記憶喪失の恋

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:02月09日〜02月14日

リプレイ公開日:2005年02月18日

●オープニング

 女はわからない。
 誰の言葉を信じたらいいのか。
 女は記憶の片隅に残っていた、『冒険者ギルド』に依頼した。
 『自分の過去を探してくれ』と───。

「一人の女の過去を見つけ出して下さい」
 ギルド員は真剣な眼差しを、冒険者たちに向けた。
 この依頼はとても真面目な依頼だったから。一人の人間の未来を左右してしまう依頼だから。
「依頼人の名前は祐央(ゆお)。変わった名前でしょう? ですから、調査の手掛かりの一つになるやもしれません」
 そう言い、ギルド員は語り始めた。祐央という名の女性を───。

 祐央はある日、着物姿で浜辺に打ち上げられていた。地元の漁師の男が見つけ、これを介抱した。
 女は三日三晩うなされ、熱が引くまで男の家にいた。そして目が覚めた時、男は聞いたのだ。お前は誰だ、あそこで何をしていた───?
 女は答えた。
「私? 私は祐央───あ、あれ? これ、私の名前、よね? え? 何これ、私、私の事がわからない」
 記憶を失っていた。
 男は困り、女も困った。そしてそのまま一日が過ぎ、二日が過ぎ───女は気付けば男の若奥様として、近所に知れ渡っていた。
 女は男のために飯を炊き、繕い、笑った。
 男も共に過ごすうちに、その女───祐央を愛した。祐央のために漁に出て魚を売り、近所の人間にからかわれ、照れた。

「が、何やら着る物が立派な若侍さんが二人を訪ねて来て、言ったんだそうです。『帰ろう、もう心配はいらない。両親には俺達の事を認めさせるから』、と。祐央さんはどうやら記憶を失う前、その若侍さんと身分違いの恋をしていたようなんですね」
 一息に語り終えると、ギルド員の男はひたと冒険者たちを見据えた。
「祐央さんは過去の自分を知りません。若侍の事も何も覚えていないんです。だから自分の過去を探し出して欲しいと言っています。それからこれから先の事を決めたいと。どうです、引き受けて頂けませんか? 一人の女の恋の行方を決める───過去探しを」

●今回の参加者

 ea8502 大空 北斗(26歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8703 霧島 小夜(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9460 狩野 柘榴(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9805 狩野 琥珀(43歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0260 狗神 せん(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0971 花東沖 竜良(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

里見 夏沙(ea2700)/ ジェイド・グリーン(ea9616)/ 狩野 天青(ea9704)/ ギーヴ・リュース(eb0985

●リプレイ本文

●ゼロからのスタート
「祐央、名前とギルド以外に覚えているものはないか? 無理はしなくてもいいが、思い出せるなら教えて欲しい」
「祐央ちゃん、おじちゃんがきっちり聞いて来てやっから訪ねて来たっつ〜若侍の屋敷教えてくれっか?」
 霧島小夜(ea8703)と狩野琥珀(ea9805)の同時発言に祐央は苦笑しつつ首を振った。申し訳ないけれど、両方とも何も分からないのだ、と。
 祐央にわかるのは、自分の名前一つだけ。そして太一郎に拾われてからの数日間のみだ。それが今の私の全て。
 よく見ると悩み疲れか、祐央の目の下にはクマが出来ている。花東沖竜良(eb0971)はそっとバードの友人に視線を向けた。彼の歌は魔法の歌なのだ。

「良かった‥‥最近眠りも浅かったようで心配してたんです」
 大切そうに祐央を抱き、太一郎は礼を述べた。温かな歌声に彼女の心労は癒されたのだろう。あっという間に眠りに落ちた。
 小夜と竜良が祐央の言葉回しや料理の味付けなどを尋ねてみたが、特に特徴的なものはなかった。本当に調査は聴き取りしかなさそうだ。全員がその大変さを想像していると、カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)がふと尋ねる。
「彼女が記憶を取り戻す事、恐くはないの?」
 え、と全員がカヤを見つめた。
「だって愛する人を失うかもしれないんだよ? 貴方にはそれを止める権利があるだろうに――恐くても、苦しむ彼女を助けたいと思うほど、愛しているの?」
 直球過ぎる台詞に冒険者は太一郎の反応を伺った。

 祐央の名前や持ち物から探している小夜や大空北斗(ea8502)とは別に、狗神せん(eb0260)は琥珀らと共に源次郎の線から追っていた。彼はどうやら身分が高いようだし、こちらの方が簡単に『当たり』を引く可能性がある。そして、中年男に声をかけていた陸堂明士郎(eb0712)は───。
「源次郎? そりゃ寺崎家の源次郎様の事だろ?」
 見事当たり籤を引いていた。
「知ってるのか?」
「そりゃあこの辺で一番大きな武家屋敷だから──最近もあんな事があったばかりだし‥‥っとと!」
 何かを隠すように口を噤んだ。明士郎が軽く手を上げると、背後から数人の冒険者が集う。同じく市街で聴き取りをしていた琥珀や石榴である。
 目の端では連れて来た友人が有名過ぎたために軽い騒ぎをカヤが起こしていたが、それは今はどうでも良かった。全くゼロだった情報に一つ大きな鍵を得たのだ。ひょっとしたら祐央の記憶の箱を開けるかもしれない鍵が。

「身分差の恋、要は双方の甲斐性だと思うんだけどね」
 琥珀に付き合っていた男が呟いた。聞き出した切ない恋物語は、彼にとってお互いの甲斐性の問題だ。琥珀がふっと微笑んだ。愛する家族のいる身だからこそ、源次郎の態度が腑に落ちない。
「既に源次郎は一回護れなかったよな? それを挽回するには口じゃなく行動あるのみだ。そう言うもんじゃねえかな、人を愛する、護るってよ」
 ──早速明日にでも源次郎を呼び出すつもりであった。

●聴き取り調査結果
「これどうもありがとう」
 役に立てなかったけど、と苦笑して狩野柘榴(ea9460)が着物を返した。連絡した友人に犬嗅の術で祐央の関わりのある匂いに辿り着こうとして貰ったが、長く海に漂っていたためか、どこから海に落ちたか分からないため探れなかったのだ。
「いいえ。あ、太一郎、おかわりは?」
 日中メロディにより休めたためか、夕餉の支度を終えて出迎えてくれた時には顔色が随分良くなっていた。今もにこにこと太一郎のおかわりをよそっている。何でもない光景だが北斗がちょっと赤くなり、他の冒険者も何となく視線をさ迷わせた。そう、それはまるで仲の良い夫婦のようであったから。

「てらさき、ですか?」
 夜、急須を手にした祐央は悩んだ。太一郎は黙って見守っている。
 ある武家屋敷に仕えていた夫妻の娘と、その主の身分違いの恋。街の噂では源次郎の両親によって祐央の家族は解雇され、現在は何処かへ娘と共に去ったと言われている。故に祐央が何故海に沈んだのかは謎のまま。カヤが危惧していた入水の可能性もないではない。
 しかし今の祐央はまるで他人事のようだった。記憶と共に失われた恋心は、今の祐央からは一欠けらも見つけられない。
「策があるというから、源次郎に会ってみるつもりだ」
 明士郎が琥珀を示し、言った。祐央の両親の行方を調べるためにも、源次郎から詳しく話を聞く必要性がある。
 北斗も何か心当たりがあるのか、一人別行動を取らせて欲しいと言う。
「僕は明日も浜辺に行ってみます──ちょっと気になる事があったから」

「依頼された品をお持ちしました」
 家人の持って来た謎の和菓子に、源次郎は不審そうな目を向けた。依頼? そんなものはしていない。
 もちろん琥珀の手製の饅頭など誰も依頼していなかった。
「聞いてないが」
「渡して頂ければわかるとのことでしたが」
 包みを解くと一枚の紙に気づく──『祐の件、至急相談致したし』。
「祐央‥‥か!?」
 自分を覚えていない、と言った祐央を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔で屋敷を飛び出した。

「二人の間で何があったのかを説明して貰いたい」
 せんはあれからすぐ飛び出して来ただろう源次郎を見、ひたと目を見据えた。
 自分がどうしても彼と直接話がしたかったのは、自分も行方知らずの人を追い続けているからもしれない。だからこそ、知りたかった。二人の真実とこれからの選択を。
「何があったも何も。私が遠出から帰って来たら祐央の一家は既に両親が追い出した後だった。それからずっと探していたのだ、私は!」
 どれほど探した事か。両親を説得し、身分の低い祐央と結婚出来るよう取り計らった。それなのに自分の前からは消えた後で。
「祐央が戻って来たら親戚筋に養女に入れる。それで問題は解決する」
 だというのに。瞼裏には自分の姿を見て驚く祐央と、それを庇うように立つ男だった。
 なぜ自分を見て怯えるのか。今もこんなにも自分の心を急かすのはお前自身が私に向かって言った言葉なのに──!
「明日にでも祐央は迎えに行く」
 源次郎の中には、記憶を失う前の祐央がいるのだから。

●道は目の前にある
「祐央さんのご両親と見られる方々が海で発見されました‥‥自殺だそうです」
「‥‥!!」
 北斗の言葉に祐央の手から湯呑みが零れ落ちた。
「祐央さん!」
 今日一日ずっと付き添っていた竜良が祐央を支える。
「あ‥‥あ、」
 ガクガクと震えている。手は吐き気を堪えているのか口を覆っていた。顔面真っ青である。
 ──死んだ。誰が? 私の両親? 知らない。覚えてない。でも、‥‥でも!
「祐央!!」
 太一郎が祐央を強引に抱きしめた。自分の心臓に頬を押し当てる。
「わからない‥‥わからないの! でもっ‥‥でも!!」
「大丈夫、大丈夫だ祐央」
 太一郎は祐央が落ち着くまで、ずっと、ずっと抱き締めていた。

「失った時間からの使者か‥‥因果なものだな」
 襖一枚隔てたところにいるだろう祐央の感情の乱れを感じながら、小夜が湯呑みを傾けた。
 部屋中の男達が雁首揃えて暗い顔している。大丈夫だ、とは言えない事態だが‥‥でも、小夜は信じてもいいんじゃないかと思っている。自分を見失わずに、祐央はきっと未来を選び取るだろうと。
 何の気なしにそう思っていた小夜は、ふと石榴と目が合った。にこり、と笑む。そう、石榴も信じているのだ。祐央を。
 ──だろう? 太一郎‥‥。

「覚えてないわ‥‥父さんも母さんも。でも二人もの人が死んでしまったのは私のせいかもしれない」
 ──私を原因に解雇されたから? 私が海に消えたから? それとも、一緒に死のうとして‥‥?
 どういう理由にしろ、全て私の恋が間違っていたのだとしか思えない。今は源次郎に思い入れがないだけに、何故そんな事をしてしまったのか‥‥!
 ──忘れないで。貴女が過ごした時間はどちらも本物。貴女を愛した男達の気持ちも本物。貴女は他の誰でもない、貴女であることを。
 カヤの言葉が蘇った。
 けれど今の自分は空っぽなのだ。『今の気持ち』が本当なのか、『以前の気持ち』が本当なのか。今の私には全然分からない。
 相変わらず、部屋の中にも潮騒の音は聞こえていた。全ての物を奪ったこの音がたまらなく憎い。ぐっと爪を立てた。
「源次郎だ! 祐央、いるのだろう?」
 玄関から飛び込んできた声に、文字通り祐央は飛び上がる。
 太一郎が玄関口まで出て行く音が聞こえた。そして軽く言葉を交わした後、私を呼ぶ声。
「祐央。おいで」
 その声に惹かれるように、ついふらふらと体が立ち上がり、よたよたと玄関まで辿り着く。
 二人は、じっと私を見ていた。ここまで辿り着いたくせに、今になって足が棒のように動かなくなる。
 ──過去は確かに変える事はできない。ですが未来は常に僕らの手の中にある。あなたのこれからを決めるのはあなたです、祐央さん。自分を信じて、思うままの道を進んでください。
 その時、北斗の言葉が急に思い出された。
「自分の‥‥信じる、道」
 足が、つ、と動いた。

●そして思い出は
「これは餞別だ。区切りをつけて再び歩みだす祐央への」
 小夜に鼈甲の櫛を手渡され、祐央は微笑んだ。そしてそれをそのまま小夜の掌に押し戻す。
「私、今日までは何も持たずにいます。記憶も、物も。‥‥新たな思い出は、明日から太一郎と作っていくって決めたから」
 太一郎は優しく祐央に寄り添っていた。
「じゃあ‥‥一つ私と約束をしてくれないか? ‥‥幸せになること。決して後悔はしないこと。‥‥それだけだ」
 優しく微笑う小夜に最上級の笑顔を見せた。彼ら冒険者には依頼の成功として、私の笑顔を覚えていて貰いたいから。
「じゃあな。離すなよ、若者」
 琥珀がからかい混じりに太一郎の背を叩く。
「これからもずっと応援してるよ」
 石榴に微笑まれ、二人は頬を染めた。
「僕も希望が見えた気がしますよ」
 せんは、いつか会えるだろう大切な人の事を想って。
「達者でな」
 明士郎が二人の肩を叩いて。
「メロディー、役に立って良かったですよ」
 竜良が消えたクマに満足する。
「っと、あっ‥‥!」
 歩き出そうとしていたカヤと北斗を祐央の腕が引き止めた。
「? 祐央さ‥‥?」
「ありがとうっ!!」
 あの時、記憶の真っ白さに、まるで私自身も食べられそうになった時‥‥あなた達がかけてくれた言葉がなければ、こうして選ぶ事は出来なかった筈だから。
「だから‥‥ありがとう‥‥」
 そおっと覗き込んでくる目を見て、二人は微笑んだ。
「どういたしまして」
 ──依頼の成功を噛み締めながら。