弱虫貴族の災難な1週間

■ショートシナリオ


担当:熊野BAKIN

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月16日〜04月21日

リプレイ公開日:2007年04月22日

●オープニング

●彼の身に起きた幾つかの問題
 彼の名はアルバート。地方にささやかな領地を持つ立派な・・・・立派かどうかはさて置き、貴族の端くれである。突然だが彼は今、非常にデリケートで困難な状況に置かれていた。
「で、貴族様。お前さんの召使いはいつごろ戻って来るんだい?」
「い、急ぎで行ったとすれば4〜5日で・・・・」
「何ぃ4、5日だとぉ? そんなに待てねぇ、もっと急がせろ!」
 その召使いとやらがこの場にいないのに、急がせろも無いものだが。
 「わわわ分かりました、大急ぎで行かせます!」・・・・言う方も言う方だがそれを飲む方も飲む方だ。

 端的に言うと・・・・彼は今、誘拐されていた。

●高貴な依頼人
「失礼。仕事を依頼したいのですが」
 朝から快晴に恵まれたある日の午後。ギルドの喧騒も一段落、と言うときにその人物は現れた。
 『やんごとなき方の使用人かな?』 受け付け担当は目の前にいる初老の男性の身分を予想した。それが当たったところでどうなると言う訳でも無いが、1日に何人もの依頼者と会う彼女にとって、習慣・趣味の一つになっていた。
「はい、こちらで受けたまわります。それで本日はどのような・・・・」
 にこやかに何時もの決まり文句を・・・・言う前に、初老の男性は彼女を制した。
「それは依頼人でもあります、私の主の方からお話し致します」
 そう言うと男は恭しく入口の戸を開けた。

 開かれた入口から入って来た人物を見て、受け付け嬢は即座に礼を取った。顔の大部分をレースで覆っているため、何処の誰かは分からない。
 しかし身につけているもの、そしてその女性が纏う雰囲気が彼女に「礼を尽くさねばならない御夫人だ」と知らせた。
「礼は不用です。一人の依頼人として参りましたのですから」
 その言葉を聞いてからきっかり5秒。覚悟を決めた担当は顔を上げ、気力を振り絞って職務を再開する。
「・・・・承知致しました。それで本日のご依頼とはどのような件で御座いましょう?」
 どうしても言葉使いが改まってしまうのは、まぁ仕方無いだろう。
「実は、私の親類を助けて頂きたいのです」

●事の成行き
 御夫人の話によると、彼女の遠縁にあたる人物の息子が目出度く家を継ぐ事になったので、その挨拶を兼ねてキャメロットにいる縁者−つまりはこの御夫人−を尋ねる予定だったらしい。

 4日目までは順調な旅だったのだが、問題は4日目の夜に起った。天候の都合もあって、少々旅の日程がずれ込み野宿をする事になったのだ・・・・が。
 運悪く野盗に出会ってしまったのだ。彼は領地を持つ貴族とは言えけして裕福な家ではなかった。ゆえに旅の供をしたのは、小間使い兼教育係の老執事が一人だけ。
「しかも彼の剣の腕前と来たら、犬どころかネズミ一匹切れない有様ですの」
「はぁ」
 どうリアクションしたらいいものか・・・・取り敢えず苦笑いとも愛想笑いともつかない表情で切り抜ける。
「対した抵抗も出来ないうちに縛り上げられてしまったそうですわ」
「・・・・はぁ」
 取り敢えず曖昧に相槌を返しておく。
「それで執事だけ解放されて、彼の身代金に金貨100枚を用意しろ・・・・と、ことづかったそうですの」
「はぁ、それはそれは」
 便利な慣用句で何とか凌ぎ切る事に成功した。

「別にお金が惜しい訳でもありませんし、彼の身を案じないわけでもありません。ですが・・・・」
 気のせいだろうか? レースの下で御夫人の眼光が鋭く光ったような気がする。
「人の道を外れてまで利を得ようとする者には、相応のペナルティが必要だと思いますの」
「同感です」
 誰も彼もが自分の利だけを追求すれば、国や社会など根底から成り立たなくなってしまう。

「以上の話を踏まえて、事件の解決をお願い致します」
「承知致しました。成功条件は囚われたお身内の救出と犯人の捕縛、以上で宜しいですか?」
「結構です」
「それで犯人の処遇はどう致しましょう?」
 仮にも貴族を拉致して身代金を要求した重罪人、事と次第によってはその場で断罪したとしても問題は無いのだが。
 「そうですわね・・・・」御夫人は少しの間、考えてから再び口を開いた。
「命までとは申しません。首尾良く捕らえる事が出来たら、衛兵の詰め所に引渡して頂いて結構ですわ」

●彼と彼女の事情
 「承知しました・・・・」依頼内容を走り書きでメモすると受け付け嬢は顔を上げた。レース越しに依頼人と目が合う。
「他に何か聞きたい事がおありですか?」
「1つ宜しいでしょうか」
「・・・・」
 重要な疑問があった。回答いかんでは依頼の受理に係わるほどの。返答がない事を肯定と取り、担当は切出した。
「何故、我々ギルドを選ばれたのですか?」
 身分のある人物からの依頼であれば衛兵隊も迅速に対応するだろうし、何より無駄な出費が無い。いかに親族の為とはいえ身銭を切ってまで冒険者ギルドに持ちこむ、その真意が知りたかった。
「簡単なことですわ」
 いともあっさり回答が戻って来た。
「1つは彼の名誉の為です。家を継ぐやいなや誘拐されたなんて、人様に言えませんでしょう?」
 成る程、公の部署が動けばそれだけ知られる可能性は高くなる。その点、ギルドなら依頼要項に内容の秘守を入れておけば建て前上、漏れる懸念は無い・・・・はずだ。
 少なくともこの依頼人はギルドを「信用してこの依頼を持ちこんだ」と言う事はわかった。
「それに頼り無い子ですけれど、あれでなかなか可愛いところもありますの」
「はぁ・・・・そうですか」
 ちなみにこれは打つ手無し、全面降伏の相槌。

●依頼
 ・人質の救出。敵は武装した野盗、5〜6人。
 ・多少の傷は仕方が無いが、人質の生命を第一に考える事。
 ・もし野盗を捕らえた場合は詰め所に引き渡しても構わない。
 ・重要 この依頼で見聞きした事は外部に漏らさない事。

●今回の参加者

 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リチャード・ジョナサン(eb2237

●リプレイ本文

●事件は常に現場で起こっている
「あそこにジャイアントクロウがいるぜ」
 見張りの声に彼らは窓から顔をだした。上を見上げると大きな烏が隣家の屋根で羽繕いをしている。
「こんな所にいるなんて珍しいな」
「その辺りで爺さんが行き倒れてるんじゃないか?」
 誰かの一言に一瞬、場が静まり返り・・・・次の瞬間、どっと笑い声が上がる。使いを出してから既に一週間近く経つ、この珍客は暇を持て余した彼等に格好の話題を与えてくれた。

「3、4、5人。情報通りですね」
 野盗を値踏みしていたのは件の大烏・・・・に姿をかえた、雀尾嵐淡(ec0843)。
 「さて、そろそろ帰らないと」
 彼の習熟度ではこの姿を長時間維持する事は出来ない。目的を果したジャイアントクロウは翼を広げると、力強く空へと羽ばたいた。

「誘拐だなんて結局捕まっちゃうのにご苦労様だよね」
「そうだね」
 嵐淡が偵察に出ている間、シャンピニオン・エウレカ(ea7984)と、エル・サーディミスト(ea1743)は雑談をして時間をつぶしていた。
「もしアルバートさんが怪我でもしてたら、鼻から発泡酒の刑だね」
「そうだね」
 「それ罰ゲームじゃないの?」 と言いたくなりそうなプランにもエルは上の空で答えた。何故に彼女は、今心ここにあらずなのか? それは・・・・
 『薬草探したいよぉ、もう生き地獄だねっ』確かに日当たりも良く人の手が入っていない土地。質の良い野生の薬草もあるだろうが・・・・まぁ人の趣味趣向はそれぞれと言う事で。

「あ、帰って来たみたい」
 村の方角から黒い点が徐々に近づいてくるのが見える。高い視力を持つエウレカにはジャイアントクロウの姿が見えているのだろう。
 その声でようやく我に返ったエルが手早く村の見取り図を開き、「上手くいってればいいけど」嵐淡の到着を待った。

 先行した3人に遅れる事、1日。老執事が御者を務める馬車を先頭に後発隊が到着した。
「なるほど。これは守りやすい立地であるな」
 マックス・アームストロング(ea6970)は遠目に見える廃村をみて評した。丘の周囲には低い立ち木しかなく、隠れて近づくのは難しい。しかも村からはこちらの見通しは最高と来ている。
「馬車を借りれたのは幸いだった」
 馬車に乗りこんでいた、エスリン・マッカレル(ea9669)がマックスに応えた。彼女の役所は「若き領主の侍女」その為、鎧は封印してこれまた借用した侍女の衣装を着ている。
 彼女が幸いと言ったのは、危険な任務に赴く冒険者に馬車を貸す者はまずいないからだ。しかしながら今回は依頼人の口利き−おもにその身分と信用−もあって、何とか用意する事が出来た。
「お疲れ様、ライデンくん」
 馬車の横では、インデックス・ラディエル(ea4910)愛馬のペガサスを労わっている。もしも犯人が逃走した時は、彼の翼がきっと役に立つだろう。
 とにもかくにも「馬車に執事、侍女。領主を出迎えに来た一行」の体は整う、か。エスリンは一人ごちた。

●ついてない貴族
 床下に作られた食料庫にアルバートは監禁されていた。特に縛られたりしていないのは、彼の腰ぬけっぷりに誘拐犯が油断し切っているからだろう。 
 事実、彼は石を積み重ねて固められた冷たい壁にもたれ、老執事が彼の身代金を持って来るのをただ待っていた。
 「君がアルバート?」 誰かに呼びかけられた。
「はい、そうですけれど何方です・・・・か?」
 突然の呼びかけに丁寧な返事を返し、声のした方へと視線を向ける。
「こんにちは。薬師、じゃなくって冒険者のエル・・・・」
「うひゃぁっ、お化けだぁ!?」
 その光景に思わず絶叫するアルバート。それもそのはず、アースダイブで地面を潜ってきたのでエルの胸から下はまだ石床の中。薄暗い地下室でそんなモノを見せられたら、大概の人間は腰を抜かすだろう。それが小心者なら尚更。
 「なんだぁ?」 「うるせぇぞ!」
「あわっ」
 階上の野盗が悲鳴を聞きつけたらしい、エルは慌てて地面に潜った。

 それから数分後、エスリンとエウレカを乗せた馬車が廃村の入口に到着した。野盗達に身代金を渡すと思わせ、アルバート救出の時間を稼ぐ予定だ。
 今まさに馬車が村に入ろうとした時「そこを動くな!」 鈍りの酷い声が響いた。慌てて馬を止める執事。
「その馬車には誰が乗ってるんだ? まさか衛兵じゃねぇだろうな」
「中の奴、降りろ」
 中の見えない馬車を警戒したのか、野盗達は武器を手に遠巻きに見守っている・・・・が、馬車から降りてきた人物に目を奪われた。
 風に舞うたおやかな銀髪、端正な容姿。ぴんと伸びた姿勢は育ちの良さを感じさせる。彼等の言葉で曰く「上玉」が現れたのだ。しかもその横で羽ばたいているのは、この国では珍しい褐色の肌をしたシフール。
 もしかして自分達が誘拐したのは、とんでもない大物だったのか? 静かな動揺が誘拐犯に広がる。
「若旦那様は何処ですか? 若旦那様に何かあったら私が許しませんよ!」
 変に警戒されるよりは、少しぐらい図に乗ってくれていた方が都合が良いのだが、エスリンはあえて毅然とした態度を取った。敵に余裕を与えるより、こちらのペースで話を進めた方が良いと判断したのだ。
「お金は用意しました、早く若旦那様を解放しなさい」
「金が先だ。お前がここまで持ってこい!」
 どうせなら爺さんよりも若い女の方がいい、下心丸出しだが予想通りの反応。
 「わかりました」銀髪の侍女は馬車の中から金貨の詰まった袋を持ち出した。この程度なら苦労するほどの重さでも無いが、まさか軽々と持ち運ぶわけにもいか無い。よろよろと覚束ない足取りで野盗の元へ向う。
「まだアルバート君を助け出せないの?」
 気が気で無いのは後で見ているエウレカだ。人質の安全を確保するまで軽率な真似は出来ない、かと言って時間をかければ犯人に逃げらるかもしれない。
 「早くはやく!」 祈る思いで救出班の合図を待った。

「遅かったですね・・・・何かあったんですか?」
 酷くやつれたエルの表情に、嵐淡は思わず声をかけた。
 「・・・・」彼女は無言のまま地面から上がろうとするが、何かに引っ張られているらしく上手く行かない。嵐淡が手を貸して彼女を引き上げると。
 「げほっげほぉ、はぁっはぁ・・・・」見知らぬ男性がエルの腰にしがみついていた。
「アルバート様、ですか?」
「アースダイブで逃げようとしたら、いきなり変な所にしがみつくんだもの。一人で泳げるって言ったじゃない」
 「・・・・お察しします」まさか地面の中を泳がされるとは思わなかったんだろうな・・・・とは思いつつも、疲れ果てたエルに嵐淡は労いの言葉をかけた。

●冴えない野盗
 −かぁーーっ!− −どん、どーん!−
 辺りに響き渡る烏の叫びと、それを追う様に響いた太鼓が転機。エスリンはわざと袋の金貨をぶちまけた。
「何てことするんだ!」
 慌てる野盗を尻目に、素早くステップバックして距離を取る侍女。その手には何処から取り出したのか赤枝のスリングが握られている。
「ぐぁっ!」
 1人の野盗が事態を把握する間もなく、石礫に打ち倒される。
「待ってました!」
 ほぼ同時にエウレカも動いた。素早く魔法の集中に入り、術を解き放つ。
「コアギュレイト」
 「な!」 束縛の魔法を受け、野盗の一人が行動不能に陥る。
「魔法使いがいるぞ」
「人質がどうなっても良いのか!?」
 ようやく事態を把握した野盗達は口々に叫ぶが。
 「人質がいないぞー、お前等連れていったかー?」 見張り役の声が聞こえた。
 数瞬の間。
「逃げろー!?」
 目の前の金貨は惜しい。しかし、あっという間に仲間を2人も倒した相手と事を構えるほど彼等は豪胆ではなかった。臆面もなく背を向けると、まさに「脱兎」の如く逃げ出した・・・・この先に待ち構える運命も知らずに。

「なんだなんだ?」
 見張り役の男はわけもわからず、それでも仲間の悲鳴を聞くとわき目も振らず走り出した。この見事な逃げっぷりが今日まで彼等を守って来たわけだが。
 ばさぁ! 天から白い影が舞い降りた。
「ぺ、ペガサス?」
 白い影の正体に驚きの声を上げる男。
「ライデンくんからは逃げられないよ。諦めて」
 ペガサスが喋った。否、喋ったのは天馬に跨る少女。度肝を抜かれた男に抵抗の素振りは無く、ただへたり込むばかりだった。

 「待ってくれ、もう走れねぇ」男達はペース配分も考えず走りに走って丘の麓まで辿りついていた。
「ああ、一息いれよう」
 逃げなければ危険なのはわかっているが如何せん足が動かない。ぽつんと1本だけ立っていた木の根元に2人の野盗は腰をおろした。
 仲間は逃げられただろうか? これから自分達はどうすればいいのだろうか? 様々な不安が湧き上がるが混乱した彼等の頭では何一つ答えは出ない。
 と、絶望で打ちひしがれる彼等の背後で何かが動いた。
「何処に逃げようとも、天はおぬし等を見逃さん」
「!」
 木の影に誰かが隠れていたのか? 這いつくばって木陰から逃げ出す男達。振りかえった彼等が見たモノとは? 
「悪漢ども我輩の筋肉をとくと見よ、そして己の罪を悔いるが良い」
 異国の下着を身に着けた・・・・と言うより、筋骨隆々のジャイアントが褌一丁でこちらを見下ろしていたのだ。
「あは、あははは」
 精根尽き果て抗うも逃げるも叶わない。彼等に残された選択肢はもう「笑うしかない」・・・・数秒後。むくつけき男どもの悲鳴が、爽やかな春風に乗って響き渡った。

「この度は私の為にお骨折り頂き、ありがとう御座いました」
 事が終った後。冒険者一人一人に頭を下げ、礼を言うアルバート。そんな彼を見ていると依頼人が「可愛いところもある」と言った意味もわかるような気がした。
 まかり間違っても、このさき偉業を成し遂げる人物には見えない。だが領民に慕われるような、優しい領主にはなれるだろう。
 そうあって欲しいと冒険者達は思った。