胸中の鬼
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:べるがー
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月25日〜01月30日
リプレイ公開日:2005年02月01日
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●オープニング
朱に染まった手に、透明な雫が落ちた。
───黒いものは、もうずっと私の中で渦巻いていたのだ。ずっと。
「今回は、ちょっと‥‥いえかなり、辛い依頼となっております」
ギルド員の男は、いつもより二割増の歯切れの悪さでそう言った。
「哀れな女の、見張りをお願いしたいのです」
依頼人の名は幸。今年で二十五になる娘だ。ただし、誕生日まで生きていたらの話。
彼女の両親は、二年前に死んだ。ボケてしまった祖母の火の不始末で、帰らぬ人となってしまったのだ。ボケた当人は外に徘徊していたおかげで無事、幸は友人の家に泊まっていたため無事であった。
それ以来、祖母と二人で生活をしてきた。───そう、両親を殺してしまった人と共に。
深夜に何度も厠へ行きたがり、目を離せば徘徊し、意味のわからない事で人を恨み、罵る。気付けば近所の人からも疎まれた存在となった。
「この幸さん、実は病を患っているらしく‥‥あと何日生きられるか分からないそうです」
気が重いのか、ギルド員の口も重い。
「それで、叔父夫婦に祖母の面倒をお願いしたそうなんですが、来られるのは数日先になる、ということで。その間のお婆さんの介護をお願いしたいと」
───おや? 最初ギルド員の言っていた依頼と違うようだが。
首を傾げた冒険者たちに、言い難そうに男は言った。それとあともう一つ、と。
「お婆さんを殺さないよう、自分を見張って欲しい‥‥という依頼です」
「ねぇギルド員さん、これって罰なんでしょうか。たった一人の肉親を殺してしまいたいと思った私への。鬼を棲まわせてしまった私への」
●リプレイ本文
●鬼の叫び
「出て行け!」
怒声と共に、人一人家の中から突き飛ばされて出てきた。足が絡まり、地面につんのめる。冒険者たちの足がぴたりと止まった。
「アタシの邪魔ばっかりするな! この阿婆擦れ!」
口汚く罵った後、勢いよく扉を閉めた。締め出された女性は泣くでもなく、黙って俯く。
「大丈夫か?」
駒沢兵馬(ea5148)が幸の腕を取り、着物の汚れを払ってやった。申し訳ないのか、その手を振り切って頭を下げる。
「お主が幸殿か?」
音羽朧(ea5858)が走り去ろうとする彼女に声をかけ、そして幸は振り向いた。自分を助けてくれるだろう、鬼を倒す冒険者たちを。
「私程度で何が出来るか判りませんが、精一杯努力してみます。家長の方を大切に思う事は華国でも同じですから」
桂春花(ea5944)が優しく語りかけると、表情が凍りついたように変わった。冒険者たちがその変わりゆく表情に眉根を寄せた。
「大切‥‥には、もう」
思ってやしないのだ、きっと。あの紅の色を見た時から。いいや、それ以前から鬼は棲んでいたのだから。
室内から、ガシャーン! と派手に何かが割れる音がした。
玄関で箒を持っていた手を止め、神田雄司(ea6476)は耳を澄ませた。意味不明の言葉の断片を聞き取り、コキコキと首を回す。
───『大切‥‥には、もう』ね。なるほど。
そう納得していた時、室内では今日五回目の修羅場を迎えていた。
「離せ!」
兵馬の作った夕食はあちこちに散らばり、陶器の皿の何枚かは割れていた。なお暴れようとする老婆を楊飛瓏(ea9913)が押さえ込み、そして目の前の幸は。
「幸様‥‥」
青ざめた顔でステラ・シアフィールド(ea9191)が、幸の頬からつたう味噌汁を拭いていた。口元は段々と腫れ上がってきている。
フロート・クリスナー(ea7169)が一瞬の目を離した隙の出来事だった。老婆は自分用に作られた膳を突き倒し、あろうことか汁の入っていた椀を孫娘に叩き付けたのである。緋神一閥(ea9850)はその一部始終を目にし、暗い炎を幸の目の中に見た。
よそわれたばかりの汁は熱く、椀は木製だった。痛くない筈がない。
それでも幸は無言であった。激昂する事もなく、黙々と床を拭き始める。───冒険者は、声なき声の鬼の泣き声を聞いた気がした。
●時間は戻らない
老婆と幸を一緒にしておくと、ひたすら言葉と行動の暴力が振るわれるため、老婆の介護をフロートと桂が申し出た。目を盗んで出歩いたり、女性二人の身にあまる事があってはいけないので、朧が影ながら見守っている。
今日は気分転換にもなるだろうと兵馬の言う食材を買い求めに出ていた。
「俺が持とう」
飛瓏が買い物の帰り道、幸から荷物をさりげなく受け取った。身体が不調を訴えだしたのか、やや前屈みになってきた事に気付いたのだ。
───ただ争いのみが武の範疇に非ず‥‥無名の拳なれど支えとなれば良いのだが。
礼を言った幸の足が、ふいに止まる。何だ、と冒険者の足もそれに倣い、幸の目が釘付けになっているものを見た。一組の男女。幸と同い年くらいだろうか。
『愁さん‥‥』
言葉の出ない口の動きに、ステラがはっとする。
昨夜女性同士なら気兼ねなく話せるだろうと、幸と同じ部屋で寝たのだ。その際聞いた、彼女の切ない恋物語。その相手が愁ではなかったか。
せっかく恋しい人から告白を受けたのに、自分の病気と介護で断らねばならなかった挙句、こうして他の女性と共にいる所など見て心情は如何ばかりか。
彼女が手にしたかったものは、もう手に入らないのだ。これからの未来も、結婚も。時間は戻らないのだから。
見開かれた目に、たまらない切なさを見てステラは自分に何が出来るだろうかと思った。
●鬼の色は悲しみ色?
「病とお母様の介護で、ろくに外にも出ていない御様子ですので、気分転換程度に如何でしょうか」
春花に連れられ、厠に行っている隙にステラが提案した。介護を気にしてか逡巡する幸に、フロートが微笑みかける。
「お婆さんは私の歌が気に入って下さったみたいです。明日はとびっきりの子守歌を聞いて貰いますから」
心配をさせないよう、言ったのだ。幸は冒険者の顔を見渡し、こくりと頷いた。
あまり大所帯で行くわけには、と言った飛瓏の言葉で、ステラと幸は手を挙げた雄司と一閥の馬に乗せてもらうことになった。
「落ちないよう、しっかり掴まっていて下さいね」
雄司の言葉に、ぎゅうと握るのを確認し、一閥と視線を交わしてから馬を走らせた。
馬の動きにびっくりして声を上げた幸を見守り、飛瓏は願わずにおれない。
「人は一人で背負って行ける想いは限られている。想いを溜めていたばかりでは、何時かはそれに潰されてしまうだろう。初見‥‥それも一期一会の縁ともなろうが、幸殿自身が解消することの出来ぬ想い。それを少しでも和らげることが出来れば良いのだが‥‥」
「うわ、綺麗‥‥!」
幸が心底驚いたように口を開けて佇んでいる。美しいものを美しいと思える気持ちが残っている事がわかり、同行したステラ・一閥・雄司は頷きあった。幸に希望が特にない場合、自分の心は鬼だと断言する彼女に美しい光景をプレンゼントしようと打ち合わせていたのだ。
天気が良く、空は白い雲が刷毛で塗られたような青。小川はキラキラと太陽の光を反射し、足元の草は青々と茂っている。空気は新鮮だった。
「これを」
言葉少なく、一閥が防寒具を差し出す。その優しさが嬉しくて、幸は微笑んだ。
「‥‥私にも、妻や家族がおります。こうして家を空ける事の多い私を、いつも待っていてくれる‥‥かけがえのない大切な人です。幸殿にとっても、祖母殿はそういう存在でしょうね。貴方はよく頑張ってこられた。幸殿は、祖母殿の誇りだと、思いますよ」
その台詞に、またも幸は表情を凍らせた。肩にかけた防寒具を握る手が白い。
「‥‥哀れな女に同情ですか?」
コンナコトイイタクナイ、そう苦しげな顔で、それでもその言葉を受け入れる気になれない幸は言った。一閥は首を振る。
「哀れ、とは申しません。決して幸せではなかったかもしれませんが、それでも幸さんは日々を懸命に生きたのですから。ほんの一時、私達はお二人に『いつもと違う時間』を過ごさせて差し上げることができるでしょう。そのひとときが幸殿や祖母殿にとって、心の琴線に触れる何かであればと、そう願います‥‥」
誠実な言葉に泣きそうになる。どうして、いつからこんなに自分は人の親切で優しい言葉に素直に応じられなくなったのだろうか。
どうして、祖母を殺してしまいたいなどと思うのだろうか。昔はあんなに好きだった筈なのに。やはり私は鬼になってしまったのか。
「幸様‥‥」
ステラはただ彼女の震える肩を抱くしか出来なかった。もう秒読みに入っている体を。
「大変だったのですね。でもきっと今はその方々も御婆さんに悪かったと思っていると思いますよ。さ、だからゆっくり落ち付いて下さいな」
春花がその名の通り、春の花のような穏やかな微笑みで落ち着かせる。
周囲一帯は散らかり放題散らかり、家の外へ突然走り出した老婆を朧が何とか掴まえたものの暴れられ、何とか女性陣に迎えられて落ち着きだす。
「お婆さん、お歌を歌いましょう。笛に合わせて歌って頂けませんか?」
フロートが横笛を取り出し、奏で始める。
兵馬はあまり大人数に張り込まれているのも嫌だろう、と朧と飛瓏に声をかけ、外へ出て行く。
●鬼の最期
「今日までありがとうございました」
正座した幸が、顔色悪く冒険者に向かって頭を下げた。
今朝からずっと顔が青白い。いや確かに病を患っていると聞いてはいたが、まだ一度もその様子を見たことはなかった。
朧がその傍らで座っている老婆の方を気にしていた。今日は感情の高ぶりを見せてはいないが、先ほどから視線があちこちに飛び、足を揺らしているのが気になった。
「祖母の面倒を看て頂いて、本当に助かりました」
唇の色がおかしい。冒険者が幸の健康に気を取られた隙の出来事だった。
「お前のせいだっ!!」
絶叫が響き、老婆とも思えない動きで立ち上がった祖母は孫娘を───。
「幸様っ!!」
「お婆さんっ!!」
ステラと春花の悲鳴が響いた。一瞬の出来事だった。
ドカッ!!
老婆の足が容赦なく幸の胸を蹴り上げた。反動で老婆もよろけたが、今朝から血色が悪かった幸はそのまま倒れ伏した。
「幸殿っ!!」
兵馬が胸を押えて苦しげに呻く幸を抱き上げる。なおも暴れ続ける老婆を朧がその体躯を活かし掴まえた。
「幸様! 幸様!」
ステラの必死の呼びかけも胸を押えて荒く息をする幸には届かない。
「ぐっ‥‥ごほごほっ」
どばり。と、たくさんの血が幸の中から溢れ出た。畳一面血の海と化し、冒険者一同総立ちとなった。
ふらり、と幽霊のように力なく立ち上がる。先の読めない動きに兵馬も手を離してしまう。
幸の正面にいた雄司がはっと何かに気付く。その胸からゆっくり現れたのは、きらりと光る───。
「駄目です、幸さんっ!」
細い刃のナイフだった。寸でのところで雄司が腕を取り押さえ、老婆までは刃が届かずに済む。
一体、いつからこんな物を持ち歩いていたのか。鬼の悲しみと憎しみを目にした冒険者たちは僅かに震えた。
「幸殿?」
腕の中にくずおれた幸を抱き、何か呟くの聞いた兵馬は口元に耳を寄せる。
「あり‥‥がと───」
目は、口は、笑っていた。
「本当にありがとうございました‥‥」
見送る人間の中に依頼人の姿はない。冒険者はそれが切なくて、礼をするとすぐに家を離れた。
結局、幸は冒険者に看取られて亡くなってしまった。幸は死ぬことを予期していて、医者には行かなくなっていたが、それでもその事実には変わりない。
「幸様」
ステラがぽつりと呟いた。今回彼女が一番幸と長く接していたこともあり、最後まで守れなかったのが悔しかった。
助けになりたいと思ったのに。
春花とフロートがぽんと肩を叩いた。一閥と雄司も遠出した事を思い出し、朧と飛瓏も無言で帰り道を歩いている。
「‥‥最期に」
兵馬が何かを手繰り寄せるように口を開いた。
「最期に、笑って礼を言っていたんだ‥‥きっと望んでいたものをやれたんだろう」
依頼人が笑って礼を言っていたのに、冒険者がくよくよしていたって誰も喜ばないのだから。それに、幸は───本当に冒険者たちに感謝していたのだから。
「あり‥‥がと───」
私の鬼を止めてくれた冒険者。