知られず、三発
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:べるがー
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月21日〜01月26日
リプレイ公開日:2005年01月29日
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●オープニング
「ええと、今回の依頼は依頼人に三発入れることですね」
───はい?
冒険者ギルド、かつてない程の沈黙に満たされた。
自分を殴れ、だなんて‥‥そんな依頼ってアリなんでしょうか?
「あ、あ、その、別にご本人がそう言ったわけではないんですよ」
ギルド員、慌てて言い直す。
「最初からご説明しますね。まず依頼されたのは旦那さんの方なんです───」
この依頼は、とある材木問屋が事故を起こしたことから始まる。
ジャパンで最もよく消費されるだろう一つに、材木がある。建物。家具。人の生活に密着しているほとんどの物が木だ。
江戸の片隅で材木問屋を営んでいる黒之介一家もそのための木を扱っている。なかなかに重い木の持ち運びが毎日の作業。
しかし、運悪く数人が、ある事故により足を折ってしまった。
そこで黒之介氏は冒険者ギルドに依頼をしてきた。応援が来るまで、繋ぎとして運搬業務をこなしてもらいたい、と。
「その時ご夫婦でお見えになられましてね、旦那さんが忙しい方なんで一足先に帰られ、手続きは奥様がなさって」
で、冒頭の依頼となった。
「ですから奥様が依頼人、となるわけですが───運搬業務の方は店の方なんで、旦那さまが依頼人でもあるというのか‥‥ううむ」
冒険者たちの視線に気付き、ギルド員は説明を最初からすることにした。
「その奥様が言うには、事故を装って旦那さまに三発、入れて欲しいんだそうです。なぜ三発か、と申しますと───」
なぜ従業員の足を折る事故が起きたか、に話が戻るのである。
黒之介は嫉妬深かった。奥さんは十八も年下だし、自分のようなオジサンに嫁に貰われて来たのはきっと両親がそう仕向けたに違いないと。
そういえば、何だか従業員の若い衆たちと意気投合している風でもある。一度問い詰めてやらねばなるまいと思っていた。
建築用の材木を立て掛けている場所に呼びつけ、黒之介は妻を問い質した。曰く、最近若い衆と出来ているのではないか。鋭二郎か、玉三郎、それとも‥‥。
妻は激怒した。何てこと言うの、それじゃあわたくしが貴方と結婚したのは心でもないことだったと言うのですか、それに妻も子もいる玉三郎さんや最近やっと想い人と婚約できた英二郎さんに何てことを、と。
あまりの気迫に、問い詰めていたことも忘れ、黒之介さんはたじろいだ。たじろぎついでに、材木に手をかけてしまった。そして、悲劇は起こった。
「偶然作業中の従業員がお二人を庇われましてね、幸い骨折だけだったそうなんですが、お仕事は当分無理とのことで」
そして、奥方は怒った。
『一発は、わたくしを信じなかった罰。二発目は、従業員たちを信じなかった罰。そして三発目は、ご自分を信じられなかった罰です』
「しっかり三発、入れて下さいとのことです。一発でも足りなかった場合は、報酬はナシだそうです」
なかなか激しい奥方のようだ。
ちら、ギルド員が目を向けた。
「この、依頼人さんを殴ってしまうという依頼───受けてみます?」
●リプレイ本文
●危険な職場
「‥‥とまぁ仕事はこんな所ですか! なに、普通の体力さえあったら何て事ない仕事ですよ!」
朗らかに説明する黒之介の半歩後ろで、妻が冒険者に笑顔を向けた。
「ええ、依頼内容は『ギルドでお話しした通り』ですから───よろしくお願いしますね」
その能面のような微笑に、妻の怒りの深さが垣間見えた気がする冒険者たちである。
依頼初日。流石に黒之介の隙を伺っている余裕はなく、材木の荷運びに奔走する冒険者たち。
瞬間的に持ち上げる事は容易でも、それを担ぎ持ち運ぶというのは中々どうして難しい。扱いを間違えないよう、足を折った従業員に指導して貰いながらの作業だ。
「おっと! すまな‥‥」
大柄な身体を活かし、比較的早く馴染んだ風月蘭稜(ea8626)が誰かにぶつかった。その瞬間、二人の間から何かがすべり落ちる。
「‥‥‥‥」
これは戦闘中よく見た『アレ』ではないだろうか。拳に付けて殴るだけで威力倍増という『アレ』。
黒之介相手に使ったら、間違いなく中傷以上の傷を負わせてしまう気がする。当たり所が悪ければ殺してしまう可能性も否定できない。
持ち主の周麗華(ea9947)はそっと拾い上げ、視線を逸らした。
「何時どういうことになるかわから無いから‥‥携帯してるだけ‥‥」
やめておけ相手は人間だ、リカバーじゃきかなくなると白翼寺涼哉(ea9502)が外すよう言わなければ、ひょっとしたら黒之介は死線を彷徨ったかもしれない。
依頼二日目。早速行動に出た者がいた。
ごすっ。
作業場に鈍い音が響く。
「うっ‥‥ぐ、ぬぬ」
黒之介の身体が二つに折れ、ぐらりと傾いだ。その影からうるうる涙目になった宗祇祈玖(ea8876)が頭を押さえて現れる。
「痛いノ‥‥」
どうやら身長と黒之介との距離が絶妙だったらしい。頭突きが腹より下に決まってしまった。双方激突部分を抱えて呻く。‥‥いや、黒之介は悶絶している。
冒険者のうち男性陣は、一発目からキツイ一撃だったと己の身で想像して戦慄した。
「対不起‥‥ごめんなさイ‥‥」
無表情だがその瞳は潤んでいる。単に少女は借りた着物が大きすぎてけつまづいただけ(のように見える)。そんな少女を責めるわけにもいかず、黒之介は気にするな、と手を振った。まだ言葉は出ないらしい。
サイコキネシスで周囲をどよめかせながら手伝いをしていたカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)が、黒之介に手を貸した。
「す、すまない」
「いえ。‥‥一発目、と」
小さく呟いたカウントに黒之介は首を傾げたが、カヤは返事の代わりにニッコリ笑ってみせた。
「何でもありませんよ?」
そう、あと二発はあるのだから。
依頼三日目。じわじわと作業にも慣れ、それぞれの特技を活かし材木を運ぶ冒険者たち。黒之介も安心して仕事を任せている。
二日目に衝撃の一撃をくらった祈玖相手には微妙に距離を置くようになったが、涼哉が僧侶らしく真摯に骨折した者の怪我の様子を看たり、
「報酬のただ取りは・・・・良くない・・・」
と懸命に働く麗華の働く姿、グリューネ・リーネスフィール(ea4138)に馬を出して貰って商売に出かけられるという理由からとても信頼される存在になっている。
しかし冒険者はもう一つの依頼に対しても真摯である。───衝撃の二発目は三日目の夜だった。
「いやぁ、助かりました。作業がこんな遅くなるとは思いもしませんで‥‥家に帰ったら酒でも出しますので」
もうすっかり暗くなってしまった中、提灯を持った黒之介が同行者の涼哉たちに礼を言った。
ちょっとした手違いで何本かの角材が足りず、その調整をするためにあちこち冒険者たちと走り回っていたのである。‥‥その、安心からか。一緒に歩いていた筈のグリューネが消えたことにはまだ気付いていない。冒険者たちはそっと視線を交わし合った。
そこへ、人の大きさもあろうかという大きな野犬が飛び出してきた。
「何だ、野犬か!」
蘭稜がわざとらしく叫び、黒之介の恐怖を煽る。
「ウウウ‥‥ガウガウガウッ!」
「う、うわあああっ!!」
悲鳴は一つだけ、この野犬の正体を知らない黒之介のものだけ。
「うっ、い、痛ッ!」
向こう脛を容赦なくガブリと噛まれ、そうなってようやく冒険者たちが野犬を追い出した。
「しっ、しっ、あっちへ行け!」
「大丈夫か? ああ、ちょっと出血してるな‥‥大丈夫だ、この程度なら」
カヤが派手に追い払う動作をし、涼哉が手際よく懐から包帯と薬を取り出し、即座に応急手当をした。もちろん、黒之介は混乱しているためそんなことにも気付けない。
「うッ、痛つ‥‥」
───二発目、無事遂行。
座り込む黒之介たちの頭の上で、カヤが再びカウントした。
依頼四日目。幸い処置が早かったので、足に軽く包帯を巻いた黒之介は現場に出てきていた。
ラスト一発に、冒険者たちの目は予断なく動いている。
「ふあ、ふあ、ふああっくしょーん!!」
蘭稜が派手なクシャミをし、ぐらりと角材を揺らした。
「だ、大丈夫ですか? 今思いっきり顔面近くまで材木が揺れましたが」
「風邪でも引いたらしい、物の弾みだ‥‥怪我は無いか? 済まない」
蘭稜が担いでいた角材は、クシャミの拍子に黒之介の頬を掠めていた。ちら、とカヤの方を振り返ると、顔を横に振った。
───ちっ、今のでは一撃にはならんか‥‥。
蘭稜の一発目はカウントされなかった。
依頼四日目夜。最終日直前ということで、黒之介によるちょっと高価な酒が振舞われていた。
幸い黒之介に子供の頭と野犬のトラウマは生んだものの、仕事の大きなミスはなく、無事終了しそうだった。もちろん、冒険者側としてはこのまま終わるわけにはいかず、酒を酌み交わしつつ未だに隙を狙っていたりする。
酒は進み、そもそも依頼に至るまでの夫婦喧嘩が話題に上る。
「そりゃ気にしすぎだっつーの。俺もねぇ女に手ェ焼いた事があるけどさ、女ってのは自分を守ってくれる奴に惹かれるのよ。人生経験豊富な男の方が頼りになると思うぞ」
涼哉が年上のメリットを唱えれば、
「‥‥妻を大事にすると‥‥考えれば‥‥嫉妬深いのも‥‥悪いわけじゃないけど‥‥」
麗華が黒之介の思い込みに棘を刺す。
「それでも私は───結局のところ、自信がないのかもしれません」
酔った彼の言葉に、冒険者は顔を見合わせた。
そして、深夜。
蘭稜は黒之介の部屋に忍び込んでいた。もちろん夜這いなどではなく、昼の失敗を挽回するためである。
言い訳は既に考えてある。問題なし。黒之介の寝顔。安眠中である。蘭稜はおもむろに足を上げた。
ドスッ!
●三発で遺恨なし
「どうもありがとうございました」
妻が始めてニコニコ心の底から笑ってる顔を見せた。傍らで黒之介が腹を押さえて引きつった笑いを浮かべている。
冒険者のうちの二人(野犬はまさか冒険者だとは思っていない)に忘れられない一撃を一発ずつもらった黒之介は、何故こんな事故率が高いのかと思いつつも仕事が上手くいったことに安心している。そしてつい昨日までむっつりしていた妻が、まるで恨みは晴らしたとばかりにニコニコ笑っているのである。何だかよくわからないが、嬉しかった。
「本当に助かりました。無事仕事は滞りなく進められましたし、その‥‥色々お話出来ましたし、ね」
昨夜冒険者と共に飲んだ酒は彼を素直にさせていた。長年気になっていた事も口にして泥を吐いた気分だし、きっと今日から夫婦仲良くやっていけるだろう。
軽く会釈して去って行く冒険者の中で、カヤはこっそりと黒之介に耳打ちした。それはこの依頼を受けた時点で気付いていたこと。
「黒之介さんは幸せですね。だって奥さんにとても愛されてる───傍目から見るとよーくわかりますよ」