偽家族物語
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:べるがー
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月13日〜01月18日
リプレイ公開日:2005年01月18日
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●オープニング
「あなたは演技力がありますか?」
ギルド員は真顔でそんな事を言った。
───演技力? スキルとか格闘能力とかそんなんでなくて? なぜに演技力?
目を点にする冒険者達を前に、ギルド員はようやく話す順序が逆になったことに気付いたようだ。
「ああ、ええ───端的に言うと今回は『偽家族になる』ことが依頼です」
それはある家族を救う、唯一の策なのだ。失敗することは許されない。
依頼主は一家の大黒柱。妻の薬を手に入れるため、とても極悪な人間に魅入られてしまった可哀相な人である。
妻の薬を買うために、その夫はある人物からお金を借りた。金額にして50両。
もう少しで完済できそうなのだが、貸した人間が今になってこの家族が逃亡するんじゃないかと疑いだした。
もし本当に既に江戸を出ているようなら、これは夜逃げだ、許しはしないと目を血走らせている。
が、運悪く、妻は療養のために子供達と共に江戸を出てしまっている。逃亡ではないが、逆上した相手には通じそうもない理由だった。
幸い、この借金をした相手は家族の顔を知らない。気のいい近所の人々は黙ってやると約束してくれたが、肝心の家族がいない。
そんなわけで、一家の大黒柱は冒険者ギルドに現れた。
「ええと、家族構成は妻、息子、そして事故死した姉の娘を引き取ってますね」
偽家族は計三人必要というわけだ。
ただし、とギルド員の顔が曇った。
「家族の関係や周囲との人間関係、不審がられないように動かなければなりません。演技力はかなり必要なんじゃないでしょうか」
そう、この依頼はかなりデリケートだ。うっかり素で接してしまったりすれば───家族は目を血走らせ逆上した男に幸せを奪われてしまうだろう。
「かなり厳しいですが、達成感はあると思いますね。どうです、一家の幸せのためです、受けてみませんか?」
●リプレイ本文
●借金取立て親父到来
ふむ、と手書きの地図を袖の中にしまい込む男がいた。
彼の名は金蔵。ちみりちみりと金を返す男の、借金取立てにやって来たのだ。
返済間際に逃亡を企てるのはよくある事。しかしそんな事、この金蔵が許す筈もない。借りた金は返しましょう。返すつもりがないのなら、例えどんな手を使ってでも奪い返すのが主義である。
金を貸す際に、一通り家族の詳細は聞いている。ええと、そう、確か15の息子がいた筈だ。司郎という名の───何だあれは!?
額に包帯を巻いた青年が千鳥足で近寄って来た。何故か片手には茎だけになってしまった花。
金蔵は知らなかった。この青年が、息子司郎役を演じている里見夏沙(ea2700)だという事を。
「‥‥おじさん」
がしり、と両腕を掴まれる。思い詰めたその瞳に、ひい、と声にならない声が漏れた。
「初恋の味ってどんな味でした?」
その時、金蔵の脳みそは軽く宇宙旅行をしたという。
「このオジサンで間違いないってカンジィ」
んあ、と口から声が漏れた。耳に聞こえていた会話が、ぴたりと止まる。
「ここ、は?」
どこかの家の中のようであった。起きると、枕元にひどく顔色の悪い女性が座っている。寝起きに見たもので、つい悲鳴を上げてしまった。その態度に、妻役───田崎蘭(ea0264)が青筋を立てて微笑む。『やぁん、すっごい器用〜』などと天井裏で大宗院亞莉子(ea8484)がウケている事など知る由もない。
「金蔵様でございますね? 私は紋次郎の妻にございます」
紋次郎とは、私が貴重な金50両を貸したあの紋次郎ではないか。その妻か!
「わ、私は今日は奴に会いに来たのだっ、借金の」
「うっ! げほごほごほっ」
妻がいきなり口元を抑えて咳き込んだ。罵りの言葉が口から胃へと戻る。
そういえば、妻は病弱でそのための薬を買うために借金したのだったか。
「ごめんなさい‥‥体の調子が芳しくないもので、あまりおかまいもできませんで」
え? あまりお構いも出来ませんで? それってつまりもう帰れってこと?
仁王立ちのまま立ちすくんだ金蔵を、体を二つに曲げた女が見上げた。そう、見上げている筈なのに───。
「───はい」
何故、こんなに迫力があるのだ?
●偽家族、本気
「紋次郎さんは『おと〜さん』、妻は『おか〜さん』、息子は『おに〜さん』、姪は『おね〜さん』って呼ぶよ」
フィン・リル(ea9164)がニコニコしながら言った。その台詞におかーさん、もとい蘭が苦しげに呻く。
「擬似でも妻のふりかい‥‥。くぅ、私ぁ未亡人だから、昔のコト思い出しちまうじゃネェか」
ウェルナー・シドラドム(eb0342)が苦笑しつつ、フォローした。
「今日はもう大丈夫ですよ。ちゃんと宿へ入って行くところを見届けましたから」
彼は今回ジャパン見物に来た変な外人役である。主に外回りなので、金蔵の後をつけたのだ。
息子役の夏沙は見た目年齢が怪しいし、理美容で病弱の見せかけも怪しい妻である。万全のフォローが必要だ。一見、高川恵(ea0691)は最適だが‥‥。
「まかせとき! ポッキリ偽家族演じたるわ!」
「そ、それを言うならきっちりでは‥‥くすくす」
でーんと胸を叩いて宣言する笑わせ師、音羽でり子(ea3914)の台詞に笑っていた。高川恵、一応両親の事故死で暗くなった姪・里子役。
翌日、金蔵はまたも紋次郎の家へやって来た。
昨日は病弱な(筈の)妻の眼力一つで宿へと戻ってしまったのだ。今日こそ帰るものかと気合が入っている。
「お、君は誰だね?」
家の前で俯く女性がいた。顔を上げてすぐまた俯いてしまう。
そうか、確か二十歳そこそこの姪がいると聞いていたが、陰気なこの娘の事かもしれん。両親は事故死して心に傷を負っているのだからやむなき事だ。
「あー、わしは金蔵といって紋次郎殿に金を貸した者だ。早く返してくれんと困るのでな」
「叔父様をお疑いなのですか? 私を引き取って下さった優しい叔父様ですのに‥‥」
悲しげに俯かれ、言外で非難された気がした。
「す、すまん、事故で」
「思い出させないでください!」
少々台詞をぶった切ってしまったが、とにかく演技は成功したらしい。金蔵が玄関前でオロオロとし始めた。
やった、あと一息。一層暗い顔作りに励んだところで。
「さ・と・こ・はーん!!」
どどどどど、と走って来る謎の関西弁女性。そのたった一言に、恵は仮面を毟り取られた。慌てて顔を覆う。
「ああーっ、里子はん、また泣いてんの? えっ、違う? そうやな、溜息の数だけ幸せが逃げていくんやで。って溜め息なんかついてへんやん!」
べしっ。
何故か金蔵が叩かれた。
「だっ、誰」
「あ、うち? うちは里子はんの一番の親友、むしろ恋人!? そんな感じや!」
どんな感じだ。
絶句する金蔵を無視し、笑いを誤魔化そうと必死な恵に向き直る。
「コレずっと前にウチに漫談のネタ作成手伝ってくれた御礼。ありがとう、おかげで舞台でめっさ受けたわ」
表情が崩れっぱなしの恵に無理やり36両を握らせた。その重みがより一層笑いを助長する。
もう、限界。そう思った瞬間。
「やほ〜! また遊びに来ちゃった〜♪ おか〜さんとおね〜さんは元気〜? おに〜さんはだいじょ〜ぶ? またジャパンのお話とか遊びとかふーしゅー? とか教えて〜!」
くるくるくるー。
踊りながら変なシフールが登場した。蘭をおかーさん呼ばわりして頭痛にさせたフィンである。ナイス・フォロー。
恵はようやく笑いが止まり、でり子はフィンの踊りに喜んでいる。金蔵は毒気を抜かれてポカンとしていた。
「見て見て〜! こういう舞覚えたよ!」
金を返してもらいに来た筈が。
借金した男の玄関先で、シフールの民族舞踊(これがなかなか上手かった)を日が暮れるまで見る破目になったという‥‥。
3日目。
ええい、何でこんなに邪魔が入るのだ! しかも、都合よく‥‥まさか、紋次郎、このまま逃げ切るつもりか? やはり夜逃げで返済放棄でも企んでおるのか!? 今日こそ紋次郎をとっ捕まえて吐かせてやるぞ!
「右よし、左よし」
ある民家にへばりつき、ここから見える紋次郎の玄関先を確認する。
「よし、今日は誰もいない。行くか!」
「ホワッツ? ドコヘ?」
は!?
背後に変な外人がじーっと見つめていた。ウェルナー登場。
「なっ、何だ貴様は」
「オウ、ジャッパーン、オクフカイネ、コレ、ナンデスカ?」
それは民家の壁である。
「ええい、邪魔するな、しっ、しっ、あっちへ行け!」
「ワタシ、ニホンゴワカリマセ〜ン? ホワット? レアリィ?」
時々混じるその日本語は何だ。
4日目。
ええいええい、ええい! 忌々しい。昨日一日変な外人に連れ回され、結局紋次郎の家に入る事も出来なかったではないか! あの妙な外国人、都合の悪い事を聞かれれば分からぬ知らぬ存ぜぬで通し、挙句の果てに昼まで奢る破目になったわ! 今日は邪魔されてやらん! 絶対にだ!!
「頼もう!」
看板破りのような雄叫びを上げて勢いよく扉を開けると、そこは桃色の世界でした。
「彼女の儚げな表情を目にするたび胸が痛む。姉の様に消えてしまうのではないかと、不安にかられて抱き締めたくなるが‥‥そんな事をしたら壊してしまうかもな。大切に包み込んで、いつか心から微笑ませたい」
姪でもなく妻でもなく明らかに息子でもない男が、玄関に佇み怪しげな言葉を呟いていた。貴藤緋狩(ea2319)、満を持しての登場。
不気味な微笑みを浮かべつつ、紅小鉢を大切そうに撫でた。
桃色空気を読めず、視線をさ迷わせる。妻役の蘭が笑いを堪えて壁によりかかっているが‥‥背を向けているので、発作を起こしているように見えなくもない。ちなみに天井裏の亞莉子も爆笑している。
男の桃色口上は続く。
「さ、今日は紅小鉢を彼女に贈ろう。鮮やかに染まる自分の唇に、きっと彼女の心も浮き立つに違いない」
「しっ、失礼しましたーッ」
金蔵、48年生きてきて、初めて恥ずかしい男を見ました。今夜はもう眠れない。
5日目。
睡眠不足で眼下に濃いクマを作った金蔵がフラフラと紋次郎の家を目指し、通りを歩いていた。
ここ最近、事故にあうように非日常が続いている気がする。20年はかけないと出会えそうにない事ばかり。神様仏様、どうか現実を返して下さい。
「あ?」
道中に、何故か花弁が点々と落ちている。何とはなしに辿って行くと、そこには───。
「好き‥‥嫌い‥‥好き‥‥」
一日目に出た目のイっちゃった青年ではないか。
花売りから全部買い叩いたとしか思えない花束を持ち、その花弁を一枚一枚ちぎって捨てている。そうか、一日目に見たあの茎はコレか。
と、何を思ったか。
「うがー!!」
花を食った。
しかも店先の木箱にぶつかっている。あ、また。
非日常光景、絶賛目撃中。
その非日常が、ががががが、と頭を掻き毟った。そして脱力したように、ぽつんと呟く。
「初恋は実らないって言うけど‥‥実らなかったら人は泡になって消えるんだよね」
グッバイ、日常。
●借金返済完了、演技終了!
「ええ仕事したなぁ、うちら! そんじゃ帰るか!」
無事完済出来た紋次郎の肩をばしばし叩き、でり子が颯爽と歩き出した。その背中は一仕事を終えた爽やかな後姿。
冒険者が金蔵の注意を逸らし続ける事で、依頼は無事解決した。何故か金蔵は金なんかどうでも良さそうに遠いお空を眺めていたが。
他の冒険者が、それぞれ依頼人と挨拶をするため向き直る。
「また何かあったら呼んで下さい」
「そん時はもう花なんか食わねぇけどな」
ウェルナーが優しく笑い、夏沙がぼやいた。その台詞に、
「あれ、面白かったね〜」
「だな。近所の人達の噂話にまでなってもんなぁ。花売りも笑ってたぜ」
フィンと緋狩がくっくと笑う。その様子に恵は笑って依頼人に頭を下げた。
「それじゃ、どうもありがとうございました」
ぺこり。がしゃっ。
袖の中から重そうな袋が落ちた。
「ん、何だこれは?」
蘭が拾い上げ、恵が何かを思い出し口元を抑えた。
「それ、でり子さんの‥‥」
演技で預からせて頂いた、36両ではないだろうか。
「‥‥でり子、帰ったな」
「帰ったね‥‥」
「‥‥‥‥」
冒険者の間に沈黙が下りた。
36両、って生活に響かないだろうか。
「今日から生活、どうするんだろう?」
フィンが不思議そうに首を傾げた。
「芸のためなら金をも忘れる‥‥素晴らしい冒険者さまでございました」
紋次郎がそっと目尻の涙を拭った。
その時背後では。
「うぅん、やっぱりぃ、一姫二太郎よねぇん」
亞莉子が潤んだ瞳で将来設計を立てていた。