【ペット万歳】子どもの情操教育
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月25日〜07月30日
リプレイ公開日:2005年08月06日
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●オープニング
「勉強ばかりやらせていたからでしょうか‥‥」
ほう、と溜め息を吐くその美しき未亡人は思い悩んで冒険者ギルドに駆け込んだ。
──ドキドキしちゃいかんっ。
その取れかかった紅がまた素敵、などと不埒な事を言いそうになった口を閉じてから、ギルド員はすぅはぁと呼吸する。
「おっ、お子さんの悩みなんですね‥‥」
「ええ。夫が亡くなり、家業が忙しくて‥‥ただひたすら勉強してこの家を支えてね、と‥‥悪い母親です、私は‥‥」
──ぬおおおお。
憂いを含む瞳、俯いた拍子に出来る睫毛の影、少しほどけた髪‥‥イイ。
うっとりしてしまいそうになったギルド員は、正気を取り戻すためにぶんぶん首を振って雑念を払う。何でどうして未亡人というのはこう魅力的なのだろうか?
「わ、わかりました、息子さんのために情操教育を依頼したいんですねっ、ははははは!」
ギルド員、理性を奪われそうになり空笑い。
「動物とか、自然とか‥‥そういったものに触れればあの子もちょっとは変われると思うんです。でも、私は仕事が忙しいですし‥‥」
小首を傾げた未亡人にまたも理性が吹っ飛びそうになり、ギルド員は筆を折る事で耐えた。
「わ、わわわわかりました冒険者に宜しく言っておきましょうっ」
──私の理性がブチ切れる前に。
「いやぁ、美しいお母様でした‥‥」
冒険者に語るギルド員は、そう語る。依頼の話が始まらない。
「お母様がお蓮(れん)さん、息子さんが啓太くんというそうなんですがね、旦那さんを三年前亡くされてから親一人子一人でやってきたそうなんですよ」
偉いですよねぇ。そう語るギルド員はやっぱり目が潤んでいる。
「で、ね。この啓太くんというのが勉強ばっかりしてきて、イマイチ感情表現が乏しいらしく。お母さんに迷惑はかけない手のかからない子らしいですが、胸の内はどうだか‥‥というわけでして」
ギルド員は冒険者ギルドに子猫を抱いている人などを指さしながら。
「ペットと戯れる、ってのはどうですかね? 心のリハビリなんかにも使うといいっていいますし」
普段は戦闘依頼にゃペット連れてけないでしょう? とギルド員は笑う。
「越後屋で今売ってるペットって犬と猫と鷹と‥‥馬もありですかねぇ、結構人間に懐く動物ばかりでしょう? どうです、一人の少年にペット紹介してみませんか?」
●リプレイ本文
●初顔合わせ
最初、双方に不自然な距離はなかった。
「僕、浅葉由月(eb2216)。啓太くん、よろしくね」
同世代の少年の笑顔に一歩。
「啓太さんと仰るのですね? 私は小都葵(ea7055)と申します」
おっとりと微笑まれても更に一歩。
「こんにちは啓太くん。私はレベッカ・オルガノン(eb0451)。エジプト出身なんだよ」
人懐っこい笑顔を浮かべられてもまた一歩。
──渚なら大丈夫でしょうか?
綿津零湖(ea9276)は愛馬の顔を撫でてやりながら首を傾げる。其々の冒険者は犬を連れていたから、ひょっとして犬はダメなのかと思ったのだ。
「‥‥ジョン。啓太君に挨拶は?」
御影涼(ea0352)の台詞に、鎮座していた犬が顔を上げる。黒くて、丸い瞳。
──仕方ないなぁ。
とは口に出してはいないものの。ゆっくりと立ち上がり、啓太の前に座り直すと同時に溜め息を吐いた所を見ると面倒くさがっている様子が窺える。対する少年は。
「‥‥‥‥」
目の前に座り込んだジャパンでは見ない犬を、無感動に見つめていた。
「えと、これ、笹餅なので‥‥」
「まぁまぁまぁ、ありがとうございます」
葵が手製の餅を手渡し、冒険者達が明るい声を上げる。通常子どもは甘い物が好きと相場が決まっているが、依頼人の息子は例外だった。
笹餅どころかパタパタ尻尾を振っている犬も総無視、黙って勉強道具を取り出している。
「へぇ、これが勉強道具?」
由月がわくわくと啓太の荷物に見入っている。無感動な表情を崩さない啓太と、くるくると表情を変える由月。対照的な二人だ。
あん、と柴犬のみかんが鳴いた。
「うん、そうだねみかん。ね、啓太くん。僕達も一緒に勉強していい?」
「‥‥は?」
目は口ほどにモノを言う。『犬に算術が出来んのか』とその目が雄弁に語っていた。
「これは学者としての意見でもあるが」
それまで黙っていた涼が、笹餅を手に口を挟む。
「啓太君は犬、という存在を知ってはいる。けど、実体を知らないのであれば、それは知っているとは言えないな」
──ほえ?
レベッカと愛犬ラクスが同じように首を傾げた。
「学問で知識を得たらそれを実践し、体感する事だ。それで初めて学問が成る──犬についても同じ事。この温かさ、毛の柔らかさは知ってたか?」
啓太の手を取り、ジョンの頭を撫でさせる。丸い目が細められた。
「家業は商売だ、どこで動物の知識がいるとも限らない。‥‥五日間、一緒に過ごすのも悪くはないんじゃないかな?」
涼の台詞に啓太は考え込む。時間の無駄とすら考えていたが、確かに手の下のこの毛並みは気持ち良くて。
考え込む啓太の前で、みかんが勉強道具の一つ、貴重な紙の上の寝っ転がる。啓太があまりの光景に顎を落としたが、犬に貴重だなんて考えはない。がさがさがさとしわくちゃになっていく紙の上で、『撫でてー』と腹を見せている。
「け、啓太さん‥‥?」
葵がそろりと顔を覗き込むと。
──何て生き物だ。
今まで紙と筆とを相手にしてきた少年には、理解の範囲外だったようだ。
●感受性を取り戻せ
「啓太くん、一緒にお散歩行かない? ほら、私二匹も連れてるでしょ。啓太くんが一緒だと助かるなー」
鷹のハックが狭い部屋で羽を広げた。ラクスも散歩という言葉に敏感に反応してイキナリ立ち上がる。
「‥‥散歩?」
今までどちらかというと室内で勉強する事の多かった少年は、無表情に嫌がっている。しかし室内では犬と駆け回る事も出来ない。由月も援護する。
「みかんと一緒にお散歩するの、とっても楽しいんだ。一緒にかけっこしたり、秘密の場所を見つけたり‥‥ね、行こうよ!」
「大丈夫ですか?」
零湖が河原で死んでいる啓太を覗き込んだ時には、未だ元気に駆け回る冒険者と犬達がいた。
──知らなかった‥‥自分は体力がないんだ。
犬を知るだけでなく、必然的に自分の運動能力まで知ってしまった啓太である。きっと明日は体が重くて動けなくなってしまうだろう。
「ジョン! うりうり〜っ」
一体どんな交流なのかと思っていたが、飼い主によって動物との付き合いは色々あるらしい。涼は無闇やたらと伏せやお手など指示せず、時折ああやって顔をわしゃわしゃ撫で回している。
「わんこさん、啓太さんを噛んじゃダメですよ」
倒れ伏した啓太を気にしてか、近寄ってきた犬二匹の飼い主である葵は言葉で言い聞かせている。啓太にしてみれば通じてるのかと思うのだが、家に上がる際に足を拭く時も、ちゃんと待てと言えば二匹共待っていたのだ。
‥‥犬って実は言葉が通じてたり、する?
犬はわんとかきゃんとかそんなものだと思ってたのに。啓太は目の前ではしゃぐレベッカ達の動きを目で追っている。零湖はそれを見て微笑んだ。
「啓太さん。明日は乗馬をしてみませんか? 私の‥‥渚と」
「‥‥うん」
無表情だが、きっと遠乗りで馬と触れ合えば、笑顔を取り戻せる筈だ。
「啓太くー‥‥わわわっ!」
大きく手を振ってこちらに向かっていた由月が、派手にすっ転ぶ。すぐに葵がリカバーをかけようと動いたが、それよりも早く。
「あっ、あはははは、みかん、大丈夫だよ。く、くすぐったいってば!」
見事うつ伏せとなった主の顔を、みかんが一生懸命に舐めている。啓太はその行動が、どうしてか心配しているように見えた。
──舐める事は慰めになるわけがないのに‥‥何で、そう思ったんだろう?
涼は、その一見無感動な横顔をじっと見つめている。
●優しい交流
「私は子供の頃屋敷の馬を拝借して、よく遠くまで遊びに行きましたね」
ぶるるっ、と渚が鼻を鳴らし、足元を蹴る。啓太と自分の主は既に降りていた。
「僕、そう言えばこんな遠くまで来るの初めてかもしれない‥‥」
何となく、自分が狭い世界に閉じこもったような気がしてきたのか、小高い山から見下ろす街を、情けなさそうな顔で見ている。それでも景色は気に入ったのか、じっと見つめたまま。
「此処は京で私の好きな場所の一つなのですが‥‥如何ですか?」
街の中で感じるよりも清々しい風が、零湖の髪を乱した。そっとそれを押さえながら、少年を見る。出会った時より随分しゃべってくれるようになったと感じるのは、気のせいではない筈。そしてその理由は‥‥。
「うん。‥‥何か、気持ちいい、かも」
瞼を閉じて、深呼吸。そういえば、街にいる時は一度も深呼吸したり背を反らして空を眺めたりしていなかった。
「そろそろ帰らないと」
「あ‥‥お勉強ですね」
ぽつんと漏らした言葉に、零湖はごくストレートにそう思ったが、ううん、と。返事は物凄く意外なものだった。
「犬の散歩は一日二回なんだって。だから夕方も行かなくちゃ」
──え。
思わず瞬いた。
「待ってる、って」
言葉は飼い主の由月やレベッカが言ったもの。だけど。
──あんっ。
脳裏に過ぎるのは、自分を見ると嬉しそうに尻尾をパタパタ振って自分についてくる犬達。犬に表情なんてないと思っていたが、感情によって垂れたり振る回数の多い尻尾が。いや、無感動だと思っていたあの黒い瞳が。十分、感情を表現してるように思えてきたのだ。
「手綱、握ってみますか?」
笑っている、とまではいかないものの、穏やかな顔で渚の顔にそっと触れている少年を見て、声をかけた。
「‥‥え、でも」
「渚は私に似に、のんびりした性格なので大丈夫ですよ。いざとなったら私が手綱をとりますから」
だって、啓太さんに撫でられてこんなに嬉しそうにしているのだから。大丈夫ですよね、渚?
「わっひゃあ!」
それは深夜の事だ。奇怪な声で少年の叫び声が上がった。
「何だ?」
乱れた寝巻きを直しつつ、涼が廊下に出る。ジョンも寝ぼけ眼で付いていく。
「あはははは、みかんー、啓太くん起こしちゃダメだよ」
「‥‥みかん、いっつもあんな風に起こすの?」
「うーん、乗られた事はないかな? あ、どうしたの?」
布団の上で少年二人が座り込み、笑っている。そう、『笑って』。涼が何があったのかと聞いてみると。
「寝てたら、みかんに顔に乗られた」
という事であった。
夏の夜に。あつ〜い、毛皮(しかも体温付)に覆いかぶさられる。それは素敵なシチュエーションだった。
「あー‥‥暑かった、ふふっ」
怒る気がしないのは。あまりにも無邪気な瞳にあてられた、からであろうか?
●『ばいばい、またね』‥‥でしょ?
「どうもありがとうございました」
礼儀正しく葵が頭を下げた。犬数匹に鷹に馬。それに自分達のご飯に寝床。まるで家族のように過ごしていた。
「こっちも‥‥ありがとうございました」
無口だった少年が、礼儀正しく応じる。しかもその手は二匹のボーダー・コリーの頭を撫でていた。母親にしてみたら僅か数日で良い方向に変わった息子に驚きが隠せない。
「また、遊びに来てね」
「うん、また遊ぼうね。散歩して秘密の場所見つけてね」
ふふっと由月と笑い合う。同じ年頃の少年に笑い合っている。
「渚、乗せてくれてありがとう」
下げてくれた馬面をそっと優しく撫でる。零湖も啓太が笑って別れる事が出来て嬉しかった。きっと、もっと友達が増えれば、笑ってくれるだろう。
「ジョン、別れの挨拶は?」
よっこいせ、とジョンが立ち上がり、ぽんと足に手を乗せた。思わず啓太が笑う。
「うん、‥‥またね」
少年は感情なんてないと思っていた犬の気持ちが、今ではちゃんと見る事が出来るようになっていた。
「ばいばい! またね!」
──きっとこれからは歳相応に笑う事が出来るだろう。