幼女奪還、その手法
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月09日〜03月14日
リプレイ公開日:2005年03月17日
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●オープニング
──この依頼は人に見られようには誘拐に見えるだろう。それでも‥‥両親の気持ちを理解し、協力してくれる冒険者はいるだろうか?
「最新依頼‥‥ああ、あったあった、これこれ、幼女誘拐、です」
ゆ う か い ?
あ、とギルド員は口を押さえる。失言だったらしい。
「いやいやいや、れっきとした幼女奪還依頼、です。ええ。何しろ連れ去られた幼女を奪い返す依頼ですからね、ええ」
ぺんっ。
能天気なギルド員は、愉快そうに笑ってオデコを叩く。
「3歳の女の子を、狐狸の如き老夫婦から本来の両親の元へ奪い返す依頼ですね、ええ──狐と狸の化かし合いの知能戦」
にやり、とギルド員は笑う。
依頼人はある名家の縁者である。その名家では3年前に屈辱的な事件があった。
娘誘拐事件──当時まだ赤ん坊だった子供が、その家に仕えていた使用人夫妻に連れ去られたのである。
理由の詳細は分からない。でも、おそらく‥‥事件の数日前に亡くした娘家族を失ったからでは、と言われている。
ともかく娘は奪われた。そして3年。娘の母親は病に伏し、父親も悲しみにくれているという。依頼人の男は、娘の両親に代わり3年もの間探し続けていたのである。
「依頼人さんの話によると、何も3年間遊んでいたのではないそうなんですね。見つけたのは今回が初めてではないんです。しかし何度も何度も見つける度に撒かれ騒ぎ立てられ誘拐犯扱いされ‥‥」
ううっ、と泣き真似までしてみせる。
しかし‥‥3年も老夫妻といるという事は、奪い返しに来た依頼人の方こそ「お前誰なんだ」という話だろう。その幼女にとっても、周囲の人間にとっても。
「誘拐された幼女の奪還‥‥しかも一見誘拐に見えるかもしれない。受けられますか?」
ギルド員の言葉が響いた。
●リプレイ本文
●冒険者、現る
「こんにちは、ちょっとお話したい事がありましてお尋ねしました。藍居蘇羅(eb1127)と申します」
「本日は御二方にお聴きしたい事があり参りました」
蘇羅と久凪薙耶(ea8470)の挨拶に一瞬怪訝な顔をした爺は、直後ハッとしたように身を翻した。爺にしては元気過ぎるともいえる反応だ。蘇羅が後を追う。
「私は今すぐに凛さんを両親の元へ帰すつもりは」
ずしゃあっ。砂浜に埋まった。
展開が読めず冒険者たちは呆然としてしまったが、何の事はない、落とし穴だ。
先を走っていた爺が振り返り、底意地悪そうにニヤリと笑っていた。見事爺の奸計に引っかかってしまった蘇羅は別に怒ってはいない。
「あなた達が凛さんを連れて逃げようとした場合は奪っていきます。痛い目にあう覚悟もしておいてくださいね」
ただ、声は限りなく低かった。
「何で返してあげへんの」
大宗院沙羅(eb0094)が爺を睨みつけた。十歳のその身を怒らせて。
「どういう事情か知らんけど、そんなことするくらいやから、向こうの両親の気持ちわかるやろ。それとも金絡みやとでも‥‥!」
激する沙羅の肩を、沙羅、と優しく淋羅(eb0103)が抱いた。濡れた目尻をそっと指で拭ってやる。
カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)は顔を真っ赤にして涙を堪えている沙羅と、凛と思われる小さな子供を抱いて家に駆け込む老人を見送り、ふう、と溜め息を吐いた。
──子供は苦手だ。
「やっぱり、子は本当の親に育てられるのが一番幸せや」
感情を乱した沙羅と穴に落ちた蘇羅を引き上げるため、一度引き上げ相談の場を設けた。己が体験から瞳を燃え上がらせる沙羅に、淋羅が冷静さを取り戻そうとする。
「まずは、ちゃんと事情を理解してから行動しないとね」
「誘拐犯呼ばわりされようと、老夫婦に恨まれようと構いませんが‥‥老夫婦を慕っているだろうお子さんの気持ちを考えると‥‥難しい、依頼ですね」
シェーンハイト・シュメッター(eb0891)が気がかりそうに言った。子供に罪はないのに、この話は嫌でも子供を巻き込む。子供は親を選べないのだから。
カヤが眉根を寄せた。
「悪いけれど、僕は彼らを哀れむ心なんか持ち合わせない。自分が娘家族を失ったという悲しみを、他人に押し付けていいと思うのかな?」
いいわけないやろ、と声を上げる沙羅と正反対の落ち着いた態度で、朱蘭華(ea8806)がひょいと肩を竦めた。
「ちゃんとギルドの依頼は果たすわよ‥‥仕事がなくなると困るし、私もギルドも‥‥私が願うのは、この子の幸せな未来よ」
淡々とした言葉に、力強く頷く沙羅。
そう、この事件を引き起こした老夫婦を何とかしなければこの事件は解決しない。
今にも暴走しそうな沙羅を中心に行動を起こし始める仲間たちの最後尾で、グレン・ハウンドファング(eb1048)は思う。
──その奥に悔恨の念はあるのか、幼女を自分の失った娘の身代わりにしているだけなのか違うのか。それが知りたい。
神に仕えるこの身だからこそ、知る必要がある。
●誘拐犯の正体
「どうか成されましたか?」
爺がそろりと引き戸を開けると、そこには無表情がいた。別名薙那。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
明け方に逃げ出そうと用意していた荷がぼとりと落ちる。双方無言。爺は黙って扉を閉めた。
「あんた、どうするんだい」
眠る凛を抱きしめ、婆が訊く。
昨日尋ねてきた連中は紛れもなくこの子を狙っている。追っ手だ。またやって来る前に逃げるべきだが、扉の向こうには無表情が見張っていた。
「仕方なかろうが‥‥こうなれば、人目がある中で逃げ出そう」
しかし、そうは問屋が卸さぬ。しかも今回は問屋ではなく冒険者だ。
「どうやら恨みというより、衝動的な誘拐みたいね‥‥娘家族が惨殺されて動転して」
蘭華が聞き出してきた内容を告げる。事件の裏にあるのは怨恨ではないようだ。
「近所の評判はいいわよ。本当の孫だと思っている人がほとんどのようだし」
淋羅がやりきれない表情をしている沙羅の頭を撫でつつ、報告した。
「では、私たちが下手に接触すれば誘拐犯だと思われるでしょうか」
蘇羅の心配そうな台詞に、カヤがにこりと微笑んだ。
「それについては問題ないよ。『ちゃんと』ご近所さんには話しておいたからね。‥‥抜かりなし」
グレンは黙って仲間たちの会話を聞いている。
●奪還せよ
ズボーッ。ズボーッ。ズボーッ。
「‥‥何見事に落ちてるの?」
カヤがきょとんと穴に落ちた蘇羅と沙羅と淋羅に訊く。グレンは最後尾にいたために落ちずに済んだようだが、落とし穴の事は忘れていたのかあいた穴に見入っている。
「くっ、やっぱ‥‥飯抜きは、きくっ」
一番身長のない沙羅が一番深い穴に落ち、じたばたもがいている。どうやら力が出ないのは保存食の携帯不足によるもののようだ。穴の不注意もそれが原因か。
何とか脱出を図ると、老夫妻が凛をしっかと抱いてこちらを睨みつけていた。近所の人間は冒険者に何事か吹き込まれたせいで、静観している。逃げ場がない。
「嫌じゃ‥‥絶対、この子は渡さんっ!」
「うちには分からへん。なんで子供のことを思う気持ちは同じなのに独占欲をだすんや」
頑なな態度に、沙羅は今にも泣きそうな顔になる。傍らにいた犬がきゅうん、と鳴いて老夫妻の方へ歩き出す。
「あー、わんちゃんっ」
きゃあーと凛が両手を上げ、犬に飛びついた。犬、いいや淋羅は、すかさず凛の襟元に噛み付く。
「凛!!」
悲鳴を上げる老夫妻の元から冒険者の元へ駆け出す。それまで傍観していたグレンが、では、と口を開いた。きょとんと見上げている凛の頭を撫で、そうして腕を回す。
「私は神に仕える者として、黒魔法が使える。死を与える事も‥‥可能だ」
するりと凛の喉を撫でた。綺麗な顔立ちが冷酷に映る。
「この娘は生まれながらにしてお前達を誑かし罪を犯させ、その結果両親を悲しませた。この子供さえいなければ苦しみが増えることはなかった筈だ。──この子は神の裁きに遭うべきだな?」
「何を!」
ぎょっとする仲間と目の前の老夫婦。限界まで目を見開き、引きつった声を絞り出す。
「やめ‥‥やめとくれ!!」
「その子は関係ない! わしらが悪いんじゃあ!!」
涙を溢れさせ、両手を伸ばす。その指先が震えているのが、答えだった。
目を見開いていた凛の首をするりと離す。何が起こったのか分かっていないだろう凛が、じぃじ! と叫び駆け出す。
「なんでないてるの? いたい?」
「何でも‥‥何でもないんじゃ、凛」
涙を流し凛を抱く姿を見てグレンは微笑む。そう、『それ』が知りたかった。
●そして、大団円へ!
「どうして逃げるんですか!」
蘇羅が裸足で駆け出した爺を追い駆ける。老婆の方はぽかんと眺めていた。
小刀を取り出した爺がその胸に突き立てるより先に、馬を駆ったシェーンハイトが飛び込んできた。
「待って下さい!」
馬を落ち着かせ、シェーンハイトが飛び降りる。その手には何かの書状が握られていた。
「よかった、間に合ったんだね」
カヤの声に、息を整えながら頷く。走り通しだったためにかなり息は乱れていたが、それだけの価値はあった。‥‥この手の中の書状に。
「お子さんのご両親にお会いしてきました」
びくりと老夫妻の体が震えた。
「これをお預かりしてきました。‥‥読んで下さい」
受け取るのを躊躇う爺に握らせる。
かつての主を裏切ったのだから、見つかれば処罰される事を前提に逃げていた。そうしてついに見つかった。自分達はもう終わりなのだ。
ガサガサと老人の手の中で紙が音を立てる。読む気配を感じながら、シェーンハイトは目を閉じた。
青ざめ、痩せこけた本当の両親に会った時、子供を守るためには忘れ去る事も必要だと感じた。
3年間の感情を、あの幼子のために。
「大人の事情と感情を、お子さんに背負わせることのないように‥‥老夫婦に同情しろと言っているわけではなく、『お子さんのために』、どうか、お願いします」
「そ‥‥んな、馬鹿な」
爺の声に瞼を開けた。驚愕した顔に微笑んで見せた。
──そう、幼子の本当の両親は許したのだ。子供のために。3年間の苦痛すらも。
「無理やり引き離す事はしない、と仰って頂けました。以前のように働けば良いと」
「お方さま‥‥」
涙が零れ、手にした紙にぽつぽつと落ちる。
「今となっては、老夫婦の方も両親も両方とも凛ちゃんの親ですわね。どちらも凛ちゃんのことを愛しているのなら、仲良くできるはずですよ。自己満足のために凛ちゃんを愛しているわけではないのでしょ」
術を解いた淋羅がむせび泣く年寄りの背を撫でた。その背後で、『何で許せんの?』と沙羅が複雑な顔で呟いている。
「沙羅にも、いい人が見つかって、母親になれば気持ちはわかるわよ」
淋羅が優しく沙羅の頬をつついた。照れたのか、そっぽを向く。
「その格好で母親っぽいこと云っても似合わへんで」
「うふふ‥‥」
──老夫妻の顔を濡らすのは、悔恨と、謝罪と、感謝の涙。