恋の華を刻みたい

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月31日〜04月05日

リプレイ公開日:2006年04月10日

●オープニング

 ──それは、身分違いの恋だった。

「父様、お呼びですか?」
 とある武家屋敷の、桃色の着物が似合う娘が襖の向こうに問い掛けた。すぐにお入り、と声がかかる。
「失礼します」
「全く。また紗江(さえ)の目を盗んで町へ行ったね?」
 呆れた物言いだが、目は優しい。大好きな父親に窘められ、娘の三千子(みちこ)はぺろりと舌を出した。一人フラフラ出歩く自分を心配してくれる気持ちは嬉しいが、ここは譲る気はない。
「しょうのない奴だ。嫁いだら少しは落ち着いてくれよ」
「──え?」
 機嫌のいい父の様子に、今やっと気付いた。普段は日中から飲まない酒も、父の前にある。何か仕事で良い事でもあったのだろうか? まだ自分は十六なのに。
「何だ、忘れたのか?」
 家着としてラフな着物を着ている父は豪快に笑う。自分がもたらすニュースが、必ず娘を喜ばせるに違いないと信じて。

「芦野殿の下へ輿入れする日が決まったのだ。お前も十七になる事だしな」

 その後、私が喜んでいると信じて疑わない父は結婚式の日取りと、もう遊び歩くのは止めるようにと言い含めていたようだ。‥‥ようだ、というのはとてもじゃないが聞ける状態ではなかったからで。
 気付けば自分は、いつものように小さな一軒家に遊びに来ていた。
「‥‥‥‥」
「‥‥またお嬢さんか」
「悪かったわね」
 いつもなら目は笑いながら舌をべぇっと出してるところだ。暗い声音に、この家の主人は眉を顰めた。
「‥‥親父さんに出歩くなって言われてんだろう。もうここへは来るな」
 口下手な男の相手はいつも楽しかった。けれど今日はやけに重く感じられる。
「‥‥言われなくてももう来ないわよ」
「は?」
 コイツは人の恋心を何だと思っているのだろう? それ以前に何でこの人を好きになってしまったんだろうか? ろくな財産もない彫り師に。
「ねぇ、約束の華を入れてよ」
「馬鹿言うな。お前さんみたいなカタギの娘っこに墨なんざ入れられるか」
「馬鹿って! ‥‥いいじゃないの、私は客でしょう!?」
「癇癪起こして菓子を欲しがる子供と変わんねぇよ」
 子供。まだこの人の中では自分は子供なのだろうか?
 あの雨の夜、足を挫いた私を背負って連れ帰ってくれた日のままで。もうあれから十年は過ぎているというのに。
 きゅっと唇を噛んで俯く娘に、中年に達してしまった男は黙って背を向ける。
 ──自分と違い、綺麗なこの娘に何故墨など入れられようか?
 理解せずこうして毎日のように訪ねて来る三千子は、日々美しくなってゆく。自分は老いていくだけだというのに。苦い顔をする遼次の真意は三千子に通じない。

 京都冒険者ギルドに三千子が現れたのは、その日の夕方だった。
「彫り師に体に墨を入れさせる依頼‥‥ですか」
 応対したギルド員は、真っ白の肌に上等の着物を着たその娘を見る。明らかに墨を入れるような娘ではない。なのに何故こんなに白い顔をして依頼に来たのか。
「頑固な彫り師で、私の希望する華‥‥桜を彫ってくれないの。子供だからと言って。でも、私は彫って欲しいの!」
 泣き出す少女には彫り師への想いがあった。だが大好きな父親の友人の息子との結婚は自分達が生まれる前から決められている。自分だって、まさか一介の中年の彫り師と結婚出来るとは思っていない。でも諦めきれないのだ。せめて思い出をと願って何がいけないのか?
「お願い、彫ってもらえればそれで諦めるから‥‥遼次(りょうじ)さんにも迷惑かけないから‥‥だから、どうか」

 ──最後の思い出を下さい。この体に。

●今回の参加者

 ea6356 海上 飛沫(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9855 ヒサメ・アルナイル(17歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0983 片東沖 苺雅(44歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1793 和久寺 圭介(31歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 毎年咲き誇る桜。それが、今八人の冒険者の前でゆらゆらと揺れている。
「幻想的ですね‥‥」
 華奢な花だ。強い風が吹けば飛び、ひらひらと手の中に落ちてくる。沈黙が続く中、海上飛沫(ea6356)のつぶやきは思いのほか響いた。
「ジャパンとノルマンの桜って色が違うのな」
 あっちは、白、こっちのは薄紅っての? 銀髪のヒサメ・アルナイル(ea9855)はここまでじっくり夜桜を見たのは初めてかもしれない。
「ふふ、女性も花もはかないからこそ、美しいのかもしれないね」
 和久寺圭介(eb1793)が言ったのは、きっと三千子の事だ。遼次の家を見上げ、チサト・ミョウオウイン(eb3601)はぎゅっと父の腕にしがみついた。
「‥‥大丈夫だ、きっと」
 優しい娘は依頼人の肉体的な痛みを思っているのだろう、そう当たりをつけた明王院浄炎(eb2373)はぽんぽんと頭を叩く。将門雅(eb1645)も『大丈夫やって』と笑いかけた。
 そう、あれだけ一人の男を好き抜いて、その想いを残すために選んだのだから。だから、きっと大丈夫。
「桜は散る姿も皆に愛されてんねんで」
「だな。‥‥俺も、散らせた事がある」
 白翼寺涼哉(ea9502)は杯を傾けた手を止め、左薬指に口づけた。人を愛する事はけして悪い事じゃない。自分が、妻と子を愛したように。
「人の心は移ろい易いものですが、このように決して変わらぬものもある‥‥この体験は私にとっても色々と思い出深いものとなるでしょう」
 遼次の家の扉が開くのを見、片東沖苺雅(eb0983)はそっと目を閉じた。

●お願い、手伝って
「来て下さって、ありがとうございます」
 三千子は武家の娘というだけあって、背筋をピンと伸ばした礼儀正しい娘であった。緊張したその様子に、同じく武家出身の飛沫が柔らかく笑う。
「微力ですが、助力しましょう」
「他人事とは思えんからな」
 涼哉もそのために駆けつけたのだから。
「ご家族には、どのように?」
「‥‥言ってないの。言ったら絶対止められそうだし」
 苺雅の質問に気まずそうに答えた。そりゃまぁ良家のお嬢様がする事じゃねぇな、とヒサメは納得するが、それなら家族の目を誤魔化す必要も出てくる。一刻やそこらで終わる話ではないのだ。
「それなら娘の遊び相手を理由にしよう」
 浄炎が自分の背後にいるチサトを前に出す。初見の三千子に、はにかんだ笑みを見せた。
「あの、出来ればその‥‥彫ってもらえるよう、説得も」
「遼次殿だね? 聞いているよ」
 圭介が女性のみに見せる綺麗な笑みで頷く。俺も彫り師んとこに行くぜ、とヒサメが追従した。和彫りに興味があるのだ。
「とりあえず彫るのは初めてだろうからな、医者として一応見ておこう。痛み止めも出した方がいいな?」
「ありがとう‥‥正直、助かります」
 涼哉の言葉にほっとした顔をする。実はちょっぴり怖かった。

●というわけで
「三千子さんの友達です」
 身につけた礼儀作法でもって、三千子の母の前に座す飛沫は堂々と宣言した。初めて聞く名前に母親は目を点にしている。当然だろう、三千子にとっても初耳だ。
「まぁ、三千子の‥‥あの、でも」
 そちらは? と母親の視線は明らかに友人設定に無理がある武道家とその影に隠れた娘を見ている。
「日頃からお嬢さんには子供らの相手をして頂いていたのだが、近々ご結婚するとお聞きして、お礼方々一言言祝ぎにと伺った次第」
 浄炎も堂々としたもの。チサトは黒くて小さな頭を下げる。
「あ、あの‥‥三千子お姉ちゃん、結婚するんですよね? 皆‥‥その前にお祝いしたいって」
 日本人形のように可愛らしく、三千子の為のアリバイを作る。
「かあ様、泊まりに来て下さいって‥‥だめ、ですか?」
 可愛らしい上目遣いに、母親は首を振った。

「どこに彫りたいのかね?」
「う〜〜〜」
 一方、三千子の方は。涼哉に針を見せられ、ビクリと身を震わせていた。
「まだ彫らへんし、安心しぃな」
 助手代わりに付き添っている雅はカチコチの三千子の肩を叩いてほぐす。
「か、肩のとこ」
「ここか? 今まで病気をした事は? ないんだな?」
 問診はさすが本業といったところか。
「これ、痛み止めやから彫る前に飲みな。見た目こんな医者やけど、腕は大丈夫やから」
 ‥‥おい、助手。

 遼次は家で仕事をする為、やはり昼日中に行っても家にいた。が、この町の片隅にある彫り師の家を訪れたヒサメを見るなり、遼次は不審そうな目を向けた。
「‥‥俺はジャパン語しか話せないが」
「大丈夫、俺もジャパン語で喋る」
 ゲルマン語程ではないが、と閉め出されないよう扉を手に掛けたままのヒサメ。持参した濁酒を目の高さまで持ち上げた。
「俺和彫りの話が聞きてぇんだ。土産持参したから、ちょっくら教えてくれよ」
 とりあえず、頑固そうな遼次のテリトリーに入る必要がある。

「お疲れですか?」
「は‥‥いえ」
 これから痛みを伴うだろう彫り作業を思い、涼哉から開放された今も顔が強張っている。苺雅はどうしたら良いでしょうか、と考え荷物から香り袋を一つ取り出した。
「良ければ、これを。良い香は心を落ち着けて気持ちを安らかにさせてくれますよ」
「あ‥‥ありがとう」
 にっこり。と微笑みかける苺雅に三千子は癒される。
「では、説得に行こうか?」
 お姫様?
 圭介が三千子を導くように手を引いた。ぎゅっと引き締められた表情は、それだけ陥落し難い相手ゆえか。

●桜の華を咲かせましょう
「彫ってってば!」
「駄目だ」
「ケチ!!」
「何とでも言え」
 ギャーッ! と怒りに吠える三千子は本気で怒っている。同行した圭介は『それでも恋をした女性は美しいね』と呑気に感想を抱いた。怒りに上気した顔は真っ赤に染まり、目はきらきらと輝いている。
「三千子さん、落ち着いて‥‥」
 まるで猫が殺気立っているかのようで、ひとまず飛沫が肩を抱いて遼次の家を出た。今彼女の言葉で説得は無理だ。
「私から見れば羨ましい程だ。この十年、彼女は貴殿だけを見てここまでしがみつける恋をしているのだから」
 圭介の言葉に、不愉快そうな遼次が振り向いた。
「拒絶する必要はないだろう? ‥‥寧ろ、それを誇らしく思えば良かったのだ」
「‥‥あれはまだ子供だ」
 子供? 遼次の言葉にふっと圭介が笑う。あんな顔をするようになった女性が、子供の筈がないじゃないか。
「‥‥しかも、結婚を控えている」
「気持ちは判るが、それで心の華を枯らしては元も子もなかろう」
 浄炎はどんどん険悪化していく雰囲気から守るように、チサトを胸に抱き上げる。自分より高い位置にきた娘の顔は、やはり不安げに揺れていた。
「俺は詳しい技法は知らぬ、されど主なら目立たせぬ技法も承知しているのではないか?」
「見える事が問題なのではない」
「では、何だ?」
 むっつり押し黙った。偶然を装い侵入を図ったヒサメは、じっと黙って冒険者達のやり取りを見ている。言及すればする程心が閉じていくようだ。何かを守るように。
 やれやれ、と圭介は肩を竦めたが、ここで諦めるわけにはいかない。三千子は大きな覚悟で遼次に向き合って欲しいと望んでいるのだから。
「遼次さん」
 苺雅が場を冷ますように静かな声を紡ぐ。
「彼女はもう子供ではありません。これから望まれぬ嫁ぎをし、それでも貴方を一生忘れないという意思を持った立派な大人です」
 それでも彫れぬと言うのなら、少々口が過ぎるようですが貴方は一人前の掘り師とは言えないのではないでしょうか?
 睨み付けるでもなく語られる言葉に、顰められる眉。二人は無言で対峙した。

「もーッ、頭固い! 鈍感! ばかばかばか、むっつりすけべーっ!!」
「‥‥」
 むっつりすけべは関係ないのでは、とフォローに困る飛沫。いい加減自分の気持ちが通じずキレている三千子の背を撫でていると、チサトが家から出てきた。
「お姉ちゃんにとって、とっても大切な想い‥‥華に託すんですよね‥‥」
「‥‥うん」
 残したい。十年も抱えていたんだから。そうそう捨てられやしないのだから。何かの区切りがないと、自分の旦那になる人も見れないだろう。
「その想いは秘めているからこそ‥‥いつまでも燦然と咲き続ける華になるんだと思うのです」
「うん‥‥ありがと」
 そうであればいい。この家の横に立っている、綺麗な桜のように。

「あんたも腹くくったら?」
 さらさら紙に流れていた筆の動きが、ぴったりと止まった。既に薄暗くなった部屋は、遼次の手元を照らす小さな灯のみ。その横で、覗き込むようにヒサメが手元の図案を見ていた。
「‥‥お前も、依頼されたか」
「さぁ? 興味あるもん見に来ただけだもんな、俺。‥‥お嬢は全部理解しての覚悟だろ?」
 嫁に行く事も、報われない想いも。
「女にそれだけの覚悟させといて逃げんのはズルくねぇ?」
「‥‥‥‥‥‥」
 遼次の手が筆を放り出し、ヒサメの濁酒に手が伸びた。酒が入らねば到底彼の言葉を聞いていられない。

「痛み止めの薬を飲んで来たわ。今日こそ彫って」
 目を爛々と輝かせた三千子と、背後でぞろぞろついて来た冒険者達が今日も遼次の元へ現れた。苺雅の手には『彫っても身体に影響なし』と医者の太鼓判が押された書類を見せびらかすように握られている。
「‥‥‥‥‥‥」
 露骨に鬱陶しいと書かれた顔に、三千子がさあ彫れとにじり寄る。
「この国の血を引く者が桜を愛するは、その散り際の潔さゆえ。散ると判っていても咲く事選んだ娘御の想い‥‥主への想いを桜に託し、ケジメをつけんとする娘御の覚悟と気持ちを汲んでやって欲しい」
 真摯に見つめる浄炎はひたと遼次を見据えている。三千子は雅を見た。頷いてくれる。
 ──うちも同じ。両親が盗賊に殺されて店閉めてお嬢さんやなくなったけど‥‥好きでもない男と結婚する立場やった。
 だから、分かる。三千子がどんな思いでいるのか。だからこそ、絶対後悔するような決断はしたらあかん。
「逃げないでよ!」
 胸倉を掴み離そうとしない三千子を、遼次はじっと見返した。

●散ったか、咲いたか
「う〜〜〜」
「どうだ、痛み止めあって良かっただろ」
 花見をしていた冒険者が中に入ると、汗だくの三千子がうつ伏せでだれんと力尽きていた。涼哉が笑っている。
「ありがとうございまふ‥‥」
 ごそごそと布団の中から取り出した香り袋を顔を伏せたまま差し出す。苺雅が苦笑して受け取った。
「お疲れのようですね。チサトさんのお宅に泊まっている予定ですから、今夜はゆっくり休んで下さい」
 飛沫の声に既に返事はない。チサトが心配したように手拭で汗を拭いてやっている。
「これで良かったのか──?」
 ずずずと床に座り込む遼次に、圭介が『諦めが悪いね』と呆れている。涼哉の濁酒を浄炎が手渡した。
「此処までの決意ある花に、思い出のひと堀りも出来ないのは遼次さんの心にも」
「ストップ」
 苺雅の言葉を途中で止めたヒサメは、白銀の目を細めている。
「人にとっちゃ想い出は辛かろうが哀しかろうがねぇよりマシ」
 遼次の顔は苦いものを口にした顔をしていた。
「俺は人生半分興味ねぇからな、余計に大切だって思うのさ。‥‥お嬢はあれで良かったんだよ。あんたもな」
「そやで」
 それが三千子の選んだ道だったのだから──雅の言葉に、遼次は自ら三千子の身体に咲かせた一輪の小さな桜を思った。


 ──散らせた筈の想いは、三千子の肩に永遠に咲き誇っている──