恐怖の森
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■ショートシナリオ
担当:熊野BAKIN
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 48 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:02月06日〜02月10日
リプレイ公開日:2007年02月14日
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●オープニング
●傷だらけの依頼人
「た、助けて下さい・・・・」
かすれた声でそれだけ言うと、戸口に現れた若者はばったりと地面に倒れ伏した。
「誰か手を貸してください! 彼を奥へ」
受け付け担当は叫ぶと、居合せた冒険者の手を借りて依頼人−正式に話は聞いていないが、恐らく間違いないだろう−を奥の小部屋へと運んだ。
次に彼が目を覚ましたのはそれから半日程立った頃だった。
「ここは、ここは冒険者ギルドですか?」
余程疲れていたのだろう体を起こす事も出来ず、ベッドの側にいた担当にうわ言のように問う。その様子にただならぬモノを感じ、担当は勤めて冷静に対応する事にした。
「はい。ここは冒険者ギルドです。一体何があったんですか?」
「弟がまだ森に、森にいるんです・・・・助けて下さい」
意識が混乱しているらしく事の顛末が良く掴めない。
「森に弟さんがいるんですね? 何があったんですか? 何から助けて欲しいのですか?」
ゆっくりと、噛んで含める様に、ひとつひとつ丁寧に問いただした。
●危急の依頼
「・・・・なんだか最近、妙に手馴れてしまいました」
集まった冒険者を前に、一瞬だけ苦笑いを浮かべる受付け嬢。それもそのはず、本来は窓口で依頼人の応対をするのが彼女の仕事・・・・なのだが。ここ最近、諸般の事情で依頼の概要を伝える事が多かった。
「それはさて置き、今回も急ぎの仕事です。事の起りは2日前・・・・」
担当は依頼の詳細を語り始めた。
その日、狩人のローワンは弟と連れ立って森まで狩りに出ていた。
「そろそろ引き上げるか」
日が傾き始めた。いくら慣れ親しんだ森とはいえ真冬の夜まで留まっていたくは無い。幸い狩りも順調だった事もあり、ジムは早々に引き上げることにした。
「リオーン! 何処だー? もどってこーい!」
呼びかけに答えは無い。離れるなと言っておいたのだが・・・・「何処にいったんだあいつは」愚痴りながらもジムは弟のリオンを探しに森の奥へと足を向けた。
「?」
さがし始めてすぐ、弟の声が聞こえたような気がした。
「リオーン、何処だー! 家に帰るから出てこーい」
・・・・「!」 確かに聞こえた。くぐもって良くは聞こえなかったが、助けを呼ぶような切羽詰った叫びにも聞こえた。
「リオンっ何処だ!?」
兄は弟の姿を求めて森を駆けた。
「なんだ、あれは?」
そこは森の一角が崩れ、ちょっとした崖の様に岩肌が見える場所だった。
別に珍しい光景ではない。こうした場所には大小様々な穴や裂け目があり、虫や動物の住みかになっていることも多い。
ジムの目を釘付けにしたのはそんなものでは無く・・・・その亀裂の一つに、腕を突込み何かを掻き出そうともがく人影。いや、それ以前にあれは人なのか? 衣服も纏っていない体は土気色で、まるで死体の様だ。
「兄さん、助けて!」
「リオンか?」
裂け目の奥から聞こえた弟の声で我に返る兄。すぐさま弓を構え、矢をつがえると謎の人影に向かって叫んだ。
「俺の弟に何をするつもりだ!?」
ぴた・・・・それはジムの声を聞くと動きを止めた。
「今なら見逃してやる。さっさと失せろ!」
それを萎縮と取ったジムは更に強気にでる・・・・が。ゆっくりと立ち上がり振り向く人物を、否、振り向いたソレを見た瞬間。ジムは自分の体中の血が凍りついたような錯覚を覚えた。
振り向いた顔にもやはリ血の気はなく、虚ろな眼に知性欠片も感じられない。
−あぁあぁぁあぁ・・・・−
およそ人の声とは思えないうめきを発する口には、悪魔を思わせる鋭い牙が見え隠れしている。
「わぁぁぁっ!」 叫んだはずみに、つがえた矢を放ってしまう。
−かっ− まるで何か物に突き立ったような音を響かせ、矢は振り向いたモノの太腿に突き立った。普通であればまともに動けるはずは無いほど深く突き刺さっているが・・・・
ソレは思いもよらぬ速さで動いた、矢などまるで意に介さぬような早さで。
「助けてっ、助けてくれぇぇ!」
●依頼内容
「そして幸運にも依頼人はソレの追跡を逃れ、冒険者ギルドまで辿りついた。というのが事の顛末です」
そこまで説明すると、一口水を含む。
「依頼人の話から察するに、ソレはグールだと推測されます」
グール・・・・ズゥンビと同じくアンデッドと呼ばれる存在だが、その危険度と能力は桁違いだ。
「まず確認しておきたいのは、今回の第一目的はリオンさんの救出です。第2にグールの討伐」
とはいえアンデッドが相手ではどちらが先でも大差は無いだろう。出会ったが最後、どちらかが動きを止めるまで戦う事になるのだから。
「弟さんが隠れている崖までの地図を書いてもらいました。時間もありませんでしたので、本当に簡単な物ですが」
少なくとも目的地を探すのに何日もかかる・・・・という事態は避けられるようだ。
「とにかく弟さんの体力が尽きる前に何とか助け出してあげてください。宜しくお願いします」
一礼して席を立とうとした担当は思い出した様に付け加える。
「ジムさんが見たグールは1匹です、ですが・・・・」
「複数かもしれない」という事か。冒険者達は無言でうなずいた。
●リプレイ本文
●死者の森
「頭か足を狙え!」
降り続ける雪と木立に阻まれ、昼なおくらい森の中にセイクリッド・フィルヴォルグ(ea3397)の檄が響いた。
(「時間が惜しいこの時にっ」)
ブレイン・レオフォード(ea9508)は胸中の呟きと共に鎮魂剣・フューナラルをグールに叩きつける。
『十野間さん、後ろです!』
衣笠陽子(eb3333)の母国語の叫びに、十野間修(eb4840)が身を投げ出す様に転がった、数瞬遅れて薄汚れた爪が虚しく空を切る。
『挟まれたましたね』修は勢いに任せて距離を取ると、小太刀を抜き放つ。有効打は望むべくも無いが自分の身ぐらいは守る自身はある。
冒険者はグールの襲撃を受けていた。
遡る事、数時間前。一行はセブンリーグブーツや乗用馬を駆り、速度最優先で森の外れに到達していた。先行した仲間の調査で、森の中に「人間大」の何かが複数いることまでは把握できたのだが、折悪しく降り始めた雪と木々に阻まれ目視での確認は出来なかった。
「馬で行くのはちょっと厳しいですね」
「同感。思った以上に地面が荒れてるわ」
森を調べていた2人のハーフエルフ、乱雪華(eb5818)とルカ・インテリジェンス(eb5195)が同じ見解を示した。特にルカの森林知識は深く、根の張り方や獣道まで考慮に入れての判断だった。
「でもでも、早くお兄ちゃんを早く安心させてあげなきゃ」
それまで大人しく話を聞いていたシフールの少女、シャンピニオン・エウレカ(ea7984)が声をあげた。彼女にも森林行動の心得はあったが、如何せん飛べるシフールと地を行く人間では視点が全く違う。助けに来たつもりが、自分達が要救助者になりました・・・・では、笑い話にもならない。
「でも、リオンは衰弱してるだろうし、彼を運ぶ為にも馬がいた方が都合がいいわよ?」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)の提案もあり、森の中は馬を引いて徒歩で移動する事になった。
「こちらを頼む」
「ムーンアロー!」
その場をブレインに任せセイクリッドが背後に現れたグールに向かう。それと同時にルカの精霊魔法が狙い違わず、魂なき者を射た。だが・・・・グールが他のアンデッドと一線を画すのは、その体に似合わぬ敏捷性。
「ぐっ!」
「セイクリッドお兄ちゃん!」
エウレカの叫びが木霊する。モラルタの一撃と精励魔法を同時に受けてなお、鈍らぬ勢い・・・・想像を上回るその早さに盾の防御も間に合わず、セイクリッドの肩口にグールの牙が突き立てられた。
「まずいっ」ホーリーボウを構えたクァイがうめいた。立ち位置が悪すぎる・・・・彼女の位置からではグールの頭はおろか、体すらセイクリッドの陰に隠れている。とはいえこのまま手を拱いていては、取り返しのつかない事態になるかも知れない・・・・その時。
「破ぁっ!」
それは上空から獲物を狙う隼の如きスピードでグールに襲いかかった。十二形意拳・酉が奥義「鳥爪撃」、雪花の放った電光石火の蹴りが狙い違わずグールを捕らえる。蹴りの威力・・・・と言うよりは衝撃で一瞬、薄汚れた牙から力が抜けた。
「うぉぉ!」その間隙を逃さず、セイクリッドはグールを振りほどく。よろめきながら離れた不死者に、追い打ちとばかりに聖なる力を帯びた矢が突き刺さった。
『影爆弾っ!(シャドウボム)』
「これで・・・・どうだ!」
修の魔法とブレインが放った2度のスマッシュを受け、ようやく2体目のグールが沈黙した。
「わー、痛そう〜」
後からエウレカの声が聞こえる。セイクリッドの手当てをしているのだろうか。
それにしても・・・・彼は決して気を抜いていたわけではない、それは誰の目から見ても明かだった。改めて敵の能力を見せつけられたような気がして、一同に重い空気が流れる・・・・
「大丈夫、すぐに僕が治してあげるからね!」
そんな雰囲気を打ち破るように、明るい声が聞こえた。戦いの直後には不釣合いだが、その明るさは重苦しい空気を吹き飛ばしてくれる様にも思えた。
●迫り来る死者と死と
あれから何日経ったのだろう? 暗い穴倉の中で感じるのは寒さと・・・・「恐怖」
−がりっ、がりがりがり・・・・−−ぁあぁぁぁあぁぁ−
僅か数メートル先の出入り口から、飽きることなく岩肌を掻き毟る音と化け物の呻き声。あれは一体なんなのだろう? 何故僕がこんな目に会わなければならないのだろう?
・・・・兄さん、無事に逃げられたかな? 父さん母さんをよろしくね・・・・
そこでリオンの意識が途切れた。一時とて休む事の無い襲撃者の恐怖が、彼の体力と気力を根こそぎ奪い去っていた。
「今もグールが岩穴に張りついているそうです」
テレパシーの魔法で斥侯に出ていたルカと連絡をとった陽子は現状の様子を伝えた。
『敵は1匹ですか?』
『ええ、岩穴を探っているモノの他にはいないみたいです』
イギリス語を解さない修の問いに同郷の陽子が母国語で、その後にイギリス語で会話の要旨を伝えた。
「まずは穴から引き離さないとな」
「それは私に任せて」
ブレインの提起にクァイが弓を叩いて見せる。「その代り、こっちにきたらよろしく」にっこりと付け足した。
「グールが穴から離れたら行動開始、ね。了解」
テレパシーでの会話を終えると、ルカは再び木陰から様子を伺った。10メートル程先で飽きることなく岩穴に手を突っ込むグールが見える。少なくともリオンは中にいるという事だろう。
「さてと・・・・」銀糸のハーフエルフはこれからの行動を冷静に組みたて始めた。
−しゅか!−
穴をまさぐるグールの背に一本の矢が突き立った。一度死んだ彼に痛覚は無い、ただ体に何か衝撃を受けた事に気付くとゆっくりと起き上がった。
「来たぁ」
二の矢をつがえながら呟く。グールは射手の存在に気付くと、アンデッドとは思えないスピードで突進を始めた。クァイは動じることなくつがえた矢を放つ、矢は狙い違わずグールを捕らえるが・・・・全くスピードが落ちない。
彼我の距離、数メートルに迫った時、ナイトレッドの影が滑り込んで来た。右に名剣・モラルタ、左に黄金獅子の盾を携えたセイクリッドがグールの前に立ちはだかる。既に敵の力は見切っている、2度のまぐれは無い・・・・ロシアの騎士は鋭い眼光でグールを迎え撃った。
ブレインは岩穴へのルートを塞ぐよう、敵の後ろに廻った。背後には恐怖や寒さと戦いながら、四日間も耐えた少年がいる。
(「1秒でも、一瞬でも早く!」) 主の声なき叫びを代弁するかの様にヒューナラルがうなった。
「ムーンアロー」『影縛り(シャドウバインド)』
ルカの攻撃魔法と修の束縛の魔法が同時に飛ぶ。
束縛の魔法は抵抗に阻まれ、効果を発揮しなかったが、月光の矢が狙い違わずアンデッドを撃つ・・・・が、如何せん敵のリアクションが乏しく、効いているのかどうか判断に出来なかった。
グールが離れたのを確認すると、陽子とエウレカは岩穴へと向かった。
「リオンさん、大丈夫ですか? 助けに来ました!」
陽子の呼びかけに反応が無い。
「僕が見てくるね!」
岩穴は小柄な陽子でも苦労しそうな大きさだったが、エウレカに取っては何の障害にもならない。陽子に声をかけると迷うことなく穴の奥へと滑り込んだ。
雪花は2人が岩穴に向かうのを見て鳴弦の弓を構えた。
「行きます」
自分に言い聞かせる様に呟くと、全ての行動を放棄して精神を弓に注ぎ込む。かき鳴らされた弓から放たれる破邪の波紋は不浄の存在を束縛しその行動を阻害する。
数の有利、装備の有利ではまだ足りない、もてる限り最善を尽くさなければならない。今、自分達が背負っているのは依頼という義務だけでは無い。助けを待つ「命」、そして仲間達の「命」なのだから。
●明けない夜が無いように
「エウレカさん、リオンさんは大丈夫ですか?」
「気を失ってる見たいだけど、息はしてるよ〜」
それは果して大丈夫といって良い状態なのだろうか? 判断に苦しむ陽子。何にしろ本人が気を失っているのなら、誰かが外に出してやらなければならない。
シフールのエウレカは物理的に無理。仲間の身長や体型を考えると・・・・邪魔になりそうな荷物を外し、陽子は岩の裂け目に体を潜り込ませた。
「別のヤツはいないようね」
他のグールを探知する為、ルカは危険を承知でムーンアローを放った。効果範囲内に指定した対象がいない場合、ムーンアローは術者へと目標を変える。
結果、放った魔法の矢は目標を発見できずルカへと帰ってきた。幸いにも魔法抵抗に成功したため無傷ですんだが、なかなか出きる事ではない。
「きっちり片付けないと気持ち悪いしね」
クァイは用意した毛布でリオンを受け取ると、そっと寝かせた。小さな体は驚くほど軽く、その顔には衰弱と疲労がくっきりと刻まれていた。
「リオン、水よ。飲める?」
優しく声をかけると水をしみ込ませた布をそっと口に含ませる。
「けほ、けほ・・・・」冷たい水にリオンの意識が戻るが、満足に体を動かす力も無いようだ。
「貴方達は? 僕はどうなったんですか?」
「我々はアナタを保護しにきたギルドの者だ」
グールにとどめを刺した仲間がリオンの廻りに集まる。
「もう大丈夫よ。・・・・慌てないで、ゆっくり噛んで」
空腹とは言え、衰えた体に普通の食事はかえって害になる。クァイは小さく千切ってから水に浸した固パンを、リオンの口元に運んだ。
暫くの後、後ろ髪を引かれる思いで雪花は仲間と共にその場を後にした。
「他の被害者を出さない為にも」徹底的にこの森を調査すべきだ、という思いがあったからだ。だが依頼の目的が「リオンの安全」である以上、調査に割ける時間にも限界がある。
「でも・・・・」
いつかこの森にも平安が戻るだろう、彼女には確信があった。
どれほど闇が深くても・・・・必ず朝はくるのだから。