走る死者、と言うか不死者

■ショートシナリオ


担当:熊野BAKIN

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月06日〜11月11日

リプレイ公開日:2008年11月11日

●オープニング

●最後の収穫
「今年はまずまずの出来でよかったなー、爺さん」
「ああ、全くだ」
 畑の主は笑顔で答えた。爺さんと呼ばれるには些か早い気はするが、収穫の手伝いに来てくれた村の若い衆からすれば、もうそんな歳なのだろう。
 それはともかく、爺さんの畑は収穫祭が始まろうかと言うこの時期になっても、刈り入れが終わっていなかった。もう20年も連れあった奥方が体調を崩し、自らも収穫の直前に背中を痛めるというアクシデントが続いたためだ。
「皆、悪いがもうひと頑張りしてくれ。あとでかかぁの飯をご馳走するからよ」
 「あいよー」「ごちになりますー」畑のあちこちから若者達の張りのある声が返ってきた。天候も良い、女房の体調も上向いてきた。あとは畑の借り入れさえ済めば、心おきなく1年を終われる・・・・はずだった。

●異変
「なぁ・・・・あれ何だ?」
 畑の端の方にいた1人の若者が何かを見つけた。それは50mほど先、林の入り口に佇む人影のようなモノ。モノ、といったのはそれが遠目からでもわかるほど、尋常ではない雰囲気を発していたからだ。
 何事かと集まってきた村人が人影の様子を窺う・・・・件のモノは何かを探すかのように辺りを見回し、やがて畑にいる彼らに気がついた。
 次の瞬間。
 その人影が猛然と走り出した、自分達に向かって。
「に、にげろーーー!?」
 それはもう野性の本能・・・・主に兎や小鳥のそれに近かった。爪や牙を持たない小動物が持つ唯一の武器。異変を察知したら即座に「逃げる」、なりふり構わず命がけで捕食者から逃亡する事・・・・

●所変って冒険者ギルド
「っちゅーわけです、はい」
「それは災難でしたね。後はお任せ下さい」
 受付嬢の言葉に安堵したのか、依頼に来た若者は糸が切れたように地面に座り込んだ。
「大丈夫ですか、少し休んでいかれますか?」
 こくこくと頷く依頼人に別の職員が手を貸し奥へと連れて行った。それを見送ると受付担当は依頼書の制作に取り掛かる。
 人的被害は無し。これは当事者の殆どが若者だった事が幸いした。畑の持ち主である男性を庇うように2、3人が囮になって逃げたらしい。正体不明の相手に無茶な事を・・・・とも思ったが、結果として死傷者が出なかった事は評価されるべきだろう。
 そして村人を襲った相手だが、彼らの情報から察するに。
「十中八九、グールね」
 ズゥンビと同じくアンデッドの1種だが、その動きはズゥンビなど比較にならぬほど早く、しかも打たれ強い厄介な相手だ。
 じきに本格的な寒さがやってくる。その前に畑の取入れを済ませなければ今は助かっても、冬の蓄えが少なくなってしまう。
「とにかく急がなくちゃね」
 彼女は黙々とペンをはしらせた。

●今回の参加者

 eb7311 剣 真(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ec2497 杜 狐冬(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3876 アイリス・リード(30歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4979 リース・フォード(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

陰守 清十郎(eb7708)/ 来迎寺 咲耶(ec4808

●リプレイ本文

●情報収集及びメンタルケアとか
「それは、さぞかし恐ろしい思いをなさったでしょうね」
「いやぁ本当に肝を潰しましたぁ」
 見目麗しきシスターの言葉に、若者は照れくさそうに答えた。グールに追い回された彼らを労うと同時にシスター、アイリス・リード(ec3876)は、老人を見捨てなかった彼らに賞賛と敬意、そして行動で報いようと思った。
「見た目も怖いし害もある、いいとこなしのグールはこちらでさくっと退治するよ」
 アイリスの背後から、リース・フォード(ec4979)が口調は軽く、しかしきっぱりと。グールの討伐を請け負うと、村人達の表情にもようやく安堵の色が浮かんだ。

 剣真(eb7311)、マロース・フィリオネル(ec3138)、シャロン・シェフィールド(ec4984)の3人は、件の逃走劇で最後にグールを引き受け、幸運にも逃げのびる事に成功した若者に話を聞いていた。
「あの辺はガキの頃から遊びまわってたんで、追いかけっこなら俺らのが有利っすよ」
 彼は得意げに言ってのけたが・・・・「実はちょっとだけ、ちびりそうでした」ぽろりと本音をこぼす。
「それはそうですよね」
 ズゥンビよりも手ごわい相手だと聞いたことはあるが、実際にグールを見たことが無い。前者ですらおぞましく、罪深い光景だというのにそれが走るだなんて。
 「災難でしたね。それでその時の事ですが・・・・」
 マロースは労いの言葉をかけてから本題を切り出した。彼らの逃走経路からグールの所在を予測しようというのだ。真にRDと一緒に上空から偵察をしてもらう、と言う方法もあったが相手が林の中にいると見つけるのに手間取る可能性がある。
 それに・・・・いや、さすがに空の上ならそんな事は無いだろう、しかし万が一と言うこともある。冒険者達には「筋金入りの方向音痴は空の上でも迷うのか?」 という興味深いテーマを検証する前にやるべき仕事があった・・・・

「だいぶこってらっしゃいますね」
 その頃、杜狐冬(ec2497)は畑の持ち主の家に出向き、旦那さんの背中を揉み解していた。見よう見まねの拙いマッサージではあったが、彼らはとても喜んでくれた。
「はっはっは、なぁに働き者の証拠だて」
「こんな事までして頂いてすいませんねぇ」
 老夫婦も最初に異国の娘が尋ねてきたときは流石に驚いた様子だったが、狐冬の優しい人柄に心を許した。
「仕事が終わったら奥さんも診てあげますからね」
 狐冬は穏やかな微笑みを浮かべながら語りかけた。

●仲間あればこその
 林の外周。若者が最後にグールを振り切ったという付近から捜索を開始した。
「・・・・感じません」
 マロースの唱えたディテクトアンデッドは効果範囲内に不死者の存在を否定した。高速詠唱を用い、極力アンデッドからの奇襲される危険性を減らしていくつもりだが、その分魔力の消耗は激しくなる。
「良かったら使って」
 差し出された木の実を受け取る。これは・・・・ソルフの実だ。
「ありがとう御座います、ありがたく使わせて貰います」
 ここはリースの好意に甘える。グール討伐後も他のアンデッドがいないか調べる事にしていた。それほど広大な場所を調べるわけではないが、戦闘の事も考えれば魔力の補給は必要になるはずだ。
 「気にしないで」と笑う彼もまた、キャメロットから村への移動中に仲間の好意に助けられている。リースにセブンリーグを貸したアイリスは、乗りなれない馬で駈足に挑戦した−ローラスにしてみれば速足だったかも−結果。
「少し感覚が戻ってきました」
 法王の杖を両手で握りながら握力の回復具合を確かめる。自分でも気付かないうちに強く手綱を握りしめていたのだろう。
 冒険者と言えど、一人で何でもかんでもこなせる訳ではない、装備の過不足もあれば馴染みの無い技能を要求される事もある。足りないモノは補いあえばいい、慣れない作業には手を借りればいい。
 そういう時のために仲間はいる。

●(不)死者を迎えるにあたって
 林に入ってから30分ほど経った頃。幾度かディテクトアンデッドを交えて調査をしていた・・・・と。
「あれは?」
 それを発見したのは・・・・先頭を歩いていた真だった。探知魔法の僅かに範囲外・・・・目算で20mほど先だろうか、木立の間をゆらゆらと歩く人影のようなものを見つけた。
「村人がいるはず無いですよね」
「事情を知らない人だとしても変ですよ。歩き方とか」
「視点が定まっていないような気がします」 
 遠目の利くメンバーが人影を観察し、不審な点をあげていく。
「旅人ではないですか?」
「それにしては荷物を持っていないようだが」
 狐冬の疑問に真が答たる。折りしも季節は冬、時刻は昼下がり。普通の旅人なら日のあるうちに行程を稼ごうとするだろう。
「取り合えず準備だけはしておきましょう」
 そういうとマロースは前衛を勤める真にホーリーフィールドの祝福をかけた。束縛の魔法で突撃を阻めなかったとしても、1度は食い止めることができるかもしれない。
「少し先・・・・あの木の根元辺りに罠を仕掛けるから気をつけて」
 仲間に注意を促すとリースも魔法の詠唱に入った。

 準備が整うと冒険者達はじりじりと不死者らしきものに近づく。限りなく黒だが確証が欲しかった、できる事ならこちらが先手を打てる内に。
 範囲ギリギリに目標を捕らえたことを確認すると、マロースは高速詠唱を使い瞬時に魔法を完成させる。結果は・・・・
「間違いありません」
 時刻は午後2時を回っただろうか。冒険者は不死者、狐冬の言葉借りるなら「元気な死者」を発見した。

 −ひゅっ!−
 放たれた一矢・・・・否、同時に放たれた2本の矢が冷涼な空気を切り裂き、目標へと突き刺さる! 死者ゆえに痛みは感じないが、何かが身体に突き刺さる衝撃は感じ取った。
 彼は緩慢な動きであたりを見回し・・・・自分の欲求を満たす存在を見つけた、次の瞬間。死者は猛然と走り出した。

●そして死者は眠る
「これは・・・・想像以上ですね」
 アイリスは誰に言うとも無く呟いた。突き立った2本の矢をものともせず、脇目も振らず突進してくるグールは、まさに「夢にみる」ほど恐ろしい姿だと思った。
 「・・・・」アイリスの呟きに無言で頷くと、シャロンはドラゴンファングに矢をつがえた。先ほど放った唯の矢とは一味違う、それ自身にアンデッドスレイヤーの力を秘めた破魔矢だ。グールの鬼気迫る姿に惑わされず、冷静に狙いを定め・・・・放つ。
「ライトニングサンダーボルト!」
 リースも雷の矢を撃つ。放たれた破魔と雷の矢は一直線に不死者の身体に吸い込まれる、しかし。まだその足は止まらない。
 さらに一歩、足を踏み出し・・・・
 −ばんっ!−
 地面から稲妻が走り、グールの身体を飲み込み焼き焦がした。先ほどリースが張った魔法の罠、ライトニングトラップのエリアに踏み込む・・・・だが敵はこの罠にも耐えた。
 「コアギュレイト」「コアギュレイト!」 マロースと狐冬の束縛の魔法が飛ぶが、抵抗されたらしくグールが止まる様子は無い。汚れた牙を剥き出しにして真に襲い掛かる!
 −!?− 
 最後の護り、ホーリーフィールド。聖なる結界がその消滅と引き換えに一瞬だけ、不死者の進軍を阻む。
 なおも獲物に牙を突きたてようとするが、先ほどまでの勢いはもう無く。真は落ち着いて攻撃を盾で受け流すと、がら空きのわき腹にトリグラフの三叉槍を打ち込む! 体に突き刺さすと言うよりは、物に打ち込んだような手応えに眉をひそめる。特に他意は無い、相手が死人であると実感しただけの事。
 −ひゅかっ!− 「ウィンドスラッシュ」
 わき腹に槍を打ち込まれてなお蠢くアンデッドに破魔矢と風の刃が息つく暇無く打ち込まれる。
「・・・・主の慈悲により、魂の安らかならん事を」
 アイリスの祈りと共に放たれたピュアリファイの淡い光がグールを包み込む、と。その姿は朝日に解ける霜のようにとけて消えた。

 林の中を彷徨い続けた不死者はようやく眠ることを許された。

●鎮魂の願い
「どうかしました?」
 狐冬は物憂げな表情を浮かべるアイリスに気付き、声をかけた。少しの沈黙。
「・・・・浄化してあげたいなんて、やっぱり私の自己満足ですよね」
 小さな声で答えた。消滅では無く浄化。その存在を抹消するのではなく、誤った道に迷い込んだ魂を救いたい。それは聖職者ならば誰もがそう願うだろう。でも彼女の言葉にはもっと深い、暖かくて大きな何かがあると思った。
「私もピュアリファイは使うつもりでしたけど、そこまでは考えていませんでした」
 背後から声をかけられ振り向くとマロースがいた。神聖騎士は手にしたソルフの実を飲み込むと、言葉を選びながら続けた。
「彼は・・・・孤独を感じることなく旅立つ事ができたと思います」
「そうですよね。きっとそうです」
 狐冬も笑顔でその考えに同意した。

「そろそろ出発しようか」 
 真が調査の再開を促す。グールは1体との話だったが、一応林全体の調査をするというのが冒険者達の総意だった。
「早く済ませて村の人達を安心させてあげないとね」
「そうだ。時間が余ったら刈り入れの手伝いしませんか? 遅れているそうですから」
 リースとシャロンは村に戻った時の事を考えているようだ。

 本当に彼は最後の瞬間、孤独ではなかったのだろうか? それを知ることはでき無い。でも私達は最善を尽くして村を、村人の生活を守った。それだけは確かな事だ。
 シスターは大きく深呼吸すると仲間達の後を追った。