小悪魔狂騒曲 牧歌的攻防戦

■ショートシナリオ


担当:熊野BAKIN

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月25日〜08月30日

リプレイ公開日:2007年08月29日

●オープニング

●牧場主の依頼
「もうどうして良いのかわからんのです。助けてください」
 カウンターに突っ伏して懇願するのは今回の依頼主、オマリー氏である。ちなみに氏は顔と言わず手と言わず、地肌が見える限り包帯でぐるぐる巻きにされていれ、痛々しいことこの上ない。

 事の起こりは先週の夜。オマリー氏は犬達がやけに吠えるので、野犬でも来たのかと思い棍棒を手に外の様子を見に出たそうだ。
 その日は雲ひとつ無い月夜で遠くまでよく見渡せた。羊を入れた柵に向かうも、羊達は身を寄せ合って静かに眠っており、野犬が来た形跡も無かった。
 「の、ですが・・・・」そこでオマリー氏は溜め息とも虫の息とも取れるか細さで一息入れる。傷自体は大した事は無いらしいが、何しろ範囲が広いらしい。
「突然羊達が騒ぎ出して、出口の柵を跳ね飛ばして逃げ出したんです」
 つまり氏は・・・・逃げ出した羊の群れに飲み込まれた結果、こうなったわけだ。
「それで、何故羊が暴れだしたんですか?」
 オマリー氏の話では野犬の類は居なかったとの事、ではどうして大人しい筈の羊達が柵を跳ね飛ばしてまで外に逃げようとしたのか?
 「それなんですがね」氏は−顔を踏まれたのだろうか?− 頬を押さえながらゆっくりと話を続けた。
「2日がかりで逃げた羊をようやく集めたんですが・・・・そのうち何頭か、毛を無理やり毟られた様な感じでまだらに禿げていたんです」
「毛を毟られていた・・・・それだけですか? たとえば小屋の中で死んでいた羊は?」
「いえ。幸いなことに逃げた羊は全て集めることが出来ましたし」
 「そう、ですか」姿なき愉快犯・・・・なんとなく思い当たる節があるのだが、決め付けは良くない。先入観が思わぬ事態を招くこともある。
「あ、そういえば・・・・」
 オマリー氏が思い出したように決定的な情報をもたらしてくれた。
「騒ぎの後で食堂にあったエールが無くなっていました。家の者に聞いたのですが、誰も飲んでいないと」
「はぁ、やっぱり」
「は?」
「いえ、何でもありません。こちらの事です・・・・」
 と、言いつつも手元の羊皮紙には、すでに依頼の草案が書き込まれていた。曰く「募集。牧場に出没したグレムリンの撃退」と。

●オマリー氏の牧場
「私の牧場・・・・といっても放牧をしていますので、時期によって場所を変えているんです」
 羊に限った事ではないが、一所に長く居すぎると彼らは草だけでなく根まで食べてしまい、次の年に草が生えなくなってしまう。放牧というスタイルを続けるためには必要な手間暇ではある。
「今は100頭ほどの羊と一緒に、キャメロットから2日ほどの場所にいます」
 100頭の羊に轢かれてこの程度で済んだのは、幸運なのか不運なのか・・・・
「出来るだけ羊達に傷をつけたくは無いのですが、この際ですから多少のことには目を瞑ります」
 せっかく集めた羊を、繰り返し何度も散り散りにさせられるよりはマシ・・・・という苦渋の判断。
「わかりました。すぐに人を募ります」
 そういうと受付担当は依頼書の作成に取り掛かった。

●今回の参加者

 ea3132 クラウディ・トゥエルブ(28歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)
 ea6484 シャロン・ミットヴィル(29歳・♀・クレリック・パラ・フランク王国)
 eb8226 レア・クラウス(19歳・♀・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)
 eb9760 華 月下(29歳・♂・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec2497 杜 狐冬(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec3279 セフィア・リーンナーザ(23歳・♀・レンジャー・パラ・イギリス王国)

●サポート参加者

サクラ・フリューゲル(eb8317)/ リスティア・レノン(eb9226

●リプレイ本文

●丘の上の羊小屋
「災難でしたね」
 オマリー氏に、華月下(eb9760)に声をかけた。包帯でぐるぐる巻きの有様もそうだが、よりにもよってグレムリンではなく飼い羊に踏み付けられたというのが一層、同情の念をかき立てた。
「お恥ずかしい話です」
 オマリー氏は冒険者を小屋へ迎え入れた。

「早速ですが、今日もいつも通りに羊を集めてください」
 クラウディ・トゥエルブ(ea3132)は席に着くと開口一番、日常と同じ行動をしてもらうよう頼んだ。グレムリンの知能は高くないが、変に警戒されるのは避けたかった。
「わかりました。出来るだけいつもどおりに振舞います」
「それと小麦粉があったら少し分けてもらえないかな?」
 小麦粉・・・・姿を隠したグレムリンを焙り出すのに効果的なアイテムだが、事情を飲み込めないオマリー氏は「小麦粉、ですか?」 と、セフィア・リーンナーザ(ec3279)の顔を怪訝そうに見る。
「私達に考えがあるんです。任せてください」
 シャロン・ミットヴィル(ea6484)が入れた愛想のないフォローが、返って依頼人に腹を括らせた。
「判りました。まだいくらか残っているはずですから、それを使ってください」
 −ばたん!− 扉が開くと、ジプシー風の衣装を身に着けたエルフの少女が入ってきた。小屋に入らず辺りを調べていた、レア・クラウス(eb8226)だ。
「魔法で調べてみたけど、特におかしな所はなかったわよ」
 とは言え、エックスレイビジョンでは「グレムリンが姿を消さずに、物陰に隠れていた」なら発見できただろうが、小悪魔が残した微かな痕跡を発見するには少々不向きだったかもしれない。
「それでは準備を始めましょう。私はそうですね・・・・まずはオマリーさんの手当てを」
 杜狐冬(ec2497)のたおやかな微笑を向けられ、オマリー氏は顔を真っ赤に(包帯でほとんど見えていないが)染めて俯いてしまった。

●下準備と下準備のような事
「シャロンさん、こんな感じでいいですか?」
「・・・・もう少し粉を減らした方が投げやすいです」
 セフィアの作った小麦玉(小麦を布切れに詰めて、投げやすくしたモノ)を一瞥するとシャロンがアドバイスした。彼女はグレムリンと戦った経験が多く、色々なノウハウを持っていた。
 「はーい」返事をすると素直に小麦の分量を減らした。

 オマリー氏の包帯を巻きなおすと、狐冬はにっこりと微笑んだ。
「はい、終わりました」
「すみません、こんなことまでして頂いて」
 彼女の柔らかい手の感触を思い出して、また頬が高潮するのを自覚する。
「あんな怪我をしても羊達を守るなんて・・・・」
 ・・・・実際は「グレムリンに驚いた羊に踏まれて」怪我をしたのだが。
「優しい人ですね」
 ・・・・どちらかと言うと「グレムリンに絡まれて羊に踏まれた」不運な人、という気もするが。
「あら、ここにもかすり傷が・・・・これぐらい舐めておけば治りますね」
 −ぺろ−・・・・−どしーん−
 あまりに過激な(純朴な牧童にとっては)展開に、椅子から転落して目を回すオマリー氏。この瞬間だけは「ある意味」幸運な男だった、かも知れない。
「日が暮れてきました。そろそろ配置に付きましょ・・・・う?」
 羊の柵を下見していた月下が小屋に戻ってきた。と同時に、床で大の字に伸びているオマリー氏に、彼の思考が数秒フリーズする。
「ええと、何があったんですか?」
「さぁ・・・・傷の手当をしていたら急に」
 狐冬はあっさり答える。
 「急にって、大変じゃないですか! 治癒の魔法が効いてくれれば良いのですが」リカバーの詠唱に入る月下。せいぜい転んだときに頭を打ったかで、軽い脳震盪を起こしているのだろう、が。成り行きを知らない彼にとっては依頼人の一大事。
 最初から話の流れを見ている人が居たら・・・・観客がいないのが残念な程、見事なシチュエーションコメディの一幕だった。

●羊小屋の夜
 結局、予定より30分ほど遅れて−オマリー氏が目覚めるまでに要した時間−冒険者達は自分達が選んだ場所に潜伏していた。酒好きの小悪魔を誘引するために有志が用意した酒もご丁寧な事に小さなテーブルと灯りまで設置され準備万端。後は招かれざる主賓を待つばかりだった。
「でね、狐冬さんが船の上でさ・・・・」
 何か異変があれば自分達よりも、依頼主の牧羊犬達のほうが早く気付くだろう。それまでの時間つぶしにセフィアは、同じ依頼に参加した時のエピソードを話して聞かせていた。
 ちなみに聞き手はレアとオマリー氏の2人。彼女達は犬の変化を見逃すまいと小屋に陣取っていた。
 狐冬の話になると、何故かオマリー氏がもじもじ仕出すのでついつい興が乗ってしまった。気が付けば時刻は深夜になりかけていた・・・・と。
 −うぅぅぅ−犬小屋に繋がれた2頭の犬が低い唸り声を発した。
「来たよ!」
「うん」
 セフィアは小麦玉を手に伸ばしつつ、レアの言葉に頷いた。

 羊小屋付近に潜伏しているメンバーは別の異変を感じていた。
 『羊さん達、落ち着きが無くなって来ましたね』羊小屋に隠れていたクラウディは、羊達が身を寄せ合うような仕草に気が付いた。同じく羊小屋に潜むシャロンに手で合図を送ると、すぐに反応が返ってきた。どうやら彼女も羊達の動きに気が付いていたようだ。
 グレムリンが側まで来ている、そう確信してパラの娘達は息を殺して作戦開始の合図を待った。

 他のメンバーよりも大胆な場所に隠れていた月下と狐冬はもっとはっきりと、そして確実に小悪魔の到来を確信していた。
 −ぎぃ・・・・−牧場を吹き抜ける風に消されそうなほど微かだが・・・・野犬とも羊とも違う、異質な「声」が聞こえる。
 どうやら昨日まではなかった机を警戒している、否。その上に置かれた発泡酒と異国の酒に惹かれているのだ。
 −ぎ、ぎぃぅ−
 声の感じからして複数では無いな、と月下は推測した。会話をしていると言うよりも、嗜好と趣味の狭間で葛藤しているような雰囲気だ。
 −さくさく−下草を踏みしめる音がテーブルに近づく。やはり好物の魅力には勝てないらしい。かり、かりかりっ・・・・木のテーブルを引っかくような音が聞こえた。

 灯りに照らし出されたテーブル、その上に置かれた木製ジョッキの1つが宙に浮いた。程なくしてジョッキが傾くとなみなみと注がれたはずのエールが、地面を濡らす事無もく消えていく。
 非現実的な光景をぶち破るように、レアは小屋から飛び出し叫んだ。
「作戦開始ーっ!」

●冒険者とグレムリンと羊と
 合図を受けた狐冬は、隠れるのに使っていたマントを跳ね飛ばして立ち上がる。あまりの勢いに、グレムリンは慌てふためき、ジョッキを持ったまま机から転げ落ちた。泡だらけになった体に地面に散布されていた小麦が纏わり付き、グレムリンの姿がおぼろげながらも浮かび上がる。
 同じく酒の側に待機していた月下が駆けつけ、シャノン・ソフィア謹製の小麦玉を叩きつけるように放った。
 −ぼふっ−という軽い音と共に立ち込めた小麦粉は、酒にぬれたグレムリンの毛にびっしりと付着しこれ以上ないほど、その姿をかたちどった。

「最も近くのグレムリンを!」
 羊小屋から飛び出したクラウディアは、目標を高らかに叫ぶとムーンアローを放った。たとえ相手が見えなくても範囲内に居さえすれば的を外すことはない。月の光を帯びた魔法の矢は、酒まみれ小麦まみれで立ちすくむ小悪魔を射抜いた。
 −ぎいぃぃぃ!− グレムリンの悲鳴が夜の丘に木霊する。と、今まで小屋の隅で震えていた羊達が一斉に暴れ始めた。どうやら今の悲鳴が彼らのパニックの引き金になったようだ。
「皆、落ち着いて。大丈夫だから! シャロンさんここは任せて行って下さ・・・・きゃぁぁ!?」
 必死に群れの恐慌を抑えようと奮戦したが、でさえ小柄なパラのクラウディア。その姿が羊達の群れに消えるのには・・・・さほど時間はかからなかった。

 羊小屋の悲鳴が気になるが、目の前のグレムリンを捕まえるのが先だ。
「ホーリー!」
 月下は神聖魔法を解き放った。
 −ぎゃぁぁ!− 慈愛神の裁きは邪なるモノを許さない。神聖魔法の一撃を受け、グレムリンは苦悶の声を上げる。
 羊の群れに逃げ込むか? グレムリンは羊小屋の方向を見るが、何か魔法でも使ったのだろうか、黒髪の人間が一瞬淡く光った。向こうには行けない・・・・
 残された道は1つ。
 小悪魔は翼を広げ空へと逃げ道を求めた。逃げられさえすれば、別の土地で楽しむ事が出来る。今は1秒でも早く人間達の手のとどかない場所へ。
「コアギュレイト!」
 シャノンが放った束縛の魔法に自由を奪われ、なすすべなく地面に転がる小悪魔。すぐさまロープを手にしたパラが駆け寄り、彼をぐるぐる巻きに縛り上げてしまった。
「よし、完璧」
 満足そうに微笑むセフィアを成すすべなく見上げるグレムリン。決死の逃走劇は僅か数秒で終了した。
 
●竪琴の音色と星空と
 先ほどの喧騒が嘘のように静まった放牧地に、清らかな竪琴の音色が静かに響く。羊の群れに巻き込まれたクラウディアではあったが、小柄な体を更に縮めたお陰でオマリー氏のような大事には至らなかった。・・・・まぁ彼が取り分けアンラッキーだっただけかも知れないが。
 ともあれ、平穏を取り戻した羊小屋では子羊を気持ちよさそうに撫でたり、羊の群れに埋まる冒険者の姿があった。

「これで私も羊達もゆっくり眠れます」
「丸禿にされる前で良かった」
 思い思いに羊達との時間を楽しむ仲間を眺めながら、月下は依頼人に応じた。
 「自分で守れなかったのは情けないですが」彼は照れくさそうに笑った。

 その笑顔を見ているうち・・・・彼らの日常を守ることが出来た、という小さな安堵がいつの間にか大きな達成感に変わっているのを感じて。
 月下は静かに微笑んだ。