●リプレイ本文
「よろしくお願いします」
ぺこ、と頭を下げるレミナ・エスマール(ea4090)を見て、依頼人は何とも言えぬ微妙な顔をした。とても元気いっぱいな商人には見えない。見れば子供も二人紛れ込んでいるではないか。不安、と顔に大書していた。
「えーと、実は客商売ってやった事ないけど‥‥」
えっ、と発言した方を見れば緒環瑞巴(eb2033)がとりあえず、がんばるっと笑っている。笑顔は可愛いが大丈夫なのか?
あ、と問題の子供(に見える)大宗院沙羅(eb0094)が声を上げた。
「よう考えたら、うちは呉服屋やったわ」
がく、と肩を落とした依頼人の耳には、『まぁでもその分相手の弱点も分かってる事や』と前向きな言葉は聞こえていない。
●下準備
「あれ、何で商品移動してはんの?」
客が来たため一旦その場を離れた依頼人が、もう一人の問題の子供所所楽銀杏(eb2963)に声を掛けた。戻って来てみれば全員店内の酒瓶を抱えているのは何故。
「試飲場所を店の奥に作る、です」
「ん〜とね、手前にこれから入用になりそうなお酒をメインに置くんだ」
これからの時期花見があちこちで行われ、お酒も沢山使う筈。銀杏と端巴が口を揃えてそう言った。
「彼女達の事は大丈夫ですよ、俺が話術を教えますから」
何たって自分は凄すぎる琵琶法師、任せて下さいよと天道椋(eb2313)が笑った。
「はい‥‥口上は椋さんに教わる、です」
少年にも見える銀杏の頬が、ぽっと赤く染まったのは気のせいだろうか?
「さて、この辺でいいかな。私はこれから別行動をしよう」
ぱん、と手を叩き、リュヴィア・グラナート(ea9960)が袋を手に取った。
「私は植物学者だからな、お酒に漬ける薬草を探して来る」
日が明るいうちに、という事だろう。黙々と酒瓶を運んでいた男手、緋神一閥(ea9850)も立ち上がる。
「では、私は宣伝に参りましょう」
「おおきにさんどす」
店を出ようとする二人に向かって依頼人は深々と頭を下げた。その頭を見ながら、一閥は思わずにはいられない。
──洒落で着てきた巫女姿に誰にも突っ込まれなかった‥‥何故でしょう?
それは多分、隣のリュヴィアさんの見事な男装っぷりと、性別の判断がつきかねる器量のせいでございましょう。
「‥‥ふぅ、売っているものが違うのが相手となりますと、難しいですね」
酒瓶の移動を終えるとすぐに、依頼人より借りた帳簿を眺めつつ、レミナが呟く。目は予断なく隅々の数字を拾い、三日間でどれだけ収入が見込めるか、明確な数字を弾き出している。正直、厳しい、かもしれない。
「こちらも数を捌かなければどうにも‥‥これは他店より魅力な点を打ち出さなければ」
「‥‥‥‥」
レミナの厳しい目は明らかに商売人のもの。お客様の前では隙のない笑顔満面でありながら、帳簿の前ではとてつもなく厳しい顔つきになる。それが商売人。依頼人は知らなかったが、彼女の家は商家だ。
「決めました。通常のお酒は少しに安めに売りましょう。そこを魅力にして売り出す。数が売れれば巻き返しは可能な額です。籤で当たるのも最高額の高級酒にして人を集めましょう」
もちろん、最終日に当選する予定です、と言うレミナの顔を見て依頼人は認識を改めた。彼女は経営の鬼だ。
●商売ど根性見せたれ
「おっちゃん、家事ってのも大変なもんや。うちは母子家庭やからな、家事のしんどさもようわかんねん‥‥ああ同情はいらんで、でもおっちゃんのために家事頑張ってる奥さん労ったって欲しいねん」
売上げ競争初日。沙羅は絶好調で偶然店前を通った親父に声をかけた。むろん既婚者と見込んでの台詞である。ちょっぴり目尻に溜まった涙は演出効果。呼び込みの呼吸までは分からない銀杏と瑞巴呆然。
「どうや、今夜は奥さんと一緒にちょっといいお酒で‥‥」
くい、と杯を傾ける仕草で客を篭絡していると、べべ〜んと琵琶の音が聞こえた。見るとぞろぞろと客を引き連れた椋が、外回りから帰って来た所だ。
「いらっしゃいませ、です」
精一杯の笑顔で銀杏が出迎える。瑞巴は今から始まる接客にワクワク顔だ。
「はい、皆様。こちらが弾き語りでお話していたちょっと味に定評のある酒屋さんですよ」
何をどう弾き語ったものか、外回りの帰りに道端で店の宣伝をしたらしい。付いてきた客が『サービス・デーって本当?』と騒いでいる。
「本日から三日間は特別に、『越後屋より安く』『空クジ無しの籤引き』を行っております」
微笑を浮かべながらちゃんと言葉のアクセントを使い分ける一閥。今日も巫女姿。
可愛いからそのままでいてと依頼人に頼まれた模様。これも売上げアップのため。客は皆女だと信じてる。
「じゃあいっぽ」
「ええっ!? 三本セットでこんなにお買い得なの!? 僕絶対買うよ!!」
店頭の酒を並んでいた金髪の男。何故か背後に大量の水仙を背負っている。この輝きは朝日?
「知ってる、君達? 良質の米と水を使って醸造した純米酒は美容にいいんだよ。お肌つやつや、若さを保つ水って言われているのさ」
急にくるっと振り返って他の客に説明し始めたのは、ティワズ・ヴェルベイア(eb3062)であった。
「ね、君。着物だけ美しくても肌がボロボロじゃあ興醒めだよね‥‥」
眩しすぎる男に指先を取られ、偶然近くにいた女性ははくはくと口を開閉するのみ。ほら、見てご覧よ僕のこの美しさを。
「美のためのお金をケチるなんて、最低だね」
高額酒瓶お買い上げありがとうございます。
「はいっ、鍛冶屋町にて食堂経営されてる『美鈴屋』さんご入店でーす♪」
外回りに行っては『試飲出来ますので、一度足を運ばれては?』と今後も収入を見込める客を引き込んでいる椋。店先には自分が捕まえてきた客以上に沙羅の呼び込み、見事なサクラっぷりを発揮したティワズによって混雑してきている。
「押さないで下さい、です。えと‥‥占いはあちらの緒環さんで」
客商売は慣れてない筈の銀杏が、懸命に接客している。そろそろ混乱してきているかもしれない。
「おまけはつまみと干し肉で、え、高級酒の銘柄ですか? えと‥‥」
いつもは壁際から観察して『著迷人見聞記』を記してる筈だが、今日ばかりはそうはいかない。
客が集まった事で熱気が篭り、段々頭が混乱してきた。瑞巴が商売根性よろしくハリセンでばしばし叩き売りをしている音も遠くなる。
「失礼」
すっと銀杏が配っていた試飲用の酒が取り上げられる。銀杏が頭を上げると、リュヴィアが微笑んで見せた。
「可愛いお嬢さん、すまないね。まだ慣れない彼女を許してやって欲しい」
男装の麗人は女性客の前にそっと杯を握らせた。美しい銀の髪が近づき、きゃあっと黄色い声がそこここに湧き上る。
「お詫びにこの花を‥‥ああ良く似合うね」
薬草を取ったついでに取ってきた野花は、もちろん見栄えがいいものを選んでいる。女の子が好みそうな、可愛らしい黄色や白。桃色に赤。ここにいる女性のように華やかな。
「気に入ってくれたかな? まだあるから、良ければお友達にも宣伝して来て欲しいな」
ちょん、と白い指先で触れた花は真っ赤になって頷いた。
「三日目ともなると、口コミで随分集まるねー」
呼び込みしてないのに、お客さんが呼んで来てくれるみたい。店先でリュヴィアの言うところの花の一人、瑞と巴が知り合いになったおじさんにニッコリ手を振っている。
「瑞巴ちゃん、昨日やったあれこいつらにも見せてくれる?」
どうやらご近所さんのご家族らしい。子供がキラキラとした瞳で自分を見ていた。
「うんっ、いいよー。それっ♪」
精霊魔法、幻影を見せる月の呪文詠唱。店先で何度か唱えたこの呪文で、満開の桜を編み出す。
「やっぱりこれからの時期はお花見だよね〜。お花見に行くならお酒は絶対必要だよ! 今から準備しておけば気まぐれな桜がいつ咲いても大丈夫っ!!」
「ええ、それにお得ですから。『今だけ』、『期間限定』、このお酒一本で『三回』籤が引けて、『もう一本』美味しいお酒を飲めるかもしれません」
──これは期間限定、千載一遇のチャンスです。
商売人として大事なツボを総ナメしているレミナを見つめる依頼人は、完全に信頼している。
「毎度ありがとうございました。お気をつけてお帰り下さいね」
酒瓶は重いから、三本セットなど買うとヨタつく人もいる。一閥は優しく旦那様の言いつけで買いに来たという少年に声をかけた。‥‥少年の頬は赤いのだが、単なる仮装程度に思ってる一閥は自分の巫女姿の威力に気付いていない。
「嬉しそうに買って頂けると商売のし甲斐がありますね‥‥」
──町民の笑顔が溢れる都は、国の栄える証。
「束の間でも商いの助けになれるならば、私の本懐です」
巫女姿で拳を胸に呟く姿は、まさに店先に咲く一輪の花。
「そうそう、この高級酒、お肌すっべすべに‥‥あれ、どこか行くの?」
沙羅の立ち去る姿に気付いたのは、店先で水仙を咲き誇らせていたティワズだ。
「ちょっと偵察してくるわ」
ひらひら。手を振った背中は、ここ数日間の中で一番燃えている。
「邪魔するで。うちでも着れる子供服が欲しいんやけど、何かあらへんかなぁ」
店を出て数歩。その場所に立つライバル店に堂々と入った沙羅は、慣れたように上がり込んだ。さっと目が棚数をチェックする。
「いらっしゃいませ」
店主であろう夫妻が笑顔で出迎えた。きっと、酒屋である酒井屋に負けないと信じているのだろう。
──でも、甘いで。
「ちょーっとこの店、散らかってんちゃうかぁ?」
商売人なら例え相手酒屋であっても油断は禁物。そう、例えば自分みたいに足を引っ張りに来るのだから。
「あーあ、これやったら質も値段もあそこの呉服屋の方がましやなぁ」
あそこ、とは自分家。自分家、とは呉服屋。酒井屋が儲かって、うちの店も儲かって、一石二鳥やな。
●完全勝利は商売人のもの
「ひぃ、ふぅ‥‥酒井屋さんの勝ちですね」
ちゃらちゃらと細かい銅銭まで数えていたレミナが、顔を上げた。完全勝利です、と。
「なっ‥‥そんなわけあらへんやん! だってそんなっ‥‥単価の安い酒井屋に負けるやなんてっ‥‥」
眩暈を覚えたのか、平田屋の奥さんが旦那に寄りかかるように倒れる。依頼人がにやりと笑んだ。
「嘘ちゃいますえ。ちゃんと事実見はったらどうなん? うちが買って、そっちは負けた。そうどすな?」
「くっ」
──女同士の見栄の張り合いか‥‥フ、醜いね。しかし、端で見てたら面白いけど。
結構酷い事を考えて笑ってるのはティワズだ。こんな争いがギルドに出てたりするから冒険者ってやめられない。
「んね、所でそもそも何でお向かいさんと仲悪いの?」
二つに分けた金髪を揺らし、首を傾げる瑞巴。だって、違う業種だし、それに
「喧嘩なんかしてるとお客さん来なくなっちゃうよ?」
醜い顔で罵り合ってる店主の店など、誰が来たいだろう? あれだけ人が集まったのは、自分が笑顔だったからだと思うのに。
「それはっ‥‥」
「幼馴染なんですよね」
べべん、と琵琶の音をかき鳴らし、椋が苦笑した。情報を漏らした夫二人も苦笑している。
きっかけは些細な事。個人同士の意地の張り合いであって、元々は店など関係なかった。
「あなたッ!!」
二人ハモった鬼の形相の妻に夫は首を竦めている。椋のように夜な夜な二人で酒を飲み愚痴り合ってる事など知らないのだ。
困りましたね、と夫婦仲すら険悪になりそうな雰囲気に、一閥は隣にいる銀杏に声をかけた。こっくりと頷く。
「ほら、二人とも。美しい顔が台無しだ、競うのは良いが女性二人が角突合せるのは良くない」
三日連続女性客に囲まれていたリュヴィアは、妙齢の女性にも笑顔を向けた。
「互いに協力し合えたらもっと商売繁盛するのではないかな。‥‥二人の綺麗な笑顔で」
店に詰め掛けた若い女性客のほとんどを首から真っ赤に染め上げた男装の麗人に、銀杏は思う。
──リュヴィアさんも商売人かもしれません‥‥。
「あ、あの‥‥リュヴィアさん、家でちょっと働いてみはらへん?」
主に、女性専門の。