夏の夜は一人じゃ寂しくて
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月21日〜08月26日
リプレイ公開日:2005年08月31日
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●オープニング
──おとうさん、おかあさん、どこ? おにいちゃあああん。
とある墓場で。夜な夜な聞こえてくる子供の泣き声。
震えるような、その声は。
小さな小さな、女の子のもの。
自分が死んだ事も分からず。
ただ、家族に会いたくて泣き叫ぶ。
‥‥そうして、淋しい心は生者をも巻き込む。
「行方不明者?」
冒険者ギルド──そこのギルド員の一人が、生唾をごくりと飲み込んだ。
おいおいおい、いっくらこう毎日暑いからってぇ、怪談じみた依頼はいらねぇよ。心の中ではそんな事を思いつつ、目の前の気弱そうな青年に向かってニッコリ尋ねる。
「はぁ、あなたの村で行方不明者が続出と。依頼内容はその居なくなった村人の行方調査ですな」
勝手に依頼書に書き込みかけると、相変わらずオロオロした青年が首を振った。
「あ、その、それもあるんですが‥‥その、あの、」
「はあ?」
「犯人と思われる人物、あ、や、人? 人っていうのかな? この場合」
「勝手に悩まんで下さいよ」
う〜ん? と困っていた青年は、またわたわたと下手な説明を始める。
「あの‥‥その、上手く言えないんですが」
「知ってます」
「う‥‥その、つまり。うちの村からも黄泉人の襲撃で大分死者が出たんですけど‥‥」
ごくり。
「その、死亡者の中に。小さな女の子‥‥マキちゃん、っていうんですが、いるんです‥‥けど。彼女の声が聞こえるんです‥‥その、」
墓地の中から。
ギルド員はみしりと音がするほど筆を握る。紙が握り締められてくしゃくしゃになっているが、二人は気付かない。
「そ‥‥それで?」
「僕は聞いた事がないんですが、夜な夜な『淋しい、一人は淋しい』、って泣いてるらしくて。あ、彼女の家族は別の場所で全員亡くなったんです‥‥けど、彼女だけは別の場所で殺されたので」
一人で遊びに出ていたのだろうか? 彼女だけ、離れた場所で亡くなっていた。一緒に殺されていたなら‥‥まだ家族と共に逝く事が出来たのだろうか?
それはわからないが。
「それから既に大人が3人、子供が2人‥‥生きているかもわかりません」
死者に連れて行かれたのなら覚悟はいるかもしれない。
この暑い中聞いていたギルド員の背中に、イヤ〜な汗が滲んでいた。
「マキちゃんが悪霊とは思えないんです、でも‥‥こんな事を続けていたら本当に悪霊になってしまうかもしれない。だから、」
冒険者の方にぜひお願いしたい。マキちゃんを逝かせてやって欲しいのだと。
●リプレイ本文
●村到着
「っととと、行き過ぎやな自分」
誰よりも早く到着したのは、将門雅(eb1645)。思わず韋駄天の草履を履いたまま村の中に突入してしまい、農作業に勤しんでいた村人の目を点にしてしまう。情報収集が目的だった事もあり、商売で培ったポジティブシンキングで咄嗟に猫を被った。
「冒険者ギルドから派遣された者です、よろしゅうに」
「むむむむぅ〜」
ごくり、と息を呑む村人達の中心で、褐色の肌の女が一人、占術用のカードをぺらりと捲っている。
普段異国からやって来た占いなど見ないだけに、行方不明者の探索で不謹慎といえど好奇心は抑えられないらしい。その様子に神木祥風(eb1630)は苦笑して見守っている。
「うん、間違いなーい」
明るい占い師に、村長は恐る恐る尋ねた。
「ど、どうなんですか‥‥?」
にこっ。と、それはそれは底抜けに明るく人好きのする笑顔で──。
「墓地♪」
レベッカ・オルガノン(eb0451)、今回の占いは大マジ。
一方、村に着いた途端強引に引きずられている少年は。
──私達も孤児だから、両親を求めてさ迷うマキちゃんを見たら‥‥泣きだすんじゃないかしら。
というごく姉らしい真意を知らず、
──姉さんと一緒にか・・。な〜んか嫌な予感がするんだよなぁ。
姉の心弟知らず。佐々宮狛(ea3592)は佐々宮鈴奈(ea5517)の背中を見て溜め息を吐いている。
村に到着し、第一日目の夕方。其々が持ち寄った情報を元に今夜からの予定を立てていた。
「これがマキちゃんがよく遊んでいたお手玉でござるよ」
七枷伏姫(eb0487)が色とりどりのそれを取り出し畳の上に並べると、ミフティア・カレンズ(ea0214)がそっと手に取った。
「マキちゃん可哀相‥‥」
随分小さなお手玉だった。手の平もこれと同じくらい小さな子供、だったのだ。それを目を細めて見た後、リュー・スノウ(ea7242)が自分の荷物を取り出す。
「マキちゃんのお母様の、妹様から預かって参りました」
可愛い姪が、夜な夜な泣いているのを悲しんでいる女性だった。母親が生きていたら、やはりそのように泣くのだろう。未ださ迷っている娘を想って。
──せめて、その残り香だけでも伝えたい‥‥。
●迷子
丑三つ時。ホウホウホウと不気味な蛙の鳴き声が聞こえる中、その子は現れた。
──おとうさん、おかあさん、おにいちゃあああん──
「‥‥!」
悲しい寂しい少女の気持ちが胸に滑り込んできて、リューは思わず胸を押さえた。胸に抱く着物の母親も、この声を聞いたら悲しむだろうか?
その透けた体と切ない鳴き声に、ミフティアの涙腺が緩みそうになる。
「マキちゃん、ここに居たらずっと迷子のままだよ? お父さんもお母さんもちゃんとマキちゃんの事待ってる!」
思わずといったように声を掛けると、泣いていた幼子がハッと顔を上げてこちらを見た。涙ぐむミフティアと、痛ましそうに見つめる鈴奈と、そして──。
『いやあっ!!』
何故か両手で顔を覆い、短く悲鳴を上げて揺らめく炎のように消えた。それは一瞬の出来事で、何が起こったか把握出来ず騒ぎ出す仲間の間で、祥風は驚きの余り目を見開き片手で口元を押さえていた。
「祥風殿?」
怪訝そうに尋ねる伏姫に、困ったように答えた。
「私と目が合って姿を消されたようです‥‥」
二日目の夜。十分に睡眠を取った状態で、全員が墓地に身を隠している。
『ふううっく、ひっく、おかあさん‥‥』
昨夜と同じくらいの時間に現れた少女は、相変わらず泣いている。そっと近づいた。
「マキちゃん‥‥?」
顔を上げた時には目線の高さに合わせてしゃがむ伏姫が見つめている。ミフティアも落ち着いて声を掛けた。
「昨日はごめんね、今日は一緒にお話しよう?」
生きている人間に声を掛けるように。少女はようやく泣くのをやめ、顔を上げた。
『だぁれ‥‥? おとうさん、おかあさんは‥‥?』
「うん、心配してると思うよ。探さないと」
レベッカがにこりと微笑みかける。マキは再びじんわりと涙を浮かべる。
『いない、見つけられないのっ‥‥さがしてるのに、おにいちゃんっ』
いつもは呼ぶとすぐに飛んできてくれる兄もいない。この世にいない家族を探す気持ちはわかるから、鈴奈は濡れた睫毛を拭った。ここにはいない彼女の両親に、『早く見つけてあげて、彼女を救ってあげて』と呼びかけつつ。狛は攻撃の気配はないかと警戒しているが、それでも気持ちは分かるから俯く。
かさり、と雑草を踏みしめる音がし、マキが再び祥風の姿を捉えた。祥風は穏やかな瞳でマキを見つめているが、当の本人は怯えて後ずさる。
『いや、やだあ‥‥痛いのやだよぅっ』
「痛い?」
それまで痛ましげに見つめていたリューが、気になる一言に眉を顰める。祥風が精霊魔法を唱えた気配もない。が、怯えているのは‥‥。
「ああっ、除霊か!」
雅が、何かを思い出して叫んだ。
三日目の晩。まだマキちゃんが現れない墓地の中、いい加減慣れたためか墓の間を行方不明を求めさ迷いつつ意見を交換し合う。
「え、じゃあ袈裟が原因なの?」
「そうや!」
レベッカのキョトンとした顔に、雅が頷く。伏姫がふむと袈裟を折り畳む祥風を見ている。
「既に除霊するために僧侶が来ていたとは知らなかったでござる」
「痛い思いしたんだね‥‥」
ミフティアも昨日掻き消えたマキの悲痛な顔を思い出し、また胸が痛んだ。噂を聞きつけた僧侶が勝手にやったらしいが、悪霊と見なされたマキちゃんが哀れ過ぎる。江戸にいる大好きな人を引き裂かれたらと思うと、本当に辛いのに。
『‥‥おにいちゃんは? どこ?』
再び揺らめく炎のように現れたマキを見止め、冒険者の足が止まる。
「マキちゃん、淋しいのはマキちゃんがほんまに行かなぁあかん所におらんからや」
雅の言葉に、キョトンする。その可愛らしい子供の表情に、桃の木刀を地面に置いた。多分、まだこの子は悪霊にならへんから‥‥。
「ここにいるお兄ちゃんやお姉ちゃんが道案内してくれるさかいに、言うこと聞いてや」
『道あんない‥‥? おにいちゃんたちの、いばしょ知ってるの?』
微笑んで頷く雅。レベッカが『私占い師なんだよ』、と名乗りを上げた。
「だからね、占ってあげる。だから、マキちゃんも‥‥連れて行った人たちの居場所、教えて?」
そう、占いでも墓地と出たのに、結局まだ見つかっていない。まさか埋められているとは思いたくはないが、示してくれなければ発見出来そうもない。
『‥‥』
黙るマキに、リューがそっと膝をついて手にした着物を差し出した。母親の着物だ。柄に見覚えがあるのか、みるみるうちに涙が盛り上がった。触れる事は出来ないが、そっと小さな手を誘導する。
「‥‥人は、大切な物にも想いを残します。貴女が、ちゃんとお母様の元へ辿り着ける様‥‥貴女の存在を見つけ出してくれます様に‥‥」
リューの優しい囁きに、半透明な少女が着物に縋った。袈裟を脱いでいる祥風が、初めて近づく。
「ずっと一人で、寂しかったのでしょうね。でも、それで見知らぬ人を連れて行っても、何にもなりませんよ?」
優しく諭す祥風に、鈴奈も笑顔で付け足す。
「もう罪は重ねちゃ駄目よ? それこそ一人ぼっちになっちゃうわ。あなただけ地獄に落ちちゃうもの」
『うん‥‥もう、しない』
ごめんなさい、と母親の着物に縋ったまま呟いた。鈴奈がちらりと確認すると、狛が背後で鼻をこすっている。
「えいっ!」
ミフティアが湿っぽくなった空気を一掃するように、ウェザーコントロールを放つ。星が綺麗に見えた。
「お星様、見える? 下を向いてちゃ見えないよね〜。ほら綺麗♪」
マキちゃんはあそこに行くの、と綺麗に瞬く星を指さした。空を見上げたのは久しぶりだったのだろう、わあ、と歓声を上げた。
「さあ、お父さんやお母さんの下へ行きましょう。ご家族も貴方の事を待っていますよ」
祥風と視線が合っても、嬉しそうに笑う。やっと、会えるのだ。大好きな家族に。
『やっと、おかあさんに会えるんだ‥‥おにいちゃんにも、おとうさんにも‥‥』
声が少し遠くなり、元々透けていた姿が薄くなっていく。それと同時に足元の土がボコボコと盛り上がった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ぼこぼこっ。ぼこり。土がどんどん盛り上がってゆく。
「蛙なわけない‥‥よね?」
「それはないでござろう」
あはは、とレベッカが笑い、伏姫が突っ込みを入れた。
「うわっ、これ居らんなってた人ちゃうん!?」
突如土の中から現れた死体の山に、雅がぎょっと声を上げたが、
「死んでないみたいね?」
鈴奈が土塗れの手首を取り脈を図る。死体にしか見えない、と狛が思いっきり引いている。姉強し。
「誰も傷つけてなくて良かったですね」
汚れないよう着物をまた丁寧にしまったリューが、祥風に微笑む。傷つけてないからこそ、あっさり逝けたのかもしれないが。
「さて、参りましょうか‥‥はい?」
祥風が誰にともなく返事をし、冒険者全員が『はい?』と聞き返す。語尾が明らかに疑問系なのは何故だ。
「はいって?」
ミフティアが40センチも離れている頭を見上げ、可愛らしく首を傾げた。いえ、と口ごもりつつ、全員の不思議そうな視線を受け──。
この墓地でこんな事を言っていいのかと思いつつ。
「今、誰か呼びませんでした‥‥?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」
──‥‥ぇ、‥‥‥‥‥‥っく、‥‥ら、‥‥‥‥‥‥‥‥ぇ──
「「「「「「「「‥‥‥‥‥‥」」」」」」」」
場所、墓地。時間、丑三つ時。今夜もたぶん墓地のテント睡眠(内二人男性陣はテント外予定)。
彼らはその夜何を見たかは──それぞれ、実地体験してきた冒険者に聞いてもらいたい。