●リプレイ本文
●ターゲット、ロックオン
第一回町内料理大会、おたく変われば鍋変わる〜♪
「というのはどうだろうか、主催者殿」
「‥‥‥‥」
けったいな歌声で提案した白河千里(ea0012)のこの台詞、後半が真顔なだけに謎である。依頼人は対応にちょっとだけ困った。そんな依頼人を取り残すように、冒険者は各々勝手に娘息子と挨拶を交わしている。
「あなたが雪ちゃんですか〜。今日はよろしくお願いしますね〜」
ニコニコとした槙原愛(ea6158)、礼儀正しく頭を下げる大宗院鳴(ea1569)、雪も目を輝かせて(深く意味は考えないでおこう)手を取って(深く意味以下略)上目遣いで(深く以下略)挨拶を返している。
「うふっ、よ・ろ・し・く」
「お、おお」
何かを感じるのか、背をばりばり掻きながら貴藤緋狩(ea2319)が千里の後に奈津と握手をしている。
──ジャパン料理‥‥。
カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)は鍋と聞いて、母から聞いたうろ覚えのレシピを思い出そうとしている。湯通し――じゃなくって、湯豆腐? あれなら出来るかな‥‥そう考えていたところで。
「おたく変われば鍋変わる〜♪ですか〜。とりあえず寂れた商店街が活性化するようにがんばりましょう〜」
春の陽だまりのような笑顔からは想像もつかない日本刀の如き殺傷力のある毒を吐いたのは愛である。
「はっきり言うわね、そんな本当の事を」
とこれまたフォローにもなっていない事をレイン・フィルファニア(ea8878)が言い、依頼人は目を剥いた。しかし今回依頼を受けた冒険者達の破格さはここで止まらない。
「わたくし、料理などしたことないですが、がんばらせて頂きます」
料理大会に出場しに来た鳴が大会直前に口走り、天藤月乃(ea5011)が『要するに作ればいいのよね』と味も出来映えも無視した確認を入れた。依頼人はちょっと泣きそうになった。
も、盛り上げてくれればいいけれど‥‥何だかとっても嫌な予感。
唯一家庭料理なら専門レベルで作れる久凪薙耶(ea8470)は、無表情のまま動かない。
●楽しい楽しい、料理大‥‥会?
「鍋、自信あるの?」
千里にべたっとくっついた奈津が集めた鍋運びを手伝いながら、問いかけた。邪険にする事もなく腕にくっつけていた言いだしっぺは言う。
「味は覚えているが工程は知らぬ。舌の記憶では確かメリハリある味であった」
「え」
大会準備を手伝っていたおばさん達の間で悲鳴が上がった。見ると雪と愛が鍋を間に抱き合っている。何人かのおばさんは驚きの余り鍋を落としたようだが、当の愛は全く動じてはいない。
「あはは〜、ダメですよ〜。私はもう好きな人いるので〜」
「恋をしているからかな、君はとっても可愛い‥‥」
桃色になりつつある空間の背後を、月乃が面倒くさそうに食材を運んでいる。ちなみに愛と雪が桃色空間を作り出しているのは、雪に口説かれた月乃が『愛が羨ましそうにこっちを見てる』などと嘘八百を並べたからである。
「キミは何を作るの?」
カヤが同じく異国人のレインに何を作るのか聞いている。
「あ〜、うん、私ジャパン料理はさっぱりだから、今回はロシアの料理を作るわね」
本当は『ジャパン料理がさっぱり』なのではなく、『料理がさっぱり』と言った方がいいのかもしれないが、とにかく知っている鍋を作る気である。‥‥要するには煮込めばいいのだから。
「まあ、立派な横断幕ですわね」
鳴が驚いた声を上げる。緋狩が持ち込んだ横断幕には、でかでかと『第一回町内料理大会おたく変われば鍋変わる〜♪』とミミズがのたくったような文字が書かれてあった。それをいそいそと吊るしている。
うん、冒険者達は大会を盛り上げようと動いていてくれている。そう、間違いないのだが‥‥。
依頼人は設営されていく様子を見て、胸元を押さえた。
──何でしょう、この嫌な胸騒ぎは‥‥。
黒い着物に白い前掛けが似合うメイド・薙那はやはり鉄壁の無表情である。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、今日が第一回目の見ても楽しい、参加しても楽しい、料理大会の始まりだよっ!」
普段は野菜を売っているおばさんが、ぞろぞろ集まりつつある観客に向かって声を張り上げた。元々目玉行事のなかった町内である。すぐに人は集まってきた。
多くの人間が問題なく見れるよう、ちょっとした壇上を作りそこに竃を設置してある。水も食材も調味料も万全。主催者の涙ちょちょぎれる努力の賜物である。
「さあ、参加者の皆さん、これから一刻の間に美味しい料理を作って下さいね! ではっ、始め!!」
どっぽん。じゃきーん。ばちばちばちぃっ。
その瞬間、観客と主催者は宇宙の不思議を垣間見た。
なぜ日本には包丁があるんですか。薪があるんですか。文明があるんですか。
「確かあれと‥‥これもあったような‥‥ああ、赤い物もあったか‥‥これもか?」
ぶつぶつ口内で呟きつつ鍋に『どっぽん』と音がするほど塩が放り込んだ千里が、人参を切るように手伝いの奈津を呼ぶ。
包丁を横に愛刀月露で野菜を切り刻み始めるレイン。何か疑問は感じないのだろうか。
はあっ! と気合を込めライトニングアーマーで鯛に一撃をくれた鳴。既にそれは鯛とは言えなくなっていたが、周囲の唖然とした表情にも気づかずそれを鍋に放り込む。
「あ、これこれ。出汁には昆布だよね?」
にこにことカヤが『ワカメ』を鍋に放り込む。包丁の持ち方を刀の持ち方と同じように指示されていた奈津がびっくりして駆け寄った。『それ』から出汁は取れない。
「やんっ。カヤ、それワカメよ」
「あ、そうなの?」
別に堪えたわけでもなさそうな返事に、審査員の皆様が戦慄した。特にご高齢のお年寄りは遺書をしたため始めている。町内大会で命を落とす由、許してくれ候。
その最中に、とんとんとん、とリズミカルに響く包丁の音。おや? と観客の注目が集まった。
何故か足ばかり食材を切り分けている緋狩と、無表情のまま野菜に向かい合う薙那。二人は料理のいろはをちゃんと理解している参加者である。曲がり間違っても刀で食材を切り刻んだり、精霊魔法で鯛を墨にはしていない。
その状況にほっとしたのも束の間、また観客がどよめいた。特に女性に黄色い悲鳴が上がる。
「助かったよ」
ちゅ、と礼のつもりだろうキスをカヤが奈津にした。
「ああんっ、カヤ大好きぃ」
美少年二人の怪しい言動に翻弄される観客、しかし料理も十分観客に悲鳴を上げさせる進行だった。
「とりあえず〜、お魚は豪華にお頭つきでやりましょう〜」
愛が豪華にしようと『生魚』をそのまま鍋に放り込んだ。熱湯風呂に魚が驚いて跳ね、次第に動きが鈍くなっていった。
「ええと‥‥とりあえず一口サイズに切れば食べられますよね〜」
野菜を持ち、考え込んでいた愛は吹っ切れたのか、大根エトセトラを常識を無視した勢いで切り刻んでいく。
雪のラブコールからのらりくらりとかわしていた月乃は、アサリの砂抜きの水込みで鍋に放り込む。さぞ口当たりのいい鍋となろう。審査員の数名の腰が浮き上がった。
ちょっと考えていた月乃は、考えるのが面倒くさくなったのか、アサリを貝付のまま鍋に放り込み、魚も悩むことなく放り込む。ちなみに鱗はそのまんま。
再び女性観客の間で黄色い(何かもう楽しげな)悲鳴が上がった。
千里が艶やかに笑い、触っていた奈津の手に重ねる。
「その手の嫌がらせは慣れていてな、その程度の触り方なら痒くもない。どうせ触るなら‥‥」
きゃーっ、いやーっ(でも嬉しげ)
女性陣の悲鳴はボルテージが上がっていく。最前列の主婦らしい女性に、レインが突っ込んだ。
「旦那と子供が見たら泣くわよ」
千里の手が、あらぬところに奈津の手を導く。
「試しにあっちのお兄さん方にやって来てみろ」
くいくい、と背後を示した。指は同じく鍋に向かっている緋狩とカヤを指している。奈津が嬉しげに気配を消して近づいていく。
「さて、居なくなった所で料理を進めよう♪」
犠牲者は二人でいい。
一方、雪も黙って女性冒険者達の手伝いをしていたわけではない。気づけば無表情の薙那の背後に回り、手を取っていた。
「雪様? いけません雪様、あの‥‥料理を‥‥」
おお、何としたことか。あれだけ鉄壁の無表情を誇っていた薙那の白い頬が、真っ赤に染まり気恥ずかしげに俯いている。その初々しい反応に、雪はますます迫った。
──こ、この続きどうなるの!?
観客の心が今一つになった。
「あ‥‥主様が‥‥お望みならば‥‥」
──流されたァーッ!!
観客は皆、もうこの料理大会から目を離す事が出来ない。
●審査結果
「こ、この料理は‥‥」
箸を持つ手が震えているのは、見た目のせいだろうか。それとも香り?
ちょい、と摘んでその歯応えに周囲はのけぞった。作り手の千里は堂々としている。
「確か、火を通し過ぎるは良くないと聞いたからな」
最後まで『確か』ときたか。どうやら煮えきるタイミングが計れず、生煮えの鍋となったらしい。
「この、料理は‥‥」
か、冠婚葬祭用?
お供え物の如き飾りつけが施された出来映えに、『妻よ子よさようなら』と言ってしまいそうになる審査員。もちろんスキルを生かした鍋を作ったのは鳴である。
「見た目はアレですが、これは美味しいですね。味噌の味付けがきいている」
海鮮物の足ばかりといった不気味鍋だが、美味しいと審査員に言わしめたのは緋狩である。
「これ‥‥」
審査員がつついたのは、貝付のアサリもびっくりだが鍋にたゆたう沢庵と紅生姜。鍋中にあっていいものではない。
「料理は愛だ。愛があればそれでよし」
月乃の台詞はもちろん言い訳である。
「美味い! 家庭料理で作られる鍋ですね」
穏やかで普通の味をようやく口に出来て審査員を泣かせるのは、もちろん薙那である。再び無表情に戻り、冷静に礼を言った。
「湯豆腐に野草はちょっと無理がありましたねー」
「ローズマリーの代わりになるものをと思ったんだけどね」
やはりジャパン料理は難しい、とカヤは肩を竦める。
「‥‥これは?」
「ボルシチ?」
レインはロシア生まれであるため、ジャパン人の知る鍋ではない。だが、何故作り手のレインまで疑問系なのであろうか。
そして最後に審査員の前に運ばれたのは。
「完成です〜。今度は食べた人倒れないといいですけどね〜。何故か毎回倒れるので〜」
まるで子犬に崖下に落とされたような気分になる審査員は、愛の言葉に黙って一口食べた。
悶絶。
「全員運ばれましたわね」
レインが呟いた。
会場は盛り上がったものの、主催者は泣き、審査員は全員再起不能となり、奈津と雪は各々お好みの冒険者にへばりついている。第二回目は果たして開催されるのか。
ヒーリングポーションを飲もうとしていた千里は奈津に邪魔をされ、緋狩に押し付けている。
「お前本命は? 居るのならあまり余所見しないようにな」
緋狩は穏やかに引き剥がそうとして、逆に自分一筋にさせドツボに嵌っている。
雪はといえば愛と薙那を両手に花と喜んでいる。そんな様子を見て欠伸をしている月乃。
「ジャパンって面白い所だな」
今回の依頼でカヤはますますジャパンを楽しんでいる。
ほう、と溜め息が会場に響いた。
「やっぱり料理って難しいですね」
そういう問題ではない気もします、鳴さん。