殺犬犯捕り物帳

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月05日〜06月10日

リプレイ公開日:2006年06月14日

●オープニング

「またかよォ!」
 まだ朝靄の残る早朝、京のとある町の片隅で。
「『コレ』で四件、五件‥‥んにゃ六件か!」
 民家の間、何の変哲もないせせこましい通路に物々しい様相の男達が数人、屈みこんでいる。
 京都の検非違使に属す、役人の三人。血を流す『ソレ』をつんつんと剣先で突くのは、触るのが嫌だからか。
「はぁ、どうします? これで『六匹目』ですよ」
「仕方ねぇだろ、おめぇその辺の土ん中埋めてこいや!」
「ええ〜っ!!」
 年上の仲間に命じられ、年若い役人は不満げに眉を顰めた。血を流す『ソレ』は、無残にも小刀で切られ思う様蹴られた痕がある。目は恐怖からか見開かれたまま、口から長い舌が力なく垂れていた。
「何か呪われそうっすよ‥‥」
 嫌々血塗られた毛皮に手を伸ばそうとした青年は、思いも寄らぬ第三者によって手を弾かれた。
「アンタなんかが、この子に触るなッ!!」
 この少女が依頼人である。

「依頼よ、これが報酬っっっ!!!!」
 じゃらららーっ、と銅銭ばかりの金を卓に叩きつけたのは、早朝から役人の後をつけていた少女であった。
 年の頃は十五。それなりに裕福な家庭であるのは、着物や履物、簪から分かる。そのくせ突きつけたのは銅銭ばかりであった。
「──依頼内容は?」
 激昂する依頼人には慣れている、この仕事に就いて酸いも甘いも味わい尽しましたと言いたげなギルド員、京都の冒険者に依頼を回す男はあくまで冷静に尋ねた。それがまた少女の逆鱗に触れる。
 重なるのは、今朝無残にも殺された犬を十手で突いていた役人達の姿。大人にとったら犬は犬でも犬畜生なのだろうか、と少女は顔を真っ赤にする。
「ここ最近続いている殺『犬』犯を見つけて欲しいの」
「‥‥。検非違使が犯人を捜していたと思うが」
「だからっ! その検非違使の奴らがヤル気ないから私がここに来てるんじゃないっ!!」
 だぁん、と叩かれた卓に、驚く冒険者達の視線が集まる。この中の誰でもいいから、あの子達を助けて欲しかった。
「あいつら、何てったと思う!? 『人が殺されたわけじゃあるまいに』、よ!? 命あるものが殺されてっ‥‥てるのにっ、ひっ、ひどっ」
「‥‥泣くなや、嬢ちゃん」
 少女の脳裏には、激昂する自分と困ったように娘を見つめる両親や店の従業員達の顔が蘇る。
 ──それは可哀相ねぇ、でも別に人が殺されたわけじゃないし‥‥。
 ──そうそう、そのうち検非違使のお役人達が何とかしてくれますよ。
 ──ははは、お嬢さんはお優しい子に育ちましたねぇ。
 ──店の跡継ぎには心配だが、女の子らしくて可愛いだろう? 器量も良し、感受性も豊かだしなぁ。
 ──もーっ、またあんたったら親馬鹿なんだから!
 気付けば誰も犬の話はしなくなっていた。こんな風になってしまうのが大人なのだろうか?
「冒険者を雇うのに、お金を寄付してくれたのは子供だけなの。何の罪もないワンちゃん達が殺されるのを見過ごすのが大人!? ねぇ、冒険者もこんな依頼受けてくれないの!?」
「──名前は?」
「ちょっと!」
「依頼書書かなきゃ冒険者の目に留まらねーよ」
 ギルド員は依頼人、と筆で紙に書き記す。目で促すと、少女はこくこくと頷いた。
「萌。‥‥ねぇ、ワンちゃん達の恨み晴らしてくれるよね?」
 さて?

●今回の参加者

 ea4759 零 亞璃紫阿(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6201 観空 小夜(43歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7950 エリーヌ・フレイア(29歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
 eb2364 鷹碕 渉(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3043 守崎 堅護(34歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 eb3587 カイン・リュシエル(20歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb4467 安里 真由(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●犯人探し
「ですから、犬が次々と殺されている事件です。検非違使の方が犬の埋葬と調査をしているのでしょう!?」
 萌の依頼により殺犬事件の調査に乗り出した冒険者の一人、安里真由(eb4467)は段々イライラしてきて語尾が荒くなった。両脇にいるカイン・リュシエル(eb3587)と鷹碕渉(eb2364)も眉間に皺が寄ってきている。
「殺された場所は当然知ってますよね?」
「担当がおらん、それに事故や老衰の可能性もあるだろう」
「老衰? 暴行の痕があるというのに?」
 カインの質問もスルーしようとした役人が、渉の鋭い視線に苦い顔をする。直感でこの役人は調書すら見ていない事が分かった。
 ──なるほど、もし萌殿が依頼を出さなければ、こんな事が起こってるとは知らずに日々を過ごす所だったわけですね‥‥。
 カインと渉の追究に窮している役人を見て、真由はついに釘を刺した。
「今は犬だけかもしれません、だけど取り締まらなければ犯人が付け上がって人が被害に遭うのかもしれないのですよ」
 もう少し想像を働かせて動いた方が宜しいのでは?

「それでね、役人のお兄ちゃんが道端に埋めようとしたから、僕達が責任を持ってお墓作ります、って言ったんだよ」
 一方、依頼の報酬に寄付をしたという子供達に話を聞いているのは、守崎堅護(eb3043)とエリーヌ・フレイア(ea7950)。
『知っている事や気になる事があれば話して欲しい』
 人でなければ己が快楽の為に殺しても良い等と思い上がる者を、これ以上のさばらせてはならぬでござる。
 そう断言しきる堅護を信頼したのか一生懸命説明する子供の話に耳を傾けてやりながら、堅護が誰も褒めなかったであろう頭を撫でる。
「惨い話にござるな。大人達が話を聞いてくれず、辛かったでござろう」
 あの銅銭はこんなに一生懸命な子供達の気持ちなのだ。エリーヌは少女の黒髪を何度も撫でた。
「ねぇ萌ちゃん。もう全部のわんちゃんの死体埋葬しちゃったかしら」
「? うん」
「じゃあ場所は分かる?」
 フォーノリッジスクロール。殺犬犯の未来を覗いて、少しでもヒントになりそうな物が見つけられれば‥‥。

「思い出すのも辛いかもしれませんが‥‥」
 零亞璃紫阿(ea4759)は事件で亡くした犬の飼い主をあたっていたが、改めて犬は家族同然なのだと感じた。
「何であの子が、あんな良い子が殺されなきゃならなかったんだい‥‥人の痛みをわかってやれる、あたしら家族が困る事だってしない良い子だったのに!」
 まだ忘れられないのだろう、母の両脇に座っていた幼い少年達はそれぞれ餌箱や首輪を握り締めている。話によれば家族同然に育ったという。
「ねぇ、何で殺されなきゃならなかったんだい!? あの子が何かしたってのかい!?」
 ──いったい何の意味があってこんな惨い事をするのでしょう‥‥。
 はぁ、と本日何度目かのやり切れぬ溜め息を吐いた後、すすり泣く民家を後にする。と、
「ふぎゃあっ!」
 目の前にスライディングしてきた女性には見覚えがあった。
「え、あの‥‥鷹村裕美(eb3936)、さん‥‥?」
 確か殺犬犯の目撃者がいないか訊き込みをしていた人ではなかろうか。何してらっしゃるんでしょう? と思った亞璃紫阿は少し天然だろうか。
 がばっ。
 急に起き上がった裕美は、問答無用で亞璃紫阿の口元を覆う。
「こっ、この事は‥‥な、内密にっ」
 既に目撃者が二十人程いらっしゃいますが。

「一匹目の犬が殺されたのは、ここ。二、三、四‥‥と続いて、二日前に五、六匹目が此処ですね」
 一日中それぞれに訊き込みを続けた冒険者は、日も暗くなったところで飲み屋で落ち合っている。一角を占拠し、頭を突き合わせていた冒険者は観空小夜(ea6201)の指を追いかけた。
「犯行のあった通路は同じ大通りに出る道に集中してるんですね」
「地図にすると分かりやすいな」
 小夜が作成したという簡易地図に、亞璃紫阿と渉が感心する。視覚的に犯行現場が明らかになると、一定の条件の下で行われていた事が分かったからだ。
「でも、お役人より子供達の方が事件を把握してるってどうなんでしょう」
 ぼそりと呟くのは真由だ。カインもうんうんと頷く。結局調査書とやらを引っ張り出させたものの、何とまぁ穴だらけ。やる気の無さが伺える調査書であった。仲間から話を聞いた堅護は、官憲の態度に情けない話だ、と頭を振る。
「私もシーナがいるから他人事じゃないわ」
 飼い主である小夜の言う事を聞き机の下で伏せをしているボーダーコリーを見つめ、エリーヌも自分の飼い犬に思いを馳せる。
「刀の試し斬り、面白づく、動機はそんな所? 犬ならって考えが気に入らないわ」
 自慢の青の髪に指を通し、赤い血を吸った地面を思い出す。小夜もしっかりと頷いた。
「如何な理由があったにせよ、生あるものの命を軽んじる行為。決して許されるものではありません」
「萌ちゃん達のために、そして犬達のために、早く犯人を捕まえないと」
 もちろん、カインの言葉に否やはない。

●夜、見廻り
「では、拙者は亞璃紫阿殿とこの道でござるな」
 時間帯は丁度町が寝静まり深い眠りに包まれた頃。居酒屋で情報交換し計画立てた冒険者達は、二人一組となり夜の巡廻をする事になった。
「犯人を見つけたら呼子笛で合図を送りますね」
 これで、と取り出した笛は亞璃紫阿の手中の小さく収まっている。
「私の呼子笛は小夜さんにお貸しするわね」
 エリーヌは手渡し、夜道の中に渉と共に消えていく。
「僕達はこの道に。気をつけて下さいね」
 言い残し、去って行くカインと裕美。
「まだ夜は涼しいですね」
 小夜の足元では、夜になって過ごしやすくなったのか鳴牙が元気に尻尾を振っている。真由は仲間の去って行った方向を見送り、無意識に羽織にやっていた手を離した。
「そうですね。多少鬼ごっこをする破目になっても、丁度よい運動になるでしょう」

「自分よりも非力な小動物を虐待して殺傷するなんて酷い事、一体誰がやってるんだろう‥‥」
 大通りで分散し、歩き回る事既に一刻。先ほどまで遠くに見えていた灯り達が、ぽつぽつと消え始めている。カインはその様子を眺めながら、ぼやいた。
「確かに」
 同行の裕美は、そう言えば昼にも亞璃紫阿が似たような事を言っていたな、と思い出す。
 月の光だけを頼りにぶらぶらと歩きつつ、冒険者ギルドで一枚の依頼書を見つけた時の事を思った。
「無益な殺生をして何が楽しいのだか‥‥」
 足を止めた。何、と振り返るカインを手で制す。耳に数人の男達の足音が、聞こえていた。

 ピィィイーーーッ!
 甲高い音が夜闇を切り裂き、建物を隔てた道にいた堅護はハッを顔を上げる。あれは合図の呼子笛か!?
「亞璃紫阿殿!」
「この向こうのようです!」
 そっと足音を気にして歩いていた二人は一気に駆け出した。

 わんっ、わんわんわんっ!!
 被害に遭っている犬ではなく、小夜の足元で激しくボーダーコリーが吠えている。呼子笛に呼ばれた小夜と真由は、全力でこの通りの辿り着き肩を激しく上下させたまま、仲間とそうじゃない人間を見た。
「‥‥殺犬犯だな」
 先に来ていたのだろうか。同じく肩を上下させた渉が、エリーヌを背後に自分の刀の柄に手をかけた。その声は随分凶悪だ。怒ってるわね、と思いつつエリーヌも吐き気のような苛立ちを感じている。
 何故なら。
「七匹目‥‥て事?」
 カインの睨み据える方向に、酔ってるのかテンションの高い一団がいた。
「何だよオマエ達〜」
「逢引!? こんな夜中に!? やるねぇ〜っ」
 裕美は伸びてきた腕を払い落とす。五人の若い男が蹴飛ばしているのは、まだ流れる血も真新しい犬だった。
「下郎が‥‥」
 冒険者の怒りが若者達の酔いを醒ます事はない。『所詮、犬畜生の命』──検非違使のお役人から感じた命を軽んじる気配が漂っている。
「逃がすか」
「がっ!」
 渉が峰打ちで一人の男を叩きのめした。酔っ払い集団。目をぱちくりとさせているだけの、ほぼ丸腰状態だ。
「な、なん、なんなん──」
「痛い思いをすれば、自分のした事の意味も分かるでしょう?」
 いつもは冷静な真由が、今回の依頼では始めから終わりまで熱い心を剥き出しにしている。くぅん、と弱々しげに鳴く犬に心を揺さぶられないわけがない!
 酔いの回った相手ならば、いくら男でも裕美の敵ではない。千鳥足をすかさず足払いし、地面に転がした。
「て、てめェ、があっ!」
「武器に刃物がついてないので、思いっきりぶん殴っても死にはせんだろう」
 冷めた声で木刀で殴った相手を見下ろす堅護。その隙に小夜が地面に血を流し続ける犬に駆け寄った。
「もう大丈夫ですよ‥‥」
 リカバーで治療してやりながら、俯く小夜は目が熱くなるのを感じた。
「──さて、どうしようかしら?」
 逃げようとした男にライトニングサンダーボルトを放ったエリーヌが、視線を流すようにして仲間を見る。
 萌の依頼は、殺犬犯を捕縛し七匹目の被害を出さない事。しかしもう七匹目に危害を加えられてしまった。ならば?
「おしおき、かな」
 カインがおもむろに火の魔法を唱え、バーニングソードを手にする。目の前の若者達が松明のように輝くそれに、腰を抜かした。
 因果応報でござるな、と堅護が頷く。ここで役人に引き渡したところで、同じ過ちを繰り返しそうだ。仲間の台詞に真由は大いに頷いた。
「犬達がどんな思いをしたのか、その体に教えてあげます」
 人も犬も同じ命なのです。命に貴賎はありません。

●安らかな眠りを
 一晩かけて殺犬犯に『おしおき』を施した冒険者達は、翌日萌に事の顛末を話した。
「あの、カインさん、でも本当にお金もらって良かったの? お墓にこんな‥‥」
 バーングソードでさんざん殺犬犯を嬲ったカインは、微塵もそんな事を感じさせずに笑って萌の手の中の犬を撫でる。小夜が癒した七匹目だ。
「もうこんな事件が起きないよう、これからもこの場所を維持して欲しいから」
 殺された犬の墓だけでなく、桶と柄杓まで手に入れる事が出来たのは間違いなく報酬の金を差し出したカインのおかげだ。泣き出しそうな萌の頭を撫でるのは、小夜。
「良い報告が出来て良かったでござる」
 堅護が子供達に埋もれながら満足そうにしている。もし殺犬犯を捕える事が出来なかったら、自分達にも後味悪く残っただろうから。


 ──冒険者が介入した事で、きっとこの事件は広く知れ渡る事となろう──