【鼠小僧】今夜家賃代頂きに参上します
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:10月18日〜10月23日
リプレイ公開日:2005年10月28日
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●オープニング
夜は布団がなければ過ごせない程度には寒くなった季節。とある貧乏長屋に暮らす親子の元に、ちっちゃくて、眉が立派で、黒い着物で、何だかわかんないが大層重そうな荷物を抱えたオッサンが現れた。
「「「‥‥‥‥」」」
時間は深夜。冷たい秋風がカタカタと音を立てる中、真顔の親子の視線が黒子な親父に突き刺さる。
せめて『きゃあ』とか『わあ』とか叫んでくれたら。いや、贅沢を言うなら『どっ、泥棒ー!!』などと恐怖感たっぷりに叫んでくれたら自分にぴったりで、慌てて逃げようもあるのだが。
親子は、目の前の黒ずくめでほっかむりで時々『じゃららー』と音がする大量の荷物を見ても、叫んだりしなかった。それどころか、
「あの、失礼ですが‥‥ひょっとしたら鼠小僧さんでいらっしゃいますか?」
「‥‥はい?」
生まれて初めて自分に向けられたこれ以上ない程の尊敬語に、盗人は思わず疑問符つきで返事をした。
「まあ、まああああっ!!! う、うちに来て頂ける日が来るなんてっ‥‥あ、どうしましょう、白湯しか出せないのですけど」
「あ、あの座布団はないのでこの布団をぜひっ!」
キラキラしてドキドキハアハアいってる台詞が鼠小僧の脳天を直撃した。
──歓迎されてる!? 盗人の俺っちが!? ありえない!!
翌日、京都冒険者ギルドにて。年配のギルド員は、これ以上ないほど不気味な笑顔を浮かべて接客をしていた。
「えーと、では何故狙われるかと思うのか聞かせて欲しいのですが」
「話は終わりました」
町人にしてはかなり上物の着物を着た若い男が、説明半ばのギルド員の台詞を無視して立ち上がる。
「ちょ、待って下さい堤さん! まだ内容をちゃんとお聞きしてませんが」
供を連れてさっさと出て行こうとした堤、という名の男が顔だけ振り返る。冷めた眼差しだった。
「わたくしは依頼内容を述べました。後はあなたの仕事でしょう。忙しいので、これで」
「‥‥ったく何てぇ客だ!」
まだ一行も書いてない依頼書を前に、筆を持った手で頭を掻き毟る。依頼内容の説明というには端的過ぎて、明確に書けない。
「あ、しかも報酬の金額聞けてねぇし。‥‥最悪だ」
話を全く聞かない依頼人。父親から廻船問屋を預かってから妙に羽振りの良くなった堤家の噂はよくないものばかりだ。曰く、袖の下で仕事依頼を増やしているとか。老舗の廻船問屋の客を良くない方法で奪っただとか。先ほどの堤の冷めた表情を思い出し、激しくその噂に同意した。
「奴ぁー、絶対悪い事してんな。でなきゃ鼠小僧を怖がるもんかよ」
ケッ。
ギルド員は、先ほどの言葉少なな会話から相手の希望を読み取り、依頼書を書き上げていく。
依頼内容 廻船問屋にて売上金と鑑札を見守る事
募集人員 四名〜八名程度
報酬金額 不明
「『見守る』──うん、これでいこう。言葉を濁して『見守ってもらえばいいんですよ』と言ったあの野郎が悪い」
むしろ盗まれろ。
心中でギルド員らしからぬ意地悪な気持ちになるのは、あの有名な鼠小僧がわざわざ狙っているかもしれないという事を聞いたからだ。
権力や金を悪用する連中からしか金銭を盗まないという義賊──鼠小僧。ギルド員、いや町の誰もがその正体を知らなかったが、金を盗んでは貧しい者達に配る心根の優しい盗人の正体を無理やり暴こうとする者はいなかった。
白湯を飲むにもほっかむりを取ろうとしない盗人に、ニコニコ微笑む親子は咎めようとはしなかった。むしろ『盗人業っぽいですね、素敵です』とまで言われる始末。
「冬になる前で良かったです‥‥この煎餅布団だと、夜中辛くて」
髪を綺麗に結う間もないのか、娘はほつれて落ちる髪を整えつつ、語る。
「ああ‥‥」
分かる、と鼠小僧は頷いた。自分の家も似たり寄ったり、隙間風からはびゅーびゅー風は入るし、布団も夏物としか言い様がない代物だ。おまけにここ三ヶ月ほど家賃を滞納していて追い出される寸前だ。
「最近まともに食べてもいなくて‥‥」
「あー‥‥」
分かる、と再び鼠小僧は頷いた。実は自分も二日程何も食べていなかったりする。馴染みの食事処はツケ過ぎて、出入禁止になっている。
「でも、鼠小僧さんのおかげで今よりいい所に移り住んで、一日三食食べる事も出来そうです!」
「ああ‥‥あ?」
三度目はさすがに頷く事が出来なかった。傍らの荷物がじゃりん、と音を立てる。
「貧乏人の私達に盗んだお金を下さるなんて‥‥本当にありがとうございます」
「な」
感じ入った娘の瞳は濡れている。両目に『感謝』という文字が見えた。
「あ、うっ、これ、これはっ」
──いい加減払えと言われてる長屋の代金でっ。つけっぱなしの料理屋に返すお金も含んでてっ。三日前寝込んだ時に払わんかった薬代も含んでてっ‥‥。
じり、と荷物を掴んで後ずさる鼠小僧は、震え上がった。
まずい。このままでは。この、ままでは。また、『いつも』のように今夜の仕事(ヤマ)で得たお金がっ!
ごふぉっ。
「お、お父さん、お父さんしっかりして!」
たとえ目の前で煎餅布団を血塗れにされても、娘が涙を零して父の体を支えていても。
「ごほ‥‥す、すまない、お冴っ。お前が働いても働いても、薬代で消えていくばかりで‥‥新しい着物も」
「やめてお父さん! わたしにはお父さんがいればいいの! だから、死なないで! 私を一人にしないでっ!!」
たとえ、お涙頂戴ものの親子愛を目の前で演じられたとしても。
──この、お宝はっ‥‥。
──確か蔵にはまだ金はあった筈だ。
──いや、二夜連続で忍び込むのはまずい。まずい仕事はしないのが俺っちの信念でっ。
「お父さん、お父さーん!!!」
──‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥堤廻船問屋‥‥また行くかぁ‥‥。
●リプレイ本文
●鼠さんコンニチハ
「鼠小僧だと? 何を言っている、そんなものは存在しない」
──はい?
堂々と、何をそんな当たり前の事をと胸張って言ったのは、マケドニア・マクスウェル(ea1317)。
九十九刹那(eb1044)は思わず考える。今回の依頼は鼠小僧から売上金を守る事では? しかし引っ込み思案の彼女は口に出来ずに沈黙した。
「全てはライトニングの仕業、人魂、妖怪、黄泉人、全てライトニング説明できっ」
べちっ。シフール落下。
「さて、本題に戻ろう」
装備済みの十手で叩き落とした張本人、菊川旭(ea9032)は何事もなかったかのように口を開く。刹那が動かないシフールを見て怯えている。
「ふむ。どうも厄介な所からの依頼のようですが‥‥」
ソムグル・レイツェーン(eb1035)がちらりと堤廻船問屋の看板を見上げた。こうして冒険者全員が外で依頼について相談しているのは、ギルド員も危惧していた『よくない噂』があるからだ。お互いが依頼についてどう思っているか、話しておく必要がある。
「何しろ堤家に侵入するらしい盗人は、あの鼠小僧らしいからな」
火車院静馬(eb1640)が確認するように屋根周辺を窺っているが、まだその様子はない。やはり勝負は夜か?
「とりあえず俺は依頼内容の通りに、鑑札と売上金の守衛に就くが」
乃木坂雷電(eb2704)が言い放つ。
「皆の心情や今回の依頼の趣旨を考えれば‥‥場合によっては逃、じゃない、追い返す事もあるだろうな」
雷電の台詞に静馬がニヤリと笑う。百を越えたようには絶対見えないソムグルが、ニッコリと微笑んだ。
「何にしろ、不正の裏も取っておいた方が良さそうだな」
旭にも異論がなかった。という事は。
「‥‥わ、私は『見守る』の部分を『見張り』と解釈して、普通に夜間の警護に向かいたいと思います」
全員の視線を受けた刹那が、どもりながらも何とか答えた。
──そう、つまり。今回の依頼は、鼠小僧を『ただ捕まえる』、ではない。
●堤の悪行、鼠の本性
「この部屋には本当に鑑札と売上金だけ、か」
和室独特の畳の匂いのする中、呟いたのは旭である。ソムグルはほのぼの奉公に来ている女の子と会話しつつ、刹那は静かに正座をして、雷電は冷たくなってきた風を遮るために障子を閉め、静馬は壁にもたれかかりその時を待っている。
マケドニアは、といえば。
『はっはっは、見晴らし最高だな!』
冒険者達の遥か頭上、屋根の上で待機していた。何故高笑っているのかは謎である。
「とりあえず、俺は少し他の部屋を探りに行ってみる」
「無茶はするなよ」
静馬が声をかけ、旭が姿を消した僅か数秒後。鼠は早速現れた。
「う‥‥あ、たたっ! 腰イタタッ!」
僅かな天井の軋みに反応したのは、丁度真下にいた雷電であった。
「あの‥‥貴方が鼠小僧さんですか?」
刹那の目には、どう見たって腰の痛みを抱えている黒子のような格好をした普通の親父にしか見えなかった。一頻り呻いた後、その親父の顔が上がり、いつの間にやら囲まれている状況に仰天する。
「うひゃおうっ!?」
──けったいな悲鳴だな、オイ。
静馬は苦笑しているが、鼠の方は右手に握られたハンマーにびびりまくり、その特徴のある顔を強張らせている。
「あ、わ、おれっちは単なる通りすがりでっ」
全身黒装束でほっかむりをして見張りに怯えていて通りすがりか。
「ありえんだろう」
冷たい雷電に、ちっちゃな親父は泡食っている。特に殺気や反撃能力もなさそうな事を確認し、剣を収めた。そこへ。
「今何か悲鳴が聞こえましたよ! まさか六人も冒険者がいて盗まれたなんて事は‥‥!」
堤であった。若くてマスクも悪くないわりに、生来の性格が滲み出て随分冷たい印象を与えている。実際、冒険者を便利屋程度に扱い、一食も出さない辺りにそれが現れている。
「盗人は?」
いつの間に、である。冒険者が堤から鼠へと視線を戻した時には、既にその小さくて黒い塊はなかった。どうやら、鼠の特殊能力は逃げ足、だったようだ。
焦る堤に答えたのは。
「──何の事でしょうか?」
亀の甲より年の功。キョトンとした態度を崩せない冒険者の中で、ソムグルは誰よりも早く『何もありませんよ、ええ全然』と顔に笑顔を貼り付けていた。
懲りずに二晩目にも侵入をした鼠は、盗人として明らかな失敗にぶっとい眉が八の字に歪んでいた。
今夜は合流出来た旭は、その義賊というにはアレな親父を前に、今度は逃がさぬよう真向かいに座っている。
「またお会いできましたね」
盗人を捕えるために参上したとは思えぬほのぼのとしたソムグルに、やはり鼠は戸惑う。
──コイツら、俺っちを捕まえるためにここにいる‥‥んだよなあ?
「俺っちは‥‥俺っちは、盗人だぞっ!?」
スゴんでみたが、『知ってる』と至極アッサリ頷かれた。
「おっ、お前ら志士だろ!?」
静馬と雷電、そして旭の格好に気付いた鼠は叫ぶが、当の本人は飄々たるしたもの。
「儂は家族を第一に、神皇家を第‥‥えふん、えふん。神皇家を第一に、家族を第二に扱っている。そこに累が及ばなければ後はどうこう言うつもりはない」
何やら聞き捨てならない言葉も混ざったが、仲間は沈黙を守った。今回の依頼では意見の一致を見ている。
「今日私は何も見なかった‥‥そのかわり、あなたは明日から鼠小僧でなくなる、というわけにはいきませんか?」
──お嬢さん、俺っちは盗人なんだが!
「そんな要領の悪い盗み方で大丈夫なのか?」
──ぐはっ。
雷電の冷めた言い方に止めを刺され。
「誰にも気付かれずにお奉行とつるんでる証文盗んで来れないか?」
真剣な旭の台詞に。
「う、う、うう‥‥」
鼠は、泣いた。このままでは盗人としての自分が、危うい。
●最後は景気よく
「全く‥‥無駄に二日三日も貴方達に部屋を陣取られちゃ迷惑なんですよ!」
「それは申し訳ありませんね」
堤の尖った台詞に応じてるのは、三日目の晩も見事に惚けきっているソムグルだ。他のメンバーは彼ほど老獪に堤の相手が出来ないため、任せている。
「とにかく、今日! 今夜中には決着をつけて下さいね、私は無駄なお金を払うつもりはありませんから!」
「了解しました」
──え。
足音荒く去って行く堤を見送り、仲間達がソムグルに問う。
「あの‥‥?」
刹那の戸惑いに、ニッコリ返し。
「今日で決着をつけてしまいましょうね」
伊達に百年生きてない。
「そういえばマケドニアさん、見かけませんね‥‥」
鼠が来るのを待ち、刹那が呟く。一番目屋根の上にいたシフールは、二日目の晩も三日目の晩もいなかった。
「‥‥保険だ」
何故、そこで目を逸らすんですか旭さん? 刹那は思ったが何も言わなかった。
「盗人だ!」
「なっ、何ですって!?」
雷電が堤の元にわざわざ足を運んだのは、わけがある。慌てたように飛び出す堤に続く彼の口元には、僅かに笑いが浮かんでいる。
「‥‥来たな」
どたばたと駆けてくる気配を感じ、旭が合図する。荷物を持った鼠が飛び出した。
「あっ、鼠小僧!」
「どけ、邪魔だ!」
町人姿では走れまい。静馬がハンマー片手に飛び出し、雷電も続く。刹那は何故か堤に一礼し、追い駆け始めた。
「は、早く! あ、ああ検非違使に連絡を‥‥!」
錯乱気味の堤の肩に手をかけたのはソムグルである。やはり輝かんばかりの穏やかな笑顔であった。
「堤さん。鼠小僧が出没したとあっては、この店の評判にも関わるでしょう。何せ彼は『悪人』から『黒い金』を盗む『義賊』なんですから」
ぽむ、ぽむ、ぽむ。
「私達が後を追いますので、今夜は忘れる事です。翌朝には‥‥きっと問題は解決してますから」
「た、頼むっ」
「ええ、お任せください」
その笑顔は老獪にして無邪気。
「な、何で助けてくれるんだ!? 盗人の俺っちを」
大量の金を積んだ似を担ぎ出しつつ、黒くてちっちゃな親父のすぐ後ろでは、静馬がついてきた店の従業員をハンマーで威嚇する。
「いや、一度でいいからこれを周囲の迷惑を考えず全力で振り回してみたくてなぁ。他の連中の邪魔になるように適当に振り回してやるから、さっさと行け」
「行って下さい」
刹那まで。盗人は『いい奴らだ!』と瞳を潤ませ、盗人らしく路地に飛び込んだ。しん、と静まる深夜の町。
「‥‥ところで」
雷電が威嚇用の刀を下げる。
「‥‥マケドニア殿は?」
「う、うう、いい連中だった」
鼠小僧、自分の長屋より一つ手前の棟の屋根で、呟く。金入りの袋が今日はやけに重かった。これはきっとあの連中の想いが篭ってるの‥‥だ?
「はーっはっは! マケマケ登っ場!」
黄金色の金と共に現れたのは、一匹のシフール。登場直後からハイテンションなマケドニアは、旭の手により袋に押し込められていた。
「鼠小僧といえば庶民に金をばら撒くのだよな」
──え。
問答無用で袋を奪われる。
「よし、我が手伝ってやろう」
──ええ?
突如として巻き上がる風は、ハイテンション・シフールが人為的に起こしたものだった。
──えええええ?
袋の口が開き、重石となっていた全ての金が夜闇に飛び散った。かしゃーん、かしゃーん、かしゃーん‥‥じゃららららーっ。
長屋の住人が起き出す。もう決して下には降りられなかった。顔面蒼白の鼠は屋根の上で至極満足そうなシフールを見た。
「‥‥‥‥‥‥」
「有無、良い事をした汗は心地良い」
──ゑ。
鼠はハニワとなった。
●後日談
「知ってる!? 堤廻船問屋が取り押さえられたんだってよ!」
報告を聞いていたギルド員は、ぴくっと肩を震わせ耳を澄ませた。
「ええ? 確か親父さんの跡を継いでから稼いでたんじゃないのかい」
「それがねぇ‥‥何でも鼠小僧が袖の下の証拠を暴いたって話だよ!」
「えーッ」
同じ卓についていたメンバーの顔を見ると、全員が視線を逸らせた。たった一人、紅一点だった刹那が遠い目で告げる。
「鼠小僧のおかげで悪いお店が一つ消えた。そういう事にしましょうか‥‥」
「鼠は密告なんぞしてないがな」
雷電、それは言っちゃあおしめぇだ。ぽんぽんと静馬の掌が肩を叩く。
「店から持ち出された金子は庶民に配られる所まで見守った。依頼人も文句は無かろう」
いや、それは依頼内容の違う『見守る』じゃ、と思ったが堤の冷たい態度を思い出すとどうしても突っ込めなかった。ギルド員はフウと額の汗を拭う。
「いい仕事をされたんですね‥‥」
「ええ、それはもう」
ソムグル、過去を全てデリートし笑顔。
「ホント鼠小僧っていい奴だねえ!」
卓の傍では真相を知らないおばちゃんが昨夜手に入れたお宝を手に『がっはっは』と笑っている。
「‥‥ああ、悪い奴ではなかったな」
旭の袖の中には堤家財産から頂戴した報奨金が『じゃらり、じゃらん』と鳴った。
「お、お、俺っちの家賃ーッ!!」
とある長屋で一人の親父が叩きだされたのは、また別の話だ。