霧の中に潜むモノ

■ショートシナリオ


担当:熊野BAKIN

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月25日〜10月30日

リプレイ公開日:2006年10月30日

●オープニング

●捨てられた村
 キャメロットのほど近く。細い街道の先にその村−今は誰一人住んでいないが−はあった。
 なぜこの村が廃村になったか、別段大層な限因があったわけではない。単にこの細く足場の悪い道よりもずっと歩きやすい道が出来たので、徐々に村人達が移住していっただけ。
 勿論、村に残った者もいるにはいたが、既に過去の人となっていた。

 そんな経緯で今やこの場所は、稀に雨や霧に追われた狩人が夜露をしのぐ為に訪れるだけだった。

●公の依頼
「一月ほど前、かの村に何かが住みついたと言う訴えがあったのだ」
 男はそう切出した。
 場所は冒険者ギルドの依頼受け付け。ここで話をするからには依頼者なのだろうな、そんな事を考えながらも受け付け担当は表情一つ変えず仕事に取り掛かった。
「住みついた、と言うとゴブリンかコボルとの類でしょうか? それとも野盗?」
 「それが・・・・」少し言いよどんだ後、男はキッパリと言いきった「解らんのだ」
「・・・・はぁ」
 気まずい沈黙。相手が何か分からないのでは依頼のだしようが無い。とはいえこのままと言うわけにも行かず、担当は少しでも情報を引き出そうと動き出すのだった。

●被害者の話(報告書より)
「あの日はどうしたことか兎一匹見つからず、私は少々イラついていました」
 狩人はそう言うと一つ、大きく息を吸い込んだ。腕に巻かれた薬草が痛々しい。
「気がつくともう日が傾いていました。体裁は悪かったのですが仕方有りません、家に戻る事にしました」

 その時、夜の闇とは異質の白い闇が沸き上がった。
「ついてない日はとことんついてないモンだな」
 いかに土地感があってもこの霧の前では全く役に立たない事を私は知っていた。帰宅を諦め、夜をしのげる場所が無いか思案を巡らす、と・・・・「廃村があったはずだ」直ぐに思い当たった。
 何度か行った事もあったし、比較的状態のいい場所の心当りもある。「霧が深くなる前につけるな」一人ごちながら村へと足を向けた。
 村に付くと目を付けていた家へ入った。
 思ったとおり状態は悪くない、これなら十分に夜露を凌げるだろう。私は持ち合わせた保存食で腹ごしらえをすませると直ぐに横になった。
 
 どれほど時間が立っただろうか、ふいに目がさめた。理由は無い、あえてこじつけるなら「嫌な気配がした」からだ。
 私は弓を手に取ると矢をつがえ戸口へ向かった。
 「外に何か・・・・いる」私の狩人としての経験と直感がそう告げている。
 私は一つ息を飲むと声をかけた。

「誰かいるのか?」
 その時! 突然扉が蹴破られ、霧とともに「何か」が室内に転がり込んできたんだ。私は反射的に矢を放った! 私が放った矢は転がり込んできた何かを確かに捉えた・・・・ハズだった。
 次の瞬間に響いたのは苦悶の悲鳴でも何かが床に倒れる音でもなく、矢が床に落ちた乾いた音。あまりの事態に呆然としていると、風を切るような物音とともに何かが私の手から弓を奪い取った。この濃霧に満たされた狭い空間で、弓だけを正確に。
 本能が私に命じた「逃げろ」と・・・・

「覚えているのはそこまでです、気が付いたら道の真中で倒れていました。夢かとも思いましたが、この傷と無くなった私の弓が現実だったと言っているんです」

●そして依頼は張り出された
「それで、そちらの方ではどうでした?」
 訴え、と言う時点で相手の身分は大よそ見当がつく。それを言わないのは体裁や面子といった類の物があるからだろう。伊達にベテランと言われているわけではない。
「新人を3人ほど向かわせたが、結果はほぼ同じだった」
 依頼人は苦い表情で答えた。霧に巻かれ、武器を奪われ、ほうほうの体で逃げかえってきたと言うところか。
「なるほど。では依頼の方ですが「何か」の討伐と言う事で宜しいでしょうか?」
 担当はそれ以上は聞かずに詰めに入った。これ以上聞けば確実に相手の面子を潰す事になるだろう。
 男は少し考えていった。
「可能ならばそうして貰いたい、が」
 「が? 」聞き返す。
「状況が状況だ、その存在の調査と確認だけでもかまわない」
 成る程。汚名返上を、か。担当は心の中でほくそえみつつ依頼書を書き上げた。

「その他の追記事項はありますか?」
「・・・・この件に付いては秘密厳守で頼みたい。その代わり割増手当てと食費を提供しよう」
 至れり尽せりだが「それだけ危険度も高い、か」そう呟くと、書き上がったばかりの依頼書にギルド公認の印を打ちつけた。

●今回の参加者

 ea6484 シャロン・ミットヴィル(29歳・♀・クレリック・パラ・フランク王国)
 eb3333 衣笠 陽子(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5188 ベルトーチカ・ベルメール(44歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb7212 プリマ・プリム(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 eb7425 藍 采和(19歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb7725 ラズエル・ヴァーネット(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8356 シェリン・ミドラス(30歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb8361 アスル・リグスワイス(26歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●静寂と傷跡
「あれか」
 ハーフエルフの青年、アスル・リグスワイス(eb8361)は荒れ果てた道端に一振りの剣が転がっているの見つけた。
「何かあったんはほんまのようですなぁ」
 鈍りのある言葉で感想を述べたのは、この国では珍しい剃髪した少年、藍采和(eb7425)。
 「何かあった」実は2人とも今回の事件その物に懐疑的であった。身分のお高い人物が身内の恥を誤魔化そうとしたのでは、という予想だった。
 しかし出発前に被害者に刻まれた獣に噛みつかれたような傷跡を見、そしてサビ一つない剣を見た今、何かが起きた事は認めざるを得なかった。
 同道していたラズエル・ヴァーネット(eb7725)が剣を拾いあげた。そこらの品との違いはすぐについた。
 その柄に刻まれていたのは「紋章が入った剣を奪われたとあっては衛兵隊の名折れ、ですか」衛兵隊の紋章だった。

「良かった、ありました」
「矢もありますね」
 小柄な娘・・・・パラのシャロン・ミットヴィル(ea6484)が廃屋に落ちていた弓を見つけて声を上げた。陰陽師装束の少女、衣笠陽子(eb3333)も狩人が放ったと言う矢をすぐに発見した。
 奪われた武器が持ち去られていない事が確認でき、シャロンは安堵の表情を浮かべた。
「そうですね・・・・隣の家を見てみましょう」
 次はこの廃屋を見張れる場所を探さねばならない。2人は隣家へと足を向けた。

「道幅10歩ー」
 声の主はベルトーチカ・ベルメール(eb5188)
 準備段階で村の地図でも無いかと探して見たのだが、何しろ十年以上も前に廃れた村の事。見つかるはずも無く、やむなく仲間の協力を得て手作りの最中だった。
「はーい」
 書きかけの地図に距離を書き込むと、シェリン・ミドラス(eb8356)は答えた。彼女に美術の心得があったのが幸いし、地図は上々の出来だった。
「うっわー、シェリンって絵が上手いね! 次はあたしを描いてよ」
 彼女の手元を食い入る様に見つめて、時折歓声を上げているのはプリマ・プリム(eb7212)、シフールの娘だ。ベルトーチカはそんな2人を見つめていたが「微笑ましいわぁ」クスリと笑うと歩測を再開した。

●そは霧と共に来り
 最終の打ち合せで「争わなければならないのでしょうか」というシェリンの発言もあり、今回の指針が再確認された。
 その結果、調査を重視すると言う結論で落ちついた。当初から調査にウエイトを置くメンバーが多かった事、特に討伐に拘る者がいなかったのが主な理由だ。
 冒険者達は霧と謎の訪問者を待ち受けるため、班を分け廃屋とその隣家での張り込みを開始した。

 2度目の夜番交代。日付が変わろうかという頃、採和が廃屋に向かうのと入れ違いにラズエル戻ってきた。
「霧どころか雲一つ出ていませんね」
 空振りか? そんな思いが過ったが「まだ先は長いですね」何気ないシャロンの一言で再び場が引き締まる。調査報告によれば出現時刻は「夜」決まった刻限は無いのだ。
 
 イギリスの冬は夜が長い。5度目の交代時間が近づいた頃、扉の隙間から外を覗っていた陽子が気付いた。
「霧が出てきました」
 ベルトーチカとシェリンは別班のメンバーを起こした。ソレは霧と共に、来る。
 廃屋にいた採和も気付いていた、壊れた窓の隙間からうっすらと霧が忍びこんで来ている。
「引っ張りすぎやっちゅーねん」
 軽口とは裏腹に彼の身体は若干の力みがあった。何しろ冒険者としての実戦はこれが始めて、緊張するなという方が難しい。
 そもそも囮はベルトーチカの予定だったが「女性を囮にする言うのは、僕我慢できませんわ」と自分で志願したのだ。歳幼くとも心は侠客、頑張れ男の子。

 霧が村を覆った。しかし報告書にある濃霧とはほど遠く夜明けも近かい、今日は来なかったなと誰かが口にしようとした時、アスルが異変を告げた。
「霧が来る」
 その光景を見た誰もが絶句した。
 霧に霞む村の中、明らかに濃度の違う白い闇が道を飲み込もうとしていた。既存の霧がレースならそれはまさにヴェールの様に重厚で内包するものを白く塗りつぶしていた。
 やがて霧のヴェールが隣の廃屋を包み込むと同時に−ばぁん! −何かを蹴破るような音が響いた。
 陽子とプリマが即座にサウンドワードの詠唱を始めた。発せられた音を対象とし、音から発生源の情報を得る月の精霊魔術。
「デビル・・・・クルードです!」
「扉が壊れちゃった!」
 続けざまにシャロンが叫ぶ「3匹です。外に2匹、中に1匹! 」デティクトアンデットで敵の数と所在を感知したのだ。
 ラズエルとアスルが抜刀して霧の壁に飛び込む。2人が携えているのはベルトーチカから借り受けた魔力を帯びた剣、冒険者達には敵が何物でもあっても対応できる準備がなされていた。

 アスルはまさに「伸ばした腕の掌が見えない」濃霧の中、油断無く身構える。
 「! 」正面から放たれた殺気に身体が動いた。軽やかなステップで軸をずらすと、飛びかかってきた何かにカウンターを見舞う。
−ギイィィ!−
 手応えと共に苦悶の悲鳴が聞こえる。無理に追い打ちはせず再びカウンターを狙うべく身構えたその時。霧を裂いて飛来した何かが彼の腕を絡め取った! 見れば鞭のような物が右手に巻きついている。
 「ちっ」舌打ちと同時に−どくん−と胸の奥で何かが蠢く。
 瞳が真紅に染まってゆく。頭髪が逆立つのを感じる・・・・戦いの緊迫が彼の血に眠るモノを呼び覚ましてしまったのだ。人とエルフの間に生まれた忌み子、ハーフエルフに刻まれた宿業。
 狂化。
 冷静さを保ち続けられればこの不利な状況でも勝機はあった。しかし狂化のもたらす激情に支配された今、アスルは己を絡め取った敵へ猛然と襲い掛かった。

 辛うじて扉の体裁を保っていた板材が蝶番ごと室内へ倒れ込んできた。
 採和は霧と共に転がり込んできたソレ・・・・クルードをはっきりと見た。一言で言えば「巨大で醜いネズミ」
 その姿に思わず萎縮する若き冒険者。
「武侠とは、義によって立つもんや」
 それでも己の信念を呪文の様に呟くと十二形意拳・卯の型を構える。奥義「兎跳姿」大地を縦横に跳飛ぶ、兎の如き軽やかなる守りの技。
 力は及ばなくとも、例え未熟でもやらなければならない時がある。無骨で泥臭い、結構・・・・それが侠客の生き様だ。

 ラズエルもまた霧に飛びこんだと同時にクルードの襲撃を受けた。その際オーラパワーを使い戦力をあげようとした。が、魔法を使うには彼の装備は少々重かったのだ。魔法を諦め剣を構え直す。
 魔法武器を借り受けていたのがせめてもの救いか。それにしても何も見えない。共に霧に飛びこんだ仲間は大丈夫だろうか?
「アスルさん大丈夫ですか」
 返事は無い、だが霧の向うから争うような物音は聞こえている。「少なくとも戦える状態だ」と判断し霧の中向うにいる敵へと意識を集中する。対抗しうる武器があるとはいえ地の利は向うにあるのだ。
 
「シャロン、クルードの位置わかる?」
 シャロンの指示を受け、ベルトーチカは濃霧の領域内目掛けて用意させたワインと自前の発泡酒をぶちまけた。せめて同士討ちを防ぎたいという思いからだったが、果してどれだけ効果があるか。
 魔法使い達は仲間を援護したくとも視界を遮断され敵を視認する事すらできない。
「採和さん、大丈夫ですか!?」
 廃屋にいる仲間に陽子が呼びかけるが、呼ばれた本人はその時デビル1匹を引きつけ、必死の時間稼ぎを続けていた。当然返事どころでは無い。

 クルードの牙は致命的なものでは無かった。しかし霧中の利を有効に使い確実に得物に傷を負わせていく。
 何よりも危険なのは鎧も身につけず、しかも狂化に陥ったアスルだった。あちらこちらを噛み千切られながらも表情一つ変えず、ひたすらに魔法剣を振りまわしている。
 後衛とて大差は無い。仲間を援護したくてもよほど近づかねば輪郭すら判別できない、かと言って迂闊に霧の中に入ればそれこそ同士討ちになりかね無い。

 焦りと不安でじりじりと消耗しいく冒険者達。
 彼らは少しづつ、確実に追い詰められていた。

●流した血の対価
 永劫と思えた白い闇の襲撃、それは突然終った。
−ギイィィ!−
 鳴き声と共に攻撃がやんだ。
「今度は何だ」
「何だか霧が薄くなってる見たい」
 境目を飛んでいたプリムが声を上げた。その指摘通り、霧の濃度がじわじわと薄くなっていく。
 デビルの姿を探すべルトーチカの目に肩で息をするラズエルが映った。
 そしてその奥には…呆然と立ち尽くすアスル。その身体の至るところに傷が刻まれおびただしい量の血が流れ出している。
 糸が切れたかのようにアスルが倒れた。
「アスル様!」
 シェリンは悲鳴のような叫びを上げ駈け寄ると、リカバーの魔法を発動する。細かな傷がふさがり幾分出血が治まった。
「この身体も、存外動く」
 アスルの声を聞きほっとする一同。重傷ではあるが命に別状は無さそうだ。
 
 ふと光を感じシャロン顔を上ると、東の空がゆっくりと染まりはじめていた。
 「朝ですね・・・・あ」何事か思い当たった。
「クルードは霧の夜に現れるデビルでしたよね」
「夜が明けるのを恐れて逃げたって事ですか?」
「そう言えば、陽の精霊魔術に弱いって話もあったわね」
 陽子の問いにベルトーチカが答えた。
「でも・・・・なんで真夜中に来なかったんだろうね?」
 プリムは首を捻る。太陽が苦手なら深夜に来ればいい、子供でも分る理屈だ。
「霧を待ってたんとちゃいますか」
 振り向くと採和が壊れた戸口から顔を覗かせている。酷く消耗はしているが無傷のようだ。戦いは惨憺たる結果ではあったが、これで全員が生き延びて依頼を果す事ができた。

 安堵と疲労の中、冒険者達はぼんやりと昇る朝日を見つめていた。