私は可愛い可愛い看板娘
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月09日〜06月14日
リプレイ公開日:2005年06月17日
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●オープニング
「えへっ、今なら三割引だよ」
語尾にハートマークが付いちゃうくらい、愛らしい素振りで愛らしい台詞を言うのは、愛らしくないお婆さんだった。
「‥‥‥‥‥‥」
──どうする、オレ。
ギルド員の目が目の前の老婆を確認し、救いを求めるようにダベっている冒険者や他のギルド員を探す。が、背を向けられた。
「‥‥‥‥えっと」
ギルド員の目は目の前の老婆の持ち物を見た。
縮緬の巾着袋。可愛い。
足元を飾る桐下駄。可愛い。
地色は白の金魚をあしらった小袖も可愛い。
しかし、何故だ。
「可愛くない‥‥」
ぽそっと言葉が漏れてしまった。老婆の笑顔にヒビが入る。
「だから店員を寄越せと言いに来たんじゃああっ!!!」
ギルド員は可愛くない老婆に蹴られた。
「小物雑貨、ですか?」
「そうじゃ」
可愛らしい格好のままで老婆はむっつり頷いた。外見年齢八十。口が達者な婆だ。
「息子家族がのんびり温泉旅行に出おってな。店にはわし一人になってもーた。あやつら、よりによって看板娘の小桃まで連れて行きおってっ」
婆の店は小桃の可愛さにつられた男どもと、小桃と同世代の女の子客でもっている。
「客が客だからな、十五の小娘の真似などしてみたが」
「はぁ‥‥それで、そんな格好を」
正直言って似合わなかった。
「むかっ。だから店員を寄越せちゅーとるんじゃ! 五日間だけ、一時的に可愛らしい小桃のような娘っ子を!」
「‥‥失礼ですが。そこまで条件を揃えられても男が依頼に入ってくる可能性もありますよ」
ギルド員は正直だった。
「ハッ」
婆は笑う。
「じゃったら無理やり女にするまでじゃ」
怖い。
「五日後の冒険者の評判なんぞ知った事か」
婆、冒険者の評判を地に落とす気か。
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登場人物
・老婆‥‥小物雑貨経営。女の子向けの袋や小銭入れ、風呂敷や髪飾り、帯紐などを売っている。もちろん看板娘は孫。
・小桃‥‥十五の元気で可愛らしい看板娘。店の評判は彼女のおかげでもっている。来店する客の中には彼女目当て客、同世代の女の子達がやって来る。が、骨休みと称し家族と共に温泉旅行へ。不在。
●リプレイ本文
●愛らしさで勝負! 小物雑貨看板娘
「ほほう‥‥ほうほうほう、可愛らしいのぅ」
依頼人の全く可愛くない婆が孫を見るように目を細めている。目の前には、輝かんばかりの笑顔の少女。
「精一杯がんばってみるの。よろしくね☆」
「お店のお手伝いは初めてだけど、頑張るよー♪」
リゼル・メイアー(ea0380)と風月明日菜(ea8212)、ファンシーな小道具を持たせたらとても似合いそうな二人だ。年齢もドンぴしゃり。婆は内心ギルド員を褒めた。
「酷いよ、姉さん‥‥」
そして店構えを確認し、目の端に涙を浮かべた少年が一人。佐々宮狛(ea3592)、れっきとした少年。姉に蹴飛ばされるように依頼に参加した。
本人は泣いているが、十三という年齢が肌ツヤと性別を150%誤魔化している。イケる、と婆は思った。
問題は、彼だ。
キク・アイレポーク(eb1537)、看板娘用の前掛けを手に、何やら呟いている。
「試練。これもまた試練だ。‥‥いや、試練よ」
身長185cm、年齢二十八。性別はもちろん男。
「こ、これを着るんですね」
藍月花(ea8904)は道着と比べ物にならない程愛らしい衣服を前に引きつった。彼女もまた十代を脱した大人女性。ギルドではただの小物雑貨販売員と聞いてのに。のに。
「可愛いじゃない?」
月花と正反対に、フリフリのリボンがついた前掛けを手に顔を綻ばす女性。琴宮葉月(eb1559)、既婚。
「ちょっと当てて‥‥うん♪ まだまだ私も十分♪」
明日菜が来ているような橙色の可愛らしい染色に、小花をちりばめた着物。童顔さも相まって、違和感がない。琴宮葉月、子持ち。
「あの〜、小桃さんいるかなぁ?」
十代半ばの少年や少女達が暖簾に手をかけていた。大宗院沙羅(eb0094)の瞳に炎が点る。
「そうや、こないな依頼を待ってたんや」
商売人の血が騒ぎ出す。
●可愛いからってナメないで
「可愛いものってだーいすき♪ こういう物に囲まれた生活っていいよね☆」
「いいよねーッ!」
きゃあ〜っと手提げ袋の棚前で、リゼルが客と一体になって声を上げる。意識せずとも同じ年頃らしさを出せば仲良くなれるもの。ジャパン出身でない事も話の糸口となり、気付けばお客さんにどんな使い方が一般的なのか教えてもらっている。
もちろん、店内にはいつもはいない小桃に贈り物をするべく潜り込んでいる少年もいたりして。彼等には鷹見沢桐(eb1484)がついていた。
「な、なぁアンタなら女の子にどっち選ぶ? 赤か? 青か? それとも」
「私も一応女なんだが。まぁいい。ふむ、私であればこの赤い方が‥‥いや青も捨てがたいな。とは言え黄色も‥‥」
「‥‥どっちなんだよ。ああっ、でもこんなの贈って喜んでもらえるかなぁ!」
「自信を持てばいい。これだけの想いがこもった品、喜ばぬ筈がなかろうよ」
「そ、そうか?」
どうやらそのぶっきらぼうな口調に親近感を覚えられ、相談を持ちかけられているらしい。京染めの振袖が少し落ち着いたように見せているからか。はたまた生真面目に答えようとする彼女の人柄か。
しかし商売はシビア。そうそう上手くいくばかりが看板娘の仕事ではない。可愛いからこその問題も付き纏う。
「なぁなぁなぁっ」
「‥‥ええと」
ツインテールにした月花が視線を逸らす。可愛く、可愛く。しかしこういう場合はどう対応すれば良いのだろうか?
「客の相手すんのが店員の仕事だろっ? なら俺達に付き合えよ、従業員なら十分じゃん。楽しい所知ってるからさ」
「うふふ、困ったわねぇ。まだお仕事中なのよ」
やんわりかわそうとする葉月、本当はさんじゅっ‥‥げほこほ。
「なら仕事中断! ほら、みんなでさ」
「ひっ」
さりげに回された手に飛び上がる狛。姉さん僕頑張ります! けど!
「アンタらいい加減にしたらどうなん? 商売の邪魔や!」
買う者以外は容赦なし、商魂燃やした沙良が帯紐を手に振り返る。いや、睨んでる。
「ガキには用はないっての! なぁ、お姉さん、どう?」
──馬鹿かコイツ!
店内の看板娘ズが全員シンクロした。よりによって机の前に座っているその女を口説こうなどと!
「それは、私を口説いてらっしゃるのかしら──?」
金色の頭が揺れ、簪に付けた鈴がちりんと鳴った。それは黒の使徒が密かにカウントダウンを数え始めた証。
「そうそう、お姉さんっ♪ 行こって、俺もう親父の試練に疲れちゃってさ! あ、試練って勉強の事なんだけど」
カウントは終わった。
す、と少年を見下ろす体が立ち上がる。形ばかりの微笑みが消えていた。
「試練を乗り越える事こそ人の一生。そしてそれを逃れようとする奴には‥‥」
目を白黒させる少年を見下ろした。
「本当の試練を教えないと、ね」
無表情な美女が少年の襟首をひっ掴んだ。
聖書と鬼面を手に戻って来たキクは、随分繁盛している店内に一瞬足を止めて見入った。
明るく笑う明日菜の声と、たまに女の子同士でハモるリゼルの声。葉月は顔を赤らめた十代の少年とニコニコ会話し、桐は男性陣の中心で頼られている。月花は何故か店前で棚相手に大工道具を振り下ろしていた。
そして。
「あっ、あの、困りますっ」
「どうして? 君みたいな可愛い子にプレゼントしたいんだけどな〜」
店で買ったと思われる品を手ににじり寄られていた。背後を通り過ぎざま、ぽつりと囁く。
「‥‥試練。これもきっと神のお導きよ‥‥」
──こんな導き、いらない!
狛は押し付けられた飾り櫛を手に困った。
「‥‥凄いのぅ」
婆は生まれて初めて看板娘を前に唸った。目の前には、快活に笑う沙羅。場所は街道ど真ん中。
「そこの姐さん、彼に好かれたいならこれなんて似合うで!」
店から持ち出した幾つかの品を手に、通行人を口説いている。
「ええー‥‥?」
困る女性にも、止まった人間は脈有りとどんどん押していく。
「うんっ、これなら彼もイチコロやで」
「そ、そぉ? ちょっと可愛らしすぎるような‥‥」
「あかんあかん! 女は可愛いしてなんぼやで! ほら、この簪付けてみ? よう似合うとるやん!」
えーと言いつつかなり嬉しげ。押し方が上手い。
「ほんじゃ店行こか! 店の方が品揃ええねん。それにうちが着付けしたるで。これでもうちは、呉服屋やってるねんから」
見事言いくるめ、女性の友人も含め店に戻った。婆、影で握り拳。
「冒険者っちゅうのは聞いとったが、あの子は正に商売人。こーどねーむは商人ぢゃ‥‥!!」
かなり本気で雇おうかと思った。
「きゃあっ、私の巾着が!」
月花はその可愛らしい悲鳴に驚いて棚から顔を上げた。本日まだ修理三つ目。
「あっ、あたしのお財布!」
もちろんここで買った刺繍可愛い財布が、二人の男の手にあった。混雑してきた店内で、可愛いものを目にして浮かれている少女達を狙った悪質な犯行。桐が目を剥いた。
──いつの間に!
「だあ!」
さすが冒険者、手近にいた盗人は沙羅が転がした後両手でどきつ回した。客でない上金を払おうとしない盗人は自分が許すまじ。
「あっ、一人逃げちゃったよ!」
目ざとく犯人の行動を見て取ったリゼルが店の外を指差す。
「待ちなさい!」
ツインテールが揺れる月花がいつもの服のまま駆け出しそうになり、慌てて着物の裾を押さえた。着物で無理に走るとうっかり腿まで捲れあがってしまう。
狛が後を追い駆けようと身を乗り出す。
「お婆さん、ぼ、いえ私が必ず‥‥ってうわあキクさん!」
「あらー」
と一言葉月が口にした間の事であった。今まで立とうとはしなかったキクが、力の加減なしで神聖魔法をぶちかましたのだ。もちろん対象は逃げる盗人。
ギャーと人間の絹を裂くような悲鳴が近所中に響き渡り、仲間の視線を受け止めたキクがふっと微笑んで見せた。
「不正は許せないわよね」
やり過ぎだけどな、と仲間は思った。
●可愛いだけじゃいられない
「久しぶりに金儲け出来たわ」
パチパチと算盤を弾いていた沙良がその額に満足する。五日にしては上出来、さすがコードネームは商人。
「あれー? 何だかお客さんが遠いねー♪」
あはは何でだろー? と明日菜が笑っている。近所の人間がキクを遠巻きに眺めていた。先ほどまで店内にいた客も一歩二歩離れていく。
「む、そういえば盗人は外で捕まえたのだったか」
桐が何故か日本刀を手にして呟く。なるほどー♪ と明日菜が頷いた。
──や、やっぱりちょっとやり過ぎだったんじゃ‥‥。
ちら、と未だ可愛らしい衣装を着た狛が、身長の高いキクを見上げる。何を考えているのかやはり無表情だった。でも美人。
「試練。これも試練よ。頑張るの、キク」
女言葉がどんどん板についてきたキクだった。
「さってじゃあ修理続きしますね」
四つ目の棚に手をかけた月花がニッコリ婆に言う。リゼルは店内の女の子達に再び声を掛け始めている。
「この衣装、もう着れないのよねぇ。思い出に持って帰っちゃダメかしら?」
葉月はフリルの前掛けをとても気に入ったようだ。
「ふ‥‥随分面白い看板娘もいたもんじゃわい」
婆は役人に顔をぶたれている意識不明の窃盗犯を生暖かい目で見つめ、ギルド員に礼を言いに行こうと誓った。