洞窟に潜む脅威 死の息吹と命無き骸

■ショートシナリオ


担当:熊野BAKIN

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月25日〜05月30日

リプレイ公開日:2007年05月31日

●オープニング

●村人は見た
 街道を少し外れた場所にその洞窟の入口はあった。入口といっても地面に直径5m程の穴が開いており、その穴の底・・・・3m程下りた場所から横穴が伸びている、と言うモノだった。
 そんな入りにくく危険な場所だから、近隣の子供達は物心ついた頃から「あそこは悪魔が住んでいる」という話を親から聞かされ、穴に近づかないように育てられていた。

 どこの村にも腕白小僧はいるモノ。ジョッシュと呼ばれたこの少年は自分の村どころか、近隣にもその名が知れ渡るほどの悪たれだった。
 この日も「あの穴に悪魔がいるか確かめよう」というジョッシュの発案に、数人の悪ガキが件の洞窟に集まっていた。とはいえ「悪魔の穴」の話は誰もが聞かされてきた話、いざという段になって殆どの少年が尻込みを始めた・・・・だが。
「ジョッシュ!ばれたら村長にぶん殴られるぞ!」
「黙ってりゃわかんないって」
 何時までたっても煮え切らない仲間に業を煮やし、ジョッシュは手近の木にロープを結びつけると1人で穴の底へと降りてしまったのだ。
 穴の底に着くと手際良くランプに火をいれる。
 「俺が見てくるからお前等はそこで待ってろ」そういい残して、彼は横穴へと消えていった。

 リーダーというのは気楽に見えて厄介なモノ、仲間の前で弱気な姿を見せるわけにはいか無いのだ。もしそんな所を見られたら、仲間は彼の元から離れていくだろう。・・・・もっともこれは全てジョッシュ少年の想像で、必ずしもそうなるとは限らないのだが。
「悪魔がいるなら出てきやがれ! 俺がぶっ飛ばしてやるぞ!」
 大声を出す事で恐怖を紛らせながら奥へと進む少年。横穴は思ったより広く、大人が3人ぐらい並んでもまだ余裕があるように思えた。風が吹きこまないせいか、じめじめと湿気た空気が肌に纏わりついて気持が悪い。
 所々に横穴はあったがどれも本道より小さい。迷う危険を考えると横道にそれる気になれず、ジョッシュはひたすら広い道を辿る事にした。
「あれ?」
 どれくらい歩いただろうか? 恐怖心と暗闇の中で少年の時間と距離の感覚は麻痺している。ふと気がつくと開けた場所に出ていた。
 ランプの光が届く範囲に辛うじてではあるが壁が見えるので、そう広い場所では無さそうだ。ジョッシュはランプをかざして辺りを探る。
 −ちら−広場の奥に緑色の固まりが見えた気がした。少年はもっと良く見ようと恐る恐る広場へと踏みこむ。光源が近づくに連れ、広場の壁にへばりつく様に緑の苔のようなモノが照らし出される。
「なんだこれ?」
 暗闇の中にこんな鮮やかな緑色の何かがあることに興味を引かれ、さらに近づこうとした時。

 「うわぁぁぁぁ!!」 少年の目の前、何者かが立ち上がった。

 横穴から聞こえてきたリーダーの悲鳴に少年達は穴の周りに駆寄る。皆が息を飲んで見守ると、ジョッシュが転がる様に飛び出して来た。
「助けてぇ! 悪魔がでたぁ!」
 恐怖にひきつった彼の顔を見るや一目散に逃げ出す少年達。それでも仲間を見捨てるわけにはいか無いと、踏みとどまった何人かでジョッシュをロープごと引っ張り上げる。
 何処かで落としたのだろうランプを持っていない。あちらこちら擦り傷やら切り傷が出来ているのは、暗闇の中を走ったため転んだ為だろう。何にせよ、こんなに取り乱す彼を少年達は見たことが無かった。

●たっぷりと絞られた後で
「そう言うわけで、穴の調査をして欲しいのです」
 数日後、ギルドに依頼を持ちこんだのはジョッシュの村の村長だった。
「わかりました・・・・それで、洞窟にいたのは本当にデビルだと思われますか?」
 受付け担当は当面の障害であろうモノの情報を得るべく村長に問うた。村長は少し考えると答える。
「それは無いと思います。もう十何年も入った者がいないので、断言は出来ませんが・・・・」
 聞いておいてナンだが、担当もデビルの可能性は低いと思っていた。もしデビルだとしたら、自分から転がりこんで来てくれた玩具をあっさり逃がすとは思えない。
 では他に考えられるとすれば・・・・穴に落ちた人間かオーガがズゥンビになったか、ズゥンビが穴に落ちたか。聞けば深さこそ3m程度だが「内側がすり鉢状になっているので、落ちたら大人でも出るのは難しい」との事。もしも落ちた時に足を痛めていたら・・・・結果は推して知るべし。

「あと緑の苔のような物ですが、もしかして・・・・」
「私もそれを懸念しています」 
 意味ありげに言葉を濁した担当の意を察してか、村長は慎重に答えた。ジメジメした場所に生える緑色の何か、もしかしたそれは「ビリジアンモールド」かもしれない。
 多湿の場所で繁殖するカビの一種だが、その胞子は人を死に至らしめる程の毒性を持っている。
「何かはわかりませんが、それの処分もお願いしたいのです」
 これは駆け出しの冒険者に任せるには危険かもしれない・・・・そう考えながら、受付け嬢は依頼文の草案を練った。 

●今回の参加者

 eb7226 セティア・ルナリード(26歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb7628 シア・シーシア(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb7636 ラーイ・カナン(23歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8942 柊 静夜(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

凍扇 雪(eb2962

●リプレイ本文

●道中の事
「俺をあてにしてくれるのは良い。だが、もう少し早く呼べ」
 道中、軍馬に同乗させた幼馴染に説教をしているのは、ラーイ・カナン(eb7636)。出立の数日前に急遽呼び出されたのだから、小言も一つも言いたくなるのは、まぁ当然だろう。
 一方小言を言われている、シア・シーシア(eb7628)は慣れたモノ。
「わかった。これからは気をつける」
 この口約束が守られるかどうかは定かではない。シアの呼び出しは今回が初めてでは無いのだが・・・・それでもここにいるというのは、彼らしい選択だった。
 「ふふっ」後から、柊静夜(eb8942)の笑い声が聞こえた。
「つまらない話を聞かせてすまない」
「お二人は仲がいいのですね」
 律儀に頭を下げるラーイにやわらかな微笑で応えた。

●洞窟は待ちうける
 キャメロットを発って2日後の昼、件の洞窟付近に到着した。鬱蒼とした、という程では無いが適度に立ち木や下草が繁り、子供達が木の実や虫取りに来やすそうな場所だ。
「禁止と言われれば破りたくなる・・・・か。格好の場所だな」
 そう言うシアにもそんな時代があったからよくわかる。むしろ、今もその気持ちが残っているからこそ冒険者をやっているのかも知れない。
 「まずは僕が降りてみる」フライングブルームに跨りながら仲間に告げた。子供の頃に味わった懐かしい感覚、言葉にするなら・・・・そう、高揚感のような物を感じながら、シアは穴の底へ降下していった。

 ラーイは荷物からロープを取りだすと手近な木に固定し始めた。上り下りならシアのフライングブルームで充分なのだが、不測の事態への備えはしておくべきだ。
「お手伝います・・・・え?」
 自分の馬を繋ぎ、静夜はラーイの作業を手伝おうとするが・・・・ばっ! 逃げる様にラーイが飛びのいた。
 気まずい沈黙が流れる。
「なにか気に触る事をしてしまいましたか?」
 自分が何かをしてしまったのだろうか? 静夜はラーイに問うた。
「いや、すまない。俺はハーフなんだ」
「・・・・あ」
 ハーフエルフ。人とエルフの間に生まれた祝福されざる命。地方の街や村ならともかく、実力主義である冒険者達の間では殆ど気にされる事の無い出自だ、が。
 狂化。感情や衝動が爆発し常軌を逸した行為を行う、ハーフエルフが有する特異な状態。そしてハーフエルフが疎まれる、最大の理由でもあった。
 狂化の引き金は一人一人違うと聞いた事がある。深手を負った時や大量の血を見た時、月の満ち欠けにさえ左右される者もいるらしい・・・・そして異性との接触も。
「ありがとう御座います」
「何?」
 およそ出るはずの無い言葉に、今度はラーイが聞き返した。
 「話してくれてありがとう」静夜はもう一度礼をいった、本当にそれだけ。包み隠さず話してくれた事が嬉しかったから。
「そう・・・・か」
 そんな彼女を見て、ラーイは自分でも気付かずに微笑みを浮かべていた。

「穴の周りには何もいない。降りても大丈夫だ・・・・おーい、聞いてるか?」
 不意に声をかけられ、2人が慌てて穴の方に向き直ると、魔法の箒に跨ったシアが怪訝な表情を浮かべて待っていた。
「ああ、すぐに行く」
 表情を引き締めると、ラーイはロープを握ると穴へ向かった。
「静夜は僕の後ろに」
「すみません、お世話をかけます」
 彼女が横座りに腰かけ、自分につかまるのを確認するとシアは箒に移動を命じた。

●命無き番人
 穴の底に下りると微かに腐臭を感じた。これはジョッシュが見た「何か」が発する臭いなのだろうか? だとすると。
「ズゥンビかもしれませんね」
 静夜は自分の見解を述べた。壁面を見ると上に行くほどせりだし、大人でも道具無しで上るのは難しいように思われる。もし誤まって転落した人がいたとすれば・・・・
「とにかく奥に行こう。頼むよルナ」
 シアはペットのエシュロンを呼んだ。炎のエレメンタルビーストを照明に使うつもりだ。灯りが一つでは心許ないと、静夜も持参した松明に火をつけた。

 洞窟は、はじめこそ狭かったが奥に進むに連れ幅も高さも広がり、今はラーイと静夜が並んで歩いても問題無いまでになっていた。
「また横穴だ」
 シアは親友の指差す方にルナを向かわせた。本道に比べると二まわりほど小さい横穴が灯りに照らし出される。
「5mぐらい先で行き止まりみたいだ。何もいないし苔の一欠けらも無い」
 脇道を確認したシアが2人告げた。いまだに姿を見せない「何か」もさる事ながら、一番の目的は例の緑の苔がビリジアンモールドか否かを確かめる事。
 一片たりとも見逃すまいと、冒険者達は時間をかけて慎重に調べながら奥へと進んでいった。

「何か、来る」
 5本目の横道を調べていた時、シアの鋭い聴覚が微かな物音を捉えた。
 即座に破邪の剣を抜刀し身構えるラーイ。静夜は手にした松明を地面に降ろすと、右手はダマスカスブレードの柄に添え、左手に鉄扇を構えた。
 −ずる・・・・かっ・・・・ずる・・・・かっ・・・・−
「足音?」
 規則的な様で、どこか不自然な物音が2人も聞こえ始めた。例えて言うなら「足を引きずりながら歩いているのか?」 ラーイの一言に尽きる。
 こうしている間にも何かが近づいてきているのは確実なのだが、音が反響して距離が掴めない。シアは少しの間考えてルナを先行させる事にした。
 エシュロンは天井近くをふわふわと移動していく。冒険者達から10m・・・・15mと離れた時、突然人影らしき物が浮かび上がった。距離があるのと光が弱い為、彼らの視力を持ってしてもそれが人間だと断定できない。
「・・・・テレパシーに反応しない」
 人影を目標にして魔法での交信を試みたシアが結果を告げる。テレパシーの魔法であれば、たとえ相手がイギリス語を解さなくても意思の疎通をする事が出来るのだが・・・・
「こちらの問いかけを無視したと言う事は、友好的な相手では無さそうですね」
 静夜はそう断定するとダマスカスブレードを抜き、一振りで鉄扇を開く。人影は少しの間、頭上を浮遊するルナを見上げていたが、再び移動をはじめている。
 −ずる・・・・かっ−良く見るとやはり痛めているのか、右足を引きずっているようだ。

 彼我の距離が10mを切った時、冒険者達は相手を特定した。
「ズゥンビか」
 「何か」の正体は1体のズゥンビだった。腐敗の具合や着ているモノから考えるに男性で、死後半年は経っていないだろう。
 同時にこのアンデッドが足を引きずっていた理由もわかった。ズゥンビの右足には添え木と、それを固定していたと思しきボロボロの布。
 それはこのズゥンビ・・・・否。彼が穴に落ちて右足を痛め、そしてこの洞窟で助けを待ちながら息絶えたと言う証拠でもあった。

 今は一時でも早く彼に安息の眠りを与える事、それが何よりの救いと信じて。ラーイと静夜は剣を振るって走り、シアは月の精霊魔術を解き放った。

 熟練の冒険者にとってズゥンビなど敵では無い。邂逅から1分も立たぬ内に、アンデッドは2度と動く事の無い安らかな眠りへと落ちていった。
「・・・・?」
 亡骸を前に祈りを捧げていたラーイが、彼の首に木製の十字架がかかっているのに気がついた。依頼人の元へ届けるべきか、それともここで彼と一緒に葬るべきか?
 少しの間考えるが答えは出ない。
「それだけでも日の当る場所に返してやろう」
「そうですね。きっとこの方を待っている人がいるはずです」
 仲間達の声がした。
 それは彼等にとっては全く意味の無い行為だ。彼らの目的は洞窟に潜む脅威の排除であって、遭難者の遺品回収ではないのだから・・・・それでも。
 それが最後の一瞬まで生きる事を諦めなかった「彼」への敬意だと思った。

●悪意なき殺意
 ビリジアンモールド・・・・いや、ラージビリジアンモールドと言うべきサイズの殺人カビは洞窟の再奥、漆黒のホールでひっそりと繁殖していた。
「なんて大きさだ」
 壁の一角を埋め尽くす程のカビの固まりに、思わずシアが溜息混じりの感想をもらす。
「不用意に動くなよ。胞子を撒かれたら終わりだぞ」
「わかってる」
 ラーイの忠告は彼の友人がそそっかしいから出たわけではない。ビリジアンモールドと言うカビはショックを受けると胞子を噴射するのだ。この胞子は人間を即死させるほどの毒性を持っている、だからこそカビの処分が冒険者ギルドにお鉢が回って来たわけだが・・・・
 本当の問題は、ここは洞窟の再奥で空気の動きが殆ど無いと言う事。もしも胞子を噴出されたら拡散することなく、長時間ホールに蔓延するだろう。
 僅かなミスも許されない、その思いが言わせた言葉だった。
「油の準備終りました」
 ランタン用の油を散布していた静夜が戻って来た。はじめは松明で丁寧に焼いていこうかとも思ったが、それにしてはカビの範囲は広すぎた。議論の結果、外から薪になりそうな小枝や木片を集めてから、一気に焼却する方法をとった。
「こっちも用意できたところだ」

 ホールの入口まで戻ると静夜は松明で油の導火線に火を移した。もともと可燃性の強い油では無いので火はゆっくりと、それでも確実に薪へ近づき引火した。
 微かに煙が上がり徐々に火の手が上がる、やがてカビの密集する壁を飲みこむほどに燃え上がった。
「さぁ、戻ろう」
 燃え上がる炎が緑のカビを削り取っていくのを確認して、シアは一同を促した。

●待つ人々
 依頼主である村長に依頼の完了を報告した際、冒険者は木彫りの十字架を手渡した。洞窟にいたのは不幸にもあの場所で命を落とした、男性のズゥンビだった事実と共に。
  事実を告げると言う事は、時としてどんな仕打ちよりも残酷な行為だ。それでも・・・・彼の愛した人達、彼を愛した人達の時間は動き始める。
 村長は十字架を握り締めて何事か呟くと、一言だけ。
「友人を連れ帰ってくれてありがとう」
 冒険者はこの一言で依頼の完了を実感できた。