【儚き双珠】シルフィのお料理教室

■ショートシナリオ


担当:綾海ルナ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月29日〜02月03日

リプレイ公開日:2008年02月04日

●オープニング

 おとうさんごめんなさい。
 おかあさんごめんなさい。
 シエラのせいでおうちをおいだされてごめんなさい。
 
 シルフィもごめんね。
 まだあかちゃんなのに、こわかったよね?
 もうこわいおもいはさせないからね。
 おねえちゃんがまもってあげるからね。

 追憶の中の自分は、虐げられた理由も誰かを守る大変さもわかっていなかった。 
 隣で規則正しい寝息を立てているシルフィの寝顔を見つめながら、シエラは遠い日の事を想う。
 自分のせいで住んでいた村を追われたあの日。大好きだった優しい人達の豹変はシエラの心に大きな傷を残した。その傷は成長と共に心の奥に深く根を張り巡らせ、彼女を孤独な人間不信者にしてしまったのだ。
 シルフィと共に住んでいるこの村の住人に心を許しているつもりはない。しかしシルフィは違った。シエラの目に彼女は村人を信頼し安心しきっているように見える。
(「手遅れにならない内にキエフに行かなければと思っていた。だが‥‥」)
 シエラは先の依頼で傷を負った自分の為に集ってくれた冒険者達一人一人の顔を思い浮かべる。。顔見知りも居れば始めて会う者もいたが、全員が自分やシルフィを案じてくれていた。
 友であり仲間でもあると言ってくれた者。
 他人を利用するくらいの強かさを持つべきだと助言してくれた者。
 言葉に出さないながらも態度で示してくれた者もいた。
 皆の心遣いと優しさがとても嬉しかった。他愛のない話をしながら過ごす野宿があんなに楽しいだなんて知らなかった。‥‥今までずっと、独りだったから。
(「そう言えばハーフエルフの双子もいたな」)
 出発の朝、兄を見送る妹の姿を見て、シエラはシルフィの小さい時の事を思い出していた。あれくらいの時はよく行かないでと駄々を捏ねていたものだ。一体、いつからシルフィは我儘を言わなくなったのだろうか。
 一日でも早くキエフに越すのがシルフィの幸せだと思っていた。しかしそれは彼女の心情を無視した強引なやり方でしかない事もシエラは理解していた。バグベア討伐の依頼から帰ってきて数日経った今、その迷いは日に日に強くなっている。
 思えばずっと依頼に出かけてばかりで、久しくシルフィとゆっくり過ごしていない。口にしないだけで、きっと寂しいに違いない。
 何処にも行かないようにとシルフィはシエラに抱きついて眠っていた。無意識の内でしか本心を表そうとしない健気さに胸が締め付けられる。細い体を抱きしめながら、シエラは暫くの間シルフィの傍にいようと思うのだった。

 翌朝、たまには休みを取ると告げたシエラに、シルフィは眩しい程の笑顔を見せた。朝から張り切って朝食作りをしている後姿はとても嬉しそうだ。
「‥‥また鮭か」
「もう、文句言わない! せっかく頂いたんだから」
 冒険者達が提供してくれた2匹の新巻鮭の内、1匹は彼らに振舞った鮭スープで消化できた。しかし残りの丸々1匹を女性二人で食べきるのは至難の業で、連日鮭料理が続いていたのだ。
「好物だからかまわないけどな」
 そう言い、手伝おうとしたシエラをシルフィが制す。
「お姉ちゃんは座ってて」
「いや、手伝うよ」
「いいのいいの。お姉ちゃんの為に作れるのが嬉しいんだから」
 大袈裟過ぎる喜び様は、普段どれだけ心細く寂しいかを物語っていた。シエラはそれに気づかせてくれた冒険者達に感謝してもしきれなかった。
 大人しく椅子に座りながらシルフィの手際のよさに見惚れていたシエラは、ふとある事を思い出す。
「お前に料理対決を申し込みたいと言ってた奴がいたが受けて立ってみるか? 向こうは初心者だから楽勝だろうけどな」
「そんな意地悪いってると嫌われちゃうよ?」
 クックックッを珍しく笑い声を漏らすシエラにシルフィは苦言を漏らす。
「まあ対決かどうかはともかく、人を集めて家で料理教室でもやったらどうだ? きっと喜ばれるし、賑やかで楽しいぞ」
 その光景を想像して目を細めるシエラを少し驚いた顔で見つめた後、シルフィは笑顔で頷いた。
「うん、やってみようかな」
「よし、明日ギルドに依頼を出してこよう」
「ふふっ。お姉ちゃん、楽しそうだね?」
「べ、別に! お前が喜ぶと思ってやってるだけだ」
 シルフィに図星を指摘されたシエラは、照れ隠しに運ばれてきたスープを口に運んだ。
「でも、いっぱい集まってくれたらここじゃ狭いよね‥‥」
 ふと心配そうな顔を見せた後、暫し考え込むシルフィ。
「そうだ! 村長さんのお家を貸してもらおうよ」
 村人を頼るのが嫌いなシエラは渋い顔を見せたが、他にいい案は浮かばなかった。作った料理を村長や村人達に振舞えば喜ばれると必死に説き伏せるシルフィに根負けし、シエラは仕方なく村長に頼む事にした。

「それは楽しそうじゃな。こんなとこでよければ好きに使ってくれてかまわんよ」
 村長は皺だらけの顔を嬉しそうに綻ばせながら快諾してくれた。
「こちらの都合ですまないな。シルフィの料理は美味いから期待しててくれ」
 シエラは深々と頭を下げると、村長宅を後にした。

 翌日、冒険者ギルドにお料理教室参加者募集の依頼が張り出された。
 全行程は5日間。まずはキャメロットで姉妹と共に材料の買い出しをしてもらう。その後に村へ帰り、お料理教室が始まる。最終日は村人に練習の成果を振舞うのだ。
 教わる料理は初心者でも簡単に作れる『ソラマメの煮込み料理』である。
 

●今回の参加者

 eb7017 キュアン・ウィンデル(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4006 ジョヴァンニ・カルダーラ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4163 ミリア・タッフタート(24歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec4311 ラティアナ・グレイヴァード(14歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec4461 マール・コンバラリア(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

桜葉 紫苑(eb2282)/ ラディアス・グレイヴァード(ec4310

●リプレイ本文

●待ち合わせ
「外は寒いからな。しっかり着込んでいくんだぞ」
 シエラはそう言うと、シルフィの首にマフラーをグルグルと巻きつけた。そして自分とお揃いの毛皮のマントを羽織らせる。
「お姉ちゃん、こんなに着込んだら歩きづらいよー」
「文句を言うな。雪の中を歩いていくのはお前が考えている以上に大変なんだ」
 シエラは渋い顔で少し乱暴にシルフィにふわふわ帽子を被せた。
 薄暗い夜明け前。姉妹は村はずれの家を後にする。
 二人は冒険者と待ち合わせをしているキャメロットに向かっていた。そこでの目的は料理教室で使う食材の買い出しである。
 きっとキャメロットに着く頃は夜更けだろう。宿で一泊して、明日の朝に冒険者達と落ち合う予定だ。

「シエラさ〜ん! シルフィちゃ〜ん! おっはよ〜!!」
 待ち合わせ場所に現れた姉妹にミリア・タッフタート(ec4163)は物凄いスピードで駆け寄ると、そのまま勢いよく二人に抱きついた。
「相変わらず元気が有り余ってるな」
 呆れたようなシエラの皮肉を物ともせず、ミリアは笑顔でVサインを突き出した。
「シルフィ‥‥体、辛くない?」
 レン・オリミヤ(ec4115)は控えめにシルフィに尋ねる。
「大丈夫です。心配してくれてありがとう」
 そっとレンの手を取り微笑むシルフィに、レンもぎこちない笑顔を返した。そんな微笑ましいやり取りをする二人の隣で目を怪しく光らせているのはミシェル・コクトー(ec4318)である。
「‥‥ついにこの日が参りましたわね。芸術性溢れる料理をお眼にかけますわ♪」
 兼ねてからお料理対決を目論んでいるミシェルにジオことジョヴァンニ・カルダーラ(ec4006)は声をかける。
「もう少し肩の力を抜いた方がいいんじゃないかな?」
 たおやかで物腰柔らかなジオはやんわりとアドバイスをする。しかし‥‥
「何を仰いますの? 料理という名の戦場で気を抜いたら待っているのは死、あるのみでわ!」
 鬼気迫るミシェルに何も悪い事をしてないのに叱られ、ジオはしゅんと縮こまってしまった。どうやら唯一の男性である彼が今回の苦労人決定のようだ。頑張れ、男子!
「初めてお料理するのー♪」
 大はしゃぎのラティことラティアナ・グレイヴァード(ec4311)は今回が初の依頼参加になる。今日だけは兄のラディアスも一緒だ。
「一緒に行けないのが残念だけど、今日は精一杯手伝わせてもらうよ」
 かなりの量の食材を持ち運ぶには男手は必須である。きっとジオ共々こき使われる事だろう。
「マールです、よろしくね!」
 姉妹と初対面のマール・コンバラリア(ec4461)はぺこりとお辞儀をする。
「こちらこそ仲良くして下さいね」
 初めてシフールと接するシルフィは瞳を輝かせながら挨拶を返した。
「そろそろ買い物に行くぞ」
 シエラは右手をミリア、左手をレンにしがみ付かれながら、出発の号令をかける。
 その様子を少し離れた所で見ていたヒルケことヒルケイプ・リーツ(ec1007)は一人、溜息をついた。
(「早く謝りたいけど、あれじゃ無理ですねぇ」)
 前回の依頼でシエラに少しキツく言い過ぎたと後悔しているヒルケは早く仲直りをしたいと思っていたのだが、気まずさから素直に謝れずにいた。
 でも依頼は始まったばかり。ヒルケはまだ時間はたっぷりあると自分に言い聞かせる。
「わーい、お買い物だー♪」
「こら! 迷子になるぞ!」
 テテテーっと走り出すラティを慌てて追いかけながら、自分がいない所でワガママぶりを発揮しなければいいと願うラディアスだった。
 
●初めて尽くし
 ソラマメを始めとした食材を大量に買い込んだ後、一行はミリア推薦のお店でおいしいスイーツを食べながら休憩を取っていた。
「‥‥こんなに食べきれるかなぁ」
 生まれて初めて食べるスイーツに感動していたシルフィのお皿は、皆が分けてくれた様々なスイーツでてんこ盛りにである。
「ゆっくりなら食べられるよ。甘い物は別腹、って言うしね」
 ジオは穏やかな笑顔でシルフィのコップに温かい飲み物を注ぐ。
「どーしても無理ならあたしが食べてあげるー」
「‥‥そんなに食べたら太るぞ?」
 ラディアスの忠告にラティは頬をぷくーっと膨らませる。
「ディーのばーかっ! 無神経っ!」
 ぷりぷりと怒っているラティの可愛らしい様子に、一同から笑い声が漏れる。
「大勢で食べるの‥‥楽しい」
 レンの呟きにヒルケとマールは笑顔で頷いた。
「そうですねぇ。お料理教室はもっと楽しいですよー」
「うんうん。頑張ろうねっ!」
 今度はレンが二人に頷き返す。その顔はやはりぎこちないものの、彼女の気持ちが素直に伝わってくるような笑顔だった。

 お腹と心をたっぷりと満たしたらお買い物再開である。布や刺繍糸を扱うお店で、それぞれが自分の好みの物を吟味していた。ミシェルとマールが提案したエプロン作りで使う為だ。
 ミシェル曰くそれは『エプロン籤』と言うらしい。まずはそれぞれが好きな色のエプロン生地を買い、次に籤を引いて誰の刺繍をするか決める。
 ちなみにどんな刺繍をするかはすでにそれぞれで決めてあるらしい。なので男性であるジオのがとんでもなく可愛いエプロンに仕上がる可能性もあるのだ。
「私はピンクがいいですわ」
「緑にしよーっと」
「若草色で決まりなのー」
 ミシェル、ミリア、ラティはすぐに決まったようだ。一方、中々決まらないジオは女性陣による陰謀の餌食になろうとしていた。
「これがいいかな」
 とオレンジ色の生地を手に取ろうとした瞬間、マールが可愛い声でおねだりをしてきた。
「あたし、オレンジが好きなんだ。それひとつしかないし、譲って? お願いっ」
 もちろん優しいジオが断る筈がない。笑顔でそれをマールに譲る。
「じゃあ隣のこっちに‥‥あれ?」
 さっきまであった筈の水色の生地が見当たらない。ジオが店内を見回すと、なんとすでにヒルケにお買い上げされてしまっていた。仕方なくシンプルな白を手に取るのだが‥‥。
「‥‥私、これがいい」
 上目遣いで見つめてくるレンに負け、結局残っていたピンクの生地を買う羽目に。せめて刺繍だけはまともな物になるようにと祈るジオだった。

 シルフィに美しいキャメロットの姿を見せたいと願う冒険者達は、彼女を王国の象徴でもあるキャメロット城に案内していた。あまり時間がないので外から眺める事しか出来ないが、それでもシルフィの心の琴線を震わせるには充分だったようだ。
「綺麗‥‥」
 夕日に照らされたキャメロット城を見つめるシルフィの後姿を見守りながら、シエラは迷いを強くする。本当にこの国を離れるのがシルフィの為になるのだろうか、と。
「シエラさん、離れてないでこっちに来て!」
 考え込むシエラが寂しそうに見えたのだろうか。ミリアは強引にシエラの手を引っ張ると、シルフィの隣に並ばせた。
「楽しいことは見守るんじゃなくて、一緒にするの!」
 照れ隠しに「城なんか眺めてどこが楽しいんだ」と言おうとしたシエラだったが、結局それを口にしなかった。
 一人ではなく皆で眺める景色がとても温かく、綺麗でいつまでも見ていたいと思ったから───。

「ディー、いってきまーす!」
 いつまでも心配そうに見送っているラディアスに、ラティは元気に手を振ってみせる。
 買い物と観光を終えた一行は姉妹の住む村へ帰る為、キャメロットを後にした。大量の食材はヒルケのロシさんとジオのネルラに積んでいる。
「シエラ、半分持つよ」
 大きな袋を二つ抱えているシエラから、ジオはさりげなくその一つを受け取った。
「怪我ならもう大丈夫だぞ」
「それはよかった。でも女性に無理をさせるわけにはいかないからね」
 無茶をしていたシエラが心配だったジオは、怪我が治った事を知り安堵の笑みを浮かべる。しかし人の心配をしている場合ではない事を、まだ彼は知らない‥‥。

●エプロン狂想曲?
 翌日の夕方、一行は村へと辿り付いた。途中で野営をする事になったのだが、それも初体験のシルフィは楽しそうにはしゃいでいた。
「お料理教室は明日からですわね。今日中にエプロンを作り終えますわよ!」
 ミシェルがいつの間にか作った籤を天高く掲げると、お〜っという歓声が姉妹の家の中に響いた。この籤で誰が誰に刺繍するのかが決まる。
「まずは提案者の私から引きますわ‥‥レンさん、喜びなさいな」
 ミシェルはレンの刺繍係になったようだ。
「‥‥私は、ジオ」
 自分の担当がレンに決まり、ホッと胸を撫で下ろすジオ。しかしレンは無類の可愛いもの好きだった。ジオの運命やいかに!?
「私はミリアみたいだ」
 ジオの次に籤を引くのはミリア。
「あたしはミーちゃんだよ!」
 嬉しそうなミリアとは対照的に、ミシェルの頬がピクッと引きつる。
「ヒルケさんのに刺繍するのー」
 ラティはヒルケから受け取った水色のエプロンをギュッと抱きしめた。
「ではマールさん、一緒に引きましょう」
「オッケー」
 二人は「せーの」で籤を開いた。
「私はマールさんですね」
「あたしはラティちゃんだよ」
 これで全員の担当が決まった。嬉しそうな顔でエプロンを相手に託す者が多い中、一人ミシェルだけが中々ミリアにエプロンを渡そうとしなかった。
「ミーちゃん、早く貸してよー」
「‥‥ミリアさん、無様な物を作ったらどうなるかおわかりですわね?」
「大丈夫だよ。まっかせなさーい♪」
 自信満々なミリアに、ミシェルの不安は大きくなるばかりだった。

 シルフィが用意してくれた夕食を食べた後、全員でエプロンの刺繍に取り組んだのだが‥‥。
「あいたっ! また刺しちゃった〜」
 涙目のマールが握り締めるエプロンに、小さな赤い点々が増えていく。赤い花の刺繍だから上手く誤魔化せるかもしれないが。
「大丈夫ですか? 痛かったらすぐに見せて下さいね」
 応急手当てが得意なヒルケは心配そうな顔でマールの指を覗き込む。裁縫は初めてなヒルケだが、手先が器用なのか次々と野菜や果物の刺繍を施していく。
「‥‥事前に練習したんだけどね。難しいな」
 ジオは練習用で作ったお手本の麦穂の刺繍を取り出し、首を傾げる。形はそこそこ綺麗だが、手袋の下の指は傷だらけだった。無傷で刺繍をしていくミシェルの手際のよさに感嘆し、コツを聞くのだが一向に刺し癖(?)は治らなかった。
「いったぁ〜い! せっかくグッドラックをかけたのに〜!」
 ラティは血の滲む指を咥えながら、自分の刺繍をまじまじと見つめた。可愛いにんじんを刺繍していた筈なのに、何故かそれはマンドラゴラのようにうねうねしている。
「えへへ〜、あたし才能あるのかなぁ? 全然刺さないよ」
 ミリアの言葉を聞いたシエラが彼女の刺繍を覗き込む。
「なんだこれは‥‥オークか?」
「ぶっぶー! 正解はわんこでーす♪」
 どう見てもそれはオークにしか見えないぶちゃ犬刺繍だった。一方ミシェルは姉妹の一角獣の刺繍を完璧に仕上げ、小さく息を吐いた。
「ふう、完成ですわ。あら、レンさんも終わりましたの?」
「‥‥うん。可愛くできた」
 レンが刺繍したエプロンを見たミシェルの瞳が怪しく光る。
「まあ、素敵ですわね! でも縁にフリルをつけたらもっと可愛いですわよ?」
「ホント? ‥‥じゃあ、つける」
 ミシェルはこれをジオが付けた所を想像し、こみ上げてくる笑いを抑えるのに必死だった。

 そしてその瞬間は訪れた。ミシェルにとっては最高の、そしてジオにとっては最悪の事態が。
「‥‥ぷっ。お、お似合いですよー」
「うんうん、さすが美青年! ぷぷっ」
 褒め言葉を口にしながら必死で笑いを押し殺しているヒルケとマールを睨みながら、ジオは真っ赤な顔で唇を噛み締めた。
 無理もない。彼は立派な成人男性でありながら、フリルのついたうささん刺繍入りピンクエプロンを装着しているのだから。
(「何となく嫌な予感はしてたんだ。でもレン、君の事は信じてたのに‥‥」)
 しかしレンに悪気は全くなかった。彼女は自分の好きなうさぎの刺繍をしただけである。
「ミーちゃん、ジオさんのに負けないくらい可愛いのが出来たよ!」
 世の中には因果応報という言葉がある。笑顔のミリアから渡されたエプロンに刺繍されていたのは、ミシェルの美意識から大きく逸脱したものだった。
「な、なんですの、これは‥‥」
「可愛いわんこでしょ?」
 エプロンを持つミシェルの手がわなわなと震える。
(「こ、このぶちゃ犬エプロンを私がっ!?」)
 モンスター相手にも気丈さを崩さなかったミシェルは、あまりの衝撃にへなへなと腰を抜かしてしまった。
 こうして悲喜こもごもの夜は更けていく。
 しかしミシェルの恋のソラマメ占いでどくろマークを引き当てたジオの受難はまだまだ終わらない‥‥。

●素顔のシエラ
 唯一の男性ジオは、女性だらけの部屋で眠るという苦行を強いられていた。
「あたしが隣なら気兼ねしないだろう」
 と言ったシエラは隣で背を向けて眠っている。もちろん毛布は別だが、手の届く距離に年頃の女性が無防備に寝ているのは精神衛生上宜しくない。
 灯りを消してからずいぶん長い時間が経つが、ジオは全く寝付けなかった。居心地の悪さに耐えかねて何度も寝返りを打つ。
(「信頼されているのは嬉しいけど、男として全く意識されてないっていうのも複雑だな」)
 ジオが小さな溜息を漏らし、シエラに背を向けようとしたその時だった。
(「っ!?」)
 ジオの心臓がドクン、と高鳴る。急にシエラが右腕にしがみ付いてきたからだ。シエラの髪の毛が頬を擽り、柔らかい体が腕に触れる。ジオの体中の血は沸騰しそうなくらいに熱く、心臓は爆発しそうだ。
(「と、とにかく引き離さないと‥‥!」)
 大混乱のジオがシエラの手をゆっくりと解こうとした瞬間、
「お父さん‥‥」
 とシエラは小さく呟いた。
「お父さん、ごめんなさい‥‥シエラのせいで、ごめんなさい‥‥」
 シエラは縋るようにジオの腕を掴む手に力を込めると、子供のような寝言を繰り返した。幼い頃の夢を見ているのだと悟ったジオは、左手でそっとシエラの顔にかかる髪の毛を掻きあげる。その頬は予想通り、涙で濡れていた。
(「小さい時に辛い思いをしたんだろうな」)
 ハーフエルフが子供時代に迫害されるのは残念ながらよくある話だ。しかしそれが自分の仲間であるシエラにの身にも起こったのだと思うと、彼女が不憫で堪らなくなる。ジオはシエラの涙をそっと指で拭ってやると、彼女が寝返りを打つまでこのままでいようと思うのだった。
 もうパニック状態ではなかったが、しがみ付かれたまま眠れるほど冷静にはなれず、結局一睡もしないままジオは朝を迎える事となった。

●お料理教室の怪
 翌日、村長宅で1日目のお料理教室が始まる。
「ミシェルさんはエプロンを着けないんですか?」
 シルフィの指摘にミシェルは体をビクッと震わせた。
「そのままだと服が汚れてしまうよ? さあミシェル、あなたもこっちの世界においで‥‥ふふふ」
 ふりふりうささんピンクエプロンを装着したジオは、虚ろな瞳でミシェルを手招きする。
「嫌ですわ! こんなぶちゃ犬エプロンなんて‥‥」
「遠慮してるの? ミーちゃんなら大丈夫! このわんこに負けないくらい可愛いもん♪」
 必死に抵抗するミシェルをミリアは無垢な瞳で見つめている。
「‥‥お褒め頂き、光栄ですわ。私も騎士の端くれ。覚悟を決める時は潔く決めなければなりませんわね‥‥」
 自分の作品が可愛いと信じて疑わないミリアの純粋さに、ミシェルは腹を括ってぶちゃ犬エプロンを身に付けるのだった。
「まずは野菜を切りましょう。包丁を持つのが初めての人はいますか?」
 シルフィの問いにラティとジオ、そしてマールが手を上げる。
「初めての人には包丁の扱い方から教えますね。それ以外の皆さんは皮を剥いてからタマネギをみじん切りにして下さい」
「お料理が上手くいきますよーに! 皆、頑張ろうなのー」
 ラティはお料理経験者から順番にグッドラックをかけていく。
「何だか上手く出来そうな気がしてきました。ラティさん、ありがとうございます」
 ヒルケは笑顔で礼を言うと、軽快なリズムでタマネギを刻み始める。あちこちからトントンと包丁の音が聞こえる中、シルフィは初心者の3人に包丁の扱い方を教えていた。
「力を入れて握らなくても大丈夫ですよ。まずは縦半分に切って下さい」
 シルフィの視線がラティ、ジオと移り、マールではたと止まった。シフールの彼女には人間用の包丁は大きいので果物ナイフを持たせたのだ。それでもマールにとっては剣を持っているような感覚だろう。
「マールさん、無理はしないで下さいね?」
「平気平気! 心配してくれてありがとね!」
 不安そうなシルフィにマールは笑顔で答えた。そして3人はアドバイス通りに恐る恐るタマネギに包丁を入れてみる。記念すべき第一刀目だ。
「よし、初っ端から指を切らずにすんだよ」
「あたしも! ナイフが小さいからちょっとてこずったけどね」
 ジオとマールは無事に成功したらしい。しかしその隣のラティは‥‥
「痛ぁい‥‥タマネギがツルって滑ったのぉ」
 緊張から力んでしまったのか、はたまた超絶不器用なのか、早速指を切ってしまったようだ。
「大丈夫ですか!? ‥‥よかった、そんなに深くはないみたい」
 慌てて駆け寄ったシルフィは、大した切り傷でない事にホッとした顔を見せた。だがすぐに心配そうな目でラティに「続けられますか?」と尋ねる。
「平気だよ。これくらいで止めたらディーに笑われちゃうもん」
 頼もしいラティの言葉にシルフィは微笑むと、みじん切りの切り方を丁寧に教えていく。
 三者三様のぎこちない包丁のリズムが聞こえ始めた。そして1番先に切り終えたのはジオだった。
「タマネギが目に染みるけど、奇跡的に怪我をしなかったよ」
 刺繍の一件があるからなのか、彼の顔はとても嬉しそうだ。
「タマネギがピンク色なのぉ」
 ラティのみじん切りタマネギは彼女の血で所々薄いピンク色に染まっていた。その様子に気づいたヒルケは包丁を置くと、急いでラティに応急手当を施した。
「や、やっと終わった‥‥」
 マールは肩で息をしながら、出来上がったみじん切りを眺める。それはみじん切りというよりは乱切りに近かった。しかしお料理未経験のシフールの彼女にはこれが限界のようだ。
「次は他の野菜を切りましょう」
 ラティとマールの手当てが終わった後、シルフィは一つ一つの野菜の切り方を丁寧に教えていく。全部の野菜を切り終えたら、次は炒めに入る。
「熱っ! ニンニクが跳ねたー!」
「あぅー、野菜が油まみれなのー」
「おかしいな? タマネギが真っ黒焦げに‥‥」
 初心者達はてんやわんやの大騒ぎである。それを見ていたレンがポツリと呟く。
「皆、頑張ってる‥‥」
「そうですの? 私にはふざけているようにしか見えませんわ」
 ミシェルはふうと溜息をつく。彼女の目には戯れに映っても、当の本人達は大真面目なのだ。
「野菜がしんなりしたらソラマメを入れて煮込みます」
 全員が皮を剥いたソラマメを鍋に入れる中、マールはこっそりと生のソラマメを齧ってみた。
「うえぇ‥‥硬いし苦ぁい。やっぱ生じゃ美味しくないか」
 ぺっとソラマメを吐き出すマールの背後から、シルフィが声をかける。
「こらっ! 摘まみ食いはダメですよ」
 怒られたマールは小さくなりながら「ゴメンなさい」と謝るのだった。
「ソラマメに充分に火が通ったら一旦取り出して磨り潰します。綺麗なピューレ状になったら鍋に戻して煮込んで下さい」
 ヒルケ、ミシェル、レンの鍋からよい香りが漂ってきた。この3人の料理は期待できそうだ。
「‥‥そう言えばミリアさんの姿が見えませんねぇ」
 料理が一段落着いた頃、ヒルケは先程からミリアの姿が見えない事に気づく。
「外、みたい。わんこ達と一緒‥‥」
 レンは窓の外で愛犬のケル・コルと楽しそうに遊んでいるミリアに視線を移した。どうやらミリアは食べる専門らしい。
「ミリアさんのお料理なんて、想像しただけでも恐ろしいですわ。確実に死人が出ますわよ」
 ミシェルは親しいからこそ言える皮肉を口にしながら、瑞々しい果実を鍋に放り込んだ。それを目にしたヒルケの顔が引きつる。
「‥‥あの、ミシェルさん?」
「オリジナルアレンジですわ。基本に捕らわれない創意工夫がお料理には大切だと思いません?」
 ヒルケは心の中で「思いません!」と叫ぶものの、自信満々なミシェルが見た事のないハーブを隠し味に加えていくのを黙って見届ける事しか出来なかった。これを口にした誰かが天へ旅立たない事を祈りながら‥‥。

「皆、お疲れ様ー! お皿運びは任せてね」
 全員の料理が完成すると、ミリアは村長の家に戻りジオが作ってくれたエプロンを身に着けて甲斐甲斐しく食事の準備に精を出していた。シルフィはシエラに呼ばれて家の用事をしに行ったので、試食は冒険者達だけで行う。
「まずはヒルケさんのからだね。いっただきまーす!」
 ミリアの言葉に全員がヒルケの料理を口に運んだ。ドキドキと皆の反応を待っているヒルケの耳に、次々と「おいしい」という感想が聞こえてくる。
「味のバランスが取れてて、とてもおいしいよ!」
 笑顔のミリアにヒルケは照れ笑いを浮かべる。
「次はレンさんのだね! ‥‥うん、おいしいよ! 何だか懐かしい味がするよ」
 ミリアはそう言うと、あっという間に完食してしまった。レンの料理は作り慣れている安定した味だった。全員が納得の顔で頷く。
「‥‥人に食べさせるの、久しぶり。でも、喜んでくれてよかった」
 レンは微かな笑顔を覗かせた。
「これはマールさんのかな? 初めてとは思えないくらい、おいしそうだよ」
 ミリアは感心しながら料理を口にする。しかしニンジンを噛んだ瞬間、ガリッと嫌な歯応えがあった。
「ゴメン、野菜が生だったみたい‥‥」
 シフールの彼女が野菜を切るのはかなりの力仕事だったらしく、どうしてもひとつひとつが大きくなってしまったようだ。
「気にしないで、マールさん。ニンジンが生でも美味しいよ!」
 ミリアは笑顔で料理を頬張る。ニンジンが生なのを除けばマールの料理は美味しかった。しかしミシェルはマールに気づかれないように、ミリアのお皿に自分の分のニンジンをこっそりと忍ばせるのだった。
「このテラテラしてるのはラティちゃんのだね」
 見るからに油っこそうな料理に、ミリア以外は一瞬怯んだ。
「油を入れすぎちゃった。きっとおいしくないから無理に食べなくてもいいのぉ」
 しかし明らかに落ち込んでいる幼いラティをこれ以上悲しませるわけには行かず、全員が覚悟を決めて料理を口に運ぶ。‥‥油の味が口の中に充満する。
「おいしいよ、ラティちゃん。お肌がツヤツヤになりそうだね♪」
 全員がミリアの言葉に耳を疑う。しかし彼女は無理をしているようには見えない。もしかして‥‥味音痴!?
「この焦げ茶のは‥‥ジオさんの?」
 ミリアの問いに相変わらずふりふりうささんピンクエプロンを身に付けているジオは、申し訳なさそうに頷いた。
「私のは体に悪そうだからね。食べるのは止めた方がいいよ」
 と忠告するものの、ミリアが食べないわけがない。
「大丈夫大丈夫! いただきまーす!」
 全員が固唾を飲んでミリアの様子を窺う。特にジオはハラハラと気が気でないようだ。
「ちょっと苦いけど、香ばしくておいしいよ!」
 そう言いパクパクと人の分までミリアは食べ尽くしていく。と、そこにシエラが現れた。
「腹が減って死にそうだ。ん、何だこの黒焦げのは‥‥」
 自分の料理を見つめるシエラに、ジオはそれが自分のだとは言えなかった。シエラは全く覚えていないとは言え、昨夜の事があるから尚更声をかけづらい。
「見た目は悪いが食えなくはないだろう」
 ジオが躊躇している間に、シエラは黒焦げ料理を食べてしまった。数回咀嚼した後、顔を顰める。
「‥‥苦いな。でも思ったほど味は酷くない」
 そしてあっという間にシエラは鍋に残っていたジオの失敗料理を食べ切ってしまった。それを見て、ジオは最終日までにはもう少しまともなものを作れるようになろうと思うのだった。
「最後はミーちゃんのだね。すごく彩りが綺麗だよー」
「見た目はいいが‥‥これは何の匂いだ?」
 シエラは数回鼻を鳴らすと、怪訝そうな顔でミシェルを見つめた。
「オリジナルでハーブを加えましたの。美味しくて腰を抜かしますわよ。さあ、召し上がれ!」
 ミシェルは得意げに自らの料理を勧めるものの、あまりに独特な香りに誰もスプーンが進まなかった。ミリアとシエラを除いては。
「ミーちゃんのだもん、きっとおいしいよ」
 よくわからない理由を口にするミリアに呆れつつも、シエラは頷いた。
「味が匂いと全く同じとは限らないしな」
 二人はほぼ同時にスプーンを口に運ぶ。
(「‥‥どうかご無事で!」)
 ヒルケは合掌しながらミリアとシエラの無事を祈った。しかし二人の顔は見る見るうちに青ざめていく。
「あら、どうしましたの?」
 まさか自分が作ったのが殺人料理とは微塵も思っていないミシェルは、様子のおかしな二人に声をかける。
「お、おいしいよ! だいじょーぶ、だいじょ‥‥」
 ミリアは引きつった笑いを浮かべると、そのままぱたりと倒れてしまった。重苦しい空気の中、スプーンの落ちる音が「かちゃーん」と響き渡る。
「ミシェル、お前何て料理を‥‥うっ!」
 そしてファイターであるシエラも顔中に脂汗を滲ませながら、ミリアに折り重なるように気絶してしまった。そして床に転がったスプーンをケルとコルが舐め始める。
「‥‥あ、駄目っ!」
 レンが慌てて取り上げるものの、時既に遅し。二匹は白目を剥き、口から泡を吹きながら動かなくなってしまった。‥‥大惨事である。
「失礼な方達ですわね! 私の料理が不味いわけ‥‥はうっ!」
 プライドを傷つけられたミシェルが、半ば自棄になりながら自分の料理を口にする。そしてお嬢様らしく優雅に気を失い、床に倒れこむのだった。
 物言わぬ3人と2匹を前に残された者達は呆然と立ち竦む。用事を終えたシルフィが戻ってくるまで、村長宅の時は止まったままだった‥‥。

●笑顔が溢れる日
 悪夢から1日明け、2日目のお料理教室は穏やかに終了した。さすがに反省したのか、ミシェルは大人しくしていた‥‥かに見えた。
「あのままじゃ終われませんわ!」
 皆が姉妹の家に帰った後、ミシェルは一人村長宅に残り、更なる高みを目指して精進するのだった。その姿はさながら魔女のようだったとか。
 そして最終日の今日は村人に振舞う為にシルフィの他にジオ、ミシェル、ラティ、レンの4人が奮闘していた。ヒルケは審査員(?)に回り、マールはミリアと共に皆のお手伝いをしていた。
「完成しましたね。では村の皆さんにご馳走しましょう!」
 笑顔で鍋を運ぼうとするシルフィをマールが制した。
「あたしに任せて! よいしょ、うーん、うぅーん‥‥ゴメン」
 マールは悲しそうな顔でシルフィを見上げる。
「野菜の下敷きになって目を回したり、味見しようとして火傷したり‥‥迷惑ばっかかけたから最後くらいは役に立ちたかったのに」
「気にしないで。マールさんがお店で私の正体がばれそうになった時に助けてくれて、とても嬉しかったから」
「ホントに? シルフィちゃん、大好きー!!」
 マールは満開の笑顔でシルフィに抱きつくのだった。

 5人の料理を村人達は談笑しながら、おいしそうに食べている。その光景を目にした一行は、頑張って良かったと心の奥が温かくなるのを感じていた。
「帰ったらディーに作ってあげよーっと」
「うん、きっと喜ぶよ」
 嬉しそうなラティにつられ、ジオは柔らかな笑み浮かべる。
 そして依頼初日は悶々としたものを抱えていたヒルケも、シエラの答えを聞いて明るい笑顔を見せていた。
「シエラさんは私達の事を気遣ってくれてたんですね」
 前の依頼で何故シエラが渡した薬を飲まなかったのか、ヒルケはずっと気になっていた。あの時に少しキツい口調なってしまった事もあり、嫌われているのではないかと落ち込んでいたのだ。
「お前達は弱いからな。目の前で死なれたら夢見が悪くなる」
 そっぽを向きながらの悪態は照れ隠しなのだとヒルケはわかっていた。何故なら素直に謝ってみると、シエラは真っ赤な顔で「あたしも悪かった」と呟いたのだから。
「シエラさん、村の人達と仲良くなるのは大変かもしれないけど、そうなれたら楽しいよね? 何よりシルフィちゃんが喜ぶよ」
 ミリアの言葉にシルフィは頷く。姉としてだけではなく、ミリアの話で冒険者としてもシエラは強く頼もしい事を知った。自慢の姉を村の人にも好きになってもらいたいと、シルフィは強く思うのだった。
「‥‥キエフに行くのも、いいと思う。でも、やっぱりさみしい‥‥」
 生きていてくれればそれでいいと思うレンだったが、姉妹と離れたくない想いは強くなっていた。そしてそれは、シルフィもシエラも同じだった。
「今回は金をいっぱい使ったからな。キエフは‥‥まだまだ先だ」
 シエラはそう言い残すと、その場から離れていってしまった。しかし全員が口にしない彼女の想いに気づき、微笑み合うのだった。

 依頼からの帰り道。ミシェルはほくほく顔で鼻歌まで歌っていた。
「ミーちゃんの料理が1番人気だったね」
「私の弛まぬ努力と向上心を以ってすれば当然の結果ですわ」
 しかしミシェルは知らない。改良された試作品を食べた村長が体調がよくなった事に気づき「味は酷いが体にはよい。良薬口に苦しじゃ」と村中に触れ回っていた事を。
 プレゼントしたチェスでシルフィと対戦する日を待ち遠しく思いながら、ミシェルはお返しに貰ったポケットの中のレインボーリボンをそっと握り締めた。