継続監視人

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月28日〜07月03日

リプレイ公開日:2005年07月06日

●オープニング

 ──怖いよ、怖いよ。人気の少なくなった、夜の道。誰かが、ほぅら、後ろから──


 ぽん、と背後から肩を叩かれ、話を聞き入っていたギルド員はぎゃあと悲鳴を上げた。
「ははは、ギルド員さん隙だらけだねー」
 二十歳くらいの青年のイタズラだった。その男は冒険者なのか、依頼書の前に立ち位置を移す。
 依頼人の話途中で悲鳴を上げてしまったギルド員はこほんと咳払いし、視線を戻した。
「失礼しました、どうぞお話を続けて下さい」
「‥‥はい」
 依頼人は若い女であった。

「母と父は気のせいだって言うんです、私が感じた視線も、気配も何もかも‥‥でも、本当なの、信じて!」
 女の名前は時子(ときこ)。ここ一週間ほど付き纏う視線や気配について依頼に来た二十歳の女性だ。
「挙句の果てには診療所に連れて行こうとするし‥‥私、病気なんかじゃないのに!」
 後半の台詞はほとんどヒステリックになっていた。この様子では親が医者をすすめたのも分かる気がする。
「さっきの怪談じみた話は‥‥」
「お祖母ちゃんが脅すの! もし私の感じてる気配が本物だったら、夜道で襲われるよって! 私、もう我慢出来ない!!」
 ついにはわっと泣き出してしまった。相当気を張り詰めていたのだろう、しばらくはそっとしといた方が良さそうだ。
 茶でも淹れるか、と立とうとしてまた先ほどの男が傍に来ているのに気づいた。
「おっと、失礼」
 ぶつかりそうになり、顔を合わすと柔和な笑みを浮かべる。
「そういえば、あそこの娘さん、どうかなさったんですか? 随分泣いてらっしゃるようだが、まさか貴方が泣かせたんですか?」
「ま、まさか!」
 ぶぶぶと首を振る。少し男が軽蔑したような、怒ったような気配を感じたからだ。
「依頼の事で泣いちゃったんですよ、疲れていたようで‥‥」
「そうですか。なら良かった」
 再び気配が柔和なものとなり、ただでさえ細い目が線目になった。正義の人なのだろうか、とギルド員は思う。
 だからこそ。
「じゃ、ちょいと失礼」
 やれやれとギルド員がその場を去った後、その男が一体どんな目を依頼人の女に向けていたか──知る由もなかったのだ。

「えっと、新しい依頼ね! 戦闘ナシの依頼人若い子ちゃんの奴がありますよ」
 ギルド員が新情報を求めてやって来た冒険者に示すべく、早速受けたばかりの依頼書を差し出す。
「ちょっと事実が不明瞭なんですがねぇ、彼女の親が言うように神経質になっているだけかもしれないし、本当に誰かにつけられたり見られているのかもしれない。冒険者の方には不安を払拭してあげて欲しいんですよ」
 何しろ、祖母に脅されたせいもあってここのところ夜に寝ていないという。蝋燭を消す事も出来ず、その気配に怯えている様子は本当に哀れだ。
「だからね、ちょっと行って事実確認してやって下さいよ。もし誤解なら安心させてやる必要があるし、本当に彼女を怯えさせている存在があるならふんじばって奉行所に突き出してやって下さい」
 時子は、恐らく今夜も怯えて過ごすのだろう。

●今回の参加者

 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1672 安来 葉月(34歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3988 木賊 真崎(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7278 架神 ひじり(36歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9272 風御 飛沫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9328 セルジュ・リアンクール(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1600 アレクサンドル・リュース(32歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb2535 フィーナ・グリーン(32歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

橘 命(ea8674)/ 火車院 静馬(eb1640)/ 天道 椋(eb2313

●リプレイ本文

●依頼人と冒険者
 うわあ、と風御飛沫(ea9272)は驚きの声を上げそうになった。
「よろしくお願いします‥‥」
 そう言う依頼人の顔は青白く、目の下に黒々とクマが出来ている。言葉にも覇気がない。一目で分かる衰弱度。フィーナ・グリーン(eb2535)はよろけた時子を慌てて抱きとめた。
「私達がいますから安心して休まれてください」
 安心させるように微笑む。不安げな女の瞳が痛々しかった。飛沫もドンと胸を叩く。
「私たちが来たからには大丈夫だよ! 変態さんはすぐに成敗してあげるからね」
 あ、何なら魔よけのお札持っとく? と札を一枚ちらつかせる。時子がようやっとホッとしたように微笑み、冒険者の腕にすがった。

「それにしても、ご家族の方には酷く追い詰められていたみたいですね‥‥。こういう時に家族を頼れないというのは、中々辛い事です」
 安来葉月(ea1672)の目線の先には、時子の祖母から例の怖い話を聞き本気でビビっている飛沫。婆は思い通りの反応にえらく嬉しそうな顔をしていた。
 ──視線の主が何処で時子殿を見ているか不明。言い換えれば、何処に行くにも見られている‥‥という事か。
 窓の方を見やり、木賊真崎(ea3988)が気配を探る。
 ──既に冒険者が動き出したと知られている可能性も有りだな‥‥用心に越した事は無い。
 騒ぐ冒険者を横目に、真崎は開けられたままの襖や障子を閉めた。

●ストーカー捜索
 一方、ギルドでは。時子に付き纏う男の情報を得るべく御影涼(ea0352)がギルド員の話を聞いていた。
「‥‥不審だな、その男」
「不審ですかぁ? 別に怪しい人相じゃなかったんですがねぇ?」
 話しかけられた当人は不審な所は全くなかった、と断言した。だが、涼にはどこか引っかかるのだ。
 依頼に訪れた時子の事を尋ねたという若い男。一見いい人そうだったというが、果たしてギルド員の仕事の最中に何故ちょっかい出したり話しかける必要があったのか?
「そりゃ、ちーっと感情的にはなってたみたいですけどぉ」
「どんな事でもいい、思い出してくれないかな」
 例えば、ギルドによく出入りしていた顔だったかどうか──涼は、依頼に来た際時子の周りをうろうろしていたという男が気になっている。

「では周りは本当に付回されているんじゃないかと? わかった、ありがとう」
 涼がギルドから戻ろうとした所で、セルジュ・リアンクール(ea9328)が時子と同年代の女と話しているのを見かけた。
「セルジュさん、何か良い情報でも?」
「ああ、どうやら気のせいなどではないようだな。時子の友人の何人かが不気味な視線を感じている」
 ただ誰がそうだ、と断言して把握しているわけではないが、とその豊かな金髪を払う。
 ──京都が大変な事になっているというのに、ある意味呑気な男だ。いっそ都の外に放り出すのも面白いかもしれん。
 黄泉人の只中に放り出してやろうかと物騒な事を考えつつ、涼と共に時子の家へ一時戻ろうとする。丁度架神ひじり(ea7278)が裏道から時子の家の前に出てきた。
「おお、今戻ったか。どうじゃ、一人の人間をどこまでも付回す不気味な奴の正体は知れたか」
 巫女装束に力たすきといった格好で、勇ましい。彼女は今回そんな奴がいたらボコボコにしてやる気満々である。
「気のせいではない、という事は分かったが。‥‥待て、どうするつもりだ?」
 右手に持った木刀がブンと空を切った。フッ、とひじりは笑う。
「──もちろん、そのような気持ちの悪い奴は性根から正すのじゃ」

「眠った方が」
「いい」
「良かったらお食事を」
「いい」
 頑として眠ろうとしない時子は、フィーナの提案にも素直に従わない。先ほどから見ていると風の音や誰かの立てる物音にいちいち反応しており、張り詰めた状態が健康を害しているように見えた。
 連れて来たサポートに目をやると、黙って時子の背後に回り込む。手刀が首筋に当たり、あっさりと時子は意識を手放した。
「これがあればどんな不眠も一発解消だな」
 言いつつ、飛沫が用意した布団に寝かせた。今は強制でも何でもとにかく眠りが必要だった。力なく呼吸をする時子を見つめ、葉月は呟く。
「‥‥しっかり解決しませんと」
 時子が心身共に参ってしまう前に。

 夜になり、それぞれ情報を持ち寄った冒険者が敵をどのように捕えるか、相談を始める。
「囮はどうでしょうか?」
「私達の中で時子さんの背格好に似てる人物に変装させて‥‥捕まえる、というのは?」
 ほぼ同時に葉月とフィーナが提案する。しかし、
「番屋に突き出す事が出来れば手っ取り早いが、物的証拠が何も無い。見た、そこに居たという状況証拠だけでは難しいだろう。出来たとしても、すぐに釈放は間違いない」
 アレクサンドル・リュース(eb1600)が首を振った。
「根本的な解決にはならんな‥‥」
 被害は付回された事による精神的苦痛のみ。どう考えてもこの件が番屋で片付く問題とは思えない。ではどうすればいいのか?
 真崎もアレクサンドル同様、正直奉行所に通る問題とは言えず沈黙したのだが、ひじりはあっさり言い放った。
「変質者を捕まえたら二度とこのような真似をしないよう、死ぬほど脅しつけて奉行所に突き出すのじゃ」
 つまりは暴力。アレクサンドルは逆恨みの可能性を示唆したが、他に解決策は出ていなかった。
 ──仕方ない。どうにか冒険者に恨みがいくように工夫するしかあるまい。

●ストーカーを上手に捕まえる方法
「時子殿、犯人捕縛に協力をしてもらえないだろうか」
 翌朝、真崎が時子に捕り物のための協力を願い出た。今他の冒険者達が犯人特定に訊き込みなどをしているが、一番確実なのは時子が外に出た際につける男を見つける事だ。しかし案の定、時子は怯えたように首を振った。
「だって‥‥もし、外で捕まったら」
 こちらが罠を張る前に、あの執拗な視線に捕まる事を怯えている。フィーナが安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です、今は私達がいますから。食事をして、久しぶりに出掛けましょう?」
「最終的な囮には私がなるよ!」
 飛沫が笑顔でダメ押しする。
 ──以前と違い、傍に冒険者が居るし‥‥何より、時子殿自身が協力する事は本人にとって重要だろう。
 真崎はゆっくりと頷く時子を見ていた。

「あやつか‥‥」
 ひじりが大きな木にその身を隠し、前方の人影をじっと見つめている。これでも目はいい、素早く男の特徴を頭に叩き込んだ。
「明らかに付回しているわけだな」
 セルジュが呆れて別の木の影から呟く。接触しそうになってドキリとしたが、上手いタイミングで同行している飛沫とフィーナ、葉月が時子に話しかけたのだ。そのまま何事もなく、傍に来ていた男を放置して歩き始める。
「敵は掴めた、後は捕えるだけ‥‥か」
 涼の言葉に、未だ暴力でしか解決策を見つけていない状況に、アレクサンドルは複雑になった。

「‥‥」
「どうしたんだ?」
 市女笠を借りた飛沫が時子の着物を身に纏い、玄関口に突っ立っていた。
 ──あぅ‥‥私の着物より胸の辺りが‥‥時子さん、ちょっと大きめなの!? それとも私が‥‥うううっ。
 涙が。涙が止まらない。胸元に手をやる飛沫に女性陣は黙って視線を逸らし、男性陣は首を傾げていた。
 ひた、ひた、ひた。
 夜道を頼りなげに飛沫が歩き始める。市女笠を目深に被り、そっと家から離れていく。冒険者はたっぷりと間を置いて、つけ始めた。
 静かな京都の町を、時子に扮した飛沫を歩く。たまに酔っ払いに絡まれそうになったが、隠密行動の要領でそそそと相手に気付かれぬよう距離を取って交わした。そう、本当に交わせなくなるのは自分一人を付け狙う、ストーカー男のみ‥‥。
 ──と・き・こ──
 微かな声と共に、建物の間から男が一人現れた。市女笠で顔を隠した飛沫が間を取る。
「時子、やっと二人になれたね‥‥」
 不気味な言葉を囁きつつ、手を差し伸べる。一歩、二歩。下がる事なく飛沫の腕が取られた。その瞬間、
「そこまでだ!」
 涼の声が夜道に響いた。
 びくっと振り返った男の手を逆に飛沫が掴む。驚く男を市女笠の下から見つめると、目の合った男は自分が嵌められた事をようやく理解した。
「あ──」
「逃がさないからね」
 逃れようとする男の腕を掴み、振り解こうとする男の足を引っ掛けた。尚も起き上がって逃げ出そうとする男に、神聖魔法が飛んだ。
「わあっ!」
 転ぶ。
「知っていますか? ホーリーって、邪悪でない方には効果がないんです」
 闇の中から姿を現した葉月が、ニッコリ笑って言った。夜だというのに汗だくになっている男は無理やり起き上がり、走って逃げようとする。そこにひじりの木刀が飛んだ。
「ひっ」
 魔法や木刀に驚き身を震わせる男にゆっくりとひじりが近づく。こけた男の顎を木刀の先で持ち上げた。
「時子殿のいる半径1km以内に近づくことを禁ずる。従わぬ場合はその身で購って貰うことにするのじゃ。万が一、逆恨みをして時子殿に危害を加えるようなら四肢を切り落として飢えた山犬の群れに放り込んでやるのじゃ」
 さああ、と顔から血の気が引いた男をふんと見捨て、セルジュを見た。
「黄泉人の餌にするか? 少しは頭も冷えるだろう」
 血も涙もない台詞に、より一層顔色が悪くなる。しかし自分達は時子の顔色がこれ以上に悪かったのを知っている。笑って見過ごすつもりはなかった。
「さて、」
 君はどうしたい? と隠れて見守っていた時子に涼が声をかけようとすると、アレクサンドルが手で制して止めた。そして地面に這い蹲って冷や汗を流している男の前に屈み込み、殊更特徴のある耳を見せ付けるように顔を近づけた。
「俺は、ハーフエルフだ」
「‥‥は」
 はーふえるふ? と目が瞬きを繰り返す。そうだ、と頷いて見せた。
「エルフと、人間の間の忌み子‥‥それが、俺だ。何故忌み子と呼ばれるか知ってるか?」
 ハーフエルフは狂化する。その狂化が人は怖い。ジャパンではあまり知られてはいないものの、男は知らない種族に怯えたような顔を見せた。
「時子に近づくな。‥‥アレは俺の得物なんでな」
 聞きようによっては物凄く大胆な事を言って、アレクサンドルは男に言い聞かせた。──もう二度と時子に関わらないと誓え、と。

●ストーカー捕縛
「ありがとうございました」
 冒険者の手によって奉行所に突き出された男は、即出てくる可能性は十分にあった。が、あの怯え方では多分大丈夫だろうと踏んでいる。
「また何かあったら呼んでね。あ、それともやっぱ魔よけのお札渡しておこっか?」
 飛沫の台詞にも今はちゃんと笑っている。冒険者のおかげで睡眠も十分取れ、クマも大分消えかかっている。
「ちゃんとお食事だけは取って下さいね」
 フィーナと手を握り、うん、と頷いた。彼女には食事面で大分お世話になってしまった。
「お父さん達も犯人が捕まった事で、ごめんねって言ってくれたの。私ももう‥‥つけられるくらいで逃げたりしない」
 冒険者のように、自分を助けてくれる人はちゃんといるのだから。

 ──ストーカー退治の決定打を打てたかは男が出てくるまでは分からないが、時子を救ったのは間違いなく八人の冒険者達といえるだろう。