さくらの木の下で
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 0 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月19日〜04月24日
リプレイ公開日:2005年04月27日
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●オープニング
さくら、さくら。
日本を代表する木は何と幻想的で美しいのだろう?
でもその美しさは、木の下に人の死体が埋まっているからだという‥‥。
「遺体の埋葬をお願いしたいんです」
依頼した年老いた男は、京都からあまり離れていない小さな村の、長老だった。
南から攻めて来た、妖怪たちに襲われた村の。もう数える程しか残っていない村人の、生き残りであった。
「若者は、もう皆亡くなっております。遺体を、埋めてやる事も出来ない‥‥」
残されたのは少しの女たちと、怪我をしたお年寄りたちと、小さな子供。
殺された村人は多すぎて、埋葬してやる事も出来ない。
村を襲った妖怪どもは、陰陽寮に雇われた冒険者たちに滅ぼされたというのに‥‥手元には、遺品すら、ない。
「お願いです、子供たちの代わりに、夫を亡くした、子を亡くした家族のために、埋葬をっ‥‥」
震える腕が、ギルド員の腕を掴んでいた。
京都ギルド員の男は、やり切れなさそうに気だるげに依頼書を提示した。
「これが、遺体の埋葬、遺品整理の依頼です」
一体どれほどの妖怪が京都に攻めて来たものか。妖怪退治依頼をただただ提示してきた事を思い、きつく唇を噛んだ。
「小さな村ですから、遺体の数はさほど心配するほどではないでしょう。ですがやはり死人の村ですから‥‥」
僅かな生き残りの村人は、既に別の村に移り住んでいる。つまり生きた人間はいない村なのだ。
「ああ、でも」
ギルド員はふと思い出して言った。
「何でも桜だけはキレイな村だそうですよ」
そう、死んだ村人の上に今も桜が舞っている。理不尽に殺されてしまった村人を弔うように‥‥。
●リプレイ本文
●桜が迎える死人村
村に入る前、綿津零湖(ea9276)の愛馬の前にひらひらと何かが舞い落ちた。
「渚?」
ぶるると鼻を鳴らす馬を見て、仲間達もふと顔を上げる。技を繰り出すように素早く掌でキャッチした藍月花(ea8904)が桃色の花びらを見つめた。
「桜、か」
北宮明月(eb1842)が儚げに散る頭上の木を見上げた。
時期が良かったのだろうか。それとも、この村の自慢だった木だからこそなのか。村人を埋葬するため訪れた冒険者たちを出迎えたのは、見事に咲き誇る桜の木々であった。
村は本当に普通の民家ばかりのようだ。特産物があるとか特別人が集まるとか、そんな利害関係に巻き込まれそうなものは何もない。ただ自給自足が出来るだけの小さな農村。そしてジャパン人を魅了してやまない桜の木だけ。
「こんな所でも亡者の被害者が‥‥一体どれだけの村や町が襲われたというのだ」
香山宗光(eb1599)の目には、無残にもいたぶられたであろう村人の死体を捕らえていた。村一つ分の遺体をたった8人でどう埋葬すればと思っていたが、全然そんな心配はいらない。『五体満足で残っている』遺体がほぼない状況なのだから。
「‥‥ッ!」
緋月飛鳥(eb1574)が屈み込んでいた身体を強張らせ、息を呑んだ。何かを守るように重なり合った遺体の下には、子供の遺体があった。目は恐怖に見開かれたままで。月下樹(eb0807)が強引に飛鳥の腕を引っ掴み、背後にやった。
──京都に来てから依頼を受ける度、何度こんな光景を見たことか。
亡者に喰われたであろう村人の欠けた肉体を見、茶の瞳に炎が立ち上る。仇を取ってやるとは言えないが、これ以上理不尽な死を見過ごす気は更々なかった。
●哀しみを土の下に
「まずは埋葬する場所を決めるか」
穂村鷹志(eb1626)が村全体を見渡すと、樹が馬の手綱を取る。
「お墓は見晴らしのよい場所に建ててやるのがいいんだろうかな」
「そうですね‥‥あの木の下、は?」
零湖は一本の木を示した。桜の木の中でも、一際目立つ高さのある一本の木。密集してない分、周囲にスペースもある。
「桜の見える場所がいいか」
鷹志も一つ頷くと、同行した友人から道具を受け取った。
桜の美しい村──村人を埋葬するならやはり桜の下がいいだろう。
「うおおおお!」
月花が木棺を作るべく木を調達していると、埋葬場所から男の唸り声が上がった。遺品を片していた同行した女性も首を傾げる。窓枠から顔を出すと、片桐弥助(eb1516)が猛然と鍬を振るっていた。
──きっと、いや間違いなく皆無念だったと思う。
激しく鍬を地面に打ち付けつつ、弥助の頭に過ぎるのは苦悶に満ちた村人の顔。村をぐるりと巡って見た死人たちの顔はどれも苦しんでいた。当然だ、生きている体を食い千切られたのだから。
「弥助殿、それでは肩を痛めるでござる」
宗光が力任せに鍬を振るおうとする腕を取る。疲れがどっときたのか、その場に座り込んだ。
「やりたい事もやらねばならん事も残していかなきゃならなかったんだ‥‥残された者もずっとそれを引きずって生きていく。消える事はない」
「弥助殿‥‥」
気遣わしげな視線に、泣いてるわけじゃねぇから、と苦笑する顔を上げた。
「襲ってきた亡者どもも元は俺達と同じだった。何て哀しい輪廻なんだろうな」
どうする事も出来ない村人や亡者の哀しみ。自分達が埋葬する事でそれを和らげる事が出来たらいい。
「お疲れ様です、そろそろお夕飯にしませんか?」
夕方まで黙々と墓穴を掘っていた樹は顔を上げた。遺体の整理を担当していた零湖が穴を覗き込んでいる。
「随分深く掘ったのね‥‥」
感心している飛鳥の横に這い出て、受け取った布で汗を拭った。
「野犬などに掘り返されないように深めに掘った方がいいでしょうから」
せっかく桜の下で眠る村人を叩き起こすような不安要素は出来るだけ避けたい。
「──それは?」
明月が先に食事を終えた月花の手元を覗き込む。小さなナイフで忙しなく木を削っている手先が器用だ。
「小さな仏像なら作れるかと」
埋葬するのに肝心の坊主はいない。何か村人が心休まるものをと思ったのだ。
墓穴をそろそろ全て掘り終えそうだ。となると、後必要なものは。
「この石は墓石に使えそうか?」
しゃがんで石を見ていた鷹志が宗光を見上げる。一つ頷いた宗光は石を動かそうとする。──やはり、重い。額に汗が浮き始めた。
「大丈夫か?」
「このくらいは何ともない。この人達の無念を思えば苦にはならないでござる」
彼らの傍らでは、樹が忍法で編み出した大きな蛙がゲコ、と鳴き声を上げて石を運んでいる。
桜の下、ズラリと掘られた穴に零湖や月花、明月も参加し整えた遺体を木棺ごと入れていく。中には腕一本しか残っていない遺体もあったため、埋葬は重労働ばかりではなかった。
「雑草も少しむしっておいた方がいいか」
鷹志が穴の周辺の草を引っこ抜く。宗光も木棺を運び込びながら同意した。
「さぞ無念だったろう。せめて埋葬くらいはきっちりとしてあげたいでござる」
もちろん、この作業に関わった人間で否定する者は誰一人としていない。
●死人と生者の上に咲く花
「綺麗ですね‥‥」
ざあ、と風が吹く。まるで零湖の言葉に応えたかのようだ。満開の桜もゆらゆらと揺れた。
暗闇の中、白に近い桃色の桜が映えて美しい。けれど何故か悲しかった。はらはらと散る桜は、まるで人の命のようだ。
鷹志が甘酒を取り出した。自然と自分に集まる視線に笑って答える。
「俺なりの供養のつもりなんだ。有難い経文の一つも知らないからな」
そ、と月花が甘酒を取り上げ代わって注いでやりつつ、普段は言わない本音を吐露した。
「時に忌避の目で見られるハーフエルフの身の上ですが、それでも生きているというだけで何物にも変えがたい恩恵を受けているのだと思います」
人間である仲間たちが戸惑いがちに聞き入る。ハーフエルフの存在は微妙であると知ってはいたから。
仲間たちに甘酒を注いで周りながら、最後に満開の桜を見上げた。
「だから‥‥彼らの分まで精一杯生きなければ」
ピンと伸ばした背筋が月花の気持ちを物語っている。飛鳥も舞い散る桜を感じながら瞳を閉じた。
「私も仲間が助けてくれなかったら‥‥。桜‥‥あの人達の思いを綺麗な花で包んであげて、お願いよ」
きっとこの桜は苦しみを和らげてくれる筈だから。
明月も頷いた。
「まだ人の死というものには立ち会ったことがなかったがなんとも苦しいものだな。少しでも多くの人を救えるようこれから頑張らねば」
初依頼にしては苦いものも多く含んでいたが、より一層自分が何をすべきか見えた気がする。
そんな事を言う彼女たちに微笑むのは男性陣。
「皆様が安らかに眠れるよう舞わせて頂きます」
零湖が歩み出た。僧侶不在だが、自分たちが出来る事もある。闇の中浮かび上がるほの白い桜の下、舞い踊る零湖の姿はひどく幻想的だった。
樹はその夢のような光景を前に、杯に注いだ甘酒を墓に向かって手向ける。
舞を終えた零湖は矢に巻いた布にたっぷりと油を浸し、火を点けた。それを天に向かって射掛ける。全員がその火矢を見送った。
──これは、魂が天へと昇れるように、道標だ。
「‥‥どうか彼らの魂が安らかでありますように」
月花の祈るような言葉に、冒険者たちは桜を見上げた。
──誰が忘れてしまおうとも、桜が残ることによって桜の木だけはきっとこの先も、ここに村があった事を覚えているのだろう。
明月はそう思う。
●遺品
「これ、あなたのお父さんの物でしょう‥‥?」
事前に体の特徴を聞いておいて良かった。零湖は小さな女の子に、父親と思われる遺体から髪を剃り落としてきたものを手渡した。震える指で受け取った少女の目は真っ赤だ。
「‥‥ありがと」
胸に抱きしめる父親の遺髪はきっと彼女を支えてくれる筈。
埋葬に携わった冒険者たちから遺品を希望した家族に櫛や、お守り袋や着物が手渡されていく。その場に泣き崩れる女性も多くいた。
「はい、あなたの村に咲いていた花よ」
遺体がどうにも見付からない遺族には、飛鳥が花を差し出した。埋葬した墓の中にも同じ花を手向けている。苦しい想い出のある村にはそうそう行けないだろうが、あの村は間違いなく彼らの村だったのだから。
「生き残った事が辛いなんて、死んだ方がましだなんて、言わないでくれよ‥‥?」
立ち去る生き残った遺族達を弥助は哀しい想いで見送った。