結婚前に戻りたい−体編−

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月30日〜06月04日

リプレイ公開日:2005年06月07日

●オープニング

「子供って残酷ですよね‥‥」
 ふっ。と、哀愁漂う横顔で、その主婦は告げた。

 京都冒険者ギルド員、人生初めての最大の危機。おばさ‥‥もとい、女心はわからない。
「その、それで依頼って‥‥?」
 多勢に無勢。そんな言葉が過ぎるが、依頼人は敵ではない。ギルド員は総勢40名で訪れた依頼人に、唇が引きつるのを感じた。
「五日間のダイエット教室を開きたいと思いまして」
「はぁ‥‥はぁっ!?」
 意味がわからない。しかしおばさ‥‥もとい、女性達は物憂げな表情のまま、それぞれの気になる箇所にそっと触れた。
 腹、腕、足、そして‥‥顔。
「好きでこうなったわけじゃないわ‥‥」
 ぼそり、と。暗ぁい顔で、暗ぁい声で呟くその言葉に、ギルド員は『ひっ』と息を呑んだ。
「結婚前はこんなものなかったのに‥‥」
 何列か後ろの方でも憎しみに満ちた声が上がる。実際おばさ‥‥女性陣は、憎んでいるのだ。

 己の肉を。

「いや、でもそんな冒険者に依頼してまで無理に痩せなくても‥‥」
 ギルド員は未婚だった。
「あんた、子供に『お母さん、何ヶ月?』って言われてご覧なさいよ!」
「近所の子供にまで『おばちゃん、何でお腹割れてるの?』って言われてご覧なさいよ!」
「夫に『白くて大根みたいだな』って鼻で笑われてご覧なさいよ!」
「嫁に『よかったぁ、私と大分サイズが違うからプレゼントしても合うか分からなかったんです』なんて言われてみなさいよ!」
「姑に『こんな筈じゃなかった』なんて言われてみなさいよ!」
「ひ、ひいいいごめんなさいっ」
 ギルド員は初めて職場で泣いた。
「‥‥つまり、そういうわけよ」

 ──ダイエット体験教室の教師、求む。


=====
登場人物
・痩せたい主婦40名‥‥五日間のダイエットで痩せたい、痩せ方を伝授して欲しいと依頼してきました。
依頼
・ズバリタイトルそのまんま、『私の体型、結婚前に戻して!』です。

●今回の参加者

 ea8878 レイン・フィルファニア(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0094 大宗院 沙羅(15歳・♀・侍・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0103 淋 羅(23歳・♀・僧兵・エルフ・華仙教大国)
 eb1759 イリス・ブラックマン(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1861 久世 沙紅良(29歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2136 楪杷 瀞(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2508 ブルー・サヴァン(18歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2517 峰谷 八里(28歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)

●リプレイ本文

●対面、教師と生徒
「青クンって呼んでね♪」
「御婦人方、私の事はどうか『沙久良』と呼んではくれまいか」
 にこーっと笑うブルー・サヴァン(eb2508)と、根っからのフェミニスト、久世沙紅良(eb1861)が艶やかに微笑む。一気におばちゃん達は沸いた。
「おばさんは子供と男に弱いから‥‥」
 人込に埋もれた仲間を見守るレイン・フィルファニア(ea8878)。助ける気ゼロ。イリス・ブラックマン(eb1759)もやはり助ける気なく、『やっぱりどこの国でもオバチャンは清々しいくらいに元気だね〜♪』などと呑気に笑っている。

「まず私達がそれぞれに方法を提示しますので、気に入ったものを選んで参加して下さいね」
 峰谷八里(eb2517)がそろそろ収拾の付かなくなった騒ぎを収めるべく提案する。おばさんは青クンを抱き締め、沙久良に握手しながら視線だけ寄越す。いよいよダイエット教室が始まるのだ。
「森林の中を散歩なんてどうかな?」
 もみくちゃにされながら青クンが提案すれば、『いいわねぇ〜』っと声が上がる。
「私は食事の採り方について、初歩的な指導をします」
 楪杷瀞(eb2136)の提案も至極真っ当だったので、『いいわねぇ〜』っと声が上がった。
「あんたら、主婦なんやろ。なら、主婦の務めをまっとうすれば太らんはずや。太るって云う事は、怠けている証拠やで。うちがびしばし鍛えてやるさかい、覚悟せいや」
 大宗院沙羅(eb0094)の不敵な笑みには──思い切り、後退した。

●叫べ! 喚け! ダイエット教室!
「無傷で五日間が終わりますようにーーッッ!!」
 にーっ、にーっ、にーっ。
 川がその謎の切羽詰った叫びを受け止めきれず、水面に漣が立つ。水鳥は慌てたように飛び立った。
 『ストレス発散ついでに痩せましょうぞ作戦! In京都☆』と題したレインのダイエット教室は、ズバリ川でストレス解消に叫ぶ事。手本よろしく先陣をきったのはレインなのだが、そこはそれ、怒りを買わないようゲルマン語で叫んだ。
「っとまぁ、こんなもんね」
 スッキリした顔でレインが振り返る。おばさん達は目を輝かせた。
「そういう事ならいっぱいあるわ‥‥! えーっと、あんな男と結婚するんじゃなかったー!!」
 ‥‥え。
「よおっし、私も! あんな姑いつか捨ててやるーっ!!」
「本当はもっと出来のいい子供が欲しかったー!!」
「向かいの婆、いっつも人んちの調味料アテにしやがってー!!」
「この腹の肉で一ヶ月は食えるー!!」
 おばさん達にはおばさん達の苦悩があるようだ。

「家事の一つもできないもんが母親としてやっていけると思っておるんかい」
 一方、家の中でダイエットに励むメンバーは。外見年齢十歳の沙羅に思い切りしごかれていた。
「ほら、そこ。何で目に見えとる埃を無視すんねん」
 ──姑並みの洞察力。
 おばさん達は久しぶりに結婚直後の苦痛を味わった。
「沙羅、依頼人なんだから、あまり無理させちゃだめよ」
 依頼を受けた冒険者で、一際目立つプロポーションを誇っている淋羅(eb0103)が少女を諌める。不思議そうな顔を受けて、
「名字が違いますが、私の娘ですよ」
 なんて言うもんだから、一層騒ぎが増した。何故なら。
「ええっ、信じられない、その胸本当に子供産んだの!? 萎まなかったの!?」
「妊娠線は!? ないのっ!?」
「うっ、羨ましいぃ〜っ」
 妊娠が女性の体に与える影響は大きいらしい。
「‥‥いったい、普段だれが家事をしてると思うてんねん」
 騒ぎを蚊帳の外で見ている沙羅は、溜め息をつく。

「気持ちよく汗をかけば、体も健康になりますし、気分も朗らかになります」
 八里が野山の散策ついでにあちこちに群生する花や草を紹介する。
「これも薬草になるんですよ。煎じて飲めば、自然の力が体の内の停滞した毒の気を、良い気の流れに変えてくれます」
「薬草料理もダイエットにいいんだよ」
 青クンも同行していて──何故か二人は依頼人のおばさん達に手を繋がれている。
「あの、別に手を引いて頂かなくとも」
「だぁめっ! 青クンも八里ちゃんもまだちっちゃいんだから! 一人で行動しないの!」
「‥‥‥‥」
 八里は自分が十八歳だとは何となく言えずにいて、青クンも既に十五だとは言えなかった。パラの八里と童顔の青クン、まさかとは思うが‥‥。
「ほらほらっ、チョウチョよ、可愛いわねぇ」
 ──確実に子供だと思われている。
「‥‥あら? 何か聞こえない?」
 二人の手を握っていたおばさん達が顔を上げた。何やら楽しげな歌声が聞こえてきたような。
「あの頃の私〜♪ 町を歩けば〜♪ 私の姿に〜♪ 男は釘付け〜♪ ラララ〜♪ 戻ってみせるわ〜♪ 私は魅惑の華〜♪ 美しさは罪〜♪ ラララ〜♪」
「──何、あれ」
 ざっざっざっざっざ。
 着物をたくし上げたおばさん達が、野山を走り回っている。しかも妙な歌付き。それを見た冒険者二人は絶句する。
「はいはい〜♪ 自分のペースで走ってね〜。周りの景色も見て、楽しんでね〜♪ にゃはは〜♪」
 その中心にいるのは、イリス──同じ依頼仲間だった。

「つ、疲れた‥‥」
 何故かイリス達運動組の面々と、野山を散策していた八里・青クンは合流して帰途についていた。しかしこの台詞は運動組のものでなかったりする。
「にゃ? そっちは歩いてたんだよね? どうして疲れてるの〜?」
「‥‥」
 イリスに自覚はなかった。
「ただ今戻りました」
 八里達が食事改善組と舞指導組がいる家へと入って行こうとすると、台所で使っていた筈の包丁を持って佇む瀞がいた。
「どうかされたんですか?」
 襖を開けて中をじーっと見ていた瀞が中を示す。
「舞は、その視線、指先と身体の隅々にまで神経を研ぎ澄ませる事が必要だ。簡単なようで意外と重労働なのだよ」
 どうやら舞の稽古中らしい。沙久良が動きを導くように主婦の指に触れた。足元はまだぎこちない。
「‥‥そう、そこはこの手をしなやかに、ね」
 耳元に囁きかけられた若奥さんは真っ赤になって頷く。何だかイケナイものを見てしまった気がするのは気のせいだろうか?
「舞を会得する事が出来れば、痩せるのみならず日常の仕草も自然と美しくなるものさ。美しい仕草は人を美しく見せる。きっとキミ達の御主人も惚れ直すに違いない」
 沙久良の講義におばさん達は手を胸の前で組ませ、うっとりと聞き入っていた。瞳は沙久良に釘付け。
「まぁ‥‥ふふ、それはそれで妬けるけどね」
 旦那にはないその優しさと流し目に、おばさん達は家族の存在を危うく忘れそうになった。あちこちで『沙久良様ぁ!』と声が上がる。
 すーっ、パタン。瀞が黙って襖を閉めた。
「別の意味で家族に向き合えなくなる方が増えそうですね」
 瀞、人間観察の末に辿り着いた結論。

●本気出せ
「そっちどうだった?」
 夕飯の講義まで一旦休み時間とし、冒険者達が今後の予定を相談する。レインの質問にもイリスは胸を張って頷いた。
「バッチリ運動したよ〜、お腹の底から掛け声も出したし!」
「そう。ん、二人共どうしたの?」
 イリスの言葉に青クンと八里が頭を抱えていた。現在彼女達の脳裏にはあの謎の歌が頭に流れている。
「まぁ座るといいよ。キミもお疲れだろう?」
 おばさん達をイチコロにした沙久羅の微笑がレインに向けられたが、今日丸一日主婦のギリギリの欲望を聞いたレインは素通りした。ぐったりと畳に倒れ伏す。
「まさかあんな事も聞かされるとはねぇ〜‥‥沙羅は?」
「うちもバッチリや。ふふん、掃除のいろはから教えたったで」
 何をどう教えたものか、横で母親の淋羅が頬に手を当て溜息をついている。恐らくスパルタだったのだろう。
「舞の方も上手くいったよ。御婦人方もすっかり喜んでくれたようだ」
 ふふっと沙久良は笑ったが、他の人間は視線を逸らした。‥‥多分、あのおばさん達の頭からはダイエットは抜けきっている。きっと。絶対。
「さて、そろそろ次の講義に参りましょうか。皆さんは運動や舞、ストレス発散法を教えられたようなので、毎日の食事の改善や間食についてなど‥‥かん、しょく」
 瀞が何気に開けた襖の前で固まった。先ほどまで花が咲いていたおばさん達の口も止まる。ついでに後からやって来た冒険者の表情も固まった。
「‥‥どこの世界にダイエット中に間食する人間がおるんや」
 低い低い声で沙羅が唸る。ずさっと何人かが後ずさった。
「やっぱり、私は、格好よりも、しっかり信念を持ってる人が素敵だとおもうのよねぇ」
 淋羅の声がシーンと静まった部屋に響く。レインがどこから持ち出したのか、鉄鞭を打った。
 ぴしーん。
「『家族をビックリさせるくらい綺麗になろうね〜』って約束したのにぃ!」
 イリスが怒った。
「そりゃ僕もお腹が減ったら我慢せずに食べること、って言ったよ? でもホラ、僕みたいな体型がいいでしょ!?」
 青クンが懸命に両手を広げて訴えた。けれど、視線は‥‥。
「あれれ、視線が痛いのは気のせいだよね?」
「‥‥大丈夫よ、青クン。いつかは成長するものだから」
 ぽんっと淋羅がその豊満な胸を覗かせつつ肩を叩いた。青クンと同様にダメージを受けている者も数名。
「私としては、少々ふくよかでもほっそりしていても問題ではないのだけれど」
 沙久良がこの場で関係ないコメントを寄せ、八里が眉間を押さえた。頭痛い。
「と、とにかく間食はやめて夕飯にしましょう、瀞さんが詳しい方法をご指導下さるそうですから‥‥っ?」
 八里の前でレインの鉄鞭がしなった。沙羅が両手を解しながら進み出る。イリスが全開の笑顔に戻っている。
「びぃしびしいくでぇっ!」
「きゃああっ」
 ダイエット教室の本番はこれからだ。

●気持ちが痩せた
「‥‥で?」
 四十人ものご婦人方を前に震え上がったギルド員は、今は目の前で笑う冒険者に震え上がっている。
「で、って?」
「もちろん大成功〜♪ ラララ〜♪」
「成功だよ♪ 一応」
 トボケるレイン(鉄鞭持参)、胸を張るイリス(まだ歌ってる!)、何故か余計な一言を足す青クン。八里は何故か遠い目をしていた。
「え、えーっと? それで痩せる事は出来たんですか?」
「いえ、5日間で結果を出すのは少し難しいと思うのです。ですので、最低でも一ヶ月を目安に食事の採り方について取り組んで頂けるように」
「はぁ、瀞さんが指示をしたと‥‥」
「みんなきっちり約束してくれたわ」
 やはりくっくと沙羅は笑っている。淋羅も苦笑して頷き、八里はやっぱり遠い目をしていた。
「心配性だね。‥‥大丈夫だよ、いつまでも美しくありたいと願うは、女性として当然の願いなのだろうからね」
 そう言う沙久良は大量の連絡先に目を通している。ギルド員はそれに気付いてはいたが──黙って茶を啜った。