婆の山越え道中記

■ショートシナリオ&プロモート


担当:べるがー

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月07日〜01月12日

リプレイ公開日:2005年01月15日

●オープニング

「今回の依頼は、ある荷物を抱えての『山越え』です」
 ギルド員の男は、何故か冒険者から視線を逸らし───依頼内容を告げた。
「ええ、戦いはナシですから。多分。料金も少し多めに頂けますし、お得じゃあないですかね。多分。ええ、楽といえば楽ですよ。多分」
 やたら『多分』が多い。
 冒険者たちの突き刺す視線を受け流すため、ギルド員はついに後ろを向いた。
 ───オイ、おっさん。
「‥‥出来れば、短気な方は行かないほうが良いと、それだけは申し上げておきます。荷物がその‥‥少々年季が入っておりますので」
 年季が入った荷物。
 嫌な予感がした。
「しかもナマモノだったりしますので‥‥取り扱いには十分注意して頂きたいとのことです」

 荷物内容は双子の婆。寿命をとっくに迎えて良い筈の婆である。
 江戸に住んでいたが、最近は足腰もいい加減弱くなり、農家に嫁いだ娘夫婦の元に身を寄せることになった。
 が、娘夫婦の住む村はここより大分離れた場所にある。片道だけで二日はかかる場所だ。しかも山を越えなければならない。
 もちろん、足腰の弱った婆に山越えが出来る筈もなく───婆の近所に住む人が、娘の代わりに依頼してきたのだ。
 どなたか健脚な方に婆を背負って山越えをして頂けないか、と。

「ええと‥‥そのご近所さんが言うにはですね、その双子の婆さんは大層性格が‥‥その、気難しいらしく」
 相変わらず壁を向いたギルド員が、壁に向かってぼそぼそと言っている。
「つまりその‥‥性格がすんごく悪い婆らしい、です、ハイ」
 もちろん、ギルド員だってお客さまのことをボロクソに言う権利もなく、またそんなことを言ったりする人格ではないのだが‥‥これでも精一杯言葉を飾った結果である。
 何しろ近所の人が言うことには、自分より若輩者と見るや否や、イタズラを仕掛け〜の、言葉でいびり倒し〜の、わざといざこざが起こるように持ちかけ〜の、そりゃまぁ見事な性格破綻者らしい。
 今回冒険者ギルドにお世話になるという話も、どうやって虐めてやろうか指折り数えてその日を待っているらしい。
 ハッキリ言って、嫁いびりを覚悟して下さいとのことだ。

「嫌だと思うんですけど〜、嫌だと思うんですけど〜‥‥受けて、頂けますか?」
 この依頼を。

●今回の参加者

 ea0062 シャラ・ルーシャラ(13歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea0119 ユキネ・アムスティル(23歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6463 ラティール・エラティス(28歳・♀・ファイター・ジャイアント・エジプト)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0221 紅 千喜(34歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●旅は道連れ世は情け
「けひゃひゃひゃ、我が輩のことは『ドクター』と呼びたまえ〜」
 驢馬を連れたトマス・ウェスト(ea8714)が奇怪な笑いで挨拶をすると、婆が前触れもなしにドクターの背中に飛びついた。
「ほれ馬、早く走れぃ!」
 どうやら江戸の街中から背負って歩かせる気らしい。ドクターは躊躇うことなく振り落とした。
 けひゃひゃひゃ、ぼてっ。
「うわ、容赦なし‥‥」
 ユキネ・アムスティル(ea0119)が呆れた。
 と、何を思ったか婆がいきなり天下の王道に土下座した。片割れも阿吽の呼吸ですがりつく。
「許しておくれ今は金はこれっぽちしかないんじゃ、ああっ、ぶつのはやめておくれこんな婆から身包み剥いで有り金全部奪おうなどと‥‥!」
「何と惨い、ただ目を合わせただけで因縁つけられてしもうた!」
 ここは天下の街道である。通りすがりの人は明らかに小さくて力のなさそうな老婆に哀れな眼差しを送り、冒険者達に非難の視線を浴びせた。
「うぅん、相手は手ごわそうってカンジィ」
「腹を決めなくちゃ」
 ラティール・エラティス(ea6463)が懸命に地面から引き剥がす様子を見ながら、大宗院亞莉子(ea8484)と紅千喜(eb0221)が気合を入れ、
「ま〜‥‥覚悟決めて地道に婆さん背負うことにすっか‥‥」
 謂れの無い視線を浴びた里見夏沙(ea2700)が遠い目で呟いた。 
 
●山道、防御、攻撃
「こっちを着ている方を真理亜殿と呼ぶ。危険があった場合に反応できるようにしてくれ。入れ替わるのは勝手だがよく考えることだ」
 山道に差し掛かった時点で、菊川旭(ea9032)防寒服を取り出し、手渡した。力いっぱい色違いである。
 何やら不満げなのは企みを事前に妨害されたためか。恨めしげな婆を前に、旭は事も無げに付け足した。
「もしもの時はその名で埋葬されるだろうからな」

「とりあえず、私が一番体は大きいですし、体力もありそうですからメインの背負い役を務めましょう」
 一日目。ラティがジャイアントの身を活かして名乗りを上げた。何人か試しに担いでみたが、亞莉子はその重さに脱落し、ユキネとシャラは婆の危険性から最初から除外された。故に背負い役はラティ・旭・夏沙・千喜となる。ちなみにドクターは自らハッキリキッパリ断った。
 旭に先制攻撃をされ鼻白んだ老婆二人は、純情そうなラティに飛びついた。もちろん二人一度に背負うのは無理なので、片割れは男性代表夏沙に託されることになる。しかし、二人がただで済む筈はなく───一日目からデンジャラスな展開が待ち構えていた。

「お、おおおお婆さん‥‥」
 道半ばで顔を赤らめたり青ざめたりするラティ。きょとんと見上げたシャラ・ルーシャラ(ea0062)が傍らのユキネに無邪気に尋ねた。
「あれは何やってるですか? 面白いことですか?」
「‥‥あれは、女同士だから許される嫌がらせ‥‥」
「けーっきょっきょっきょ!」
 奇怪な奇声を上げて喜んでいる婆。あくまで振り落とさないラティは同じ女として天晴れだ、と千喜は涙した。
 ───胸がデカイのはけしてラティのせいではない。

 昼時。べしん、と鈍い音が山道に響いた。木立から鳥がバッサバッサと羽ばたく。
「ななななな、なぁーにをするんじゃ、小童めえぇ」
 折れたのでは、と心配するくらい首が曲がっていた婆は、怒るでもなく拳を叩き込んだ旭に向かって気炎を吐いた。
「保存食のありがたさを知るのも経験になろう」
 淡々と告げる旭は崖下に落ちた保存食を見下ろし、突き放すように言った。すかさずドクターが追い討ちをかける。
「婆君の1日分が無くなってしまった様だね〜。ま、1日くらい我慢したまえ〜」
「なっ、何てこと言うんじゃ、この鬼畜病的サディスト! お前さん医者じゃろう、婆の飯を抜く気か!」
「落とした婆君が悪い〜。それに、我が輩にとっては生者は年寄りでも興味はないね〜」
 よろり、と婆二人がよろめいた。勢いよく冒険者の手から保存食を叩き崖下に落としたのだから自業自得といえる。これだけ元気なのだ、一食抜いても無問題。
「しつけは繰り返し根気よくが基本」
 うむ、と旭が頷いた。

「ほれほれ、もっと揺れないように運びたまえ〜。ああそこ、テントの隅が汚れているよ〜。掃除したまえ〜」
 一晩目山中での夜。姑『三人』による嫁いびりが展開されていた。
「何でドクターまで混じってるのよっ」
 ほぼ丸一日集中ドクターのイビリを受ける破目になってしまった千喜がついに声を張り上げた。彼女自身は知らなかったが、ドクターはアンチ・ハーフエルフ派。本人知らぬ間にターゲットにされていたのである。
「いやぁん、そうなのってカンジィ」
 一緒にイビられていた筈の亞莉子が嬉しそうな声を上げた。何を褒められたのか、身を捩って嬉しそうに話している。あたしが一人耐えてるのに何楽しそうに話してるのよ、と思った瞬間亞莉子が激怒した。
「愛の知らないばばぁ!」
 目が点になった所でラティが亞莉子を羽交い絞めにして連れ去ってしまった。顔の見分けのつかない婆二人が振り返る。たらりと背中に汗が伝った。ユキネと目が合ったが、すっと逸らされた。
 夜はこれからだ。

●天然悪魔のイリュージョン
「あったかくしとけよ」
 二晩目の夜にそんな優しい声をかけたからだろうか。何故か老婆二人は夏沙にとてもよく『懐いた』。保存食など彼から貰うものでなければ受け取らなかったほどだ。他冒険者達もしっかり余分な保存食を用意していたが、婆が是と言わぬため否応なく夏沙の保存食だけが食い潰されていく───。
「あのさ‥‥悪ぃけど。事前に婆さん達の趣味の話を聞いてるのに、腹たてたり凹んだりするわきゃねーだろ。まぁ、やりたきゃ勝手にどうぞ。そん代わり、うっかり手や足滑らせて、これが黄泉への旅路になっても勘弁な」
 何をされても受け流した。その態度も良くなかったのか。何故か夏沙だけ丸三日間婆を背負う破目になっている。

 三日目。耳元でずーっと般若心経を唱えられているにも関わらず、夏沙は婆を背負って山越えをしている。楽しくもない話題どころか般若心経。眉間に皺が寄ってくるのは仕方あるまい。
 そんな姿を見て、シャラは必死に考えた。どうすれば兄様を手助け出来るのか。けして悪意からではなかったのだ。そう、だから───誰も彼女を責めてはいけない。
「‥‥あ! おやまっていったら、やっぱりクマさんですよね♪」
 『それ』は山頂を越え、いささか急な降りに入っていた時のことだ。シャラがぽんと手を叩いた。その満面の笑みに、は? と同行者全てが首を傾げる。
「イリュージョンでふしぎなせかいをみせてさしあげますね♪」
 えいっと無邪気に婆二人の頭に熊を送りつけた。
 婆の脳裏に突如総勢二十を越す熊が出現し、その熊が自分めがけてお花畑の中を疾走して来るのを見た。老人にはちょっぴり刺激的な映像だった。
「っっ!!??」
 夏沙とラティの背中にいた婆二人が、がくりと意識を手放した。
「お、おい婆さん!?」
「お婆さん!?」
 夏沙とラティががっくがっくと揺さぶったが、口をぱっかと開けた状態で白目を剥いていた。
「クマさんたくさーん、お婆ちゃま達と仲良しなんです」
 婆は生まれて初めて橋と川を見た。
 その日の夜から、婆は執拗な嫌がらせをしなかったという‥‥。

●最後の嫌がらせ
「しまったぁ! 透のお母さんはぁ、嫌味な姑っていうよりもぉ、礼儀正しい感じだがらぁ、礼儀作法を学ばないといけなかったってカンジィ」
 必要もなく嫁いびりを体験してしまった亜莉子が叫んだ。真理亜婆の娘が娘とは思えぬ謙虚さで頭を下げる。
「す、すみません、大変だったでしょう。鏡まで頂いてしまって、本当何とお詫びしたら」
 慌てて詫びた母親に、身支度用の銅鏡を奪われた千喜が首を振った。
「あ‥‥銅鏡はあげてもいいの。お婆ちゃんたちにとって鏡を見れるって大事なことだし」
 むしろ綺麗になる事で外出頻度が増え、家の人の苦労も多少は減るだろう。
「まったく‥‥お母さんてば、お礼も言わずにどこ行ったのかしら」
 結局、三日間(時間がないため、冒険者達は本日中に江戸に取って返す事になっている)を共にした婆は出発時間になっても現れなかった。

「‥‥軽い」
「‥‥重い」
 夏沙とユキネの声が重なった。全く違う台詞に顔を見合わせる。そのまま二人して無言で荷を解き始めた。
「‥‥やられた。みんなも、自分の荷物‥‥確かめた方がいいかも、よ」
 ユキネが呆れた声を出した。
「これってぇ‥‥」
 荷を解いた亞莉子に、旭が手に掬ってまじまじと見つめている。
「‥‥なるほど、最後の嫌がらせか」
「ひょっとしたら栄養たっぷりの畑の土とか‥‥」
「あ、なるほど」
 ラティと千喜が好意的に解釈した。だが。しかし。
「いくら包まれてるとはいえ、保存食の上から土とは嫌がらせだね〜」
 ドクターの言う通りであった。冒険者の荷物に入っていたのは、こんもり盛られた土。他の荷物が見えない。
「すごいです、おばあちゃまからつちもらっちゃいました」
 シャラよ、それは嫌がらせだ。
「‥‥何で俺だけ保存食盗られてんだ?」 
 夏沙が呆然と呟いたが、それはきっと餌付けのせいでありましょう。