●リプレイ本文
●初顔合わせ
「ほっぺぷにぷにやー‥‥」
大宗院沙羅(eb0094)が指でちょんと突くと、寝ている赤ん坊がくすぐったそうに身を捩る。抱いている鷹神紫由莉(eb0524)も思わず笑みが零れた。
「みゆ、ふだんはよく泣くの」
赤子を指差し、三つになる童女が片桐弥助(eb1516)の袖を引いた。そうか、と頭を撫でてやると、嬉しそうに笑う。その間に六つの少年が割り込んだ。
「幸子に近づくな!」
弥助の手に噛み付かんばかりの迫力で妹を奪い取る。弥助が呆気に取られていると、長老が小さな声で解説した。
「その、幸太郎は少々妹しか見えない所があって」
──なるほど。妹以外はアウトオブ眼中。シスコンらしい。
「はーい、みんな注目してやー!」
パンパンッ。両手を叩いた将門雅(eb1645)が算盤片手に呼びかけた。自然と部屋中の視線を集める。
「今回うちら里親探しに集まったわけやけど、まずみんなの意見聞かなな。適正、っちゅーもんもあるし。どんな所か分からん所に行くのも嫌やろ?」
説明の上手い雅に、子供達の間で『イヤ』という声が上がる。
「うんうん、そうやろー。うちももし得体の知れんもん買わされたら‥‥うわっ、めっちゃ嫌やわ!」
ぶるるっ、と震えてみせる雅に笑いが起こる。冒険者も笑った。
「まずお互い知る事から始めなな」
是人付き合いの基本也、と続ける雅に異論を唱える声が上がった。
「嘘つき!」
十一歳の少女、茜だった。糾弾するような声音に、黒畑緑太郎(eb1822)の眉が潜められる。
「嘘、とは?」
「だって嘘ついてるじゃない、早くどこかの大人に押し付けたいんでしょ? あたし達の事!」
叩きつけるような言葉にしんと静まった。紫由莉の腕の中で、赤ん坊がむずがり始める。
「あたし達の事、信じられないのね?」
天道狛(ea6877)が静かに尋ねれば、きつく睨みつける。当然でしょ、といったところか。
「大人はみんなそう言うの。優しいアンタみたいな顔をして、本音は全然違うくせに──」
誰もがあたし達を邪魔だと思っているのだと。狛を睨みつける少女は、本気で言っているようであった。
●一日目
「行ってらっしゃい、気ぃつけてな!」
沙羅が腕にみゆを抱き、幸子と一緒に手を振った。それに手を振り返し、六人の冒険者+二人の協力者は里親を見つけるために情報収集に向かう。
「‥‥何とか居場所を見つけてあげたいですわ」
紫由莉がほう、と吐息をもらした。山本佳澄(eb1528)も全く同感だ。
「そうですね。子供を必要としていて、優しくその子のことを考えていただける方に引き受けてもらいたいです」
脳裏に過ぎるのは、狛を睨みつけていた茜。彼女は露骨に大人を嫌っている。それもこれも長老から聞いた話では、ふざけた大人が生き残りを揶揄したからだという。
──生き残ったのは餓鬼だと思ったからじゃねぇか? ああ、違いねぇ、子供ばかりが10人怪我もなく生き残るなんて、妙な話だもんなぁ──
「馬鹿な話だ」
緑太郎が吐き捨てた。胸糞悪くなる話だ。
「冒険者か、そいつ。例えあいつらを助けたにしても、許せねぇな」
弥助が喉の奥で唸った。大人のくせに言っていい事と悪い事の区別もつかないのだろうか?
言われた当の本人、狛は──何事か考え続けていた。
「それじゃ、うちこっちやから」
「ああ、吉方位は南と西。場所は人が集まる所がいいぞ」
緑太郎が情報を集められそうな場所を占ったのだが、雅がこれから向かう商家とピタリと当て嵌まる。期待出来そうな先行きに、一同気が楽になった。
「‥‥あ、茜ちゃんのゴタゴタで言いそびってたな」
雅は仲間達と別れて大通りへと向かいながら呟いた。自分の商人としてのツテで里親を当たるつもりなので、子供達に商人になる気があるか尋ねるつもりだったのだが‥‥。
「ま、えっか、後で聞けば。こんにちはぁ、いつもお世話になってますぅ!」
暖簾に手をかけた。
「先生、考え事ですかい?」
どうやら考えながら歩いている内に目的地に着いたらしい。狛は自分にかけられたであろう言葉に顔を上げた。
「あ──ら、七兵さん」
何度か腰を診た患者だった。仕事帰りなのか、岡持ちを提げている。
「何かこう、ぐぐーっと眉間に皺寄ってましたぜ。折角の別嬪さんが台無しだ」
「もう、褒め殺さないで頂戴な。それより、七兵さん」
自分のツテといえば、患者さん中心になるだろう。そう思って、診療所まで戻って来たのだった。
「今子供を欲しがっているご夫婦を探しているのだけど‥‥誰かご存知ないかしら?」
今まで沈黙を守っていた同行者もローブの下で頷いた。
「本当に京都は死霊の巣になりつつあるわね‥‥」
江戸とは比較にならない死人憑きの多さに、過去報告書を途中で投げ出したくなる。紫由莉は死霊関係の多さにうんざりした。
「でも、これが京都の現状なのね」
京都冒険者ギルド。そこで最近提出された報告書を読んでいる。もし子を失ったご両親などがあれば、優先的にそちらと話を進めたい。基準は、あの子達を大切にしてくれる家族。それだけは譲れない。
疲れた首を回し、再び報告書に目を通し始めた。──外はまだ明るい。修行時代の知己に会いに行くのなら、夕方がいいだろう。
「先生」
弥助が長屋から頭を下げて出ると、知り合いの道場に回っていた筈の人物がいた。今回、情報収集を頼んだ身内でもある。
「一応、出入り許可を得ておいた。──これでいいのだろう?」
「武士関係は先生じゃないと」
苦笑する自分の師に、丁寧に頭を下げた。出来るだけ情報を得るためにわざわざ今回呼び出してしまった。師範代としての仕事もあるだろうに。
「ここは、駄目だったのか?」
弥助が訪問していた家は確か簪職人の家だった筈。ちらりと見た限りでは五十代の頑固そうな男が胡坐をかいていた。
使い物になるまで何年もかかる。更には食の世話から住処の世話までとなると、いくら真っ白の状態から教育出来るとはいえ、里親探しは難しい。沈んだ顔になってしまったのか、弥助の肩をバンと叩いた。
「まだ一日目だ。大丈夫、依頼の子供達は皆良い子なのだろう?」
無邪気な幸子の顔が浮かび上がり、弥助は頷く。ただ手負いの獣のように自分達を威嚇する幸太郎や茜を思い出し、この仕事、思った以上手間取るかもしれぬと思った。
「緑太郎さん」
佳澄が馬を引き橋を歩いていたところ、丁度向かいから歩いて来る仲間を発見した。
「そちらはどうだった──などと聞かずともわかるな」
気づかぬうちに浮かぬ顔をしていたらしい。佳澄は馬廻りの仕事を活かし、馬小屋のある大きめの家などを当たっていたが、色好い返事はまだ一件も得ていない。少し焦り始めていた。
「出来るだけ話を触れ回って来たが、私達に与えられた時間は五日だからな。‥‥運良く情報が広まっても、期間中に答えが得られるかどうか」
どうせならもっと役立つスキルを得ておくんだった、と気づいたのはついさっき。話すら聞いてもらえない相手を前に、
──しまった、チャームみたいな、捜索や説得に役立つ魔法を覚えておくんだった。
と思い至った。依頼一日目の日暮れに気づいては後の祭りだが。
同じく疲れたように息を吐いている佳澄と並び、欄干に身を乗り出した。夕日色に染まり、ゆらゆらと水面が揺れている。
「このような話を聞いたら放っておけないが、具体的にどうやって探そう? う〜ん‥‥」
冒険者はたったの七人(今日は協力者が二人いたが)しかいないのだ。
●二日目
「どうしたんだ?」
一夜明け、一時的に子供達が住む家に居候をしている仲間達が何事かと顔を出す。弥助は欠伸を噛み殺しながら突っ立っている沙羅に声を掛けた。
「悦ちゃんと孝ちゃんがまた喧嘩しとんねん‥‥」
情緒不安定にでもなっているのか。冒険者の沙羅よりも年上、十五の悦子と孝子が盛大に口喧嘩をしていた。声が妙に甲高いと思ったのはそういうわけだったらしい。
「昨日、うち一人でこの家の皆とおったわけやけど‥‥寄ると触るとやねん」
「あらあら」
狛がみゆの様子を見に行き、紫由莉もついて行く。目の前では少女達の喧嘩に困る冒険者数名。
ふえっ、と泣き声を上げそうになった幸子を弥助が抱き上げた。すぐ足元に攻撃がくる。幸太郎だ。
「変態ロリコン野郎、幸子放せ!」
「ロリっ」
ぐらりとよろめく弥助の肩をポンと叩く緑太郎。朝からちょっとした衝撃である。
部屋を見回していた佳澄が一人足りない事に気づいた。確かこの部屋には十一になる少年もいたのではなかったか?
「沙羅さん、朔之進くんは?」
「あれっ、またおらんー!」
うわあ、またかーと頭を抱える。
「よくいなくなるんですか?」
「よう笑ってる子やねんけど‥‥あんまり喋らんし、性格掴まれへんねん」
しかしひょっとしたら心に傷を負っているのでは、と思っている。長老の話では目の前で両親を喰われた少年は彼なのだ。
「探そう」
緑太郎が部屋を出て台所に顔を出すと、雅と一人の少年がきゃあきゃあ会話に華を咲かせていた。
「おはようさん、今起きたとこ?」
「ああ」
「あかんで〜、商人は早起きが基本! 早起きは三文の得!」
「商人の基本やで〜」
雅の口調を真似ている。すっかり打ち解けてしまったようだ。
「仲良くなったようだな」
「雄太絶対商人向きやわ! 話術に長けとるし、昨日口利きしてもらったお店とかどうやろなぁ」
今からワクワクしてるらしい。商人をやっている雅なら奉公人を求めている店探しも得意だろう。彼の事は雅に任せよう。
「朔之進、どこ行ったんだろうなぁ」
足元をげしげし蹴られたまま、幸子を抱きかかえて弥助が追ってきた。並んで風呂場の他部屋中を探したが見付からない。外かと思い直し、一歩外へ出ると。
「‥‥朔之進?」
井戸の中をじっと見つめていた。声をかけたのに気づいたのかすぐこちらを振り返り笑ったが、違和感が残る。
──何だ? この違和感は。
「情報交換しようか」
二日目の晩。冒険者七人はそれぞれ収集した情報を持ち寄った。欲しいかどうか夫婦自身にも当たっていないものもあるが、全部で五件ある。二日しか経っていないというのに、上等だ。
「はい、まずうちから言わせて。雄太は確実やと思うから」
雅が幾つかの店子を当たった結果、今までも里親として子供を育てている店があったのだ。染物屋の大店。実績もあるので信用出来る。
「そこで雇われてる十三と十六の男の子に聞いてきたんよ。一緒にご飯も食べてるらしいし、客にもよく知られてる。雄太を入れると三人目になるらしいけど、構わへんて」
「そりゃラッキーだな」
雄太は人見知りする性質じゃないし、きっと上手くいくだろう。
「お次はあたしでいいかしら? 不在で会えなかった人もいるのだけど、患者さんに聞いただけで三件あるわね」
中年夫妻だが、子が出来なかった夫婦二組と子を失った若夫婦一組。双方子供には思い入れがあるだけに、大事にしないわけがないと思う。狛は明日にでも直接会いに行くつもりだ。
「私はお茶教室で教えてる生徒さんのツテで」
紫由莉の会った夫婦は既に老夫妻だったが、近所には息子夫妻が住んでいる。二人に万が一があっても援助してくれるとまで言ってもらっている。
次は、と全員の視線を受け、沙羅が詰まった。
「‥‥う。その〜、うちはまだで。ははははは」
一日目、子供の関係と性格を見極めるために沙羅だけ家事をしながらこの家にいたのだが、それがハンデとなったか。今日は朝早くから京都中の戸を叩いていたようだが、どうにもいい反応は得られなかった。
「貧乏人みたくしたんがあかんかったんかなぁ」
──うちは村が襲われて、オトンやオカンがなくなってしもうた子供の引き取り先を探しておるんや。
そんな触れ込みで家を回ったが、見込みのある家はゼロ。
「まぁそう落ち込むなって。俺の方も情報は集まったんだが、会えるのは明日以降なんだ」
師範代まで呼び出してかき集めた情報。武家の方で何件か子を失っている人はいるにはいたが、四十九日だったりで面会をOKしてもらえたのは明日明後日。一方、職人なら後継者として推薦出来るかと思ったが、これが頑固爺ばかりでろくに話も聞いてもらえない。もちろん、ここで引き下がるつもりはなかったが。依頼期間はまだ後三日あるのだ。
そこまで話していた時、表で派手に何か鈍い音がした。思わず顔を見合わせる。
「‥‥何だ?」
「何かが倒れたような音‥‥でしたね」
佳澄の言う通りだ。冒険者はここにいるという事は、子供達がやった?
「怪我してたら大変だわ!」
根っからの看護人の狛が駆け出した。
「茜ちゃん!?」
細い足を抱えて蹲っている少女に狛が駆け寄る。
「診せて‥‥ああ、これがぶつかったのね」
打撲の状況を調べるために顔を近づける狛から、勢いよく体を引き放す。
「触んないで! 嘘つく大人なんて大嫌い!!」
痛みからか、涙の滲んだ目で睨みつけている。掴まれた足を取り戻そうと暴れ、狛に力ずくで座らされる。
「座りなさい。あたしは貴女の敵じゃないわ‥‥嘘もつかない。約束する」
同じ目線で、真摯に向き合い言われた言葉。茜が一瞬呆けた。
「あたしは看護人よ。そして貴女は患者。誠心誠意で以って接するわ」
さっきのドタバタが嘘のように静まった。
「しっかし‥‥何でこんなもんがここにあるのかね?」
弥助が手にしたものは、鍬。大柄な男用なのか少し大きめで、まだ土がついている。室内にあっていいものではなかった。
──そういえば、朔之助だけが自分達冒険者とまだ口をきいてなかったな。
何となく、彼を思い出していた。
●三日目
「これは、桜の葉‥‥?」
家の出入口に竹をくりぬき、その中に一本の枝を挿したものが引っ掛けてある。紫由莉は花ではない桜の姿に、驚きに声を上げてしまった。
「そうなんです、娘の名前が桜だったから‥‥はは、葉桜を挿すというのも乙でしょう?」
娘を亡くしたばかりの若い父が、そう言って目を細めた。今でも愛している事がわかる。
「まさか父の村が襲われるとは‥‥思ってなかったものですから。あの子を預けたままで、死んだ桜も見てないし‥‥まだ実感はないんです」
少し顔色の悪い奥さんが悲しげに笑う。遺体は死人憑きに喰われてしまい、欠片も残っていなかった。
「だから‥‥もし、行き場をなくした女の子がいるなら。ここに来て欲しいんです。私達夫婦の元に」
紫由莉は微笑む。同じ女として、同じ人として。彼女の瞳は信じられると直感した。
──武家屋敷というのは本当に広いな。
相手の性格を推し量るついでに、弥助の目は予断なく部屋の調度品や雰囲気を見極めている。それでも誠実さを失わせるつもりはない。
「彼らも身分は違うとはいえ同じ境遇になります、同じ傷を持つ事から繋がる絆もないでしょうか」
弥助の真摯な瞳が相手の目を捉えた。
正座して向き合う部屋は広い。十二畳は普通にあるだろうか。目の前の中年男もきりりと引き締まった顔つきをしていた。さすが先生が推薦する道場の元門下生なだけはある。礼儀も徹底しているに違いない。‥‥きっと、真剣に向き合えばわかってくれる筈。
「死人憑きをにより妻を失った貴方と。死人憑きにより父や母を亡くした子供。身分が違えど、立場は同じ。絆が持てる筈です──きっとかけがえのない家族に」
自分の血の繋がらない御影一族のように。
男は思案するように目を伏せた。弥助の気持ちは通じたのだろうか。
●四日目
「ごめんください。子供の里親になっていただける方を捜しています」
「断るッ!!」
──え。
出鼻を挫かれ、緑太郎は目をパチパチさせた。傍らの佳澄もきょとんとしている。自分達は何か必要以上の事を言ってしまっただろうか?
「お主ら、昨日も来おった兄ちゃんの仲間だろう。冒険者ギルドの依頼で里親探しをしてるって?」
へッ、と鼻で笑われた。カチンときたがここは堪える。弥助が性格の悪いだけの人間に里親を打診するとも思えない。
「お断りだね。子供を引き取ってこっちにメリットがあんのかい?」
男は五十代。簪職人と聞いている。弥助が後継者として子供を推しているらしいが、子供を間に挟んでメリットデメリットなどという話は出来ればしたくない。そんな不愉快そうな心情が顔に出たのだろうか。職人の男が片眉を上げ、にんまり笑った。
「メリット、ねぇんだな? なら帰んなッ!」
緑太郎は黙って横笛を取り出した。
「悦ちゃんの阿呆!」
「孝ちゃんの馬鹿!」
罵詈雑言が交わされる中、沙羅の顔が引きつる。幸太郎の腕の中のみゆは既にぐずり始めていた。
──うちよりずっと年上のくせに‥‥何っでこの二人はこうなん!?
もはや怒りを通り越して呆れている。大体初日からしてこの二人は、自分より五つも年上のくせに家事もせず喧嘩ばかり! いい加減沙羅の堪忍袋の緒も切れかけている。
「大体悦ちゃんはさっ、いい子ちゃんぶってるし」
「ちょっと! アンタだってそうでしょ!?」
洗濯物を干していた手が怒りに震えた。手伝ってくれている幸子と雄太はオロオロとして、茜は呆れて声も出ないらしい。
「悦ちゃんなんか嫌い!」
「あああたしだって嫌いだもん!」
──ぶちっ。
沙羅の中で何かが切れた。
「あんたらいい加減にしぃやーーーっっ!!!」
「それで?」
皆で夕飯を取りつつ、談笑。というには話題が喧嘩事であったが、沙羅はいささかスッキリした顔でご飯をよそって配っている。
「軽く鉄槌を一撃ずつ」
ゴン、と殴る素振りをして、全員の笑いを誘った。同じく食卓についている悦子と孝子はいささかむくれた顔。
「うーわー‥‥それで反省させたん?」
雅もおかしそうに笑った。帰宅した時に悦子と孝子も一緒に飯炊きに参加していたのを目撃した。沙羅から丁寧に家事の心得を教わっていたのだ。初日から喧嘩する二人しか見てない分、その変化に驚いた。
「あーったり前やん? ここで一発家事の一つも覚えとかな、人生苦労するだけやで! って、華国にいるとき、迫害されてきたうちを救ってくれる人なんて、オカンぐらいしかいなかったやけん、うちも結構不幸なんやけどなぁ‥‥」
異種族間での迫害・差別。身分制の差別。数え上げたらキリがない。沙羅もハーフエルフの生まれとして、若いなりにもそれなりに不幸や苦労を味わっているのである。だからこそ、自分は家事だって主婦並みに出来る。
それを察したのか、悦子と孝子の居心地悪げな視線が交わった。それでも口を噤んでいる。
「‥‥謝れば?」
茜がご飯を口に入れながら呟いた。狛以外の人間が目を見開く。冒険者に謝る事を促すような子だったろうか?
「謝りたいなら謝ればいいじゃない‥‥謝りたい時にはいなかったら後悔するだけだもん」
「う‥‥ご、ごめん」
両親を前触れもなく失った。隣にいる人間もいつ会話が出来なくなってしまうかもしれない。彼女達はそれを身を以って理解しているのだ。
「そういえば‥‥今日、緑太郎さんがおかしかったですね」
場がすっかり硬くなってしまった事に気遣ったのだろうか。佳澄が今日あった出来事を語りだした。
「あの親爺さん、さぞかし驚いただろーなー」
佳澄の言葉を思い出し、弥助は茶を啜りながら含み笑いをする。緑太郎は肩をすくめただけだが、佳澄は相手の反応を知っている。
──なななんでイキナリ笛を吹く!?
玄関先でそのまま横笛を吹き出した時は、佳澄も何事かと驚いた。何でも緑太郎は考え込んだり精神統一をする際は笛を吹くのだそうだが、あれは怒りを鎮めようとしたらしい。
「里親の相談に行っているのに、あそこで怒るわけにもいくまい」
それはそうだが相手はその事実を知るまい。一曲吹き終わった後にまた冷静に里親の話が始まったのも理解の範囲外だろう。
「それで、結局はお会いして頂く事が出来るんですのね」
「まぁ、な」
紫由莉にそう言ったものの、あのクセのありそうな親爺では誰が懐くかいささか疑問ではある。
「とにかく、明日──全てが決まるのね」
チャンスは明日一日。全ての子供達がどうか安心できる居場所を得られますように。
●里親対面
「緊張しとる?」
雅が顔を覗き込むと、ひくりと引きつった笑顔で雄太が笑った。
──あかん、ガッチガチや。
これから人生を共にする家族と顔合わせをするのだから致し方ない。雅は沙羅と共に子供を家の外へと招く。
「ほら、橋のとこ。新しい家族が待ってるで」
二人が指差した所には、何人かの大人達が待っていた。
「あ‥‥」
怯えるように茜の足が止まる。幸太郎も幸子の手を引いて歩みを止まらせた。
「大丈夫よ」
紫由莉は微笑んで、一組の夫婦にみゆを手渡した。
「ああっ‥‥また私達に子供が与えられたのね!」
死人憑きによって引き裂かれた絆。悲しみにくれていたが、冒険者によって手渡された温もりに再び胸が熱くなる。涙が溢れて止まらない。
赤子を抱いて泣き始めた若い夫妻に、子供達の顔が強張ったまま動けずにいる。
──自分達もあんな風に受け容れてもらえるだろうか? 本当の血の繋がった家族でもないのに?
足が棒になっていた雄太の背中を押し、一人の中年男性の前に進ませた。
「お前さんが雄太君だね? 私は染物屋の菊左衛門。これからよろしく!」
力強く頭を撫でられ、ぶわりと涙が浮かんだ。この人は自分を受け容れてくれている──その嬉しさに。
「はじめ、まして」
おずおずと中年夫妻が進み出た。びくりと幸子と幸太郎の肩が揺れる。
「あ、逃げないで」
おばさんがそっと幸太郎の頬をなぞった。
「兄妹なのね‥‥?」
幸太郎の顔は青い。どちらかが要らないと言われて、幸子と引き離されたらきっと自分は耐えられない。幼くても恐怖は感じるのだ。
「二人とも、おばさん達の子供になってくれる‥‥?」
子供を怯えさせないように、囁くような言葉。そして優しげな瞳と。全てが自分達を気遣うものだった。
きつく妹の手を引っ張っていた力が緩む。それを感じ、幸子もようやく落ち着いて向かい合っている二人を見た。
「おばさんが幸子のおかーさんになってくれるの?」
舌っ足らずな喋り方が愛しい。
「ええ‥‥ええ、ぜひ家に来てちょうだい。私達の家は、あなた達を待ってるわ」
「家‥‥」
知らず涙が零れていた。
「‥‥」
何とはなしに目の前で繰り広げられる感動の里親対面シーンを自分の身で想像出来なくて、悦子と孝子の二人は遠巻きに眺めていた。
自分達はもう十五になってしまった。こんな成長しきった私達を一から愛してくれるなど、どこのお人好しがいるというのか。
「‥‥」
私達には関係ない、行こ、と手を取り合ってその場を逃げようとしたその時。
「悦子ちゃん‥‥孝子、ちゃん?」
そっと細い呼びかけが耳に飛び込んできた。もう、実の母親と父親には言ってもらえない呼びかけ。思わず胸が震えた。
「‥‥」
「ね、もっとこっちへ来てちょうだい‥‥?」
細い声に導かれるように、橋へと近づいた。自分の足なのに、コントロールが出来ない。それともこれは自分達が望んでいた事?
「ああ、可愛い顔しちょるねぇ‥‥」
どこかの訛りも混ざった。けれど今はこの優しい、皺だらけの顔しか目に入らない。
「二人とも、仲が良いって聞いたけんど」
「‥‥うん。友達」
沙羅が少し離れた所で笑った。『素直に言えたやん』、という意味の笑いだ。
「そう‥‥だったら一緒に家の子になって」
ね? と優しい瞳に思わず頷いていた。
──素直になるのはとても簡単な事。でもとても難しい。
「さっきから目が一点しか見てませんよ?」
弥助が武士の背後で呟いた。う、と武士が固まる。やれやれ、と代わりに綾子に近寄って、その手を取る。
「綾子ちゃん、このおじさんが一緒に暮らそうって」
本当は息子を失った筈だ。だが大人しそうな所が似ていると思ったのか。師範代に紹介された道場の元門下生、厳しい表情の似合う男は綾子に躊躇いがちに語りかけた。
「‥‥家に、来い」
まるで男が女に告白するような迫力で。
「何だか自然にまとまっていくわね」
狛がほっと胸を撫で下ろした。幸いにも子供を奪い合うとかはおこっていないようだ。集まってはくれなかった里親候補もいたが、逆にすんなりと収まるべき所に収まったという感じ。
「‥‥朔之進がいなくなってる」
緑太郎が眉間に皺を寄せて呟いた。え、と振り返った時には駆け出している。橋から身を投げ出そうとしていた少年の首根っこを捕まえていた。
「何で──?」
誰もが唖然としていたが、不審な点がないでもなかった。
「初日から喋らず、ただ笑っている。何かをじーっと眺めていたり、鍬を持ち出したり」
えっ!? と声が上がる。
「傷ついてない筈がなかったんだな‥‥」
親が目の前で殺されてから、泣かずにいて心の傷は癒せまい。暴れもせずダラリとしている少年の体をそのまま下ろす。
「心の病、か」
何気に呟いた緑太郎の前から少年が消失した。
「んじゃー、俺はこの少年もらってくとすっか」
あの簪職人だった。にっかり笑ってそのまま猫の子のように首を捕まえて歩いて行く。
──おいおいおいおいっ。
「待ちなさい、そのまま猫の子掴みで連れて行く気ですかっ!?」
佳澄がズレた言葉を投げかけた。
「大丈夫だよ、コイツをちゃんと『教育』してやっから」
教育の二文字が『調教』に聞こえたような気がする冒険者数名。
「心配ならまた来いよ。俺は客を選ぶ簪名人の仁、笛吹くなり何なりいつでも来いや」
●冒険者
「これだけの短期間でありがとうございました」
長老が深々と頭を下げた。あれだけの人数を一時的に住まわせるために、長老がなけなしの金で借家を借りていたのだ。冒険者の報酬代もあったし、五日が限度だった。
「では、これは報酬金です。お受け取り下さいませ」
狛は黙って差し出されたお金を見つめた。自分が何が出来るのか。ずっと考えていた。
「あの、これ‥‥子供達のために遣ってもらえないかしら」
ぐ、とお金を押し止めて。自分の懐にも手を伸ばす。
「それと、このお金‥‥あたしの全財産。村の復興に使ってほしいの」
『ぜっ、全財産‥‥』
くらりと沙羅が目を回している。仲間達も狛の思い切った台詞に驚いていた。
「あ、気にしないでね。あたしがやりたいと思っただけなのよ。ただ、本当に」
「もうッ! そんな事だろーと思ったわよッ!」
突如として割り込んだ子供の声。茜だった。
「あ、茜、ちゃん?」
「ほらっ、さっさと受け取って! はい、このお金も片付ける!」
「あ、あの」
強気な態度に押されて言葉を詰まらせると、狛の手を握ったままの茜がふと笑い出す。
「ぶ‥‥ふふっ」
「あ、茜ちゃん?」
「うん、多分何かやりそーだなって戻ってきたんだけど。やーっぱやったわねって」
五日間過ごして性格を読まれてしまったのだろうか。狛はちょっと頬を赤くした。
「あのね、狛さん」
初めて名を呼ばれた。
「大人の中にも信じるに足る人がいるって教えてくれたのは狛さんなのよね。だからいい人が狛さんってのはわかってるんだけど」
「?」
「いい人が損をする、なんて好きな人は黙って見てられると思う?」
「え?」
好きな、人?
ぽかんとした狛の身長に合わせるように、軽く背を伸ばした。
ちゅっ。
頬に軽いキス。動転してすっかり赤くなってしまった狛に、えへへと笑って見せた。
「あたしに家族をくれてありがと。依頼受けてくれたのが狛さんじゃなかったら‥‥もし親が出来ても、信じられなかったかも」
じゃね、と駆け足で去って行く。彼女の戻る先には、穏やかに見守る男女二人。思わず呆然と見守ってしまい、慌てて声をかけた。
「何か困ったことがあったら八幡町に訪ねてきなさい、力に成ってあげるから!」
元気よく手を振り返す茜が遠ざかっていく。
「‥‥本当に良かった」
紫由莉の言葉に、冒険者全員が頷いた。
自分達は、あの十人の子供達に──温かいと思える居場所を提供する事が出来たのだ。