●リプレイ本文
ざあ、と風が勢いよく吹いた。揃って冒険者の髪が煽られ、手で押さえる様子が女性らしい。
「ふむ。風が心地良いの」
御影祐衣(ea0440)は黒髪に花びらがまといつくのを許し、目を細める。同じ冒険者のミュウ・クィール(eb3050)が、飼い犬を連れてはしゃいでいた。
「満開だねー。こんな綺麗な木の下で踊れるなんて嬉しいよ〜」
イスパニア出身のジプシー、エルウィン・カスケード(ea3952)は桜を見上げ、わくわくと今にもステップを踏み出しそうだ。ちなみにジャパン語ではないから、わからない人にはわからない。
「踊れる? 踊っていい?」
「ふふっ。お祭は夜ですよ」
一方、ラヴィ・クレセント(ea6656)は既にうさぎのように飛び跳ねている。それを見て穏やかに笑む観空小夜(ea6201)。
「はぁう、桜と共に美しく舞う‥‥」
風に流されそうになりながら、うっとりと桜を見つめるフィン・リル(ea9164)。こちらは完全に桜月夜に思いを馳せている。参加して良かった、悧行万歳!
「えっとね、えっとねーっ」
薄紅色の花びらを金髪にいっぱいつけて、ミュウが振り返る。
「ジャパンには今年初めて来たんだけどね、桜ってきれぇだよね★ あたしも、すぐに好きになっちゃった★」
えへへーっと笑う少女に誰が異論があろうか?
「楽しみだな」
こちらまで胸が騒いでくるようだ。高町恭華(eb0494)はその無邪気な様子に苦笑する。
「恥にならない程度には頑張ろ」
一応、副業で踊り手やってるんだから。エルザ・ヴァリアント(ea8189)、まだこのメンバーがどのような踊りをするか、知らない。
●桜の舞姫
「あら、下見?」
エルザが流石にぶっつけ本番は不味かろうと戻ってきたのだが、祐衣が既にいた。黒髪と桜の花びらのコントラストが美しい。
「なに、夜の桜へと移り行くその様を堪能しようと思うてな」
「ふぅん? ‥‥夕日が当たって綺麗ね」
いささか男らしい言い回しの祐衣に並び、赤く染め上げられる花びらを楽しむ。
「本日はようこそお越し下さいました」
悧行の声は陽が落ちた中、よく響いた。ざわざわと談笑していたギャラリーが、ぴたりと止まる。
「京の桜が咲き誇り、桜を愛してやまない皆様も花見を楽しまれた事と思います。ですが今夜は」
ちらと悧行が流した視線の先には、既に着替えを済ませた冒険者──いや、八人の舞姫達。
「桜の精が舞う様を愛でて頂きたいと思います」
わあっ、と一気に場が湧いた。異国出身の舞姫はきょとんとしているが、ジャパンの桜は特別‥‥そしてその舞もまた、特別なものなのだ。
月が、頭上に浮かぶ。藍色の空にぽっかりと空いた白い月。二色しかない世界の下で、松明に照らされた木が風とざわめきに揺れる。
リィ──ン‥‥リィ──ン‥‥
薄絹の単衣を纏ったフィンが、神楽鈴を持って桜の前に立つ。小さな体だが、月光を浴びた少女は敬虔な巫女のようであった。
タンッ、タタタタン、タッ!
独特のステップを踏み音が鈴と混じり聞こえる。パッと広がる碧の髪が、桃色の桜と交じり合った。
──あたしは、まだ子供だから‥‥
薄い単衣が翻っているのが分かる。ほぅ、と吐息をつく観客の反応も聞こえた。リン、リン、と鈴の音を鳴らし、地面から舞い上がる。羽を持つシフールならではだ。
──子供だからこそ、出来る舞を舞わなきゃね!
小さく紡いだ呪文がライトを作り上げる。ぽぉんと投げ、受け止める。光の玉が柔らかく自分や花びらを照らす。ボール遊びのようなそれに、フィン自身も楽しくなってきた。
「途中から本気で遊んじゃったよ」
あははっ、と仲間の元に戻り笑うフィン。小さな少女に、小夜がそっと頭を撫でた。
「では、次は私が‥‥」
「必要があれば、伴奏をするが」
祐衣の有難い申し出に、小夜がにっこり微笑んだ。ぜひ、お願い致します。
──静かな世界ですね‥‥まるで、戦などないかのよう。
ゆっくりと息を送り込んだ祐衣の笛が、毅然とした音を紡ぎだす。す、と腕を動かし、シャン、と強く一振り。二振り。
巫女装束の上から薄絹の単衣を纏った小夜は、ゆっくりと神楽鈴を鳴らす。同じ舞台、同じ鈴。しかしフィンとは全く違う空間が形成されていく。
──ああでも、確かに今も戦の最前線で傷ついている人がいるのを、私は知っている‥‥。
シャラン、シャララン、と鈴が鳴る毎に、脳裏に浮かぶ顔。思わず涙が頬を伝った。
「巫女の舞ですね」
悧行の呟きが聞こえる。薄くて重さを感じない単衣が、ふわりと舞って覆っていた黒髪から離れた。その儚さすら、人の命のよう。
「どうか、無事に‥‥」
願うように呟いた後、そっと舞い始めた場所で正座し、頭を下げた。
「ジャパンの踊り、初めて見たよぉ〜っ★」
小夜が戻るとミュウが顔を興奮に染めて出迎えた。異国の踊りを見たせいか、瞳がキラキラ輝いている。思わずふわふわの金髪を撫でてしまう恭華。
「んじゃー、次はあたし! かなっ?」
立ち上がった事でりん、と音を立てる足元も軽快に、エルウィンは桜の元へ向かう。
客の間に酒が入ってきているのか。笑い声も聞こえてきて、エルウィンはくすっと笑った。楽しい気持ちは自分にも伝染する。うずうずと足元が動く。
タタタンッ、タタタタッ、タンッ! タンッ!
リズミカルな足の動きに、鈴の付いたアンクレットが音を立てる。神楽鈴とは違う、陽気な鈴の音。
──綺麗な木だよねー‥‥ジャパンの人が好きなのも、何か、分かる。
体につけている装飾品が機嫌よく跳ねる。エルウィンはジャパン語を話せないが、この気持ちは踊りで伝わる筈だ。
「ふむ、それはあんくれっと・べるというのか」
「そう。ステップ踏むとね、ほらっ」
「恭華さん、出番よ出番っ!」
興味深げにエルウィンの足元を見ていた恭華を、エルザが追いやった。
──異国風の舞に、観客は楽しんでるようだな。
す、す、と。武士として成らした動きは正に静。恭華は黒の髪に真珠のかんざしだけを飾り、静々と観客の前まで歩む。
ちらと確認した限りでは、先ほどの陽気な異国の踊りに酔ったか或いは酒の効果か、観客は上気した顔で自分を見つめている。自分もぜひとも後で宴会を楽しもう、と思いつつ。
シャン、シャン、シャン──‥‥。
神楽鈴を手に、ジャパン独自の伝統的な舞を桜に捧げる。
「幻想的な一夜だな」
『だね〜っ★』
桜の美しさに酔ったか、場に酔ったか。それとも誰か酒でも仕込んだか。ミュウがいつもよりはしゃいだ声を上げ、戻ってきた恭華に懐く。しかしその言葉はノルマン語。
『ジャパンの踊りは滅多に見る機会がなかったのっ★ 後で教えてねっ♪』
「‥‥」
恭華はノルマン語を話せない。
『次はおぬしの番であろう?』
さりげに困っている恭華に代わり、祐衣が突っ込む。
『あのねっ、あのねーっ★ ぽちもね、一緒に踊るの大好きなんだよ★』
「おう、嬢ちゃん楽しみにしてるぞっ!」
『うんっ、ありがとー★』
微妙に会話が成立しているのは、少しならジャパン語を解するミュウのおかげか、それとも酔いの力か。年齢よりも幼く見える少女の無邪気な踊りに、気付けば手拍子が付いていた。
「‥‥自由な舞も、いいね」
「見てると何だか楽しくなってきますね」
涙を流した小夜は、恭華と共に笑む。
──私ごときの舞は人と競える程の域には達しておらぬが。
視界の端で未だ跳ねているご機嫌のミュウと入れ替わり、祐衣が舞台となる桜の木下にと立つ。
──が、ミュウの姿を見ておったらそれでも良い様に思えてきたな。修行の一環として、桜への礼となれば良い。
先の舞姫よりは硬い考えかもしれないが、競うという概念は捨て去った。先ほど悧行より借りた桜の小枝を手に、献花する気持ちで顔を上げる。凛としたその顔を。
暗い意識の中、白桃のような赤子のような純粋さを秘めた桜を思う。それは風もないのに、ゆらゆらと舞い落ちる。‥‥舞も、そのように。
能──師である兄の動きを思い出し、祐衣は垂直に桜の枝を差し出す。
「うちなびく 舞う花びらの袖だにも まにまにみゆる 朧月夜かな」
心の中の桜の大木は、真っ黒に染まった瞼裏でも白く、桃色に存在感を放っていた。
『今の舞初めて見たの〜っ★』
『あれが能? 静かで存在感のある動きよね』
ゲルマン語組のミュウとエルウィンに、祐衣が説明するにはもっとゲルマン語を学ばねばならぬな、と冷静に思う。興奮して早口になられるとさっぱりわからん。
「それじゃあ私行くわね。‥‥恥にならない程度に」
「はい。楽しみにしてますね」
何語で喋るか躊躇してジャパン語で言い置いて行くエルザ。ゲルマン語に黙る恭華に代わり、小夜が返した。何だか物凄い異国間交流になっている。
──やっぱり舞のレベルは高いわね。見た事もない静かで剣士のような舞もあったし‥‥誰が桜の舞姫になれるのかしら。
予行演習しておいた場所に立ち、エルザは一つ深呼吸をする。月光と松明の灯はこの暗闇にいても恐怖を遠ざけた。仲間がいるからか。それとも、ジャパン人が愛して止まないこの桜の木のおかげか‥‥。
──ま、楽しく踊りましょ。
「桜花と戯れる我が炎の舞、ご堪能頂けたら幸いです」
舞の最中現れる炎に、ジャパン人の観客はどう反応してくれるだろうか?
『迫力だったね〜♪』
『突然炎が舞い上がったからびっくりしたの〜★ ねっ、ぽち!』
『赤い炎の軌跡‥‥見てるとどきどきして自分も踊りたくなったよ』
「‥‥‥‥」
エルザが繰り出したバーニングソードは、観客と舞姫を一気に沸かせた。ある意味危険かもしれないが、赤い炎と銀髪が舞う姿は、迫力とスピードがあった。
しかし、満面の笑顔で迎えるフィンとミュウとエルウィンはゲルマン語。恭華と小夜はやはり沈黙していた。
「それじゃ〜行ってくるピョン」
各々独自の舞を見せた舞姫達が、その言葉に沈黙する。──ピョン。ピョンって何だろう。
「────────────────────────ラヴィさん?」
目の前で舞うラヴィの踊りは、桜の舞に相応しい、神楽舞だ。白い髪は確かにジャパンではあまり見かけない色だし容貌も異国人そのものだが、巫女装束を纏った彼女は神聖視されるに相応しい存在だ。
『でも何だろうこの違和感?』
変な気するんだよね〜? とフィンが首を傾げている。ミュウも『あっ、お肌が白過ぎるからかな〜?』などと一生懸命推理しているが、精神的大人達はだまーってラヴィの舞を見ている。
「‥‥エジプトではあのような姿が当たり前なのだろうか」
「えっ」
祐衣の沈黙は考察の為だったらしい。小夜は控えめに驚いた。悧行がほぉと頷く。
「確かに桜は美しくも可愛らしくもあります。成る程、かの舞姫はそこまで考えられてあのようなお姿を!」
ええええぇ???
「ウサ耳がか?」
恭華、情け容赦ない心からの突っ込み。
●桜の舞姫
「皆様、とても美しかったです‥‥私もほらこのように」
束となった紙は総て舞姫を讃える悧行の歌。観客も八名の美しく可愛らしい舞姫達に、ご機嫌で酒を酌み交わしている。ただし、視線は未だ最後の踊り手に釘付けだった。
どうしてなんだろう、何故なんだろう、明らかに違和感を醸し出すあの巫女舞が脳裏にこびりついて離れない。
『桜の精って誰になるのかなぁ?』
そう言うミュウも言葉とは裏腹に、ただ一人の踊り手から視線が外せなかった。何だろうこのぽちを見た時や小動物を見た時の気持ちは。
「それはエジプト固有の舞道具なのか?」
「ええっ」
祐衣が最後の舞姫、ラヴィに直接聞いている。真顔に小夜が小声で驚いた。
「え、これですか?」
「そう、それだ」
白髪からにょっきり生えたように見えるソレ問答に、再び訪れる夜の沈黙。
「うさぎは大国主命と因幡の白うさぎの故事に知られるように、古来より神事には欠かせないものなのですピョン」
『そうなんだ!!』
ゲルマン語で叫ぶミュウ、フィン、エルウィン、エルザ。君達は何かおかしいと思わないのか。
「視線が明後日向いてるぞ、おいこら」
恭華の突っ込みにも視線は合わなかった。真実は如何に?
──ちなみに、最後の舞姫があまりにもインパクトがあったために、気付けばウサギの舞姫大会になっていた。
──悧巧の歌は『ウサ耳飛び込む水の音』とか、『働けど働けどウサ耳』などという奇怪な単語を多く含むようになり、その道ではとても有名になったという‥‥。