商人の息子 花も怪人も踏み越えて

■ショートシナリオ


担当:熊野BAKIN

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月24日〜01月29日

リプレイ公開日:2007年01月29日

●オープニング

●昼下がりの集い
「ご無沙汰致しました、マーシナス」
 とある館の一室、ここは秘密を持った人々が集うマスカレード。マーシナスと呼ばれた仮面の貴婦人が声の主に目を向けた。
「あらバロン。お久しぶりね・・・・お元気そうで何より、ですわ」
 艶然と微笑む。バロンと呼ばれた仮面の青年は、何か悪戯をしでかした子供の様にそわそわと落ちつかない様子。
「あ、あの・・・・マーシナス」
「他者を厭わず、他者を蔑まず、我の愛する物を・・・・」
「愛す」
 バロンの言葉を遮り、ナーシナスは歌う様に言葉を紡ぐ。最後の一言は部屋の中にいる全員が唱和した、マーシナスの歌に応える様に。ただ一人バロンを除いて。
「貴方を責める人はいませんわ。各人がどのような方法で欲求を満たそうと、この集いはそれを裁くモノでは無い・・・・」
 仮面の貴婦人は言葉を区切り、改めてバロンに目を向ける。その目にあるのは有無を言わせぬ、意思と気品の光。
「同時にその行動によってもたらされた罪も、この集いに帰属しない。・・・・御分かりですわね?」
 仮面の男爵は無言で一礼すると部屋を去った。それをとどめる者もいなければ気にする者もいない。ここは己の欲求をさらけ出せる数少ない場、失意の他者を気遣う時間とて惜しいのだ。

「そう言えばマーシナス。噂のレイモンド君は如何でしたか?」
「逞しく、そして愛らしく生長していましたわ。きっと父君に似て、したたかな商人になるでしょうね」
「レイモンド君と言えば、何やら騒動もあったそうですな。マーシナスはその場に居合せたとか」
「ええ、中々良い余興でしたわ・・・・ああいう方を世間では変り種、というのでしょうね。私達と同種にして異質な方々が現れましたわ」
「方々?」
 噂ではネームレスと名乗る男が起こした騒動、と聞いている。
「名前を知られたくない人は彼だけではありませんもの。この集いにも沢山いらっしゃいますでしょう?」
 マーシナスの言葉に笑い声が答えた。密やかに、密やかに。

●不屈の男、方向性は間違っているが
「というわけで、宜しくお願いします」
「はぁ、また来ましたか」
 なにが「また」というのだろうか、受け付け担当は呆れた様に溜息をついた。
「それにしても、このネームレスと言う人物。なぜ予告状なんてだすんでしょうねぇ・・・・」
 そう、ネームレスの魔の手が再びレイモンド君に伸びようとしていたのだ。

 「レイモンド君の心を頂戴しに参上致します。
                     ネームレス」

 日にちの特定が無くなったのは、まぁ学習したということだろーか? そりゃ警備も集中されるしねぇ、よく気がついた。偉い偉い・・・・などと考える担当。あ、仕事をしなければ。
「レイモンドさんをご自宅から出さない様にすればいいのでは?」
 最も確実で安全な解決策を提案してみる、まぁそのぐらいは検討済みだとは思うが。
「それが・・・・レイモンド本人の希望もあって、今年から少しづつ家業の手伝いをさせる事になりまして」
 手始めに明後日から数日かけて、キャメロットの御得意様廻りを予定しているとの事。
「商売にトラブルはつき物、ここでしり込みしたら将来に差し支える・・・・と、レイモンドに言われまして」
 「あらあら」思わず素がでた。
「・・・・頼もしい跡取り息子さんですね」
「ええ」
 今回はその頼もしさが裏目にでた形だが、まぁ世の中とはこうゆうモノだ。

「分かりました。では警護のプランですが・・・・」
 愚痴を言っても事態が変わるわけも無い、仕事の話を始めた。

●護衛プラン
「さて、レイモンドさんのスケジュールですが」
 集まった冒険者達を前に説明を始める受け付け担当。本来は職務外ではあるが、依頼人と直接打ち合わせをしたのが彼女だったのでこのような運びとなったらしい。
「初日の日程で危険な点は認められませんでした。勿論油断をしていい、と言うわけでもありませんが」
 初日は主に同業他者への挨拶回り。人通りの多い場所を通る為、相手が余程サービス精神旺盛で目立ちたがりの無謀主義でもない限り仕掛けては来ないだろう。
 以前にレイモンドを狙った時も陽動を使い、注意を反らすよう工作をしたと言う話だ。だが、2度に渡って予告状を出すようなお調子者でもある。絶対に安全、と言う保証はどこにも無い。

「それで、2日目ですが・・・・こちらは御得意様廻りの予定です。主に貴族の方々の御屋敷巡りですね」
 同じキャメロットの中ではあるが、商業区と貴族の居住する地区では人通りにも差がある。衛兵の巡回や屋敷の護衛はあるだろうが、それでも襲撃ポイントには困らないはずだ。
「あくまでも可能性ですが」
 いいながらキャメロットの地図に記号を書き込む。
「この御屋敷とこちらのお屋敷の間。日中でも人通りが少なく、倉庫のような場所です」
 つまりは隠れる場所にも逃亡経路にも事欠かない、襲撃にはもってこいのポイントだ。
「次にこの橋です」
 橋に○印を書き込む。
「どうしても縦長の隊列になりますので、直接レイモンドさんを狙われる危険がありますが・・・・逃亡経路が少ないので敵にとってもデメリットの大きい場所ではありますね」
 確かにその通り。もしネームレスに泳ぎの心得があっても、この時期の水温を考えると賢い手段とは言えない。まぁ賢ければ予告状なんて出さない、と言う意見もちらほら。

「警護手段は皆さんに一任するとの事ですが、幾つか条件もあります」
 一人一人冒険者達の目を見て、担当は続けた。
「一つ、必ずレイモンドさんが同行する事。二つ、街中での警護になりますので、安易に抜刀したり魔法を使ったりしない事」
 レイモンド君の挨拶回りに本人がいなければ話にならない。どんな事情があろうと、往来で無闇に大立回りをすれば衛兵の御世話になりかねない。
「ネームレスの襲撃後や、何らかの事情があれば依頼が取り成してくれるでしょう。ただ、もしも一般の方に被害が及ぶと・・・・」
 それこそ只では済みませんよ、と言う目で一同に念を推した。

●今回の参加者

 eb5296 龍一 歩々夢風(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb7628 シア・シーシア(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb8535 皆守 桔梗(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb8972 アイオン・ボリシェヴィク(32歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9639 イスラフィル・レイナード(23歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec0841 ハクスバーナ・ユウ(25歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)

●サポート参加者

ベルナベウ・ベルメール(eb2933)/ レイ・カナン(eb8739

●リプレイ本文

●そしてその日、その時
 「しかし・・・・」それは2日目の午後の事。荷馬車を護衛しながらフードを目深に被った男性、アイオン・ボリシェヴィク(eb8972)は言葉を続けた。
「彼の不屈の精神には感心してしまいますね」
「ただ諦めが悪いだけだろう」
 イスラフィル・レイナード(eb9639)が応じる。
「いずれにせよ、今回の件はネームレスを取り逃がした僕達にも一因がある」
 そのやり取りに答えるでもなく、シア・シーシア(eb7628)が呟いた。

(「小柄ってわけじゃ無いし、しょうが無いよね」)
 荷馬車を横目で見ながら、皆守桔梗(eb8535)は心の中で呟いた。確かに彼女の体躯は、故国であるジャパンの女性と比較すれば大きい方だったが、この国にでは本人が気にしている程ではない。
 とはいえ荷台に積まれた荷物の隙間で、ごそごそと何やら作業をしているパラの少年に比べれば「大柄」と言うより他無い。
 さて件のパラ、ハクスバーナ・ユウ(ec0841)は何をしているのかと言うと・・・・
 本人曰く「オイラが何をしてるかって? もしもの時の為に荷台で待機してるに決まってるだろ!」 との事。
 まさかとは思うが、ギルドで依頼を受けた上で依頼人の所有物をくすねたりしたらどうなるか・・・・いやいや、きっとそんな事は微塵も考えてはいないはずだ。多分。
 
「そろそろ橋につきます」
 御者が告げた。目の前に揺れる桔梗の「ぬばたまの黒髪」を見つめていたアイオンは視線を先へと向ける。
「では準備をしましょう」
 御者台のレイモンドに声をかけた。

●時間は少し遡る
 今から小1時間ほど前のこと。大方の予想通り初日の人通りが多い商業地区での襲撃は無く、一行は「御得意様」である貴族の屋敷を廻っていた。
「この辺一体の裏道とか危なそうな場所は前もって調べておいたぜ」
 ユウは荷台から仲間に声をかけた。彼には冒険者という肩書きの他に、あまり大っぴらにできない生業を持っている。今回はそちらの顔を活用して裏道や空き家を探っていた。
 危険の高い場所を予め知っておけば奇襲をかけられたとしてもすぐに対応できるし、取り逃がしたとしても追跡が容易になる。それは裏の世界を知っている者ならではの発想だった。

「一つ聞きたい事があるんだが、良いかな?」
「はい、なんでしょう?」
 シアは気になっていた事をレイモンドに問うた。
 「公爵夫人についてなんだが・・・・」件の公爵夫人邸にも足を運んだのだが、急用が出来たとの事で不在だったのだ。
 もちろん貴族の館を訪れるからには訪問のアポイントを取ってあったが、どうしても外せない用件で数日留守にするとの事。後日、日を改める事にして館を後にしていた。
 「公爵夫人ですか? そうですね・・・・」レイモンドは少し考えると再び口を開く。
「祖父の頃からのお付き合いで、嫁がれてからも何かとお心を砕いてくださいますね」
 以前に聞いたような話ばかりで目新しい情報は得られなかったが、彼の口振りから察するに「敬意に値する人物」と確信している様だ。

 「そろそろ橋につきます」御者の声が聞こえる。
 質問と依頼の間に取りたてて関係は無い、個人的な関心という程度。今は本題に意識を集中して一言、噛み締める様に呟いた。
「今度は捕まえる」

●橋上の怪人
 屋敷の集まる地区と地区を繋ぐ橋だったが、時間帯のせいかさほど人通りは多くないようだ。あえて特筆するなら、荷を積んだ小船が川港と沖合いの船を頻繁に往復している事ぐらいか。
「陽動があるかもしれない、気を抜くな」
 イスラフィルの檄に一同は無言で頷く。橋で前後を塞がれれば馬車であろうと逃げ切れるものではない。逃げ道が無いと言う事は襲う側にもデメリットだが、今まで襲撃が無かった事を考えればここ以外には無いはずだ。
 一行は前後で荷馬車を挟むよう隊列を組み、橋を渡り始めた。

馬車が少しばかり進んだ時、向こう岸からも馬車が侵入してくるのが見えた。橋は馬車2台が無理無くすれ違えるだけの幅がある。人通りが少ないとは言えれっきとした居住区である以上、馬車が往来するのは当たり前。当たり前ではあるのだが・・・・まるで一行が橋を渡るのを待っていたかの様なタイミングで出現した馬車に警戒感が高まっていく。
 そして。橋のなかほどで2台の馬車がすれ違う。向かいは荷馬車ではなく人を乗せるための輿を引いている、御者は何の変哲も無い初老の男だった。
 何事も無くすれ違う馬車。「思い過ごしか?」 と思ったその瞬間。
 突然荷馬車が止まった。外部の力が加わった訳ではない、御者が馬を止めたのだ。レイモンドが何事かと話しかけているが、御者はただ目を見開いて前を指差すだけ。
 果してその指が示す方向にあったのは・・・・橋の中央にたたずむ闇、いや漆黒のローブを纏った仮面の人物。
「お待たせしたね、レイモンド君。約束通り君の心を貰いに来たよ」
 口調こそ穏やかだが内容は男同士という事を鑑みれば倒錯的、むしろ異常と言ってもいい。間違いなく仮面の男はネームレスその人だった。

「しつこい男は嫌われるぞ」
「レイモンドのことは諦めろ。そんな無粋な真似をする人間が好かれるとは思えん」
 シアとイスラフィルが牽制するが、そんな物に怯む様では怪人とは言えない。ネームレスは「ふっ」と微笑む。
「一度失敗したからといって、引き下がる私では無い」
 芝居がかった動作で腕を組む名無しの怪人。
「それと、無粋とは心外だな。個人の趣味をとやかく言うのは宜しくない、そうは思わないかね?」
 ・・・・使い所とにタイミングよっては決まる台詞ですが、貴方が使うとただの屁理屈ですから。
 言葉の駆け引きは通用しないとなれば、後は実力行使あるのみ・・・・場の緊張は一気に高まって行く。一度対峙した事のある者達にとっても、彼の力は全くの未知数だった。前回は冒険者の敷いた厚い警備の前にあっさりと引き下がったからだが、今思えば「自分の能力を隠した」とも考えられる。
 もしこの予想が当っていたなら・・・・「意外に厄介な相手かも知れない」冒険者達は冷静に相手を見極めようとしていた。

 ほんの数秒の沈黙。当事者にとっては数分にも感じられる静寂を破ったのは −ひぃぃん! ぶるるっ−背後から響く馬のいななきと。
 「後を塞がれたぜ!」荷台に身を潜めていたユウの叫び。
 ほんの一瞬、冒険者達の意識が目前の怪人から反れる・・・・全く助走の無い状態から、弾かれた様に漆黒の固まりが動いた。目指すはレイモンド。
「しまった!」
 シアが叫ぶより早く、桔梗が黒衣の怪人と馬車の間に割って入る。「ふっ!」 呼気と共に右の掌を怪人へと放つ。狙いは腹部、致命傷は得られないが敵の行動力を奪うには最も効率の良い場所だ。
 気迫の篭った一撃がネームレスの体を捕らえ・・・・
「え?」
 思わず声をあげる桔梗。彼女の放った掌打がネームレスをすり抜けた。いや実際は当る直前に、最小限の動きで掌打を交わしたのだ。聞けば単純な事だが、それを実行した本人の技量は推して知るべし。
 「行かせるか!」 幸い橋の上には彼らだけ、イスラフィルが鞭を振るう。
「はっ!」
「なっ!?」
 怪人は放たれた鞭を軽やかに避けると橋の欄干に飛び乗り、一気に冒険者を抜き去った。

 −だん!−
 軽業の心得でもあるのだろうか、いとも容易く怪人は欄干から荷馬車へと飛び移る。こうなると迂闊に手は出せない、まさかレイモンドを傷つけるとは思えないが万が一という事もある。
「どれだけこの時を待ったか」
 ネームレスは噛み締めるように呟くと、真っ直ぐレイモンドを見つめた。
「さぁレイモンド君。ともに甘美な世界へと旅立とう・・・・」
 怯える美少年の顎に手を添え上を向かせると、少年の薔薇のような赤い唇に己の唇を重ねる・・・・寸前。レイモンドが不敵に微笑む。
「御免こうむります」
「な・・・・!?」
 それはレイモンドの声ではなかった。この事あるを予想して、アイオンがミミクリーでレイモンドに擬態していたのだ。
「スリープ!」
 御者台から飛び降りるネームレスにシアの魔法が飛ぶも、これは抵抗されて効果を発揮しない。怪人は欄干に寄りかかると悔しげにうめく。
「一度ならず二度までも・・・・どうやら君達を甘く見ていたようだ」
「大人しく観念してね。もうこんな事をしない様に更正させてあげる! 人として!」
「残念だがそれは辞退させて頂こう」
 桔梗の降伏勧告をあっさりと蹴るネームレス。まだ抵抗するつもりか? 冒険者はレイモンドの廻りを固める−本物のレイモンドはアイオンのコートを借りて列の後方を歩いていたのだ−が・・・・
「レイモンド君、冒険者諸君。何れまた」
 今度は冒険者達が驚かされる番だった。なんとネームレスは優雅に一礼すると欄干を飛び越えたのだ。その下にあるのは真冬の川・・・・
 −ばっしゃーん!−
 「おい、誰か落ちたぞ!」 「大丈夫か!?」
 近くに居合せた小船から悲鳴にも似た叫びや、転落した人物を助けるために船乗りが川に飛びこむ音が聞こえた。

●商人の息子
「下流でローブを見つけたよ」
 フライングブルームに跨ったシアが戻ってくる。ネームレスが川に落ちたすぐ後に飛び立ったのだが、彼の姿を発見する事は出来なかった。
「そうか・・・・これで終ったと思うか?」
 イスラフィルの問いに無言で首を振る。
「殺しても死なないタイプだと思うよ」
 彼も同感だった。

「私事で御得意様に迷惑をかけられません。予定通りに行きます」
 レイモンドの声が聞こえた、見れば御者と何やら話をしている。
「人間の成長は早いな、随分と逞しくなった」
「商売が上手くいくといいな。いや、余計な心配か」
 遠からぬうちにやり手の商売人が現れるだろう、少なくともこの少年にはその素質がある。

 イギリスの春はまだ遠いが、若い芽は真冬でもすくすくと育っていた。