髪切り虫
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■ショートシナリオ
担当:べるがー
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月09日〜02月14日
リプレイ公開日:2006年02月20日
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●オープニング
「ああ嫌だ、旦那様の言う事を聞いていたらこんな時間になっちゃったよ」
二十を過ぎたばかりの女が、駆け足になりそうな歩きで帰途についている。
時刻は既に子の刻を過ぎた。冬の風があちこちの板戸をガタガタ揺らし、酷く心許ない。
「この辺妙な輩が出たって言うしさ‥‥ひぇっ」
じゃり、と足音を立てて黒い何かが柳の影から現れた。
「なっ、なっ、なっ」
前に掲げたままの灯りが足音と共に黒いものの正体を明かす。着流しの裾と、男の足。そして。
チャキ。
「ひっ、ひぇえええ!!」
女の悲鳴が上がったすぐ後の事。人が立ち入らない壊れた家屋に一人の男が入って行く。手には何かを持ったまま。
「すまぬ‥‥遅くなった」
部屋の中は変わらず沈黙に包まれていたが、男には何かが聞こえるのか、独り言なのか呟く。
「ああ、ちょっとした仕事だ‥‥お前は病弱だからな、薬代を稼がねば‥‥」
ぶつぶつと呟きながら、部屋の隅に腰を下ろす。異臭のする物体に向かって男は呟いていた。
「これで足りぬのだろうか‥‥あの方は何人分集めよと仰っていたろう‥‥」
行きずりの女の長く美しい髪は、男の手にほとんど奪われていた。
「お前が生き返るなら、わしは何も望まん‥‥」
灯りなき部屋に輝くのは、男の両眼だけ。
「髪切り虫?」
冒険者ギルドで客から依頼を聞いていた番頭は、筆を止めて尋ねた。そんな事件があったろうか。
「ええ、ここ数日の間でもう八人、女の髪が切られてる。髪は女の命といいますからな、内一人は本当に思いつめて死んじまいました」
「はー‥‥」
日本刀によって切られたと言う髪は、後頭部ギリギリから断ち切られるという。
深夜の見えない恐怖と、首筋に当たる冷たい刃と、大事な自分の分身を切られた辛さは如何ばかりか。
「で、貴方は」
「内一人の旦那です」
男の顔は、ボコボコに殴られて痣だらけだった。
「お前が夜中に届け物をして来い、近いんだから今すぐ行け、と無理やり行かせたからだと‥‥」
泣いて過ごしてます、というのはどっちの事だろうか。殴る奥さんだろうか、殴られた旦那だろうか。
「とにかく、犯人は奉行所でも探しているものの一向に見つかる気配はないとか。しかも命まで取られたわけじゃありませんから、急かしても取り合って頂けず‥‥」
「で、こちらに来られたんですね」
分かりました、と言うと同時に筆を素早く走らせる。冒険者の目を集めやすいよう、髪切り虫と書いてみた。
「命までは取られてないと言っても、夜中の不気味な凶行です。どうか見つけて奉行所に突き出して下さいませ」
町人の依頼人は、そう言って頭を下げた。
●リプレイ本文
夫婦の家は、既に廃屋と化していた。実際のところ変化があったのは数週間前に過ぎないのに、男の心の中のように家は荒れていった。
扉は常に閉められ、日が当たる事はない。空気は篭り、換気のされない男の呼気と腐り堕ちるその肉塊だけがあった。
「ここが髪切り虫の家‥‥」
第三者によって光が当てられたのは、その部屋が悪臭に満たされ、数え切れない虫が湧き、原型を止めぬほど爛れきってからの事である。
「灯がなくても朝日で見えるな‥‥うわっ」
「だ、大丈夫!?」
「虫? この真冬に?」
ぶぅんと羽音が大きく聞こえるほどの大量の虫が、太陽の光に耐えられぬと言いたげに散った。
「わ、壁ぼろぼろだ。日本刀で切ったのかな? あれ、この染み何」
冒険者ギルドによって派遣された者達は、そこに見た。腐食した畳の上に横たわる、黒髪を纏ったそれを。
●
「来ないで! ‥‥ひぃいっ」
女の異様に怯えた目が、呆気に取られた拍手阿邪流(eb1798)を見ている。
──被害者は、犯人の足を見たんだよね。男の足。
ずりずりと布団ごと下がっていくのを見ながら、ティワズ・ヴェルベイア(eb3062)は記憶を手繰り寄せる。依頼書の通り彼女達が犯人の性別を知っているなら、見知らぬ男は恐怖の一夜を連想させるだろう。
「怯えさせるつもりはねぇんだが‥‥あ〜、あんたはどこらへんで襲われたんだ?」
萎縮する被害者に阿邪流は極力いつもの荒さが鳴りを潜めるよう声を掛ける。それでも来ないで頂戴、と悲痛な声を上げた。夫がおろおろと妻と冒険者を見守っている。
──酷い話ですね‥‥。
黙って見守っていたセドリック・ナルセス(ea5278)は眉根を寄せた。もし彼女が身内だったら、妻だったら──と考えて、より一層腸が煮え繰り返る。
「必ずや、皆さんの敵は捕まえて差し上げます」
冒険者から随分と離れた位置まで後ずさった被害女性に、レナーテ・シュルツ(eb3837)が近づく。自分もこの黒髪が自慢で大切だ。被害者の怒りや哀しみが我が事のように感じられる。彼女の視線を真摯に受け止めた。
「思い出すのもお辛いでしょうが、その時の状況を詳しく教えて頂けますか?」
幼く見える和泉みなも(eb3834)に見上げられ、その女性はついに被っていた布団を下ろす。日本刀により綺麗に断ち切られた髪を見て、冒険者が目を瞠った。
「私があの道を通ったのは、三日前の事だった‥‥」
「さぁ〜、夜中の事だろ? 皆寝ちまってるからなァ」
「‥‥そう‥‥ですか‥‥」
言葉少なに答えた藤袴橋姫(eb0202)はぺこんと頭を下げる。丁度被害者の家から出てきた佐々宮鈴奈(ea5517)と目が合った。
「何か聞けた?」
首を振るとそっか、と残念そうな顔になる。先ほどまで被害者宅の全てで犯人に関してろくな情報が集められなかったから、きっとここでも無理だったのだろう。
「仕方ないわね、夜な夜な女性の長髪を狙う魔の者‥‥髪切り虫に無理やり奪われたのだもの。命に直接別状はなくても‥‥ね」
翠花華緒(eb0556)が沈む鈴奈の肩を叩く。女性なら誰だってパニックになって相手の素性など気にしてられないだろう。
「とりあえず地図作って印つけてくか」
訊き込みで未だほとんど犯人の情報を掴めていない。あと四日あるとはいえ何らかの対処が必要だ。阿邪流の台詞に皆が頷いた。
「ここが最後か?」
華緒が丁寧に書き記した地図に、最後の被害場所が書き足される。覗き込んでいた阿邪流がきょろきょろと周囲を見回す。
「距離はさほど離れていませんね。犯人の本拠地も近い、と考えるべきでしょうか」
みなもは高い位置にある地図を諦め、犯人が隠れていたと思われる柳を調べている。
「それならもう少し周辺に訊き込みをしてみましょう。夜中に犯人が立てた物音を誰か聞いているかもしれません」
「だな。俺も怪しい奴がうろついてるだの、何か噂を探してみるぜ」
レナーテの言葉に阿邪流も同意した。
「それにしても‥‥本当に、犯人は何故女性の長髪ばかり集めるのかしらね」
ほう、と吐息と共に漏らしたのは、一向に情報が集まらない訊き込みを根気強く続けていた面々だ。連れのおにぎりを手に、華緒は腰を下ろす。同じくおにぎりのご相伴に預かった仲間はそれぞれに推論を飛ばした。
「黒髪のフェティシスト? それとも禿頭の男が、長髪に嫉妬して? または、売り捌いて儲けを得ようと‥‥!?」
おいおい、と阿邪流がティワズの推測に笑う。うーん、と鈴奈が唸った。
「夜な夜な女性の髪だけを狙う犯人かぁ。何かありそうな感じがするんだけど」
「かつら業者に当たってみましたが特に変わりはなかったので、別の線かもしれませんね」
セドリックは先手を打っているが、ここ最近連続して髪を持ち込んだ男の話など聞かなかった。
「髪は女性の命と言う‥‥から‥‥、目的は‥‥命を何かに与えるとかの‥‥呪術?」
「え、呪い? ジャパンには髪を使って術を使う風習があるのかい?」
橋姫が何とはなしに呟いた言葉にティワズが驚く。不思議な国だね、と感慨深く呟いた。
「髪を使ったどんな呪いがあるのか調べてみようか。まずは何が目的なのか知っておきたいしね」
美の伝導師としては許し難い行為だし。何だそれはと呟き声が聞こえたが、それは無視。
「それじゃ私達はこのまま訊き込みを続けるわ。あっちの通り付近、まだ調べてなかったから」
鈴奈はぴょんと立ち上がる。少なくとも何をすべきか見えたなら、動く力が蘇る。
「冬の夜ですから、日は落ちるのが早い。夜道や後ろには注意して下さいね」
仲間のうち美しい黒髪を持つ女性は約半数。レナーテは用心を促した。もちろん己にもだ。
──女性は皆自分の髪を大事にしているもの。それを奪う無体な行為を許す訳にはいきません。
みなもは髪切り虫にどんな事情があれど、この神皇様の都を騒がす者を見逃すつもりはない。
「寒っ」
深夜子の刻を過ぎた辺り。分散するのは危険だと判断した冒険者達は、当たりをつけて夜の道中で立っている。最近ここらを歩き回る男がいると聞いたのだ。
「おいおい、防寒着くらい持って来いよ」
阿邪流にからかわれ、鈴奈が呻く。それを言うなら橋姫も寒い筈だが、どういうわけか無表情に突っ立っていた。あ、鳥肌。
「‥‥切られたら、斬り返そう‥‥」
「おいおい」
「ぁ、殺ったいけないのか‥‥程よく斬ろう‥‥」
「そうじゃなくって」
「ダメよ、作戦の前に」
三人して騒いでいた仲間に、華緒が仲裁に入る。その髪は茶の髪を下ろした状態で囮に備えている。そう、今夜こちらから罠を仕掛けるのだ。
灯を持たず歩く華緒の足元から、静かな足音が聞こえる。頼りになるのは欠けた月の光のみ。生活音の消えた中、マントを被って息を殺したセドリックは髪切り虫が網に引っかかるのを待った。
「ふぅ、寒い‥‥」
出来るだけゆっくり歩く華緒は、ブレスセンサーで何気に周辺の気配を探っている。酒に酔った男達の気配、急いで帰路につく親子のじゃれあう気配、そして‥‥。
「!」
──おいでなすったか。
囮の華緒にぴったりくっついてそろりそろりと歩いていた阿邪流は、前方の柳の木の影に何かが潜んでいるのをその目で確認した。恐らく、こいつが、あの──。
「姿を現して頂きましょう!」
レナーテの毅然とした声がよく通った。
「髪を‥‥」
不気味に響く低い声が、夜の町に、響いた。
背後から忍んでついてきていた橋姫は、斬馬刀を手に駆け寄る──!
「不動金縛りの術!!」
鈴奈の高い声が聞こえた。
「むっ!? ぬぅぅん!!」
獣のような咆哮と共に静かだった獣が抜刀した。華緒が身軽に後ろへ飛び退る。その両横を阿邪流と橋姫が駆けた。
「大人しくお縄になれってんだ!」
十手で日本刀を受けた阿邪流が噛み付くように叫ぶ。小太刀で払い、足払いをかけようとしたが失敗した。
「‥‥『藤袴流』藤袴橋姫、参る‥‥」
静かに宣言した橋姫が鞘ごと全力で真横に振り切る。ギィン、と重い音が鳴った。
「!?」
髪切り虫の体に背後から何かがまとわりつく。一瞬その場の全員が驚くが、セドリックが精霊魔法で変わり身を作り上げていたのはすぐ察した。
「ぐっ‥‥ぬ!」
日本刀を振るうのに邪魔なのだろう、一まとめにした髪が、ぶんぶんと左右に動いている。
「水霊よ、我が手に集い氷の刃と成れ」
暴れるように振り回されて距離を置いた仲間に代わり、みなも氷輪を生み出し叩きつける!
「ぐあっ」
一瞬強張ったように体が反り返り、それでもこちらに手を伸ばす。いや、正確には美しい黒髪を持つと信じて疑わない、華緒に向かって。
「かみ‥‥くろ、かみ‥‥を、しほ、に」
「‥‥何だと?」
「ぐあああああっ!!」
バチバチバチィッ!! と派手な音共に男の体ががくがくと揺れる。ばったりと倒れてしまった。
「‥‥あれ?」
鈴奈の不思議そうには距離を置いて見守っていたティワズが答える。
「ライトニングトラップを設置しておいて良かった良かった♪」
男はびくびくと痙攣を起こしている。
「ね、何でこんな事をしてるの?」
「‥‥‥‥」
「女性の黒髪ばかりを狙うのですから、何がしかの事情はあるのでしょう」
違いますか? と鈴奈の問い掛けに黙る男をセドリックが言及する。男はやはり無言だった。みなもはその様子を目を細めて見ている。
──人死にが出ている以上、どのような理由であれ許されるものではありません。
「しほ‥‥」
思い出したように橋姫が呟く。急に男が瞳をギラつかせた。
「そのしほさん、という女性に何か関連が?」
レナーテの冷静な声に、男は笑った。明るさは一片も含まぬ、暗き笑み。
「妻を呼び戻すのだ‥‥」
あの世から。それが出来る、と言われたから。自分は信じているから。
●
「ここが髪切り虫の家‥‥」
誰かが暴れでもしたのか。壊れた木戸と破れた障子が見える家だった。でも、ここにあの男の幸せはあったのだ。心狂わせるに至った幸せが。
「どこで呪いの事を調べたんだろう? 魂を呼び戻すなんて普通の人は方法知らないよね」
図書寮で日本の呪術を少し調べたティワズが首を傾げている。家の前に立ち尽くし動かない冒険者は彼の言葉を無言で聞いていた。
「本当に女性の髪で人魂が蘇るんでしょうか?」
「騙された可能性もあるわね」
みなも自身はそんな話聞いた事がない。華緒も髪切り虫に呪いを教えたという人物を疑ったいた。
「そんな怪しい方法でも頼りたかったのね‥‥よし」
殺気感知ではない薄ら寒いこの悪寒は何なのか。間違いなく鈴奈はこの中に『嫌なもの』がある事を理解していたが、哀しい髪切り虫の想いを少しは軽くしたかった。
「待て、俺が行く」
先陣をきろうとした鈴奈を押し止め、阿邪流が前に出た。
「灯がなくても朝日で見えるな‥‥うわっ」
ぶぅんと大量の羽虫が扉を開けた自分達に向かって飛んできた。
「虫? この真冬に?」
レナーテが途中で止まった木戸をガタゴトと開ける。やはり悪臭は外から嗅ぐよりも酷かった。
「わ、壁ぼろぼろだ。日本刀で切ったのかな? あれ、この染み何」
「‥‥鈴奈さん!」
ハッと息を詰めたセドリックは乱暴に腕を掴むと背後に押しのけた。しかし逆に背後に控える橋姫やみなもの興味を煽ってしまい、全員が目撃する破目になる。それを。
「死体を‥‥そのままにしたのね」
埋める事も燃やす事もせずに。青ざめて震える唇で言うのは、華緒だ。自分の髪を黒髪と勘違いして追った腕は、あの肉塊を蘇らせるためだったのか。しかし、もうあの肉体は。
「‥‥いやっ!!」
目を閉じても執拗に瞼裏に蘇る、それは。
無数の虫にたかられ肌色を失った人間の女だったもの。腐食が始まり悪臭を放ち、それでも顔だったのだろうと思う額と目玉のなくなった両眼が、冒険者を出迎えた。
「あんなの‥‥酷いわよ、髪切り虫にされたあの人も、あの人の奥さんも」
奉行所に連絡しすぐにあの無残な遺体と髪切り虫を預けた。が、肝心の敵が捕まっていないようでそれが燻っている。
「五日間という期間が悔しいですね‥‥」
呪術を唆したという男を調べるために依頼終了期間ギリギリまで粘ったが、どうしても呪術を教えたという男を見つける事が出来なかった。
鈴奈とセドリックの落ち込む声に、橋姫も頷く。ただ、死んでしまった妻を蘇らせようとしたのも違うと思う。
──例え、人の魂で蘇ったとしても‥‥それは違う人‥‥。
人は、覚えていて貰えば、それで良いのだから。
涙ぐむ鈴奈の肩に手を回し、華緒は願わずにいられない。罪は罪だけれど、あの世でまたあの二人が出会えるといい。
「さあって、帰るか! 俺達ゃ生きてる家族がいるんだからな」
暗い空気をぶち抜くように、阿邪流は立ち上がる。
「そうだね。僕は愛の伝道師で忙しいし」
ティワズも憂い顔を止め立ち上がる。やはり、自分は笑ってる方が綺麗だし。美人だし。優雅だし。
「‥‥だから何なんですかそれは」
背後でレナーテとみなもの呆れる気配。