河童少年タロー

■ショートシナリオ


担当:べるがー

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月13日〜06月18日

リプレイ公開日:2006年07月09日

●オープニング

 ──仲良くなりたい。


「ぺー‥‥」
 田畑と青い空が広がる村。ぽつぽつと家が建つ京より少し離れたこの村で、一匹の河童がこっそりと木陰から覗いている。
 視線の先には、汗をかきかき生い茂る雑草を引っこ抜く村民達の姿。
「夏もこれからだっつぅのに、雑草生えるのはえぇな!」
「んだな!」
 カンカン照りの太陽の下、村人の汗がキラキラと光って見える。
「ぺー‥‥」
 綺麗だ、とその河童は思った。
 適度に焼けた健康的な肌。ジャパン人らしい黒髪から汗が飛び散る。農作業でついた筋肉が羨ましい。
 ──そして、もっと羨ましいのが。
「そろそろ昼にすっか!?」
「んだな。おおーい、おみつぅ!」
「はいよぉ! 握り飯たくさんあるよ!!」
 あはははは、と笑いさざめく男と女達の『仲間』の空気。
 羨ましい、と河童は思った。
「おらも、仲間に入りたい‥‥」

 おねがい、と下げられた皿を前に、ギルド員は困った。
 目の前の河童はジャパンで見られる水際に住む種族だ。元々小さな種族だが、この目の前の河童は更に小さい。子供なのだ。
「ええと、君のお父さんとお母さんは?」
 ギルドを開けた途端、飛び込んできたこの河童。どうやら依頼に来たらしい。
「おとうとおかあは、もう‥‥」
 この前二人揃って死んでしまった、と涙ぐむ。不幸な事故だった。大切な家族だったのに。
「今まで人里離れたとこに住んでたせいで、おら一人になったんだ‥‥一人は、嫌なのに」
 すんすん、と涙を流した。物凄く虐めてしまった気になって、ギルド員は謝った。
「あ、ああ悪かったな。何か冒険者に依頼に来たんだろ? 話聞いてやるから泣かんでくれ、なっ?」
 そうして河童少年‥‥いや、タロー少年から依頼はきた。

 ──どうか、村人の輪の中に入れるよう助けて下さい、と。

●今回の参加者

 ea9454 鴻 刀渉(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9521 壱原 珠樹(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3328 水館 わらび(29歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5400 椥辻 雲母(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●初めまして!‥‥の挨拶は?
 その一行を見た人は、『一体ナ二してんの』と思ったかもしれない。
 京都冒険者ギルド。‥‥の、裏路地に、立ち尽くす四人の冒険者。猫でも逃げたかなという視線の中、水館わらび(eb3328)は声を掛ける。
「タローくん、出ておいで〜。優しくするから、ねっ?」
「優しく、というかコレは厳しくする云々の話ではないから大丈夫だ。慣れれば何ともない。まぁ最初はお互い驚くかもしれないが‥‥」
 ──猫??
 通行人達が鴻刀渉(ea9454)の台詞に完全に足を止める。押し合いへし合い狭い通路にいる男女数名は一体誰にナ二を言っているのか。
「なに? 猫が逃げたの?」
「いや、それにしては会話が」
 ざわめき始めた背後に冒険者は気付かない。
「タロー君! 今のは挨拶だ、この試練を乗り越えなければ真の人間関係は気づけないんだぞ!」
 熱血教師風椥辻雲母(eb5400)の台詞に、ざわめきも一時停止する。
「ほら、出てきなさい‥‥そう、いい子ね」
やれやれ、と壱原珠樹(ea9521)が路地裏から依頼人を連れてギルド前に出た時、ギャラリーは完っ全に、中央の河童少年を見ていた。

「な、何かと思ったよ〜」
 あはは、と引きつった笑いを浮かべているのは『優しくするからね』と言ったわらびだ。通行人達にもみくちゃにされて金髪が乱れている。
「単に挨拶の話だったんだけどね?」
 雲母なりに一人ぼっちになった少年と仲良くなろうと、キュウリ片手にハイテンション挨拶を試みただけである。
 んが。人間に免疫のないタローにしてみたら、
『君がタロー君かな? あたしが雲母だ!! しばらく君の先生になる、よろしくな!!!』
 その言葉と共に振り上げられた腕の意味が分からず、咄嗟に頭の皿を庇って逃げ込む理由に十分だった。要するに殴られると勘違いしたわけである。
「タロー君。人間はな。別にイキナリ初対面で人を殴ったりしないもんだ。京の治安はそこまで悪くはないし、僕達といる限りは安心していい」
 渉が丁寧に説明する。河童種族は小さい。身長差も悪戯に怯えさせる要因かもしれぬと出来る限り優しく伝えた。
「す、すまなかっただー‥‥ぺぇぇぇぇ」
 鳴き声だろうか。目を潤ませたタローの語尾に、『可愛いっ♪』とわらびが抱きしめる。呆れた様子で見守っていた珠樹は、それにしてもと河童少年も眺めた。
 ──河童なんてそうそう付き合いは無いと思ってたんだけど‥‥しかも子供なんて。
 珍しい甲羅に、珍しい頭のお皿。あれが乾くと大変だってホントかしら。
「まぁ、とにかくきっかけが必要ね」
 挨拶のいろはから教えても、受け入れ側にも準備がないと今後問題が起きそうだ。

●ハロー、カッパ?
「じゃあ、先に行くわね」
 村長と話をつけるべく、下準備に向かう珠樹はわらびと共に町を出る。挨拶や会話の指導は、渉と雲母が担当だ。
「タローくん、さっき約束した事、絶対ね。イタズラしないでお仕事も手伝えるし、仲間として一緒に頑張れるよね?」
「やるっ!!」
 巻きつけられた小さな指に、わらびはニッコリする。悪い子じゃない。きっと村人にも好かれる筈だ。
「うん、やる気出てきた。村長さんには絶対分かってもらうから、タローくんの事、よろしくね」

「ま、そんな心配しなくとも村の方はみんなが何とか話をつけてくれるさ」
 葉っぱを口に咥えて二ッと笑いかける雲母は落ち着いている。反して、依頼した側の河童はどんどん挙動不審になっていた。
「お、おらの頭の皿変だと思われねぇかな? こ、甲羅背負ってんのもおらだけだし、背ぇちっちぇし、顔もちが」
「あのなー」
 自分の姿がおかしいと思うのは、先ほど『河童!? 本物!? 裏路地でナ二してたの!?』と騒がれたからだろうか。アレはむしろ外見がどうとかより会話の妖しさに注目されていたようだが、タローには分かるまい。
 全然些細な事でも、一つ気になれば不安は膨れ上がる。嫌われるのは‥‥一人は、怖い。
「大丈夫だ。‥‥ちゃんと挨拶をすれば、タロー君は受け容れてもらえる。心配無用だ」
 ぽむ。
 自身持て、と肩を叩く渉は気弱になっている少年を慰めた。

「‥‥かっぱ?」
 カッパ? 河童??
 小さな村に足を踏み込んだわらびと珠樹は、手近にいた村人に声をかけて村長に挨拶に伺った。が。
 ──や、やっぱりいきなり過ぎた? ここって、河童族いないって話だもんね?
 河童、の一言に口を開けてぽかんとしてる村長に、わらびが隣の珠樹をつつく。
「見た目は‥‥まぁ、変わってるのは事実よね」
「た、珠樹さあああんっ!?」
「でも、悪い子じゃないわ」
 子供なんて皆同じでしょ?
 そっけない言葉だが、村長を見据える目は依頼を遂行しようと真剣なものだ。わらびもよし、と心を決めた。
「悪戯好きの河童さんがいるのも確かだし、そういう噂を聞いているかもしれないけど」
 でも。
「私と村長さんが違うように、いろんな河童さんがいるんです。タローくんを見てあげて、仲間に入れてもらえませんか?」
 あの、ちょっと気弱な、でも本当に仲間を欲しがっている河童少年に、仲間をあげたい。

「面白い話題を提供したりする義務なんかは無い」
 わらびと珠樹の後を追い、ゆっくりと歩き出した渉は『何て挨拶すればいいんだか? さっきみたく肩を叩けばいいんだか!?』ますます悲壮感を増す少年に語りかける。
 ──きっと、怖いんだな。
「そう、人間だからって遠慮も気負いもいらない! あたしみたいに元気に挨拶すればいいんだ!」
 そら、初めましてって言ってみるんだ! しっかり腹から声を出す!
 熱心に挨拶の仕方を雲母から教わっているタローを見つめる。
 初めまして、という一言をこんなに一生懸命頑張ってる姿は滑稽だが、この少年は今本当にたった一人きりなのだ、と思わせた。
「はっ、初めまして!! ‥‥の、後には何言えばいいんだかっ!?」
 ぺぇえええ、と再び混乱し始める少年が面白い。
「さっきも言ったな? 面白い話題を提供する必要はないんだ。まずは君自身が、誰かと一緒に居る事が楽しいと思う事が大事だ」
 挨拶が出来たら、後は嘘をつかず、素直に答える事。聞き手の目を見て話す事。
「大丈夫。ギルドにはタロー君が一人で依頼をしに来たんだろう? もう一度、その勇気を出してみればいい」
 こんなに仲間を得る事に必死な少年が、一人ぼっちになるのは間違っている。

●輪の中、入れ
「タローくんっ♪」
 村の中に入った面々は、笑顔満面なわらびの顔に出迎えられた。珠樹ものんびり歩いて来ているところを見るに、話し合いは上手くいったか。
「村長さんに、まずはご挨拶しよーね♪」
 優しく手を取り、村民が群れている村長の家に導いた。
「‥‥‥‥‥‥」
 しゃべらない村人が集う中家に入り、生まれて初めて人の家に上がったタローは、所在なげに老人の前に座る。
「あ、あの‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
 皺くちゃの顔は好奇の色はないが、好意あるものでもない。無言でじっと見つめる爺にびびり、腰が浮いた。
「こらっ! さっきもちゃんと教えただろ?」
 逃げようとしたタローを、雲母がねめつける。叱る雲母に再度村長を見たが──
「だ、大丈夫だよっ?」
 わらびが言ったが、何の感情も自分を見つめる老人に耐えられず、逃げ出そうとした。
 まだ姿形がからかわれたなら我慢出来る。何か言われたら言葉を返す事が出来る。けど、けど、何も言ってもらえないのは怖い!
 だだっと出入口から逃げ出そうとした時、壁にもたれて様子を伺っていた珠樹が溜め息を吐いた。
 ──や、やっぱり河童はここに来ちゃいけなかっただ──‥‥!
「タロー君!」
 涙を零して逃げ出そうとした河童は、渉の強い声にびくりと足を止めた。
「や、やっぱり依頼は取り消」
「初めまして、の挨拶は言ったのか?」
 え? と顔を上げると渉が自分を見つめている。答えはもちろん否だった。
「で、でも」
「もう一度、勇気を出せ」
 村長は、未だ一言も声を発してはいない。家のあらゆる隙間から中を覗き込んでいる村人達も、黙って河童の反応を伺っていた。
「あたしが教えただろう?」
 最初にね、とウインクを寄越した雲母に、タローは眼を瞑って村長に近づいた。

「お、おらがタローだ、よろしくなっ!!」
 ばしこん、と打撃音が響いた。

●うぇるかむかっぱ
「タローくんタローくん、良かった、良かったよ〜っ」
 うぇえええ、と身振り手振りも大袈裟に喜ぶのは、わらびだ。その彼女と一緒に村長を説得した珠樹は、何故か先ほどから口元を手で覆って背を向けている。
「やればちゃんと出来たな」
「兄ちゃん、ありがとうっ」
 渉にえらいえらいと誉められ子供らしく微笑むタローの周りには、人間の大人達がいた。
「これからよろしくな、坊主」
「お腹へってない? おかーさん達、亡くしたばっかなんでしょ?」
「何ならうち来てもええぞ、息子はとっくに自立したからな」
 大人達に囲まれても、笑顔だ。受け容れてもらえた喜びに満ち溢れている。
「村長さん、お願い聞いてくれてありがとーっ」
 わらびがタローを抱きしめながらぶんぶん手を振っている。村長は『赤くなった頭をさすりながら』けっと口悪く応じる。
「頭に皿乗っけてようがただのガキじゃわ」
 大人達の足の隙間からやって来た村の子供達にもみくちゃにされても、皿や甲羅を突かれても笑っている。目元を和ませながら嘯く村長を見て、珠樹は我慢出来ず噴出した。
「プッ。い、一番楽しみにしてたくせに‥‥っ」
 ぶはーっと村長の頭を見てまた笑った。
 タローがやった挨拶とは、朝方雲母にやられた事と全く同じ事だった。その素直さが可愛くもあるし、河童少年に頭をどつかれても怒鳴るでもなく孫が出来たかのような目でいる爺の態度がおかしかった。
「ふんっ、おぬしらが教えたと聞いて納得したわ」
 別に頭上から殴りかかれなんて教えてないけどね、とこちらも依頼が上手くいって笑いが絶えない雲母は、最後に一つだけ注意事項がある、と重々しく訓戒を垂れた。
「タロー君、挨拶をする時、これからは頭を外すように」
 長老の禿げ上がった頭には、今もくっっきりとタロー少年の手形がついていた。

●友達、でしょっ?
「あ、そういや河童種族って泳ぎが得意なんだってね。その特技で川から魚とって来てもらえないかな?」
「魚、だか?」
 不思議そうに見上げた少年に、珠樹がくいと指を折る。
「こっちの肴にするからさ」
 報酬代わりにね、とこそりと持ちかけた冒険者に、河童少年は勢いよく川へと走り出す。
「おらの出来る事なら何でもするよ、だって」
 続く事場を悟ったわらびがにっこり微笑み、渉が成長した少年を見て目を細める。雲母が指をびしっと立てて言葉を引き取った。
「あたし達は、もう友達だもんなっ!」