの留守を頼むぞ」
 背後に控える腹心の執事にそう告げるとイギリスの王、アーサーはマントを翻した。
 王の出陣。
 騎士達の多くがその後に続き、留守を守る騎士達はその後を見送る。
 敬意と信頼の眼差しで‥‥。

「ご無事のご帰還をお待ちしています」

 騎士達の旅立ちを見送って間もなく。
「ぼんやりしている暇など、我々にはありませんよ。王が不在の今こそ我らの役割を果たす時です」
 円卓の騎士ケイ・エクターソンは残った騎士達や使用人達に指示を与え始めた。
 城下の見回り、王宮の警備、そして‥‥
「パーティの準備、でございますか?」
 思わぬ仕事に驚きの眼差しを浮かべる騎士や使用人達に、
「当然でしょう」
 そんな眼差しでケイはため息を吐き出した。
「先ほどの話を聞いていなかったのですか? 王はお戻りになられたら冒険者や騎士の労苦に報いる場を作られるとおっしゃられた。その準備を整えるのです」
「ですが‥‥」
 部下の一人がある意味、勇気のある言葉を問いかける。
「まだ出陣されたばかりだというのに‥‥、よろしいのですか?」
 ケイに反論すると言う偉業を成し遂げた騎士は、
「出陣された、それだけで十分です。あなたもこの城の騎士であるのならば、自分の頭で考えなさい」
 当然のようにケイの言葉の剣に叩かれる。
「我らが王が出陣されて、目的を果たさず戻ることがあると思っているのですか? 王は必ず勝利される。我々は信じて、用意をして待っていれば良いのです」
 解ったら早く仕事に戻りなさい、と騎士達に改めて指示を出して後、ケイもまた動き始める。
 王の留守を守りながら祝宴の準備を整える。
 やるべき事は山積み。
 人手はいくらあっても足りないのだから。
 忙しく歩くケイはその足を、ぴたり、ある場所で止めた。
 覚えのある気配がした。感じるのは惑い、後悔、そして躊躇い‥‥。
「モル!」
「は、はい!!」
 柱の影で様子を伺うように向こうを見ていたモードレッド・コーンウォールは条件反射で背筋を伸ばした。
 身体の隅々まで染みこんでいる怖くも懐かしい声に‥‥、動いた身体に自分でも驚きながら。
「何をしているのです、あなたも早く手伝いなさい。今は猫の手も借りたいのです。ぼんやりとしている暇などありませんよ」
「は、はい! 先生」
「冒険者ギルドに遣いを、それから‥‥」
 戦いに向かった者達とは違う、残された者の信じて待つ、という戦いが今、始まろうとしていた。


 矢継ぎ早に飛ぶケイの指示を次々とこなしたモードレッドは、疲労困憊で家路に着いた。
「モル坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「‥‥ただいま」
 笑顔で出迎えるクレアに微かな笑顔を見せ、モードレッドは外套も脱がずにソファへと寝転がる。
「腹が減った‥‥が、同時に猛烈に眠い‥‥飯の前に少しだけ寝かせてくれ‥‥」
 そう呟いた数秒後、モードレッドは寝息を立て始める。
 あどけない寝顔に微笑み、クレアはそっと毛布をかけてやった。
(「こうしてまたモル坊ちゃまと一緒に暮らせるだなんて、夢にも思いませんでした‥‥これも皆様のお陰ですね」)
 ルーグにデスハートンをかけられ苦しんでいたクレアは、デビノマニの道を選んだモードレッドの犠牲と、心優しい冒険者の尽力によってかつての元気を取り戻していた。
 そしてモードレッドがデビノマニにならずにこうして人として生きていけるのも、彼を想う冒険者がその心に呼びかけ必死に引き戻してくれたからに他ならない。
「失ったものを後悔していないと仰った坊ちゃまは、すっかり大人の男性のお顔でしたよ‥‥」
 モードレッドの寝顔を見つめるクレアが浮かべるのは、息子の成長を喜ぶ母親の笑顔そのものだった。
 それから1時間ほど後、モードレッドは突如むくっと起き上がり、旺盛な食欲で夕食を平らげた。
「クレアの作る焼き菓子は美味いな。シンプルなのに全く飽きが来ない‥‥もぐもぐ」
 それでもしっかりと食後のデザートを堪能する辺りはさすがである。
「同じ様に作っているのに、どうして上手く出来ないんだろうか? やはり中にあれこれと詰めるのがいけないのか?」
 モードレッドは数日前に自身が作った焼き菓子を思い出す。
 どこにもないオリジナルの焼き菓子をパーティーで振る舞う為に日々練習しているのだが、未だに満足なもの‥‥と言うより、安全に食べられるものを作り出せずにいた。
「皆様に召し上がって頂ける様に一緒に頑張りましょう。ところで‥‥当日はどの様に参加なさるのですか?」
 デビルの手下になっていたモードレッドは、帰還して間もなく王宮騎士の資格を剥奪された。
 事情があるとは言え、彼の取った行動は騎士道に著しく反するものだったからだ。
 騎士ではなくなった今、モードレッドはケイの温情により助手と言う形でパーティーの準備に携われているが、当日に参加するのは厳しいだろう。
「冒険者に変装して参加するから問題はない。当日は無礼講で給仕も必要ないだろうしな。精々厚かましく楽しませてもらうさ」
 そんな心配をよそに微笑むモードレッドを見つめ、クレアはある日の出来事を思い出す。
 過去と罪を泣きながら告白した自分に「そんな事はずっと前から知っていた」と微笑む彼の優しい瞳を。
「腹もいっぱいになったし、明日も早いからもう寝る。クレアも風邪をひかないように気をつけてくれ」
 そう言い立ち上がる背中に「おやすみなさい」を。
 そして起きて来た彼に「おはよう」と言える事が、何よりの幸せだと思いながら‥‥。
 
 自室に戻ったモードレッドの視界に、壁に立てかけてあるレイピアが映る。
 無言のまま机の引き出しを開け十字架の首飾りを手に取ると、それは月の光を浴びてきらりと輝いた。
「どちらも僕には必要なくなってしまった。戦う術を失った僕に出来る事は限られている、か‥‥」
 女神モーリアンが告げた失ったものとは、王宮騎士としての地位と戦う力だった。
 しかしそれらを失っても尚、有り余る程の幸福をモードレッドは感じていた。
「大事な人達と生きられる今に勝るものなど何もない。新しい職も中々に楽しそうだしな」
 自分が歩む新たな道を知らせたならば、友達はどんな反応を見せるだろうか?
 その時の事を想像し浮かべる笑顔は、穏やかで優しいものだった。
「どうせならどんな変装が良いかあいつらに聞いてみるか。その礼に手作りの焼き菓子を振舞ってやろう」
 きっと喜ぶに違いないと思いながら、モードレッドは十字架の首飾りを引き出しにしまう。
 誰も信じず心を閉ざしていた、かつての自分と決別するかのように‥‥。

●今回の参加者

 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5357 ラルフィリア・ラドリィ(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec1621 ルザリア・レイバーン(33歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ec2307 カメリア・リード(30歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4047 シャルル・ノワール(23歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ラルフェン・シュスト(ec3546

●リプレイ本文

●甘味王子の甘味レッスン
 クレアへの挨拶を済ませた一同は、客間で談笑しつつモルを待っていた。
「モルさん、こんにちはです〜♪」
 カメリア・リード(ec2307)は階段を下りてくるモルに条件反射とばかりに抱きつこうとしたが、はたと思い止まる。
「どうした? いつもなら鬱陶しく抱きついてくるのに。今日はやけに静かなお出迎えだな」
「むぅ。鬱陶しいだなんて酷いのですよ」
 頬を膨らませてソファに座るカメリアは、傍らのルザリア・レイバーン(ec1621)に気づかれない様に視線を移す。
 彼女はモルの恋人。
 いくら姉貴分とは言え、抱き付かれては面白くないだろう。
(「寂しいですけど我慢しなきゃです。だって私はモルさんのお姉さん、ですもの」)
 カメリアは嬉しそうなルザリアの横顔と、彼女を見つめるモルのはにかんだ笑顔に淡い微笑を浮かべる。
「モードレッド殿、今回も宜しくお願いするよ♪」
「ああ。僕こそ宜しくな」
「もーちゃん素直なの♪ これもルザリアさんにぞっこん、だから?」
「「なっ!!」」
 にぱぁっと嬉しそうに微笑むラルフィリア・ラドリィ(eb5357)の言葉に、2人は声を揃え頬を真っ赤に染める。
「ねぇねぇ、教えてー?」
「こ、子供は知らなくていいっ!」
 照れ隠しに言葉を荒げソファに沈み込むモルは、穏やかに微笑む黒の瞳と出会う。
「ん? お前は‥‥」
「初めまして、モードレッドさん。神聖騎士のショコラ・フォンス(ea4267)と申します。以前、こちらで開かれたお茶会でお菓子を作らせてもらったのですが‥‥」
「見覚えがあると思ったら、あの茶会に来ていたのか」
「ええ。ロールケーキや四つ葉ケーキを作らせて頂きました」
 笑顔でそう告げるショコラの顔が、記憶の中の絶品甘味達と重なり始める。
 思わず垂れそうになった涎を、モルはこっそりと拭った。
「あの2つは美味かった。お前は料理上手なんだな」
「いえ、それ程では‥‥ですが、お褒め頂き光栄です」
「そんなお前に頼みがある。僕に美味い甘味の作り方を教えてくれ」
 モルはショコラの目を真っ直ぐに見つめたまま、甘味作り連敗の日々を切々と語り始める。
「初めて作った甘味で激しい吐き気に襲われ、一日中寝込む羽目になった。次に作った甘味では腹を壊し、危うく干乾びる所だった。その次の甘味では全身に湿疹が‥‥」
「ですが最近は安全なものを作れるようになったのですよね、モル坊っちゃま」
 そこにクレアが紅茶を手に現れ、優しい顔で微笑む。
「ああ。だが美味いと言うには程遠い。頼む! 手作りのオリジナル甘味を祝宴で振舞えるよう力を貸してくれ!」
「断る理由なんてありませんよ。折角ですから皆さんで一緒に練習しましょう」
 頭を下げるモルの真剣な想いを感じ取り、ショコラはそっとその肩に触れる。
「本当かっ!? ありがとうっ!」
 そう言い浮かべる笑顔にはいつもの意地悪さはなく、無邪気な子供のよう。
 紅茶とお喋りを楽しんだ後、一同はクレアに案内され台所へと向かった。

 ショコラ作の焼き菓子が竈から姿を現すと、途端に台所は甘い香りに包まれる。
 香りだけではなく見た目も可愛らしい焼き菓子に、ごくりと鳴るのはラルとモルの喉。
「どこにもないオリジナルの焼き菓子を作るとなると、基本を知っていてこそ。あとは材料と分量の調整ですね」
「なるほどな‥‥」
「それと粉は玉にならない様に丁寧にかき混ぜて下さい。お菓子作りに繊細さは必須ですから」
「わかった‥‥こうか?」
「ええ、その調子です。ですが1番大事なのは食べてくれる人の笑顔を思ったり、誰かの為に作ろうと言う思いですよ」
「‥‥もー我慢できないの。いただきまーす♪」
 うずうずとしていたラルは、我慢の限界を越え焼き菓子をぱくり。
「おいし♪ ほっぺが落ちちゃいそうなのー」
「なっ! お前、ずるいぞ!」
 モルが抗議の声を上げた瞬間、彼がかき混ぜていた焼き菓子のタネがべしゃっとカメリアの顔にかかる。
「あううっ‥‥モルさん、余所見はダメですよぅ」
「す、すまん! つい力が入ってしまった」
 でろんとしたタネを泣きながら拭うカメリアは、ルザリアに教えてもらいながら焼き菓子作りに励んでいた。
 彼女のタネはモルとは違い、キメ細やかで既に美味しそうだ。
「これならば美味しい焼き菓子になるだろう。カメリア殿は筋がいいな」
「えへへ、ありがとです♪ これもルザリア先生の教え方が上手だからですよ。とっても丁寧で分かり易いんですもの」
 カメリアは鼻の頭に粉を着けたまま、嬉しそうに微笑む。
「それに比べてもーちゃんのはでろんでろんで不味そーなの」
「う、煩いっ! 文句を言うなら作ってみろ!」
「僕はお子様の用事で忙しいから、食べる専門なの」
「はいそうですかと納得できる理由か! いいから僕にもよこせっ!」
「あっ、ダメ‥‥っ!」
 モルは大人げなく、ラルが食べていた焼き菓子を横取りする。
「はう、僕のお菓子‥‥もーちゃんが取った‥‥」
「ふんっ。独り占めするお前が悪い」
 涙目のラルからぷいっと顔を逸らし、もぐもぐと焼き菓子を堪能するモルだが‥‥
「‥‥モードレッドさん、大人気ないですよ」
「酷いのです。甘味の鬼なのですっ」
「子供相手に何と言う事を‥‥見損なったぞ、モードレッド殿っ!」
「うぐっ!」
 3人から激しく責められたモルはずがーんと打ちひしがれ、どろーんと落ち込みオーラを背負いながらタネをかき混ぜ始める。
「全く‥‥仕方がないお人だ。かき混ぜ方は優しくだ。料理は愛情と言うだろう?」
 ルザリアは背後からモルの手に触れ、その耳元でそっと囁く。
「体調は問題ない様だが、無理はしないで身体を気遣ってな? その、モードレッド‥‥」
「あ、ああ。気をつけ‥‥うっ!?」
「どうした、モードレッド?」
 突然体を強張らせるモルにルザリアは首を傾げる。
「ルザリア、当たってる‥‥」
「ああ、正しい事を教えているつもりだぞ」
「じゃなくて、む、胸が‥‥」
 絞り出す様な声で告げるモルは耳まで真っ赤な顔で俯く。
「う、あ‥‥そ、その‥‥すまないっ!」
 バッと体を離し背を向けるルザリアの隣で、モルは煩悩を振り払うかの様に超高速でタネをかき混ぜるのだった。

 料理を作っている時の心の状態は、出来上がりに如実に表れると云う。
「う〜‥‥甘いお菓子なのに変な苦みがあるのはどーして?」
「これは‥‥粉を間違えて入れたのかもしれませんね」
「ああ。それに口の中の水分を一気に持って行かれるな‥‥」
 3人はモルの悲惨な焼き菓子を、冷や汗を浮かべながら食べていた。
「モルさん‥‥とっても不味いです」
 誰も言わない一言をカメリアはきっぱりと言い放つ。容赦ない批評は彼を想う姉心故だ。
「でも挫けちゃダメですよ? モルさんの正直な感想でフレッドさんのアップルパイもぐぐっと美味しくなったですもの。だから練習あるのみですっ♪」
 アップルパイがきっかけで深まった2人の友情の仕掛け人カメリアは、これからも仲良く‥‥と言いかけた言葉を飲み込む。
 自分が敢えて言わずとも大丈夫、そう思いながら。
「‥‥はっきりと指摘してくれてありがとな」
 モルはふうと息を吐いた後、カメリアをジッと見つめる。
「ここで諦めたら(自称)キャメロットの甘味王の名が廃る。満足のいく物が出来るまで、徹底的に付き合ってくれるか?」
「勿論ですっ♪ 頑張りましょうね、モルさん!」
 胸の前でぐっと両拳を握るカメリアの後方で、3人も笑顔で頷いた。
「その意気だ、モル。菓子作りは根気と愛情だぞ」
 そこに笑顔のラルフェン・シュストが姿を現す。
「これは陣中見舞いだ。独り占めせず、皆で仲良く食べてくれ」
「陣中見舞いとは随分な言い草だな。だが甘味は有り難く頂いてやる」
 甘味の詰まった袋を受け取り、モルはにやりと微笑んだ。
「ラルフェンさんは甘味商人さんみたいなのです。頂いたシュクレ堂の焼き菓子もたくさんでしたし♪」
「あれだけではこの甘味王子が食べ尽くしてしまうと思ってな。それに皆の顔も見たかったからお邪魔させてもらったんだ」
 ラルフェンは穏やかな顔で微笑み、モルの頭をくしゃっと撫でる。
「失った事で得られた物が幸福ならば、何も言う事はない。未来を作るのは今あるお前自身だからな」
 モルの首にホーリーシンボルである十字架の首飾りが無い事に気付き、ラルフェンは漠然とではあるが彼の身に何が起こったのかを理解する。
「暇が出来たらクレアとパリへおいで。いつでも歓迎しよう。それに甘味巡りにも付き合うからな」
「その時はお前の奢りでパリ中の甘味を食い尽してやる。覚悟しておけよ?」
 兄に甘える弟の様な表情を見せられては、首を縦に振るしかない。
 ラルフェンは笑顔で頷きながら、やがて来る日の為に『甘味貯金』をしようと心に決める。
「ところでこれはモルが作ったのか?」
「ああ。だが不味いから食わない方が‥‥」
「大丈夫だ。あの闇鍋よりは‥‥‥‥本当に不味いな」
 端正な顔を顰めるラルフェンを皆の笑い声が包み込む。 
 こうして皆に支えられながら、モルの焼き菓子修行は祝宴当日まで続くのだった。

●スイート・ウエディング 
 時は依頼初日に遡る。
「クレアさん、お願いがあるの」
 ラルは大きな瞳でじぃっとクレアを見つめる。
「もーちゃんの家で結婚式したいの。だからお部屋一つ貸して?」
「結婚式‥‥ですか?」
 突然のお願いに戸惑うクレアに、ラルはたどたどしいながらも精一杯自らの計画を説明する。
 皆がモルとお菓子作りをしてる間に準備しようと思っている事、そしてクレアにも手伝って欲しい事‥‥。
「‥‥モル坊っちゃまの為にありがとうございます。私で良ければ是非お手伝いさせて下さいませ」
「いいの? ありがとー♪」
 優しい笑顔のクレアに抱きつき、ラルは母の様に温かい胸に頬擦りをする。
「あのね、純白のヴェールを捜すの手伝って? あともーちゃんの服も! 一杯頼んでごめんね‥‥?」
「いいえ、お安いご用ですよ。ヴェールは既製品でも素敵なものがございますが、問題はお衣装ですね‥‥」
 モルのサイズは心得ているので既製品を手直しすれば問題ないが、ルザリアのサイズをクレアが知る由もない。
 本人に聞けば怪しまれてしまうと悩むクレアに、ラルはニッと微笑む。
「だいじょーぶ。僕がこっそりと測っておくから♪」
 さすがお子様。何とも羨ましい特権である。

 そして暗躍するラルの努力が報われたのは、祝宴の前日。
「ん? 私に用事? 何だろう?」
「こっちこっちー♪」
 ラルは何も知らないルザリアをクレアの私室へと案内する。
「こ、これは‥‥!?」
 目の前で輝く純白のウエディングドレスを呆然と見つめるルザリア。
「今からさぷらいず結婚式なの♪」
「‥‥ちょっと待て!? 結婚式って誰の‥‥」
「明日の祝賀会には坊っちゃまの奥方として出席して下さいませね?」
「わ、私のかっ!?」
 思いがけない出来事にルザリアは頬を染め、再びドレスを見つめた。
 そして1時間後────。
「お待たせしました、ブーケの完成で‥‥わぁっ」
 冬咲きの薔薇で作ったブーケを運んできたカメリアは、花嫁姿のルザリアに歓声を上げる。
「ルザリアさん、とってもとっても綺麗なのです‥‥」
「あ、ありがとう‥‥カメリア殿が作ってくれたブーケも、私には勿体ないくらいに綺麗だ」
「喜んでもらえて嬉しいですっ♪」
 カメリアは微笑み、薔薇の花を一輪、ルザリアの頭に差す。キラキラと輝くティアラの隣に、そっと。
「これ、付けてみて。一足早く春先取りなの。いい匂いでもーちゃんに会うといいよ♪」
 ラルは甘い香りのする香り袋をルザリアに手渡す。
「じゃあ張り切っていってみよー♪」
 にぱっと微笑み、ラルはルザリアの手を引いた。

 その頃、モルは『ルザリアさんをゆーかいした。返して欲しくば甘いモノを用意しろ』と言うラルの手紙を握り締め、行きつけの店で片っ端から甘味を買い漁っていた。
「あいつ、何を企んでるんだ? 明日は祝宴だと言うのに‥‥くそっ」
 前が見えない程の大きな袋に甘味を詰め、息を切らし帰宅したモルが目にしたのは────
「ルザ、リア‥‥?」
 マーメイドラインのウエディングドレスに身を包んだルザリアの姿。
 女性らしい体を包み込むドレスは、彼女が持つ清楚な美を引き立てる上品なデザインだ。
「モードレッド殿‥‥あの、これはだな‥‥」
 どさっとモルの手から袋が落ち、詰まっていた甘味が数個、絨毯の上に転がった。
 ラルはモルの傍までルザリアを引っ張っていき、ニッと微笑む。。
「甘いモノとルザリアさん、どっちとる?」
「‥‥‥‥」
「もっかい聞くよ。どっちが好き? どっちが大事?」 
「‥‥‥‥」
 モルは何も答えず、ただルザリアを見つめている。
「むー。悩んでたからてんちゅーなの。よーちゃんゴー!」
 痺れを切らしたラルの命令を受け、陽のエレメンタラーフェアリーのよーちゃんはモルの頭を思いっきり蹴っ飛ばす。
「痛てっ! な、何をす‥‥」
「ついでにくまーもパンチなの」
「がふっ!!」
 ラルのペットの熊に背中を殴られ、モルは勢い良く前につんのめる。
「だ、大丈夫か?」
 それを受け止めるルザリアからふわりといい香りがし、モルを優しく包み込んだ。
 モルはルザリアの顔をジッと見つめた後、真っ赤な顔で目を逸らす。
「迷ってたんじゃない。見惚れて‥‥言葉が出なかったんだっ」
 その言葉にルザリアは頬を染め、マリアヴェール越しに潤む瞳でモルを見つめる。
「すごく綺麗だ。目眩がするくらい、な‥‥」
「モードレッド‥‥」
 ルザリアは瞳を潤ませ、きゅっとブーケを握り締めた。
「さあ、モル坊っちゃまも御着替えをなさって下さい。私が手伝いますから‥‥」
 2人を微笑ましく見守っていたクレアは、モルに優しく声をかける。
 客間を後にするカメリアはルザリアを座らせた後、ショコラの居る台所へと向かった。
「お料理をお任せしちゃってゴメンなさい。はわ、すごく美味しそうなのですよ〜」
「腕によりをかけて作りましたからね。ケーキもばっちりです」
 ショコラは寝ずに作り上げた3段重ねのケーキを笑顔で見つめる。
「私、お2人とも大好きですよ。でも、やっぱり寂しいって思っちゃうです。お姉さん失格、ですね‥‥」
 ケーキに添えられた人型クッキーはモルとルザリアに似ている。
 泣き笑いの表情を浮かべるカメリアに、ショコラはゆっくりと頭を振った。
「大切だからこそ自分の傍を離れて行ってしまう事が寂しいのですよ。私もそうでしたから‥‥」
 最愛の妹の晴れの日、自らの胸を襲った寂寞の想いをショコラは思い出す。
「えへへ、ありがとですっ。こんな顔をしてたって事、モルさんには内緒にしてて下さいね?」
 カメリアは微笑み、サラダの盛り付けを手伝い始める。
 泣いてはいけない────そう自分に言い聞かせながら。

 白いタキシードに身を包んだモルは、熱の籠った瞳でルザリアを見つめていた。
「順番が逆になってしまったが‥‥ルザリア、僕と結婚しろ。一生大事にしてやる」
 口にするのは格好をつけた強気で偉そうなプロポーズ。
 しかし肩に添えられた腕が震えているのに気付いて、ルザリアはくすっと幸せの笑い声を漏らす。
「‥‥はい。私もあなたを生涯愛し続けると誓うよ、モードレッド」
 答えを口にした瞬間、モルの腕から力が抜けるのがわかった。
 マリアヴェールをそっと持ち上げられたルザリアは、キスの予感に瞳を閉じる。
 次の瞬間‥‥モルのキスが降りて来たのは、唇では無くおでこだった。
「どーして唇にちゅーしない?」
「う、うるさいっ! 人前でキスなんて恥ずかしくて出来るかっ!」
 モルは真っ赤な顔でラルを睨むと、ルザリアをひょいっと抱き上げる。
「これが僕の精一杯だっ!!」
「あ、あぅ。あ、ありがとうモードレッド‥‥私は幸せ者だな」
 ルザリアはモルの首にぎゅっと抱き着き、逞しい腕に身を委ねた。
「お2人ともおめでとうございます♪ 末長くお幸せにですよ〜」
「幸せにしないとゆるさないの〜」
 祝福するカメリアとラルの隣で、クレアはモルの晴れ姿を瞳を潤ませて見つめていた。
「ご結婚おめでとうございます。お2人の為に精一杯作らせて頂きました」
 そこにショコラがウエディングケーキと共に姿を現す。
 ベリージャムを織り交ぜたマーブル生地の3段重ねケーキには、教会の形をしたクッキーと新郎新婦を模した人型クッキー、そしてルザリアのブーケと同じ薔薇が装飾されている。
 そして一際目を引くのは、鮮やかな色のジャムで書かれた『ハッピーウエディング』の文字とハートマークだ。
「夢みたいなケーキ、早く食べよ?」
「ちょっと待て。まずはケーキ入刀をして、その次にファーストバイトで僕達が先に食べるんだからな」
「わかってるもん。僕、我慢する‥‥」
「その後は直ぐに食わせてやるからむくれるな。素敵な結婚式をありがとう、ラル‥‥」
 モルの優しい瞳に見つめられ、ラルは笑顔で頷いた。
 ケーキだけでなくショコラとクレアの作った料理はどれも素晴らしく、一同は祝福の美酒と共に舌鼓を打つ。
 料理よりも甘味の方が多いのは、甘味王子の結婚式ならではであった。

●想いが届く瞬間(とき)
 そして夜は開け、祝賀会の朝が訪れる。
「‥‥美味しいですよ、モードレッドさん。これならば皆様に喜んで頂けるでしょう」
「本当か? 良かった‥‥」
 ショコラに褒められ、モルはへにゃっとその肩に寄りかかる。
「根気よく教えてくれてありがとな。これもお前達のお陰だ」
「いいえ、私達は少しお手伝いをしただけですよ。ところで、お聞きしたい事があるのですがよろしいですか?」
「ん、何だ?」
「実は妹から聞いて来てとせがまれまして‥‥モルと言うのはあだ名なのですよね? フルネームの最初と最後を取って付けられたのでしょうか?」
「言われてみればそうかもしれんな。コレットがつけた故、真相はあいつしかわからんが‥‥」
 『モ』ードレッド・コーンウォー『ル』でモルなのかと尋ねるショコラに、モルは暫し考え込む。
「機会があれば聞いておいて頂けると助かります。さあ、そろそろ支度をしましょう。どんな変装をするかは決まりましたか?」
「散々悩んだ結果、地味な冒険者風にする事にした。お前が教えてくれたカツラも捨て難かったんだがな‥‥」
 ショコラと一緒に大量のオリジナル焼き菓子‥‥甘く煮たシトロンの皮をみじん切りにし生地に混ぜ、甘酸っぱいシトロンジャムを包んだものをバケットに詰めながら、モルは皆の変装案を思い出す。
『きぐるみがいいのー。くまーとおそろいする?』
『やっぱりモルさんはキュアナイトですっ♪』
『わ、私と一緒に狐耳姉妹になってみるか?』
 ‥‥どれも恥ずかしいので却下したのは言うまでもない。
「皆は美味いと言ってくれるだろうか‥‥」
「大丈夫ですよ。自信を持って下さい」
 ジッと焼き菓子を見つめるモルの背を軽く叩き、ショコラは柔らかく微笑む。
 その笑顔に勇気をもらったモルは頷き、客間で待つ皆の元へと向かった。

「この場でまたこうして皆と集えた事を嬉しく思う。邪竜との戦い、そしてグィネヴィアと鞘の奪還‥‥どれも諸君らの力があってこそだ。此度の宴はそれを労うものであり、また勝利の祝いの場でもある。戦果や身分は気にすることなく存分に楽しんでいってほしい」
 アーサー王の挨拶の後、祝宴は和やかにその幕を開けた。
「あそこのテーブルに置けば、配置完了だな‥‥」
 モルはこそこそと自作の焼き菓子をテーブルに置いて回り、そっと物陰から口にした人の反応を見守る。
 やがて広がっていく笑顔の輪に小さくガッツポーズをするモルの姿を、王と王妃は瞳を細め遠くから見守っていた。
「全く、奥さんを放って何をしてるのかしらね、コンちゃんは」
 水色の髪の可愛らしいシフールの少女は、くてっと木に寄りかかるモルの姿に溜息をつく。
「ルザリアさん、甲斐性無しの甘味王子様を癒してあげてね?」
 そっと耳元で囁き、少女は小悪魔ちっくな笑顔でその場から飛び立っていった。
 ルザリアはその背に「ありがとう」と呟き、モルの側へと歩み寄る。
「モル? 何をしてるんだ?」
 ‥‥が、黒髪のサムライナイトがモルへ声をかけるのを目撃し、そっと物陰に身を隠す。
「そ、蒼汰‥‥」
 モルは正体を見破られた事に体をびくっと震わせた後、息を吐き友へと近づいた。
「僕はもう騎士じゃないからな。この祝勝会も手伝いはさせて貰ったが本当なら‥‥」 
「モルがモルである限り、お前は俺の友人で可愛い弟分だよ‥‥おかえり」
 寂しそうなモルの手に触れ、サムライナイトは優しく微笑む。
「‥‥ただいま」
 友の真心にモルは微笑み、温かな手を握り返した。そして‥‥
「パーシ!」
 離れた場所で自分を見つめていたパーシに歩み寄る。
「お前、トリスタンの心臓を捜す旅に出るそうだな!」
「ああ」
「お前の事だから心配ないと思うが、いざとなったら冒険者を束ねて加勢に行ってやる」
「ありがとう。期待している‥‥」
 偉そうに指を差すモルに微笑むパーシは兄の顔をしていた。
 その瞳がくすぐったくも嬉しくて、モルは照れた顔を隠さずにパーシを見つめる。
「だから‥‥トリスの事を頼んだぞ。アイツも僕にとって大事な兄貴分だからな」
 アイツも。
 そこに籠められた意味に微笑み、パーシはモルの肩をぽんと叩く。
「大事にしてやれ。‥‥大切な人をな」
「ば、馬鹿! お前の方こそちゃんとしたらどうなんだ!」
 互いの言葉に暫し無言で見つめ合う2人。
 背を向けているパーシの表情は伺いしれないが、モルの顔は真っ赤であった。
 その事が嬉しく、なのにこうして気後れをしてしまう自分が歯痒いルザリアは、そっとその場から姿を消した。
「おいしーもの、いっぱい‥‥うれしー、たのしーな笑顔もいっぱい‥‥♪」
 振舞われる甘味をもくもくと頬張りながら、ラルは会場を見回す。
「モルさんのお菓子も大人気で良かったのですよ。とっても美味しく出来ましたものね」
「‥‥はうっ。もーちゃん菓子は僕が半分くらい食べちゃったかも。だっておいしーんだもん♪」 
 モルの焼き菓子を優しい目で見つめるカメリアの隣で、えへっとラルは舌を出す。
「やっぱり私は給仕の方が気が楽ですね‥‥」
 ふうと息を吐くショコラの目に、会場を駆け抜けて行くモルの姿が映る。その横顔はとても焦っている様に見えた。
「ルザリア! 何処だっ!?」
 彼女を放っておいてしまった自分を責めながら、モルはその姿を求めて中庭へと足を踏み入れる。
「あ、あれは‥‥」
 進行方向の先にゆったりと寛ぐ恩師ケイとその妻シェリーの姿を目撃し、モルは僅かに速度を緩めた。
 そして気づかれない様に願いながら、俯きその場を通り過ぎようとするのだが‥‥
「モル!」
 ケイの一喝にモルは震え、びしっと背中を伸ばす。もはや条件反射だ。
「あなたのしたことは決して許されることではありません。いったいどれだけ、周囲の人間に迷惑をかけたと思っているのですか!」
 厳しい言葉が心に突き刺さる。
 モルは表情を強張らせながら、しゅんと項垂れた。
「あなたはとんでもない愚か者です! 自分の行動の責任もとれない未熟者です!」
 それは甘んじて受けるべき叱責の数々。
 やはり嫌われてしまったのかと、モルが唇を噛み締めた瞬間‥‥
「だから・・・・まだまだ、私がいないとダメなようですね」
 優しい声音と共に、ふわりと頭を撫でられた。
 久しぶりの感触にモルは驚き、顔を上げる。
「まったくあなたは・・・・まだまだ手のかかる息子ですね」
 その呟きを聞いた瞬間、モルは言葉もなくケイの胸に飛び込んだ。
 父親そのものの優しさに満ちた、ケイの温もりの中に。
 しかしそれもほんの一瞬の事。
「で、ですから、私はまだあなたの結婚など認めませんよ! 未熟者のくせにとんでもない!」
 ケイはすっかりいつもの口調‥‥いや、少し慌てた口調でモルの体を突き放し、踵を返しその場を立ち去っていく。
 必要以上に早足なその後ろ姿は、ぷりぷりと怒っている様に見えた。
「せ、せんせい!」
「ふふふ、心配しないで下さいな。ケイさまってば、照れてるんですのよ。そしてちょっとヤキモチを焼いているのです。あとでシェリーがちゃんと説得しておきます。だから・・・・おめでとう、モル」
 情けない声を上げるモルにシェリーはウインクをし、祝福の言葉を残し夫の背を追う。
「ありがとうございます‥‥先生は僕の恩師であると同時に、敬愛すべき父親です」
 相思相愛、支え合っている理想の夫婦に頭を下げながら、自分達も2人の様になりたいと願うモル。
 やがて顔を上げた彼は、再びルザリアを求めて駆け出した。

 人知れず、ひっそりと。
 彼女はキャメロットの町を見下ろしていた。
「ルザリア‥‥」
 そっと名を呼べば、愛しい人はドレスを風にはためかせ、振り返る。
 安心した様な、寂しそうな笑顔で。
「独りにしてすまんっ!」
「あ、頭など下げないでくれ。私にあなたの隣に立つ勇気がなかっただけだ‥‥」
 ただ傍にいられればいいと、想いを押し殺していた日々はあまりに長く────控えめなルザリアはモルの妻として挨拶をする事に戸惑っていた。
「お前は僕の大事な伴侶だ。もっと自信を持て」
「わかっている。でもすぐには‥‥」
 言葉を濁すルザリアの顎を、モルはくいっと持ち上げる。
「ここにキスをすれば、自信が持てるか?」 
 ゆっくりと唇を指でなぞられ、ルザリアは頬を赤く染める。
 そして微かに頷いた後、そっと瞳を閉じた。
 触れるだけの口付けの終わりに再び開けた瞳は、熱を帯び揺らめく青の瞳に絡め取られる。
「好きでも、大好きでも足りない‥‥愛してる」
 私もだ‥‥と答える前にルザリアの唇は塞がれる。
 余裕のない性急な口付けに懸命に応えながら、ルザリアはモルの背にしがみ付いた。
「さて、そろそろ良い時間だろうか。楽しんでくれたようでこちらとしても嬉しい限りだ。‥‥宴は終わり、明日がくる。我々はこの明日を掴み取る為に戦った。だからこそ、明日が‥‥未来がより良いものとなるよう願い、奮起しよう!」
 アーサー王が告げる宴の終わりを遠くに聞きながら‥‥。

●出会えた皆に愛をこめて
 祝宴を終え、一同は仲良くモルの屋敷へと帰還した。
「思い出があれば、寂しくなんてないです‥‥」
 庭園で独り月を見上げていたカメリアは、自身が無地のスクロールに描いた絵を見つめ微笑む。
 それは宴を楽しむ皆の姿だった。
「上手く描けてるじゃないか」
「モルさん‥‥」
「早く屋敷の中に入れ。風邪をひくぞ」 
 モルはカメリアに近づき、自身が羽織っていたガウンを彼女の肩にかける。
「落ち着いたらアトランティスに行こうと思ってるです。精霊の大地に強く惹かれましたから」
 ガウンごと自分を抱きしめ、カメリアは口を開く。
「ここに来てから棲家を妹の家の隣に移して、動物と本の管理を託してたです。今まではキエフが帰る場所だと思ってました。でも‥‥」
 キャメロットの町に灯る無数の灯達に「おかえりなさい」と言われていると感じ始めたのは、いつからだったか。
「私、やっと帰ってこられました。これからは、此処が帰る処、です」 
「随分と遅いご帰宅だな。それに気付くのが遅過ぎだ」
 月明かりに照らされた笑顔は出会った時と変わらず不遜で‥‥でもあの時よりも頼もしく精悍になっていた。
「昔に逃げ出した国ですけど、何時の間に大好きで‥‥それはきっと、沢山の大好きな人達のお陰で‥‥」
 想いが、カメリアを突き動かす。
「これが最後ですから‥‥」
 ぎゅっとモルを抱きしめ、カメリアはすぐに体を離した。
 そして想定よりも早く彼が大人なった事を寂しくも誇らしく思いながら、そっと祈りの聖矢を手渡す。
「いつでも、貴方‥‥貴方達の、幸せを祈っています。ありがとう、モードレッド・コーンウォール。貴方に出会えて、本当に良かった‥‥」
「お前は出会った時から姉気取りで馴れ馴れしくて‥‥すぐに抱きついてくる変な奴だったな。でも‥‥僕にとってお前はかけがえのない大事な姉貴分だ」
「えへへ‥‥大好き、ですよぅ♪ 」
 精一杯の強がりと笑顔。
 でも‥‥
「僕も大好きだ。いつでも帰ってこいよ、姉上殿」
 ぶつかったモルの優しい瞳に、それまで堪えていた涙が溢れ出す。
「モル、さんっ‥‥本当に本当に‥‥大好きですっ‥‥!」
 顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるカメリアを、モルはそっと抱きしめる。
 それは優しく労わる弟の抱擁だった。

 依頼最終日の翌日。
 4人はモルに呼び出され冒険者ギルドを訪れていた。
「もーちゃんの用事、なんだろ?」
「待ち合わせ場所がギルドですし、やはり依頼に関する事でしょうか?」
「さっぱり見当がつかないのです〜」
「私もだ。何か突拍子もない事をしでかさなければいいが‥‥」
 ルザリアの言葉に3人はうんうんと頷く。
 その刹那、ぽん、と小気味のいい音が4つ、ギルドに響いた。
 驚いた一同が振り返った先には、丸めた羊皮紙を片手ににやりと微笑むモルの姿。
「ギルド職員として働く事になった。いい依頼を回してやるから期待しておけ」
 唖然とする4人を残し、モルはカウンターの奥へ進んで行く。
 しかし‥‥
「ちょっとモル君! 依頼書で人を叩くだなんてどう言うつもり?」
「す、すみません‥‥」
 早くも先輩に叱られるモルの姿に、4人は顔を見合わせて微笑み合う。

 冒険者の生き方に触れる事で己を見つめ直し、冒険者によって命と心を救われた少年が選んだのは、彼らを傍で支える道だった。 
 伝えきれない感謝の気持ちと親愛の気持ちを胸に、モルは新たな人生を歩み始める────。