●リプレイ本文
●巣穴調査
「こんなところですか」
「そうですね。一通り確認できましたし」
小麦畑に隣接する林の中で人間の娘とエルフの青年が話し合っていた。
ラシェル・ベアール(eb7300)とブリード・クロス(eb7358)だ。2人は事前にジャイアントラットの巣穴を探していた。
ブリードの土地感に加え、村人から巣穴になりそうな場所の情報を得ていたので、比較的簡単に候補地を発見することが出来た。
とはいえ、彼等は獣道や生き物の痕跡を見つける訓練を積んでいなかった上、下手に刺激して相手に警戒心を持たせないよう、あまり近づかないように配慮をしていた。その為、候補は2〜3箇所に絞りこめたものの、巣穴を特定するまでには至らなかった。
「取りあえず、村に戻って対策を練りましょう」
無駄に時間を使うより皆で対策を練った方がいい、ラシェルの冷静な判断にブリードは頷いた。
●こっちのパンは美味しいぞ
林と畑を分ける農道で陰守森写歩朗(eb7208)と衣笠陽子(eb3333)が罠の設置作業をしていた。
罠とは言っても場所や時間の都合上、村人が提供し手くれた食料を餌にしてネズミが小麦畑に侵入させないよう誘引する、ごくごく簡単な物。足止めと言った方が正しいかもしれない。
「すいません陰守さん。ここはこんな感じでいいですか?」
不安げに尋ねる陽子。森写歩朗は彼女の仕事を確認して、一言「問題ない」とお墨付きをだした。
陽子はほっとして顔を上げる。その目に映ったのは・・・・あるべきはずの小麦ではなく、食い荒らされた穂や茎が散乱するかつて畑だった場所。
悲しそうにその光景を見つめた後、きゅっと唇を引き締めて少女は作業にもどった。
●事前調査
「ってこたぁ、ここが巣穴らしいな」
声の主は、日高瑞雲(eb5295)。林の大まかな見取り図の一点を指差している。
巣穴調査班の報告と村人の情報を詰めた上での結論に、誰も異議は無かった。
「それで待ち伏せ場所の状況だが・・・・」
次に口を開いたのはエルフの男性、シャノン・カスール(eb7700)。彼は林を調べ、武器を振れるスペースがあるかなどを調べていた。
「特に気にする事は無いと思う」
こと、森林に関してエルフの目に間違いは無いだろう。
ラシェルと陽子は一先ず安堵の表情を浮かべた、この2人にシャノンを加えた3人が待ち伏せを受け持つ事になる。
「私は畑の中に隠れます」
レイディア・ノートルン(eb7705)の言葉に視線が集まる。
「駆除の為とはいえ、畑に踏み込むのはまずくはないか?」
「村長さんの許可を貰いました。畑の中から弓で援護するつもりです」
皆の気持ちを代弁した森写歩朗の問いにレイディアは笑顔で答えた。村側が納得しているなら問題は無い、それに弓ならば麦を倒すような心配もさほど無いだろう。
「俺はここで待つぜ」
杖を傍らにおいた青年、シオン・ブルートリス(eb7910)は林の一角を指した。「自分も林側で待とう」森写歩朗も自分の行動を申告する。
「俺とシオン、森写歩朗は林側に。レイディアは畑に布陣って事でいいな?」
名を呼ばれた者が賛意を示す、ネズミ迎激班の陣構えがここに決定した。
●夕暮れの襲来
それは夕闇が迫り出した頃、林の奥から巨大なネズミを群が姿を現した。
わき目も振らず畑に向かっている。その途中でしかけた餌に誘われ、群が足を止めた所を攻撃する手はずだ。
まかれた餌に先頭のネズミが気付いた。全くの無警戒なのは、ここ数日さしたる抵抗を受けなかったゆえだろう。それが命取りになる。
先頭につられて群も向きを変えて餌場に踏み込んだ。パンや野菜など思い思いの食料に口をつけた、その時。
しゅかっ! −キィ!−
1匹のネズミがレイディアの放った矢に射抜かれ、甲高い悲鳴を上げる。
それを合図に瑞雲と森写歩朗、一歩遅れてシオンが切り込んだ。突然の襲撃にたちまち群はパニックに陥った。
『エールの原料は小麦だっけか。いや大麦か? ・・・・なんにせよ酒の原料をガメるたぁふてぇ奴らだ』
正解。エールは小麦からも作れます。それはさて置き、瑞雲の個人的な感情とともに振り下ろされた太刀が一閃、大ネズミを両断した。
いかにお化けネズミと言えども「岩をも貫く」とまで言われた切れ味の前では、溶けかけのバター同然。
傍らでは森写歩朗も直刃の剣を巧みに操って1匹のネズミを切り捨てていた。
よい出だしではあったが、敵もパニックから脱して反撃の動きを見せている。「気は抜けねぇな」さして気を入れた風も無く、瑞雲は次の得物に目を向けた。
「大分減りましたね」
7本目と8本目の矢を同時につがえ、レイディアは独りごちた。最初は20匹程いた群も今はその数を半数にまで減じている。 「出きる限り減らしましょうか」誰に言うとも無く呟いたくと、つがえた2本の矢を放った。
シオンは杖を手に矢を受けてもがくネズミに駆け寄り、とどめの一撃を振り下ろした。
平穏な日々の営み、それは小さな事かもしれない。だけどこの村に住む人にとっては大切な事。それを守りたくて彼は今ここで戦っている。
「逃げる、か」
森写歩朗が呟く。群の大半を失いネズミ達はようやく逃走を始めた。
全滅とはいかなかったが上々の出来だろうし、その為に待ち伏せ班を置いている。逃げられるのは折り込み済みだ。
「皆さん、怪我はありませんか?」
後方で控えていたブリードが前衛を勤めた3人に声をかけた。
「何ヶ所か噛みつかれたよ」「自分もだ」「ちょいと脛を齧られたな」
口々に答える面々。1匹1匹は問題になら無いが少々数が多かった。完全には捌き切れずに何処かしら軽い傷を負っていた。
「ネズミは不潔ですからね、悪化する前に手当てをしてしまいましょう」
ブリードはシオンの傷に手をかざして目を閉じ、傷ついた仲間を癒す為に精神を集中する。彼の仕事はこれからが本番なのだ。
●窮鼠罠にはまる
−来た−ラシェルの合図に陽子とシャノンが静かに頷く。
ここでネズミを全滅させなければ、直ぐに数を増やして再び畑を荒らすかもしれない。まさに正念場だ。
「仕方ないですよね」何度目かの結論を呟きながら、ラシェルは冷静にネズミの動きを見定めていた。
彼女は無駄な血を流す事を嫌っていた。例えそれがモンスターであれ害獣であれ。
だが、ネズミ達を見逃すわけにはいかない。冒険者として害獣駆除の依頼を受けた事もある、何よりも今仕留め損なえば村人達の糧が食い荒らされるのだ。
「儘ならないものです・・・・色々と」
何度目かの溜息を最後に、心優しきレンジャーは弓を引き絞った。
命からがら逃げ出したネズミ達はまたも奇襲を受けた、何処からとも無く飛来した矢に一匹の仲間が射倒されたのだ。矢を受けた1匹は声を上げる間もなく絶命した。
「月の精霊よ、彼のモノに一時の眠りを与えよ。・・・・スリープ!」
群を外れていた1匹が銀色の燐光に包まれ倒れ伏す、陽子のスリープが彼を捉えたのだ。
クルスダガーをかまえ眠りに落ちた敵に駆け寄る陽子。相手が起きていればてこずる相手も眠らせてしまえば簡単に決着がつく、単純だが今回の相手には確実な手段とも言えるだろう。
「草よ・・・・力を貸して」
プラントコントロール。シャノンの力ある言葉に応えるように、下草が蠢き1匹のネズミに絡みつき自由を奪う。
一撃でジャイアントラットを仕留める腕力も手段も彼女には無かった。しかし捕獲してしまえば結果は同じ事だ。もがけばもがくほど草はしっかりと巻きつき、そして彼の命運は決した。
陽子、シャノンの絡め手が効を奏し。程なくしてネズミ達は全て無力化された。今だ草に巻き取られているモノ、寝息を立てているモノもいるにはいるが状況に変わりはない。
お化けネズミの駆除は無事終了した。
●念には念を
「どうですか?」
「ここも空っぽだ。あれで全部だったらしい」
森写歩朗がシャノンの問いに答えた。冒険者達は巣穴に他のネズミが残っていないか最終確認をしてまわっていた。
シャノンがウォールホールで広げた巣穴に森写歩朗が潜りこみ、隈なく調べたが子ネズミ1匹見当たらなかった。
「さっさと埋めちまおうや」
後ろに控えていた瑞雲が声を声をかける。
全ての穴を塞ぐのは物理的にも不可能だったが、せめて巣穴として使われていた物だけでも埋める。それが村人を交えて話し合った上での結論だった。
ちなみに瑞雲がそわそわしているのは、手早く仕事を終わらせようというプロ意識であって、決して「絞りたてのヤツは無いけれど、収穫祭用のとっておきをご馳走する」と言われたからでは無い。間違っても「一汗かいた後の一杯は最高」なんて事はこれっぽちも。
●黄金の凪
翌早朝。一行は旅立ちの支度をしていた。
ふとラシェルはレイディアが苦い顔をしているのに気がついた、どうしたのだろう? なんとも決まり悪そう表情で爪を噛んでいる。
何となく理由はわかる気がしていた。いや、もしかしたら何処か怪我でもしたのかも、それとも体調が悪いのかも・・・・声をかけるべきか、かけざるべきか。それが問題だ。
仲間がやきもきしている時、レイディアには小さな友人の言葉を思い出していた。
「レイディアはギルドからの依頼を受けるのは初めてなんだから、落ち着いてね?」
子供のお使いじゃないんだから大丈夫ですよ、なんて笑って答えたのに。まさか・・・・食べ物を忘れるなんて。
それに気がついたのはキャメロットを発って暫くの事、急を要する依頼のため戻るわけにも行かない。
幸い、予備の食料を持っている仲間が多数いたので事無きを得た。食料の代金は報酬から清算する事で話はついている、が。
友人に何と言おう? なんと言えばいいだろう?
朝日を受けた黄金色の海が風を受け、静かに揺れた。
麦の穂の揺れる音が娘に優しく囁きかける。「ほろ苦い経験も、いつかは思い出になるよ」と。