先生、あたしの声を聞いて?

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月19日〜05月24日

リプレイ公開日:2005年05月27日

●オープニング

「不倫!?」
 ギルド員は思わず大きな声を上げそうになり、依頼に訪れた人物に慌てて口を塞がれた。
「‥‥誰も聞いてはいないな」
 依頼人は部屋中に視線を飛ばし、確認する。
 ──聞かれてはマズイ事だから。
「うーっ、うーっ!」
 ギルド員が酸欠状態に陥った後、ようやく手を離した。
「げほっ、ごほっ‥‥つ、つまりアナタは結婚してらっしゃるんですね?」
 こくりと頷く依頼人。腰にさしていた刀が動いた拍子に腿にぶつかった。依頼人は舌打ちし、壁に立てかける。
「そう。私は結婚している。だから不倫なのだ」
 深刻に語る依頼人に合わせ、ギルド員は声を潜めた。
「‥‥で、ではそのお相手の気持ちを鎮める仲介者を雇いたいと?」
「そう。相手はまだ若い。幼いのだ。いくら愛しく思ったとしても、安易に応えてはならなかった‥‥」
 悲痛に顔を歪める依頼人の苦しみに同情し、ギルド員は身を乗り出す。
「分かりました、依頼書を張り出しましょう。──で、お相手の方はどんな?」
「ああ、わかってくれたか──ありがとう。年の頃は十六、鈴を転がしたような可愛い声の『女の子』だ」
「────は?」
 ギルド員の目は思いきり点になった。
「だから、可愛い『女の子』だ」
 不満げに繰り返す依頼人を前に、ギルド員は息をするのも忘れた。
「す、すみません‥‥あの、私には目の前のアナタが『女性』に見えるのですけど?」
「それが何だ?」
 目の前の『男装の麗人』は悪びれなかった。


 依頼人は結婚してて不倫しててその不倫相手は可愛い女の子。これってどういう事??


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登場人物紹介
依頼人・涼香(すずか)‥‥夫と共に剣の師範代として活躍。若いながら周囲の信頼を得ており、男装の麗人。二十二。
不倫相手・お鈴(りん)‥‥武家の娘。親に言われて嫌々道場に通い始めたが、優しく厳しい涼香にフォーリンラブ。もう彼女以外見えない。十六。
依頼人の夫・惣之助‥‥不倫の事実を知らない、まさか女が女に惚れるとは思っていない昔気質の男。二十六。
道場・近所の人間‥‥実は不倫関係は周知の事実。お鈴が露骨なのと、涼香が嘘をつけない性質なのでバレた。しかしあまりにも二人がお似合いに見えるので、誰も不倫を咎めない。

●今回の参加者

 ea4138 グリューネ・リーネスフィール(30歳・♀・神聖騎士・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8703 霧島 小夜(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb0601 カヤ・ツヴァイナァーツ(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0855 光翼 詩杏(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1048 グレン・ハウンドファング(29歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1796 白神 葉月(39歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1825 水神 観月(37歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

逢莉笛 舞(ea6780

●リプレイ本文

●絶賛不倫中
「はー女の人が女の人と‥‥世の中不思議な事があるもんやねぇ」
「まあ、恋愛人それぞれだからね〜。あながち悪い訳でもないよね」
 白神葉月(eb1796)がおっとりと茶を啜りつつコメントする。傍らの光翼詩杏(eb0855)も出された茶菓子をつまみながら頷いた。双方視線は一定方向に向いたまま。
「うちかて観月さんの事好きやしねぇ」
「‥‥葉月殿。ここでその台詞は誤解されそうなので止めて下さい」
 同じく視線を釘付けにされたまま、水神観月(eb1825)が困っている。カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)がやっぱり同じ方向を見ながら『あはは』と笑い飛ばした。教義に違反しているものの、ジャパンに入ってはジャパンに従え、聖書と十字架を手にするグレン・ハウンドファング(eb1048)も特に咎めるつもりはないらしい。‥‥冒険者八名、『その光景』を目の当たりにしながら茶菓子をつまむ。
「先生、今日のお夕飯は何にしましょうか?」
 お鈴が鈴を転がしたような可愛らしい声で尋ねる。
「ふっ、お鈴の作るものは全て美味いからな‥‥何でもいい」
「いやだ、先生ったら」
 きゃっ。
 頬を染めて照れる十五歳の少女は大変愛らしい。愛らしいが、今回自分達が呼ばれたのは確かこの二人を別れさせる依頼だった筈である。
 依頼人を訪ねて茶菓子を出してもらって、その上門下生としてお邪魔出来る事になって物凄ーくラッキーだったのだが。まさかイキナリ視界外に追い出される破目になるとは思ってもみなかった。ずず、と葉月が茶を啜る。
「もうとっくに深みに嵌ってる気がするのは気のせいかなー?」
 本人達を目の前にしてのレベッカ・オルガノン(eb0451)の声も届いていないらしい。グリューネ・リーネスフィール(ea4138)は何もない部屋の隅を見つめた。
「このまま放っておくのが一番平和な様な気がするのですが‥‥」
 神聖騎士、神に誓ってそう思う。

●覚悟を決めろ
「別れる気はあるんだろうな?」
 霧島小夜(ea8703)が確認を取ると、涼香は軽く目を瞠った。
「もちろんだ。そのつもりであなた方を雇ったのだから」
 門下生として入り込んだからには適度に手合わせを乞わねばならず、小夜は早速依頼内容の確認がてら申し込む。剣は普段使っていないが、殺気を見極めるのは容易い。激しく竹刀を打ち合わせる間にも言葉を投げかける。
「そのわりには随分とお鈴に優しくしていたようだが」
「覚えはない」
 息も大して乱さず打ち付けあう二人をレベッカが感心して見ている。観月もそのタフさに呆れている。‥‥もうどのくらいの時間やっているというのか。
 休憩にしましょう、とお鈴が声をかけた。その声を聞き、何気に己の個人的見解を述べる小夜。
「‥‥涼香の気持ちが良く分かる、うん」
 ぼそっ、と呟いた台詞に気を取られ、涼香は初めて竹刀を落とされた。

「涼香さんって本当にお鈴ちゃんの声に弱いんだねー」
 ツヴァイは笑っているが、冒険者一同、とてもじゃないが笑えない。
 あれっほど、
 『本当に別れたいならまず貴女が確りしないと』とレベッカが言っても。
 『子供ができひんかったら、跡取りがおらんのやから自然と家は潰れてしまいますえ』と葉月が睨めつけても。
 『今回の依頼は何よりもまず涼香さんがその態度を改めなければ成功はありえません』と観月が断言しきっていても。
「先生っ」
 と一声かけられると、いつの間にやらなし崩し的に二人の世界を築き上げているのだ。このままでは依頼不履行とまでギルド員に言われてしまうかもしれない。
 グレンはついに伝家の宝刀を抜く事にした。
「貴女がお鈴さんに冷たく当たれば、彼女を説得するのは容易くなります。出来ないと仰る貴女のために、もうすぐ神が贈り物を下さいますよ」
 ツヴァイが意を解し、さっと何かを取り出す。思わず引きつる涼香。次にお鈴に応えるようであれば問答無用、サイコキネシスで『それ』が飛んでくる予定。

 詩杏が『夜の営みを鈴さんに覗かせてショックを受けさせてはどうか』などと強烈な意見を出す中、レベッカの元に協力者の情報が寄せられた。お鈴を理解するために何かヒントになる事はないかと、協力者に情報収集に走ってもらったのだ。
「先生が初恋?」
 レベッカが占術用のカードをひらひらさせながら聞いている。夕飯後涼香とお鈴の相性を調べていたのだが、こちらにも面白い結果が出ていた。
「初恋か。良心が痛まないでもないが‥‥とりあえず涼香も別れる気でいる内に、別れ話をさせるか。フォローは私が何とかしよう」
 小夜の台詞に仲間が頷いた。

●別れは突然に
「えっ‥‥」
 レベッカの言葉にお鈴は絶句した。言い難そうに、レベッカが口ごもる。
「その、とっても言い難いんだけど、ね。占いで涼香さんとの仲が最悪って出ちゃったの。真の愛は他にあるって。もう少ししたらその人に会えるって出たんだよ」
「そんな‥‥でも、たかが占い‥‥」
「レベッカさんは、ある有名な霊能者さんの御付の予言者なんだよ」
 ツヴァイが『たかが占い』ではない事を念押しする。視線を泳がせるお鈴に神妙に冒険者は頷いた。
「離れろっていうんですか!?」
 助けを求めるような声に、涼香が悲しい顔をする。既に伝家の宝刀、耳栓は詰められているが、微かに聞こえるのは否めない。我慢するようツヴァイが正面から睨みつける。
 否定して、と訴えるような声は大方耳栓で遮られている。

「先生‥‥先生!」
 冒険者数名に囲まれている涼香はお鈴の声に返事をする事はない。二人の事情を知っていた門下生達も、何だ何だと見守る中、結局この日も泣きそうなお鈴の声に返事がされる事はなかった。

「失礼しても構いませんか」
「グリューネ殿か‥‥こんな夜更けにどうなさったんだ」
 惣之助を寝室に残し、蝋燭一本の灯の中、一人居間で考え事をしていた涼香は顔を上げる。
「少しお聞きしたい事が。‥‥旦那殿とお鈴殿、どっちを好きでらっしゃるんですか?」
 持参した酒瓶で杯を満たす。グリューネも自ら杯を煽った。
「お鈴さんの事をとても気に掛けてらっしゃるようなので」
「だが、たった十五の娘にこんな不倫をさせておく事は出来ない。‥‥夫は父の代から恩のある人の息子なんだ。そう簡単に離婚もさせてもらえないしな」
 自嘲気味に笑う。今の響きでは旦那を捨ててもお鈴を取りたいと聞こえたのは気のせいか。
「仕方ないさ。あの子に不倫はさせられない‥‥」
 いえむしろ女性同士が問題なのではと思ったが、グリューネはそれについては言及しなかった。むしろ気になるのは。
「‥‥後悔しませんか?」
 急ピッチで煽っている涼香の手が、ぴたりと止まった。

●サヨナラ、初恋
 お鈴の目の前に現れた男は、始めクレリックな衣装で剣の道場にやって来た一風変わった男であった。しかし今ではそれが目的ではないという。
「殺して差し上げましょう」
 自らを暗殺者だと名乗るグレンの真意は分からない。泣いて真っ赤になった目がきょとんと男を見上げた。派手な顔が形ばかりの笑顔を作る。
「‥‥先生の旦那様を? そんな事」
「何故? 邪魔なのでしょう?」
「‥‥不倫でも良かったのに」
 丸々自分のものではないのは辛いものがあったが、一緒にいられるだけで、自分の声に頷いてくれるだけで幸せだったのに。
 グレンは自分の計画に乗ってくる事のない小さな頭を、上から見つめていた。──試練を与える神の僕として。

「‥‥それ、もう決めた事どすか?」
 葉月は呼び出された道場の入口で急須を持って立っている。丁度おかわりを入れるところだったのだ。
「先生が嫌なら、もう来ない」
 きゅ、と俯いた下で唇を噛んでいるのが分かる。竹刀を持った観月も手拭いを差し出した。
「『特別なたった一人』にはなれなくても、涼香さんは貴女のことを愛していますよ」
 嫌われてるとは思って欲しくなかった。が、引き離すならいっそ嫌いと言ってもらった方が楽なのかもしれない。あの暗殺者を名乗った黒服の男にもどす黒い依頼をしてしまいそうなのが怖かった。
 ──だから、離れる。嫌われたくて一緒にいたいわけじゃないから。
「平気?」
 ぽんぽん、と詩杏に頭を撫でられた。平気だ、けど今は道場の中は見れないかもしれない。
「じゃあっ」
 泣きそうな気持ちを抑えて、道場から離れて行く。小夜は涼香を押し留め、自ら道着姿のまま街へ飛び出した。

「‥‥ちゃんと別れたもん」
 背後に近づいてきた気配に、路地裏に逃げたお鈴が呟く。ふっと翳が差したかと思うと、小夜に抱きすくめられていた。
「お前の気持ち、痛いほどに分かる。だからその心、私に預けてはくれないか? その鈴のような声‥‥私は好きだぞ?」
 どさり、と背後で荷物が落ちる音がした。

「えーっと」
「とりあえずは依頼解決だよね」
 小夜と一緒に追い駆けてきていたレベッカとツヴァイが二人して道場に戻りつつ、『あはは』と笑う。そう、深く考えてはいけない。とりあえず依頼人の涼香と不倫相手のお鈴を別れさせる事が出来たのだし‥‥修羅場になる事はなかったのだから。
 しかし。
「あの二人、放っておいて良かったのかな‥‥?」
「‥‥」
 路地裏でお鈴の耳に囁く小夜は、お鈴のものよりもずっと──中毒性のありそうな、甘い甘〜い声で囁いていたのだ。