十三夜
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月11日〜09月16日
リプレイ公開日:2005年09月29日
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●オープニング
月が見ている。
九月も半ばになろうという、ぬるりとした空気の中、村人達は収穫を祝い豊作に感謝し、月を見上げている。
そして、祭に参加しない親子の上にも、月の光は降り注いでいた。
「おっかぁ‥‥」
灯がなくても月の光で十分視界がきく中、小さな子供が後ずさる。目の前に迫る黒い影は、母親の姿をしていた。
「おっかぁ‥‥」
呼びかける声は小さく、もうその人に届かない事は知っている。でも、信じたくなかった。
ずるっ、ずるっ。草履が引きずられるように、土の上を滑って近づく。母親の足音の筈なのに、全然嬉しくなかった。
むしろ、感じるのは恐怖。
「やめてぇ‥‥」
気付けば自分より背の高い草むらの中にいた。けれど母親が自分を見失う事はけしてない。重いものをぶらさげるように持って、まとめた髪がこぼれるのも構わず、後ずさっていく自分の子供を追う。
それまで見ていた月は、一度だけ子供の姿を見失った。
何故なら。
「や‥‥めてえぇぇーーーーっっっっ!!!!」
母親の振り上げた鎌は大きく、そのまま真下の子供に振り下ろされてしまったから‥‥。
「はぁ、祭の警備係、ですか‥‥」
京都冒険者ギルドの若手ギルド員は、簡単な質問を繰り返しつつ依頼された内容を書き込んでいる。
「ええ、警備といいますか、その、最近怖いことばっかりでしょう、黄泉人やら何やら」
「はぁ」
村代表で来たんだという中年の男は、名を助六と言った。年老いた村長である父に代わり、村を代表して依頼に来たという。
「しかし、この、ええとげっかい村?」
「がっかい、です。月の蓋と書いてがっかい」
「ああ失礼、月蓋村でしたね。でもここ、随分小さな村のようですが──」
ギルド員は正直に遠回りに聞いてみた。この小さな村で行う祭などたかが知れている、騒ぎになる人数もいないしわざわざ警備係などいらないのではないか? と。
依頼にきた男はぎくりっと体を強張らせ、目を逸らした。
「いえ、その‥‥他の村や町に移った者も、この祭の日には戻って参りますので‥‥その、家族をたくさん連れて。それで、その‥‥そう、揉め事なども毎年多いんです」
「はぁ、わかりました」
ギルド員は最後に報酬の方を聞き、頷いて筆を置く。
「では、十三夜の祭の警備係という事で、よろしいですね?」
「‥‥‥‥え、ええ」
何か言いたげにしつつも口ごもる依頼人に首を傾げつつ、経験の浅いギルド員は紙を張り出した。
『求む、月蓋村の祭警備係!』
依頼を受けたギルド員が、この青年でなかったら。経験豊かなギルド員であったなら。ひょっとしてこの依頼は受ける事はなかったかもしれない。
月蓋村。それは古くから何故か祭の前後には死者が増える村‥‥。
──その小さな村では、十三夜にささやかなお祭をするという。
多分、きっと、収穫を祝い、全ての自然に感謝するのだ。とても美しい月を眺めながら。時に己の狂気を引き出されながら──
●リプレイ本文
●道中にて
「月夜の祭りと月に蓋の村、か」
筋肉質な体に、一本の木刀。一人ごちた男は名を不破斬(eb1568)という。目的の村の入口に立ち、少し躊躇する。
「蓋は真理への妨げを意味するが‥‥考えすぎか」
簡単な依頼な割りに妙に報酬がいい。考えに沈んでいると、一人の男が手を上げた。
「ああ、依頼を受けて下すった方で?」
──月に蓋われた村、ならば風情があって良いのだが。
るん、るん、るん。思わずそんな擬音を付けたくなったのは、水神観月(eb1825)だ。
「お祭りって、どんな出し物なんだろ?楽しみだね〜♪」
巫女装束の真神由月(eb1784)が振り返る。傍らの白神葉月(eb1796)が笑った。
「ほんまにご機嫌どすなぁ」
穏やかな表情の葉月とは違い、観月の眉間は皺が寄っている。その心情を察した神哭月凛(eb1987)が頷いた。同じ職業柄だろうか、気付く点も似ている。
「何故か依頼内容が気になります。揉め事が多い、とはどんな事なのか──」
「村縁の者が集う規模の祭なら、そこで発生するいざこざに関しては村の中で解決する方が自然よね」
緋神那蝣竪(eb2007)も気付けば並んでいた。指を顎に当てて考え込んでいる。
「もし、村に行く途中で何か情報が得られたら入れておかないと‥‥たとえば街道の途中の茶屋とかでね」
銀髪が綺麗な法衣姿の女性、ティア・ラ・アズナブール(eb3436)が提案する。ますますシリアス化していく空気をよそに、前方でべべん、と陽気な音が鳴った。
「俺の琵琶演奏も役に立てるかなぁ〜」
「出し物も楽しみー♪」
きゃっきゃっ、と祭に思いを馳せている天道椋(eb2313)と由月であった。
●月蓋村にて
「そんじゃ、まぁ気をつけてな」
「皆さん、大怪我のないようにしてくださいの☆」
同行者が帰っていく中、冒険者は背後の視線を盛大に感じている。背後を振り返れない仲間を前に、斬は地図を差し出した。
「これが村の大体の地図だ」
『あれは何ですか』と無言で観月が指を折ると、首を振る。斬自身も入村した途端に四方八方から、いやむしろ監視されてるんじゃなかろうかと思うくらい見られた。村のあちこちを歩き回ったが、無表情な顔をした村人達がこそこそと耳打ちをしているし祭の準備を手伝おうと話しかけると蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。
ぱらりと扇を開けるが響く。
「何や隠さなあかん事あるんかもしれへんねぇ‥‥ヒトを喰う輩とか?」
のほほんと言うにはあまりにも内容が怖い。やめて葉月ねぇえええ、と由月の悲鳴が響いたのはすぐの事であった。
「少し、周辺の村で訊き込みをして来ます」
感情を出さないまま、凛がそう言った。手にはバックパックから取り出した韋駄天の草履が握られている。
「そうして頂けますか」
観月も神妙に頷く。
「先ほどタロットで占ってみたんですが‥‥良くないカードが出ています。ひょっとしたら死人が出るかもしれない」
「では、私達は村長殿へご挨拶に伺いましょう。依頼人の思惑も垣間見れるかもしれませんし‥‥ね」
何か物言いたげな視線は未だ纏わりついていた。
「祭って荒事とかあるの? 盗賊みたいなのだったら追っ払えば良いし、そういうのは冒険者の方で頑張るから元気出してね?」
「えっ、ええ‥‥」
──目が泳いでるな。
斬は口には出さずにそう判断した。
村長の村に上がった冒険者は、本来の依頼者として話を伺っている。が、村人と同じく態度は妙で、さりげなく水を向けたティアの言葉にも動揺している。
「良くない噂などと‥‥はは、何もないんですよ、ただ祭に浮かれた若者が危ないだけで‥‥そう、月見の祭ですからね、ちょっと気の迷いで」
「気の迷い?」
観月の強い眼差しにぶつかり視線を逸らした。しんと黙る中で、パタと葉月の扇が閉じる。
「皆さんが充分にお祭りを楽しむための協力というなら惜しみませんが‥‥」
那蝣竪はそわそわと落ち着きをなくし始めている村長を見つめながら、心中で呟く。
──何か、引っかかるのよね。
「琵琶ですって?」
噛み付くような反応に、椋は琵琶片手に笑顔のまま固まった。
子供達は比較的ニコニコ笑顔の自分に釣られ、気がつけば周囲に集まっている。ついでに琵琶をかき鳴らしたところで歓声が上がったのでウケる、と思ったのだが。
──人選、失敗‥‥?
子供を背負った女性にオリジナル漫談の手伝いをお願いしたのだが、この態度。村長には許可を貰ってるので大丈夫と思ったのだが。
琵琶、琵琶と何故か口の中で呟いていた女性はぎっと椋を睨みつけた。
「こんな時にそんな事するんじゃないわよ!!」
血走った女性の目は、本気で怒っていた。
「‥‥何か、皆イライラしてない?」
由月が葉月と観月にぴったりくっつき、その間で言った。
「やはりそう思いますか」
観月も冷静だが、村人の殺気だったやり取りを何度も見ている。女性を殴りかけた男を、斬が連れて行ったばかりだ。
「怯えてる人と喧嘩してる人ばっかり‥‥」
何かを思いつめた目で見つめられているためか、由月の言葉は酷く小さいものだった。
●祭にて
「‥‥‥‥」
三日目、男部屋から出てきた斬と椋、女部屋から出てきた由月・観月・葉月・ティア・凛・那蝣竪はお互いの顔を見つめあう。
「傷、増えたわね」
那蝣竪のコメントに全員黙って頷いた。
村の端々で帰省で増えゆく村人全員が喧嘩をおっぱじめるのだ。その理由も「祭の準備をサボる」といったちゃんとしたものもあれば、「何かムカつく」といった理由になっていないようなものもある。それを全員が目撃し、一度は必ず仲介していた。
「皆さん、気をつけて下さい。集団で騙されているのでなければ──今日、誰かが死ぬ」
凛は月蓋村周辺に位置する村々で、この村の事を聞いてきた。その調査で分かったのは、祭の最中に誰かしら必ず死人が出る──という事。
『殺人事件? 違う違う、あの村の不気味な所は殺害理由のない加害者が出る事だよ』
そう言われたのだ。親が子供を、子が親を、兄が弟を、妻が夫を──まるで、何かに憑かれたように、理由のない殺人を。
椋も今ではあの血走った女性の言い分が分かる気がする。月見の祭の日には、必ず理由のない殺人が起こる村──自分の身が加害者か被害者になるかもしれないのだ。
ぱたん、と扇を開ける音が響く。
「まぁどうこう言うてもしょうがあらへんことやし、とりあえずは知り合いの人にお土産になるようなもん買っとかんと」
「はは‥‥葉月ねぇ、呑気かも」
不気味な村に居ながらも笑えるのはこのメンバーのおかげかも、と思う由月であった。
「止めなさい!」
夜闇に周囲の景色が溶け、煌々と月が輝き出した頃。厳しい静止の声が響く。
スクロールを駆使した呪文が、月で出来た影を縫い止める。ギリギリ騒動を抑えた観月に、獣のような呻き声が答えた。
──若者が祭に興奮して暴れる‥‥?
これは明らかにその範疇を越えている。咄嗟に魔法で視界を悪くした凛も子供を抱いて落ち着かせる。怖い目つきに怖い唸り声。自分の身近な人たちの変化に震え泣き出す子もいた。
「大丈夫‥‥大丈夫ですよ、泣かないで」
「大丈夫じゃないのはむしろ私達ね」
惚けた台詞は、主婦の手を短弓で弾いた那蝣竪だ。さっきまで会話していた女性にいきなり掴みかかられた。
「うひゃっ。だ、駄目っすよ〜」
若い女ににじり寄られた椋が困ってるのか笑ってるのか分からない顔で逃げ回っている。離れた所で観月と同じようにスクロールでその動きを封じた。
「痛い! やめて、やめてよぉっ!!」
絶叫してる少女にいち早く気付いたのはティアだ。少女に向かって再度鍬を振り上げるのを見て咄嗟に呪文を紡いだ。
「痛ッ‥‥!」
「待って! 今‥‥治してあげるから‥‥!」
まさか村人に向かって捕縛魔法を使うなんて、と思うのは後だ。今はパニックに陥りかけている少女を癒す事が最優先だろう。
「おお‥‥おおお!」
「止めて、その手を離して!!」
由月の悲痛な声が冷たい風に乗って首を絞めている男に届いた筈だ。村長の首をギルドに来たろいう男がぐいぐい絞め上げている。
「駄目だったら!」
自分に届く攻撃は身代わりを作ってすり抜けた。祭が終われば村長に聞きたい事もある。本当の事を話してくれなかった理由も。
──やだ、村長の顔色変ってきてる‥‥!
既に涎と涙でいっぱいになった村長とそれに乗っかっている男を前に、由月は月の光を浴びながら己の力が足りない事を痛感した。
──皆は大丈夫か。
既に一人離れて林の中に入って着てしまい、優良聴覚を持たない斬は仲間の切羽詰った様子を心配する他ない。
「殺す‥‥殺す殺す殺すうううっ!」
いや。自分の方がピンチだったかもしれんな、と思い直す。生身の人間が相手なため、拳で応戦していたが気付けば数人の男達に囲まれていた。
がさ、と雑草を踏みしめる音が八方でしている。ぐっと木刀を握り直した。
「‥‥来い」
朝が明けるまでの辛抱だ。
●祭明け
「すみませんでしたっ!!」
ぱら、と開く扇の向こうに、土下座する男がいる。由月が上目遣いなのは、この男が村長の首を絞めていたからだ。その男が、今目の前で頭を下げている。
「村長が依頼を命じたのは、部外者がいれば標的が摩り替わるのではと思ったからだったんです」
「ええっ!」
「つまり、生贄という事ですか」
観月の言葉に顔を上げる。
「でも! 私が代わりにギルドに行ったのは‥‥助けて欲しかったからなんです」
「ま、助けたと言えるわよねぇ」
死人が出なかったのが驚異だ、と那蝣竪が笑っている。幸い狂っていない人間を落ち着かせ捕縛を手伝わせた事で、間に合わないといった事はなかった。
「まさかハーフエルフの狂化のように、十三夜の月で狂う村なんて‥‥」
月に引き起こされる狂化を封じ蓋をしたように、この村だけに起こる殺人事件。すっかり懐いた子供を膝に、凛がほうと息を吐いた。
「本当に、すみませんでした‥‥!」
昨日と違い、憑き物の落ちたようにスッキリした顔をした村人は、申し訳なさそうに冒険者の様子を窺っている。根は悪くない人たちなのだ。
ぱた、ぱらり。
「そうどすなぁ‥‥この村の事はギルドに報告するとして、祭というなら楽しまなあきまへんえ」
「──は?」
ちら、と葉月が椋を見る。合点です、と言いたげに琵琶を構えた。
「それでは、面白おかしい漫談など」
子供達が楽器に反応して目を輝かす。こんな小さな村ではあまり見る事もないのか、大人達まで押し寄せた。
──ひょっとしたら報酬相応の仕事だったかもな。
べんべんと陽気に始まった仲間の演奏を前に、斬は腕を組む。聞く体勢だ。
「──変な格好で踊り狂う京都サンバ物語なんて、どうです?」
何か聞き覚えのある話だわ、とティアは呟いた。